しばらくして、ラインハットは今までの体制を根底から見直して、新たな体制でラインハットを、その属する街や村を統治していくことになる。
オラクルベリーから南にある海辺の修道院もラインハット管轄の場所のひとつであった。新しいラインハットはその街や村、施設と言ったものを直接的に 統治するのではなく、それぞれが独立した都市として存在するように指導をしていった。そのことで外部からの指摘もしやすくなり、問題なども見つけやす くなっていく。外部からの指摘は柔軟に受けて指導をしていく。それが大きな権力が必要であるとき、ラインハット城が動くというような体制を整えていっ た。
その修道院に、これからそうして国を作っていくと言うことを、ルキア、マリア、ガーリアに報告しにヘンリーが来ていた。「その…わざわざそのことを報告しにこちらのほうまで…?」
ルキアは少し拍子抜けしたような声でヘンリーに言った。ヘンリーは修道院と言う場所でもその活動はしっかりしてもらわねばならないと、だが今まで の通りで十分であることも合わせて説明した。
「シスタールキアへの報告もありますが、実際は義母上に話をしたかったと言うのもあります。それに、この案は昔デールが一人で考えていた体制が基本 でそれを二人で不必要を省き、必要を足して作ったものなので、直接ご報告したいと思っていたのでね」
ヘンリーはガーリアを見てそう言った。
「本当はデールも連れ出すつもりでしたが、公務が思ったより忙しいようなので、今回は一人で来ました」
ガーリアが実の子に会いたいと思っていないはずはない。だがその子も王と言う地位についてしまっているため、そう簡単に暇を作ることも難しくなっ ていた。ヘンリーの言葉を聞きガーリアは、しかしあまりがっかりした様子を見せることはなかった。
「そうですか。デールがヘンリーと共に国を盛り上げているのを知れれば十分です。ヘンリー、これからも弟デールを頼みますよ」
「はい、義母上」
ガーリアはホッとしたような表情を浮かべて、異母兄弟でも仲良くより良い方向に進んでいることを嬉しく感じていた。その様子を見て、ヘンリーもや わらかい笑顔を見せた。
「今日はそのことを報告しに来たのではないのです。本題はこちらで…」
ヘンリーはそう言って小箱を取り出す。その小箱には勲章が入っていた。
「国王直々に、マリアへとのことですよ」
そう言って小箱の勲章をマリアに見せる。金の勲章でそれがどの程度のものかはマリアにはわからなかったが、国からのものと言うことで多少びっくり してその勲章を見ていた。そしてすこし震えた声でヘンリーに訊ねる。
「わ、私に?特別何もしていないのに、国王からなんて・・・」
「ラーの鏡までの導き、それが一番の功績。少なくとも俺やリュカでは神の塔には入れなかったからな。冤罪で処刑されかかったデールを助けたリュカも だし、無事に義母上を助け出した俺、その後を収めたデールと色々働きはあるが…それを成す一番初めのきっかけをつかませてくれたマリアにその勲章を受 け取る権利はあるさ」
マリアは驚いていたが、ヘンリーはそんな様子を見て少し笑いながら説明する。ヘンリーが差し出すその勲章をマリアはすこし震える手で受け取る。
二人はこのとき気付いていなかったが、いつのまにかガーリアの姿はそこから消えていた。マリアの功績を祝いたいと思った反面、若い男女が一緒にいて その二人を見ていたガーリアはなんとなくそこに居づらくなってしまったので、自分だけ席をはずしていた。
ヘンリーはその後マリアにラインハットの現状とデールと共に更に良い国づくりをしていくことを話す。同時にリュカの故郷であるサンタローズの状況に ついても話し、これからどうしていくかを簡単に説明した。それらを一通りガーリアにも報告し、ヘンリーはラインハットに戻った。
その夜、マリアは受けた勲章を見ながら、ベッドでなんとなく物思いにふける。「…ヘンリー殿下…か。もう・・・」
マリアはそういって恥ずかしそうに顔を枕に押し付けて暫く固まったようにしていた。
「ガーリアさんとそんな話になると、とても謙虚になって『私が戻ったことでまた内乱などが起きては元も子もない』と言ってあとは逃げ出してしまうん ですよ」
マリアがそう報告しているところはラインハットの謁見の間。ルキアから定期的にデール・ヘンリーに報告するように指示されていたマリアはその報告 にラインハットを訪れていた。
「でも、元々の母上は中流貴族の一人娘で人見知り激しく余り社交的でもないと、お祖父さんが僕に話すほどの人ですから、そう言う性格が出ているの は、もうすっかり元の自分を取り戻したと言う事なんでしょう」
デールが我が母ながら、と断ってマリアにガーリアのことを伝える。マリアが普段見ているガーリアはまさにデールの言うような性格の女性だった。そ して一緒に寝食を共にするようになり、ガーリア自身とても優しいことと元大后でありながら庶民的で親しみやすい人物であることがわかっていた。
そんな性格のガーリアだから、マリアがラインハットに行くことを耳にすると言伝を頼みデールとヘンリーを心配させないように配慮したり、国民の様子 がどうであるかを聞いてきてほしいと言ったことを細かく気にしていた。日々の勤めで神に捧げる祈りも、ラインハットの平和やデール・ヘンリーの健康、 サンタローズの一日も早い復興などそれまで自分が弱かったばかりに起こしてしまった事件などに対するものが中心だった。それでも足りないようで、その まま懺悔をしたりしている姿もよく見られていた。「ですけど、修道院から外部には決して足を運ぼうとはしないんですよ。確かにガーリアさんを見知る人がいて、恨みを抱いていたら刺されかねません が、それでも逆にご自分の目で色々を確認したほうが良いとも思うんですよね」
マリアは実際はまったく困ってはいなかったが、少し表情を曇らせてそう呟いた。デールもそれらの話を聞き、自分の母は相変わらずなところがあるも のだなと思ったりしていた。
ヘンリーはいま謁見の間には姿はなかった。外出用の服に着替えて、装備を整えている最中だった。
ルキアがマリアに言ったことの一つにサンタローズの復興状況の確認と言うのがあった。それはガーリアが今一番知りたいと思っていることでもあると思 われ、出来れば現地を訪れて確認するようにとの指示も受けていた。その話をすると、ヘンリーも同行して進捗と今後の指示などをまとめると言い、また デールからも少し急ぐようにと指示を出すようヘンリーに依頼したりしていた。
暫くデールとマリアが話をしていると、鎧などは身に着けていないが、剣を携えてヘンリーが現れる。「悪いなマリア、少し待たせた」
そう言って断るあたりはガーリアの育て方であったのか、謙虚にそして誰でも対等に接するというヘンリーの性格もどこかガーリアのそれに似ていいる ところがあった。
「大丈夫ですよ、ヘンリー殿下。デール王にガーリアさんのことを話していましたから」
「そうか。デール、義母上の方はお前から見ても大丈夫そうか?」
マリアに言われてヘンリーはそうデールに問いかける。問題などないことは、マリアから一番最初に聞いていたことではあるのだが、ヘンリーは確実な 目を通して見た感覚などを大切にする部分があった。そのため、今回はデールの目を通しガーリアのことを確認していた。
「ええ、母上は問題ないです。性格なども以前の優しい部分が戻ってきていますから、もう心などを侵蝕されているというようなことはありません」
デールの言葉に安心したような表情を見せてヘンリーは頷いた。
「馬車を用意させている、少し待ってくれるか?」
マリアに向き直ったヘンリーはそう言って訊ねる。だが、マリアは少し笑うとそれを気にしていない様子でしゃべり始める。
「馬車なんて大仰ですよ。馬を一頭お貸しいただければ自分で乗っていきます。以前は乗馬などもしていたので問題ないですよ」
「…乗馬までこなせるのか。しかし…」
マリアはクスクスと笑いながらヘンリーに言って見せた。それを聞き、なんでも出来るマリアだというのは承知していたが、乗馬などのアクティブなこ とまで出来るとは感じていなかった分、驚いていた。
「服なら大丈夫ですよ。そのために下はパンツルックなんですから」
確かに普段マリアは修道服に身を包み、ベールはしないものの質素でだが落ち着いた服を着ていた。今日はその様子はなく動きやすい服でパンツルック と言った、今までのマリアからすると違った服装をしていた。
「そうか…なら馬を用意しよう。もう少し待っていてくれ」
そう言うとヘンリーはその場を去ろうとしたが、マリアがそれを止めた。
「ん・・・?」
「私も厩舎に連れて行ってもらえませんか?そうすればここに戻らずそのままサンタローズに向かえますし」
マリアからは以前も今と変わらず神に祈りを捧げる生活が中心だったと言うことしか聞いていなかったが、実際のマリアは結構アクティブな面にも長け ているようで、乗馬なども一通りこなせるような口ぶりだった。
「わかった。じゃあデール、少し出てくる」
ヘンリーはデールにそう挨拶し、マリアも深く頭を下げてその場を去る。
ラインハット城の厩舎には十数頭の乗馬用の馬がいた。馬車用の馬を見繕っていた厩舎の人間に予定が変わったことを伝えて、乗りやすそうな馬をマリア に充てた。自分は自分用の白馬に跨ったヘンリーはマリアと目配せすると、勢いよく走り出す。その後をマリアが普段の優しそうで温厚な様子とは似つかな い元気な声を出して馬で駆け出しヘンリーについて行く。
しばらく馬を走らせ、川の関所を越えてサンタローズにたどり着く。
荒れ果て廃墟となっていたかつてのサンタローズからは一転、今は建設中の住居や教会を初めとして数々の建物が再建されていた。そして畑などは全ての 土を入れ替え作物の育ちやすい土壌を用意したりしていた。「元のサンタローズを知るのは、今まだ川の洞窟で生活しているここに残った村人とリュカだけだけど、村の人々は以前のサンタローズと同じように静か だが過ごしやすい村に近づいてるって言ってくれる。原因の一端は俺の身勝手さもあるから、ここはどうしても完全に復興させないとならん」
村の入り口でヘンリーはその復興の様子を見渡して少し複雑な表情をして呟いた。
「随分復興しているように見えますけど、実際はどのくらいですか?」
マリアも細かに詳細を確認する。ヘンリーは復興の指揮を執るラインハットの兵士のところに案内する。そこではサンタローズのシスターも一緒になっ て復興の様子を確認していた。ヘンリーが話を聞き、詳細などを確認してからマリアに伝える。
「…まだまだだな。建物は骨格だけだし畑などは安定までに時間が掛かる。だいたい三十パーセント程度と言ったところか」
ヘンリーからそう聞き、思ったよりも進んでいないことにマリアは少し表情を暗くした。それを見てヘンリーも少し気まずくなった様子だった。
ヘンリーはそこで一部兵士たちに話をして、現進捗とこれからの方針などを話し合う。多少の無理はわかっていたが、ヘンリーはデールの指示通りに復興 作業を早めるようにと言う指示を出す。「補佐をしていると言ってもなかなか忙しいみたいですね、ヘンリー殿下」
区切りがついてマリアのところに戻ってくるヘンリーに声をかける。
「まぁ、デールがウロウロするわけにも行かないからな。その代わりに俺が動いている感じだな。国のこともデールに任せてるから、このくらいのことは してやらんと」
ヘンリーはそう言ってマリアを見つめる。マリアも意識せずにヘンリーを見ていたが、そこで目が合ってしまってどこか心の中で意識してしまっている 相手に、二人は顔を赤くしてそっぽを向く。暫く無言の時が流れた。
「…デール王の代わりと言う割には、リュカについて行こうとしたりと始めはラインハットのことを考えてなかったんじゃないんですか?」
マリアが突っ込むとヘンリーはなおも赤い顔をして、だが否定してみせる。
「心配ではあったけど…本気で一緒に旅したいと思ってたんじゃなくて…諦めさせて欲しかったと言うか、そんな感じなんだよ。リュカと真剣勝負して、俺 が足手まといになればついて行っても意味がない。それを証明して欲しかったって感じかな」ヘンリーが同行を申し出てリュカと剣を交えたとき、実は王位を譲ると言うデールをそのまま王として指揮してもらい、自分はデールの補佐や手の回ら ない部分をフォローしていくつもりだった。そのために気になってしまっていたリュカへの気持ちを自分が納得する形で示して欲しいと思っていた。
「…他力本願なのは認めるけど…俺はマリアほど意思も人間も強くない」
ヘンリーが言うとマリアはハッとした表情を作りヘンリーを見つめる。
「自分から断って、思いを断ち切る。それが出来ればあんなことはしなかったよ。そういう意味でマリアは強い人間だと思う」
ヘンリーの言葉にマリアは少し照れるような表情を浮かべた。
「リュカ…どうするつもりなんですかね?自分の性別が男だったとわかって」
少し前、一人旅を始める前にリュカは、ラーの鏡越しに自分に隠されていた秘密を知る。それは自分の存在を全否定するようなものだった。女として 育った自分は男だった。リュカはその前後で一人旅を始めることを意識していたのかも知れない。少なくともヘンリーとマリアが同行するとか言う以前に リュカもそのことを決めていると考えるのがスマートだった。
「…そうか。リュカは昔幼馴染みがアルカパに居たそうなんだけど…その人を探そうとしているのかも知れないな。小さい頃からの仲だって言うしもしか したらその辺のことを・・・」
「けど、女の子同士だったのであれば、それを知っているということはないんじゃないでしょうか?」
ヘンリーはアルカパでリュカが「ビアンカ」と言う人を探していると言うことを聞いていた。その人が子供の頃からの幼馴染みと言う話は後日聞いたこ とではあったが、そう言った事情の人であれば、場合によってはいまのリュカも自分たちが持っているただリュカについて行きたいと思う気持ち以外も汲み 取ってくれるのではないかと思っていた。マリアはその人がどの程度かはわからないのでごく一般論を言うに留まる。
ヘンリーはシスターに小さな頃のリュカとビアンカについて話を聞く。今はアルカパからは離れてしまい、どこに居るかもわからないということだった が、小さな頃は男の子並みに二人とも元気に走り回っていたという話だった。また冒険心も旺盛で、レヌール城のお化け騒ぎの解決については以前のアルカ パ・サンタローズでは有名な話だったという。そんな二人だったが、本当の姉妹のようにいつもリュカがビアンカにくっついて歩き、何をするにも二人一緒 のことが多かったという。「あくまで友達、親友と言った範囲じゃないでしょうか?」
「まぁ、その推測の域を脱するわけじゃないんだけどな。でもそれほど仲がよければ、もしかしたら受け入れてくれるんじゃないか?…俺たちはちょっと 偏った見方をしていたのも、事実。だろ?」
その話を聞いたマリアはヘンリーの考えすぎる部分を指摘したが、ヘンリーはそれをあやふやにごまかした。そして、ビアンカの接するときの気持ちと 自分たちのときの気持ちが少し違うことを指摘する。
「俺は正直、女であって欲しいと思ったりしたなぁ。けど、リュカの気持ちとかは…最後まで考えなかったかもしれない」
ヘンリーが静かに言うと、マリアもその言葉に頷いた。「わたしは男とか女とかは気にしなかったけど…ただ、楽しい時間だけを考えて、リュカがどれだけつらい状況に立ち向かっているのかはやっぱり考えな かった」
復興作業の進むサンタローズで、かつてサンタローズの住人だったリュカのことを思い出す。
ヘンリーもマリアも、リュカがどういう思いを抱き自分の真実を受け入れ、その身体のことを思っていたかまでは考えていないのが実情だった。「リュカはこれから先にある、自分の運命、苦楽を共にしてくれる人を探し出そうとしているのかも知れないな」
ヘンリーはそう呟いた。
「少なくとも、私たちのように良い方向だけを見つめているわけではないでしょうね。リュカにとっては役不足だったのかも知れません」
マリアも自分の至らない部分があったと認める。
『なにも考えていないわけじゃないん』
「だけどな」
「ですけどね」一息置いて二人は顔を見合わせると、すぐに言葉を発する。その言葉はヘンリーもマリアも同じ言葉だった。そんな拍子に出てきた言葉に二人は笑う。
「旅に慣れているリュカは都市での温室育ちの私たちと違う、ってだけですね」
「そうなんだろうな」
二人はそう言ってお互いに笑顔を向けた。