4.天空城

 

 再び岩山に囲まれた洞窟の入り口に来たリュカたちは、マグマの杖を使って入り口を塞ぐ岩を溶かした。
 中は随分と綺麗にされていたが、クィンロン以外の誰かが入ってきたのか、その場にはトロッコを初めとした掘削用の道具が放り出されていた。

「・・・!!」

 リュカはそのトロッコをみて一瞬立ちすくむ。それに気付いたアスラとレシフェは慌ててリュカのところに駆け寄ってきた。

「お父さん・・・?」

 少し青ざめた顔をしてリュカはただ立ちすくんでいた。

「…昔、なにかあったのですね?」

 察しのいいレシフェが言うと、リュカは頷いて、一瞬気が遠くなりフラフラとその場にしゃがみこんでしまった。

「…隷属していた頃のことを思い出してね。ダメだね、このくらいで立ちすくむようじゃ…」

 リュカは少し情けないような声を出してアスラとレシフェを抱きしめる。

「そんなことないです。私たちにはその弱さがあり、それがわかるから強きに立ち向かい弱きの味方が出来るんです。姫父様だけが弱いわけではないで す」

「そうだよ、ぼくたちだって怖いものだらけだもん。お父さんが悪いわけじゃない」

 レシフェとアスラがそう言ってリュカを優しく抱きしめた。
 その間、ティラルはピエールとオークスを伴って洞窟の奥を探っていた。クィンロンが作ったと言う洞窟だったが、トロッコを初めとした掘削道具からわ かるように、それ以外の誰かが中に入っていた後が見て取れた。

「…洞窟の先に進むのも一筋縄では行かないようですな」

 ピエールが言うと、ティラルもそれに同意する。

「トロッコが邪魔して進めなくなっている部分もあるからね。どっちにしても、わざと行く手を阻んでいるのだけは間違いなさそうだね」

「リュカ様にトロッコに乗っていただくのは少し気が引けますが、それしか手段はないですな」

 トロッコの規則性のないレールの引かれ具合を見つめてティラルが言う。先ほどのところで立ちすくんでいるリュカを心配してオークスも困ったと言っ た表情を浮かべる。
 暫くしてようやくリュカは気分を回復した。実際には隷属の頃を思い出しただけではなく、そのトロッコが何人もの奴隷たちの命を奪っていたことに気持 ちが鬱々としてしまっていたのだった。
 それからはみんなで手分けをして先に進む道とトロッコを使って進む場所とを確認して少しずつ先に進んだ。リュカはトロッコ自体には拒否感があった が、それでも他の人が出入りしないはずの場所で人死にが出ることはないと説得されてどうにかそれに乗ることを了承した。

 

「たーすーけーてーくーれー!!」

 暫く先に進んで行くと、どこからか叫び声が聞こえ始めた。近づくにつれてそれが助けを呼んでいることに気付いたが、まさかこんな洞窟の奥深くで人 がトロッコに乗ってぐるぐると回り続けているとは誰も予想はしなかった。ティラルが手早くその状況を確認すると、アスラが嬉々としてある部分のポイン トを切り替える。そのことで今まで環状になっていたレールの一部が別の引込み線に繋がった。その人が乗ったトロッコは引込み線に入って行くと、行き止 まりになって石が積んである山に激突して止まった。

「大丈夫ですか?」

 衝撃で飛ばされたその人にリュカたちは声をかけ、暫くしてからその人は起き上がる。

「いやー、参りました。うっかり環状のレールを切り替えずにトロッコに乗ってしまって。二十年近くは周り続けていたと思いますが・・・。助かりまし た、ありがとうございます」

 その人は丁寧に挨拶をするが、どこか事態を甘く見ているのか笑みを浮かべたまま自分の状況を話して見せた。

「あなたたちは…?ああ、失礼。自分から名乗るべきですね。私は天空人のプサンと言います。この洞窟から天空城に繋がっているという話を聞いてここ まで進んできたのですが…あとはご覧の通りで」

 プサンと名乗ったその人物はそう言って自己紹介する。
 リュカたちも自分の名前を名乗って話をするが、ティラルはどこかこのプサンを訝しげに見つめていた。

「おや、あなたは少しここにいる方々とは違う感じがしますね」

「・・・あなたもね、単なる天空人ではないでしょう?」

 自己紹介が最後になったティラルを見てプサンが言う。その言葉に反論したのは、今までなりを潜めていたシルフィスだった。

「ほほう、精霊族の方ですか。これはこれは。と言うと、こちらの方も?」

 シルフィスを見てあまり驚きを見せないプサンは尚もティラルに言い寄る。ティラルはどこか納得できない様子で自分の名を名乗る。

「あたしはティラリークス・ルビーサナート。…あんたみたいな天空人には別の名を知られているんだろうけどね」

 ティラルは無愛想に腕を組んで、横目でプサンを見て言った。シルフィスもどこか気味悪そうなものを見るようにしてプサンを見つめていた。そのプサ ンはティラルの名を聞いて、衝撃を受けたような顔になる。

「ルビーサナート!?まさか、破壊の精霊・・・?」

「ああ、そうだ。『破壊の精霊』はまだ地上にいるし、こうして歩き回っているよ。色々と探し物が多くてね…」

 プサンの言葉にティラルは案の定と言ったような、納得した顔でそれを肯定する。これまでリュカたちが聞いたこともないティラルの別名だったが、 ティラルが納得したことでそれは間違いではないことが確認できてしまった。

「破壊の精霊って・・・ティラルさん!?」

 その中でもこの二つ名の異様性を感じていたのはリュカだった。自分にとってはどんなことがあっても救い出してくれる絶対的な守護神だっただけに、 このような異名で言われるティラルを意外とだけしか見ることが出来なかった。

「…やっぱりね。あんたも天空城に行くんだったら、一緒について来るがいいさ、あたしが怖くないのならね」

 ティラルは不機嫌そうな顔をしてプサンにそう言い、先に行ってしまう。

「…私、なにかまずいことを言ったでしょうか?」

 プサンがそう言うがリュカもティラルに投げかけた異名のことを怒っているようで、プサンを無視するとティラルのあとについて先に行ってしまった。 アスラとレシフェ、サンチョは困った様子でいたが、とりあえずプサンを促して、ティラルたちの後を追った。
 暫く歩き、あるところからはトロッコに乗ってただ導かれるままに先へと進んで行く。

 

 トロッコは初めのうちは順調に走っていたが、少しずつスピードを落として行く。それでも人が走るのよりは早い速度だった。複雑に入り組んだレール の上を轟音を立ててトロッコは進んで行く。だが、行く先の終点は見えないままだった。

「ティラルさん、さっきの『破壊の精霊』なんて名前、間違って付いてしまったものですよね?」

 依然不機嫌そうな顔でそっぽを向いているティラルのところに、リュカは自分なりの怒りを蓄えてやってきた。
 「ふぅ」と溜息をついて、リュカを見つめるティラルは軽くリュカの頭を撫でた。

「いや、破壊の精霊とは、あたしのことだよ。それにこう名乗ったのは誰でもない、あたし自身だからね。…あたしが怒っているのはそう呼ばれたこと じゃないんだ。だからリュカもそんなに怒らないで」

 ティラルはそう言ってリュカに優しい声をかけた。

「だけど、いくらなんでも精霊であることを知っているのによりによってそんな名で呼ぶなんて酷いです」

「ありがとう。だけどまぁ、仕方のないことなんだよ。…何度か話している、史上に残らない戦いの時…あたしはマスタードラゴンに対して攻撃してきた 『人間』たちの大半を殺したんだ。同時に、天空への塔の破壊を提案してゴッドサイドと呼ばれる街の人々とあれを崩したんだよ。…だから、二つ名は『破 壊』と名づけた。レシフェに至ってはそんなことはなかったけどね」

 ティラルが静かな声でリュカに言う。リュカはその理由を聞いて複雑な表情を見せる。そんなリュカを見つめてティラルは嬉しそうな顔をした。

「リュカはいい子だね。ここまでが全て後手に回ってしまって、封霊紋や石化までさせられているのに、あたしのことをまだ守護神と呼んでくれる。それ だけでもありがたいよ」

 ティラルは満足そうな笑みを浮かべてリュカに言った。

 

 その時、突然トロッコが揺れ始める。見るとレールが不自然に曲がったりしていて、トロッコ自体が安定しないで走っているのだった。その先を見ると レールは途切れていて、トロッコはそこを勢いよく飛び出すと、そのまま空中で四散する。乗っていたリュカたちと馬車は放り出された。

 

「ん・・・?」

 リュカが目を覚ますと一面が水に囲まれた場所で、だが息苦しくもなかった。起き上がって近くを見回すと周りには仲間たちと洞窟で合流したプサンの 姿もあった。
 改めてその場所を眺めてみると、城と言うよりは神殿に近い造りをした建物がそこにはあった。暫く呆然として、天空への塔にも似た荘厳な造りの建物を リュカは眺めていた。そうしているうちにみんながそれぞれ気が付いて起き上がってくる。

「プサンさん、ここが天空城、ですか?」

 リュカはまだ心を許したようではなかったが、天空城については一番情報に詳しいと思われたプサンに問いかけた。

「ええ、そうです、ここが天空城です。今は湖の下ですが。…少し城の中を探って見ましょう」

 プサンはそう言うとみんなが付いてくることを確認もしないままにさっさと先に進んでしまった。

「…気の遣えない人は嫌いだよ」

 珍しくリュカが文句を言って、舌を小さく出してプサンにあかんべーをして見せた。
 みんながそれぞれ気付いた後、リュカは天空城の中を歩き始める。造り自体は複雑ではなかった。色々な場所を見て回るがプサン以外の天空人の姿は確認 できなかった。そして最後に玉座の間に来ると、プサンがそこで待っていた。

「天空人たちはどうやら時を止めているようです。姿は見えないですが、天空城が動き出すと共に天空人たちの時も動き出すでしょう。それより、天空城 が墜ちてしまった理由がわかりました。こちらに来ていただけますか?」

 人が座るには異常なほど大きな玉座。そこに居たはずのマスタードラゴンと言うのが、どれだけの存在だったかを示すものとしては一番わかりやすいも のだった。プサンはその玉座の後ろに回り、床を探る。すると隠し扉があり、その下にはずっと下に延びる梯子があった。
 その梯子をそれぞれが下りて行くと、そこには左右に分かれ、台座が置かれている部屋があった。片方の台座にはまばゆい太陽光のような刺す眩しさの オーブ、シルバーオーブが置かれていた。そのもう片方には台座がボロボロに崩れてしまって、シルバーオーブのものを見ない限りはそれが台座であること を確認さえしがたいものだった。

「こちらの台座と床が破壊されてしまったようですね。ここは天空城を浮かばせることの出来る力を持ったオーブを安置してある場所なのですが、もうひ とつのオーブ、ゴールドオーブがなくなってしまったようです。一つのオーブでは空中に留まることが出来ずに墜ちてしまったのだと思います」

 プサンがそう言って、その台座を見つめた。
 リュカはそういうプサンを見ていた後、ティラルの方に顔を向けた。

「…あたしたちが破壊したわけじゃないよ。史実に残っていない大戦、心に悪を潜めた人間たちが、魔族の力を借りずに神、マスタードラゴンに攻め込ん だんだ。あたしとレシフェはマスタードラゴンや天空人たちの方について抵抗した。その時に大量虐殺をやってのけたんだよ、あたしが。それでも引かない 人間たちにたいして、足がかりにしようとしていた天空の塔を破壊したわけだけど…天空城にも随分と邪悪な人間が入り込んだようでね、そのときにこの台 座もの人間によって破壊されそうになっていたんだけど…結局はこの有様ってわけだ」

 ティラルはリュカの知りたいことを見透かしたのか、そう言って自分が経験した過去の大戦の話をしてくれた。その中でティラルが人間側につかず、大 量虐殺をした結果、自ら破壊の精霊を名乗っているのだと言うことも合わせて説明してくれた。

「しかし、プサン。そのゴールドオーブはどこに行ったんだろう?」

 ティラルは台座をなにやら探っていたプサンにそう言った。プサンは少し不機嫌な表情をして見せた。

「…いいのか、こっちはあんたのこと、良くわかってるんだよ。ね、シルフィス?」

 そういたずらっぽく言ってティラルはシルフィスに何かを促す。シルフィスも意地悪をするときのような表情を浮かべてプサンに近づくと、肩に留まっ て耳元でささやく。

「そうですよ、マ・・・・・・」

 シルフィスが呟くと、慌てたようにプサンが二人を見比べた。

「そっちはあたしたちのことを忘れているみたいだが、面識はあるし、あんたの言う二つ名だって自分で名乗ったんだ、あんたのこともセットで全て知っ ているんだよ。その情けない姿でシルフィスの言う本当のことをしゃべって欲しくはないだろう?」

 優位に立ったようにして、ティラルは腕を組んで片目を瞑ってプサンに言った。プサンはどうしてそんなことがあるのかと不思議そうな顔をしていた が、ティラルの言う言葉が嘘ではないと感じたのか、一回頷くと言葉を続けた。

「台座にゴールドオーブのオーラが残っています。これをたどって見ましょう」

 プサンがそう言って台座に手をかざして瞑想を始める。

「これは…小さな頃のリュカさん?」

 プサンが言って、リュカはどのときのことを言っているのかすぐにわかった。

「まさか、レヌール城ので見つけた金の宝玉が・・・!」

 リュカが言うとプサンは頷いてリュカの方に向き直る。

「ええ、その時のものですね。そしてその宝玉は破壊されています」

 プサンが残念そうに言うと、リュカは顔面蒼白の状態になった。慌ててティラルがリュカを支える。

「破壊されているとなると、もう一度取り戻すのは難しいんじゃ・・・」

 ティラルも少し絶望した感じで言う。が、なにかを思い出したようにプサンは手をポンと叩いた。

「オーブは妖精族が作ったものと聞きます。妖精にもう一度造っていただくことは出来ないでしょうか?」

 プサンが言うと、ティラルも「ああ」と声を出す。そしてティラルはシルフィスに何かを言うと、瞬間シルフィスは姿を消した。そのシルフィスの行動 を見てプサンは少し不思議な顔をしていた。

「情報収集に走ってもらった。的確に妖精を探せなくても、なにか手かがりがあれば見つけ出せる」

 プサンの顔を見てティラルは簡単にそう説明した。そう長い時間もかからずにシルフィスは再びティラルの前に姿を現す。

「ティラルさま、大変です、妖精族の気がなくなりつつあります!!」

 シルフィスは慌てて帰ってくるとティラルにそう告げた。

 

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