2.隻眼の魔物

 翌日、クラリスに礼を告げてリュカは簡単に仲間の装備面の強化と道具を買い集めて、カボチ村に向かった。ポートセルミからカボチ村までは数日かか り、到着したときはすでに夜も更けていた。村から少し離れた場所に馬車を止める。そこで一応の支度を整え、リュカは一人でカボチ村に向かう。

「何かありましたら、すぐにお呼びください」

「うん、ありがとうピエール。化け物の出没時間とか居場所なんかがわかったらそれを聞いてすぐに戻るから」

 ピエールは要所で必ず、一人で全て片付けるなと言ってくれた。リュカはそれを聞きなんとなく安心して事に当たることが出来るような気がしていた。 初めのピエールはなにかに頼らねばならないとしか言わず、デズモンがいなくなったらリュカに頼るしかないと言い出していた。リュカは自分でどうすべき か道を探せと突っぱねた結果、ピエールはリュカの護衛を買って出た。初めこそただ戦闘要員として動いているだけだったが、次第に仲間の中で現状言葉を 話せるのが自分しか居ないとわかったあたりから、仲間の集約係、リーダーを務めるようになっていた。そして、時々意思疎通が困難になるときにピエール が代弁してリュカに伝えたりしていた。そして今はそのリーダーと同時にリュカの親衛隊とも呼べる仲間たちの筆頭を買って出るようになっていた。
 リュカもそう言った存在にピエールが進んでなっていることに安心感と、今まで感じていた頼りなさを解消することが出来た。今のピエールの言葉は仲間 みんなの言葉。リュカはそう肝に銘じ、ピエールの言葉を行動を邪険に扱ったりはしなくなっていた。
 仲間の気をつけてと言う言葉を背に、リュカはカボチ村に入っていく。
 村は静まり返っていて、多少の明かりが家々から漏れている程度だった。暗い村の中をリュカは一人歩いていると、それを待っているかのようにある家の 前で立ち尽くしキョロキョロとしている人影があった。

「…ダサクさん?」

 その人影をリュカは見たことあるような気がして声を掛ける。するとその影は喜んだように飛び跳ねてリュカの手を握ってきた。

「あんたは!!いやー、もう来てくれただか、さすがオラの見込んだ戦士さんだべ」

 果たしてその人影はポートセルミで会ったダサクその人だった。話を聞くと、村の中では余所者に応援を願うのは恥だとか、信用できないと言った意見 も出ていて、依頼に行ったダサクは本当に依頼先であるリュカが来るまで締め出されてしまっているのだそうだった。
 いま、ダサクが居る場所はこの村の村長の家とのことで、家の中では仮にリュカが来なかった場合はどうやって化け物を退治するかを話し合っているとの 事だった。

「ま、それもあんた様が着てくれたから無駄だなや」

 ダサクは満足そうにそう言って、リュカを連れて村長の家に入っていく。
 村長以下その場に居た人たちは、ダサクが依頼したと言う余所者-リュカを見て二度驚いていた。

「なんだや、ダサク、依頼ってそんな娘っこに頼んだか」

「それにそんなに若くて、ここいらの娘っこよりもひょろひょろしてて、化け物を相手にできるのか?」

 リュカを見て、女であること、年端も行かず細身であることを指摘される。幸いリュカ自身に直接言葉の攻撃はなかったが、その分依頼したダサクは責 められていた。

「まぁ、ダサクを悪く言ったって始まらねぇべ」

 一同の騒ぎを止める、貫禄のある男性が居た。ダサク曰くその人が村長だと言う。

「わざわざ来てくれたことは感謝するだが…みんなの言うようにちっと頼りねぇべな。それで化け物が退治できるならオラたちでも何とかなるだべな」

 村長はそう言ってリュカを笑って見せた。さすがのダサくも村長がそんな態度を取るのは我慢できなかったらしく、顔を真っ赤にして怒り、今にも殴り かかりそうな勢いだった。リュカはそれを制すると村長や周りに居る人たちに話を始める。

「ここまで旅をしてきたのは事実ですし、その間、手強い相手と剣を交えたり、ごろつきと言った柄の悪い人たちとも小競り合いはしてきています。そう 言う意味ではその化け物とやらにやられるようなことは絶対にありません」

 リュカが静かにそう言うと、村人の一人が笑い飛ばしてリュカに言う。

「あんたはバケモンがどんなのか知らねぇからそんなことが言えるだよ。影を見るだけでもおどろしいのによ」

「…化け物がどんな影かは確かに知りませんが、わたしはこのあたりで出くわす魔物たちに倒されるほどヤワではありませんよ」

 またリュカが攻撃されて、ダサクは今にもやかんが沸騰するかのような真っ赤な顔をしていたが、リュカがなんとか押さえ込んで、馬鹿にされる自分の 腕のことを話す。だがそれでも納得できない様子で居た。

「おまえさんが何者かとかってことは別に構わねぇだ。が、おまえさんが生きようと死のうとオラたちには関係ねぇべ、それでもやるだか?いくら金を渡 すと言えど、そいつの首でも持ってきてくれねぇと信用もできねぇぞ」

 村長がそう言う。リュカはそれも判っていると言いたそうに頷いて見せた。

「判りました、わたしが持てるものでしたらその首持ってきましょう。あなた方が納得できない結果でしたらお金を要求することもしません」

 リュカが言うと村長たちは一斉に笑って見せた。

「それじゃ、何しに来ただかわかんねぇべ」

 一様にそんな事を言うが、リュカはその言葉を静かに否定する。

「…わたしは金目的でここに来たのではありません。困っている人を助けられればと思っただけですから。何なら今、そのお金は要らないと宣言しても構 いませんよ?」

 リュカは少し挑発に似た形になってしまったことを悔やむが、売り言葉に買い言葉でついそんな事を言ってしまっていた。

「いや、成功報酬だかんな、約束は守るべ」

「…で、その化け物と言うのはどこからやってくるとか、判らないんですか?」

 村長が成功報酬と言う言葉にやたら固執する感じをリュカは受けていたが、納得する形に話を持っていけば問題ないだろうとも感じていた。リュカは手 掛かりについて何か情報があるのかを訊ねてみる。だが、でっかい獣のようだとも牛のようだとも、馬だの象だの、見ることの出来た身体の影の話ばかりが 出てきてしまう。

「ダサクさん、なんとかなりませんか?」

 リュカがそこまで言うと、村長の家の外が少し騒がしくなってきた。
 話を聞くと、どうやらその化け物が現れたらしかった。リュカは村長の家に駆けつけた人に話を聞き、影が見える物陰まで案内してもらう。
 外は既に日が暮れて暗くなっていた。月明かりもなく漆黒に近い闇夜だった。それでもその化け物の影を見ることは出来た。身体は極端に大きいことは無 い。野生の獣程度の大きさと思われた。そして何よりその化け物と言うのは、人はともかく、捕獲用にと付けられた生肉などは一切手を出さないで居た。化 け物が居る畑の持ち主の話では、いま物色している場所は既に収穫が終わり、使い物にならなかったものがそのまま埋め残されている場所だと言う。暫くす るとその化け物はその使い物にならない作物だけを物色して次の畑に移動した。

「・・・どうだべ、退治できっか?」

 ダサクが興味津々と言った様子でリュカに訊ねる。

「退治自体は問題ないですね。けど・・・野生の獣でも魔物でも、野菜だけしか狙わないのはなんか違和感がありますし…収穫を待つ作物ではなくて、収 穫期を過ぎたものを狙っているのも、その…賢い部分があるように・・・」

「そっだらことねーべな、現にああして畑を荒らしてるんは間違いねーんだ。ほら、さっさと退治しねぇか」

 リュカが何か引っかかると言った感じでその化け物と言うのを見ていたが、村人たちはリュカが実際にその退治の様子を見たがっているようでいた。 リュカ自身、見世物にするつもりもなかったので動こうとはしなかったが、それに業を煮やした村人の何人かが、その影に対して鎌を片手に襲い掛かる。

「待って!!」

 リュカが慌ててそれを止めに入るが、何人かはその陰を取り囲んでいた。

「ぐるるるる・・・」

 確かに影はそう唸った。村人たちを威嚇するような吠え方だったが、しかし危害を与えるような感じはなく、じっとその場から動かないようにしてい る。一人が手を挙げると周りを囲んだ三人ほどの村人は一斉にその陰に飛びかかる。それを見極めると影は三人の間に出来た隙間を器用に縫って飛び出す。
 瞬間リュカとその陰が退治する。月は雲に隠れてあまり目が利かない。だが、その化け物の影は片目を光らせるだけで走って逃げて行ってしまった。

(片目、隻眼なの・・・!?)

 正面で対峙したとき、確かにあの影の目が何かに反射して光った。その影は片目だけを光らせてリュカを見つめるとそのまま逃げてしまった。少し違和 感を感じリュカは考え込む。
 それを見ていた村人たちが口々にリュカを責め立てた。だがリュカはそんなことにいちいち耳を傾けられるほど落ち着いている状況でもなかった。わいわ いと騒いでいる中に居たダサクと村長を見つけるとリュカは一言だけ残す。

「あの影を追います。誰もつけて来ないでくださいね」

 リュカはそれだけ言うと村の外に飛び出していく。
 村の入り口から少し離れた場所に、見慣れた馬車が止まっている。

「リュカ様、あの獣は西の方へと走り去りました」

 気を利かせたピエールが馬車を移動して、村から離れた場所で見張り、行き先を見届けていたのだった。

「ありがとうピエール。みんなは大丈夫?」

「はい、戦闘体制も整えています」

 リュカの声にピエールが馬車の中を覗くようにしながら応えた。
 西に進む道はわずかだか草むらの中に獣道のような細い道が続いていた。それがあの影が通っていた道かはわからなかったが、可能性としては十分に考え られた。

「みんなの中で、あの影がなんだかわからなかったかな?」

 リュカはその獣道をたどり歩きながら馬車の中に話しかける。するとコドランがピエールに話しかけてきた。

「リュカ様、コドランの話では、間もなく成獣になるキラーパンサーではないかと。コドランが見たことがあるのはベビーパンサーなのだそうですが、赤 い独特の鬣を他に持つ獣は考え付かないと言うことです」

 ピエールの言葉にコドランが頷いて同意する。その言葉にリュカは少し真剣な顔つきになる。

「リュカ様・・・?」

「…もしかしたら、あの子、わたしの知っている子かもしれない」

 リュカはそう言ってピエールのほうを見ると、目配せする。ピエールもそれに頷いて、リュカは足を、ピエールは馬車の速度を少し上げた。

 

 暫く進むと洞窟が口を開けている。そして追ってきた獣道はその洞窟の中へと入っていた。

「ここで間違いなさそうだね」

 リュカはピエールと確認すると、その場で馬車からピエール、ホイミン、スラリンを外に出す。大きな音や声などで獣が逃げ出さないよう、戦闘でも比 較的音の立たない獲物を持った仲間を戦線に立たせる。

「…リュカ様、口答えするようですが…キラーパンサーは別名『地獄の殺し屋』、仲間にならない筆頭として有名だと、私の元マスターも言っていたので すが…」

 ピエールは首をかしげながらそんな事を言った。キラーパンサーはその凶暴性と確実に息の根を立つ獣の本能から、別名「地獄の殺し屋」と呼ばれるこ とが多かった。通常の豹では、明らかに猫科の動物である顔つきと、犬歯も爪も長くなく、闘う目的としてのものではないが、一方のキラーパンサーは喉笛 を確実に噛み切るために犬歯は鋭く長くなっていて、また獲物を確実に押さえ込むために前後の足の爪は鋭く長くなっていた。そうした特長から人間さえ寄 せ付けないような攻撃的な存在だっただけに、ピエールはいくらリュカでもキラーパンサーを懐かせているとは考えにくかった。
 馬車で洞窟の中に入っていくと、そこは魔物たちの巣窟のようだった。岩で作られた人工と思われる洞窟だったが、その岩のように化けて、近づくと同時 に瞬時に相手に止めを刺すように攻撃するドロヌーバや土偶が魔物化したミステリドールや一つ目の魔物ビッグアイなどが襲い掛かってきた。どれもいまの リュカたちにとっては強敵と呼ぶほどには強くなく、リュカを初めとした精鋭四人で十分に対応出来ていた。
 そうして魔物たちの攻撃をかいくぐっていくと、小さな祠のように岩壁に穴の開いている場所に辿り着く。リュカたちは焦らず各フロアの全ての道をくま なく歩き回っていて、最終的に辿り着いた場所がここだった。その祠のような入り口から少し離れた場所で待機する。

「わたし一人で行って来る、みんなは手出し無用、いいね?」

 リュカが静かに言うが、それをピエールとコドランが止めに入る。

「なりません、リュカ様。いくら可能性があるとは言っても確実に相手がリュカ様を覚えている保障はありません。一人で行くのは危険すぎます」

 ピエールが言うと、コドランも喉を鳴らせてそれに同意する。リュカは難しい顔をしていたが、ピエールは断固として一人で行かせるつもりはないと剣 を構えリュカのそばを離れない。

「相手はキラーパンサーです、何かあってからでは遅いのです。それがし、リュカ様だけは失えません」

 ピエールは絶対と言ってリュカから離れようとしない。リュカもこのようなことを言われてしまってはそれを突き返すほどのことは出来ないで居た。 「ふぅ」と諦めの溜息をつくと、リュカはピエールに代替案を出す。

「入り口までピエール、コドランが来て待機。何かあったらすぐに斬りかかる。これ以上は譲れない」

 リュカも少し頑固なところがあって、是が非でもキラーパンサーとは一人で会いに行くと言い張った。

「そこまでの確証は何があるんですか?リュカ様」

 ピエールがさすがに音を上げてリュカに問いただす。リュカは真剣な顔をしてピエールたちに言った。

「…隻眼のキラーパンサーが多く存在するかな?わたしの知っている子はわたしと生き別れたその現場で、魔族に左目を奪われているんだ。そして、化け 物と呼ばれたあの子も左目のない隻眼。キラーパンサー同士で傷つけたにしては、じゃあ一匹で何故居るのか、と言う疑問に辿り着く。それに道すがら話し たように、農作物でも村の人々に影響のないものを奪っていて、かつ人を襲わない。地獄の殺し屋ほどのキラーパンサーが空腹を満たすのに人間を襲わない のは何故?」

 リュカの質問に対しては確かに疑問が残った、リュカ自身の言う人間を襲わないと言うのもキラーパンサーにしては不自然な部分でもあった。

「…わかりました、リュカ様。それがしとコドランは入り口に待機します。皆も後衛で待機させます。キラーパンサーにはリュカ様お一人でと言うこと で、よろしいですか?」

 ピエールが最後の案を提示してきた。これ以上話をしてもどちらも譲らないことはわかっていたし、リュカも自分の想いだけを通して何かあってからで は遅いことは承知していた。ピエールの提示した案にリュカは頷いた。
 入り口の最前列にはピエールとコドランがいつでも飛び込める体制を整えている。その後ろにはスラリン、ブラウン、ホイミンが待機して救援に入れるよ うな体制をとる。そしてリュカはそれを見届けてその祠に入っていった。
 リュカが入り口を入ると、中は広い空間が出来ていて、その奥でキラーパンサーが毛繕いをしていた。リュカが入ってきて違和感を感じたのか、キラーパ ンサーはリュカの方を睨みつけた。その目はリュカがカボチ村で見たように隻眼で、左目は縦に傷が出来、まぶたを閉じているので、十字の傷が出来ている ように見えた。リュカは脅かさないようにキラーパンサーの元に歩み寄っていく。近づくにつれてキラーパンサーは警戒するよう身体を起こして行く。そし て体制はいつでも飛びかかれるよう低く構えていた。そっとリュカは右手を差し伸べる。

「…リンクス、だよね?わたしのこと覚えてない?リュカだよ。ビアンカ姉さまと君を助けたリュカだよ」

 静かに優しい声を出してリュカが呟く。その声に何かを感じたのかキラーパンサーは首をかしげる仕草をする。だがまだリュカの言うリンクスだと言う 確信はなく、キラーパンサーもわかっている様子はなかった。そっと一歩ずつキラーパンサーの方に寄っていくリュカ。「ぐるるるる…」と警戒する声を上 げてキラーパンサーはリュカを観察していた。

「リンクス、思い出して。エルフの村に行った事や遺跡に父様と行った事…その目をアイツに潰されたこと…あの場所で離れ離れになってしまったこ と…。あのときのリュカだよ、リンクス・・・」

 リュカは話しながら徐々に涙声になってしまっていた。リンクスに思い出させるつもりで口にした出来事の数々は、やはりリュカにとっても痛い過去で しかなかった。何よりリンクスを守れなかったあの頃の自分を悔やんでいたのも事実だった。
 キラーパンサーはそれでもリュカの言葉を信用しないのか、射程範囲に入ると牙を剥いてリュカを威嚇した。

「リンクス…怖がらないで。わたしはあなたを悪いようにはしないよ。また一緒に冒険したいだけだから…」

 リュカのその声を聞き、キラーパンサーは戸惑ったような仕草をする。リュカはそんなキラーパンサーに飛びつくと、首の部分をぎゅっと優しく抱きし めた。リュカの身体と同じくらいもあるキラーパンサーを抱きしめているリュカは、キラーパンサーがその気になればすぐに喉笛を切りリュカを絶命させら れる状態にあったが、確信を持てないものの敵ではないと言う認識が出来てはいるようだった。そのキラーパンサーは暫くリュカを見ていたが、リュカが髪 を縛るリボンを見つけて匂いを嗅ぎ始める。

「ん・・・?ビアンカ姉さまのリボンがわかるの?」

 リュカはキラーパンサーの行動に気付き、髪をまとめていたリボンを取りキラーパンサーに差し出す。するとキラーパンサーはそのリボンを嗅ぎ始め た。暫くすると、そのリボンを持つリュカの手をざらついた独特の猫の舌が舐める。一度舐めては手の周辺を嗅ぎ、少しずつリュカの身体を舐めたり匂いを 嗅ぎ始める。

「リンクス・・・リンクスなんだよね!?」

 リュカが再び抱きついてキラーパンサーに訊ねるようにもう一度聞いた。するとキラーパンサーは「にゅあ」と身体に似合わない子猫のような声でリュ カに返事をした。そして、自分の顔の横にある主人-リュカの顔をペロッと舐めて見せた。

「ふふ、くすぐったいよリンクス。…ピエール、コドラン、みんな。もう大丈夫だよ。やっぱりこの子はわたしの知る子だったよ」

 隻眼のキラーパンサー-リンクスに抱きついたままリュカは振り返ると、入り口で汗を握っていたピエールたちに言った。ホッとした様子を見せてピ エールたちが中に入ってくる。リンクスは少し不思議そうな様子を見せ首を傾げたが、ピエールたちもまたリュカに従うものだと判ったのか、愛らしい鳴き 声でピエールたちに挨拶をした。

「…リンクス、とは・・・?」

 ピエールが不思議そうに訊ねる。キラーパンサーに抱きついていることでさえ、同じ魔物でありながら恐怖を覚えるほどの出来事なのにリュカはそのキ ラーパンサーを親しげに呼んでいた。ピエール自身目の前の状況は信じられない出来事だった。

「わたしが子供の頃にこの子…当時はベビーパンサーだったんだけど、その子にリンクスって名前をつけたの。ちょっと事件があって、わたしの前でリン クスは隻眼にされて、リンクスの前でわたしは誘拐された。お互い見ているのは辛い状況だったけど…忘れられない出来事。わたしたちをより強く結び付け ているのはそんなことがあったからなんだよ」

 リュカはそう言ってリンクスに抱きついたままで説明する。リンクスもまたゴロゴロと喉を鳴らしてリュカに身を任せていた。

「…それは、魔物の仕業ですか?」

 ピエールが慎重に訊ねる。リュカは首をかしげて暫く考え込み、中途半端な返事を返した。

「んー。指揮していたのは魔族だと思う。従っていたのが魔物。ただ陰があるわけでもない、純粋な魔物なんだと思う。対峙してもこちら側にはつかせら れないような魔物だった。そう言うのを魔族と言うんじゃないの?」

 当時はまだ、悪しき心、陰が見えたわけではなかったが、逆に言うとすぐに懐いたリンクスと同じで何かを背負っているようには、魔族も魔物も見えな かった記憶がリュカにはあった。

「…リュカ様、それはその封霊紋と関係のあるものですか!?」

「うん。ゲマと言う魔族。わたしに封霊紋を刻んだのはそのゲマだと言う話だよ」

 ピエールは質問をした直後に、そこが踏み込んではいけない場所だったことに気付いた。だが、発してしまった言葉を取り消すことも出来なく、少し慌 てていた。リュカはそんな質問でも嫌な顔をせずに答えてくれた。ピエールはゲマと言う名を聞いたことはなかったが、リュカに何かをした張本人とここで 初めて特定する。
 暫くそんな話をしていたが、リンクスが「くー」と鳴いて、その祠の更に奥にリュカたちを導く。

「これ・・・?って、父様の剣じゃない!!」

 そこにあったのは、かつてゲマに破れ殺された父が持っていた剣だった。
 パパスが殺され、リュカとヘンリーがゲマに連れ去られたあとに残ったリンクスは、主人と同じにおいのするその剣を大事にくわえて持ち出していた。そ の剣はリンクスがこの場所に住み着くようになってから置かれていたものだった。

「リュカ様の父君の剣ですか。…リンクスはこの剣を守ってこの場所に居付いたのでしょうな」

 ピエールがその剣を見て言う。ピエールと並んでいたリンクスはそれを肯定するようにすこし頷いて見せた。ピエールはこの魔物もまた、リュカを主と 仰ぎ大切に守り抜く決意をした者なんだと感じることが出来た。そんなリンクスに対して仲間意識が出来、ピエールはそっとリンクスの鬣を撫でてやる。 「にゃう」と満足そうな鳴き声を出してリンクスは首を振ってみせる。リンクスもまた、ここまでリュカを守っていたピエールに感謝と仲間意識、そしてこ れからは共に進むことを確認しているかのようだった。

「…守っている間もたぶん人を襲ったりはしなかったんだろうな。そして、迷惑を掛けないように食用に出来ないような作物ばかりを狙っていた」

「ただ、キラーパンサーと言う種に生まれた所為で夜に映る影は化け物と取られてしまった、と・・・」

 リュカが剣を手に取り、リンクスを振り返りながらそんな事を呟く。それにピエールも同調して、隣にいるリンクスを見つめた。魔物としてのキラーパ ンサーに比べると身体自体は大きかったが、必要な筋肉しか付いてなく、どちらかと言えば痩せている体格をリンクスはしていた。

「リュカ様、どうされますか?カボチ村にリンクスを連れて行くのは構いませんが…その、化け物を仲間にしたとあっては村人から非難もあるかと」

 ピエールが少し困ったような仕草でリュカに訊ねたが、リュカは余り困った様子はなかった。

「気にすることは無いよ、ピエール。素直にリンクスの仕業だったって事を言う。それに、金目的じゃないって初めに言ってあるからね、くれなくても別 に構わないさ。わたしは金より大事なものを再び手に入れたんだしね」

 リュカはそう言って笑顔を見せた。その顔を見てリンクスも尻尾を振り「にゃ~」と和ませるような鳴き声を出した。

(さすがはリュカ様。意思がお強い。…騎士、戦士としてはそれがしなど足元にも及ばないな)

 声には出さなかったが、ピエールはリュカの筋の通った考え方に改めて感心した。同時に欲をかくのではなく素直にかつての仲間が再び戻ってきたこと に喜ぶ姿に、リュカに会えて良かったと改めて実感していた。

「…にしても、父様の剣は手入れしてないからすぐには使えないな…。サラボナ方面に出る前に、ポートセルミに一度寄ろう。クラリスさんに鍛冶屋を教 えてもらう」

 今後の方向が決まり、リュカとリンクスの感動の再会も果たせたところで、リンクスを加え一行はその洞窟から出て、カボチ村へと引き返して行った。

 

「た、助けてくれぇ~」

「た、頼む。オラは襲わないでくれぇ~」

 カボチ村近くまで帰ってきたリュカは特に仲間たちに馬車に入るように指示はしなかった。
 初めからそうしておくべきだった。リュカはそう感じていた。
 そんなリュカたち一行をみた村人たちは、ただ一人の人間につき従う魔物の群れを見て次々と逃げ出していく。それでもスラリンやブラウン、ホイミンは 比較的恐怖感を与えなかったようだが、ピエール、コドラン、そしてリンクスは誰もが恐怖におののき、何より村を襲っていた化け物を仲間にしてしまった リュカを恐れた。
 村の入り口にはガックリと肩を落としたダサクとただ嫌悪感だけを露わにした村長、そして大勢の村人の姿があった。リュカは必要以上に近づこうとはせ ずに、大きい声で呼びかける。

「村長、ダサクさん。結果は見ての通りです。この子はわたしと共に旅に出ます。もう二度と化け物騒ぎが起こることは無いでしょう。…残りのお金は要 りません。これ以上は迷惑でしょうから、これで失礼します」

 リュカが頭を下げると、リンクスを初めとした一同が同じように頭を下げた。
 村長はともかく、ダサクさえも何も言うことはなかった。だがリュカはそれでも良いと思っていた。魔物使いと言ってもそれが広く知られているものでは ないからだ。ただ一つだけ懸念したことは、カボチ村の中でダサクが村八分に合わないかと言う事だった。が、それを心配したところで、いまのリュカには どうにも出来ない。そう思い、リュカはカボチ村から早々に離れて行った。

「人間とは身勝手なものですな」

 すっきりしない結末にピエールが呟く。その言葉を聞きスラリンとコドランも同意したように仕草で表した。その言葉に対して正反対に肩を落とす感じ でうなだれているのはリンクスとブラウン、ホイミンだった。

「…子供は喜んでいましたな」

 カボチ村の中に居たわずかの子供たちは、リュカの仲間を見ても恐れることなく逆に近づいてさえ居たが、それらも大人の手で止められていた。

「街の外を徘徊している魔物は基本的に人を襲う。それが条件反射的に判ってしまう大人は怖がるんだよ。それは例え、わたしや他の怖がらない人たちが どんなに安全だと言っても、聞き入れてくれることは無い」

 リュカは少しの後悔となんとも言えない虚無感に襲われていた。小さく溜息をついて、ピエールの言うことに答える。ピエールも内心はどういうことな のか理解している。それでも、同じ人間であるリュカさえも忌み嫌うその態度が許せなかったのだ。リュカを庇って何かをしたいところだったが、生憎いま のピエールは気の利いたことが出来るほど器用ではなかった。
 暫く歩くが、リュカの歩くペースが少しずつ遅くなる。

「リュカ…様?」

「…ごめん、みんな。少し休ませて」

 リュカはそう呟くと膝から崩れていく。そのまま草の上に仰向けになって空を見上げる。退治に出たときは真っ暗だったのに、いつの間にか時間は過 ぎ、人々が活動するような時間になっていた。

「駄目なマスターだね。村人たちを傷つけることなんてないのに、みんなを近づけさせることは出来なかった」

 リュカはぼそぼそと言い、右腕で目を覆う。かすかに覗く目尻からは涙の筋が出来ていた。

「いえ、リュカ様が問題なのではありません。怖がる村人もそうですが…所詮我々は魔物です。その大多数が人間を襲い村を滅ぼしたりしているのです。 怖がるのも無理はないでしょう」

 ピエールはなんとも腹立たしいと言いたそうな口調でリュカをなだめてみる。リュカももどかしいのであろう、何かを言おうとしては言い留まり溜息の ように息を吐くことを繰り返していた。ピエール以外の仲間もリュカの心情を察しているのか馬車から出たりリュカに寄り添ったりが出来ないで居るよう だった。
 少し時間が経ち動き出したのはリンクスだった。リュカに近寄ると目尻の涙を舐める。そしてその身体をリュカに沿わせて一緒に横になる。そのリンクス の行動が発端になって、他の仲間たちもリュカを取り囲むように寄り添う。リュカはその様子に気付き、一番近いリンクスのおなかに顔をうずめて泣き出し た。

「みんな、ごめんね」

 リュカはそう繰り返すしかなく、自分の力不足を悔やんでいた。
 陽が天頂まで上ってきてようやくリュカはリンクスのおなかから顔を上げる。仲間のみんなが何も言わずにただリュカが立ち直るのを待っていてくれた。 リュカは周りで思い思いの方法で自分を心配する仲間たちに再び目頭を熱くさせる。が、今度の涙は先ほどのものとは違い、みんなの温かさに触れたことで 流れた嬉しい涙だった。
 こんなに温かい仲間たちを邪険に扱うような人間の身勝手さに閉口しながらも、ピエールが言った言葉もまた事実であることを認識しないわけには行かな かった。

「マスターとしては失格かな」

 自嘲気味にリュカが呟くと、その場に居たみんなが頭を上げる。それぞれがそれぞれの方法でリュカがマスターであること、そんなリュカにいつまでも 付いていくだけの決心があることを誇示していた。

「…それでもリュカ様は我々に付いていてくれます。寝返ってしまえばいくらでも逃げる方法はあるでしょう。我々はリュカ様がマスター失格だとは思っ ておりません。これからも、良きマスターで居ていただけるようお願いします」

 今のメンバーで唯一、直接意思疎通の出来るピエールがリュカにそう告げる。その言葉を聞きリュカはそれまで感じていた申し訳なさが少し薄れた感じ がしていた。

「…みんなの温かさに本当に救われる。ありがとう。未熟だけどみんなはわたしが守る。みんなさえよかったら、付いてきて欲しい」

 リュカの寂しそうなか細い声に反応してみんなが集まる。代表するようにリンクスが頬を摺り寄せてリュカを慰めた。リュカもリンクスの暖かい体に包 まれて少しの間リンクスに甘えていた。
 暫くしてリュカはいつものきりっとした顔つきに戻る。それを見てみんなも一様に安心した気持ちになった。

「さ、今夜はポートセルミで休もう。そこまで行くよ」

 リュカは声を出して立ち上がる。ピエールを中心にして、リュカのサポート役が決まっていく。サポートに決まった者は馬車の外で、残りは馬車の中に 戻り、再び旅を開始する。

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