1.型破りな闘い

 慌てて帰ってきたシルフィスの話では、これまで世界で感じることの出来た妖精たちの生気が感じられなくなっているのだという。原因はわからないが、 極端にその生気が小さくなってしまっていると言うのだった。

「…なにか良くないことが起きてないと良いんだけど」

 ティラルはふとそんなことを呟いた。

「『迷いの森』は確か、サラボナの近くだったよね?」

 ティラルは間髪置かずに今度はシルフィスに訊ねる。ティラルの言葉を聞いてシルフィスは少しだけ悩むような仕草をして、一回頷いた。

「そうです、確かサラボナの東にあったと記憶しています」

 シルフィスがティラルに告げる。その確認をすると、ティラルはリュカに視線で合図を送る。すぐに理解できたのかリュカも頷くと、その場に居るみん なを集める。

「プサンさん、外がどうなっているかわかりませんが、とにかくゴールドオーブを入手してきます」

「わかりました、頼みましたよリュカさん。私は床と土台を修復していますので」

 リュカがルーラの呪文の準備をしながらプサンに語りかける。プサンも何かが起きていることだけはわかっていたものの、とくになにが出来るわけでも ないと悟ったのか、自分は残ると進んで申し出た。
 そしてリュカはルーラを唱え、サラボナに向かった。

 

 だが、その場所はサラボナではなかった。

「ここは・・・?」

 レシフェが不思議そうに呟いた。小高い丘や岩山と言った小規模な山岳地帯。その真ん中に開けている場所があり、街が存在していた。その街は湯気に 覆われていて、街中は活気があるようだった。

「・・・山奥の村?」

 人間の中では唯一来た事のあるリュカが呟く。その声に馬車の中にいたピエールとマーリンも顔を出して確認する。

「そのようですな、リュカ殿」

 マーリンもリュカの発言を肯定した。

「でもなんで、ここに来ちゃったんだろう?」

 リュカは確かにサラボナに向かうべくルーラを唱えていた。山奥の村に間違って飛ばされる理由はなかったので、間違いようもなかったが、実際には山 奥の村に来てしまっていた。その不思議そうな顔を見て、レシフェが少し神妙な顔をしてリュカに言う。

「姫父様、ここになにかあるかも知れません。誰かの細工の可能性が考えられます。それに、シルフィスさんの言った、精霊たちの生気が小さくなってい る状態にも関係があるかも知れません」

 好奇心ではない興味がレシフェにはあった。それを上手く説明することは出来なかったが、それの影響でルーラが妨げられたのではないか、と言うの だった。
 ダンカンのいる村だったが今回はゆっくりして行くわけにも行かない。リュカはダンカンへの顔みせは断念し、ビアンカが行方不明であるとことの後ろめ たさもあったため村の中でも目立たずに行動する。
 人間メンバーで村に入ると、村人たちが右往左往している状態だった。
 リュカたちが話を聞くと、一様に『いたずら好きの妖精が現れた』と口をそろえて言う。その様子にリュカは懐かしさで思い出した。

(まさか、ベラが?)

 リュカの脳裏に一瞬、幼い頃の記憶が蘇る。
 サンタローズでリンクスの世話を始めてすぐの頃、妖精一族でエルフのベラと言う少女がサンタローズのあちこちで、自分を見つけてもらおうといたずら をして、街の中を荒らしまわっていたことがあった。それがこの村でも起こっているのではないかと思った。
 リュカが思案している傍を、シルフィスよりも遥かに小さなフェアリーが通り過ぎる。そのフェアリーは身長十センチ程度で背中には羽が生えていた。そ のフェアリーが慌てながらリュカの前を通り過ぎる。その横顔を見てリュカはフェアリー型ではあるものの、それが誰なのかすぐにわかった。

「ベラ!!」

 リュカのその声に目の前のフェアリーが小さな悲鳴を上げる。そして振り返ったその顔はリュカが覚えているベラの顔そのものだった。そのフェアリー は少し離れて、その場に立っている一団の中で声をあげた女性を凝視する。

「…え?リュカ!?」

 そのフェアリー−ベラが声を出すと、リュカは瞳に涙を浮かべる。だが、明らかに初めに会ったときとは違う姿をしていることにリュカは不思議そうに 首を傾げる。
 そこにいるうち、サンチョだけはベラの姿が見えていないようだったが、リュカの血を濃く引いたアスラとレシフェにもベラの姿は見えているようだっ た。

「本当にベラなの?」

「リュカ!!良かった、リュカが来てくれて!!」

 ベラはそう言ってリュカに抱きついた。
 山奥の村を慌てて出たリュカたちは、村から少し離れた場所まで来て、ベラに詳しい話を聞く。

「…とにかく、いま大変なの。全てのエルフやドワーフと言った妖精たちが、私のような姿に変えられてしまったの」

 ベラは落ち着く暇もなくリュカの肩の上で言う。

「でも・・・なんで?」

「…リュカは『涙晶石』って知ってる?」

 ベラの言葉を聞いて、ティラルとシルフィス、リュカが身体を硬直させる。

「涙晶石がまた、なにか悪さをしているの?」

 涙晶石と言う言葉を聞いてティラルが真っ先に話題に食らいつく。

「…ああ、ごめん。あたしはティラル。精霊族の一人だよ」

 話に食いついてきたティラルにベラが不思議そうな瞳を返す。それを見てティラルはベラに軽く自己紹介をする。

「ベラ、話を順に聞かせて。それに今の姿だって、なにかあったんでしょう?」

 姿を見てリュカは心配そうにベラに告げる。リュカの成長と共に落ち着きを備えた姿を見て、ベラは少し意表をつかれたような感じだった。
 リュカたちはベラを囲んで話を始める。各自自己紹介をして話は本題に入って行く。

「実は妖精の国に一人のエルフが助けを求めに来て。そのエルフは涙から涙晶石と言う石を作り出す事ができるの。それに目をつけた人間たちが、そのエ ルフたちの里を襲ったらしくて。だけど追いかけてきた人間にとってはそのエルフも私達も一緒に見えたんでしょうね、辺り構わずエルフ狩りを始めて、涙 晶石を作らせようとしたの。私たちは涙晶石を作り出せるエルフじゃないから無理だったんだけど…出来ないエルフたちは無用って言ってこの姿にさせられ て、抵抗できなくして行ったの」

 興奮気味にベラは話を一気にした。それをリュカたちは神妙に聞き入っていた。そして一区切りついたところでベラは「ふぅ」と一息つく。それを確認 したところで、ティラルが質問をする。

「…姿を変えさせた、と言ったけど、それは人間の仕業ではないね?人間以外もその集団にはいたの?」

 話の内容を噛み砕きティラルは自分の解釈でベラに質問する。ベラはティラルに少しの違和感を感じながら、質問されたことに対して考え込む。

「…バイフー、と呼ばれた人間が姿を変えさせていたわ。見た感じでは人間でしかなかったんだけど…」

 そう言うベラにティラルとレシフェが今度は驚いた。

「レシフェ・・・」

 ティラルが静かに首を振って話を振る。振られたレシフェはリュカたちに向かってその驚きの理由を伝える。

「…四神の一人です。西を守護する白虎、バイフー。けど…なぜ!?」

「クィンロンと同じ状態になっていて、世界を壊すように差し向けられているんじゃないかな」

 納得できないと言った様子でレシフェが言うと、ティラルは慎重にレシフェに言った。疑問を投げかけたレシフェだったが、ティラルの言葉は十分予想 の範囲内であったと言うように、ティラルの言葉に頷いてみせた。

「ねぇベラ、そのバイフーと呼ばれた人…この近くにいるのね?」

 話を聞き入り、一人考え込んでいたリュカは静かになったところでベラに問いかける。その的確な判断にベラは驚いた様子を見せたが、リュカの真剣な 瞳を見つめて慎重に頷き言葉を続けた。

「色々調べたところ、ここから北にある、湖の中の小島の地下にそのバイフーはいるみたい」

「そのバイフーに太刀打ちできる人間を、温泉で訪問者の多いこの村で探していた、と言うわけね。ついでに呪文にも細工をして、こちらに来る人間の ルーラの行く先を捻じ曲げた」

 困った様子を見せながらベラがその真相を話す。それを聞いたリュカは、ベラがしていたことから推測して山奥の村にいた理由を言ってみせる。リュカ の言葉で理由まで見透かされ、ベラは一回頷いてリュカの言葉を肯定した。

「…それと逃げ込んできたエルフは、自分の里で代々受け継がれてきた装備を持ち出したようなんだけど…それも一緒にバイフーに盗られてしまったらし いの」

 それを聞き一人怒りをふつふつと燃やしていたのはレシフェだった。その様子がわかったのか、リュカとティラルは同じタイミングでレシフェの肩に手 を置いて、落ち着くようにと促した。

「やることは三つ、だね」

 その様子を見てアスラが声を上げる。

「一つは、バイフーに全てを問いただすこと」

 アスラの声に、キッと鋭い視線を投げかけてレシフェが厳しい言葉で言う。

「もう一つは、そのエルフの持ち込んだ装備を奪還すること」

 続けてリュカがベラを優しく包み込むようにして手のひらで受け止めながら言う。

「最後に、涙晶石でもてあそぶものを抹殺すること」

 レシフェの言葉に同じような怒りを持っているような表情を浮かべて、ティラルが言った。

「ベラさん、いまからそのバイフーを懲らしめに行きますが、案内をお願いしても良いですか?」

 リュカの手に包まれて少し安心した様子をみせたベラにレシフェが丁寧に言うと、ベラも改めて姿勢を正してレシフェに返事をした。

「島はひとつだけでしたけど…私も解決を命じられました、ご一緒させてください」

 リュカが子供の頃に見た、少しお姉さんぶった姿を見せるベラだったが、そんな様子をリュカは見ながら少しだけ笑ってみせた。

「…こらリュカ。笑うことないじゃない」

「だって、昔のお姉さんだったベラが今はこんなに小さいなんて」

 憎しみを持つような言い方でベラが言うと、リュカはクスクスと笑いながらベラに説明した。それを聞き、ティラルも口を挟む。

「エルフの一族だと、元に戻っても比較的子供っぽい体系だとおもうよ、リュカ」

「…ぐっ、それは否定できない」

 ティラルの的確な指摘にベラは図星を食らったようにして、悔しそうに言葉を続けた。

 

 山奥の村から水門を通り、湖に入って行く。その湖の真ん中辺りに小島はあった。小島の上に何かの建築物は見えなかったが、レシフェとアスラは簡単 に地下へ入る階段を見つけ出す。
 その階段を入って行くと、地下回廊に続いていた。クィンロンの居た場所と同じように悪趣味とも受け取れるような像やまるで血の赤を思い起こさせるよ うな気味の悪い湿った空気がその回廊を包み込んでいた。

「なんだか悪趣味ね・・・」

 ベラはリュカの肩につかまりながら辺りをきょろきょろして呟く。その様子にリュカを初めとしたメンバーも頷いた。とくにリュカたちはクィンロンの 場所で見ていただけに同じような趣味で作り上げられた回廊はどうにも居心地の良いものではなかった。
 その回廊を抜けると、一際大きな空間が出来上がっていて、その中に城のような建物があった。その城の中に入って行くと、クィンロンと同じように大き な玉座に不釣合いな人間が一人座っていた。

「…女性、なの?」

 その姿を見て、リュカが声を上げる。そこに居たのは妖艶とも言えるような女性で、右手でキセルを持ち、左手で扇子をゆらゆらと動かしていた。

「あら、団体さんが何の用かしら?」

 そう言って目の前にいる女性は嫌味を言うような言葉を発した。それを聞き、レシフェが不快な顔をする。

「…役立たずの妖精さんと一緒のところを見ると、あたしに用事があって来た様ね?」

 キセルから煙を飲み込みわざとリュカたちの方にフーッと煙を吐きかける。

「バイフー、あんた自分の役目を忘れたんじゃないだろうね?まして、この世界のエルフやドワーフをフェアリーの姿に変えるなんて。…そんな力の使い 方を教えた覚えはないよ」

 明らかに怒っていると言う態度でレシフェがバイフーに言う。だが、そう言われてもバイフーの方もあまり怖気づいた様子もなく、余裕を見せて玉座に 座っていた。

「なんだい、偉そうな口を聞いて。元の姿に戻して欲しかったらお願いしてみるが良いさ、気が向いたらやってあげないこともないけどね」

 高飛車とも取れるような態度のバイフーにそこにいるみんなが不快感をあらわにする。

「ただお願いしただけでは無理、と言いたそうですね」

 態度の変わったレシフェが静かにバイフーに訊ねる。「良くわかっている」と言いたそうな表情を見せてバイフーもキセルの煙をくゆらして頷いた。

「どうやら、本当に心を染められてしまっているようだね。やるしかないようだよ、レシフェ」

 態度の変化にもあまり動じない様子のバイフーを見て、ティラルがレシフェにそう呟いた。それを聞いた全員が一斉に自分の武器に手をかける。

「なんだい、容赦ない人間たちだねぇ。一人に対して一斉にかかってこようなんて思ってるのかい?」

「…早くあなたを戻したいだけですよ」

 バイフーがずるいと言いたそうな口調で言うと、呆れた様子でレシフェが呟く。その様子を見ていたリュカは苛立ちを隠せない様子で前に出ると、その 剣の切っ先をバイフーに向ける。

「わたし一人で相手します。そちらも全力でかかってきていただいて構いません。…もし、わたしが勝ったら妖精たち全てにかけた術を解除してくださ い」

 剣を構え、本気で怒っている父をアスラとレシフェはまともに見たのは始めてだった。だが、ティラルはそれでもまだまだだと言いたそうな態度で余裕 の表情を浮かべていた。

「あたしが勝ったらどうしてくれるんだい?」

 バイフーが交換条件を出してくる。リュカは目だけでバイフーを威嚇するような態度でいるが、その先のことを口にしようとはしなかった。

「…じゃあ、あんた、あたしの従者になってもらおうか」

 少しの沈黙の後、バイフーはリュカを指差してこう言った。それを聞いてアスラとレシフェが慌てて訂正を求めようとしたが、リュカとティラルによっ てそれは阻まれた。

「わかりました。…いつでもかかってきてください」

 スッと剣を地面につけて、リラックスした態度をとる。それをアスラとレシフェ、サンチョが驚いた様子で見つめていた。だが、それ以外の仲間たちは それがリュカの闘い方だとわかっているようで、安心した様子でリュカを見つめる。
 バイフーは左手で扇子を音を立てて畳むと、その扇子でリュカにかかって行く。玉座から腰を上げた瞬間、バイフーは一気にリュカまでの間合いを詰め る。大体の戦士であればここから袈裟懸けに初太刀を叩き込んでくる。だがバイフーの獲物は扇子、剣よりは断然短いものだったため、それが懐に隠されて いてもわからないようなものだった。
 間合いが詰まると、バイフーの扇子は逆袈裟から切り上げるようにリュカの左脇腹あたりに扇子を叩き込む。大きくない獲物で切りかかられた分、傷は深 く衝撃は小さく思われたが、リュカの身体はバイフーの扇子に弾かれて大きく吹っ飛んだ。それに好感を得たバイフーは飛んだリュカを追いかけて再び一撃 を叩き込む。その度にリュカは右に左にと吹き飛ばされていた。そして、変化が現れてきたのは吹っ飛んでいたリュカではなく、バイフーの方だった。

「どうしたんですか?」

 余裕の表情を見せてリュカはその場に立ち上がる。そのリュカは肩で軽く息をしているものの、体が酷く傷ついた感じもなく、バイフーから攻撃されて いたようには見えなかった。一方のバイフーはゼーハーと肩で大きく息をしていて、体に傷こそついていないものの疲れ自体はピークに達しているようだっ た。

「くっ・・・なぜお前に傷が付かない?」

 バイフーの手には確実に衝撃は返って来ていた。それなのにリュカの身体が傷ついていないことを不思議に感じていた。それはアスラやレシフェ、ティ ラルたちも同じだった。あれだけ派手に飛ばされるほどのものだったのだ、傷がない方がおかしい。

「落ちてくる花びらを簡単に掴めますか?」

 ふとリュカが突然そんなことを口にする。バイフーは何を言っているのかわからないと言った表情でリュカを見つめる。そんなリュカは相手に威嚇する ような笑みを浮かべて言葉を続ける。

「舞って落ちる花びらは簡単にはつかめず、身をかわす様にすり抜けていきます。『それ』をしていたんですよ。『流水』とも言われたりするもので『舞 花(まいか)』と言う身のさばきです」

 その言葉を聞いたことがあるものが一人居た。サンチョだった。リュカが幼い頃に旅をしたパパスは、敵が強大な時、相手を疲れさせるために自分から 衝撃を受け、逆らわずに飛んでかわすと言ったことをしていると教わったことがあった。その時パパスがしていた『それ』が『舞花』だった。

「…わけのわからないことを。まぁでもこのくらいの疲れで安心されては困るわね。そもそもこの姿でいるのが間違いだったわけだから」

 バイフーはそう言うと人間だった姿が変化して行く。そこに姿を現したのは一頭の巨大な白いトラだった。

「姫父様、バイフーはトラの化身、白虎です。爪を使って攻撃します!!」

「うん、大丈夫だよ。ねぇ、リンクス?」

 レシフェがリュカの後姿に言葉を投げかけるが、リュカはバイフーのその変化を楽しむように見つめていた。そして、レシフェの言葉を聞き入れた上で リュカはリンクスにその返事を投げかける。それを聞いたリンクスは身体に似合わない可愛らしい声で「にゃ」と言って頷くような仕草をした。それが何を 意味しているのか周りのみんなはわからなかったが、それでもリュカの余裕はバイフー以上のものだった。
 本当の姿を現したバイフーは巨大な白虎だった。前足だけでリュカと同じくらいの高さのあるような大きさだったが、それでもリュカが怖気づいた様子は なかった。
 バイフーはその身体に似合わない俊敏な動きを見せると、フェイントを交えながら、前後左右の爪と尻尾を使ってリュカに攻撃を仕掛けて行く。今度の リュカは顔は余裕でも『舞花』を使えるほどではないらしく、食らった衝撃でバシッと地面に叩きつけられることが多かった。だが、バイフーも無傷ではな いようで、白い毛に覆われていた四本の脚が徐々に赤く染まって行く。

「さっきまでの余裕はどうした?あたしに逆らったことを後悔するが良いさ」

 バイフーはそう言って動きが遅くなってしまっているリュカに対して、爪を振り下ろす。リュカは満身創痍の状態に見えたが、自分にかかってくる爪は きっちりと剣で受け止めていた。

「まだ動けると言うのか!?」

「…さすがに疲れました。ので、仕上げますね」

 瞬時に動いたリュカの様子を見てバイフーが驚いたがリュカは丁寧に今の自分の様子をバイフーに言った。
 そして、爪を受け止めている剣をゆっくりと外すと、瞬間姿を消す。リュカはバイフーの右脇腹辺りに移動すると、そこで深く横に剣を走らせる。

「ぐぁ・・・!?な、なにをするんだ・・・・・・!?」

 リュカは動けなかったわけではなかった。ただ、動きながらでは自分の体力も落ちてしまう危険があったため、最低限の動きだけをして、バイフーのど こかにある陰を見つけていたのだった。その場所が確定できた時、攻撃を止めて隙を作り、一気にその陰を払いに行ったのだった。
 最後のうめきをあげてバイフーがその巨体を横たえる。

「姫父様!!」

「お父さん!!」

 その様子を見ていたアスラとレシフェがリュカに駆け寄る。二人が抱きつくと、リュカの身体は特に傷らしい傷は出来てなく、かすり傷がいくつもある 程度だった。

「これは・・・?どうやってかわしていたの?」

 アスラがボロボロになっている服から覗くわずかな切り傷を見て声を上げる。不思議そうに傷を見ていたアスラとレシフェの後ろにリンクスがやってき て、リュカの傷を軽く舐める。

「リンクスとよく取っ組み合いをしていたんだ。それで、爪の軌道は大体わかった。後は脚に直接ぶつかっていけば、爪の鋭さからは逃げられる。だから 叩きつけられる結果になったんだけど、逆に言うと爪での攻撃はほとんど当たっていなかったってこと」

 もともとリュカはただ敵の魔物たちと戦って稽古をしていたわけではなく、仲間たちと実際に剣を交えて稽古をしていた。初めは主にピエールやコドラ ンが相手だったが、リンクスが戻ってきてからは魔獣との戦いを想定したり、マーリンと打撃以外での戦いを想定した稽古を良くしていた。今回はリンクス との稽古が実戦として生かされていたのだった。

「二人も稽古を怠らないようにね」

 リュカがそう言ってアスラとレシフェの頭を撫でた。

 

 暫くして、陰を払われたバイフーが目を覚ます。初めは自分が白虎の姿であったことに気付かなかったようで、それを確認すると慌てて人間の姿に戻っ た。そして自分の正面に誰かがいると確認して、バイフーはその姿を一つ一つ見つめて行く。

「・・・・・・!!ティラル様ですか!?」

「久しぶりだね、バイフー。だけど、何をしていたかわかっているのか?」

 ティラルの姿を確認したバイフーはティラルに向かって深々と頭を下げる。そんなバイフーにティラルは厳しい表情で一言言った。

「まったく・・・天空城からマスタードラゴンが消えて、それを追いかけたまでは良いとしよう。その後何をしていたんだ、バイフー?」

 レシフェも厳しい表情をしてバイフーに問い詰める。その口調を聞いてバイフーが震え上がり、慌てて事情を説明し始める。

「マスタードラゴンを追ってわたしは西の地に下りました。暫く探したのですがマスタードラゴンの姿はなく。そして暫くした時、ある妖精族のエルフと 知り合いまして。妖精族に伝わる神器を守って欲しいと依頼を受けました。わたしはその妖精族の下でその神器を守っていたのですが…」

 そこまで言うとバイフーは首を傾げて言葉を止める。なにかを思い出そうとしているようにも見えたが思うように記憶がたどれないようだった。

「…フードの男が現れたのではないですか?」

 暫くの沈黙の後にレシフェが静かに言う。その言葉を聞いてようやく思い出せたように手を叩いて言葉を続けた。

「そうです、そのエルフの里に赤茶色のフードをかぶった人間がやってきまして・・・その後気付いたら、ティラル様たちがここにおられた、と」

 みんなから一歩前に出ているティラルを見て、バイフーは言葉を続けた。その言葉を聞いてレシフェがティラルの横にやってきた。バイフーはその姿を 見ると、相当驚いた様子を見せた。

「初めまして、バイフーさん」

「レ・・・レ、レ、レシフェ様!?・・・でも、なんだか幼くなられましたね?」

 レシフェが丁寧にバイフーに頭を下げると、慌てふためくようにしてバイフーもレシフェに声をかけた。四神が創成王レシフェに召喚された時、そのレ シフェはすでに成年した姿だった。それから比べればまだ八歳のレシフェは幼くも見えるだろう。

「私はレシファールトスと言います。けど、あなたの知るレシフェ様ではないんです」

 レシフェのその言葉を聞いてバイフーが少しだけ安心した様子になる。だが、それが何を意味しているのかバイフーにはすぐにわかったようで、恐縮し ながらレシフェに質問した。

「失礼ですが…その、レシフェ様はあのレシフェ様のご記憶を…」

「もってるよ、あたしはこの子に転生したんだからね」

 少しだけ声のトーンと言葉遣いが変わる。そんなレシフェを見てやはりバイフーはビクビクと震えるような仕草を見せていた。

「あ・・・あの、私は何をしたんでしょう?」

 バイフーがおろおろとしながらレシフェに問いかける。
 ティラルとレシフェで今まで起きていたことなどを大雑把に話して聞かせる。その間、どんな言葉が出てくるのかと不安そうにバイフーはしていた。

「・・・・・・と言うわけです。取り急ぎ、エルフやドワーフたちの封印を解いていただけますか?」

 一通り説明を終えたレシフェが続けてバイフーに封印の解除を依頼する。バイフーは頷いて文言を口の中で唱える。手のひらに光の粒がいくつも現れる と、それらは一気に空中に散らばって行く。リュカの近くに居たベラにもその光の粒は集まってきて、小さなフェアリーの身体を包み込む。そして暫くする と、かつてのエルフの姿をしたベラがそこには立っていた。

「ベラ!!」

「リュカ!!ありがとう!」

 かつて見た姿から少しだけ成長している感じのあるベラは隣にいるリュカに抱きついてお礼を言った。

「バイフーがしでかした『何か』はこれと・・・」

 元に戻ったベラの姿を見てティラルは一安心と言った表情を浮かべた。そして考えるような仕草をしてバイフーに言葉を続けた。

「…これ、ですね」

 ティラルの言葉に続けてすぐ、バイフーは二つの黄金で出来た物を差し出した。

「これは・・・?」

「太陽の冠と黄金のティアラです。太陽の冠は邪悪を払われた魔物が魔界から持ち出したものなのだそうです。そしてこのティアラはただのティアラでは なく、この太陽の冠の一部を使って作られたものです。太陽の冠自体、聖なる加護を受けていましたが、逆の属性である邪悪も呼び込んでしまうために、力 を少し加減しようと作りなおされ、冠とティアラに分かれたと言うことです」

 手にした太陽の冠と特別な黄金のティアラを手にしてバイフーはティラルとレシフェに説明した。レシフェは受け取ると、冠をリュカに渡す。

「…姫父様に冠が合うかはわかりませんが」

 手渡しながらレシフェは少し申し訳なさそうな顔をしてリュカに言った。それを聞いたバイフーはレシフェにそっと尋ねる。

「冠をかぶるほどの方はいらっしゃらないのですか?」

「…私の父様は魔族が呪いをかけて、女体化させられているんです。王になる器ですけど呪いと言う理由もあって王位にはついてないんです。ましてや、 今は女性だから、冠は似合わないと思うんです」

 問いかけられたレシフェは少し寂しそうにバイフーに答えた。それを聞いてバイフーはレシフェの肩に手を置いて言葉を続けた。

「…冠ではない形にしましょう。私にさせていただきますか?」

 そう言ってバイフーは太陽の冠をレシフェから預かる。
 目を瞑って瞑想するかのように静かに息をする。先ほどの妖精たちの封印を解いたときと同じように、手のひらにはたくさんの光の粒が出来て行く。そし て光の粒は手のひらに載せている太陽の冠を包み込んだ。暫くするとその光の粒は全て消え、手の中には黄金のティアラとは違う意匠のティアラが生まれて いた。

「髪飾りてきなものですとティアラくらいしか思いつかなかったのですが・・・」

 そう言って太陽の冠から姿を変えた太陽のティアラをレシフェに手渡す。

「太陽のティアラは姫父様に、黄金のティアラは母様に、ですね」

 レシフェはそう言って渡された太陽のティアラをリュカに渡す。冠を渡されて少し戸惑ったリュカだったが今度は笑顔で受け取ることが出来た。

 

「レシフェ様、他の四神はどうしたのでしょうか?」

 落ち着いたところでバイフーはレシフェに訊ねる。

「いま会っているのはクィンロンだけ。そのクィンロンもバイフー同様、フードの人間に何かをされたようで、天空から落ちた天空城を初めは守っていた けど、今は天空城までの道を阻んでいた。ジュクェとスェンウはまだ見つからない」

 少し険しい顔をしてレシフェがバイフーに答えた。その様子を見ていて、険しい表情のレシフェに少し蹴落とされる感触をバイフーは覚えた。

「…レシフェ様は本当に転生された姿なのですか?」

 思わずそんな言葉をバイフーは口にした。そんなバイフーを不思議そうにレシフェは見つめて言葉を続ける。

「転生してはいますけど、同一人物ではありませんよ?意識して何かを言っているつもりもありません。…ただ、私もバイフーさんのことはよく知ってい ます。重たい雰囲気をぶち壊してレシフェ様が怒鳴りつけていたとか」

 涼しい顔をしてレシフェはバイフーに言った。その例を出されてバイフーはシュンと表情を曇らせる。

「昔のことはともかく、太陽と黄金のティアラは良く守った。…どうやら、ゲマは四神が重要なものを持っていても気にしなかったような部分がありそう だね」

 ティラルがレシフェとバイフーのやり取りを見ながら、やれやれと言った表情で言った。その言葉を聞いてバイフーは嬉しそうな、先ほどまでの高飛車 な女性とは正反対の子供のように喜んだ。

「向こうはこちらが何かをする隙を与えませんでした。なので、調べたりする間もなかったのでしょう。マスタードラゴンを探しに散ったほかの四神につ いてもきっと、同じようなことが言えるのではないでしょうか」

 バイフーが言うと、ティラルもレシフェも納得したように頷いた。

「…バイフー、あたしたちはこれから妖精の国に行く。…天空城にあったゴールドオーブが破壊された。それをなんとか取り戻す。今の天空城はクィンロ ンが守っている。合流して、引き続き天空城の守護を。それと天空に戻った時には、四神で再び天空城を守護するように」

 少しの間を置いてレシフェはバイフーに指示をする。それに対してバイフーは深々と頭を下げてレシフェの言葉を聞き入れた。

「…リュカ、あの子は何者?」

 その様子を少し離れていたところから見ていたベラがリュカに訊ねる。

「…あの子はわたしの子だよ。ただ、ご先祖様が転生した姿でもあるらしくて、過去のことを良く知っているの。バイフーさんについてもご先祖様が召喚 したらくして、レシフェもそのことは記憶として持っているらしいの」

 とりあえずと言った感じで、リュカは大まかにレシフェのことをベラに説明した。それを聞いてベラは少し混乱していた。

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