6.後手

 

 グランバニアの北西にその修道院はあった。
 リュカたちが空飛ぶ靴を使ってたどり着いた場所がそこだった。人がまともにこないような辺鄙な場所にある修道院には、陰がなにかの理由でなくなった 魔物たちが住み着いていた。その修道院にグランバニアからきたことと使いを出してもらうように依頼すると、更にその北を目指す。修道院では北にあると 言われる塔には決して近づいてはいけないと伝えられていたと言う。その塔は「デモンズタワー」と呼ばれていると言う。
 暫く歩くとその塔は突然姿を現した。塔の基礎は一つの台から出来ていたが、上に伸びるに従いそれは二つの腕のように分かれる。そして天辺はトロ フィーでも掲げるように再び一つになっていた。

「待っててね、ビアンカ姉さま・・・!!」

 一番下には愚か者を迎え入れんとばかりに入り口の戸が開け放れたままになっていた。リュカたちはその入り口に怯むことなく突入していく。中は魔物 の巣窟と言っても過言ではないほど次々に現れてきたが、リュカを初めとしてみんなが怒りに燃えている状態で、まともに相手が出来るような魔物などは居 なかった。
 フロアをいくつか抜けると、ただっ広いフロアに出る。ふと足を出したリンクスは瞬時にその足を引っ込める。わずかの時間差で突然床から槍が飛び出し てくる。ここまで快進撃を続けていたが、思わぬ仕掛けで慎重に進まざるを得なくなる。だが魔物の襲撃は容赦なく次々と襲い掛かってくる。
 槍のフロアを抜けると、妙に綺麗にされている通路が現れた。
 両脇には黒い竜の彫刻がある。床には何かを押したか引いたかしたあとが残り、砕けた意思なども散乱していた。

「この竜の像、妖しいですな」

 とても馬車には残れたものじゃないほどの怒りを感じたマーリンは今回他全員と共に塔に乗り込んでいた。何かがある、マーリンはそこまでは気付け た。そして近くにあった岩を転がしてみる。するとその竜の彫刻は突然火を吐き出す。

「なるほど、こんな仕掛けか」

 ピエールがそう言って岩を次々に運び始める。華奢なリュカには作業させられないとばかりに、必要な場所に岩をおき通路を確保する。
 場所と状況に応じて的確な判断をする仲間たちと先へと進む。星の記された床を踏んでは別のフロアに移り、床にあるレバーを動かすとどこかで仕掛けが 動き出す。そうしてとにかく行けるだけの場所まで行くと、そこはほぼ最上階だった。二つに分かれた塔がここで一つになっている。だがその場所はスムー ズに進める気配はない。
 目の前には、オークスよりも強靭な身体を持ったオークが立っていた。

「同胞が人間側についているとは、なかなか面白いな」

 そのオークが口元を歪ませて笑うが、オークスは挑発されていようともそこから勇んで飛び出したりはしなかった。仲間たちの先頭にはリュカが立って いる。そのリュカの瞳は怒りに燃えていた。

「ここを通してもらう」

「ダメだと言ったら・・・?」

 リュカが静かな声でオークに言うと、オークは当然と言うべき返答をしてきた。だが・・・。

「これに耐えられるなら、相手をするけど?」

 リュカが手を挙げる。その後ろからは突然発生した閃光が空気の中の塵までもを燃やし尽くす。

「ベギラゴン!!」

 マーリンの渾身の一発が放たれる。そのくらいで倒れるオークではなかったが、怯んでいるうちにリュカやピエール、オークス、ミニモンの剣や槍、リ ンクスの爪とスラリンの牙、メッキーとコドランの火炎とブラウンの鉄槌が次々に襲い掛かる。多勢に無勢でオークが不利とは言え、リュカたちは手加減を まったくしなかった。

「ぐ・・・」

「泣き言はあの世で言いな」

 グラッと崩れるオークの身体にそれだけ言うと、リュカは次のフロアに向けて歩き出す。ドシャッと言う音と共に無残にも刻み込まれたオークの体が倒 れこんだ。
 もう片方の塔にはメッキーよりも体の大きなメイジキメラが待ち構えている。

「ケッケ、あのうまそうな女はジャミ様に取られちまったが、お前も美味そうじゃねえか、たっぷりと味わってやるよ」

 メイジキメラはそう言うと突然火炎を吐き出す。皆に降り注ぐがそれでも倒れるほどではない。リュカたちは次々に切りかかっていくが、相手は宙を飛 んでいてなかなか上手く捉えることができない。しかしここでも数で勝るリュカたちは一斉に攻撃を仕掛けて、メイジキメラの体力を奪っていく。

「そんなに食べたければ食べてみれば?」

 少しメイジキメラの動きが遅くなったとき、リュカは突然自分の右腕を差し出してそう言った。メイジキメラはチャンスとばかりに噛み付きに行くが、 ほかの仲間たちがそう易々とリュカを傷つけるはずもない。一点に集中してしまったメイジキメラの動きを読んで、仲間たちの一撃が放たれる。

「…馬鹿なんだから、まったく」

 笑いもせず、だが蔑んだ様子もなく、リュカはただ無表情で串刺しの状態になっているメイジキメラを見つめた。次の場所に動こうと踵を返すリュカを 合図にそれぞれの獲物はメイジキメラから離れる。
 中央にあった柵が無くなり、下へ下りる階段が現れる。たとえそれが罠だったとしても、今のリュカたちにはそこへ行くことに躊躇は無かった。
 そこは城の謁見の間のように広くなっていた。一面にワインレッドの絨毯が広げられて、その上には象牙のようなもので出来たオブジェがいくつか並んで いる。そのオブジェをくぐって先に進むと、諸悪の権化としての魔物がそうするような骨で出来た玉座があり、そこに馬面の魔物−ジャミが座っている。 ジャミに向かって左側にはビアンカが石柱に縛り付けられている。

「ビアンカ姉さま!!」

「リュカ!!ああ・・・来てしまったのね、これはあなたを誘き出すための罠だったのよ」

 リュカが叫ぶのと同時にビアンカも叫ぶ。そしてそのあとに真実を告げるがすでにここまで来てしまっていてどうすることも出来ない。それを見たジャ ミは可笑しそうに笑ってみせる。

「ふはははは…。貴様は愚かだな。今のグランバニアには貴様が必要なのだろう?身内の安否より、まずは国や国民を優先すべきこともあろう、なのに貴 様はここに来た。愚かなその命を捨てにな!」

 ジャミが言うが、リュカは特にそれを気にしている様子はなく、剣に手を掛けたままじっとしている。

「…にしても、あのときのガキの片割れがグランバニアの王位継承者だったとは…。だが、再び俺様の前に現れてくれたことを感謝するぞ。神殿から逃げ 出し、俺様たちの邪魔をするようになったんだからな、貴様の血を持って全ての人間を滅ぼしてくれる・・・!!」

 長々と口上を述べるジャミにリュカたちは誰も耳を貸している様子はなかった。だが、話の途切れる場所場所でそれぞれが待機した態勢から戦闘態勢に 準備をしていた。リュカは俯いていたが、ジャミが話し終わると、キッとジャミを睨みつけた。

「貴様如きが地上を滅ぼすなど到底無理だ。わたしの血を流すことは出来ても、屍をさらすことはできない。…元はお前たちが売ってきた喧嘩、買わせて もらうよ。お代は貴様の命でね」

 仲間たちはリュカが何を言うのか、どこで話を区切るのか分かっているようだった。リュカが言い終わった瞬間、リュカの背後からリンクスとスラリン が飛び出す。同時に両脇からはオークスとピエールが斬りかかる。初撃が入った後、リュカとブラウン、コドラン、メッキーが二撃目を放ち、続けざまに マーリンのベギラゴンとミニモンのイオナズンが炸裂する。もうもうと黒煙が立ち上がっていたが、それが晴れたとき、誰もがその目を疑った。

「そんな馬鹿な!今のが効かないなんて」

 一番怒りに燃えているリュカがおそらく一番重たい攻撃を繰り出したはずだった。だが、ジャミには傷一つどころか、体制を崩された様子さえなかっ た。

「ふん、こんな蚊が刺す程度の攻撃など痛くも無いわ。貴様らの攻撃など無駄だ」

 ジャミが鼻を鳴らして笑う。全員が全員、確実に攻撃の感触を得ていた。にも拘らず実際にはジャミにかすり傷一つ与えていないことが信じられなかっ た。

「みんな、もう一回!!」

 リュカが号令をかけるが、その愕然としていた瞬間にジャミは呪文を唱えていた。

「バギクロス!!」

 凄まじいまでの竜巻が無数に起こり、その中をやはり無数のかまいたちが駆け抜けていく。直接の打撃は喰らっていないものの、かまいたちに斬られた 傷はそれぞれに確実についていた。それでもリュカたちは次々に斬りかかりジャミに傷を作っていこうとする。
 が、ジャミはその場から退きもせず、しかもまったく傷らしい傷が出来ていない。

「な、なんで・・・!?」

「ふはははは!無駄だ、このバリアーは貴様らには破れまい!!」

 そう言ってジャミはメラミや痛恨の一撃など、次々と攻撃を繰り出していく。部屋の隅まで飛ばされ、仲間を投げつけられ一緒にもんどり打って倒れこ み、それでも皆ジャミに立ち向かっていく。
 だが、確実にリュカたちは傷ついていく。ビアンカはそれをみて涙を流していた。

(お願いリュカ、それ以上はもう止めて!!)

 声は嗚咽にしかならずに言葉はつむがれない。そうしているうちにその涙は縛り付けているロープにかかっていく。涙は一滴ずつわずかだがロープを 切って行った。気付くとビアンカはその身が自由になっていた。慌ててリュカとジャミの間に割り込んでいく。

「やめなさい、ジャミ!!」

 差し出したビアンカの手からまばゆい光が発せられる。
 剣を振りかざしていたリュカはその光に驚きながらも、今度こそはと一気にその刃を振り下ろす。今までと少し違う感触を得て振り抜くと、ジャミの身体 にどす黒い血が流れ出ていた。

「ば・・・ばかな、俺様のバリアーが・・・!?」

 驚きを隠せないジャミだったが、それでも冷静になり瞑想する。リュカの作った傷が引いていく。

「そんな生易しい一撃では、俺様のガードは・・・」

 ジャミがそこまで言ったときリュカが剣を離して両腕で天を仰ぐ。その両腕からどこの空間を歪めたか分からないが、突如として真っ白に輝く吹雪が吹 き荒れる。

「なっ・・・?!き、貴様ら一体・・・」

 続けざまリュカはジャミを睨みつけるとその右手で十字を刻む。

「・・・!」

「グランドクロス!!」

 リュカの右手で刻まれた十字はジャミの身体に大きな刻印となってその痕を残した。

「・・・・・・ほっほっほっ、これは素晴らしいですね」

 ジャミが力なく崩れていくが、その動作が極端に遅くなる。同時にどこからとも無く不気味な声が響き渡る。

「ゲ・・・ゲマ様!?」

「ゲマ、だと・・・!!」

 その不気味な声にジャミが反応する。ジャミの呼びかけを聞き、リュカが今までに無いほどの怒りの形相を見せる。

「その女は…天空の勇者の子孫か」

 ゲマが意味深に呟く。

「私が天空の勇者の子孫!?」

 そのゲマの言葉を聞いて、ビアンカが驚いた声を出す。

「そして、久しぶりですねリュカ。あなたも何かあると思っていましたが…まさかドラゴン族だなどとは言いませんよね?」

 仇敵を目の前にしたリュカだったが、突如として足が固まったように動けなくなる。周りにいる仲間たちも皆、一様に直立したまま動けなくなってい た。ゲマはその様子を見て楽しそうにその不気味に青白い顔で笑った。

「しかし、古い血であるのは間違いないですね、グランドクロスなど何年ぶりに聞いたことか。それと輝く息…そこの天空の血を引く娘が居たせいでしょ う」

 一人で納得するようにしゃべるゲマ。リュカたちはえもいわれぬ恐怖を感じていた。その所為もあり動くに動けないでいた。

「まぁそのことはこの際どうでも良いでしょう。さて、ご苦労でしたねジャミ。あなたはこれでお役ごめんですよ」

「な・・・お、お待ちくださいゲマ様、わたしは・・・・・・」

 ゲマが冷たく言い捨てる。ジャミが何かを言うが、手刀を切るだけで、ジャミの首はあっさりと落とされた。続けざまにゲマはリュカたちを見据える。

「ほっほっほっ、なにかしたかったのならば、してみたらいかがです?」

 首を失ったジャミの身体に呟くようにしてゲマは言った。その声のあとにジャミの体が震える。

「・・・このまま・・・では、終わらせぬ。貴様らも道連れだ・・・!!」

 ジャミの頭が微かに動きそう言い残す。ジャミの鬣から無数の針のような毛がリュカとビアンカを襲う。しかし強度は足りずに身体に刺さることは無 かった。だが、ジャミの最後のあがきか、その毛の触れた部分が徐々に硬直していく。

「なっ!?」

 リュカが声を上げる、その近くでビアンカが悲鳴にも似た叫び声を上げる。見る見るうちにビアンカの身体は硬直していき、その後石の様に硬くなって 行った。

「ほっほっほっ、なかなかやりますね。良い叫び声を聞かせていただきました。さて、リュカ、あなたも石になってゆっくり世界の終末を見届けるのが良 いでしょう。ついでに仲間も付けてあげましょうか?」

 ゲマはそう言ってジャミの鬣を無造作に引き抜くと、仲間たちの方にフッと吹き付ける。それはたちまち灰色のガスになって皆に襲い掛かる。

「ほっほっほっ、逃げるもよし、固まるもよし、しかしあなた方はもう何もすることは出来ないのですよ・・・!!」

 ゲマはそれだけ言うと姿を消した。

「みんな、早く逃げて!!このまま石化してしまったら元も子もない!!」

 リュカがまだ石化していない頭をめぐらせ、皆に伝える。だが、どうしたら良いか分からず、みな右往左往するばかりだった。だが、ゲマの作ったガス がわずかに触れたピエールの剣がすぐに石になるのを見て、マーリンが率先して逃げることを実行する。

「いまのわしらではどうにもならぬ。出直すしかない!!」

 マーリンの呼びかけでやむを得ず、皆は逃げ出す。ゲマの作り出したガスは徐々に広がって果てはデモンズタワー全体を包み込んだ。
 仲間たちは急いでグランバニアに戻っていく。

 

 グランバニアの子供部屋では、サンチョが侍女たちと双子をあやすのに必死だった。
 今までサンチョや侍女たちを泣かせるほどに荒れたことの無いアスラとレシフェだったが、今日に限ってはなにかに取り付かれたように泣いていた。

「こんなにお泣きになるなんて・・・まさか、リュカ様とビアンカ様になにかあったのでは…」

 侍女の一人が言うが、周りの人間はそんな不吉なことを考えられないと言った風に首を振る。

「めったなことを言うんじゃない」

 さすがにそんな事を考えたくは無かったサンチョが、つい声を荒げて言ってしまう。
 そんなやり取りをしている中に一人の兵士がやってくる。

「失礼します、サンチョ殿。ティラルと言う女がサンチョ殿に面会を希望しているのですが…」

 初め、サンチョはその兵士をすぐに追い返そうとしたが、ティラルと言う名を聞き不吉な予感を感じた。今まであやしていたレシフェを侍女に預けて、 サンチョはティラルが待つ応接室に向かう。

「ご無沙汰しています、サンチョ殿」

 ティラルは少しばかり声を震わせてサンチョに挨拶をする。サンチョは少しの期待と少しの不安を持ってティラルに対した。

「…あたしは疫病神かもしれません」

 突然ティラルはそう呟いた。それが何を意味しているかをなんとなくサンチョは理解してしまった。

「お嬢様が・・・どうかされたので?」

 サンチョは静かにティラルに詰め寄った。ティラルは力なく一回頷いて、後ろに置いていた置物にかかる布を取る。そこにはリュカの生き写しともいえ る石像があった。

「これは…!?」

 サンチョが絶句しながらその石像に詰め寄る。近くまで来たとき、それが生き写しではないことにサンチョは気付く。

「まさか・・・石化させられたのですか!?」

 サンチョの言葉にティラルは何も言えずにただ頷く。

「…ティラル様、ご安心ください。別に責める気などはありません。ティラル様が行ったときはすでに手遅れだったんでしょうから」

 サンチョはこれまでのことを考えて、ティラルが自分から『疫病神』と言ったことをこう受け止めていた。

「申し訳ない、サンチョ殿・・・」

 ティラルの空しく謝る声と、サンチョの声にならない嘆きが入り混じる。
 グランバニアに戻ったリュカは何も言わず、ただその場に立っているだけだった。

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