4.告白

 翌日は昼近い時間までリュカは寝てしまっていた。慌ててルドマン邸を訪ねるとすでに花嫁候補の三人は準備が出来ていると言うことだった。応接室に通 されるとビアンカ、フローラ、デボラが椅子に座って待っていた。

「遅いわよ、リュカ」

 無愛想な横顔でそう呟いたのはデボラだった。リュカはデボラの唇の端に少し笑みがこぼれているのに気付いていた。

「さて、色々考えただろうが、三重婚と言うわけにもいかないからな。この中から自分のパートナーに相応しい人を選びたまえ」

 ルドマンが宣言すると、三人はそれぞれ立ち上がる。昨晩のリュカの訪問のことは全員知っていることだったが敢えてそれを口にはせずにいた。リュカ は暫くその場に立ち尽くしていたが、ゆっくりとまずはフローラに視線を移す。視線の合ったフローラは少し驚いた表情をしたがすぐに引き締める。リュカ が軽く頭を下げると、同じようにフローラも頭を軽く下げる。次にデボラに視線を移す。そうすることがすでにわかっていたと言うようにデボラはじっと リュカを見つめていた。同じようにお互い頭を下げる。そしてリュカは正面からビアンカを見つめる。ビアンカは驚いた表情を浮かべたが眼を瞑って一回頷 くと、リュカをじっと見つめ返した。
 リュカは目を合わせてビアンカの所に行く。

「ビアンカ姉さま、わたしと一緒に居てください」

 リュカはそれだけ言うと緊張でかちこちに固まってしまっていた。クスクスと含み笑いをしたビアンカは正面に居るリュカの頭を撫でて見せた。

「いつまでたっても『弟』なんだから、リュカは。…よろこんで。また一緒にいっぱい冒険しよう!!」

 

 リュカとビアンカが一緒になる、それが確認できたところでルドマンは二人を並べて話をする。

「日取りは一週間後にしてある、ラインハットからくるヘンリーさん、マリアさんは時間が掛かるだろうからな。さて、リュカに一つ仕事をしてもらいた い。山奥の村は当然知っているな?そこのよろず屋の細工がすばらしいと聞いて、花嫁のヴェールを作らせている、それを取ってきて欲しいのだ」

 ルドマンが告げる。リュカは「わかりました」と返事をするが、どこかそわそわした感じで落ち着きがなかった。

「それから服装だが、いくら二人が女性だからといっても二人がドレスと言うわけにはいかん。そこでリュカには男装をしてもらう、男物のタキシードを 着てもらうからな」

「あ、あの…場所はここで?」

 リュカは一つの課題がクリアしてホッとしたが、色々と懸念事項もあるようで、いつになく落ち着かない様子だった。

「ああ、サラボナでする。…安心しなさい、リュカは中性的な男性と言うことにしてある。その噂は朝から流布しているから、もう街全体には広がっただ ろう」

「…中性的な男性・・・」

 ルドマンが安心させるために策を弄していたが、リュカにとってはすこし複雑だった。どちらにしても複雑な気分であったことには変わりはないと思う が。

「また前々日になったらここに来なさい。それまでに準備は整えよう。ああ、リュカはヴェールを頼むぞ」

 そう言ってルドマンはリュカとビアンカを別邸で休ませる。

「ねぇリュカ。山奥の村に行くのならば私も行くわ。父さんにこのことを知らせてあげたくて」

 別邸に入ってすぐビアンカが声をかけた。先ほどのヴェールの件で山奥の村まで行くというのだった。

「…でも、ビアンカ姉さま。ダンカンおじ様にわたしのことは…」

「もちろん、男である事実は話すわよ。と言うか、その辺のことは詳しく聞いてないの、事実しか。だから私にも何が呪いなのかとか教えて欲しいの」

 ビアンカの父ダンカンはリュカの小さな頃から知っていて、ビアンカと似た活発な女の子のイメージが強いと考えられた。そのダンカンに話をするとな ると少し難しそうな気がリュカにはしていた。

「もしダメそうならばまた男になってくれれば・・・」

「それは無理です、姉さま。あの時手の中にあったのはある紋章なんですけど、わたしにかかっている呪いが強すぎてあと一回使えるかどうかなんです」

 ビアンカはそう言って自分たちの前で見せてくれた事を話題にしたが、リュカが持っている『ルビスの守り』はリュカに刻まれた封霊紋と黒霊石の力が 強すぎて、限度を超えてしまっていた。リュカはそう言って最後の一回を先に延ばすように言う。

「…だけど、あと一回、リュカは使うところを決めているようね?」

 洞察力が強いのかリュカの言葉尻でビアンカはそこまでを理解してくれていた。

「…実はわたしは旅の中で、自分の先祖からの血を残し、導かなくてはならないことを知ったんです。それが天空の勇者を見つけ出す近道だとも聞いてい ます。そうなると必然的に、後一回使うタイミングは決まってきます」

「血を残す・・・?それってどういう・・・?」

 リュカが意味深に言うと、ビアンカは不思議そうな顔をして、首をかしげた。

「…ダンカンおじ様のところでゆっくりとお話します」

 そう言ってリュカはビアンカに理解を求めた。ビアンカもリュカが話しにくいことや順序立てないといけないことをなんとなく感じていた。

 

 一休みしてから、リュカとビアンカは山奥の村に戻る。
 そこでルドマンが依頼したヴェールを受け取り、二人はビアンカの家に向かう。

「父さん、ただいま!」

 元気良くビアンカは家に入る。中ではダンカンがまだ若い青年に何かを教えているところだった。

「おかえり、ビアンカ。リュカも一緒か。もう少ししたら終わるから」

 ダンカンはそう言って再び青年のほうを向いて何かを話し始めた。
 その夜、リュカを含めた三人で夕食を取る。そして本題の話に入って行く。

「父さん、私リュカと結婚することにしたの」

 開口一発ビアンカはダンカンにそう言った。だがダンカンの知る限りではビアンカはもちろんリュカも女で結婚は出来ないと考えるのが普通だった。
 そこで少し興奮気味になるビアンカを制してリュカが話を始めた。

「実は女のわたしと言うのは偽りの姿なんです。産まれてすぐは男だったということなんです」

 そう言ってリュカは左腕のバロッキーをビアンカとダンカンに見せる。そのままリュカはバロッキーを外し封霊紋の刻まれた左腕を二人に見せる。

「なんだ、これは・・・」

「リュカ、これって・・・」

 その漆黒のように黒い字体のようなもの、それを縁取りする血のようなどす黒い赤の紋章を見て二人は絶句する。

「これは封霊紋と言うものだそうです。魔物よりも更に魔力を持つ魔族が使う紋章。この紋章によってわたしは男としての自分が封印され、身体の機能が 働かない女の身体になっているんです」

 淡々とリュカは話したが、ビアンカもダンカンもあまりに封霊紋が怪しく見えて言葉を失ったままだった。リュカは自分の髪を掻き揚げて耳を見せる。 そこにはやはり漆黒のような黒い石で出来ているピアスがつけられている。

「このピアスは黒霊石と言うものだそうです。これもわたしの人間としての能力を奪っています」

 そこまで説明するとリュカは俯いて「ふぅ」と溜息をついた。

「・・・人間としての能力、って言うのは?」

 そんなリュカに先ほどまで絶句していたビアンカが訊ねてくる。ただ唖然としているだけでは意味がなく、またここで話を始めたのはこのことの全てを 聞くためでもあった。

「男として子を残す能力を女にされて奪われてます。あとは女として子を産む能力。まったく生理などはなく、ただ動くだけの身体でしかありません」

 それを聞いたダンカンは少し絶望したようにリュカを見つめていた。ビアンカはそんなことを聞いてもリュカをじっと見つめていてくれる。

「…父さん、リュカはあるものを使って少しだけ、元の男の姿に戻れるの。私は実際にこの目で男のリュカも見てきたわ」

 ただ言葉を失うダンカンにビアンカが説明する。それも聞こえているのかはわからなかったが、ビアンカはリュカとの話に焦点を戻す。

「その、一瞬の男である時間は・・・」

「姉さまの考えている通り、本来の男として子を残す能力も戻っているということです」

 ビアンカが考えをめぐらせながらリュカに質問をする。それにリュカも気付いたのか、ビアンカの言葉に応えるような形で答えて行く。

「リュカと結婚と言うのは、リュカは本来男だということがわかったから結婚と言う形をとることにしたの。前から父さんには話していたけど、私はリュ カについて行くつもりが小さい頃からあったし、私もリュカみたいな子を必要としているから再会からずっと、ついて行くことは視野に入れていたんだけど ね」

 一番初めにビアンカが口走った結婚と言うことの説明をダンカンにする。それもダンカンには半信半疑のような感じではあったが、詳しい話などは後に しようとビアンカは感じていた。

「ルドマンさんのところで言ってた『血を残し、導く』ことって言うのは?」

 その質問を受けてリュカは少し難しそうな顔をしてみせる。

「どこから話したら良いか…。長くなっても良いですか?」

 そうリュカが断るとビアンカは一回頷く。

「まずこの話をするのに、わたしの知り合いの人のことを話さないとです。その人の名はティラル。二本の剣を持つ雰囲気の変わったわたしの守護神で す。このバロッキーを造りわたしにつけてくれた人でもあり、今の旅の半分をアドバイスしてくれています」

 部分的にはリュカ自身も理解できていないところがあり飛ばしながらの説明ではあったが、それでもビアンカはリュカの説明を一言一句逃さないように 聞き入っていた。

「旅の半分、と言うのは?」

「いま、わたしは父様の遺志を継いで母様を探す旅をしています。母様は魔界に捕らわれていると言うのです。魔界から連れ出すには天空の勇者も見つけ なければなりません。わたしとわたしが残す血の者は天空の勇者に集う仲間らしいのです。そして天空の勇者とその仲間を導くのがわたしの役目。ティラル さんはそう教えてくれました。残し導く。この部分が旅の半分くらいを占めているんです」

 少しずつ自分の理解と記憶が追いつかなくなる。リュカは自分が理解していることを極力わかりやすく説明するように心がけていた。一方のビアンカも リュカの言葉に聞き入り自分なりの解釈でとらえていた。

「残す血と言うのは何か意味のあるものなのかな・・・?」

 ビアンカは少し首を傾げてリュカに質問する。

「ティラルさんの話では、わたしや父様の一族のご先祖が、必要なときにその血を継いだ者が生まれると言っていたそうなんです。わたし自身がそのご先 祖の言う生まれる者かも知れないとは言っていたのですけど、わたしはあくまでその血を残して導く役だと言ってました」

「…ちょっと待って。そのティラルって人は何でリュカのご先祖のことを知っているの?それに『言っていた』って…まるでその先祖を知っているよう じゃない」

 リュカが説明するところで納得できない部分は徹底的につぶして行く、そんな質問の仕方でビアンカはリュカに質問する。リュカも過去の話を思い出し ながらビアンカの質問に答えていった。

「ティラルさんは自称不老不死だそうです。遠い昔にわたしのご先祖と一緒に居たとも言っていたので、その一緒だった時に聞いたんだと思いますけ ど・・・」

 さすがにこれについてはティラルの言葉を全面的に信じるしかなかった。その言葉を本人から聞いたわけではないビアンカは理解に苦しみながら話を聞 いていた。

「わたしと一緒に居れば、そのうちティラルさんには会うことになります。神出鬼没な人ですし」

 リュカはティラルについてそう言った。ビアンカはそれでもまだ納得できない様子でうなっていた。

「・・・ご先祖の血と残すことはイコールで繋がるのね?」

「はい、わたしが残す血は、そのご先祖の血が濃く残るはずだとティラルさんは言っていました。同時にわたしに呪いをかけたゲマは、わたしにご先祖の 力を感じ取り危険だと思ったから呪いをかけたと思うともティラルさんは言っています」

 頷きながらビアンカは口の中で「なるほど」とようやく納得した様子を見せた。

「と言うことは、リュカの旅は自分を取り戻すことでもあり、後世の血を残すことでもあるわけだ。…こんな小さい身体なのにそんなに色々なことを背 負っているなんて」

 ビアンカはリュカにそう言ってリュカを切ない瞳で見つめる。リュカはそんな視線に苦笑いをしながら答えたが、悲観した様子はまったくなかった。

「呪いの部分はこんなところです」

「リンクスを初めとした仲間たちのことは?」

 リュカが一息ついて呟いた。ビアンカも少し間を置いていた。

「リュカの魔物使いの能力とかも理由があって目覚めたのかも知れないわね」

「そうですね。わたしは父様の子として産まれる事とか、こうして呪われることは使命であったのかも知れません」

 切なく笑みを作ってリュカは笑う。ビアンカはそんなリュカをやりきれない様子で見つめていた。
 この日の夜はこのくらいの話をしてそれぞれ寝床に着いた。

 

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