3.忌まわしい事件、再び

「涙晶石・・・だって?」

 ラインハットに来たリュカたちは何よりも先に先ほどロザリーから話を聞いた涙晶石の話をヘンリーとデール、マリアに伝える。それを聞いたヘンリー は訝しげに声を返す。
 そんなマリアの足元にはアスラやレシフェと同じ位の子供の姿も合った。

「ここ最近、ラインハットで涙晶石やそれ以外の変わった宝石を取引している様子はない?」

 リュカが単刀直入に話を聞くが、生憎デールの情報網にもヘンリーの情報網にもその様子は引っかかっていなかった。

「…暫く時間がほしいな…でも、そうも言ってられないか・・・」

「兄上、少し手荒な方法ですが、兵士たちを使って一斉に調査をしてしまう方が・・・」

 ヘンリーが慎重にリュカに返答する。その言葉を聞き、デールは強硬手段に出ようと提案するが、ヘンリーはそれを否定した。

 

 謁見の間でラインハット王族と旅人のグループが話をしている。その話の様子は階級が一緒であるようにほぼタメ口に近い言葉で行われていた。
 最近宰相と言う位置に付いたと言う若い男はそんなデールやヘンリーの様子を見て不思議に思っていた。

 

 同時に不思議に思っていたのはその宰相だけではなかった。

「どうした、シルフィス?」

 どこか落ち着かない、そう言った様子を見せていたのは、珍しく初めから姿を現していたシルフィスだった。ティラルが訊ねると辺りを見回して小声で 呟く。

「…ロザリーさんに感じられた悲しみがどこかで感じられるんです。それもこの間の中で」

 今謁見の間には複数の兵士とデールに近い位置に宰相、そしてラインハットの一族が居るが、その中からなにか変な雰囲気があるとシルフィスは言って いた。
 その言葉を聞いてデールは自分たち以外の兵士や宰相に疑惑の目を向けたが、どうにもそれだけで全てが見抜けると言ったわけではなく、首をかしげる。

「…リュカ、とりあえず今夜はゆっくりしてくれ。明日詳細をつめよう」

 少しの間があった状態でヘンリーが声を上げた。ことを急くように片付けたいリュカだったが、こうなってしまっては手も足も出ない。ヘンリーに促さ れてリュカたちは客間に通され、その日はゆっくり休むことになった。

 

「挨拶もなしに本題に入っちゃって悪いね、ヘンリー」

 客間に戻る前、廊下でヘンリーがリュカの腕を取った。そして二人は客間の入り口から離れた場所で立ち話を始めた。

「いや、いいよ。あのティラルって人まで一緒に旅をしているとは思わなかったけどな」

 ヘンリーはラインハットが圧政を強いているときに無理矢理進入して牢に投獄されたとき、ティラルとは会っていた。リュカからティラルの素性は聞か されていたが、それでも全てを納得したわけではなかった。そこで話を聞こうと思っていたが、ただの旅人では無いことはその外見を見るだけでわかってい た。
 リュカからは自分をいつでも見守ってくれる守護神であることを再び告げられる。それと、グランバニアにとっても守護神であり、その一族を見守ってい る『精霊』であることもあわせて説明された。

「精霊…ね、なにか人外の能力とか使えるみたいだな」

「…多少は出来るようだけど、滅多には使わない。多分、わたしの考えが正しければ…人間であるグランバニアの一族をあまり助けすぎないようにしてい るんじゃないかと思うんだ」

 ヘンリーが茶化すように言うがリュカはそれを本気で受け止め、素直に話を進めた。そのことで清純なリュカがティラルに対してどれだけの信頼と信用 を持っているかが良くわかった。

「…それよりまずは涙晶石か。…ラインハットに戻るときにアルカパで聞いた『あの』石と同じものだよな」

 廊下でリュカを引き止めたヘンリーは昔話を早々に取りやめると、本来引き止めた話題に話を戻した。

「うんそう、アルカパのみんなを魅了したって言う石」

 ヘンリーから話を持ち出されてリュカも頷いて見せた。

「…実際、大臣だったデモンズに話を聞きそびれたけど…巨額の富を武器にラインハットに入り込んだやつがいる。…あの宰相と『宰相派』の兵士たち十 数人。裏に何かがあるとは思うんだけど…」

 ラインハットにヘンリーとリュカが戻ってきたとき、大后ガーリアは心を操られて大臣デモンズが圧政の指揮をしていた。その後ろには金を生み出すた めにと大量の涙晶石があるものだと思われていたが、実際ヘンリーとリュカが全てを暴いたときに涙晶石の影はまったくなかった。

「…富を武器に入り込んだ男だけど、何か違う提言ばかりをしてくるんだ。それと…頭がキレる割には・・・」

「若いね、ちょっと」

 ヘンリーのように幼いときから帝王学などを学ばされていたのであれば、わからないこともないが、その宰相の出自についてはまったくわかってはいな かった。それだけにどこで富を手に入れてよりによってラインハットに入り込んだのかをヘンリーとデールは不思議がっていたのだった。

「もう二月近くなるんだが、なかなか尻尾を出さない」

 困った様子のヘンリーにふと疑問を持ったリュカは続けて質問する。

「外出することはない?一人でも、警備をつけてでも」

 その話を聞いてヘンリーは不思議そうに首を傾げるが、いまいち合点がいかないと言った感じで表情を曇らせた。

「そうか・・・ラインハットに近い森の中でひっそりとそのエルフは過ごしていたんだってさ。ラインハット本領に森の部分は東の方にある古代の遺跡の まわりだったよね?」

 リュカも答えが導き出せないと言った様子でヘンリーに呟いた。その様子にヘンリーもやはり曇った表情のままだった。

 

「リュカ、少しは力を抜いた方が良い。それにヘンリー殿下たちだってただ黙ってことを見過ごしているわけではないんだろう?」

 部屋に戻ったリュカは険しい顔をしていた。それをみてティラルが声をかける。

「…ですが、ティラルさん。ロザリーさんのことを考えると、時間をかけると言うのもそうそうは出来ないと思うんです」

 やりきれないと言った様子でリュカが言う。その様子を見ていたアスラとレシフェも少し不安そうにしてリュカを見つめ返した。

「ま、その気持ちはわからなくもない。けど、あたしなんかは涙晶石を追ってすでに千年前後、この世界を旅しているんだ。千年とは言わない、だけど一 朝一夕で事が片付くこともやっぱりない。だから、少し力を抜きな」

 苦笑いを見せながら、ティラルはあまり例としては相応しくない自分の例を挙げてリュカに聞かせた。リュカもその言葉に全ては納得していなかった が、小さく溜息をつくと、自分に割り当てられたベッドに腰をかけた。

「お嬢様も涙晶石をご存知だとは思いませんでした」

「うん、わたしも忘れていたんだけどね、サンチョさん。でもわたしとヘンリーがアルカパで聞いたのは間違いなく涙晶石なんだ。…あの時片付けられれ ば・・・」

 サンチョが訊ねるとリュカも少し失態を見られて恥ずかしいと言った様子で頭をかいた。だが、そのことを考えるとどうしても怒りが沸いてきてしまっ た。それを見てティラルが笑いながらリュカの言葉を否定した。

「…あの時は情報が少なすぎた。あの時点で解決は出来なかったよ。出来てロザリーを救うこと位だったけど…その時、ロザリーがどこに居たかまではつ かめていないからね。結局は現在まで来てしまうものさ。…事は何時だって、首謀者意外は後手に回ってしまうものだからね」

 ティラルの声が少しずつ淋しそうな後悔を持った切ない声に変わっていく。その様子を見てリュカはどれだけ自分がことに対して急いているかがわかっ たような気がした。

 

 ヘンリーやデールたちに夕食を振舞われたリュカたち。ティラルとシルフィス、サンチョはすぐに客室に戻って行ったが、リュカとアスラ、レシフェは そのままヘンリーとマリアの居室に招かれた。

「挨拶が前後して悪かったね、ヘンリー、マリア」

 少しばつが悪い感じでリュカはそう言った。

「行方不明になったって言う話はこっちにも来ていたからな、一体どこ行ってたんだ?また例の神殿なんてことはないだろうな?」

 突然話をしだしたヘンリーにリュカは「あははは・・・」と少し困った表情を浮かべながら笑って見せた。

「…ゲマに石にされちゃって・・・」

 単刀直入にリュカはヘンリーにその事実を伝える。そのゲマと言う名前にヘンリーの眉がピクリと反応した。

「石って・・・」

「だけどぼくたちがその石化を解いたんです」

 簡単に言ってのけたリュカの言葉にヘンリーは少し困った表情を見せるが、リュカは笑顔を作ったままで少しの間固まっていた。そこに割って入ってき たのは、滅多に丁寧な言葉を使わないアスラだった。

「…ああ、この子はわたしとビアンカ姉さまの子でアスラ。こっちの女の子はレシフェ。ようやく見つかったよ、天空の勇者が」

 突然話に入ってきたアスラとちょっと人見知りなのかリュカの影でじっとしているレシフェを自分の前に持ってきてリュカは挨拶をさせた。

「天空の勇者!?」

「ぼくが天空の勇者なんです」

 リュカの言った言葉に驚いた表情を見せたヘンリーに、アスラが自分から答えた。リュカはアスラが背負っている天空の剣をヘンリーに見せる。軽々と 装備していると言うことが何よりの証拠だった。ヘンリーも過去に剣を持ったことがあったが重くて持ち上がらないと言う経験を持っていた。

「その伝説の勇者の後だと、俺の子が余りにかわいそうだな…コリンズ、おいで」

 少しばかり同情するような様子を見せて一人の子をヘンリーは連れてくる。ヘンリーと同じ緑の髪にマリアの優しそうな表情のある少年。アスラやレシ フェと同い年のようだった。

「せっかくだ、寝る前にでも少し遊んでくるといい。コリンズ、アスラとレシフェと遊んできなさい」

 そう言ってヘンリーはコリンズを促して、アスラとレシフェも連れて行くようにと指示した。

「いつの間にか二児の・・・・・・父か?」

 ヘンリーがふと呟き、リュカに質問を投げかける。リュカは少し照れるように笑って見せた。

「一応、わたしが父ってことになる。…ラーの鏡で本当の性別がわかった後、ティラルさんに身体の呪いを解く紋章をもらったんだ。…今はもうないんだ けどね。ティラルさんをもってしても、ゲマの呪いは強いそうなんだ」

 少し溜息交じりでリュカはヘンリーに言う。その言葉を聞いてヘンリーは少し驚いた顔をしていた。

「その呪いもゲマの仕業なのか!?」

 リュカが女体化していると言う事は左腕の封霊紋と両耳の黒霊石が原因だと言う事はわかっていたが、それを誰がかけたかをヘンリーは知らなかった。 リュカがこうして話をしてくれたことでその真実を知り、同時にどこかやりきれない怒りを感じていた。

「…うん、どうやらゲマはわたしと父様、ティラルさんとは密接に繋がっているようなんだ。ティラルさんに至っては、わたしのご先祖と一緒だったとき にすでにゲマに会っているみたいだから、数百年と言う単位だと思う」

 息苦しそうにリュカはヘンリーとマリアにそのことを告げた。

「ゲマってヤツは・・・どこまで邪魔をすれば気が済むんだ・・・」

「だけど…母様を攫った本当の黒幕はゲマではないってティラルさんは言うんだよね」

 昔を思い出したヘンリーは、目の前でパパスを焼き殺されたことを再び悔やむ。リュカも同じようだったが、それでも過去に縛られずに現状確認できて いることをヘンリーに聞かせた。

「…まだ、黒幕が居るって言うのか・・・!?」

 ヘンリーは謎の多い事件にリュカが巻き込まれていることに少し苦しさを覚えた。
 そこに、二人の子供が戻ってきた。

「お父さん、コリンズ君がいなくなっちゃったんだ・・・」

「子分の証を取って来いって言われて、取りに行っているうちに居なくなっちゃったんです」

 アスラとレシフェが途方に暮れた表情でリュカに訴えかける。
 二人の言葉を聞いたヘンリーは顔を真っ赤にしてそっぽを向くが、クスクスと笑って見つめるリュカの瞳が何を意味しているかは充分に理解できた。

「あんな危ない事はもう無いよね?」

 相変わらずそっぽをむくヘンリーにリュカは一言だけ語りかけた。ヘンリーは頷いて答えた。
 リュカと子供たちはかつてのヘンリーの子供部屋だった場所に来る。相変わらずそこにコリンズの姿は無かったが、リュカは余裕の表情を浮かべていた。 そして、その子供部屋にある椅子をどかし床を調べると、隠し階段が現れた。

「あっ、こんなところに階段が・・・」

「姫父様、なんで知っているんですか?」

 アスラとレシフェが言って階段に駆け寄った。そして三人で降りると、そこには案の定コリンズが居た。

「なんだ、もう見つけてしまったのか・・・」

 コリンズがそこまで言ったときだった。城の外に面しているドアが突然開け放たれると、そこから宰相が突然入ってくる。「まさか!?」リュカが小さ く言うと、宰相は三人に向かってナイフを投げつけた。そしてそのままコリンズを捕まえると、入ってきたドアから出て行ってしまった。

「そんなことって・・・!!アスラ、すぐにティラルさんたちに知らせて。レシフェはヘンリーに。すぐに戻るから城の前で待機して!!」

 反射的にアスラとレシフェの表情が真剣なものになる。そして返事もそこそこに降りてきた隠し階段を登って二人はリュカの指示通りにそれぞれの部屋 へと走った。
 リュカはその宰相が入ってきたドアから外に出る。人影が小さくだが見えたが、すぐに追いかけて追いつくような状態でもなかった。
 ラインハット城下の外に出て辺りを見回す。まとわり付くような生ぬるい風がリュカの頬を撫ぜた。

 

 ラインハット城の城門にはヘンリーとティラルたちが待機していた。みんな戦闘体制で居た。

「すまん・・・宰相を見張っているといいながらこの体たらく。だが…マリアには叱られるが、攫われたのがコリンズでよかった」

 リュカが駆け寄るとヘンリーが真っ先に頭を下げた。確かに落ち度はあるがだからと言ってそれを責めている場合でもなかった。

「…ただ、宰相を張っているうちの一人が居ない、多分追えたんだと思う。少し待ってみよう」

「いいの?待つ時間の猶予を与えて」

 宰相が怪しいと言っていたヘンリーは数人を振り分けて宰相をマークしていた。そのうちの一人が姿を消していた。ヘンリーはその人物を待とうと言っ た。だがリュカはその待つ間にコリンズに何かあったらと言ったことを懸念していた。

「大丈夫だ。コリンズは必ず救う。二の舞になんかさせない」

 ヘンリーは力強くそう言いながら、自分にも言い聞かせていた。
 暫くして、ヘンリーの予想通り兵士の一人が姿を現した。

「ヘンリー様、コリンズ様は東の遺跡の方に連れて行かれてます。それと…」

 兵士の報告を受けてヘンリーは頷いた。そしてその兵士は何かを手に握っていてヘンリーたちの前に見せる。

『涙晶石!!』

 その兵士が手に持っていたのは細かく砕けてはいたが涙晶石に間違いなかった。

「ご苦労だった。後は俺たちが引き受ける」

 涙晶石までを確認してヘンリーは改めて剣の柄を握りなおす。リュカやアスラ、レシフェ、ティラルも同じように装備のチェックをする。

「城はサンチョさんにお願いしたから大丈夫。コリンズ君に危害が及ぶ前に助け出そう、ヘンリー!!」

 リュカが奮い立たせるように言うと、ヘンリーも力強く頷いて見せた。

 

 ラインハットから東に進んだところに、古い遺跡がある。そこはリュカとヘンリーにとっては悲劇の現場で、同じような形で再びこの遺跡を訪れること になったことを二人は何かの因縁ともとっていた。
 遺跡の中はリュカとヘンリーが子供の頃に来た状態とは変わっていなかった。中は魔物さえ居なくなってしまっている古さではあったが、リュカ以下、 ティラル、シルフィス、アスラ、レシフェ、ヘンリーには特別な力が宿ってなくとも何かが行われていて、何者かが住み着いていることを感じさせていた。
 途中に人の生活していたと思われる場所もあったが、そこに誰も居る様子はなかった。

「…けど、涙晶石の痕跡は残っています」

 みんなが状況を確認した上で、シルフィスがそこに涙晶石があったことを報告する。誰かがこの遺跡の中で涙晶石を扱っていると言う証拠だった。
 更に六人は奥へと進んでいく。少し広くなった場所にコリンズと宰相の姿があった。そして、その脇には何人かのエルフの姿も確認できた。

「お前たち、この子供が殺されたくなかったら大人しく涙晶石を作り出すんだ」

 宰相が決まり文句とも取れるような言葉を発していたが、エルフたちはその様子に従う事は無かった。すると、宰相はナイフを取り出し、縛り付けられ ているコリンズの頬にそのナイフを突き立てる。

「くっそー、オレを傷つけた位でなにか起こると思ったら大間違いだかんなー!!」

「フン、お前が何か出来るかなど知ったことではない。が、ここに居るエルフたちは心優しいんだ。他人が傷つくところを見て、何も出来ないことを悔や むに違いないんだよ」

 スッとコリンズの頬に当てたナイフを引いてみせる。子供のプクプクした頬に一筋の血の線が引かれていく。
 それを見たエルフたちは目を逸らそうと顔を背けたが、すでに見てしまったことを悲しまないわけには行かなかった。

「そうだよなぁ、自分たちのために一人の子供が攫われて、傷まで付けられて。悲しくなくとも申し訳なくて仕方ないよなぁ」

 宰相がそう言って再びコリンズにナイフを突きつける。
 それを見て飛び出したのはリュカだった。

「そこまでだ!!」

 声をかけるのと一緒にバギを唱えると、コリンズと宰相の間に割り込ませるようにかまいたちが襲っていく。だが宰相も少しは出来るようで、コリンズ を放さずにそのバギを避けて見せた。

「ほぅ、さっきのお嬢さんか。ここを突き止めた事は褒めてやるが、だからと言って・・・」

「…もう、涙晶石は出来ないですよ。二度と作らせません」

 宰相が何かを言っているのを無視して、リュカは怒りの表情を見せる。

「こっちにはお前と親友らしい、ヘンリー殿下の子供が人質としているんだぞ」

「そのことが、自分の死に至るとわかっているんですか?それとも、まさか殺されないとでも思っているんですか?」

 宰相はコリンズを人質に取っていることを優位と思っているらしかった。だが、そのくらいでリュカが宰相の言うことを聞くほどお人よしでもなかっ た。そっと剣に手を添えて、宰相を軽く牽制する。
 宰相はそんなリュカの行動に少しだけ動揺したが、コリンズの頬に当てていたナイフを今度は首に当てる。
 その一瞬を見たアスラとレシフェが今度は飛び出す。アスラはその細身のナイフからコリンズの首を守るため、宰相の手首に天空の剣を一閃させる。手首 が落ちる瞬間をアスラはコリンズに見せないように目を覆うとそのまま柱の影まで連れて行く。一方のレシフェはリュカの背に居る縛られたエルフたちを呪 文でロープを切り、すぐに誘導して、同じように柱の影に駆け込んでいく。
 同時に宰相が無闇に呪文などを使わないようにと取り囲むようにティラルとシルフィス、ヘンリーが宰相の前に立ちはだかった。

「これはこれは、ヘンリー殿下。自分の息子可愛さのために城を疎かにしてよいのですか?」

 目の前で起こったことに少しも動揺せず、斬りおとされた腕のこともまったく気にしていないようにして、宰相がヘンリーに軽い挑発をしてみせる。そ れに対してヘンリーは特別何も言わなかった。

「…愛する人を思って助けに出たものは、結局石にされて八年過ごしたと言う話もあるほどですよ?」

 不敵な笑みを浮かべ、まだ優位に居ると言いたそうな態度で宰相が言ってみせる。その言葉はリュカとティラルには少し堪える内容だった。だが、リュ カは剣を抜き去って宰相の顎の下に切っ先を突きつけると馬鹿にするように鼻で笑って見せた。

「その、八年石になった人間はこうして再び救い出されたけど?」

「だが、愛する人は救えていまい」

 剣を突きつけている状態でも、宰相は怯んだ様子もなくリュカの言葉に更に挑発を続けるように言葉を続けた。その言葉を聞いて、リュカが剣の先を宰 相の首に突きたてるような仕草を見せる。その時、周囲に突然強い殺気が現れる。瞬時にリュカとティラルの目が真剣で冷徹なものに変わっていく。

「アスラ、レシフェはそのまま出てくるな!」

 そのリュカの言葉を聞いて二人はギュッと身体に力を入れると、アスラはコリンズがこれから起こる惨劇を見ないように強く目を覆った。レシフェもエ ルフたちが涙を流さないようにと背を向けさせて視線を逸らせる。

「ヘンリー、ここに居る人間はすでに人間の心を失っている。陰もない。だから元には戻せない」

「リュカも無理をするんじゃない。ヘンリー殿下、ここはあたしが引き受けましょう」

 宰相に向けている剣は降ろされる事はなく、そのまま微動だにせずその首を捕らえていた。そして殺気の固まりは一斉に三人を囲むように襲い掛かって きた。
 ここまでどす黒い殺気に包まれたことのないヘンリーは、剣を握る手に余計な力がこもってしまっていた。リュカは宰相が下手な事はしないように剣を突 きつけたままで居た。
 そしてティラルは音もなく二本の剣を抜き放つと、その姿が消えるような俊足を駆使して、一瞬でその殺気の元の人間を血祭りに上げていく。その様子を 見て、宰相は口元だけを歪ませて笑っていた。

「何がおかしい。お前と同じ、狂った人間がここまで太刀打ちできずに殺されているんだぞ」

 尚も剣を動かさずに居るリュカの言葉に宰相は少しずつ声を出す。

「フフフ・・・くっくっくっ・・・ほっほっほっ」

『・・・!!!!!!』

 最後の笑い方はリュカ、ヘンリー、ティラルの三人には間違うことがない、憎しみの相手のものだった。瞬間的にリュカは剣を喉元に突き刺し、ヘン リーは剣を抜くと同時に宰相の左肩に、ティラルは逆の右肩に剣を食い込ませて行った。

「ほっほっほっ、成長すると言うのは素晴らしいですね。そして、覚えていてくれたとは光栄ですよ」

 血だらけになっている宰相の姿で、少し甲高い声を出し耳障りな笑い声をして見せた「ソイツ」が言った。
 三人が剣を相手に食い込ませたままの状態で居ると、宰相の姿はしぼむようにしてなくなって行った。

「ほっほっほっ、少しは太刀打ちできるほどになったと言う事ですか。なかなか頼もしいですが・・・そんな事はどうでも良いでしょう」

「そうか、貴様が黒幕だったのか・・・一体何が目的だ、ゲマ!!」

 ティラルが何時になく怒りを露わにしてその声の主、ゲマに怒鳴りつける。フッと白い影が現れると、三人の前に赤銅色のフードとローブを見に纏っ た、肌の青白い人間の姿が現れる。
 その瞬間、再び三人はその姿に剣をおのおのが斬り付け、突き立てに行くが、それでゲマの様子が変わる事は無かった。

「血気盛んなのも良いですが、冷静でないと裏をかかれますよ?」

 ゲマが余裕を見せて、三人に言う。三人は空を斬った剣を降ろして、ゲマが突然姿を出したときに対応できるように殺気を読んでいた。

「まぁ、そんなことはどうでも良いでしょう、それよりティラル。随分と久しぶりですね、そこの小娘と一緒であれば出会えると踏んでの合流ですか?」

「…貴様に名前を覚えられるとはね。何時だって私は一緒に居たんだ、いまリュカの供に付くのもたいして不思議なことではないさ」

 聞きたい事は沢山あった。何より涙晶石のことを明らかにしないといけない。
 だが、残念なことに主導権は一気にゲマに奪われてしまった。それを剣を構える三人は悟っていた。話を聞いていくしかない、敵のゲマがこちらの言うこ とを素直に話すかは疑問だったが、この状態では少しずつ話を近づけていくしか方法はなかった。

「ほっほっほっ、なるほど。そういえばレシフェはどうしましたか。…いや、すでに死んでいますね。人間が精霊や我々魔族のように長い時間を生きる事 はできませんからね」

 ゲマが三人の逆鱗に触れるような口調で話を続ける。

「…過去に随分と色々してくれたが、結局は『ここ』が目的だったのか?」

 ムカつく相手との話はどうしても素直に出来ない。ティラルもそうで、イライラしながらゲマに問いかける。

「いえ、ここに来たのはたまたまですよ。十数年前のラインハットの事件のときに片をつけても良かったんですがね。面白いものが見られたので、少し間 を置いてまたばら撒いてみたのですよ」

 ティラルの言葉を借りるようにしてゲマが説明する。歯を食いしばるティラルはギリリと歯軋りするような音を立てて、ゲマのその言葉を聞く。

「…過去の涙晶石もお前の仕業か」

「ほっほっほっ・・・なかなか鋭いですねぇ。そうですよ、あなた方がこちらの世界に訪れる前から、涙晶石の関わることの全ては私のしていた事です」

 ティラルが「やられた」と感じ、負けを認めるようにゲマに訊ねる。ゲマはそれを承知したのか嘲笑するように笑い声を上げてティラルを蔑むように褒 めて言った。

「過去・・・?『ここ』?」

 ティラルとゲマが言う言葉を少しずつ聞いていたリュカはそう言って疑問符をつける。

「あたしが約千年近く追いかけていた涙晶石の全ての事件の黒幕がゲマと言うこと。そして、今の時代、まさにこの瞬間に来ることが目的だったかと聞い たんだ」

 もうゲマの好きに話させるしかない、そうティラルは思っていた。ただ、黒幕がゲマであったと言う事実について確認できたことは収穫だった。

「…ほっほっほっ、どの時代も楽しいものでしたね。…人間が欲望と言う黒い心に纏われて、殺し殺されそれでも欲望に負けて更に黒く染まっていく。… 剣技を身に着けたいと言う王子に欲望渦巻く涙晶石を与えれば、誰彼構わず殺していく。…人間とエルフが禁断の恋におち、それを止めようとする人間たち に涙晶石を見せれば、作れるそのエルフを狩るために殺しを始める。人間はエルフを守るため、全ての人間を殺そうと決心する。そして人間は大魔王になっ た」

 ゲマは少しずつ間を置きながら説明するように話を始めた。

「…大魔王だと?デスピサロまで貴様が手引きしたと言うのか!?」

「いえ、それは思い過ごしですよ。私はただ、人間に涙晶石を与え、恋に落ちた人間の元に居るエルフが作れることを話しただけです。それ以上の事はピ サロと言う人間とそれ以外の人間が勝手にやった事ですからねぇ」

 ティラルが記憶を遡って話をする。ゲマも同じように話を続けた。

「その後、マスタードラゴンが涙晶石を独り占めしようとしている、そして人間を減らそうとしていると触れ込めば、今までは魔族に力を借りていた人間 は自ら悪に落ちて天空城を襲った。…絶対の権力がほしければ、全世界に覇を唱えればよいと、その資金は涙晶石で作ればよいと教えれば、国を乗っ取り無 理にでも金をせびり取っては戦争を起こそうとする者も居た」

 このゲマの話にヘンリーがあからさまに怒りを見せる。同じくリュカもゲマを胸糞悪いと言った様子で睨みつけていた。

「で、その中では四神までもを狂わせて、涙晶石の亡者を生み出した」

 ティラルが静かに言うと、ゲマは突然拍手を始めた。

「ほっほっほっ、その通りですよ」

「涙晶石だけが全ての目的ではないように思うんだけどな」

 余裕たっぷりに笑って見せたゲマにティラルはイライラする気持ちを抑えながら訊ねた。

「…ええ、涙晶石は『あの方』のために使った道具に過ぎません」

 少し真面目な声を出して、ゲマがティラルの質問に答えた。リュカとヘンリーはそんなゲマの様子に少し驚きを見せた。

「…デスタムーア、デスピサロだけじゃ満足できないのか」

「きちんと話をしているはずですよ?デスタムーアはわざわざ拠点を封印してまで人間の能力を弱めたと言うのに返り討ちに。だからそれが予測できた時 点で去った。デスピサロは面白いものを見つけましたが、それも使い方が不完全だったため、その元を去ったのです。今は『あの方』のために憎悪を集めて いるんです」

 ティラルとシルフィスが言う「不穏」。それをリュカたちが認識できる話がここで出てくる。ゲマはあの方としか言わないが、それでも後ろに何かが居 る事は間違いではなかった。

「欲深いな、貴様ほどの者が・・・」

 姿を出さないことを悟ったのか、ティラルは構えていた剣を降ろして、呆れたようにゲマに語りかける。

「ほっほっほっ、我々は何時だって欲深く動くものですよ?人間の憎悪が欲しいと言う欲のために私は涙晶石で遊んでいたのですから」

「あ・・・遊んでいただと!?」

 ゲマの言葉にリュカが反応する、だがそこから切りかかりに行こうとするリュカをティラルが止めた。

「ティ、ティラルさん!!離してください!!」

「…無駄だよ、リュカ。ヤツはこっちに姿を現さない。話をしているだけでも珍しいんだ…姿を現すなんて奇跡はない」

 闇雲に切りかかろうとしているリュカに対して、ティラルはその腕を取って行動を止めていた。そしてリュカの訴えに対して、少し悲観するような感じ で、静かにリュカにいまの状況が珍しいことであることを告げた。

「そうそう、リュカと言いましたか。マーサは私たちの元に居ますよ。せいぜい努力して魔界までいらしてください」

 もがくリュカの姿を見てか、ゲマは言葉を続け挑発した。「くっ」とリュカは歯を食いしばり怒りでいっぱいの瞳で宙を睨みつけた。

「ほっほっほっ、目的はあの方のため、そして涙晶石に掛かる出来事の黒幕は私。それが知れただけでも満足だと思うような謙虚さが必要ですよ」

 リュカを挑発しておいてゲマは更に言って見せた。

「貴様が謙虚さを語るな!!・・・母様は絶対に救ってみせる、それまで待ってろ、ゲマ!!」

 気配の消えたその場所にリュカは怒鳴りつける。だが、ゲマの気味悪い声が返ってくる事は無かった。

 

 無事コリンズを取り戻して、一度ラインハットに戻る。
 デールに涙晶石の詳細とゲマが関わっていたことを知らせる。またコリンズが誘拐されていたこともあわせて報告された。

「このまますぐに戻られるとは思うのですが…実は、母上からもしリュカさんが来たら海辺の修道院に寄るように言ってほしいと言われていまして。お手 数ですが、一度海辺の修道院まで行って頂けませんか?」

 話が一段落付いたとき、デールがリュカに言う。

「…シスターガーリアが?…なにかあったんでしょうか?」

 不思議そうにリュカがデールに訊ねたが、デールもそれ以上のことを聞いているわけではないようで、首を振ってそれ以上はわからないと言う仕草をし て見せた。

「どうしましょう、ティラルさん」

「…プサンには悪いが、ここまで来たついでだ、海辺の修道院まで行ってみよう。…なにかある、おそらくね」

 戸惑うリュカの様子にティラルは少し困った顔をして見せたが、そう言ってリュカに次の道を指し示す。
 一日ラインハットで休息を入れた後、リュカたちは海辺の修道院に向かった。

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