サンタローズの復興を確認したマリアはその後、頻繁にラインハットを訪れていた。ガーリアの報告だったりサンタローズの進捗だったりと用件はまち まちだったが、期間を空けずに来ていたのであまり進捗といっても進んでいない状態のこともあった。
 その報告の後にはたいてい、ヘンリーとどこかに出かけていた。
 デールはこの様子に大体のことを察して、ヘンリーとマリアが恋仲であるだろうと言うことを承知していた。ただ本人たちに確認をすることだけは出来て いなかったので、それが確証であるわけではなかった。そしてデールはそう言った恋愛のことなどは疎いところがあり、ヘンリーに話ができないでいた。
 そんなある日、珍しくマリアはガーリアを連れてラインハットに来た。デールもヘンリーも数ヶ月見ていなかった母に少し驚きの様子を見せる。少し細く なり、だが不健康と受け取れるようなやせ方ではなかった。また一言で言うとひ弱でただ痩せていた身体は必要なところに肉のついた健康的な身体になって いた。聞くと修道院では大所帯をいっぺんにまかなっている部分もあり、食材などは重たいことが多いという。ゆっくりしていたのではそれまでの修道院内 でのペースも狂ってしまうところがあり、どんなに新参であっても時間などには正確に動く必要があった。そうしたことをするうちに自然と身体のほうもこ う言った変化が現れるようになっていったのだという。
 ヘンリーはガーリアに用件を聞くと、マリアの様子を勉強しに来たことが一点と、自分の子供たちが仕事をしている様子を見たいと言う事だった。が数日 前にマリアは来ていて、サンタローズの状況などはそのときに話をしてしまっていた。特にやることもなくどうしようかとヘンリーは考えていたが、そんな ヘンリーを珍しくガーリアが呼び止めた。どこか静かな場所で話がしたいということだったがいまのラインハットは意外と人が多く動き回り静かな部分など はあまりなかった。やむを得ずヘンリーは自室にガーリアを招き入れた。

「ヘンリーもデールも元気そうで安心しました」

 椅子についたガーリアはごく平凡なことを話し始める。

「病気などになっている暇はありませんし、サンタローズの方もこれからが追い込みです。疎かにするわけにも行きませんからね」

 ヘンリーはなんとなくしゃべりづらそうに落ち着きなくガーリアの言葉に応える。

「…ふふ、やはり私の前だと話しにくいですか?」

 落ち着かない仕草のヘンリーを見てガーリアは笑みを浮かべてそう言った。

「…義母上とは子供の頃に話してたくらいで、戻ってきてからは修道院に行かれているので少しぎこちないですね」

 頭を掻き落ち着かない様子のヘンリーは正直にガーリアに答えた。

「まぁそう硬くならないで。…実は今日はシスターマリアのことを勉強するためについてきたんじゃありません」

 ガーリアの言葉にヘンリーは「えっ!?」と声を出して驚く。そんなヘンリーをガーリアはいたずら好きな子供のような瞳で見つめて、少し笑ってみせ る。

「ここまで言えば、何が目的かはわかるのではないですか?」

 そう言われるヘンリーは正直穴があったら入りたいくらいの気持ちでいた。自分でも顔が赤くなって汗もかいているだろうというのはよくわかった。そ して、ガーリアが確認しようとしていることが自分に身に覚えのあることで隠すに隠せない状態になっていた。

「別に反対するとかそう言うつもりがあって言うのではないです。シスタールキアも言っていることなのですが、マリアさんはまだ若いですし、これから 先も一人で居るのは正直、私たちのような年配者からすると忍びないのです。マリアさんには幸せになって欲しいとも思うのです。リュカ殿の件も含めて ね」

 ガーリアはそこで話をいったん止めた。ニコニコと機嫌よさそうにガーリアはヘンリーの様子を伺ってくる。そんなヘンリーは少し居心地が悪くなった 感じもしたが責め立てられるわけでもないとわかり、その点は安心していた。

「リュカ殿に対して好意を持っていたのは、話を聞くとみな知っていたようです。隠しているつもりだったのはマリアさんだけのようです。でもやはり リュカ殿のほうに問題はあって叶わないことになりましたし。そこでヘンリーとマリアさんが逢瀬を重ねていることがわかりました」

 ガーリアはゆっくりと話を続けた。マリアとヘンリーとリュカの三人、もしくはマリアとリュカの二人のことと思っていたことは、実は海辺の修道院全 体が知っていることらしい。

「…でも、仮にマリアがラインハットに来てしまうと、修道院のほうが大変なのでは?」

 ヘンリーはなんとか言葉を見つけてガーリアに質問するが、いまのヘンリーは攻撃力不足でまったくガーリアが態度を崩す様子などは見られなかった。

「修道院自体は、シスターが何人居てもいつでも人不足です。が、シスタールキアは修道院の中でも指導の腕を相当に買われている人で私のようにシス ター希望の者が切りなく訪れるのですよ。そのためシスターの卵はたくさん居ます。幸い、私もシスターを名乗ってよいと先日言われました。シスタールキ アと私が居れば、当面は問題ありませんし、卵たちも十分シスターの仕事ができますから影響はありませんよ」

「あ、義母上もシスターを・・・?おめでとうございます」

 ガーリアが現状の修道院の様子を伝える。その中に自分のことも小さく取り上げるあたりがガーリアと言う人の良い所なのだろうとヘンリーは感じてい た。

「…ヘンリーはマリアさんのことをどう思っているのですか?まさか遊びだなんて・・・」

「言いませんよ、ご安心ください。…そうですね、マリアとは気が合うし気になっていたところはあります。それにリュカと居るとどうしても先の心配や その場で起きていることを気にしてしまい、意識不足、覚悟不足だったことは事実です。あの仕合についても、自分の意思がどこまでリュカに通用するかを 試したかった感じですから」

 ヘンリーはそこまで言ってハッとする。マリアのことを話していたはずがリュカのことになってしまっていた。ガーリアはでも、そんなヘンリーの心境 をわかってか笑顔のまま話に耳を傾けていた。

「…マリアと見る未来のほうが、現実味があるのは事実です。その状況になれば、どんなに重い使命でも果たしはしますが、それでも出来るものと出来な いものがあります。…私は一国の王を補佐する程度の者です」

 少し自重しながらヘンリーはそう言った。ガーリアはその言葉がどういった覚悟で発せられているかを一言ずつ慎重に聞いていた。

「でも、そんなに自分を過小評価することもありませんよ。比べるリュカ殿が大きすぎるだけです。あなただって一国を左右するような判断を迫られたり しているでしょう?」

 そう言うガーリアの声にヘンリーは懐かしさを覚える。まだデールが生まれる前、いたずら好きのヘンリーは新しく自分の義母になったガーリアにもい たずらを仕掛けた。それ自体は不発に終わり、王であった父にはきつく叱られた。ガーリアにも謝るように言われてヘンリーがガーリアに全て打ち明ける と、ガーリアは優しく包み込むような穏やかな声でヘンリーに何かを言ってくれた。その時ヘンリーはただ怖がっていただけに拍子抜けして安心し話そのも のは覚えていなかった。
 いまガーリアがかけてくれた言葉の中には、そんな優しさが織り込まれている感じがヘンリーにはした。涙が溢れそうになるのをなんとか堪えてヘンリー はガーリアの言葉に続ける。

「デールにとって良い補佐役かどうかは正直わかりませんが。でも、ラインハットのためになるようにしているつもりですよ。義母上の言うように、大き な判断はしたりしています」

 ヘンリーは少しだけ震える声でガーリアに答えた。声の震えをわかっているかは定かではなかったが、ガーリアは相変わらずの表情でヘンリーに言う。

「マリアさんも色々なものの考え方をもっている方です。ラインハットの明日のためになる知恵も持っているかも知れませんね。マリアさんがどういう気 持ちを持っているかはわかりません。けど、気持ちを叶えても良いと思いますし、早くはありませんよ。ヘンリーも考えてみるとよいと思いますよ、何より マリアさんも同じ大きさの人間だと私は思います」

 ガーリアはそうヘンリーに言った。静かな声だったがヘンリーには力強く味方になるものだと感じていた。
 それからしばらく、ヘンリーとガーリアはマリアのこと、それ以外のことで色々と話をして、その日は陽が暮れる。長い時間ラインハットで話していて帰 るタイミングを逃したガーリアはマリアと共にラインハットで一晩を過ごした。

 

 翌日、ヘンリーは帰り支度をしているマリアを呼び止めた。

「ヘンリー殿下。…今日はさすがに帰らないとなので外出と言うわけには…」

「ああ、わかってる。少し話がしたいだけだよ」

 そう言ってヘンリーはマリアを連れ出した。廊下の曲がり角のところでは、陰に隠れてガーリアがそんな二人に幸せそうな視線を送ったりしていた。
 城の屋上、ラインハットが一望できる場所にマリアを案内する。見下ろしたラインハットの街中は朝市などで賑わっていた。

「やっとラインハットそのものも落ち着きが出てきたところだ。それでもまだ貧富の差などは大きい。絶対的に零にすることは無理だがそれでも誰もが安 定した生活が出来るようにしたいと言うのが、デールと俺の想いだ」

 街は活気に溢れていたが、ヘンリーか言うにはそれでもまだ、貧困層が苦しい思いをしているとの事だった。街を見るだけではわからない程度らしい が、それでもその差を極力小さくしていきたい想いがヘンリーは特に強いと自分で告白した。

「そうなると、ただ収入がとか税制がとかいう問題ではなくて、国全体でそういった層をバックアップしたりする体制を作る必要などもあるかも知れませ んね」

 さらっとマリアはヘンリーにそう言う。
 二人が外出しているときに話すのは、ラインハットの今やこれからと言ったことや、サンタローズの復興のことなどが多かった。今日もヘンリーが毎度の ことのような言葉を発したがマリアは嫌な顔を一つせずに自分の思っていることをヘンリーに伝えてくれた。
 ヘンリーはそんなマリアの頭の切れるところに惚れていた。デールの補佐に付いてデールに助言することはあれど、自分で考えていることに対しては自信 を持てない事などがヘンリーは多かった。そんな時、自分の考えをマリアに打ち明け、マリアの意見を聞いていた。それが自分と同じようであればそれを実 行し、違う場合には考え直したり、素直にデールに打ち明けて更に意見などを加えた上で方針を決めることがあった。

「マリアは頭いいのにただシスターに収まるのはもったいないよな」

 ポツリとそんなことを呟いた。ヘンリーの声にマリアは気付かなかったのか、街を見下ろしたままでいた。

「…リュカは今頃何してるんだろうな?」

 今度は少し大きめの声でヘンリーは呟いた。マリアは少し呆れ顔でそんなヘンリーを見つめた。

「もう、リュカのことは旅の過程を見守るだけにするんじゃなかったんですか?」

 以前話をしていたときは、だいたいリュカのことを思い出すばかりになってしまっていた。あるとき、ヘンリーはあまりにリュカに依存してしまってい る自分のことをなんとかしなければと考え直し、マリアにこれからはリュカのことを考えても過去のことを悔やんだりしないで、今の旅の無事を祈ろうとマ リアと約束していた。そんな約束から暫くたったが、またそう思い返していたヘンリーにマリアは苦笑いを浮かべていた。
 マリアも色々とリュカのことを考えたりはしていたが、それでもヘンリーから無事を祈ろうと言われてからは、あまりリュカのことを考えたりはしないよ うにしていた。

「ん・・・まぁ、今はリュカのことよりも深く考えないといけないことが多いからな。…マリアは幸せってどんなものだと思う?」

 少し歯切れの悪い言葉でヘンリーはマリアに訊ねる。

「そうですね。差別がなかったり、自分がたとえ裕福でなくても日々の生活が出来ること、と言った言わば『普通』のことを感じられる状態ではないかと 思いますよ」

 特にヘンリーのほうを向きもせずにマリアはそう言った。

「じゃあ、マリアの幸せは?」

 赤面しながらヘンリーは静かな声でマリアに訊ねる。すこし驚いた表情をしてマリアは暫くヘンリーを見つめていたが、少し経つと笑顔を返して話し出 した。

「貧富は問わないつもりです。だけど、出来ている傷のことを理解してくれて、その傷を癒してくれるような関係を望みたいですよ、ヘンリー殿下」

 マリアは言葉を濁さずにそう言った。言葉尻がどう言うつもりで言っているかはヘンリーも判らないはずはなかった。マリアの言葉にヘンリーは少しだ けの驚きと納得したような笑みを返した。

「…俺はデールと一緒に色々なことを実践したい。デールとよりよい国政に取り組んだり。けど、勉強という点ではデールに遠く及ばないところはあるか らな。そんなときに思うんだよ、マリアの冴えたひらめき、考え方が欲しいと」

 二人のそれは、暫く一緒にいてお互いに色々と考え方を知り合ったことで理解できたそれぞれへの告白だった。その意味が二人ともわからないで質問し たり答えたりしているわけではなかった。ヘンリーもマリアもそのあたりを承知した上でこう答えていた。

「…ありがとうございます、ヘンリー殿下。私などは庶民的な意見しか出せませんよ?」

「俺だって、傷に塩を塗りこむようなことをしかねないかもしれない」

 お互いが自分を否定したことをお互いが笑ってすごす。

「一つだけ憧れることがあるんですよ」

 クスクスと上品そうに笑いながらマリアは呟く。
 マリアの仕草はどちらかというと庶民や貴族たちのする仕草よりは、王族たちが自然と身につける嫌味のない仕草だった。ヘンリーはそんなマリアの仕草 も気に入っている部分だった。

「憧れ?」

「ええ。白馬に跨った王子様に攫われてみたいんです」

 うつむき顔を真っ赤にしてマリアが言う。この言葉にどんな意図があるのかはヘンリーは理解できなかったが、子供のようなことを思っていてもそれを 笑って否定するようなことはしなかった。

「なるほど。けど、少し時間をくれないか?デールにも話さないといけないしな」

「はい、お待ちしてます」

 マリアは満面の笑みを浮かべてヘンリーに返事をした。その不意をついて、ヘンリーはわずかの時間マリアの唇に自分の唇を重ねた。

 

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