「兄上、よろしいですか?」

 サンタローズや国、それ以外にも考えることはたくさんある。だがデールは年齢的に、ヘンリーは勉学的に、国のリーダーと言うには不足が感じられる 部分は否めなかった。それでも二人とも天性の才能があったのか、それぞれ高レベルのことを考えたりしていた。自分の能力に鵜呑みにされないようにとお 互いが確認をすることでそれらを防いでいた。またヘンリーがマリアに相談するのも、第三者の目を通してそれが一方にゆがんだりはしていないかを確かめ ている部分があった。
 今もそうした意見交換をして、実行に移すことを確認したが、デールが見てもここ最近のヘンリーは考え事をするようになっていた。デールもその原因が 何であるかわからないわけではなかったが、そういった話を当人より先にするのもどうかと意見はしないで居た。だが、肝心なところでヘンリーが動かなく なってしまうのは少し問題があった。

「兄上、しっかりしてください。…細かいことは言いたくはないですが、兄上があまりマリアさんに酔狂するようでしたら、その仲を裂かないとならなく なります」

 けん制のつもりで少しきつい言葉を言うデールに、ヘンリーの手が腰まで動く。今は城内に居ることもあり、武装解除していたのでその腰には剣はな かった。

「…縁起でもないこと言うんじゃない、デール」

「しかし兄上、色々と考えることがあるんでしょうけど、少なくともラインハットにも必要な人材なんです。現を抜かされると困ります」

 デールの言葉に自分がどんなだったかを想像して少し気恥ずかしくなりはしたが、ヘンリーは否定はしないで居た。現を抜かすと言ってもただデレデレ とした状態になっているわけではなく、色々な条件を想定して考え込んでいる風だった。その点でデールは特に見せ付けられるわけではなかったので安心し てはいた。

「マリアさんから確証を得たのでしょうけど、それでも兄上がそれではマリアさんも困ると思いますよ?」

 デールが的確なことを指摘すると、ヘンリーも少し顔を引き締める。

「ん、すまんな」

「確かに、兄上の質問も良い形でされているようですし、それに答えていただくマリアさんも、ただの上から目線ではなく、国民の視線に立って考えてい るものですから、僕も助かっています。それが結婚という形で崩れてしまっては、容認する僕としても心苦しいですよ」

 デールは少し頬を膨らませ、怒った仕草をみせてヘンリーに言う。言われたヘンリーはその言葉の中に『結婚』と言う言葉があって少し慌てる。

「その気がないわけじゃないでしょ?だからそこまで真剣に考えるんでしょうしね」

 慌てているヘンリーに追い討ちをかけるようにデールは言う。ヘンリーはそんなデールに少し頭を下げた。

「…デールは俺が結婚とかするのは反対じゃないのか?」

「はい。僕はまだ結婚とかを考えるような歳ではありませんしね」

 ヘンリーが訊ねるとデールは即答して見せた。

「それに、マリアさんの視線があれば、よりラインハットやサンタローズのためになるのも間違いはありません。こう言うと策略にはめるような言い方で はありますが…」

 デールも少し頭を下げ、失礼を承知で話をする。
 二人にとっていくつもある足りないものの一つに、庶民の視線というものがあった。これはヘンリーもデールも王族として育てられているためにどうして もわからないものだった。だがそこにマリアが入ることで、マリアという庶民目線を持つ者の意見を聞けるというのは、二人が大いに期待している部分だっ た。そして、それがあるためヘンリーは今までマリアに質問を繰り返したりしていたのだった。

「マリアを迎えるのは俺は当然賛成だが…」

「マリアさんにも国政などの考え事の中には大いに意見を入れてもらえると助かります。それに、兄上の結婚を反対するつもりはまったくありませんよ」

 ヘンリーが何かを言い淀んでいるのを確認すると、デールが自分の意見を出す。それを聞いて納得する様子を見せるヘンリーだったが、それでもどこか 完全に受け入れる様子はなかった。
 暫く二人で沈黙の時間が流れる。引っかかっていることはヘンリーの想いから明かされた。

「俺とマリアをデールがどう感じるかはこの際良いんだ。…その、前に言った事だよ、俺が結婚したらお前は一人で過ごすって・・・」

「ああ、そのことですか。もう決心は付いていますし本当にそう言った醜い争いをしたくはないんですよ。僕が独り身であれば自然と兄上の子が王位継承 されることになります。それが一番スマートな方法です」

 ヘンリーの心配をよそに、デールは笑ってそう言った。権力争いが形になるのは確かに良いことではないし、先のガーリアの事件はまさにその権力争い から生まれたものだった。それを再び繰り返したくないからと、デールはそうした可能性の芽は自分で摘むと言っているのだった。
 だが、ここまで苦労してきたデールだからこそ、ヘンリーはデールにも幸せになって欲しいと願っていた。独り身であることもまた幸せなのかも知れない が、結局は孤独になってしまうと言う結果になる。ヘンリーはどうしてもその結果に納得できないでいた。

「・・・僕のことを気遣っていただいて本当に感謝します、兄上。僕が一人で居ることは、僕が兄上の幸せを願うことなんですよ。海辺の修道院でマリア さんと出逢ったことだって今に至るきっかけだったはずです。僕だって全てを諦めたわけではないですが…ちょっと怖いのが正直なところです。権力争いで また、あんなことが起こってしまわないかどうかと言う懸念はあります」

 デールは少し自嘲するような口を歪ませて笑って見せた。そんな姿を見てヘンリーは複雑な表情を浮かべた。

「僕のことを心配して兄上が目前の幸せを逃すことのほうが僕にとっては大きく傷つきますよ。それに…兄上だって困るでしょう?自分の好きな女を別の 誰かが好きだって言ったりしたら」

 先ほどの自嘲の笑みと違い、今度は少しイタズラっぽくデールは笑って言って見せた。それを聞いたヘンリーは少し焦っていた。

「お前・・・!!」

「ほら、困った。僕は逆にこの場所から動いたことが少ないですから、侍女とかくらいしか、女性を知りません。そして、そう言ったきっかけまでは掴め ないですよ。先ほどのは別に本心では無いと思いますよ、多分ね…。そういうことも含めて、兄上には納得した上で、マリアさんをしっかり守ってあげて欲 しいんです」

 そう言うデールの言葉に、ヘンリーは複雑な表情を浮かべていた。そんなヘンリーをデールは笑みを浮かべて見つめていた。ただその笑みは本当に納得 していて、迷いも後悔もないと言う意思のある笑みだった。
 暫くヘンリーは言葉なく俯き、何かを考えていたが、やがて顔を上げた。デールはその間も特に言葉を掛けず、ただヘンリーが納得することだけを願い、 そして後悔のない自分の意思を表情に浮かべていた。

「本心でないことを祈るけど…お前の気持ちもよく分かったよ」

「…では、マリアさんを是が非でも死守していただけますね?」

 ヘンリーの言葉を聞き、安心したような表情を浮かべてデールはそう切り出した。

「ああ、お前の想いも含めて、マリアを死守しよう」

 それから数日後、ヘンリーは自分の白馬を駆って海辺の修道院へと向かう。

 

 昼近い時間、陽は天の真上に登っていた。マリアはここ数日、鐘のある塔の上に登り、オラクルベリーのある北のほうを眺めては軽く溜息をついてい た。時々その溜息を触るように唇に指を当てては、スッとルージュを引くような仕草をして、満足そうな笑みを浮かべたりもしていた。
 特別な約束をしたわけではなかった。ただ自分にとってなにが憧れなのかを話しただけだった。だが、マリアは高貴な位の人が好みであったのは事実だっ た。だが、一介の街娘であったマリアは地元の修道院でシスターの教えを聞きながら、自分は結婚できないだろうと感じるところがあった。そして謎の神殿 に連れて行かれてしまってはもう、先は真っ暗だとも感じていた。
 そこに現れたのがヘンリーとリュカだった。初めは女ながらに自分を庇うリュカに目を奪われていたが、現実的な未来を考えたりし始めたときに、その対 象はヘンリーになっていた。実を言うとマリアは神殿でリュカを助けるときに率先して飛び出したヘンリーに惚れていた。そこまでして自分も守ってもらい たいと思ったりもしていた。ただそこに立ちはだかっていたのがリュカだった。ヘンリーがリュカを好いているのも十分に承知していたし、その仲を裂ける ほどマリアは自分に甘くなかった。でも何とか出来ることは、自分もリュカを好きになることだった。そうしてヘンリーへの気持ちを諦めようとしていた。
 ヘンリーがリュカとともに旅に出てしまった後は何度か泣いたりしたこともあった。だが、自分が修道院でシスターになることで諦めるつもりでもあっ た。ヘンリーは旅に、それに同行しない、できない自分はこのまま修道女として生きていけばいいと思っていた。
 暫くして再びヘンリーに会ったときは、抱きつきたい気持ちを必死に抑えていた自分が居た。少しの間だけでも旅が出来たのはせめてもの救いだったかも しれない。また、短時間ででも、自分にもプラスになる成果を上げ、そのことで手助けが出来ることをとても嬉しく感じていた。そうしてラーの鏡を手にし たヘンリーとリュカはまた自分の前から姿を消すものだと思っていた。その貴重とも言えるアイテムがリュカの真実を暴かなければ。
 リュカは自分の本質を鏡に暴かれ暫くいろいろなことを考えていたようだった。そして導き出した結果は誰も連れずに旅を続けることだった。それはヘン リーがラインハットに残ることを意味していた。同時に自分の想いも繋ぐ事が出来るようになったことでもあった。
 それからマリアは少しずつ、だが不器用にヘンリーに近づき少しの時間から付き合いをしていくようになって行った。自分でもそうする事が自然であるよ うに振舞うことができていた。ヘンリーもいつの間にかリュカを諦めていたようだった。いや、鏡がリュカの本質を見せたときにヘンリーもついて行けない 事を感じていたのかも知れなかった。
 いつの間にか出来たお互いの傷を共有するようになって、いつの間にか二人の「情」には「愛」が付くようになっていた。リュカを思う気持ちも誰にも負 けないつもりだった。同時にヘンリーを思う気持ちもリュカ以上だと思っていた。リュカはもしかしたらヘンリーのことを思っていなかったのかもしれな い。どう考えていたかは分からないが、リュカは自分からヘンリーをラインハットに置いて行った。「だから」と言っては虫が良いが、マリアはヘンリーと の仲を発展させた。
 女の汚さが自分にもある。そしてそれが命の恩人であっても牙を剥いてしまうことに時々嫌悪したりもしていた。

 

「だけど、そんな気持ちを持つこともまた、恋だったりするのかな」

 マリアはその鐘のある塔で今日も来ない待ち人を待っていた。久しぶりに物思いにふける時間があったと感じていた。リュカに対しては悪いことだとは 感じていた。だが、リュカが好きなようにヘンリーが好きになっている自分を止めることは出来なかった。
 少し自分の嫌悪感に閉口しながら、随分と勤めをさぼってしまったと感じ、その場を動き出す。未練がましく再びオラクルベリーのある北側を見つめる。
 そこにはまだ小さいが、馬と思われるものが居た。それは少しずつ大きくなっていく。その馬は乗馬用の馬としては珍しい白馬。そして修道院に来る人で 白馬に跨るのはただ一人。
 マリアはそれを見ると慌てて塔を降りて、修道院の中を駆け抜けた。シスタールキアやシスターガーリアが何事かと驚いた表情をしていたが、それに構わ ずに修道院の入り口に向かって走っていく。
 表に出てマリアは乱れた息を整える。
 修道院に居る花嫁修業の少女たちも、普段から物静かでおしとやかなシスター、マリアがここまで取り乱しているのを初めて見る。皆がマリアのあとを 追って修道院の入り口に殺到した。

 

「わざわざ恥ずかしいことを言った甲斐がありました」

 マリアはその白馬が自分の前で止まったのを確認して、その騎乗に居る人に声をかける。

「それを実行するのは、世界で俺だけだと思うけどな」

 少し照れたようにそう言ったのは、見まごうことなくヘンリーその人だった。

「…マリア、待たせた。来て、くれるか?」

 ヘンリーはそう言ってマリアに向かって手を差し出す。マリアは嬉しさで涙を流していたが、いっぱいの笑顔をヘンリーに向けた。

「はい、喜んで!!」

 

 

 それからお互いの準備などをしたある日。
 ラインハットには珍しく大后と呼ばれていたその人が別のシスターに従い訪れていた。
 他にもオラクルベリーやサンタローズ、アルカパなどから客人が来ていた。
 ヘンリーとマリアの結婚式に。

「あなたはリュカが居ないことを残念と思うんでしょうけどね」

「…そう意地悪いことを言うなよ、マリア。それにマリアが随分前から想いを寄せてくれていたことも知って居たんだぜ」

 控え室ではまだ、スーツやドレスで着飾らない姿のヘンリーとマリアが、外の騒ぎなどをよそにお茶を片手に話をしていた。

「いつから・・・?」

「さぁな?だけど言った筈だぞ、俺はリュカについて行かない為に、諦めるために、リュカと仕合ったんだって」

 リュカがラインハットの一連の事件が解決した後に旅に出る際、ヘンリーはリュカについて行くために仕合をした。だが、ヘンリーは最初からリュカに 勝つ気はなかった。「勝ったらついて行く」と言っていたが、負けることで複雑な心境を呈しているリュカへの想いを断ち切るつもりだった。

「…なんか、馬鹿みたいじゃない。一人で悩んだのが」

 マリアがばつの悪い顔をしてヘンリーに言うと、ヘンリーはそんなマリアの頭を撫でた。何も言わなかったが、マリアはそうした行動に幸せな気持ちで 居た。
 そしてラインハットではヘンリーとマリアの結婚式が行われた。

 

 

 

「ふーん」

 その話を聞き、興味なさそうに頷く一人と、話しをしていた二人。
 二人はその余りの態度に慌てて突っ込みを入れたが、頬杖をついて半分呆れたと言った顔で一人が言う。

「馴れ初めは分かったけど、そこまで見せ付けられるとは思わなかった。それと、マリアの言う好きが実は葛藤の上での好きだったと言うのも」

 呆れとがっかりした気分とで複雑そうな表情に変わった一人に二人は続ける。

「色々と悩んだりしてるんだぞ、俺たちだって」

「そうよ、あなたのことだって随分と、自分なりに考えていたんだから」

 そう言われて一人は「はいはい」と冷めた言い方をして、その話に区切りをつける。
 そしてパンと手を叩くと、幸せそうな二人に笑顔を見せる。

「色々考えてくれて、ありがとう。それだけでわたしは十分幸せだよ。わたしの分も幸せになってね、二人とも」

 そう言って笑ってみせる。そして、「あぁ」と思い出したような仕草を見せて、その一人は更に言葉を続けた。

 

「そうだ。驚きが先行しちゃって、肝心なことを言い忘れてたよ。ヘンリー、マリア。結婚おめでとう」

異聞DragonQuest5 外伝−Angel's Whispers− End

 

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