3.プロポーズ
二つのリングを手に入れた者が居ると言う話はすでにルドマンには伝わっていて、手に入れた者−リュカを時遅しと待ちわびていた。だがそれがデボラ に連れられてきたことに驚き、連れられてきたのが女であるため二度びっくりしていた。
「デボラ、これは何の真似だ!?そもそもエントリーしていないじゃないか」
「でも父さん、『仮に』と言った条件を定めなかったのも事実よね。そして、リュカは二つの指輪を手に入れた。これでフローラの結婚はお流れね」
うろたえるルドマンにデボラが正面から訴えかけて行く。そんな時にフローラも応接間に降りてきた。
「リュカさん・・・?」
「あ、フローラ。…お姉さんに加担して二つの指輪、手に入れちゃった」
リュカはそう言って笑いながら頬を掻いた。その言葉にフローラも驚いてリュカに駆け寄ってくる。
「なに考えてるんですか!?お父様だと女同士でも結婚させかねませんよ!?」
「そう…なの?ま、でもさ。お姉さんが何考えているかわからないけど、フローラはあのアンディさんと一緒になれるじゃない」
二人が小声で言いあう。フローラは自分の父の無茶振りを知って言うが、リュカはそんなことは上の空でフローラのことだけを考えているようだった。
「むむ・・・しかしデボラ、そこまでしてフローラを結婚させたくないのか?」
ルドマンはそう言ってデボラに詰め寄るが、デボラもこう言った状況は慣れているのか、軽くあしらって反論して見せた。
「フローラのことはフローラに任せるわ。あたし、この子が気に入っちゃったのよね、実は」
デボラはそう言ってリュカの右腕を自分の胸の前で抱きしめる。
『なっ!?』
その場に居る誰もが一様に驚いていた。それもそのはずで、デボラは同性のリュカを気に入ったと言い出していた。そんなデボラをじっと見つめる瞳が ある−ビアンカだった。リュカの空いた左腕を抱きしめて自分の方に引き寄せる。
「そんな勝手なことは許さないわよ!!リュカは私のかわいい妹なんだから。リュカが一緒にいるのは私よ!!」
そう言うビアンカだったが、良く見てみるとその目はリュカと同時にデボラとフローラをも見つめていた。フローラもそれに気付いた様子で慌ててリュ カに駆け寄ると、正面から抱きしめた。
「わ、わたしもリュカさんが好きなんです、修道院に居た頃から・・・!!」
手引きしたのはデボラだったが、その言葉を口にした気持ちと言うのは本心のようだった。
「な、なにを考えておるのだ、お前たち!!結婚そのものを台無しにしようというのか!?」
ルドマンが大きな声を出して言うが、リュカ以外の三人はあまり気に留める様子もなかった。
「デボラ、そもそも何を考えているんだ」
「何って、妹の幸せ。世界で一番大好きな妹だもの、絶対に幸せになって欲しいじゃない」
ルドマンはなにがなにやらわからないと言った様子で理由を訊くと、デボラはあっさりとそう言った。
「それにフローラの次にリュカが好きになっちゃったの。だったらリュカが二人を嫁に貰うのも良いんじゃないかな〜と思ってさ」
ルドマンの叱責もどこ吹く風、デボラはしれっとした態度で言葉を続けてきた。
「だ、ダメです。デボラお姉さんでも結婚となったら話は別です!!リュカさんは条件を満たしているんです、私が結婚するだけの権利があります」
何かを言おうとしたデボラを制するように声を上げたのはフローラだった。デボラと同じようにリュカを誰にも取られんとする態度で言った。
それを聞いていたビアンカも慌てるように言葉を付け足す。「二人とリュカがどんな関係かは知らないけど、付き合いが一番長いのは私だし、いきなりそんな結婚なんて言われても『はい、そうですか』って言って 譲るなんて出来ないわ、リュカは私のものなの!!」
突然の騒ぎに当のリュカは当然だったが、同時にルドマンもこの状況に途方に暮れる。そんな当事者たちをよそにデボラ、フローラ、ビアンカの三人は お互いを睨みあってリュカ争奪戦を繰り広げる。
「ま、待ってください。そんな突然言われたって何がなんだか・・・」
リュカはそう言って誰かに説明を求めるが、誰もそれを説明するものは居なかった。
そうしてこう着状態が続くが解決する様子はなく、三者三様にリュカを奪わんとしていた。その状態に一番初めに音を上げたのは当事者のリュカだった。「と、とにかく三人とも落ち着いてください。…少し話しましょう。ただ睨みあっていても何も解決しませんから」
そう言ってリュカは三人からなんとか離れた。
フローラが応接室の端にあるテーブルに全員を誘導して、そこに座って話をする。ルドマンが気を遣って席の配置を考え、ルドマンとリュカが並んで、ビ アンカ、フローラ、デボラの三人が並んでリュカたちに向き合う形でテーブルについた。「…皆さんにお聞きしたいことがあります」
こう言い出したのはリュカだった。
「なんでわたしなんですか?具体的に教えていただけると助かります」
「…それを言って、自分が都合の良い相手を選ぶとかするつもり?」
リュカが質問すると、一番警戒しているデボラがリュカに質問を返した。
「いえ、別にわたしが選ぶためではないです。なによりこのままではルドマンさんだって納得できないでしょうから」
リュカが言うと納得したように一回頷いてビアンカが話し始める。
「私はリュカのことが好きだし、リュカを見守りたいと思ってる。それに…明かせない秘密があることも知っているし、その秘密まで納得の上でリュカを 受け入れられるのは私しか居ないと思っているから」
ビアンカが言うと、フローラとデボラが少し怪訝そうな顔をしてビアンカを見つめる。
「その秘密と言うのは何ですか?私たちまで平等に知っていなければ、リュカさんの質問に答えるのは無理です」
間髪おかずにフローラがビアンカに食って掛かる。だが、リュカはそれは最後まで明かせないと、それだけは引けないと言った態度で出てきた。
「あたしはまぁ、可愛い女の子とあたしが従えられる男が好きなだけ。リュカはフローラには劣るけど、それでもいい女の子だし好きになる価値のある娘 だからね」
デボラはそう言ってさらっとカミングアウトしてみせる。それを聞いてビアンカはデボラを目を細めて見たりしたが、何かを感じたのかすぐに元の表情 に戻った。
「私は修道院に居る頃からリュカさんに憧れていました。ただ…ヘンリーさんが居たし、相思相愛かと思っていたから、邪魔しちゃいけないと思って て・・・」
フローラが少し戸惑いがちに話をする。だがビアンカとデボラに比べて歯切れは少し悪かった。
「…そうですか。仮にもし、私が女じゃなく男だといったらどうしますか?」
リュカが静かに三人を見つめて静かに次の質問をする。その質問について三者三様の反応を見せた。
「私は別に関係ないわ、リュカと言う個人が好きなのであって、男とか女とかにはこだわらない」
そう一番初めに断言したのはビアンカだった。そのビアンカの瞳はまっすぐ、そして偽りないことを証明するようにリュカを見つめていた。
「男だったら・・・ね。少し困るけど、リュカだったら従えるのも我慢できるかな。リュカがリュカで居るのならばね」
デボラは少し困った顔をして、だがその瞳はビアンカと同じくまっすぐにリュカを見つめて呟いた。
「私も男とか女とかは気になりません。リュカさんが好きですし、その想いに偽りはありません」
フローラは聞いてはいけないことを聞いてしまったようにどぎまぎしていたが、他の二人と同じようにリュカをしっかりと見つめていた。
「これでは埒が明かんな。どうだろう?三人とも諦められないというのならば、逆にリュカに選んでもらっては…?」
そこで言葉を挟んだのはルドマンだった。ルドマンも困った顔をしていたが、三人が本気でリュカを好いているということがわかり、不承不承その状況 を受け入れた感じだった。ルドマンの提案を聞いて、ビアンカはすぐに納得したが、フローラとデボラはまだ納得できない様子だった。それを見てリュカは 軽く溜息をつくと身に着けていたすぐに使う道具の中から、何かを取り出した。
「フローラとデボラさんが納得できないのは、ビアンカ姉さまの言った『明かせない秘密』のことですよね?」
リュカはそう言うと席を立ちテーブルから少し離れた。そこで手に持ったものを両手で包み込み目を瞑る。両手で包まれているものからまばゆい光が生 まれ、それはリュカを包み込んで行く。わずかの時間で光は再びリュカの両手に収まって行く。そこに立つリュカはいままでのリュカと同じだったが、何か が少し違っていた。
「これがわたしの秘密です。…本当は男なんですよ。ただ呪われて女にされてしまっています。そしてもうずっと女として育ってきていますから、頭の中 は完全に女です。…男に戻れたとしても、話し方とか仕草とかは変わらないです」
そう話すリュカの声は少しだけトーンが低くなっていた。男性にしては低い身長、肉付きもあまり良くなく、髪や顔つきは女のそれと変化はない。フ ローラとデボラはそんなことが本当にあるのかと、自分の目を疑った。それはもちろんルドマンも一緒で座っていた椅子から落ちるほどに驚いていた。
「・・・でも、男とか女とか、身体が違うだけで誰を好きになるとかはまた別の問題です。事実を知っても私はリュカさんのことを思い続けられます」
少しの沈黙があったが、それを早々に破ったのはフローラだった。フローラはリュカに優しい笑顔を向けて呟いた。デボラはまだ驚いた状態を引きずっ ていたが、フローラの声に反応して冷静さを取り戻した。
「男を従えるのが好きだけど…リュカほどの人間だったら従うのも楽しいと思うわ。それにリングを手に入れるほどの実績があるんだもの、あたしを守っ てくれることに変わりはないわ」
デボラは少し複雑な表情をしていた。
そんな自分の娘とビアンカを見て、少し居る世界が変わってしまったことをルドマンは実感していた。「ところで、金髪の姉さまはリュカとはどんなご関係?」
思い出したようにデボラがビアンカに質問する。今になって少し落ち着いたのか周囲を見回す余裕が出来たようだった。
「私はビアンカ。リュカとは幼馴染よ。ついでにリュカのお父様とも知り合いで、リュカの秘密はそのお父様から直々に教えられていたの」
簡潔にビアンカは自己紹介した。その名前を聞いて、フローラは修道院でリュカが探したいと思っていた人物がこのビアンカだと気付いた。デボラも幼 馴染の響きに少しだけ、自分の優位が堕ちたことを感じていた。
「ビアンカさんとフローラ、デボラ。先ほども言ったが、リュカ自身が選べば問題はないだろう?リュカは色々と複雑な状態にあるようだが、それも含め て考えてもらうといい。今日は話をここまでにしよう。ビアンカさんは別邸で休んでもらおう。リュカは申し訳ないが宿に部屋を用意させる。そこで誰と一 緒に行くか考えて欲しい」
ルドマンがそう言って場を取り仕切ると、堂々巡りの話に決着がつく。
その夜、リュカはベッドの上で眠れない時間をすごしていた。
「なんか話が厄介なことになってきちゃったな…。だけど…わたしは・・・」
宿の部屋の準備が出来たと言う話を受け、リュカは部屋に入りすぐに先ほどのことを考え出していた。世も更けた時間、ふと思い立ってリュカはベッド から起き上がった。宿のカウンターに居る人に外出することを告げ外に出る。
リュカが二つのリングを手に入れルドマンのところに戻ったと言う話は、昼間のうちに街中に広がっていた。そして深夜時間だというのに酒場の明かりは 煌々と灯り、賑やかな話し声が聞こえた。その中にはリュカと言う単語も含まれていて、話題がリングのことになっているのが容易に想像できた。外でも 人々が興奮して眠れない夜を噂話で持ちきる形になっていた。
そんな井戸端会議を横目に見ながらリュカはルドマン邸に向かう。外から見ると、ルドマン邸も明かりが灯りまだ寝ている様子などは感じられなかった。 入り口の侍女にフローラとデボラの部屋の位置を教わり、断って家に入る。そして最初にフローラの部屋に向かった。「・・・フローラ?寝てる?」
リュカがそっと部屋の扉を開けると、ベッドに座って何か考え事をしているフローラの姿があった。
「・・・リュカさん?」
フローラが頭を上げて自分の名を呼んだ。
「隣、いいかな?」
リュカが訊くとフローラは頷いてベッドの上を一撫でした。
「びっくりしたよ、フローラがあんなことを言うなんて」
リュカは少し話しづらい雰囲気を振り払って話を始める。そんなリュカの顔を見てフローラはクスッと笑う。
「正直言うと、自分でも信じられません。だけど…男とか女とか関係なく、リュカさんのことが気になっていますし、一緒に居たいと思っています」
フローラは自信を持ってリュカにそう言う。そのフローラに少し困った顔をリュカはした。
「でもわたしは流浪の旅人だし、フローラにはこんな家もあるし好いてくれる男性も居る。それをこんな娘に嫁ぐなんて事言っちゃダメだよ」
複雑な表情を見せてリュカは言うと、言い終わってから目を伏せた。フローラはなんとなくここにリュカが来たことを承知しているようだったが、納得 が出来るまでは話すつもりでも居るようだった。
「それでも、一緒に居たいと思うことは迷惑?私では相手に出来ない?」
目を伏せるリュカをじっと見つめてフローラが訊ねる。リュカはそのままの状態で暫く黙っていた。
「・・・フローラが好きだと言ってくれたことは嬉しい。だけどわたしにはフローラに無理をさせてしまうと思うし、それ以上に悲しい想いとかもさせた くない。けど…旅はいろいろな意味で辛い。フローラには無理がたたるとも思うんだ」
「・・・・・・それは、私を連れて歩けないと言うことなの?」
リュカが言葉を慎重に選んで言うが、結局その本心はすぐに暴かれる。フローラはそれをリュカに突きつけた。
相変わらず目を伏せたままでリュカは何かを考えている様子だった。黙り続ける時間が過ぎる。そうしてリュカはようやく口を開く。「・・・・・・ごめん、フローラ」
短い、だがフローラには全てが崩れるような一言だった。リュカに言われてもフローラは沈黙を保つ。泣いてはいけないと感じていたが、フローラの瞳 にはいっぱいの涙が溜まっていた。それを見つめているリュカもまた涙を瞳いっぱいに浮かべていた。リュカはそんな自分を隠すように、フローラの視線か ら隠れるようにフローラを抱きしめた。
「・・・ダメだよフローラ。私みたいな呪いかけられた男女なんか好きになっちゃ…」
リュカはそう言ってぎゅっとフローラをきつく抱きしめる。自分で自分を蔑むような言葉を口にして悔しい気持ちと、フローラに申し訳ない気持ちとが 混ざり合い、リュカは一層切なさが増してきていた。
その心境がわかるのか見透かしたのか、フローラも同じようにリュカを抱きしめて、空いた手でリュカの頭を撫でた。「…フローラにはアンディさんと言う人だっているんだから。それにデボラさんも」
涙声になりながらリュカは言葉を続ける。フローラも頷きながら、ひたすらリュカの髪を梳くように撫で続ける。
「・・・わかってはいたんです。無理だと言うのは。だけど…気持ちは本物だし、連れて行って欲しい気持ちも変わらない」
フローラもまた涙声になりながらリュカに自分の想いを伝える。リュカはそのフローラからの告白を受けてごめんとしきりに謝るしか出来なかった。
「リュカさんの使命はそんなに重たいものなんですか?」
お互い泣きながら抱きしめあっている時間が過ぎる。泣き止んだ頃にフローラは質問してきた。
「…うん。三つ…どれも困難だし一朝一夕で出来ることでもない。その間、フローラに重荷を背負わせられるほどわたしは図太くない」
「・・・・・・もし私が幼馴染だったら、もっと活発だったら・・・」
静かにリュカが質問に答えた。それを聞いてリュカはまたフローラを抱きしめる。その仕草にフローラが切ない瞳で床を見つめながら呟いた。だがその 呟きは途中で止められていた。
リュカはそっとフローラの頬を両手で包み込むと、そのまま自分の方に引き寄せる。自分の頭の位置を少しだけずらしてリュカはフローラの唇に自分の唇 を重ねる。瞬間とも永遠とも言える様な時間が流れ、リュカは唇をフローラから離した。フローラは少し驚いた顔をしていたが、自分の唇に手を触れて顔を 赤くした。「もし、なんて言うのは反則だよ。それにそんな選べないたとえ話はするもんじゃない」
リュカはそう言って無邪気な笑顔をフローラに向けた。フローラもリュカの笑顔につられて笑顔になる。リュカの言葉にフローラは笑いながら頷いて見 せた。
「うん、ありがとう、フローラ」
了承と言う合図と受け取ってリュカは礼を言う。
「私のファーストキスを奪ったんですよ。…大切な思い出にさせてもらいます」
フローラも笑ってそう言うと唇を再び触って満足そうな表情をした。
ルドマン邸の二階にあるフローラの部屋を出たリュカは、その上にあるデボラの部屋に向かう。
部屋の真ん中にあるテーブルに一人座ってデボラがリュカを待っていた。「・・・遅いわよ」
デボラはいつになく素っ気無い態度で一言言う。リュカは突然言われて何事かと思ったが、サラボナに来てからの知り合いとは言え先を見抜く力は誰に も負けないであろうと思わせるだけのことはしていた。
デボラの向かいにテーブルを挟んで立つ。デボラはその『遅い』の一言に全ての意味を詰め込んでいるようだった。だがすでにデボラの瞳には涙が溜まっ ていた。「お見通しですか」
リュカが短くそれだけを聞くと、デボラは溜息をついて改めて少し上にあるリュカの顔を見つめた。
「あまり見通せるのもいいことじゃないわね。でも、あたしだってその想いは本物よ。リュカが例え男であったとしてもね。だけど、ビアンカさんって 言ったっけ?幼馴染には適わないなぁ。これも素直な意見」
デボラはリュカにそう言って儚げに笑う。街の人々からは性格がきついとか見下すような態度をしていると言うが、リュカはいまのデボラを見てそれが 『演技』ではないかと感じていた。そうして相手の本質を見抜いているのではないかと。その辺りの事は明らかにしないままでデボラは話を続ける。
「フローラ以外に本気で好きになったのはリュカ、あなたが初めてよ。男も含めてね。男は軟弱だったり、頼りなかったりでいい加減飽き飽きしてたんだ けど…ここ何日かはリュカと話したり出来て楽しかったわ」
「わたしもです、デボラさん。初めはびっくりしましたけど、話していくうちに本当にフローラのことを思っているんだなと実感できて、その想いの分だ けわたしのことを心配してくれて、うれしかったです」
デボラはしていたことに飽きたように両手を挙げて背伸びをしてみせる。そして振り返ってみて素直な気持ちを口にしていた。それに押されるように リュカも自分の気持ちをデボラに伝える。
「でも、デボラさん。わたしじゃダメですよ。デボラさんの気品にわたしは釣り合いません」
「…見通している優位に立って一つだけ。なんでわたしたち姉妹じゃないの?」
リュカの呟きを聞き頷いていたデボラは話が途切れると、流れなど一切無視してリュカに質問を投げかけた。リュカはその質問に即答せず、じっくりと 考えていた。
「やっぱり、受け入れてもらえないと思うんです。わたしが完全に全てをさらけ出したとき、デボラさんでもフローラでも、わたしの全てを受け入れない うちにいっぱいになってしまう。…わたしがこんなだから、デボラさんもフローラもきっと、わたしにとって禁忌なことなんかを我慢したり、言いたいこと を溜め込んだりして、重い荷物を背負ってしまう。その状態で旅をさせるなんてわたしには出来ません」
リュカはポロポロといつの間にか溢れていた涙を拭きもしないでいた。床には涙の後が出来ていた。
「・・・だから・・・ごめんなさい、デボラさん」
「あんただってたいして変わらないと思うけどね。でも確かに『一人』で抱え込みそうね、フローラもリュカも、あたしも。それを共有できる・・・か」
リュカが涙でいっぱいになってしまい、何を言っているかわからないような状態になっても、デボラは特にそれを指摘せず、座ったままで居た。そのデ ボラの頬にも伝う涙が見て取れた。
「・・・器量よしってところか。それがあったら・・・」
この言葉を聞いてリュカは、デボラとフローラは本当にお互い良く似た姉妹なんだと感じていた。言葉を遮るようにリュカは歩き出すと、デボラの横に 立つ。少しかがんでリュカはデボラと唇を重ねた。
「まったく。どこまで色男なんだか。それともあたしと同じ可愛い娘好き?」
「…綺麗な人が好みです」
デボラが口をへの字に曲げて呆れた表情を見せた。悪態をつくようにリュカに質問するとそれに涙でくしゃくしゃになっている顔を笑顔にしてリュカが 言う。
「…なにか困ったら何でも聞いてあげるから、いつでもサラボナに来なさい。お姉さんを頼ること、いいわね!?」
デボラは自分を指差しながらリュカにそう言う。リュカはそんなデボラに感謝して一度お辞儀をする。そして元気良く言った。
「はい、デボラ姉さま!!」
最後にリュカはすぐ近くにある別邸に来る。中に入ると正面にベッドがあり、簡単なキッチンの備え付けられている簡易的な部屋だった。ビアンカは ベッドには居なく、リュカは辺りを見回してみる。窓側にはロフトがついていて、ビアンカはそこから見える月を眺めていた。
「ビアンカ姉さま?」
リュカが声をかけると、少し驚いた様子を見せる。
「どうしたの?明日は明日で大変なんだから、早く休んでおきなさい」
ビアンカはそう言ってリュカに微笑みかけた。リュカはそんなビアンカの横に来て、言葉を完全に無視していた。
「わたしの秘密、知っていたんですか・・・」
「ええ、知ってたわ」
ビアンカの隣に来てリュカも月を眺めながらビアンカに訊く。なにも隠す必要などないと言ったようにビアンカもさらっとリュカの質問に答えた。
「いつからですか?」
「行方不明になる直前くらいだったわね。アルカパでおじ様が風邪ひいたことがあったでしょう?あの時に…ね」
ビアンカも月を眺めて言葉を紡ぐ。それだけ確認すると沈黙の時間が流れた。
暫くそのまま二人で夜風に当たっていた。「…ビアンカ姉さま、わたしのことを知ってどう思いましたか?」
リュカが静かに質問をする。「んー」と考える仕草をビアンカは見せたが、すぐに返事は返って来なかった。
「・・・かわいそうとか大変とか言う感じはなかったわね。そのときは自分とは違うんだということはわかっていたけどそれでも全部じゃないし。大きく なってから改めてそのことを考えて、助けになれればとは感じたりしていたわね。だけどリュカが、小さい頃のリュカと変わっていなければ心配はないと 思ってた。…だから、知っていても昔のままに接していたのよ」
言葉が途切れた状態からビアンカは一気に話してくる。そのビアンカの言葉はリュカにとっては安心できる言葉だった。そして、今まで思い続けていた ビアンカへの感情も確認できた気がしていた。
「どうするつもりなの?」
今度は間を置かずにビアンカが訊ねてくる。リュカは笑顔を見せてビアンカを見つめる。
「どうしましょう・・・?」
リュカはわざととぼけてみせる。そんなリュカをビアンカは本気で心配している感じだった。
「私なんか候補に入れちゃダメよ?フローラさんやデボラさんと結婚したほうが良いに決まってるわ。家宝の盾だってもらえるんだから」
ビアンカがそれを本気で言っていることはリュカにも良くわかった。ビアンカのいいところはこうやって、相手のことも自分は二の次に考えてくれると ころだった。自分が背負った問題を一緒になって考えて悩んでくれることだった。こう言った部分がリュカにとっては安心できる部分であり、一人で悩みが ちな自分を全て預けられる部分であった。
「…そうでしょうか?自分に合うフィーリングは色々あります。今のわたしはビアンカ姉さまと一緒に居たいと思いますし…本当の姉さまのようにも感じ ていました。こんな変な自分を受け入れてくれるのはビアンカ姉さましか居ないと思っていました。…わたしが自分のことを知ったのはまだ数ヶ月前の話で す。絶望して母様を探す旅さえ辞めたくなりました。だけど…それでもビアンカ姉さまには会いたい、姉さまに相談したいと思っていました」
力強くリュカは自分の気持ちをビアンカに伝える。それを聞いてビアンカは少し驚いた顔をしていた。
「ビアンカ姉さまなら…苦境も共有してくれると思いました。だから、わたしは明日、ビアンカ姉さまを選ぶつもりです」
「そんな、だ・・・・・・」
リュカが断言すると、ビアンカは何かを言う。そのビアンカの口をリュカは自分の唇で塞ぎ言葉を止める。少しビアンカはじたばたしていたが、観念し たようにリュカを受け入れていた。
ビアンカが落ち着いて数分程度だったが、二人には長い時間のようにも感じられる。そこでリュカは唇を離す。ビアンカは複雑な表情を見せながら微かに 嬉しそうな顔をしていた。「知らないわよ?なにがどうなっても」
キスが終わって暫くすると、ばつが悪そうな横顔のままビアンカは呟いた。それにリュカも一回頷いた。
リュカはそのビアンカを確認すると、ビアンカに深くお辞儀をする。「ビアンカ姉さま、ありがとうございます」
そう言ってリュカはビアンカのいる別邸から出て行った。
「…ホント、いつまでも子供なんだから」
まんざらでもないような笑顔をしてビアンカが呟いた。
別邸を出たリュカは、人影が急ぎ足でどこかに行くのを見つけ、声をかけた。
「どうしたんですか?ルドマンさん」
リュカの声にびくっとして影はその場に立ち尽くす。リュカがニコニコしながらその影に並ぶ。リュカが呼び止めたようにそれはルドマンだった。
「…つけていたの、気付いてましたよ?」
そっとリュカが耳打ちすると、なお一層驚いた様子を見せて、ルドマンは汗をかく。が、開き直ったようにルドマンは話を始める。
「いや、たいしたもんだな、リュカ。指輪を二個とも見つけて来ただけでなく、それぞれに相応の言葉をかけておくとは」
「…聞いてらした通りです、わたしはフローラやデボラ姉さまは選びません…。その辺のことについては・・・」
感心するルドマンの態度にリュカは少し居心地悪い様子を見せる。そんなルドマンを裏切った形になったことはリュカでも心が痛かった。ましてや自分 が男であることを明かした上での選択、ルドマンからここまで世話になれたものでは本来なかった。だが、そんな居苦しそうなリュカの言葉を遮ってルドマ ンは言葉を続けた。
「なに、気にすることはない。別にフローラとデボラはどうにでもなる。本当にビアンカさんを選んでも盾は譲ろう。なんにしてもわしは君が気に入っ た。知り合えただけでも良しとしなくてはな」
ルドマンはご機嫌な表情を浮かべて笑ってみせる。そんな態度のルドマンにリュカは少し唖然としていた。
「結婚式についてもわしに任せたまえ。それから招待状も送っておいたぞ、ラインハットのヘンリーさんとマリアさんだったな」
話を次へ次へと進めて行くルドマンに、リュカは声をかけられないで居た。
「だが…なんで天空の盾が必要か、教えてくれんか?」
交換条件と言いたそうなニュアンスでルドマンはリュカに耳打ちする。
リュカはクスッと笑い、ルドマンの交換条件を飲んだ。
その夜はルドマンに話をして東の空が白んでくるくらいまで起きていることになってしまった。話が終わったリュカは宿に戻りそのまま気を失うように ベッドで眠ってしまった。