5.暗転
「レシフェ!!今すぐ起きて!!」
うつらうつらしているレシフェの肩を揺さぶってティラルが言う。長い眠りから醒めたレシフェはまだ調子が戻らないのか、うたたねをしていることが 多かった。
大魔王の侵略から百年強が過ぎた頃。地上は再び悪しき者に包まれようとしていた。だが、その相手は・・・。
「人間!?そんな馬鹿な、確かな情報なのか?」
今まで長い時間を寝ていたレシフェは一年ほど前にティラルによって起こされる。起きて最初に聞いた言葉は『また何か良くないものが動き出した』と 言うものだった。それがなんであるかは精霊の城を治めているファルスによって探られた。その結果、レシフェはこんなことを口にしていた。
「…間違いないです、それにその目標は・・・」
「天空城」
ファルスの険しい表情と言葉、その最後に事実を導き出したのはティラルだった。
「人間が天空城に攻め入るなんて、何が目的で!?それ以前に、天空への塔はゴッドサイドの人間によって守られているはずだろう?それらは一体どうし たって言うんだ!!」
レシフェは信じられないと言った様子でティラルとファルスに食って掛かるが、ファルスのほうは原因まではわからないと首を振る。それを見てティラ ルは曇った表情でレシフェを見つめた。
「原因まではわからない。だけど…誰かの手引きとか、誘導する部分と言うのはなさそうなんだ」
力なくティラルは呟いた。原因が悪しきものではなく、ましてや魔物や魔族でもない状態で人間が悪しき心に染まるのは考えられることではなかった。 少なくとも、ティラルとレシフェにとっては。しかし現に天空城に攻め入ろうとしている人間たちは、何かに触発されて動き出していたのだった。
「とにかく、マスタードラゴンに合流しよう。…最悪のことも考えてね」
レシフェは十九歳のままの姿で、だが深刻そうな言い方だけは前世ですでに何年も生きてきたことを証明するような風でティラルに呟く。
ティラルとレシフェは天空城に入っていく。
天空城の城門に辿り着いたとき、すでに人間は天空城に入り込んでいた。その進入方法はあまりにも邪道だった。人間がどうにか見つけ出した妖精族、エ ルフやドワーフと言った、天空城に入り込める一族たちを脅して、人間を導きいれていたのだった。そして、どうやってその情報や正体を掴んでいるのか、 よりによってレシフェとティラルも人間に見つかってしまったのだった。
慌ててそれらの人間を捉えようとするが、見つかった人間たちは一直線にマスタードラゴンの元に進むか、それが無理とわかった者たちは次々に自害して いったのだった。「ちょっと!ティラル、どういうことだ、これ!?」
訳のわからなくなったレシフェが悲鳴にも似た声でティラルに問いかける。だが、ティラルも歯向かう人間を相手にしていたり、次々に襲い掛かられた りして、どうにも出来ない状態だった。
「く・・・そう簡単に人間を殺すわけにもいかないって言うのに・・・!」
レシフェはティラルと自然と間合いを開けると、やむを得ず刀を手に人間を相手にし始める。
相手にした人間はレシフェやティラルが自分では敵わないとみると、自害や天空城から身を投げる。それらは複数人を相手にしている二人にはなかなか止 められるものではなかった。そして、徐々に相手にする人間たちの規模は大きくなっていくばかりだった。「レシフェ!ここはあたしが任された、とにかくマスタードラゴンのところに!!」
人だかりが出来て、どうしても隙が出来てしまう。ティラルが二本の剣を使って闘っていても身体は一つ、どう足掻いてもそれを止めることはなかなか 出来ないでいた。ティラルはやむを得ず、何かを決心したような声でレシフェに言った。レシフェでも多勢に無勢では到底敵わないでいた。ティラルの声を 聞いてレシフェはそこに居る人間に対して刀を一閃させて少したじろがせると、走って天空城の門をくぐる。
玉座の間まで一気に駆け抜けると、そこではマスタードラゴンと数人の戦士たちが戦っていた。「マスタードラゴン!!」
レシフェが声を上げると、その場に居た戦士たちが一斉に振り向く。そして、レシフェを敵と認識するとマスタードラゴンより先にレシフェを片付けよ うと集中してかかってきた。
レシフェは刀を返して峰を構えると、そこに居る戦士たちを次々に気絶させて行った。「なんだって言うんだ、この騒ぎは!」
その場に居る人間を次々に縛り上げて身動きが取れないようにする。その状態で状況を整理しようと話を聞くが、その誰もが全て舌を噛み切って自害す る。
「…口が堅いだけじゃないな、なにかが裏にありそうなんだけど…」
玉座の間で死者を出してしまったことにマスタードラゴンは少し残念そうな顔をするが、今はそれどころでもない。玉座の間周辺の安全が確認できたと き、レシフェとマスタードラゴンは門の外にいるティラルの元に駆けつけた。
「ティラル!!」
門のところに駆けつけた時、その場にはティラル一人が二本の剣を構えて立っていた。
「…片、つけたよ」
ティラルは少し不気味に笑う。その様子を見てレシフェは背筋が凍る感触を覚える。立っているティラルは全身が血に濡れて、その立っている場所も 真っ赤に塗り固められている。そのティラルを囲むようにいるのは無数の人間の死体だった。
「…ティラル、お前・・・」
その状況を見てレシフェは愕然とした表情を浮かべて崩れ落ちる。マスタードラゴンも言葉を失い、何も言えない状態だった。
「…禁忌ではないからね、人を殺すことは。それに斬らなければこっちが斬られていた。こうするしかなかったんだ」
血に染まった顔が尚も不気味に笑っている。ティラル自身も自分が笑っているとはわかっていないようだった。
少しの時間が流れて、ティラルはその血で汚れた全てを洗い流す。同時に天空城の門前に積み上げられた死体は炎によって天へと還す。
「マスタードラゴン、まだ安心は出来ないよ」
一息ついたティラルはすぐにこう指摘した。
「地上で働いているはずの『力』が極端に弱くなっている。ゴッドサイドがどうにかなってしまっているようにも感じるし、天空への塔も全てを拒む力が 弱くなっている」
ティラルはそう言ってマスタードラゴンに進言する。
「しかし、どうしたら良いと言うのだ。今回の黒幕が誰かもわからぬと言うのに」
「…天空への塔は壊そう。そうすれば、妖精や精霊たちの力を頼った方法でない限りは天空城には入れなくなる」
マスタードラゴンが途方に暮れていると、ティラルは今まで見せたことのない涼しい凛とした顔で−悪く言えば無表情で−そう言った。
レシフェはティラルが大量虐殺をやってのけたことを信じられないような表情で受け止めていた。だが、ティラルがどんな覚悟でそれをしたのかはわから なかったし、いまどんな心境でいるのかもレシフェにはわからなかった。それ故に、声をかけようにもどんな言葉が適切かわからずに悩んでいた。「レシフェ、気にしなくていい。あたしは元々こう言った汚いことをする覚悟と共にこっちに来たんだ。レシフェを助けるために、今となってはマスター ドラゴンや天空人を助けるために。場所はちょっとまずかったかも知れないけど…仕方ない」
レシフェの心情を汲み取ったようにティラルがそう言う。だがそれをしてしまったティラルに対してレシフェは複雑な気持ちしかなかった。そして唯一 わかる気持ちは申し訳ないことだけだった。
おそらくティラルが門の前からレシフェをマスタードラゴンの元に走らせたのは、一つに人間の抹殺をするためだったと思われた。かつてレシフェもその ようなことをした経験はあったが、その時は人間と言ってもすでに魔物と化している様なはっきりとした意思を持っていない人間だった。それが今回は人間 として意思を持ち天空城に攻め込んでいるのだった。そんな中途半端な人間を抹殺するのに、レシフェの剣を汚すまでもない、ティラルはそう考えたのだろ う。レシフェが戻る少しの時間の間に、そこに居た人間の全てを片付けた。それは多分、滅多に使わないティラル自身がもっている特別な法術かなにかを 使ったのであろう。
レシフェもそこまで考えが整理できてしまっていたため、どうティラルに言葉を掛けていいものか悩んでいるのだった。「弱くなった力を取り戻すまでには少し時間がかかる。…申し訳ないがティラル、少しの間天空城に居てはくれないか?」
少しの沈黙のあと、それを破ったのはマスタードラゴンだった。そのマスタードラゴンの言葉にティラルはそれまでの無邪気な笑顔を見せて頷いた。
「レシフェはどうする?一緒に居て欲しいところだけど。まぁ汚い仕事はあたしが全てやるつもりだから・・・」
申し訳ないと先に謝るような仕草をしてティラルがそう言った。
かつて竜の女王であったレシフェは、不穏な分子を一撃で片付けるほどのことをしていた。
まだ、自分が竜の姿を持っていた頃。そして、その世界がまだ出来てばかりだった頃。
魔族たちは自然とはびこり人間たちを獲物にしたりしていた。ただ、そうした間は竜の女王も特別手を出したりはしないでいた。どちらかに傾いたとした ら、この土地に住むものが限られるだけで、特別問題が起こるわけでもなかったからだ。だが、それが暫くすると、強きが弱きを不当に支配するようになっ てきた。そうなったとき、初期のうちはあまりに一方的に魔族・魔物たちが人間を支配していたため、竜の女王はその魔族や魔物たちを駆除していた。そう して世界は保たれていたが、徐々に竜の女王でも力の及ばないほどの力を持ったもの−大魔王−が生まれる。同時に自分の力もかげりを見せ始めて抵抗する ことも出来なくなって行った。
そんな時に現れたのが、人間の中でも勇気のある戦士たちだった。彼らは例え刺し違えるとしても、人間の世界を守ろうと大魔王に立ち向かった。そうし ていくうちに人々の中でも突飛した者−勇者−が現れるようになった。竜の女王がその命の灯火を消す寸前になり、自分が駆除できなくなった大魔王は、人 間の手によって抹殺された。竜の女王が守るべきものに、守られた初めてのときだった。
「なぁ、ティラル。あたしは人間として特別な血を残すことは出来るんだろうか?」
マスタードラゴンの暫く残ってほしいと言う願いを聞き入れ、大きな呪文を使って天空への塔を途中から破壊したティラルは、天空城の一室にレシフェ と滞在していた。
天空への塔の破壊を実行に移したとき、すでに塔の魔方陣は解かれてしまい、天空の装備を整えた勇者たちだけが入れたはずの内部には、天空城を目指す 心悪しき人間たちが押し寄せていた。ティラルはまず天空への塔を中間辺りで破壊する。そのあとは、押し寄せていた大集団の中でもリーダー格の人間を探 し出し抹殺して行った。その間はレシフェもティラルの護身のために居たが、ティラルから人を斬ることは止められていた。「このまま人間として、子供を残す。そのときに家訓でもなんでも残せば子々孫々に受け継がれるんじゃないかな」
ティラルは少し不思議そうな顔をしてレシフェに返答した。
「勇者が生まれる世界もあるが、こうやって不穏な分子が生まれる場所もある。そうしたとき…自分が絶対とは言わないが、出来るならば地上を、人々を 守り、神に逆らわないような人間の一族を作りたいと思うんだ」
少し俯いたままでレシフェは言う。少し戸惑っているような感じではあったが、その意思は強いものだった。
「…わかった。まずは人間の一族を作り出すことが最優先だけど…レシフェの一族が間違った方向に進まないように、あたしが守護しよう。表舞台には出 ないで、裏からね」
レシフェがなにかを言いたそうに、だがそれを口にはしないようにしゃべっているのをティラルは感じていた。その内容がこういうことなんだろうと当 たりをつけてティラルは言う。それを見てレシフェが複雑そうな顔をして喜ぶ。
「なんだよ、その期待半分な顔は・・・・・・」
「いや、そうすると本当にティラルはこの世界に居つくことになってしまうんだぞ?仮にチャンスがあっても…帰れなくなるんだぞ?」
突っ込むようにティラルが言うと、レシフェは喜びを先に隠してその顔の理由を話す。だが、ティラルは「そんなことか」と拍子抜けしたように笑って レシフェの肩をたたいた。
「それはもういい。戻るつもりもないしね。意外とこちらの世界も気に入っている。それに、人間になってしまったレシフェと比べたらまだ全然いい。法 術も能力も幾らか使えるしね」
「それはあたしだってそうだが…不老不死なんだろう?」
ティラルが言うとレシフェはすぐに反論してきた。
今のティラルは精霊でもないが人間でもない。中途半端な存在でいた。特別な力の一部を行使することは出来るが、いわゆる精霊のそれを全て行使できる わけでもない。まして、次元を切り開いたりして、元の世界に戻るなどと言った力はまったく使えないで居た。ただ一つだけ、こちらの世界に来るときに精 霊ルビスから不老不死の身体をもらっていることだけは、間違いなく作用していることだった。
一方のレシフェはかつての竜の女王が使えた力のほぼ全ては奪われていた。ティラルに頼ることでいくつか展開させることが出来るものと、試みて出来た いくつかの業が使える程度だった。
仮に戻れる可能性は一割もないと考えられたが、でももしもと言うこともある。それにレシフェは期待しているようだった。だがティラルはその戻ると言 う可能性を自分から否定して見せた。「…不老不死だから、未来永劫、レシフェの一族を見つめることが出来る。それに、どんなに道を外れていてもあたしがそれを指し示せる。それで良い じゃない」
ティラルは簡単そうに言った。だが、レシフェは浮かない表情をしたままだった。
「…人間になって、能力が使えなくなっているレシフェに比べたら全然良いよ。無茶もし放題だしね。レシフェはその点、死を覚悟して動かねばならない 場合もある。比べれば随分良い環境でこちらに来たと思ってるよ」
ティラルの意思を確認すると、レシフェは未来永劫、レシフェが作り出そうとしている一族を見守るようにお願いした。そして、レシフェはマスタード ラゴンに一つの依頼をする。
「あたしにもそのドラゴンの名を分けてもらえないだろうか?」
名を分けてもらったレシフェはマスタードラゴンに一つの提案をする。
「今、天空城は酷く傷ついている。だけど、正直言うとあたしもティラルも天空人のように修繕を手伝うことも出来ないでいる。…正直、いるだけ無駄な 気もしているんだ」
レシフェが言うと、マスタードラゴンは少し残念そうな顔をする。
「何も出来ないのは事実だ。それにあたしの命は有限、その間に血を残したい。ティラルにも相談したし、その上でドラグレイエムと言う名ももらったん だ。だからあたしは地上に行く。けど、その間…こっちは多少の心配がある。だから、守護獣をつけよう。古い文献には、中心にドラゴン、もしくは麒麟 (キリン)を置き、その四方に四神と呼ぶ神が存在するのだそうだ。…その四神、あたしが召還してあげる」
レシフェはそう言うと刀を構えて法術を使う。
そこから生み出されたのが四神、青龍−クィンロン−、玄武−スェンウ−、白虎−バイフー−、朱雀−ジュクェ−だった。
召還された四神はレシフェの命に従ってマスタードラゴンと天空城の守護に当たる。
そうして地上にドラグレイエムの一族が生まれる。マスタードラゴンには多少の無理を言って、起きた大戦の後処理を半分放棄してレシフェはある地に 街と城を作り出す。街は順調に発展して、レシフェの望んだ血の命に強い一族が生まれた。その地が今のグランバニア−−−。
レシフェ没後、グランバニアはその息子が次代の王に付き厳格な一族をその後も築いていく。
ティラルも何かあれば、何時の代でも突然姿を現して手助けを、時には道のわからなくなった一族の案内人を続けていた。
「ティラルさま、大変です」
レシフェ没後数十年後、ティラルと一緒に行動していたファルスが嫌な空気を読み取っていた。
ファルスの呼びかけにこたえてティラルはすぐに天空城に赴いた。「…どういうことだ、これは・・・」
玉座の間、真ん中に置かれた立派な玉座に座っているはずのマスタードラゴンはいなくなっていた。
「ジュクェ!!これは一体・・・」
四神の一人、ジュクェに質問すると、ジュクェ以下の四神はみなティラルに申し訳なさそうに頭を下げた。
「実は少し前、マスタードラゴン様が天空城がなにかおかしいと申されて、深部まで我らと共に調べたのです。そこには、天空城が宙空にあるべき能力を 持っているものが安置されていたのですが、どうやら我々が召還される前にあった大戦のときにその部屋が破壊されていたようで・・・」
ジュクェは少しオロオロしながらティラルに報告する。
「…『それ』がなくなっていた、と言うわけか?」
「・・・・・・はい」
ティラルが険しい顔で聞くと、ジュクェは力なく頷いた。
「ティラルさま、それはオーブ−宝珠−のようです。私たちに近い妖精族の力が感じられます」
瞬時にファルスは状況を調べてティラルに報告する。それを聞いてティラルは腕を組んで少し唸る。
「そのオーブはシルバーオーブとゴールドオーブと呼ばれるものだそうですが、片方がなくなると、もう片方も後を追ってなくなるか、能力を失ってしま うと言うことなのです」
ジュクェに代わってクィンロンが説明を続ける。そして、ティラルはその言葉を聞いて納得したように頷いた。
「そのゴールドオーブを追って、マスタードラゴンが行ってしまったわけか」
静かにやりきれないと言った様子でティラルは言うと、四神も力なく頷いた。
「我々ももちろん、お供することを申し出たのですが、マスタードラゴン様はそれを断られまして。無理にでもと思ったのですが、知らぬうちに自分の能 力を封じてしまったらしく、能力が移動する刻(とき)を感じ取ることが出来ませんでした」
クィンロンはそう言ってティラルに頭を深々と下げた。
「…能力を封じた!?そんな馬鹿なことをしたのか、マスタードラゴンは」
ティラルはクィンロンの言葉を聞いて、激怒するように言葉を吐き捨てる。奥歯をかみ締めるようにしてティラルは暫く怒りで我を忘れるような感じ だったが、なんとかそれが爆発しないで済んだようだった。
「…四神にはこのまま天空城を守ってもらいたいが…レシフェがそもそも召還した理由は・・・」
「天空城はもちろんですが、その主たるマスタードラゴン様を御守りするのが最大の役目です」
先ほどまでずっと俯いていたジュクェが言う。その言葉に四神全員が頷いた。
「そうだね。天空人にはあたしたちのほうから話をしよう。すぐに四神はマスタードラゴンを探しに出てくれ」
ティラルが言うと、四神はそれぞれ頷いて、玉座の間を飛び出していく。
「・・・ファルス、これで合っていたのかな?嫌な予感がいまだ消えない」
ティラルが珍しく弱気になってファルスに呟く。ファルスもそれが今の最善としかいえないようで、むやみにティラルを納得させるような言葉を掛けら れないでいた。
それから更に数年。
ティラルは暫く天空城にいて天空城自体とグランバニアの様子を見ていたが、四神が余りに戻ってこないことに少し危機感を感じていた。「…四神の力が感じられない?」
ファルスからそう告げられたティラルは今まででも不安でいたのが更に不安に感じるようになった。天空城にいる天空人たちに状況を説明すると、天空 城よりも四神とマスタードラゴンを探し出すようにと依頼される。
そして、ティラルが再び地上に降りて数年後、天空城はシルバーオーブだけで宙空に維持できなくなり地上に墜ちる。場所が良かったのか悪かったのか、 そこは湖の中で、天空城は湖の深くに沈んでしまっていた。
こうなってしまっては、ティラルにはどうにも出来なくなっていた。四神はおろかマスタードラゴンも見つからない。ファルス、そして次代のシルフィス と共にマスタードラゴンの捜索を続けて居たが、それでも見つけることは出来ない。
そうしているうちに時は流れる。
ファルスとシルフィスは何時の頃からか邪悪のものが動き始めるのを感知し始めていた。
マスタードラゴンの足跡はまったく見つけることも出来ず、消息は不明になったままだった。
世界には神がいない状態になってしまっていた。
四神の足取りも掴めなくなってしまって、どこに行ったのか、戻ってくるのか確認が出来ないでいた。
エルヘブンでは魔界と地上の間に存在する門が封印された。だが、それから十数年後、今度は魔界から無理矢理門を作り出し、地上にこじ開けようとす る力を感じるようになった。
グランバニアでは赤子に封霊紋が刻まれた。それは魔族の中でも高位に居る者の仕業で、ティラルにそれに対抗する力が多少有ったとしても、消すこと は出来ないでいた。
「ダメだな、あたしは。精霊になり損ねるのも当然か」
「ティラルさま、何を仰るんです!?」
「…だって、シルフィス。全てが後手に回ってしまって…挙句の果てはレシフェの一族に魔の手が及んでしまったんだよ?道を指し示すと言ったっ て・・・」
「これからでもまだ間に合います。封霊紋は生きるために妨げるほどのものではありません。レシフェさまにだってティラルさまがそう言ったんじゃありま せんか。ならばこれからはレシフェさまの意を汲んで、守護していけばよいと思います。…マスタードラゴンや四神については、その合間を使いましょう。 それに・・・」
「不穏の力が大きくなっている?」
「はい。それに感づかないマスタードラゴンではありません。きっとどこかでお互いが力を欲するようになります。そこからまた始めればよいのです」
「そうは言うけど・・・・・・」
「後手でも良い、レシフェさまはそう仰られたそうではありませんか。ならばそのレシフェさまの言葉を信じましょう」
事態は好転しないまま、ティラルは数々の目的を持って旅を続ける。
ティラルは全て離れてしまったように感じていた。
しかし、実は全てがまた集まっている。
そのことにティラルはまだ気付いていない。