5.誘拐

 

 リュカとビアンカがグランバニア王家の一族として認められてから暫く経った。
 ビアンカに宿った新たな命は日に日に成長してビアンカのおなかも目に見えて大きくなっていった。
 そんなある日の昼過ぎ。

「大変でございます、ビアンカ様がご出産にあらせられます!!」

 ビアンカに陣痛が始まる。

 

 居住部屋でビアンカが子を産む最中、リュカは「身体は女でも心は男」と言われて何も手伝いが出来ないままその階下の謁見の間に追いやられていた。 今ビアンカの周りには数人の侍女とシスターが集まっている。
 階下の謁見の間では玉座にオジロンが座り、その前を右に左にウロウロとリュカが歩き回っていた。それを見たサンチョは少し笑ってリュカに言う。

「お嬢様、少しは落ち着きになった方が・・・」

「わたしだって女として育ったのに、なんで一緒にお産に立ち会えないの!?ああ、ビアンカ姉さま、大丈夫かな〜?」

 サンチョの言う言葉をまったく聞いていないのか、リュカはひとりごとにしては大きな声でポツリと呟くと、また腕を組んでウロウロし始めた。

「待つ側に出来ることはただ案ずることだけだな。兄上もリュカが生まれるときはそんな感じだったんだぞ」

 ウロウロしているリュカを見て、オジロンが言う。小さく口の中で驚きの声を上げてリュカはオジロンのほうを振り向くと、オジロンは一回頷いた。

「父様も一緒・・・?」

 そう聞いたリュカはなんだか複雑な気分になる。

「…男親と一緒なのは嬉しいんだけど…いまの自分が女だから複雑な心境・・・・・・」

 子を残すことは出来たが、男の姿に戻るためにティラルが用意したルビスの守りはもうない。今のままでは男に戻る手掛かりもなく、女親が二人で子を 育てることになりそうだった。

「恨むとすれば…呪いを残したゲマか」

 ふと心の中に憎悪の灯火が宿るが、我に返ったリュカはまた、オジロンの前を右往左往し始めた。

「だんな様とまったく同じあたり、血は争えませんな」

 サンチョはオジロンに向かってそう言う。それを聞いたオジロンも頷いてリュカを見つめた。

「ところでリュカよ、子の名は考えたのか?」

 ふと話題を転換しようとしてオジロンがリュカに訊ねる。リュカはピタリと足を止めてオジロンの方を振り向いた。ちょうど玉座に向かって右側にあ る、階上へ続く階段に突如として人影が現れて、リュカの言葉は全てなくなってしまった。

「リュカ様、お生まれになりました!!」

 侍女の一人が階段を飛び降りるくらいの勢いで降りてきてそう言った。
 それを聞いたリュカはオジロンとサンチョの方を向く。

「何をしておるのだ、早くビアンカ殿のところへ行ってやりなさい」

 オジロンの言葉に頷いたリュカだったが、その足はガクガクと震えていてまともに歩けないような状態だった。それをみたサンチョが肩を貸して、階上 に上っていく。

「ビアンカ姉さま!!」

 階段を上り終えた頃には足の震えは消えて、リュカはまずビアンカのところに駆け出した。そのビアンカの両脇に一人ずつ赤子が寝ていた。

「え!?ふたり・・・?」

「そう、双子よ、リュカ。男の子と女の子」

 今は眠っているが、侍女たちの話では、生まれた途端に大泣きしたのだと言う。それがうそのように今は眠っている。まだまだ小さく、何を持っても溢 れてしまう小さな手をぎゅっと握って、二人の子はすやすやと眠っている。

「良かった、ビアンカ姉さま。よく頑張ったね」

「ありがとうリュカ。褒めてって甘えようと思ったのに先に言われちゃった。・・・ねぇ、私たちの子だよ?」

 リュカは涙をいっぱいにしながらビアンカの頭を撫でていた。ちょっとくすぐったそうな仕草を見せてビアンカは首をすくめた。

「この子たちの名前、どうするの?」

 ビアンカは少しばかり疲れているのか目をこすりながらリュカに訊ねた。

「えっと・・・」

「私はリュカに名前をつけて欲しいな。かっこよくて可愛い名前を・・・」

 少し困った顔を見せたリュカだったが、ビアンカに言われて意を決したように一回頷く。

「男の子はアスラ、アスリーヴァルム。女の子はレシフェ、レシファールトス。…って言うのはどう?」

「アスラとレシフェ。少し変わった感じの響きだけど、素敵な名前だね」

 リュカがすらっと名前を出したことにビアンカは少し驚いた表情を見せたが、ただのあてずっぽうと言うわけでもないようだったので安心していた。ビ アンカはリュカの言う二人の子の名前を繰り返す。決して言いにくい名でもなく、誰にでも覚えられるような名前だと素直に感じられた。

「アスラもレシフェも良く寝てるね。…ビアンカ姉さまも疲れてるんでしょう?少し眠ったら?」

 リュカはそう言ってビアンカの額に手を乗せる。ビアンカが頷くとその手をビアンカの目の辺りに移動する。ビアンカもそんなリュカの手をしっかりと 握り締めていた。

「少し、眠るね・・・」

 ビアンカはそう言ってアスラとレシフェのように安らかな寝息を立て始めた。

「ありがとう、姉さま」

 リュカはそっと呟いて、ビアンカの頬にキスをした。

 

 正当後継者が生まれたと言うことで、国の関係者らは次々とリュカとビアンカの元を訪れる。
 その中には宰相をはじめ政にたずさわる人間も多くいたが、それらが皆、祝福ムードに包まれていたことにリュカは少し違和感を感じた。そして、誰から か分からない祝いの品の中には動物の血で汚された二本の短刀などが入っていたりもしていた。

「あまり・・・ことをよく思わない者がいると言うことか」

 それを見たオジロンは普段の温厚な表情を厳しいものに変える。すぐに犯人を洗い出そうとするオジロンは、リュカに内緒で宰相を呼びつけて事の次第 を話した。だが、その宰相の靴に何かの血で汚れたあとをオジロンは見逃さなかった。すぐに問い詰めることも出来たが、暫くは泳がせようとオジロンは考 えていた。このことは内密にリュカにだけ伝えられ、リュカも宰相に注意を払うようになる。

 

 それから数ヵ月後、アスラとレシフェが幾らか落ち着いた頃、二人を国民にお披露目する会が開かれた。同時にリュカとビアンカの子、アスラに王位継 承権を与えることも宣言される。それを契機に街では祭り騒ぎが始まった。もちろんグランバニアの王族と重臣たちも無礼講で誰もが酒に料理にと楽しみ、 双子の成長を祈った。

「…ビアンカ姉さま?」

 隣にいるビアンカは産後の経過は良いものの、身篭ったときに無理をした所為かまだ体調が完全ではない部分があった。今日も快調と言うわけではな く、少し顔に蒼みがさしていて、頬が白く透けそうだった。

「ごめん、リュカ。おかしいな元気が取り柄なのに・・・」

 ビアンカはそう言って抱いているアスラを見つめる。同じようにリュカはレシフェを見つめる。二人とも大人しく眠っているところだった。

「今日は休む?」

 ビアンカに言うと、少し情けなく笑顔を見せる。

「そうさせてもらうわ」

 リュカは近くの侍女を呼び止めてビアンカとアスラ、レシフェの二人を頼み、寝室まで連れて行ってもらう。リュカも出来れば引っ込みたかったが、主 役がいなくなっては仕方がないのでリュカはその場に残る。

「リュカ、ビアンカ殿はどうした?」

 酒の入ったコップを片手にオジロンが近づいてくる。

「まだ体調が優れないようで…寝室に帰しました」

 オジロンはどうやらアスラとレシフェを見に来たようだったが、いないと分かると、リュカに酒を勧めてくる。

(叔父上、何かがあるとすれば今です、余り羽目を外されないよう・・・!!)

 リュカはこっそりと言うと、オジロンの顔がスッと真面目なものになる。

(わかっておる、一口つけただけだが…酔ってなくば相手も警戒しよう?)

 そのあたりは一国の王を任されているだけありしっかりとしていた。リュカもそれにならって一口だけ口をつけた。
 その直後、周りの人々が倒れこみ始める。同時にオジロンとリュカは誰かに後頭部を殴られて気を失った。
 リュカが再び目を開けたとき、あたりは真っ暗になっていた。隣にいたはずのオジロンの姿は無く街の人々は皆が皆眠っていた。

(やられた・・・!!)

 リュカは拳を床に叩きつけて立ち上がる。少し足元がふらつくものの、なんとか歩けるようだった。リュカは狙いがビアンカ、アスラ、レシフェとは分 かっていたが、うかつにも自分が離れてしまったことを後悔した。
 寝室に戻ると中から剣を交える音が聞こえる。リュカは剣を構えて勢いよくドアを開けると、そこでは双子を庇う宰相と謎の陰が相対していた。

「リュカ様!!」

「宰相殿!?」

 一瞬見る限りでは、宰相が子を奪い陰がそれを取り返そうとしているようにも見えた。リュカは一瞬どちらが本当の味方か判断を失う。だが、陰が舌打 ちをすると窓から飛び降りて行った。

「宰相・・・怪我が!?」

 すでに気を失ってしまっていたが、リュカがベホマを唱えて傷の治癒を早める。どうにか命は助かりそうだった。宰相が気を取り戻すまで、リュカは近 場の人間から叩き起こしていく。暫くすると宰相も傷の痛みに顔をしかめながら気付いた。

「リュカ様、申し訳ありませぬ。ビアンカ様を…お守りすることが出来ませんでした」

 悔しそうに宰相が言う。

「…相手の正体は?」

 リュカが怒りを押し殺して努めて平静に宰相に尋ねるが、無念そうに宰相は首を振るだけだった。
 城の重臣や兵士たちが気付くと、兵士たちはすぐさま、傷ついた宰相の指示を元にすぐに捜索隊が出される。重臣たちは大会議室に集められて状況が報告 される。

「なんということだ・・・これではあのときの・・・」

「陛下、それはありませぬ、我らが必ず賊を突き止めます」

 オジロンはリュカが生まれたその日にマーサが攫われたことの再来とばかりに声を上げた。だが、それを傷がまだ完全ではない宰相が止める。その宰相 の言葉を聞いて、リュカもオジロンを元気付ける。

「叔父上。アスラもレシフェも無事です、そしてなにより、封霊紋も黒霊石もない。呪われていないだけ、今回の方が救いがあります」

 リュカは今にも泣き出したい顔にあえて余裕とも取れる笑みを浮かべ、自分の左腕、手甲で覆われている封霊紋を上から撫でた。

「で、相手の姿は・・・?」

「かろうじてこれだけ・・・」

 リュカが宰相に再び尋ねると、宰相は力を入れて握っていた羽を出す。

「実は数ヶ月前、アスラ様とレシフェ様のお祝いにとやってきた貴族の一人が魔物の死体を荷物に忍ばせておりまして。例の血のついた二本の短刀もそや つらの仕業かと」

「・・・そうか、不審な動きを察して斬っていたんだね」

 誕生のお祝いとして送られた品から、魔物の血の付いた短刀が二本出てきた。そしてそのとき宰相の靴には血で汚れたあとがあったが、数人の貴族の中 に不埒な者がいたのを見つけた宰相が先に手を打っていたのだった。おそらくその血はその貴族たちの一人を切ったときの血だったと思われた。
 宰相の告白にリュカは静かに頷く。
 そのとき、会議室の扉が開け放たれる。そこには魔物の一団が居て、兵士たちはすぐに臨戦態勢を整える。

「リュカ様、魔物の力を帯びた者が居るようです、我らに捜索をお許しください」

 そこに居たのは魔物でもリュカの仲間たち、ピエールとマーリンを筆頭に集まっていたのだった。

「構えなくて良い、この魔物はわたしの仲間だ。・・・・・・で、ピエール。捜索と言っても…」

 兵士たちの武装を解除させてリュカがピエールに訊ねる。そのピエールの隣に居たマーリンが話し出す。

「魔力の力がこもったものがあるはず、それをこの城から探し出そうかと思う。それはおそらく、別の魔物と内通するために使われた道具じゃろうから な」

 マーリンがそう言って頷くとリュカもそれを承認する。

「叔父上、少し仲間が闊歩しますがお許しを」

 リュカのその言葉は怒気が感じられ、オジロンといえど逆らえないような雰囲気だった。
 ピエールたちの中にサンチョが指揮する隊も入り、一斉に捜索が行われる。一階は街になっていて貴族たちはめったなことでない限りは街に出入りしたり はしなかった。その貴族が居るのが二階の居室スペースで、各貴族ごとに簡単なスペースが提供されていた。ピエールとマーリンは宰相から話を聞き、その 成敗した貴族の部屋を中心に捜索する。そして、案の定その部屋から魔力を帯びたものが出てきた。

 

「これは空飛ぶ靴と呼ばれるものじゃな。これで運ばれた先で今回の計画が練られていたのかも知れん」

 マーリンがそう言って自分も浅はかだったと少しの後悔を見せる。
 リュカはその靴を手にすると仲間全員に目配せする。それを見てサンチョはすぐに止めに入る。

「いけませんお嬢様!!ここは兵士たちの捜索を一度待つべきです」

「けど、その間にビアンカ姉さまになにかあったら・・・?」

 サンチョの言うのももっともだったが、今のリュカにとっては呪われないだけましなものの、それども身内が危険にさらされていることに変わりはな かった。

「サンチョさんや叔父上に反対されても、わたしは行きますよ」

 リュカはその靴を手に、自分に対しての怒りも抑えられないような状況だった。

「我らとてだまってはいられませぬ。まして、同じ一族のものがこのような悪事に加担するなど」

 やはり怒りを見せているのはメッキーだった。宰相が闘っていた間に掴み取った羽根はキメラの翼そのものだった。

「しかし…リュカ、おぬしをおびき出すためのものだとしたら…」

「好都合です、こちらから攻め入ってやりますよ」

 オジロンがもしものことを考えて発した一言だったが、リュカはその言葉に笑みを浮かべて答えた。

「サンチョさん、アスラとレシフェをお願いします。みんな、行くよ!!」

 リュカはそう言って会議室を出て行く。
 この後姿をサンチョやオジロンが暫く見られなくなるものとは夢にも思っていなかった。

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