3.変わり果てた姿
旅にティラルが加わったことで更に攻撃面での強化が図られたリュカたちは、そのまま精霊の城をあとにすると、天空への塔へと挑んでいく。入り口は 狭く、馬車を引き連れて入っていける場所ではなかった。
「かつて勇者一行を導いた塔は、いまや残骸の塔に変わってしまっているのですね」
天空への塔を見上げたシルフィスは、リュカの近くを飛んで呟いた。その言葉にその場に居る誰もが頷いた。
「霊的に守られていて、来るものを拒み唯一天空の装備を整えた一行だけを導き入れたと言われていた塔ですが…そこまで霊的なものを感じることは出来 ません」
リュカの肩にシルフィスがとまり、残念そうに呟く。シルフィスの言うように、かつては荘厳であったと思われる塔も今は残骸だけが残されている見る も無残な塔の姿をさらしていた。
「…導く塔をここまで破壊したのは人間。天空城を守るためにね」
みんなが見上げているところでポツリとティラルが呟いた。
「誰かが侵入したからとか?」
ティラルの言葉にアスラが真剣な瞳を向けて質問する。ティラルはその鋭さに驚きながらアスラに笑顔を返す。
「そうだよ。天空城を打ち滅ぼそうとした、人間」
やりきれないと言った様子を見せてティラルは首を振りながらアスラの質問に答えた。
「一部の人間が邪悪に心を染めたことがあってね。それらが天空城のマスタードラゴンの抹殺を企んで、この塔に押し寄せた。この塔を守っていたゴッド サイドと言う街の人々は天空城に被害が及ばないようにと助言を受けて、天空への塔を破壊したんだよ。…いま、登っても多分天空城へは辿り着けない」
ここに来ることをリュカから聞き、ティラルは何かを言おうとしていたが、その辺りを葛藤するようにして口に出そうとしては止めていた。だが、ここ に来てその真実を明かす。が、リュカやアスラ、レシフェはそれでも天空への塔に挑むことを諦める様子はなかった。
「ティラルさんが何か言おうとしていたことはそのことだったんですね?…手掛かりは全て潰す。そこから開かれる道もある。私たちがストロスの杖を探 しているときに、グランバニアのある賢者さんから聞いた言葉です。なんでも、パパスおじい様が言っていた言葉だったらしくて」
少し挙動がおかしかったティラルを見つめてレシフェが言った。そのレシフェは言葉を続けてそう言った。
「…そうだね、創成王もよくそんな事を言ってたっけ。登って何かを探してみよう」
レシフェに諭されるような形で言葉を聞き、ティラルは先のことばかりを知りすぎている自分に少しの危機感を持った。
「ともかく、今はマスタードラゴンの手掛かりが欲しいです。ダメでもやってみなくては」
リュカもレシフェの言葉に賛成して自信を持って力強く一回頷いて言った。
塔へは基本的に人間全員で挑むことにした。ピエールによればシルフィスの言う霊的な力のため、一部の仲間たちでは踏み込めない場所もあるかもしれ ないと言うことだった。シルフィスはその可能性を否定したが、途中で何があるかもわからないため、確実性のあるメンバーで挑むことになる。
塔の中は文字通り廃墟と化し雨風にさらされてひどい荒れ模様だった。外部から途中への進入を拒むような造りではあったが、それでも今は柱も折れて外 との隔たりはなくなっている場所も多かった。塔の中だというのに、あちらこちらで水溜りが出来、それらは長い年月溜まっていると思わせるように、苔な どが生えているものも多かった。
迷路のような通路を通り先に進むが、途中で折れた柱などの所為で引き返さなくてはならない場所も多々あり歩数を稼ぐような歩き方を余儀なくされた。 かろうじて残されたルートをたどり、リュカたちは天空への塔の現在一番上になっている階まで辿り着く。「…どこも似たような荒れ方ですね」
レシフェがその階でも溜息をつく。それもそのはず、フロアにあった宝箱はすでに荒らされていて、魔物でさえも特別なものは持ち合わせていなかっ た。手強い敵も中にはいたが、リュカやティラルを初めとした戦列にとってはたいした強敵でもなかった。
「これが天空城と人間の軍団によるものと言うのは少し…残念な気がします。それに神とも言われるマスタードラゴンに攻め入るなんて…」
リュカもその荒れ状況に溜息混じり呟いた。ティラルの言葉が正しければ、人間が神に逆らうなどと言ったことがなされた結果がこの塔のなれの果てだ ということだからだった。
「お父さん!こっちに人がいるよ!!」
フロアを分散して探索していた中でアスラが塔の端の方でなにかを見つけたようで声をあげた。
そこにみんなが集まると、石で出来た人の石像が置いてあった。だがそれは単なる人の石像ではなかった。「…天空人じゃないか」
いでたちはごく普通の人間と変わらなかったが、背中に羽を持っていた。ただ、それだけが違う部分ではあったが、それを見たティラルは少し驚いたよ うな声を出していた。
その石像にティラルが触れると、そこを中心に石化が解除されて行く。「・・・ようやくこの塔に挑む者が現れたか」
石像に全ての色が戻った時、その石像は呟いた。
「・・・あなたは?」
リュカが恐る恐る訊ねると、その天空人は笑みを浮かべてリュカに答えた。
「私は天空人の中で伝令役を引き受けたものだが…お嬢さん方は天空への塔に挑んだということは、天空城、マスタードラゴンの元に行くつもりがあると 言うことだな?」
天空人はそう言ってリュカ以下全員が人間であることに少し驚きを出していた。
「あの、天空城へはどうしたら行けますか?」
リュカが要点を聞き出そうと質問すると、天空人は自分の後ろに鎮座している一本の杖を取り出した。
「なに、簡単じゃ。エルヘブンの南に大きな湖がある。その畔にある洞窟から辿り着けるはずじゃ。なにせ今天空城は水の底じゃからな。勝手に移動した りはせんよ」
天空人はそう言って杖をリュカに手渡す。
「この杖はマグマの杖と呼ぶものじゃ。その洞窟の入り口は特殊な法術を施して入れんようになっておるが、これで岩山を崩せばすぐにでも入れる」
リュカが受け取ったマグマの杖の使い方を天空人は説明する。
「湖…水の底!?天空城は天空にあるものではないのですか?」
レシフェがその話を聞いて、疑問を投げかける。天空人は少し情けなさそうに笑みを浮かべてレシフェの質問に答えた。
「かつては天空にあったのじゃが、史実に残らぬ戦が天空人と人間の間であってな。その際、天空城を天空に維持するための二対のオーブの片方が失われ てな、そのまま天空に維持することは出来なくなってしまったのじゃ。しかも落ちる場所が最悪なことに水の上じゃったわけじゃが…今にして思えば、それ 以上の侵攻が出来ない分、水に落ちてよかったのかも知れんな。オーブを失った責任を感じたマスタードラゴンもまた姿を消し、そのまま戻らず、主のいな い城は水の底と言う訳じゃ」
天空人は残念だと言いたそうにレシフェに語る。
「…主がいなくても、天空城を守護するものが居たのではありませんか?」
天空人の話を聞いて、レシフェが思い出したように呟いた。天空人はただ力なく首を振るだけだった。
「あれはマスタードラゴンの親しくしていた人間が召喚した聖獣だったそうじゃが、これもマスタードラゴンが姿を消し、天空城を去った。もともと神 じゃったようじゃが、マスタードラゴンが居なくなって束縛がなくなったから居なくなったんじゃろうな。・・・そういえば、そのエルヘブンの南に ク・・・ろん?とか言う聖獣が居るそうじゃ、会えるかどうかはわからんがな」
その話を聞いて、レシフェは少し考え込む。それを見てティラルも何かに気付いた様子だった。
「あなたも天空城に戻られませんか?」
話をしてくれた天空人にレシフェが提案するが、やはり力なく首を振ってそれを拒否した。
「私の使命はそのマグマの杖を託すこと。…一度歯向かった人間などにまた手を貸すなどとマスタードラゴンも甘いことを言っておったが…マスタードラ ゴンに手を借りて何か出来るのならばやってみるがいい」
最後の最後になり、天空人が毒を吐く。その様子に一様に驚いた様子を見せたが、人間と天空人の戦がどれだけのもので、天空人にとっては悔しく憎し みのあるものだと言うことがそれだけで伝わってきてしまった。
そこに居たはずの天空人は、衝撃のある言葉を残して忽然と姿を消し、マグマの杖だけがリュカの手の中に残っていた。「…天空人が人間を恨む・・・?」
サンチョが不思議そうに呟いた。それにリュカとアスラが反応した。
「サンチョ小父さん、確かグランバニアの隠れ部屋にも天空人を匿っていたよね?」
思い出したようにアスラが呟いた。それを聞いてサンチョも同じことを考えていたと言う様に頷いて言葉を続けた。
「グランバニアの天空人の話では、間違いを起こしたのは一部の人間だったので、天空人で深い憎しみを持つものは居ないはずだと、首謀者にいたっては マスタードラゴン自らが制裁を与え、それで決着が付いたと聞いておりますが…」
戸惑うようにしてサンチョが言うと、その話を肯定も否定もしてレシフェが話し出した。
「確かにサンチョ小父様の言うように、大半の天空人は人間ではなくて首謀者を憎んでいるようです。…が、天空人は元々戦うことは不得手。人間の手で 天空人が…たとえば、先ほどの方が殺されていたとしたら・・・?」
いつもは丁寧に疑問を投げかける話し方をあまりしないレシフェが疑問を投げかけた。その疑問を聞いてサンチョとアスラが息を飲んだ。
「レシフェ、それは…事実、って言うんじゃ・・・」
リュカが一番最悪な答えを口にすると、レシフェは少し苦しそうに口を歪めて頷いてみせる。
「実際に殺されていたら、あんな感情も持つだろうし、手を貸すのも嫌だと感じるんじゃないのかな」
言葉をださないレシフェに続けて、ティラルが言う。その言葉を聞いてリュカは複雑な表情を浮かべて手渡されたマグマの杖を見つめていた。
「わざわざ、死してなお人間に手を貸してもらえるなんて…」
杖を見つめてリュカは呟く。姿を消したのではなく、使命を果たしたために姿は消滅したと言うことなのだろう。暫くみんなはその天空人が姿を消した ところを見つめていた。
「・・・ったく。何やってるんだ、クィンロンのヤツは。あたしたちが身近に居られないから代わりに守れといったはずなのに」
静かになったところで少しの時間が流れてから、頭を困ったようなかきながら珍しく砕けた言葉をレシフェは口にした。それを聞き、リュカとアスラと サンチョは不思議そうにお互いの顔を見つめた。その様子を見てティラルがクスクスと笑って見せた。
「あっ、私なにを・・・」
「それは『レシフェ』の本音だよね」
慌てて訂正するレシフェにティラルはニコニコとしながらレシフェに話しかけた。一瞬レシフェはティラルが何を言っているのかわからなかったが、意 味を理解すると、恥ずかしそうに頷いた。
「…四神はマスタードラゴンが地上に降りた後、忽然と姿を消している。理由は…ま、あたしは知っているんだけど…。その後、地上に住み着いたんだろ うね」
「直接、理由を問いただしましょう。住み着いた理由も含めて」
ティラルの言葉にレシフェは怒った親のようにムッとした表情を浮かべてティラルに言った。
「ま、まってレシフェ。わたしたちにもわかるように説明してちょうだい」
慌ててそれを制したリュカはレシフェに説明を求める。それを聞いて「あっ」と小さく呟いて照れるように笑った。
「さきほどの天空人が言った人間とは創成王レシフェ様のことです。レシフェの本音と言うのも、レシフェ様だったらそう言うだろうと言うティラルさん の推測。…マスタードラゴンは常にレシフェ様とティラルさんに天空人になれと言っていたんです。それでも人間のままにこだわったんですけどね、レシ フェ様は。マスタードラゴンの元を去るとき、より強固に守りを固めようと守護獣として、レシフェ様は四神を召喚しました。その四神は『青竜』『玄武』 『白虎』『朱雀』と呼ばれるそうです」
レシフェは自分の記憶に蘇った過去の記憶を遡りながらリュカたちに説明する。
「その青竜が『クィンロン』と言うのですが、どうも天空城のある湖の入り口に居るようなんです。…レシフェ様はクィンロンを初めとした四神に、何が あってもマスタードラゴンからは離れるなと言っていた様なんですけど」
そう言って困った顔をしながらレシフェが言う。その様子にティラルも少しわくわくするような子供っぽい笑みを浮かべた。
「…往年のレシフェに会えそうな気がする」
「…私はレシフェ様ほど徹底的ではないです、多分…」
ティラルが一言呟くとレシフェがすかさず言葉を挟んできた。
「ティラルさん、創成王はそんなに徹底的だったんですか?」
レシフェが気にした一言を逃さなかったリュカは当時のレシフェを知っているティラルに質問する。レシフェはそれを慌てて止めようとしたが、背の高 いティラルの口を塞ぐことは今のレシフェには出来なかった。
「『まいった』とか『降参』って言葉を知らないくらいに徹底的にお仕置きしてたよ、かつてのレシフェは」
それを聞いてなんだか嫌な汗をかいてその場からこっそりと遠くに逃げようとする姿がある。
「お、お兄様!!そんな肯定するような行動取らないでください、私はそんなに酷くないです!」
アスラがすっとその場から離れるのを見つけると、レシフェはすぐにその行動を制しようと追いかけ始める。そこから更に逃げるようにアスラが動くの で追いかけっこがその場で始まる。それをリュカがレシフェを抱きかかえて止めた。
「はしゃぐのも良いけど、いまはまだやる仕事があるから、ね」
じたばたとするレシフェに優しくそう声をかけてリュカが言う。アスラに正したいことは山ほどある感じのレシフェだったが、リュカの言うことには素 直に聞いた。
マグマの杖を手に入れて、リュカたちは塔を下りる。
一旦グランバニアで一晩休み、再びエルヘブンの方向に進んで行く。グランバニアから北北東の位置に向けて魔法の絨毯で向かう。ちょうどエルヘブン の真南に当たる位置に、その湖はあった。湖面から直接覗き込む限りでは、底に城が沈んでいるということは確認できなかった。
そしておそらく天空人のかけたと言う法術の場所には、別になにか強力な力がかかっていて、素直にマグマの杖で岩山を崩しても、その奥へは進んで行け そうになかった。「ここに転移の法術がかかってる。…まずはクィンロンからだね」
全員にクィンロンの話はしていた。そして戦闘が避けられないという状況も。ティラルが法術の確認をして全員に振り返ると、レシフェとリュカを筆頭 に全員がそれぞれの武器を構えて突入の体制を整えていた。
「では、行きましょう」
レシフェがそう言って先陣を勤める。その横にはティラルもつき、すぐ後ろにはアスラとリュカが付いてそれぞれが転移の法術の部分に触れる。特別何 かが起こったわけではなかったが岩山で行き止まりだったはずの場所には、薄暗い通路が出来ていた。
「なんだか趣味悪いなぁ」
ただの洞窟であればじめじめと湿った感じのあるものだったが、この洞窟はじめじめする他に生臭さや生暖かさといった逆なでするような雰囲気を纏っ ていた。洞窟そのものはそんなに入り組んでなく、すぐに終点に辿り着いた。そこには地底の中に岩で城が作られていた。正面の門を入って行くとすぐに大 きな玉座があり、そこには大人一人が持て余すように座っていた。
「ほほぅ、この場所を訪れる人間が居るとは。だが、ここから先には進ません」
その人影はそう言って立ち上がる。
「クィンロン、だね?」
レシフェが訊ねると人影は動作が止まる。不思議そうにその声を聞いて、クィンロンは首を傾げる。
「その名で呼ぶのはマスタードラゴンと天空人以外には・・・」
「…レシフェが帰ってきたよ」
クィンロンが言うその声にかぶせてティラルが言う。ぴくっと一瞬身体を硬直させたクィンロンだったが鼻で笑うとティラルの言葉を否定してみせる。
「あのお方とて人間、すでに数百年も過ぎようかと言うところで何を言っている。…のんびり寝ていたと言うのに、貴様らの侵入で目を覚ましてしまっ た。至福のときを邪魔した罪、償ってもらう。じっくりといたぶってゆっくり味わわせてもらうとしよう」
そう言ってクィンロンはレシフェとティラルの言葉を聞く様子もなく、その本性を現した。それはこの世界のドラゴンと姿が違い、長い胴体を持った 『龍』の姿だった。
「何を言っても否定するのか?ならば仕方ない。多勢に無勢、勝てるかお手並み拝見しようか」
ふぅとレシフェは溜息を付く。そして背中からそりのある長刀を抜く。それを見てクィンロンは自分の目を疑ったが、それを振り払うようにして先制攻 撃を仕掛けてくる。
強力な火炎を吐き出して寄せ付けるものと自分との間合いを開けると、長い胴体を利用して、鞭のようにしならせて地面を叩きつける。それだけで地震が 来たような大きな揺れが全員を襲った。リュカがバギマを、レシフェがイオラを唱えたが、それらもあまり効果なく、近づくのも難しいため、苦戦を強いら れそうだった。だが、身体の小さいアスラとレシフェは恐れずにその炎の方に向かって突進する。途中でアスラはフバーハを二人にかけ、火炎のダメージを 軽減する。同時にレシフェはバイキルトを唱えて二人の攻撃力を高める。
小さな二人に撹乱されてクィンロンは少し振り回され気味だった。そこをサンチョとオークス、ミニモンは見逃さず、自分の槍を構えると力任せに投げつ ける。突然の槍の応酬に驚き顔を上げたクィンロンだったが、それをすぐにレシフェとアスラか自慢の剣で薙ぎ、視線を引き戻す。
前衛のアスラとレシフェ、後衛ではマーリンとミニモンが強力な魔法を唱える。中衛に位置していたティラルとリュカはアスラたちの動きを読むとそのま ま間合いをつめて傷をつくり、すぐに離れて攻撃を受けないといった間合いを保っていた。「姫父様、陰を払ってください!!」
ある程度ダメージを与えたところで、最前衛で攻撃をしていたレシフェが叫ぶ。
リュカは瞬間的に判別すると、アスラ、レシフェの横をすり抜け、ティラルのフォローを受けてクィンロンの背後に回りこむ。力任せに剣を一閃させると 突如としてクィンロンの動きが止まった。「ぐっ・・・・・・なにごと・・・!?」
「元に戻るんだよ、クィンロン」
レシフェがそう言ってその場から少し離れる。土煙を巻き上げてその巨体が広い玉座の間に無残に倒れこむ。
「クィンロン、いい加減に起きろ!」
コツンとレシフェが横たわっている巨体の頭を拳骨で叩く。それがクィンロンにとってどの程度の衝撃だったかはわからないが、その衝撃か声に反応し てクィンロンは目を覚ました。
陰が払われた瞬間、それまでつけられた傷の全ては引いていき、今は戦闘で傷ついたところはなくなっていた。「う・・・ここは?私は一体」
丁寧な言葉を使ってその龍は巨体を器用に丸めて起き上がる。
「…ようやく起きていただけましたか。私でも起こし方なんてわかんないですから、すぐ起き上がってもらわないと困ります」
本当に困っていたレシフェはそう言ってクィンロンに言う。クィンロンはその声の元が一瞬どこからのものかわからないと言った様子であちこちをきょ ろきょろとしていた。
「あなたは・・・?」
正面にいるリュカたちはすぐに発見できたが、その声の主がその中にいる様子は確認できない。視線を下ろしてようやく見つかった声の主を見てクィン ロンは不思議そうに訊ねた。
「私はレシファールトスと言います、初めましてクィンロンさん」
レシフェはそう言って丁寧にお辞儀をする。クィンロンはなにが起こっているかまったくわからないと言った感じで少し挙動不振だった。だが、レシ フェがお辞儀した時に、そこに背負う刀を見つけ、クィンロンは驚いた表情を浮かべた。
「なっ・・・レ、レシフェ様…なのですか!?」
驚いて声を上げたクィンロンにレシフェは面白くないと言った表情で溜息を付いた。
「…なにをしていたんですか?マスタードラゴンの守護をお願いしたはずなのに、なぜあなたがこんなところに居るんですか?」
レシフェはクィンロンの質問に答えずに質問を返す。その質問にクィンロンは何かを言おうとして違和感を覚えると、再びきょろきょろと辺りを見回し た。
「ここは…一体?」
「エルヘブンと呼ばれる土地の南に位置しています。何かあってここにいたのですか?」
クィンロンの様子に少し呆れながらレシフェが尚も訊ねる。
「たしか…天空城です、この地の北にある湖に落ちてしまったのです。私はその天空城に悪さする人間や魔族から、天空城まで繋いだ道を守護しようとこ こに結界を張って・・・」
クィンロンがそこまで言うと、レシフェの横にティラルがやってきた。
「と言うことは、元々は天空城を守っていたわけだ」
その声を聞き、クィンロンは驚いた様子を見せる。
「ティラル様!!お懐かしゅうございます。相変わらずお変わりないようで」
妙に物腰柔らかにクィンロンはティラルに挨拶した。そしてティラルが目で先を話すように合図する。
「マスタードラゴンはオーブを探して地上に下りました。その時、我々も守護を申し出たのですが、断固として反対されてしまいまして」
「うん、それは前に聞いた」
困った様子でクィンロンはティラルに言う。その言葉をティラルは頷きながらわかっていると言いたそうな仕草で受け取った。
「…それで天空城自体を守護していたんですね」
「天空城が落ちた時、かろうじて生き残った天空人やマスタードラゴンが天空城まで辿り着けるように洞窟を掘っておいたのですが・・・」
レシフェの納得した言葉を聞いて、クィンロンは言葉を続けた。
「気付いたら、今になっていたと、そう言う訳か」
ティラルの言葉にクィンロンはその間、なにかがあったことだけは悟ったようで、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ティラル様、こちらの方は…レシフェ様、ではないのですか?随分幼く見えますが…」
クィンロンが訊ねると、レシフェは再び丁寧にお辞儀をしてクィンロンに挨拶する。
「私はレシファールトス。確かにレシフェと言います。私は、あなたの知っているレシフェ様の転生の姿です。あなたのことはもちろん、よく知っていま すよ」
その言葉に少し驚いた風だったクィンロンは改めてレシフェの姿をじっくりと見回した。
「転生…と言うことは、あれからはもう、相当・・・?」
「うん、経ってる。天空城が落ちていることも知らなかったけど…そのあとで四神に何かあったというのにも驚いた。もちろん、その間にレシフェは死ん で、ここにいるレシフェが転生するくらいの時間がすでに経ってる。まさか、天空城は…守護者不在どころか、その守護者が敵に回っていたとはね」
ティラルはレシフェの肩を叩きながらクィンロンに説明する。
「…天空城を守っていたクィンロンさんがそこへ行く者を拒むとは…本末転倒ではありませんか?」
少しの間を置いて、レシフェは静かに呟いた。その声を聞いて、クィンロンは一瞬震え上がるような感触を覚えた。厳密に言えば違うのだろうが、その 覇気と言葉がかつてのレシフェのものと同じように感じられたようだった。
「も、申し訳ございません、レシフェ様」
先ほどまでの態度から一変して、レシフェには頭が上がらないらしく、ビクビクしながらクィンロンはレシフェに謝った。
「…他の三人も同じようになっているんでしょうか?」
レシフェが首を傾げて訊ねると、クィンロンとティラルも首を傾げる。
「まだお会いされては居ないのですか?」
「うん、まだなんだ。四神ほどの存在がこうも簡単に敵に回って道を拒むなんて思っていなかったからね。…と言うのは皮肉だけど。道すがら確認できた のはクィンロンが一番初め」
「バイフー、ジュクェ、スェンウも同じ様になっていると考えるのが妥当ですね」
クィンロンが訊ねると、ティラルが質問に答える。その話を聞いてレシフェも過去の記憶の部分を探って話を続けた。
「なにがあったか、覚えていませんか?」
レシフェはそう言っていつもの丁寧な言葉遣いでクィンロンに訊ねる。それが逆に怖いのがすっかり萎縮してしまったクィンロンは失礼のないようにと 言葉を選び話を始めた。
「マスタードラゴンを探すため、天空城から我ら四神はそれぞれの場所に行きました。私は東に、ですがマスタードラゴンを見つけることが出来ず。ある 時に天空城がこの湖に落ちてしまったのです。その後はとにかく天空城を守ろうと、何かの時のために洞窟などを作って守護していたのです。…時々やって くる宝探し気分の旅人を追い返す程度だったのですが・・・そう言えば、変な人間が来たことがありまして」
クィンロンはそこまで行って言葉を一旦止める。
「赤銅色のようなどす黒い赤のローブを身に纏った血色の悪い人間でしたが…そこからの記憶が定かではないですね」
その言葉を聞き、ティラルとリュカが反応する。二人は顔を見合わせると息を飲む。
「まさか・・・」
「ここまで、ゲマが!?」
リュカとティラルはそれが信じられないような顔をしていた。クィンロン自身もゲマと言う名前までは聞いていなかったので名前には無反応だったが、 それでもその人間が気持ち悪く異様な感じであったことだけは覚えているようだった。
リュカとティラルもクィンロン自身から名前を確認できないでいたが、少なくともそれらが魔族の一員でこうして見つけた自分にとっての敵を良い様に使 おうとしているのだけは確認できた。「レシフェ様はこれから天空城へ・・・?」
丁寧にだが、自分の主に当たるレシフェにクィンロンは訊ねる。
「はい、マスタードラゴンの行方も気になりますし、何より天空城を蘇らせないことには何も始まらないと思います。…クィンロンさんはマスタードラゴ ンについてはまったく手がかりはなかったのですか?」
これからのことをリュカに確認しながらにレシフェはクィンロンに答えた。当初の目的どおりに進んで行くことには変わりはなかった。
「マスタードラゴンの手がかりはまったくないです。…どうやら地上に降りる時、能力の大半を封印してしまっていたようなんです。なので能力を元に探 す我ら四神には見つからなかったのだと思います」
クィンロンは初めの態度とはまったく違う丁寧な物腰でレシフェを初めとした全員に説明した。
「…と言うことは、やっぱり天空城まで行ってみないことにはなにもわからないということか」
話を聞いていたティラルが腕を組んで少し曇った表情で呟いた。それにたいしてクィンロンは申し訳なさそうに頭を下げた。パンと手を叩いたレシフェ はクィンロンに優しい笑顔を向けた。
「わたりました。天空城までは洞窟で繋がっているのですね。でしたら天空城まで行って見ます。また天空に戻ったら、守護をお願いできますか?クィン ロン」
「それはもちろんでございます、再び私のようなものでも使っていただけるとは光栄です。…が、今のレシフェ様は魔物まで仲間にして旅をしているので すか?」
レシフェの声に再びクィンロンは緊張した様子を見せて、レシフェに答えた。そして、その場にさも当然のようにいる魔物の仲間たちを見て、不思議そ うに呟いた。
「ああ」
そう言ってレシフェはリュカをクィンロンに紹介する。魔物使いで魔物の纏う陰を見てそれを払っていることも合わせて教える。同時に、アスラ、サン チョについても紹介して、この人間たちと魔物たちとで旅をしていることを話した。
「…レシフェ様、旅のお役に立つかわかりませんが、随分過去の遺産を見つけています。お使いください」
クィンロンは一段落したところでのの自分の体内に預かり持っていた遺産と言うものを取り出した。それは三叉に分かれた長い弁を有する鞭だった。
「…これ、グリンガムの鞭ですね?」
「はい、偶然見つけたので確保しておきました」
クィンロンはそう言ってグリンガムの鞭をレシフェに手渡す。
それからは幾つかの情報を交換して、またクィンロンから洞窟自体は繋がっているが、場合によっては中の空間が捻じ曲げられているかもしれないと言う 事をレシフェやリュカに報告する。クィンロンはとりあえずのところ、洞窟を守護して、天空城が再び天空に戻った時、城の守護を始めるという話になっ た。
また、グリンガムの鞭は今のところレシフェだけが使えそうだったが、それでも天叢雲剣に勝るものではないため、そのまま持ち歩くことにした。クィン ロンに礼を言ってリュカたちは天空城を目指すことになる。