2.懐かしの妖精の国
バイフーの居た山奥の村の北から、ベラの案内で妖精の国に続く『迷いの森』までやってきたリュカたち。「はぐれないように気をつけてね。彷徨えば出口に辿り着けるとは思うけど、それでも迷いの森の名は伊達じゃないからね」
ベラはそう言ってリュカたちを従えてサラボナの東にある森の中に案内する。
迷いの森は複雑に入り組んでいるものでもなかったが、特殊な法術がかかっているようで、ただまっすぐに進めば目的地に辿り着けると言うものでもない ようだった。ベラはその法術を一つずつ抜けて、迷いの森の奥へと進んでいく。その行き着いたところには祠が一つあった。
その祠をくぐると、リュカが昔見た妖精の村の風景が広がった。木々が緑に生い茂り、優しい風が吹き抜けていく。だが、ベラがなにか変だと辺りを見回 す。それはそこに居る誰もが同じことをしてしまうほどに変…静か過ぎていた。「おかしい。誰も居ないなんて。私の封印が解ければ、みんなの封印もまた解けるはず」
ベラが疑問を口にする。その言葉を聞き、馬車内にいたピエールたちも外に出てくる。以前リュカがこの国を訪れたときはもっと活気があり、少ないエ ルフたちが国のあちこちで陽気に過ごしていたはずだった。
ベラの今の言葉からすると、ベラが小型のフェアリーの姿になっていたのと同様、妖精の国のエルフたちもフェアリーの姿になっていたようだった。だ が、その原因はバイフーが封印を解除することで全て解かれたはずだった。暫く入り口付近で辺りをうかがっていると、突然リュカたちの周囲を殺気が包み 込んだ。「・・・なにか起こるのか?」
ピエールが剣に手を掛ける。同時にリュカやティラルも自分の剣に手を掛けた。
それが合図であったかのようにその殺気は固まっていたリュカたちに襲い掛かってきた。「にっ・・・人間!?」
その姿を見て驚いた声を出したのはベラだった。
本来、人間が妖精の国に入ってこられないようにしているのが迷いの森の役目だったが、なぜか数十人と言った人間が妖精の国に入り込んでいたのだっ た。「・・・こいつら、邪悪に心を染めた人間だ!」
ティラルが叫ぶと双剣を抜き放ちその人間に切りかかっていく。
「なんで・・・陰が、陰がありませんよ、ティラルさん!!」
心を邪悪に染めたと言う言葉を聞き、リュカは陰を纏っているものだと思いそれを探し出すが魔物たちに付いているような陰はどこにも見当たらなかっ た。そしてリュカは悲鳴にも似た声をあげティラルに言う。
「ああ、だろうね。こいつらは邪悪に魅了されて魔族になったようなものさ。解き放つには・・・・・・!!」
ティラルの言葉は、斬りかかって来た相手との剣のぶつかった時の音でかき消された。だが、その言葉はリュカには聞こえていた。下唇をギッと噛み悔 しそうな表情を浮かべる。リュカはゆっくりと剣を抜き放つ。それに習うようにしてアスラとレシフェも動こうとするが、それをリュカが阻止する。
「マーリン、ミニモン。子供たちが絶対に外へ出ないように見張っていて」
滅多に聞くことのない、低く怒りを露わにした声でリュカは言う。その言葉を聞きすぐさまマーリンとミニモンが子供たちの目を覆い隠し、馬車の中に 連れ込んだ。入れ違うようにピエールとメッキー、オークスが飛び出し、馬車に残った仲間たちも子供たちが間違って飛び出さないように押さえ込んでい た。
「覚悟は良いんだね?」
ギリギリと剣同士が音を立てている。その状態でティラルはリュカに静かに言った。リュカはその声に一回頷くと改めて剣を構えなおした。
「人間が魔に堕ちるなんて考えられませんでした。だけど…全ての人間が神聖なものを信じるとは限らないと言うことを改めて実感しました。もう、良い です。こんな奴らは『送って』やるしか方法はありません。…陰さえ払えないのですから…いえ、影を取り込んでしまうような人間なんですから…」
静かに話すリュカの言葉を聞き、ティラルは苦笑いを浮かべる。決心を聞き届けたティラルは今までと違う修羅のような顔つきをする。
「送ってもらえるだけでも感謝しろよ!」
キンと相手の剣をはじくと二本構えた剣をバラバラに凪ぐ。それでティラルに切りかかっていた二人の相手の腕は肘の辺りから無くなった。
その行為を合図に、リュカたちも人間に向かっていく。初めのうちは鍔迫り合いで時間を稼いでいたが、すぐに止めると次々に相手の急所に剣を切りつけ る。あるものは首を刎ねられ、あるものは心臓に剣を突き立てられる。闇雲ではない邪悪に染まった人間たちの剣術だったが、リュカやティラル、闘いの経 験を多く積んできたピエールやオークス、メッキーにとってはあまり手強いと言うほどの相手ではなかった。五人は次々に屍の山を築き上げていく。
その様子を馬車に隠れてベラは見ていたが、魔物の仲間やティラルはともかく、リュカまでが人間を相手に斬っている姿をみて、恐怖を感じずにはいられ なかった。
暫くして、数十人の邪悪な人間たちは全て絶命させられた。その屍の山を見て、ティラルは溜息をつく。そしてその屍の方に歩み寄るが、それをリュカが 止めた。「…ツライのはわかるけど、無に還すしかないんだ」
「はい、わかっています。少しだけ、時間をください」
ティラルもリュカも敵の返り血を浴びて、血の赤が映えていた。それをきれいと思うものはいない。誰もが不気味とも思えるその状態のままで、リュカ は馬車の方に歩み寄る。そして中に居る子供たちに声をかけた。
「アスラもレシフェも出ておいで。何が起こっていたかその目で確かめて、それがどういうことなのか、どれだけの重罪なのかを実感するんだ」
静かにリュカはそう言った。馬車の中に居たマーリンたちがそんなリュカを止めようとしたが、リュカの瞳は本気であることを、取り消すつもりがない ことを物語っていた。アスラとレシフェはそんなリュカを見つめて、ゴクッと喉を鳴らした。リュカの状態、表情からしてすでにそれが『異常』であること を物語っていた。
初め邪悪に心を染めた人間がかかってきたときは相手をしようとしていたアスラとレシフェだったが、実際相手にしても、いまリュカがこうして立ってい る様に、自分たちも立ったままでいる自信は今は正直なかった。そして促されて、人間の屍が折り重なり出来ている山を見る。アスラは口を押さえ、だが何 とかそこで踏みとどまることが出来たが、レシフェのほうはさすがに惨劇過ぎたのか、その場で気を失ってしまった。
暫くしてレシフェが気付くと、そこにあった屍はなくなっていた。そして血で染められていたリュカやティラルの姿もいつもの姿に戻っていた。
「す、すみません。姫父様・・・」
レシフェはそう言って謝ると、リュカが優しく抱きしめてくれた。
「…魔物を相手にするのも辛いところはあるかも知れないけど…人間を相手にすると言うのはこう言うことなんだ。わたしはあまり人間を相手にしたこと はないけど、いつかそんなときが来るのを覚悟していた。…いきなりだと、アスラもレシフェも立ち回れないと思ったからこうさせてもらったんだ」
静かにレシフェとアスラを見つめながらリュカが呟いた。それを聞いてティラルが言葉を続ける。
「でも、基本、汚い仕事はあたしが引き受けるよ。リュカもあまり無理はしないで」
近くにいたアスラの頭をなでながらティラルはリュカに言った。その言葉を聞いて、少し切ない表情を浮かべながらリュカは頷いた。
それから、まだ馬車の陰で力なく座り込み震えているベラにリュカは近づいていく。「ごめんね、ベラ。非道いところを見せちゃって」
悲しそうな表情を見せてリュカが言う。ベラは深く深呼吸して気持ちを落ち着かせると、リュカの手を取った。
「…私たちだとどうにも抵抗できないからね、ありがとうリュカ。だけど…別人みたいだったわ」
驚いた様子のままベラが礼を言う。
「そのくらいの覚悟がないと、同じ人間を相手になんか出来ないんだよ」
アスラとレシフェに聞こえるようにリュカはベラに言った。その言葉を聞いてベラはリュカの身体を優しく抱きしめた。
それを見ていたティラルもアスラとレシフェを自分の前に連れて来ると、同じ視線になるようにしゃがみこんで二人に話し始める。「リュカでさえそれだけの決意を必要としていたんだ。アスラやレシフェにとってはそれで悪夢を見たりもするだろう。…だけど、いずれ、それをしなけ ればならない時が来る。全てを剣で解決してはいけない、けど自ずと剣で語らなければならない時はわかるはずだから。それまでしっかり稽古をして自分を 高めるんだよ」
言葉を選びながらティラルは言うが、元々ぶっきらぼうに話す癖のあるティラルはうまく言葉を包み込んでの表現は出来なかったが、アスラもレシフェ もティラルのその言葉にしっかりと頷いた。
「ベラ、ただいま。フェアリーの姿を見たときは驚いたけど…」
抱きしめるベラの肩に手を置いてリュカは優しく言った。ベラは安心した様子を見せてリュカから離れる。
「うん、私たちが涙晶石を作れないとわかった途端、力も使えない姿にされちゃってどうしようもなかったよ」
心底参ったと言いたそうな表情を浮かべてベラは呟いた。
「ポワンさまたちはどこにいるの?」
リュカは辺りを見回すような仕草をして、今は誰も居ない村の中を見回していた。
その言葉を聞いてベラはリュカの手を取るとそのまま引いていく。かつてポワンがいた木で出来た屋敷に連れて行く。一階部分は教会になっていたが、そ こに誰かがいる様子はなかった。教会の祭壇のあたりまでリュカを連れて来ると、そこに無造作に放り出された本をベラはメラの呪文で焼き払う。その下に は石で出来た戸のようなものがあった。「…ポワン様たちはこの下にいるわ、逃げ込んできたエルフの子と一緒に。私が小型のフェアリーの姿から戻ったから、多分ポワン様たちも戻っているわ よね」
自分の身体をポンポンと叩きながらベラが言う。リュカは視線をティラルとレシフェの方に巡らせる。ティラルもレシフェも自信を持って頷いてリュカ に答えた。
「この石の扉を開ければいいのね?」
二人の頷きを確認したリュカはベラに足元にある扉を指差して訊ねた。
頼もしそうにリュカを見つめたベラは頷いて石の扉をどかすのを手伝う。「入ったときは中からポワン様たちが何人かで閉めたんだけど…私一人では到底動かない重さで…」
石の扉に力を入れながらベラが言う。だが、リュカとベラでもその石の扉は開かず、最終的にティラルやアスラ、レシフェまでが手を貸してようやく開 いた。
地下室からポワンを初めとした妖精の里のエルフたちが出てくる。
「また力を借りることになってしまいましたね、リュカ。でも、こうして再び会えたことを嬉しく思いますよ」
木の屋敷の最上階にある玉座について、ポワンがリュカに頭を下げた。その隣には、問題のエルフの姿もある。見たところ、ポワンやベラを初めとした 妖精の里のエルフたちとは差異もなく、リュカたちが見ただけではそのエルフが涙晶石を作ることが出来るかどうかを判断することは出来なかった。
「この娘が涙晶石を作れるエルフさん・・・?」
リュカがポワンの横で不安そうに視線を背けているエルフを見つめて言う。
「ロザリー、と言いましたか。大丈夫ですよ。この人間たちはかつて私たち春の妖精の国を救ってくれた勇者たちです。あなたを悪いようにはしませんか ら」
ポワンがそう言って隣にいるエルフ−ロザリーに声をかける。少し震えているのか肘を抱え込むようにしてゆっくりとロザリーはリュカたちを見つめ る。全員を見つめてその誰もに悪意がないことを確認するとホッと一息ついて、緊張をほぐした。
「…わたしの名前はリュカ。ポワン様やベラとはわたしが子供の頃から知っている間柄です。間違ってもエルフや妖精たちを刈るようなことはありません から、安心してください」
近づこうとするとまだおびえの色を出すロザリーにリュカはみんなの代表として声をかける。口で言うだけで信じてもらえるとはリュカ自身も思ってい なかったがここからはじめなくては何も始まらないと思っていたのだろう。
「リュカは魔物使いで、地獄の殺し屋キラーパンサーさえ手懐けるほどなのよ。…魔物の邪気をはらうことが出来る程度には、信用して良いわ」
まだ警戒心をあらわにしているロザリーにベラが言葉を続ける。さすがにキラーパンサーを仲間にしたと聞いてリュカを只者ではないと思ったようで、 ロザリーは少し表情を和らげる。
「魔物の仲間にはいま、この里の入り口を警戒してもらっています。わたしたちがいるうちはここまで邪悪な人間が入ってくることは無いですよ。それよ り、どうして追われるようになったのですか?」
リュカが本題に入り込む。ロザリーもそれを話そうとするが、恐怖からかどうしても言葉をつくことができずに、思うように話すことが出来ないでい た。
「…余程の恐怖だったんでしょうね」
突然声を出されてロザリーはびくっと身体を震わせる。その声の主はティラルの肩から突然姿を現し、ロザリーの方に近づいていく。瞬間的にそれが 「人間型」ではない姿と認識できたためか、初めの驚きだけでその後は特に緊張した様子をロザリーは見せなかった。姿を現したシルフィスはロザリーの顔 の正面に留まるとペコリとお辞儀をして見せた。
「私は精霊族のシルフィス、こっちの方は同じ精霊族のティラルさま」
シルフィスが自己紹介をして、一緒にティラルの名も告げる。人間ではない精霊と言う言葉を耳にしてし、ようやくロザリーの身体を縛っていた緊張が 解きほぐれていく。
「初めまして、ロザリー。涙晶石についてはあたしも古くから知っている。良かったら話を聞かせてくれないか?場合によっては粛清する必要もあるか ら」
軽くお辞儀をして挨拶しながら、ティラルが言葉を続けた。
一方のリュカの後ろでは、人間にとっては珍しく好意的なエルフを見て興味を示している二人が、だが半分は気恥ずかしい様子を見せているアスラとレシ フェの姿があった。その様子もロザリーは気になっていたようで、あまり抵抗のないシルフィスにその説明を求めようとしていた。「彼女の後ろにいるのは彼女の子供で、男の子がアスラ、女の子がレシフェ。二人もただの人間ではないんだよ、どちらかと言えば、精霊や妖精と近しい 存在だから、安心して」
様子を悟ったのか、ティラルがロザリーにそう言って二人を紹介する。
一通り素性がわかったところでロザリーが話し始めようとしたが、悲しみの方が先に立ったのか突然涙が溢れ出す。その涙から七色の石が生まれていく。「これが涙晶石・・・?」
レシフェがその様子を見て声を上げる。その涙晶石は七色だが濁っていて、石に無理矢理七色を付けたような石だった。そして、レシフェが手を差し出 して涙晶石に触れると、その石は自然と粉々に砕けてなくなってしまった。
「…悲しみの涙だけで涙晶石を作ることはもう出来ません」
「涙晶石は十五年くらい前にも、アルカパやラインハットで一騒ぎあったけど、ロザリーもそれに関わっているのかい?」
涙から出来る涙晶石、それはもうロザリーから作られることは出来ないと言う。
その言葉を聞いてティラルは記憶を探りながら話を進めていく。その二十年ほど前と言う言葉にはリュカも反応した。「確か、ラインハットが混乱していたとき、アルカパに一人の男が涙晶石を持ってきたとかって・・・」
リュカも伝聞でしか聞いた事がなく、その内情までは知らないでいた。リュカの言葉を聞いて、ティラルは頷いて言葉を続ける。
「リュカがヘンリー王子とアルカパに行った時に話を聞いた、その涙晶石のことだよ。あたしたちも同じタイミングでアルカパを訪れていたんだ。誰かが 作らせた涙晶石が混乱の元になり、そこで権力者が石を牛耳るようになった。同時にラインハットでは圧政がなされるようになっていった」
全てがティラルにわかっていると言うわけではなかったが、部分的に省略しながら話を聞かせる。そのラインハットと言う言葉にロザリーは酷く怯えた 様子だった。
「…その、ラインハットです。当時ラインハットがこの世界に覇を唱えると言っていたとき、私たちはラインハットの使いだと言う人間たちに捕らえられ ていました。涙晶石は他国に高く売りつけて自国の資金源としていたのです。…ラインハットの圧政が解かれるのと同時に、人間たちは逃げ出し、私たちも 解放されたのですが・・・」
ロザリーはそこまで言うと、溜息をつく。同時にリュカもやりきれないような表情でロザリーと同じように溜息をついていた。
「わたしたちが動いていた裏ではそんなことがあったなんて。もう少し慎重に動けていれば、ロザリーさんたちに二度も手が及ばなかったんでしょうけ ど」
力なく首を振ってリュカが呟いた。そんなリュカの様子をロザリーが少しだけ笑みを浮かべて見つめていた。
「…私たちはエルフの里を破壊されてしまいました。なので一部のエルフとラインハットの森の中で静かに暮らすことにしたのですが…数年前に再び人間 が現れまして・・・」
ロザリーの再度の告白にリュカたちは息を飲む。半分は呆れ、もう半分は怒りを覚えているリュカやティラルたちの様子にアスラとレシフェは徐々に恐 怖に包まれる感覚に襲われていた。
「懲りないな。けどその人間も正気でそれをしていると言うわけではないんだろう」
怒りを殺し、呆れた様子を見せてティラルが呟く。正気ではなかった、と言ったティラルの言葉にリュカが不思議そうに首をかしげる。
「人間たちの欲が悪しき心になったとか、そうでなければ魔族の何者かが操っていたと言うわけではないんですか?」
今までの様子や魔物たちの陰を払うと言う行為をしてきたリュカにとっては、悪しき心に染められた原因が人間そのものには無いと思っていた。第三者 や心の中の悪しき部分や陰の部分を悪用された、それが悪しき人間の生まれる理由だと思っていたから、こんな質問をティラルとシルフィスに投げかけてい た。
「…陰がある場合は、リュカの言うように誰かによって悪の方に傾く。だけど、悪に心を染めるのは、きっかけが第三者であっても、最終的にそうなるト リガーを引くのは人間自身。例えば、リュカにも多少悪の部分はあるはず。それは聖なる心と天秤で釣り合っていると思ってくれれば。そして天秤が悪の方 に一気に傾き、聖の部分がなくなると、陰もなく悪に心を染めた人間は生まれてくる。第三者はきっかけだけしか与えていないんだ」
複雑になる話を少しずつ説明して、ティラルはリュカやアスラ、レシフェに邪悪な人間の生まれる過程を話した。
「…陰の見えない人間はその悪の部分に全て・・・・・・」
「魅了されている、と言い換えて良い。人間自身が受け入れてしまっているから、陰なく悪しき心が生まれるんだ」
納得する説明をもらったが、それだけで認めたくはないと言った様子でリュカが呟く。認めたくない部分が邪魔をするのか、リュカの声は少しずつ小さ くなっていくが、最終的な言葉はティラル自身が発した。
「で、今はラインハットにその人間たちはいるの?」
しばし沈黙が流れる。それをティラルがロザリーに質問することで打ち破る。
「…人間が今もいるかどうかはわかりません。ですが、エルフは私をおいて他に生き延びた者はいません」
ロザリーはティラルの質問に静かに答える。その答えがどんなものかわかっていたリュカやシルフィスでも、その言葉を聞き心を締め付けられるような 思いに駆られる。
「天空城のこともだけど…ロザリーのことを決着つけないと、今度はこの里も危ない」
「だけどティラルさん、黒幕まで探せるでしょうか・・・?」
溜息交じりでティラルが言う。納得していたがリュカは一番の懸念を口にする。そのリュカにティラルは首を振って否定した。
「いや、黒幕はたぶんわからない。だけど、いまの勢力だけでも削っておく必要がある」
「そう・・・ですか。わかりました。まずは、ラインハットからですね」
ティラルの否定の言葉にリュカはやりきれないと言った様子で返事を返す。そして行き先を確認すると、ティラル、シルフィス、アスラ、レシフェ、サ ンチョの順に見つめてそれぞれの意思を確認した。
「本当の目的の前にまず、この件を片付けます。ポワン様、ベラ、ロザリーさんをお願いします」
そう言ってリュカは厳しい目つきでポワンとベラに目配せした。
仲間の魔物たちには、妖精の里の入り口をそのまま守るようにリュカは指示すると、六人だけでラインハットに向けてルーラを唱えた。