2.再会 〜山奥の村と水のリング〜
「へぇ〜、よくやったわね。これが炎のリング…」
サラボナに戻ると入り口を守っていた衛兵から、デボラにすぐに会うようにとリュカは指示された。デボラによると、リングを探しているのが「女」と ばれないようにするために、ルドマン邸には走らないようにしてくれとの事だった。そして、リングについてはデボラが確実に父であるルドマンに届けると 約束してくれた。
デボラはリュカたちが本当に炎のリングを持ってくるかは半信半疑だったようだ。こうして持ってきても特別感心したりはせずに淡々とリュカを迎えた。「次は水のリングだけど、噂ではサラボナの北にある滝のどこかに洞窟があるらしいわ。その中に水のリングがあると言う話よ。…船については安船だけ ど用意したから、それを使って頂戴」
デボラは事前に水のリングについて聞いた話をリュカに伝える。リュカの方もその内容を確認すると、特別デボラには興味ないようにして頷く。そして 早速水のリングを見つけに行こうとする。
「ま、待ちなさい!」
すぐに動こうとするリュカにデボラは声をかける。デボラから声を掛けられてリュカは驚いた様子を見せて振り返った。
「…期待、してるわよ。それと…これ」
そう言ってデボラは少し大きめの包みを差し出した。リュカが受け取るとそれは少しずっしりとしたものだった。
「これは・・・?」
「たいしたものじゃないわよ、船の上ででも開けて見なさい。それじゃ、頼んだわよ」
呼び止めたときから、少しだけデボラの口調が柔らかくなる。そして差し出されたもの。リュカは最初、フローラに近づく者は皆敵と言う様だったデボ ラを少し敬遠していた。だが、この変化は少し奇妙にも思えた。
「ありがとう…ございます・・・」
リュカは戸惑いながら礼を言って頭を下げる。
デボラはそのリュカの目を直視しないように目をそらして、リュカを信頼しているような態度をとった。
サラボナの街で話を聞くと、北には大きな湖が広がっているとの事だった。リュカはそれがルラムーン草探しのときに見た、眼下の湖だろうと感じてい た。その湖の入り口には水門があり、普通には入れなくなっているということでもあった。鍵を持つのは水門の東にあると言う、山奥の村の住人だというこ とだった。
ここでリュカは、その山奥の村に温泉が湧いていて湯治などで賑わっているということを聞く。
西の大陸に渡ったと言うビアンカは温泉のある村に行く、と言っていたらしいとポートセルミで聞いたことを思い出していた。
水門手前まで行く間、リュカはデボラから受け取った包みを広げていた、中にはいびつな形に丸められたご飯の塊がいくつも入っていた。「…これって、おにぎり?」
とてもおにぎりと言うには厳しい形のものばかりであったが、どうやらデボラが作ったおにぎりのようだった。
「ありがたいけど・・・なんで?あんなに目の敵にしてたのに・・・」
リュカはそう言いながらおにぎりを一つ頬張る。何の変哲もないおにぎりだったが、そのいびつさが手作り感を助長していた。皆にも分けて、水のリン グ探しの前の腹ごしらえをした。
水門まで来て、東側に船を着ける。そこから暫く行ったところに山奥の村はあると言う話だった。リュカたちはそのまま東進して山奥の村の方へと進んで 行く。半日ほど丘とも台地も取れる標高の低い場所を歩いていると、その先に湯気に覆われた集落があるのを確認できた。そこが山奥の村であることはおそ らく間違いない。リュカは少し足を速めて山奥の村へと急いだ。
険しい道ながら、湯治客が居るというだけあって村の中は賑わっていた。メインストリートを行くと、中間あたりに宿と湯治場が一緒になっている建物が あり、そこに温泉は出ているようだった。きょろきょろしながらリュカは馬車でそのメインストリートを通り抜ける。途中に小さな墓地があり、そこにも人 が居た。
リュカはその中で金髪をお下げにした女性を見つける。見た感じではビアンカにも見えたが確証が得られなかったので一度通り過ぎる。
更に先に進むと大きな家に突き当たり、村自体はそこで終わっているようだった。宿の手配と馬車の止める場所確保のためにリュカは戻ろうとUターンす る。すると、向こうから先ほどの金髪の女性が歩いてくるのが見えた。今度は正面から顔を見ることが出来るとリュカは慎重になりながらその女性とすれ違 う。随分と大人っぽくもなりしかし子供の頃の無邪気さもその面影の中にある女性。「ビアンカ姉さま?」
色々考えたりしていたが、最後は意識より先に口が動いた。リュカはビアンカの名前を呼ぶ。その女性はハッとした様子で辺りを見回す。そして真横の 辺りに居たリュカを見つめる。正面から改めて見ることの出来たリュカは口に手を当てて涙を堪えようとしたが、数滴頬を伝って流れた。
「ビアンカ姉さまだよね?わたし、リュカだよ・・・!」
リュカが涙を流しながらそう言うと、ビアンカも同じような仕草をして驚きを隠せない表情になる。
「リュカ・・・なの!?本当に・・・?」
「はい!!」
元気良くリュカが返事をすると、ビアンカはありったけの力でリュカの細い身体を抱きしめる。
「リュカ・・・無事でよかった。行方不明になったって聞いてどんなに心配したか・・・」
ビアンカはぎゅうぎゅうと力を込めて抱きしめながら、リュカの頭を撫でてそれまでの気持ちを口にした。
「でも無事で本当によかった。・・・おじ様は元気?」
ビアンカに悪気があった訳ではない。だが、その言葉を聞いたリュカは俯き黙り込む。それを見てビアンカも俯いてしまう。
「…ともかく立ち話もなんだから・・・」
そこまで言ったとき、ビアンカの三つ編みの髪をフンフンと鼻を鳴らしてリンクスが嗅いでいた。
「なっ・・・この子、まさかリンクス!?」
「はい、そうですよ」
リンクスの首に抱きつくようにしてリュカは言う。リンクスはビアンカに挨拶するように頭を下げて、再びビアンカを見据えた。
「大きくなって・・・けど、この目はどうしたの?」
「その辺りも含めて、改めてお話します」
リュカはリンクスにも傷を残してしまったことをずっと後悔していた。そのたびにリンクスはリュカを慰めるようにして顔を舐めたりしてきていた。今 はビアンカの方を向いていたが、それでも「にゅあ」と猫のような鳴き声でリュカを慰めていた。
村のはずれ、入り口とは逆の場所にあった大きな家がビアンカが今生活している家だった。
「ねぇ、色々話もしたいし、今日はここに泊まっていって頂戴」
外に馬車を止めて、リュカだけがビアンカの家に入った。入った途端ビアンカはそう言うと早速と言った様子で夕飯の支度を始める。食卓で一休みする ように言われたリュカは少し座っていたが、落ち着かなくなって家の中を歩き出す。隣の部屋では、ビアンカの父、ダンカンが寝ていた。
「…ん?お客さんかい?」
「ご無沙汰してます。パパスの娘のリュカです」
ダンカンにそう言うとダンカンは驚きを隠せずにベッドから飛び上がるほどだった。
ビアンカと合流してここまで案内されたことを言うと、ダンカンも泊まって行けと言いはじめた。そのつもりだと伝えると、少し不自由になって居るよう なぎこちない動作でベッドから起き上がった。「おじ様、お身体を悪く・・・?」
「ああ、ちょっとね」
リュカが慎重に訊ねるとダンカンはそう言って言葉を濁した。ゆっくりしたペースで食卓に戻ると、ビアンカが夕食の支度を進めていた。ダンカンと座 り、少しの間特に言葉もなく時間をすごす。そうしているうちに夕食の支度が終わり、ビアンカも食卓についた。
「…リュカが行方不明になってから私達も色々とあってね。中でもショックだったのは母さんが亡くなったことかなぁ」
「私が身体を悪くしてここに来たんだが私の身体が悪くなる前に母さんが体調を崩してな。アルカパに居た頃は元気だっただけに、やっぱり信じられな かったよ」
ふぅと溜息をついてビアンカとダンカンは話をする。
「それで、リュカは行方不明になってからどうしていたの?」
少しの間を置いてビアンカが訊ねる。リュカも覚悟していたが話すのには少しの勇気が必要で、言葉を出すまでに少し時間が掛かる。ラインハットでの 誘拐、パパスの死、謎の神殿での十年に及ぶ隷属、その後海辺の修道院からサンタローズ・アルカパ経由でラインハットに行った事、などを言葉少なに語 る。
リュカが言葉をなくし、少しの嗚咽が漏れると、ビアンカももらい泣きして暫くは三人とも黙ったままだった。「・・・それで、何でこの村に来たの?」
ビアンカはそう言って今のリュカの旅の目的を訊く。
「実は、サラボナに居る友達が関係していて…水門を遡って上流にある滝の辺りまで行きたいんです」
部分的にしか話していない状態で詳しくは話せなかったが、行き先を告げるとビアンカは納得したように頷いた。
「なるほど。水門ならばこの村の誰でも開けられるわ。私が開けてあげる」
その夜は三人で少しだけにぎやかな食卓を囲み、思い出話に花が咲いた。
翌日、リュカが目を覚ますと隣に居たビアンカの姿はなく、ダンカンはその向こうのベッドでまだ横になっていた。「おはよう、リュカ」
ダンカンは少しトーンを下げた声でリュカに挨拶をする。リュカも小声で「おはようございます」と返す。
「なぁリュカ。少し話を聞いてくれるか・・・。ビアンカのことなんだが…。実はビアンカは私たちの本当の子ではないんだ。だからと言うわけではない が、ビアンカには人一倍幸せになって欲しくてな。今のままではあまりに不憫でかわいそうに感じるんだよ。リュカが男の子だったら迷わずビアンカを任せ たりするんだが…な」
少し切ない声を出してダンカンは思い切って全てのことをリュカに話した。その話を聞きリュカは驚いたが、そのあとのダンカンの願いについては自分 でも複雑な胸中にあった。
「…ビアンカ姉さまを見守ることは出来ると思います。でもわたしなんかと一緒だと幸せになれるかどうかは…」
リュカも切なそうな表情を浮かべてダンカンに言う。ダンカンは笑みをこぼしてリュカに気にしなくて良いと言った仕草をして見せた。暫くその場に リュカは居たが、ダンカンに朝食を食べるように促されて、ビアンカの居る食卓の方に向かった。
「おはよう、リュカ。たいした物はないけど、朝ごはん食べて」
そう言ってビアンカはトーストや玉子焼き、サラダと言った定番の食事を用意したものを出してくれた。ダンカンの言ったことや自分のことがいまいち 吹っ切れないリュカは少し複雑な表情で食事を貰った。
「ね、リュカ。川の上流に遡る理由を訊いても良いかな?」
向かい合った食卓でビアンカがリュカに訊ねてきた。リュカはサラボナにフローラが居ること、そのフローラの父ルドマンが花婿候補を探しているこ と、フローラの姉デボラと策を練っていること、炎のリングの次に水のリングがいること、そしてルドマンが天空の盾を持っていることを簡潔にビアンカに 話した。
「それじゃあ、リュカが花婿候補に?」
「…そ、それはないです。わたしは女ですから、女同士で結婚なんて無理です」
からかい半分のビアンカにリュカは慌ててそれを否定する。だがビアンカは何かを知っている風な顔をして「ふーん」とだけ返事をしていた。
「あのさ、そのリング探し、私も手伝ってあげるよ。またレヌール城の時のように、一緒に冒険しようよ」
ビアンカは一息ついてからリュカにこう提案してきた。リュカは突然のことに驚いていたが、ダンカンの言ったビアンカのことと自分で言った「見守 る」ことが出来るのは一緒にいるときだけだと思っていた。少し躊躇したがリュカはビアンカの同行を承諾した。
食事が終わって、ダンカンに事の次第を説明して、リュカはビアンカを連れて馬車まで来た。
「ビアンカ姉さま、仲間が一人も居ないわけではないんです。ただ…見た目だけで判断されると困るような姿なので、極力馬車から外には出ないように 言っているんです」
前置きをして、馬車に近づく。リュカが近づくと馬車からリンクスとピエールが出てきた。リンクスは問題なかったが、ピエールの姿を見るとさすがの ビアンカも戦闘態勢を整えようとする。それをリュカが止めた。
「リンクスはキラーパンサー、別名地獄の殺し屋。隣のスライムナイトはピエール。馬車の中にも元魔物の仲間たちが居ます」
ビアンカは少しおっかなびっくりの様子を見せながらリュカに続いて馬車に乗り込む。
中にはスライム、ブラウニー、ドラゴンキッズ、ホイミスライム、魔法使い、キメラがそれぞれリュカを迎える。「リュカ、あなた一体・・・?」
「世には『魔物使い』と言うものが存在するそうです。その魔物使いは魔物たちと戦う過程で悪しき陰を払うことで魔物たちを仲間にすることが出来るん です。100%出来るわけではないんですけど。もともとリンクスが子供の頃に懐いてくれたことを考えると、その素質みたいなものがあったのかも知れま せん」
リュカが言うとビアンカは不思議そうにリュカを見つめた。
暫くビアンカと仲間たちとで話をしてビアンカが馴染んだ頃に出発する。途中にあった水門はビアンカが開けてくれて、そのまま北上して行く。正面に台 地がそびえ、ある一部には滝が流れ出ている。リュカたちはその滝の方へと近づき周囲を調べた。滝の真裏に洞窟が口を開けているのを確認して、中に入 る。「…思ったより狭いか。よし、じゃあピエールとリンクス、メッキーに来てもらおう。あと、ビアンカ姉さまもお願いします」
船が中に入ることは出来たが、広くなっているのはこの場所までで奥に進む通路は人が並ぶといっぱいになるような狭さだった。リュカはピエール、リ ンクス、メッキーを選抜して水のリングを捜すことにする。
中は台地の上にある湖から染み出てきているのか、水浸しの場所が多かったが岩盤自体はしっかりしたものだった。死の火山がそうであったように、こち らの洞窟も部分的に人間の手で作られて後は自然に出来たもののようだった。「…リュカはいつもこんな冒険をしているの?」
ビアンカが少し苦労しながらリュカについてきていた。少しいたずらそうに笑いながらリュカは歩くペースを少し落とした。
「こんな洞窟は数少ないですよ。今は母様と天空の勇者について、街から街へと歩いている感じです」
そう言って時にビアンカの手を取って先へと進んで行く。
この場所特有のオークやガスダンゴ、へびこうもりと言った魔物も襲ってきたが、全員でビアンカを守り隙を突いて攻撃して行く形で難なく戦闘をクリア していた。
そして洞窟の最深部に辿り着くと、自然に出来た空間の床だけが細工されていて、正面に飾台のようなものがある場所に出る。その飾台の上には深い蒼の 色を持つリングがある。「…この場所には守るものが居ないですな」
メッキーが不思議そうに言うとリュカは警戒する様子もなくリングの方に進んで行く。
「このリング自体、人間の作ったものだしね。リングに憑くのは珍しいと思う。メッキーたちは人間の邪悪な部分が寄り集まって炎のリングに集まったん だろうけどね」
リュカに言われてメッキーは恥ずかしそうにウロウロし始める。そんな様子を見てビアンカも和んだ様子を見せていた。こうしてリュカたちは難なく水 のリングを入手した。
入手したその足でリュカたちは一気にサラボナまで戻る。炎のリングと同じようにまずはデボラに会う。
「よくやったわね、リュカ。まさか本当に水のリングまで手に入れるとは思わなかったわ」
デボラは口調こそ相変わらずきつめであるものの、その顔はどこか嬉しそうであった。
「じゃあ、行きましょう。あんたならば問題ないと思うし・・・」
そう言ってデボラは屋敷に案内する。リュカとビアンカはデボラに連れられるままにルドマン邸に来る。