5.結婚、そして契り

 

 二日ほど山奥の村でゆっくりと休んだリュカとビアンカは、急ぐ様子もなくサラボナに向かう。サラボナでは結婚式の準備が教会でされていた。
 ルドマンを訪ねて行くと帰りが遅いと怒られたりしていたが、それでもルドマンも心からリュカとビアンカを祝いたいと熱心に結婚式の準備を進めてくれ ていた。
 それからはリュカもビアンカも衣装合わせやスケジュールの確認などをして日にちは過ぎていく。前日になり、リュカは少し落ち着かない様子を見せてい た。

「どうしたんですか?リュカさん」

 ほぼ全ての準備は整い、後は当日を迎えるだけだというのにそわそわしているリュカを見てフローラが訊く。

「リュカったらここ二、三日はずっとこの調子なのよ?」

 ビアンカが自分が居るのに現を抜かしていると言いたそうにリュカに抗議しながらフローラの質問に答える。

「あなたも大変ね、ビアンカさん。リュカのことだから本当は別の男性でも気になってるんじゃないの?実際は…」

 デボラがそう言うとリュカは少し顔を赤くしてそっぽを向く。その様子にビアンカが激昂してテーブルをバンと両手で叩き立ち上がる。

「リュカっ!!私と言うフィアンセ、明日には妻になる存在が居るというのに、男に現を抜かしているですって!?」

「ま、待ってビアンカ姉さま。それ、間違い!半分くらいは合ってたりするんだけど、間違いだから!!」

 ビアンカが本気で怒ったと思ったリュカは慌てて訂正するが、馬鹿正直と言うべきか素直にその言葉を吟味して要らない一言を発する。

「リュぅ〜カぁ〜・・・!!」

「リュカ様、お客様でございます」

 ゆらりと動くビアンカの目は怒っていた。恨みいっぱいでビアンカがうなり声を上げたとき、ルドマン邸の侍女がリュカに客が来たと伝える。瞬間リュ カは振り返り、その二人の人影を確認すると、今までの不安そうな顔が一気に晴れやかになる。

「ヘンリー!マリア!!来てくれたんだね!!」

「当たり前だろう、お前の晴れ舞台、見ないわけにはいかないからな」

「だけど…リュカはどっちでするの?」

 ラインハットのヘンリーとマリアがサラボナへ来たのだった。今までリュカが心配していたのは、十分な時間があった筈なのになかなか来ない二人を心 配していたためだった。

「ヘンリー?マリア・・・?」

 ビアンカが拍子抜けしたように呟く。横からフローラがビアンカに近づいて耳打ちする。

「隷属させられていた神殿を抜け出したときに一緒だった方々です。ラインハットの元第一王子、ヘンリー殿下と修道院のシスターでマリアさん」

 その声が聞こえたのか、リュカが振り向くと手を振ってフローラの言葉を訂正する。

「違うよ、今はヘンリー夫妻。ヘンリーとマリア、いつの間にか結婚してたんだよ」

 リュカの声にさすがのフローラも呆気に取られてぽかんと口を開けた。リュカはそんな風に呆けている二人のうちのビアンカの手を引くと再びヘンリー とマリアの前にやってくる。

「どっちって、もちろんわたしは新郎だよ。で、わたしのフィアンセのビアンカ姉さま」

 ハグするようにビアンカに抱きつき、リュカは紹介する。

「で、こっちがラインハットのヘンリー殿下と奥様のマリア。二人とも神殿で一緒に隷属させられていたんだ」

 お互いを紹介すると、リュカが少し離れる。ヘンリーたちとビアンカはお互いに頭を下げて挨拶する。

「この人がリュカの言う姉さまか。綺麗な人だな〜、こんな美少女二人なんて危なすぎるぜ」

 ヘンリーが笑って言う。が、直後に涙目になる。見ると満面の笑顔を浮かべたマリアがヘンリーの足を踏み込んでいた。その様子にリュカとビアンカは 笑っていた。
 暫くフローラ、デボラとビアンカ、リュカに加えヘンリーとマリアが参加しておしゃべりが始まる。ビアンカには話したことだったが改めて海辺の修道院 でのことや神の塔での事、リュカの真実のことなどを話す。
 日が暮れてヘンリーとマリアは宿に向かい、リュカとビアンカはルドマン邸で夕食をご馳走になる。そしてその後は翌朝が早い時間から準備が必要と言う ことで、別邸で二人きりの夜を過ごした。

 

 結婚式当日。ビアンカとリュカはルドマン邸に行くと早速、新郎新婦の準備が始まる。
 ビアンカは別邸でフローラと侍女たちが手伝い、リュカはデボラが付き添って準備を始める。
 別邸には純白の立派なウエディングドレスがあり、ビアンカはそれに腕を通す。
 一方のリュカの方は真っ白なタキシードと付随するものが多数用意されていた。

「さてリュカ、手伝うけど基本は一人で着付けしなさいね」

「…つれないな〜、デボラ姉さま。わたしがカッコよくなるために手伝ってくださいよ〜」

 そう言いながら付随品を色々と確かめてみる。その中でも一枚の布が長々とあるのはリュカも不思議に思う。

「ああ、それはさらし布ね。男装と言っても街では男性と言う認識なんだし、そうなると胸が邪魔でしょう?あたしに比べてあんたは随分小さいけど」

 デボラが鼻で笑うように言うと、リュカは泣き顔を作って泣いた振りをする。その顔を見てドキッとしてデボラが顔を逸らしたりと色々と賑やかな着付 けになった。
 そのさらし布でリュカの胸を極力目立たないように巻きつけて行く。

「・・・くっ、苦しいよ、デボラ姉さま!!」

「えーい、うるさい、我慢しなさい!!ビアンカのためにも頑張らなきゃ男が廃るわよ!?」

 リュカが訴えるが、俄然やる気になっているデボラはギチギチと音を立てそうなくらいにきつくさらし布をリュカの胸に巻きつけていた。長いさらし布 を巻いたあとにその胸だけを見ると、確かに胸がないように感じた。

「我ながら上出来!」

 そう満足するデボラをみてリュカは複雑な表情を浮かべる。

「姉さま〜、苦しいよ〜」

「うるさい、聞こえないわよ。このあたしのアプローチを断っておいて、あたしを手伝いに使うようなあんたにはこれくらいの仕打ちは当然よ」

 リュカはそう言ってぼやいたがデボラの方も同じようにぼやいてみせる。それを聞きリュカは少し申し訳なさそうな表情をする。そんなリュカの背中を 平手打ちでバシンと叩くと、デボラは服を手渡した。

「ほら、そんな顔するんじゃないわよ。納得してこの結婚式に立ち会うんだから。さ、早く支度を済ませなさい」

 少し涙を浮かべていたリュカだったが、「ハイ」と頷くとワイシャツやスラックスなどを着込み、新郎の姿になる。

「この長い髪が問題ね。…綺麗だから良いけど。根元で束ねるか」

 一通り準備の終わったリュカを見てデボラが呟く。
 リュカはその長い黒髪を腰の辺りまで伸ばし、髪がばらけないように先のほうを昔ビアンカに貰ったリボンで結んでいた。だが、この髪型ではあまりに女 の子っぽく見えていたため、デボラは色々と考えているようだった。そしてそのリボンを解くと首の後ろで髪を束ねてリボンを結ぶ。

「プっ」

 突然デボラが噴出す。
 男装しているリュカにリボンを結びつけ、そのリボンは可愛く髪を留めていたため、アンバランスなことこの上なくてデボラは笑っていた。リュカはなん となくそれを理解しながら呆れた顔でリボンを解くと、もう一度髪を手でまとめる。

「デボラ姉さま、あまり遊ばないでください。ビアンカ姉さまを待たせるわけには行かないんですから」

 リュカはそう言ってリボンをデボラに手渡す。デボラはクスクス笑いながらリボンを受け取ると今度は真面目に、あまり目立たないように縛り直した。

「よし、出来たわよ」

 デボラがそう言って姿見の前までリュカを連れて来る。姿見の中に映るのは、髪の長い女顔の男性だった。

「これなら誰が見ても女だとは思わないわよ」

 デボラが自分より少し小さなリュカの肩に手をかけてそう言う。リュカも緊張した面持ちで一回頷いた。

 

 デボラの部屋から出て一階で山奥の村で受け取ったシルクのヴェールを手に持ち外に出る。そこには新郎の姿を見ようと人々が集まっていた。その集団 の一番前にはヘンリーとマリアの姿があった。

「ヘンリー、マリア」

「へぇ〜、よくぞここまで化けたもんだなぁ」

 ヘンリーが感心したようにリュカの姿を見て呟く。そしてリュカにそっと耳打ちする。

「胸なんか全然ないもんなぁ」

「うっ・・・」

 ヘンリーの一言にリュカは少し動揺するがでもこのときは泣き顔を見せたりはしなかった。

「…私達が結婚したというのも随分驚いたものだったけど、リュカまでが結婚するとは思わなかったなぁ」

 マリアがそう言ってヘンリーに習って感心する。リュカはなんとなく気恥ずかしくなって中途半端な笑みをこぼしていた。

「カッコよさはヘンリーさんには劣るけどね」

 今度はマリアがリュカにそう耳打ちする。頬を膨らませてリュカはそんなことを言うなといった様子でマリアを睨む。その表情にマリアも苦笑いのよう な複雑な表情をして見せた。

「…さて、それじゃわたしの大切な新婦さまを連れてきますね」

 声は特に意識せず、いつもと同じ調子で出していた。リュカの言葉を聞いて、ヘンリーとマリアは頷くと、教会のほうを向く。

「んじゃ、俺たちは教会で待ってるからな。ばっちり決めてくれよ」

 ヘンリーはマリアを連れて教会の方に向かう。それに促されてリュカを見に来ていた街の人々も従って教会に向かっていった。
 リュカは別邸の方に向かい、その入り口までやってくる。そこにはフローラが立っていた。

「リュカさん、カッコいいですね」

「…ちょっと気恥ずかしいんだけどね。デボラ姉さまのおかげで必要以上に男っぽくなっちゃったよ」

 フローラの一言にリュカが答える。その言葉を聞き、フローラは少し悲しげな笑顔を見せる。

「デボラお姉さんも私も、リュカさんのお眼鏡には適いませんでしたけど、ビアンカさんがうらやましがるような男性を見つけますからね」

 フローラにそう言われて少し複雑な表情を浮かべたが、すぐに二人には笑顔が戻る。

「ビアンカさんの準備は整いました。ヴェールをかけてあげて、教会まで来てくださいね」

 笑顔を見せ合った二人は暫くそのまま笑っていた。そして、フローラが真面目な顔になる。リュカもそれに習って真面目な表情を浮かべる。フローラは 準備が出来たことを伝えてリュカを中に促した。

 

 別邸の中ではビアンカが純白のウェディングドレスに身を包み、リュカの到着を待っていた。入り口に背を向けてビアンカはその場に佇んでいた。

「お待たせ、ビアンカ姉さま」

 リュカが中に入ると、初めにビアンカの背中と編むようにして紐で留められているドレスが目に入った。リュカはそれを見つめてビアンカに声をかけ る。リュカの声にビアンカは反応して振り向いた。だが、全身は振り向かずに上半身と首でリュカのほうを見る。

「うん、待った」

 そう言ってからビアンカはリュカのほうを振り向いた。ビアンカの身体のラインを如実にあらわす細身のウェディングドレスで、ひざの辺りから裾が広 がる感じだった。腰の辺りには両手で持っているブーケがある。

「…こういうの、着慣れなくて。へ、変じゃないかな?」

「全然。綺麗ですよ、ビアンカ姉さま」

 リュカはそう言って笑顔を作る。ビアンカも照れ笑いしながらリュカの言葉を聞き入った。

「じゃあヴェールをかけますね」

 リュカはビアンカに近づいてそう言う。そしてビアンカの頭にシルクのヴェールをかけた。
 一歩引いてリュカは改めてビアンカを見つめる。そして「うん」と一回頷いてビアンカに手を差し出した。

「教会までエスコートします」

 差し出された手をそっと握りビアンカは頷いた。
 ゆっくりと教会までの道を二人は歩く。
 街の中心にある噴水を見てビアンカはふと立ち止まった。

「…どうかしました?姉さま」

 リュカが隣に居るビアンカに声をかける。

「こんな幸せが来るなんて思いもしなかった。アルカパで父さんが体調を崩して、山奥の村に行ったら今度は母さんが病で倒れて、そして亡くなって。そ れからはもう、私は一人ですごして行くんだなって思ってた。例えリュカが目の前に現れても、結局は一人だと思ってた・・・」

 ビアンカはどこか悲しげな声を出してそう呟く。

「それはわたしも一緒です。とくにヘンリーとマリアが結婚してからは…ラインハットに行くのも気が引けたし、自分はこんなだから叶わない夢だと思っ ていました。父様が亡くなって、ゲマに攫われて奴隷として過ごして。なんとか逃げ出したけど、好転はしなくて」

 ビアンカもリュカも湿ったような態度で話をする。だが、リュカはそれを吹き飛ばすような声で言葉を続けた。

「だけど…ビアンカ姉さまに対しては想いを持ったままでもありました。だから…叶ってよかった、ホントにそう思います」

 ビアンカはそう言ったリュカを見返す。自分より不幸な目に遭っていたにも関わらず、リュカはそれでも希望を持っていて、それは自分に対するもの だったと知り、少し自分が情けなく感じていた。

「昔からリュカは強いね。それに比べて…」

「今はそんな悲しいことを話す時ではないですよ、姉さま。涙を拭いて、教会に行きましょう。…この先は、たとえどんな強いヤツでも、わたしたちを切 り裂くことは出来ませんから」

 ビアンカが暗くなりそうな話を切り出すと、リュカはビアンカの両肩を両手で持って、自分のほうを向かせる。見るとビアンカは瞳に涙を浮かべていた が、リュカは笑ってビアンカに言った。
 自分が泣いていると気付かなかったビアンカは、リュカに言われて涙が溜まっていたことに気付く。それをリュカが拭いてくれた。リュカの言葉に笑みを 見せて頷いた。
 教会の扉の前まで来ると、教会の人がそこで待っていた。準備が整ったことを伝えると、そのドアが開け放たれる。真っ赤なじゅうたんが敷かれた教会の 真ん中の通路を二人でゆっくり進み、神父の前にたどり着く。
 止まった二人を見て神父がお説教を話し始める。
 そして二人の誓いの段になる。

「あなたはいま、この女性と結婚し神の定めに従って夫婦となろうとしています。あなたは、その健やかなときも、病 めるときも、豊かなるときも、貧しきときも、この女性を愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、そのいのちのかぎり、かたく節操を守ることを約束いたしますか?」

 神父がリュカに聞く。

「…誓います」

 リュカはじっと神父を見つめて、強い意志と共に返事をした。

「あなたはいま、この男性と結婚し神の定めに従って夫婦となろうとしています。あなたは、その健やかなときも、病めるときも、豊かなるときも、貧し きときも、この男性を愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、そのいのちのかぎり、かたく節操を守ることを約束いたしますか?」

 ビアンカにも同じ事を訊ねる。

「はい、誓います」

 ビアンカもじっと神父を見て、リュカに聞こえるようにはっきりと答えた。

「では、指輪の交換を行います」

 言われてリュカとビアンカは会い向かいになる。
 リュカは水のリングを手にとり、ビアンカの左の薬指に填めた。次にビアンカは炎のリングを手にとり、リュカの左の薬指に填めた。

「では、誓いの証に口づけを」

 リュカはビアンカのヴェールをそっと上げる。元気が取り柄のようなビアンカが今日は凄く綺麗に見える。リュカは同じ女の目線で居ても綺麗なビアン カに少し見とれる。身長的には少しビアンカの方が背が高いため、リュカはビアンカの両肩に手を置いて少しだけひざを曲げてもらう。
 ピンクのルージュが引かれたビアンカのその唇にリュカはそっと口づけをした。

「いまここに、新たな夫婦が神に認められました」

 神父の宣言が高らかにされる。リュカとビアンカが結婚した瞬間だった。

 

 皆に見送られリュカとビアンカは教会を出る。そして出たところで今度は皆が出てくるのを待つ。

「さ、今度は酒場で宴会だよ!!」

 街の武器屋の女将さんが大きい声を出してそこに集まる全員に言う。
 リュカとビアンカは再びルドマン邸と別邸に別れると化粧直しを簡単にする。とは言ってもリュカはそのままタキシードの姿のままだった。

「なかなかかっこう良かったわよ、リュカ。ビアンカがちょっと妬けるわね」

 結婚式の様子を見たデボラがそう言うと、リュカは顔を赤くして照れ笑いをする。
 ビアンカはウェディングドレスからフローラの見繕ったドレスに着替えて、リュカとデボラを迎えに来る。
 そして四人は酒場に向かい、二次会に突入した。

 

「ふぅ・・・」

 酒で少し熱くなった顔を手で仰いでリュカは軽く溜息をつく。その隣ではビアンカが幸せそうな笑みを湛えて眠っていた。サラボナのほぼ全員がこの酒 場に来て騒ぎあっていた。

「どうかしたの?リュカ」

「あ、デボラ姉さま。みんな底なしですか?」

 酒場の端で静かに飲んでいたデボラが、不意に立ち上がっていたリュカに声をかける。

「父さんが祭り好きでね。何かあると酒を飲んでるから飲みなれてるのよ。…そろそろ引っ込む?」

 初めのうちは主役も一緒に呑み合っていたりしたが、暫くするとそれはただの宴会に姿を変えていた。リュカは酒を飲む振りをしてお茶などを飲んでい たためあまり酔っては居なかった。

「…ビアンカ姉さまもダウンしましたし、そろそろ」

 デボラに促されてリュカは答えた。それを見てデボラはいつものきつさを見せずに優しそうな笑みを浮かべた。

「父さんが、今夜は別邸には誰も近づけないからって言っていたわ。ま、ビアンカがこれじゃ楽しめないかも知れないけどね?」

「で、デボラ姉さまっ!!」

 茶化すような感じでデボラが軽く言うと、リュカは顔を真っ赤にしてそれを否定してみせる。

「…新婚初夜に何もないなんて、どこまで醒めてるのよ」

 呆れた顔でデボラは手にある酒をぐっと飲み干す。

「…男に戻って相手してやりな、ビアンカだって待ってるんだから」

 こっそりとデボラはリュカに耳打ちする。複雑そうな心境をそのまま顔に出して、リュカは遠慮がちに一回頷いて見せた。
 そして寝ているビアンカをそっと抱きかかえると、デボラにドアを開けてもらい外に出る。デボラはついてこなかったが、街の中心部にある噴水には待ち 構えるようにフローラが待っていた。

「お疲れ様です、リュカさん」

 フローラはビアンカを起こさないように小さな声でリュカに言う。

「ありがとう、フローラ」

「簡単に持ち上げていますね?」

 あまり重たそうな仕草を見せずにビアンカを抱きかかえるリュカにフローラが言った。

「ま、旅してると力はそれなりにつくからね」

 リュカは少しの自慢を含めてそうフローラに言う。

「フローラはお酒とか飲めるの?」

「私はあまり。一口飲んで熱くなったんで外で涼んでいたんですよ」

 リュカが何気なく話を振ると、フローラは素直に答える。そのフローラはリュカの腕の中で眠るビアンカを見て羨ましそうに笑みを浮かべる。

「ビアンカさん、幸せにしてあげてくださいね。今夜は別邸には誰も行きませんから…」

 ビアンカを見た後に顔を上げたフローラはあまり素直な笑みを浮かべず、何かを訴えるような瞳をリュカの方に向けていた。

「…うん。それは絶対。フローラだって幸せにならなきゃダメなんだからね?」

 リュカはフローラの訴える瞳からわざと視線をずらしてそう言う。それがどういう意味かは多くを語らなくてもわかるはずだった。フローラもその意味 を理解したのかリュカの言葉に今度は普段の笑みを浮かべて答えた。

「お二人を見返すつもりですから。…さ、ビアンカさんが起きないうちに・・・」

 フローラはそう言ってリュカを別邸に送る。別邸のドアを開けて、中に入るのを確認すると、フローラはそのドアを静かに閉めた。

「おやすみなさい、リュカ・・・」

 ドアを隔てて小さな声が聞こえた。リュカは敢えてドアを開けずに言う。

「おやすみ、フローラ」

 そこからフローラが動いたのを確認して、ベッドに寝かせたビアンカのところにリュカは戻る。ビアンカは小さな寝息を立てて、幸せそうな笑みを相変 わらず浮かべて眠っていた。リュカはビアンカに寄り添うようにしてそっとベッドに腰をかける。少しベッドが沈んだのがわかったのかビアンカはそれで目 を覚ましてしまった。

「あ、ごめんなさい、ビアンカ姉さま」

 リュカが言うと、一瞬どこだかわからない様子できょろきょろと辺りを見回したが、衣装などを着付けていた別邸とわかると、ビアンカは頭をベッドに 預けた。

「…私たち、一緒になったんだね」

 ビアンカが小さな声で呟く。

「はい・・・」

 そのビアンカにリュカも小さな声で呟く。

「私…本当にもう、こんな幸せは来ないと思ってた。だから今が夢みたい。けど…一度寝て覚めてもリュカはその格好のまま、私の近くに居てくれた。も う不安はないよ、リュカ。…大好き、愛してるよ・・・」

 横になったままで少しまどろむようにビアンカは語り始めた。そして最後に二人が言ってなかった言葉を口にした。

「わたしもビアンカ姉さまと一緒です。けど…今はこの現実をかみ締めてます。何があっても一緒に乗り越えましょうね、ビアンカ姉さま。大好きです、 愛してます、心の底から・・・」

 ビアンカの身体をリュカはゆっくり起こすと、ぎゅっと抱きしめた。

「ね、リュカ。一つわがまま言っても良いかな?」

 リュカの腕に包まれてビアンカは呟いた。その言葉に無言でリュカは頷いた。

「…男のリュカに、抱いて・・・欲しいな・・・」

 ビアンカは途切れそうな声で呟いた。それを聞いて一瞬驚いた表情をみせたリュカだったが、やがて気持ちも落ち着くと再び無言で頷く。
 ビアンカからそっと離れるとリュカは道具の中から、ティラルに貰ったルビスの守りを取り出す。両手でルビスの守りを包み込みじっと何かを念じる。ま ばゆい光が両手のひらから溢れ出しリュカを包み込む。その光が収束してリュカはその場でそのまま立っていた。

「あれ・・・?」

 少し驚いた声を出してビアンカが言うが、リュカはおもむろにジャケットとシャツを脱ぐ。デボラがギチギチに巻いたさらし布が顔を見せたが、それは 力なくリュカの足元に落ちた。

「大丈夫だよ、ビアンカ姉さま」

 そう言うリュカの声は少しだけ変わったような気がしていた。その声を聞いてビアンカはホッとする。
 リュカは再びビアンカをぎゅっと抱きしめる。

「…もう一回言うね。大好き、愛してるよ、ビアンカ」

 その言葉を聞いてビアンカの方もリュカに抱きついた。
 二人は顔を見合わせるとどちらからともなく唇を重ねる。
 男のリュカとビアンカはそうして夜を過ごす。

 

 

 先に目覚めたのはビアンカのほうだった。もそっと起き上がり、自分が一糸まとわぬ姿に驚いたりしたが、隣にリュカが寝ていることで何があったかを 思い出す。誰が見ているわけでもなかったが、胸を腕で隠して服を着る。
 ふとビアンカが確認すると、リュカはもういつもの女の姿に戻ってしまっていた。そしてリュカの持っていた紋章は今まではひびこそ入っていたものの一 つだったのが、完全に二つに割れてしまっていた。

「こうなることが予想できたから、あと一回にこだわったのか・・・」

 ビアンカはそう言ってリュカが山奥の村でダンカンに見せるのを拒んでいたことを思い出す。
 いま目の前で寝ているリュカは本当に妹のようで可愛らしい仕草で寝ていた。…ビアンカと同じく、一糸まとわぬ姿ではあったが。
 ビアンカが起きて半刻ほどしてから、リュカが目を覚ます。だるそうに頭を持ち上げ、上半身だけ起きる。

「おはよう、リュカ。もうお昼近くだよ?」

 隣でベッドに座ってリュカの寝顔を見つめていたビアンカが声をかける。リュカはその声に少しだけ悲鳴じみた声を上げて口を押さえる。その直後、自 分の姿を見て驚き慌ててシーツに包まる。

「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない、女同士なんだから」

 ビアンカが失礼な、と言った表情を浮かべてリュカに言うと、リュカは空笑いをしてごまかした。

「ね、リュカ・・・」

 シーツに包まるリュカの傍に近づいて、ビアンカが頭を下げる。

「不束者ですが、これからよろしくお願いします」

 ビアンカが言うが、なんかその言葉はビアンカが発するのが変な感じがして、リュカは目を丸くしてビアンカを見る。ビアンカもちょっと恥ずかしかっ たり照れが入ったのか、舌を出して見上げるようにしてリュカを見つめた。

「な〜んて、私らしくないね。リュカ、これからもよろしくね」

 そう言ってビアンカはいつもの笑顔を向けてくれた。

「わたしの方こそよろしくお願いしますね、ビアンカ姉さま」

 リュカも同じように挨拶をする。ビアンカはリュカの言葉に少し曇った表情をしてみせる。それに気付いたリュカはクスリと笑って言葉を続ける。

「『ビアンカ』とは呼べませんよ、やっぱり。戻ったら話は別ですけど…でも、姉さまは姉さまですから」

 リュカが言うと、仕方ないかと諦めた表情でビアンカは改めてリュカを見つめた。

「さ、ルドマンさんたちにもお礼を言わないといけないから、早く着替えて」

 ビアンカに促されてリュカは手早く着替えを済ませる。そして二人揃ってルドマンを訪ねた。
 応接間では賑やかな話し声が聞こえていた。そこではフローラとルドマンのほかにヘンリーとマリアの姿もあった。なにかの話で盛り上がっているよう だった。

「お、幸せな御両人の登場だな」

 ルドマンが上機嫌でリュカとビアンカを迎える。他の皆も拍手をしたり指笛を吹いたりして二人を迎える。

「いま、ヘンリーさんとマリアさんから、ラインハットに居た頃のリュカのお話を聞いていたの」

 フローラが上品にそう話した。一瞬自分を呼ぶ言葉の違いに違和感を覚えたが、本人が呼びたいように呼ばせようとリュカは感じていた。
 話を聞くと、海辺の修道院からラインハットでヘンリー、マリアと別れるまでの話をしていたのだそうだった。

「リュカも色々と苦労しているんだなぁ。まして呪われてしまっているとは…」

 しみじみとルドマンが言う。悲観的な意見はあまり聞き入れないリュカはその話の輪の中に入ると、ヘンリーとマリアに話しかける。

「わたしのことはいいよ、もう。それよりヘンリーとマリアの馴れ初めが聞きたいよ」

 リュカが興味深々な表情で二人に詰め寄る。

「まぁ、それもそうなんだか、デールを待たせるのも悪いからなぁ、そろそろ帰るよ」

「えー!!ヘンリー冷たいよぅ」

 外の日の高さなどを見ながらヘンリーが呟く。マリアも当然のように椅子から立ち上がると帰りの支度を始める。それでもリュカは引かずに立ち上がる 二人を無理に椅子に座らせて話を聞きだす。
 ヘンリーはリュカがラインハットを旅立ってから「何回か会っているうちに気になる存在になった」と説明する。そして修道院まで「白馬で迎えに行っ た」事を話してそそくさと帰り支度を始めていた。

「いつの間にか恋心が生まれてたのかぁ。あとでその辺の詳しいこと教えてよね、わたしもこっちに来てからのことを話すからさ」

 リュカが言うと照れ隠しに別の作業をしてごまかしていたヘンリーが振り向く。

「絶対だぞ、それと、子供の頃のリュカとビアンカさんの話もだな」

 その言葉を聞いてマリアもクスクスと笑いながら、ヘンリーの言葉には頷いていた。
 準備をして二人はルドマン邸を後にした。
 ルドマンはリュカとビアンカを座らせて改めて話をする。

「昨日の結婚式は良かったな、あの後はゆっくり休めたかい?」

「ええ、おかげさまでゆっくりと休んで…寝坊しました」

 少し言い方に困ったリュカを見て、ビアンカがすぐにルドマンに返事をした。「それはよかった」とルドマンは豪快に笑っていた。

「そこでだ、わしから二人にお祝いだ」

 ルドマンはそう言って金の入っている包みと見たことのない意匠で形作られた盾をテーブルの上に置いた。

「金はまぁあまり気にしなくて良い。それとリュカが求めていた天空の盾だ」

 言われてビアンカがその盾を持ち、色々な方向から見つめる。それが何を意味しているかわかったのか、リュカがビアンカに耳打ちする。

「ギュッと力入れて握れば、本物だと実感出来ますよ」

 不思議そうな顔をしてビアンカはリュカに言われた通りにきっちりと装備してみる。すると先ほどまで比較的軽かった盾が突然重たくなる。ビアンカ自 身が持ち上げられないと言うことはないようだったが、それでもこれを使って戦闘をするということは困難と思われた。テーブルの上に置くと盾は軽くな り、ただ持つだけではその重さも伝わってこなかった。

「ね、姉さま、持てるの・・・?」

「うーん、持てないことはなかったよ?戦闘場面で使えるかどうかと言われれば無理だけどね」

 ビアンカはそう言って首を傾げる。リュカも首を傾げて天空の盾を持ってみる。ただ手に持つだけでは重たさを感じることはないが、ギュッと力を入れ て装備してみると、それは鉛のように重たくなり、盾は床についた。

「え・・・?そんなに重たいの?」

 驚いた顔をしてビアンカがリュカに訊くとリュカは苦しそうな顔をしてコクコクと頷いた。盾を置いてホッとした顔をしてリュカは少しかいた汗をぬぐ いながら溜息をついた。

「天空の剣もありますけど、やっぱり同じようでした。…姉さまはなんで持てるんでしょう?」

 再び首を傾げてリュカが言う。その謎が解けるのは随分先のことになる。

「いや、それにしてもたいした娘だな、リュカは。二つのリングを手に入れた上、その仲間は邪気を払った魔物と。他にも潜在能力が隠れていたりするん じゃないのかな」

 上機嫌でルドマンはそう言う。確かに冒険慣れしていなければ二つのリングを手に入れることは不可能に近かったと思われた。それを成しえたのは仲間 の協力あってのことだった。その仲間も人間ではなく魔物たちを従えているのは他者から見れば恐ろしくとられても仕方ないであろう。

「わたしに潜在能力なんかは…。ただ、お話しした呪いがよい方に作用している可能性は捨て切れないと思っていますけどね」

 リュカはそう言って恥ずかしがるような仕草を見せる。そんな様子をみてフローラは改めてリュカに魅かれる自分を認識した気がした。

「で、これからはどうするつもりだ?」

 自分のペースでルドマンは話を進めて行く。この先のことはビアンカは当然、リュカも何も考えていなかったので突然質問されて少し途方に暮れる。

「とりあえずこの大陸ではサラボナが終着点だったのですが、母様の手がかりはなく天空の盾だけ。ルドマンさん、この先行くとしたらどこが良いでしょ う?」

 リュカは困った様子を見せながらルドマンに逆に訊ねた。ルドマンも質問が返って来るとは思っていなかったようで、リュカ同様に少し途方に暮れる。

「それなら・・・」

 そこで声を上げたのはフローラだった。

「ポートセルミから南に行った場所に砂漠の地があるそうです。修道院で旅の方に聞いたのですけど、その砂漠の地を治めるテルパドールと言う地は伝説 の勇者様を奉ったお墓があるそうです」

 フローラはそう言ってリュカに助け舟を出す。

「行ってみたら、なにか手がかりが掴めるかも知れませんわ」

 パンとフローラは手を叩いて、その意見に自分で納得した。リュカもその言葉にしばし考え込むが、納得した様子で一回頷いた。

「テルパドールね。ありがとうフローラ、行ってみる事にするよ」

「リュカの手助けが出来るならば光栄ですわ」

 礼をフローラに言ってリュカは頭を下げる。少し得意げになったフローラは嬉しい気持ちをそのまま言葉にしていた。

「ポートセルミから南に行くのはいいが、船はあるのかね?」

 不思議そうにルドマンが訊ねる。リュカは首を振りながらルドマンを見返したが、当てがないわけでもない様子だった。

「ポートセルミからは数が少ないですけど船は出ていました。それを待って南に向かうつもりです」

 そう言うリュカにはもう、砂漠の地テルパドールまでの行程は出来ているようだった。それを良い意味でルドマンが裏切る。

「定期船を待つのもいいが、じっくり待てるか?急ぎたいのであれば、わしの船を使うが良い。腕の良い船長以下一流の船乗りたちだ、リュカの希望にも 応えられるだろう」

 自慢げにルドマンはリュカに言う。それを聞いてリュカとビアンカは同じように手を振って否定の意思を示した。

「だ、駄目ですよ、そこまで甘えられません。天空の盾だって家宝として大切に守ってきたのに譲ってもらったと言うのに・・・」

 慌てた様子でリュカが言うと、ビアンカもそれに同意している意思を頷いて示した。

「何を言うか。わしが出来ることなら何でもさせてもらうつもりだ。船ぐらいいくらでも都合できる。気にすることはない」

 豪快に笑いながらルドマンはリュカにそう言った。

「なんでそこまでしてくれるんですか?」

「ん?いや、なに・・・・・・」

 不意にリュカがルドマンに訊ねると、ルドマンは少し歯切れ悪く口を噤んだ。

「リュカの亡きお父様の代わりにでもなれれば、って思ってるんだってさ」

 その声は正面に居るルドマンとフローラの方とは反対の場所からリュカには聞こえてくる。リュカとビアンカが振り向くと、そこにはデボラの姿があっ た。

「で、デボラ、要らん事を言うな・・・!」

 ルドマンが慌ててデボラの口を塞ごうとするが、デボラは華麗に身をかわしてリュカとビアンカの所にやってくる。

「ビアンカは片親、リュカは両親いないから、少しでも帰る場所が多く出来ればなんてことを考えてるって結婚式の時に言ってたわよ?」

 そのデボラの言葉を聞いてリュカとビアンカは顔を赤くして俯く。同じようにそのことを話されてしまったルドマンも顔を赤くして俯いていた。

「…で、でも、そこまでお世話になってしまうのは・・・」

 リュカが慌ててルドマンに言おうとするが、それをデボラが制した。

「いいのよリュカ。金持ちの親が出来ることなんて、金か物を送るくらいしかないんだから」

 そんなことを言うデボラにルドマンは唖然とした顔をして、フローラはそれを聞いておかしそうに笑みを見せる。

「デボラ、もう少し言い方ってものがあるだろう・・・」

「じゃ、父さんはなにか親らしいことするの?」

 ルドマンの脱力した言葉にデボラが質問を返すと、ルドマンはまた俯いて黙り込んでしまった。

「こんな調子なんだから、気にしなくていいわよ。ね、父さん」

 まとめてしまうデボラに何も言い返せず、ルドマンは一回頷く。それを見てリュカ、ビアンカ、フローラの三人はクスクスと笑って見せた。

「とにかく。ポートセルミにある、わしの船を自由に使ってよいからな。船にはもう指示を出したから、わしの名前を出せばすぐに乗れるだろう」

 気を取り直してルドマンはリュカとビアンカにそう言った。
 リュカとビアンカはお茶を貰うと、忙しく次の準備を始めるように動こうとする。

「なに、もう行ってしまうのか?」

「はい。あ、でもすぐにポートセルミではなく、一回山奥の村に行って、姉さまの父様に会うつもりです」

 ルドマンが残念そうな声を出すと、笑みをこぼしてリュカが答える。その言葉を聞き、ビアンカが少し驚いた顔をした。

「…ビアンカ姉さま、父様に何も言わずにいきなり旅に出るなんてことしちゃ駄目ですよ。きちんと了承を得ないと」

 「ね?」とリュカはビアンカに同意を求める。ビアンカは少し恥ずかしそうな顔を見せたが、リュカの話に頷いた。
 ルドマン邸で一家に丁重な挨拶を済ませ、リュカとビアンカはサラボナの外に出る。ルドマンは「サラボナを第二の故郷と思ってくれてかまわんからな」 と最後まで父代わりになる気で世話をしてくれていた。そんなルドマンにリュカもビアンカも何度も礼を言い頭を下げた。

 

 馬車で待つ仲間たちに改めてビアンカが仲間に加わることを報告し、それぞれ挨拶を済ませる。皆喜んでくれていたが、ピエールはいまいち納得できな い様子があった。

「ピエール殿、どうかしたのか?」

 その様子にメッキーが訊ねるが、ピエールは口を噤んだままだった。そんなピエールとメッキーにマーリンが近づく。マーリンはピエールの肩に触れる と笑みをこぼす。

「仕方ないことじゃな。住む世界が違うしのぉ。それにリュカ殿は男だと言うことも以前に話されておるではないか。こうなるのが結果であったんじゃ よ」

 マーリンの言葉にメッキーが思いついたとばかりにうなづく。それでもピエールはどこか納得できない様子で居た。

「…所詮はマスターとそれに従うものの定めですな」

 メッキーもそう言って、仲良く話をしているリュカとビアンカを見つめた。
「わかっては居ます。我らは魔物。リュカ様は人間。立ち入ることの出来ない場所であると言うことは」

 そう言うがピエールは不承不承と言った感じで気持ちよく納得しているわけでもない様だった。

「…ま、我慢できなければ逃げ出すのもありじゃろうて。きつい言い方じゃがな。わしらはリュカ殿を主と仰いでいるものが集まっておるのだ、忠誠が誓 えぬならばわしらのほうから追い出すこともできるしの」

 意地悪そうな笑みを浮かべてだが、マーリンは事実そう言う事であると断言する。
 魔物が人間を好きに、人間が魔物を好きになっても、それ以上に発展することはない。それが種を超えている時点ですでに叶うはずのない事実になってし まうからだった。リュカも実はそのことについてはモンスター爺さんことイトから話を聞かされ、肝に銘じてきていた。主従関係であるだけに、そこを越え てしまえば別の意味で危険になる。

「リュカ殿に封霊紋があっても、人間である以上は人間しか相手は出来ん。それが定めじゃ」

 マーリンはそう言ってピエールの肩を叩いた。メッキーもピエールとマーリンをみて自重気味に視線を落としてピエールから離れた。

「ピエール、そろそろ出発するよ」

 馬車の外からリュカの声がする。その声が何も知らないのか知っていてそうしているのかわからなかったが、嫌に清々しい声にピエールは聞こえた。

「ん?」

 声のしない馬車の中を御者台からリュカが覗き込んでくる。

「どうかした?調子が悪いならば代わってもらいなよ?」

 リュカはそう声をかける。普段、御者台にリュカが座ることはない。魔物が現れたときは必ずリュカが先陣を切るためでそれはリュカ自身の考えでも あった。リュカはそうして仲間を気遣い、自分が出来ることをしていた。
 ピエールはそれを理解しながら、妙なもやもや感を抱き、御者台につく。

「行き先は山奥の村だよ。申し訳ないけど、また野営頼むね」
 リュカは少し寂しそうな顔をしてピエールに言った。ピエールは無言で頷いた。

 

 山奥の村に到着すると、一直線にダンカンの家に向かった。
 結婚することはダンカンに伝えたが、旅の了承は得ていない。それがどうしてもリュカには我慢できないのだとビアンカに説明した。だが、それで同行を 断ろうとは考えていないことをあわせて伝える。ビアンカもそのつもりでリュカからの申し出に了承した。
 家には結婚式に出席したダンカンが一人で居た。テーブルには色々に祝いの品が置かれている。

「父さん、これどうしたの?」

 家に入るとビアンカが驚いた声でそう訊ねる。

「全部ビアンカのお祝いさ、ルドマンさんがこの村にも伝えたみたいでね。村長や長老ははるばるサラボナまで駆けつけてくれていたんだよ」

 ダンカンのそう言う声に、ビアンカが歓喜の涙を流す。

「ダンカンおじ様…って言うのも変ですね。わたしも色々と未熟ですがこれからよろしくお願いします」

 ビアンカの横に立つリュカは一息置いてダンカンに挨拶する。

「リュカがビアンカと一緒になってくれて私も一安心だ。なに、子供は親には迷惑をかけるもの、パパスが居ない分も、私が出来ることならばなんでも 言ってくれよ、リュカ」

 それから少し結婚式のことや二次会のことに花が咲く。

「リュカもウェディングドレスを着たいと感じないか?」

 ダンカンが不意にそんなことを言い、リュカは赤面してそのまま固まる。

「リュカにも着せてあげたかったな〜。ウェディングドレスも、イブニングドレスも」

「ビアンカ姉さままで!わたしには似合いませんよ…」

 ビアンカが本気で残念がって呟くと、リュカは赤面していた顔を更に赤くして大きく首を振る。サラボナから持ち帰った荷物をビアンカが漁り出す。そ の中にはビアンカが来たウェディングドレスとフローラから貰ったイブニングドレスが入っていた。おもむろに取り出すとリュカの背中にドレスを合わせ て、肩の位置を固定する。ビアンカより少し身長の低いリュカだったが、多少裾を引きずるのは特に問題ないと思われた。

「…大丈夫そうだから、着てみない?」

 ビアンカがそういうと半ば強引に服を脱がせ始める。ダンカンが慌ててその場を離れて、リュカにはいつの間にかウェディングドレスが着せられてしま う。ビアンカの時は華やかで明るい感じだったそのドレスは、リュカが着ると少し落ち着いた感じで、草原に咲く小さな花を思わせた。

「おお、似合うじゃないか、リュカ」

「うんうん、良く似合ってるわよ。私と雰囲気が違うから、それはそれでいい感じね」

 ダンカンもビアンカも口そろえてそう言った。リュカはこんな女らしいドレスなどは着た事がないため、どう言った反応をしたらいいか困っていた。し ばらくダンカンとビアンカに観賞されて顔を真っ赤にしたまま俯くリュカだった。
 それが一区切りつくとリュカはすぐにいつもの服装に戻る。

「ドレスは置いて行くわね」
 ビアンカが何気なく言った言葉に、ダンカンは少し首を傾げ質問する。

「ん?ビアンカはどこかに行くつもりなのか?」

「うん。リュカと一緒にリュカのお母さんを探す旅を手伝おうと思ってるの。それにもう、リュカとは離れたくないしね」

 ビアンカはそう言ってすこし切ない顔をする。ダンカンもそれは同じでビアンカが旅に出るという言葉を聞いてやり場のない悲しみを感じていた。

「そうか…」

「安心して、頻繁に帰ってくるようにするし、なにかあったらすぐに連絡するからさ」

 寂しそうに返事をしたダンカンにビアンカはそう声をかけた。

「リュカは…どう思っているんだ?いや、いまさら反対などするつもりはないが…」

「わたしは迷惑とかは考えていません。けど、出来れば安全な場所で待って欲しいと言う気持ちはあります。同時に一緒に来て欲しいと言う気持ちも。な ので、正直どっちの気持ちを尊重すべきかは戸惑ってます」

 そう言ってリュカはダンカンの質問に素直に答えた。その答えを聞いてダンカンは納得したように頷くとリュカの手を取る。

「もしどうしてもビアンカが足手まといならば、そのときはきちんとビアンカにも話すんだぞ、遠慮をしてはいけない。夫婦と言うのはそう言うもんだ し・・・」

 途中まで言ってダンカンは片手でリュカの手を、もう片手でビアンカの手を握る。

「・・・それをわかってこそ夫婦だ。無理はいけないよ」

 ダンカンはそう言って二人の手をお互いに握らせる。

「ありがとうございます、おじ様。…ビアンカ姉さまにはやっぱり、ついてきて欲しいです」

 ダンカンが納得したのをみて、リュカが本心を明かす。それにダンカンは頷いて答えた。

「姉さま、よろしくお願いしますね」

「こっちこそ、よろしくね。リュカ」

 その晩は山奥の村で明かす。ダンカンと三人、色々な話をしながら夜は更けていった。

 

 翌日、ビアンカの荷物を整えて出発準備を済ませると、リュカとビアンカは馬車で一路、ポートセルミを目指して出発した。

 

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