1.ポートセルミ

 ビスタの港から定期船は出ていた。それに乗って行けるところは西の大陸の東の突端、港町ポートセルミだった。大きな波もなく、船は静かに穏やかな 海上を航走っていく。
 ビスタの港を出てから数週間後に、無事船はポートセルミの港に着岸する。
 西の大陸でも最大の街と言われるポートセルミは、この港からいくつもの航路を持って世界全体へと旅立つ人々の拠点になっていた。またリュカたちのよ うに各地からこの街にやってくるものも多く、乗り継ぎ港としての役割も大きく果たしていた。

「ピエールはポートセルミに来たことは?」

 港から街中に入ってきたが右も左もわからないリュカは、馬車馬の手綱を引きながら街をウロウロしていた。

「以前何度か来たことかあります。しかしそれがしたちは滅多に表には出ませんから…」

 リュカの質問に返事だけではなく行動でも示したいと思っていたピエールだったがあいにく自由に外を歩いて回ったことは無かった。リュカが何を求め ているかはわからなかったが、そこに案内できる自信もピエールはなかった。

「もう日暮れか・・・街中の散策は明日にして、宿を取ろう」

 少しだけ声のトーンが疲れた感じのリュカはそう呟くと街の案内板のようなものを見つけて、宿の位置を確認する。旅人たちがひっきりなしにやってく るこの街はそれぞれの人たちの毛色に合った宿なども揃っていた。そんな中でリュカはこの街でもひときわ大きく構えている宿に入っていく。ピエールたち は外に止めた馬車で待機と言うことになる。金についてはラインハットを出るときに数千ゴールドと言う単位でヘンリーとデールが持たせてくれていた。そ してこのような大きな宿に止まれば、自ずと食べ残しなどの残飯も生まれる。安く譲ってもらえば、残飯では申し訳ないがしかし、仲間たちにはよい食事に なるのも事実だった。
 少しくたびれた服に深い紺藍のターバンとマント、背中に格好とは不似合いの鋼の剣を携えて場に不似合いの少女-リュカが入ってくる。
 宿ではあったが、一階は大ホールになっていて劇場と酒場、食堂が一つになり、食事をしながらショーを見られるような造りになっていた。
 その場に居た誰もがリュカの姿に振り向いていた。とても一人で旅をしているようには見えない少女が、しかしその腕や足には真っ白な肌に似合わない幾 つもの傷が走っている。格好と容姿、肌と傷、華奢な身体に一介の戦士が使いそうな剣とアンバランス極まりない姿だから、誰もが振り向くのも仕方がな い。当のリュカはそんな視線など構うことなく、戸惑いながら何かを探していた。
 その様子を劇場のステージ奥から見つめている女性が居た。年のころはリュカより二、三歳上と言った、均整の取れた美しい女性だった。その女性は入り 口あたりで右往左往しているリュカを見て口元に笑みを浮かべると椅子にかかっていたローブを羽織り、リュカに近づいていった。

「なにかお困り?お嬢さん」

「えっ!?・・・あ、あのやりたいことがたくさんありすぎでどうしたものかと・・・」

 突然リュカは声を掛けられたが、自分で既に戸惑ってしまっていることは重々承知していたので、声を掛けたのが誰であろうと素直に現状が口をついて 出てしまう。そんなリュカを見てその女性はクスッと含み笑いをする。
 声を掛けられ要件を告げてから、リュカはその声を掛けてきた女性が誰かを確認した。こんなところで知り合いに会うことも少ないが、それでもやはり リュカが知っている顔ではなかった。

「あたしはこの劇場でトップダンサーって言われてる、踊り子のクラリスって言うんだ。よろしく」

「わたしはリュカです。ポートセルミは初めての街なんで勝手がわからなくて・・・」

 お互い名乗り握手を交わす。クラリスがリュカの手を握ったとき、年頃の少女のような柔らかい手のひらをしていて驚いた。背中の剣を振り回すほどの 手ならば、豆なども幾度となく潰れてゴツゴツになった手のひらではないかと思っていたが、リュカの手はその予想を裏切っていた。

「色々やりたいと言うことだけど、まずは宿かな?」

 クラリスが言うとリュカは赤面して頷く。そうしてクラリスに案内されて宿の手続きを取り劇場に面したテーブルの一つに落ち着いた。

「クラリスさんは夜にダンスをされているんですか?」

 クラリスに勧められたジュースを手に、リュカが訊ねる。

「うん、そうなんだけど、あたしはまだトップダンサーだとは思ってないんだよね。一応最初から最後までステージは任せられているけどさ」

 自重気味に言葉を選んで話したクラリスは、少し困ったような顔をして笑った。

「なんで声を掛けてくれたんですか?」

「うん、あたし家を勝手に出てきたんだよ。その家に居る妹にそっくりだったんでね、挙動不審な辺りが。で、ほっとけなくて声を掛けたってわけ」

 リュカの問いかけに丁寧にクラリスは答えてくれた。
 少しの沈黙が流れ、クラリスが口を開く。

「色々やりたいこと、ってのは?」

 不思議そうにクラリスが聞くとリュカはまた赤面してうつむいてしまう。

「あ、あの・・・酒場とかで話を聞いたりしたいんですけど…突然声を掛けられて話とかしてくれるでしょうか?」

 リュカの問いかけにまたクラリスはクスッと笑って見せた。

「ああ、マスターとかみんな気さくだから大丈夫だよ。…あたしも一緒に行ってあげるよ」

 言うが早いかクラリスはリュカの手を握ると、まだ挙動不審さが続いているリュカを連れて酒場のマスターの居る区画のほうに入っていく。

「おや、どうしたんだいクラリス」

「うん、この娘が聞きたいことがあるんだってさ」

 クラリスに促され、リュカはここに立ち寄ったり泊まっていた旅の客の話を聞き、その中にビアンカがいるかを特定しようとしていた。他にも、天空の 勇者の噂を聞いたことがあるかやフローラの居るサラボナの話などについても訊ねてみる。
 ビアンカについては金髪をお下げにした子供が両親と立ち寄ったと言う話が聞けたが、その家族がどこへ行くかなどについては情報はなかった。そして天 空の勇者については、伝説の盾がサラボナにあると言う話がポートセルミでは有名と言う話を聞くことが出来た。これで当面の目的はサラボナに絞ることが 出来る。
 リュカはそう言ったことから、最近はこの劇場や酒場にガラの悪い連中がよく出入りしていると言う話、それらがラインハットから流れてきているとか、 逆に貧しいものが残飯を目当てにウロウロしていたりと言う話も聞いたりした。
 礼を言ってリュカとクラリスは元の二人が座っていた席に戻ってくる。

「…ふーん、天空の勇者ね。あれっておとぎ話じゃなかったんだ」

 クラリスが一番気にかかったのはそこだったらしい。リュカも小さなころはよく、おとぎ話として天空の勇者と導かれし者たちの話を聞いたりしていた が、自分が実際に探すことになるとは思いもしなかった。

「で、リュカ。あとやることは?」

 聞かれて幾らか自分のペースを取り戻してきたリュカは、残りは自分の食事を取り、仲間たちに余りものを分けてもらうことをすれば良いと告げる。ク ラリスはリュカが一人旅かと思っていただけに仲間が居ると聞いて驚いた顔をしていた。

「でもさ、なんで一緒じゃないの?」

「ちょっとワケアリで・・・」

 リュカはそれ以上は何も言わないようにしていたが、クラリスはそんなリュカに詰め寄って仲間に会わせろとせがんできた。挙句、会わせなければ残飯 について手配はしないとまで言い出し、自分が手配しないとなかなかもらえないようなことを口にしていた。
 困った顔をしたリュカは、誰にも話さないことを条件に仲間-ピエールたちに会わせる事にした。

 

「ピエール、悪いちょっといいかな」
 リュカがそっと声を掛けて馬車の中に入っていく。少しの時間ひそひそと話をする声がしたが、その馬車からリュカが頭だけをピョコッと出してクラリス を呼んだ。
 クラリスはそこに居たのが街の外で見る魔物たちだったのでさすがに初めは驚いた。だが、ピエールはリュカを敬いまた丁寧な言葉で接しているのを見 て、他のものたちも話はしないがそれぞれの意思でリュカに従っていることを知ると感心したようにクラリスはそれぞれの目を見つめていた。

「…悪しき心はもうないけど、姿かたちはどうしても、ね。そんな理由で人間一人で宿には入っていたの」

 リュカがそう付け足すとクラリスの今まで見ていたリュカに対する目が少し変わっていた。

「あたしよりまだ若いのに、この子達のマスターだなんて。リュカは凄いねぇ」

 そう言ってクラリスは楽しげにスラリンを抱え込んで鼻歌を歌いだす。
 難しい曲でもないため、自然とハミングすることが出来た。初めはスラリンがクラリスのハミングにあわせ始めて、気付けばリュカもハミングしていた。 それは次々に伝播して行ってピエールやホイミン、ブラウン、コドランみんなでハミングを繰り返していた。
 宿の外に置いてある旅人の馬車から、楽しそうな歌声が聞こえていた。二、三日した後から噂になり始め、不思議な、だが、誰もが和める歌声だと広ま り、その宿が後々噂で大繁盛するようになるのは、また別の話。

 

「ここのテーブルにずっと座ってるのが良い。食事なんかの手配はあたしが済ませたから、向こうから勝手に持ってきてくれる。あたしたちのステージに 合わせてね。終わったらあたしもここに来るから安心しな。じゃぁ、あたしはステージの準備をするから」

 クラリスは全ての準備などを買って出てくれて、リュカは上得意のような扱いでこの宿ではもてなされた。
 一人になったリュカは改めて自分の付いている席と周りを見回す。優遇されているとは言うものの、クラリスの配慮は細かいもので、決してリュカが一人 でも目立たない場所で、ステージのほうもよく見渡せる場所。また回りも余り狭くなっておらず、ゆったりとくつろげる場所だった。
 そんな場所から周りを見ると、ステージの真正面に余り見た目のよくない-いわゆるごろつきの男たちが陣取っていた。その男たちは周りの客を威嚇して 他の客を近づけないようにしていた。また、ステージを挟んでリュカとは反対側には、場に似合わない畑仕事で汚れた服を着た農夫の中年が三人ほどで固 まって居た。

(いろんな人が居るんだなぁ。まぁわたしも人のことは言えないんだけど…)

 リュカはキョロキョロしている自分に笑いながら口の中でひとりごちた。

 

 ステージが終わり、クラリスが戻ってくる。回りの席には別の踊り子たちがそれぞれの得意客のところについていた。その様子を見たごろつきの頭領が 文句を言い出す。

「俺たちにはねーちゃんのサービスはねーのか!!」

 クラリス曰く、こうして踊り子がやってくるのは決まった上客か特別な理由で付かなければならないような客が対象なのだと言う。リュカに至ってはク ラリスの勝手な気に入りで上客扱いされているので、クラリス直々に席についているのだそうだった。
 踊り子たちは慣れた風にその頭領の言うことには耳を向けずにやり過ごしていた。だが、それが逆に気に入らなかったのか、頭領はよりによってクラリス に目をつけて取り巻きを引き連れてリュカの席までやってくる。

「おぅ、なんだよ、こっちの客もねーちゃんかい。どうだ、二人で俺の酌でもしてくんねぇか?」

 そう言ってクラリスに酒瓶を突き出すが、クラリスは慣れた風にそれをあしらって無視を決め込む。リュカもそれに習って取り巻きたちが言い寄ってく るのを無視していた。

「ちっ、なんでー、つまんねぇやつらだぜ」

 しつこく言い寄ってくるのかと思うとそうでもなく、一通り文句を並べると捨て台詞を吐いてごろつきどもは席に戻って行くように見えた。そのとき、 リュカと反対側の席で何か重たいものがどさっと落ちた音がする。ただ重たいものではなく、中は金属、それも特殊な金属-金貨同士のぶつかる音が響く。 ごろつきどもはそれを見逃すはずもなく、取り巻きがあっという間に農夫の中年たちを取り囲んでしまう。

「金持ちだなー、おっちゃん。どうだ、その金俺たちにも分けねぇか?」

 取り巻きが早速その中年に言うが、中年たちは見た目から威圧的で明らかにごろつきとわかる相手に震え上がってしまっていた。そうこうしているうち に頭領がその金の詰まっている袋を持ち上げる。

「ほぉ、千ゴールド位は入ってるか?一緒にねーちゃん呼んで楽しもうじゃねぇか」

 頭領はそう言うと反対側で目をつけたクラリスを呼ぼうとする。が、クラリスは呼ばれる前に席を立つ。

「ちょっと、クラリスさん。まさかあいつらのところに行くんじゃ・・・」

「…行かなきゃ、あのおじさんたちとお金がどうなるかわからないわ。悪いねリュカ、もう少しの間一人で居て」

 リュカがクラリスの腕を持って止めるが、クラリスはじっとごろつきたちの方を向いたままで静かな声で言った。
 絡むごろつきたちに腹を立てていたクラリスだったが、もう一人、我慢のならない人間が居て、ごろつきたちはその人間を怒らせたことが後の不幸にな る。
 クラリスが自分からごろつきの方にやってくると、その頭領は嬉しそうな、ただし下品な顔をしてクラリスの肩を抱く。だが、肩に手を回されたクラリス はその手をビシャッと叩いて見せた。

「なんだ、その態度は?」

「あたしが相手をしてあげるから、そのお金は返してあげて。それで文句はないでしょう?なんなら今晩の食事代はあたしが持ってあげてもいいわよ」

 クラリスは不機嫌そうな顔をして、ごろつきたちの方を一切見ずにそう言う。
 ガシャッと袋を置く音がした。次の瞬間に頭領はクラリスの頬に自分の頬をすり寄せて納得したように頷いた。

「しょうがねぇから、おめえと向こうのねーちゃんで我慢してやらぁ」

 そう言ってクラリスを抱き、もう一人を指差す。その先にはリュカが座っていた。

「ダメよ、あの娘はあたしの上客なんだから、手は出させない」

「んじゃ、話は聞けねぇな、おっちゃんたちの金で飲み食いするしかねぇな」

 その声はわざとらしく反対側に居るリュカにも聞こえるように言っていた。
 その隙にごろつきたちは農夫の間に入り込み、金のことやここに来た目的などを聞き出していた。

「お頭ぁ、このとっつぁんら頼みごとがあってこの金持ってるらしいですぜ」

「ほほぅ、んじゃあ俺たちに頼むのがいいさ、その金くれるならよ」

 ごろつきの一人がそう言って金の入っている袋を見せる。頭領はそれを見てやはり嬉しそうに下品に笑って見せた。だが、それまで黙っていたその農夫 たちの一人が声を上げる。

「いんや、ダメだ。あんたらに任せらんねぇ。だからその金は返してくんろ」

 一人の男がそう言って袋に手を伸ばすがそれを持っていたごろつきは素早くその袋を取り上げる。

「そんなに邪険にしなくてもいいじゃねぇかよ、俺たちがなんでも片付けてやるからよ、ついでに金もな」

 別のごろつきが馴れ馴れしく農夫の肩を組んでそう言う。だが、農夫の中年たちのほうは納得できないと言った様子で、取り上げられた金の入った袋を 取り返そうと飛びつく。しかしそう簡単に奪い返させることもさせないで、とうとう農夫の一人はそのテーブルの上に転げるようになる。それをごろつきた ちは楽しんでいるような感じだった。

「ちょっと!その人たちには手を出すなって言ったじゃ・・・」

 クラリスがそこまで言うと、誰かがクラリスの肩を持ってその台詞を止める。

「リュカ・・・?やめときな、手を出したってろくな事ないから」

「ううん、後悔するのはこいつらだから」

 クラリスの声にこたえたリュカの声は驚くぐらいに静かで低く、澄んだ綺麗な声をしていた。

「逃げるならば今のうちだよ?」

 クラリスとその頭領の間に手を入れて二人を離れさせるリュカは目を細めて威嚇するような態度を取る。だが、頭領にとってはクラリスよりも少し小柄 に見えるリュカが威勢のいい事を言っているのが楽しかったらしく、やはり下品な笑い声と笑い顔でリュカに迫る。

「わざわざ出向いてくれたのになんで逃げなくちゃなんねぇんだ?二人で酌してくれりゃ、こっちのおっちゃんたちには手は出さねぇよ」

 頭領は片手でクラリスの肩を抱き、欲張りにも空いた方の手でリュカの肩を抱こうとする。
 リュカは頭領の言葉に何も言わず、細めた目で不機嫌そうに睨みつけている。頭領の手が伸びたとき、手首を取るとそのまま手をひねって頭領の腕を背中 のほうまで引き上げた。一瞬の出来事で頭領は何もする間もなく腕を締め上げられる。リュカはクラリスからもう片手が離れたのを確認して、頭領の背中を 強めに押した。よろよろと前のめりになる頭領を仲間のごろつきたちが抱きとめる。

「何しやがる、てめぇ!!」

 取り巻きたちの一人が頭領を抱きとめてリュカに抗議の声を上げる。だがそのくらいでリュカも怯む様子はなく、クラリスを自分の背中の方に移動させ ると一歩前に出て、そのごろつきたちに近づいた。

「泣く子も黙る、山賊ウルフたぁ俺たちのことだぞ。こんなことして許されると思ってんのか!?」

 怒鳴りつけた一人が続けてそう名乗りを上げたが、リュカはポートセルミ自体が初めての場所で、そんなごろつきたちの名前などは聞いたこともなかっ た。

「・・・うん。許されるよ」

 リュカは少し俯いたくらいの角度で、床に座り込んでいる頭領を見下ろす形で見つめ、一回頷くとそう言葉を続けた。

「そ、そんな程度の言葉で怖気づくなんて思ってねぇだろうな?」

 リュカの頷きが馬鹿にしているものだと気付くまで、さすがのごろつきたちでも時間はかからなかった。だが、意味もなく向かってくるリュカに少し恐 怖を感じているのか、声が震えているのを隠すだけのことは出来ていなかった。

「別に、怖気づこうがどうしようが関係ない。男ならば力づくで解決も出来るんじゃない?」

 リュカはそれが挑発ではないように淡々と言葉を続ける。ごろつきたちはリュカのその言い方に恐怖が少しずつ増していく感じだった。ましてリュカの 強さが未知数だけに、手を出したときどの程度帰ってくるか予想できなかった。

「ふ・・・ふざけやがって!!そう言って男数人が女に手を出したとでも馬鹿にするんじゃねぇか!?その手には乗らねえぜ、酌したくねぇって言うんな らてめえからかかって来い!!」

 ごろつきたちはただ怖いと感じるだけだったが、頭領はそれが馬鹿にされている、挑発行為であることがわかったようだった。ただ怒りに任せて一人の 女を嬲ることを回避しようと、先にリュカに手を出させるよう逆に挑発して見せた。しかしこの挑発が実は失敗だったことを頭領は後になってから気付くこ とになる。
 リュカは背中に背負っている剣を降ろしてクラリスに預ける。そして改めて頭領を見ると口元だけわずかに笑みを浮かべて言う。

「・・・うん、わかった。…行く!!」

 取り巻きたちの手を借りてようやく頭領が立ち上がったところで、リュカはこう言った。一瞬そこに居た誰もがリュカが肯定してかかってきているとは 思わなかった。リュカはその返事のあと、瞬間的に間合いをつめるとまずは頭領に手を貸しているごろつきの腹に肘打ちを入れ体制を崩す。そこからは周り の数人の腹部に疾風のように立て続けに蹴りや拳を入れていった。その場には頭領だけが残り、他の取り巻きたちは一様に腹部を抱え込んでうずくまってい た。

「せっかく宣言したのに、なんで誰も構えないのさ?山賊ウルフなんて魔物の名をかたる割にはヤワだね」

 周りをうずくまらせたあと、リュカは再び頭領の前に来て、腰に手を当てると困ったような顔をしてそう呟いた。
 頭領は瞬時の出来事で何が起きたのかわからないと言った感じで回りを見回す。自分の取り巻きがうずくまっているのを見てもまだ、目の前の少女とも取 れる女が瞬時にこの状況を作り出したのだと言うことを信じられないで居た。
 リュカはここに来て初めて明るい笑顔を作ってみせる。

「さて、まだやる?もう一回言うけど、逃げるのならば今のうちだよ?」

 今度の声は普段リュカが話すときと同じ明るいトーンの声だった。が、周りに居る人間はリュカのその明るさに少し腰が引けていた。この状態であれ ば、笑ったままで片をつけてしまうのは目に見えていたからだった。この状況になって後に引けなくなったのは、山賊ウルフなどと名乗ったごろつきたち だった。暫くすると、リュカが軽くあしらっていたおかげで取り巻きたちも立ち上がってくる。その中で、頭領だけは別の意味で困った顔をしていた。力で 物を言わせることが普通だったはずなのに、小娘にも近いリュカに力でねじ伏せられてしまっては面目が立たない。
 挑発とも取れる笑顔のリュカを前にごろつきたちはよろよろと立ち上がりながら何とか自分たちの通常の体制に戻る。

「次はどうするの?」

 リュカが首をかしげて訊ねると、頭領は完全に馬鹿にされたと気付き、顔を真っ赤にした。それは周りの取り巻きたちも一緒だった。手に手に短刀や大 きめのナイフ、ショートソードなどを持ち出す。

「リュカ・・・!」

 後ろでクラリスが剣を渡そうとするが、特別その声にリュカは反応しないで目の前の連中がどうするのかを見守っていた。

「てめぇら、やっちまえ!!」

 決まり文句とも取れる言葉を口にしたのは頭領だった。一斉にごろつきたちがリュカめがけて襲い掛かってくる。一方のリュカは束になってきているの を確認すると、少しずつ後ずさる。するとそれまでリュカが居たところにごろつきたちがピラミッドのように積み重なっていく。

「まったく~、芸がないんだから」

 だがそれだけで静かになるような連中でもなく、すぐに起き上がってすかさず次の攻撃に移る。リュカは正面に上段から切りかかってくる相手のショー トソードを左半身を引いてかわすとひいた左腕に勢いをつけて正拳を叩き込む。後ろから来る連中には背後を確認もせずに足を上げると、顎に向けて踵を入 れていく。右に左にと展開している取り巻きには頭を抱え込みその顔面に膝を入れ、返す身体で鳩尾に向けて肘を入れていった。
 リュカはその場から余り動かずに連中の一派をダウンさせる。リュカがあっさりとダウンさせたその状況に頭領は唖然としながら、顔を青くしていた。
 その頭領にリュカは再び間合いをつめる。驚いた頭領は両手を前に伸ばして許しを請うような仕草をするが、気付いてない風なリュカはその伸ばしている 右腕を左手で取ると、自分の方に引き寄せる。瞬時に頭領の右脇に自分の左肩を入れて同時に腰を跳ね上げる。
 一本背負いを掛けられた頭領はそれだけで腰が抜けてしまったようだった。リュカは腰を抜かしている頭領と山積みになっているごろつきたちを見て少し だけ笑って見せた。

「わざわざ剣を抜くのももったいない。このくらいで帰ってくれると嬉しいんだけど?」

 今度は意地悪そうな顔をリュカはしてみせる。もしここで逆らうようならば次は剣を抜くか、今以上に酷い仕打ちが待っている。暗にそう宣言するよう な言葉遣いで言うと、頭領は情けなくも涙目になってコクコクと頷くと、取り巻きを置いて一目散に逃げ出す。それをみていた取り巻きたちも慌ててリュカ の前から逃げ出した。

「リュカっ!!大丈夫!?」

 ごろつきが居なくなったのを確認したクラリスがリュカに駆け寄る。何かをされたようなこともなく、怪我などは見ているだけでもさせられなかったの はわかっていたが、クラリスはリュカにそう声を掛けていた。

「うん、大丈夫。クラリスさんは大丈夫?」

「ええ、汚い手で触られたくらいだから」

 リュカは余裕を持って笑顔でクラリスに答えた。そのままリュカもクラリスの様子を心配する。
 戦士のスタイルではあったため、そう簡単にリュカがやられることもないのはわかっていたが、余りに差がありすぎてあっけなく感じてしまうほどだっ た。その上リュカは無邪気に笑っているのだから、逆に対峙すれば恐ろしくも感じられるだろうと言うのは容易に想像できた。

「あんなに強かったんだ・・・」

 クラリスが言うとリュカは少しばつが悪い感じの表情をして見せた。

「喧嘩っ早いところがあるのと、ついやりすぎちゃうんだよね」

「やり過ぎなんてことないわよ。腕の一本も折ってやればよかった」

 リュカが少し悲しそうに言うとクラリスは逆にもっとしてもよかったと言うように言葉を続けた。二人はとりあえずお互いの無事を確認して席に戻ろう とする。それを止める者がいた。

「んだ、あんたなら信用できるだ、なぁ」

 それは先ほど金の入った袋を取り上げられそうになっていた農夫の中年だった。少し腰が引けてるようにも見えたが、リュカが思ったより小柄で先ほど 見せたような恐怖感もまったくなくなっていたことから、農夫の男たちも容易にリュカに近寄ることが出来ていた。
 農夫の一人が他の農夫に了解を求めるように言うと、一同が同じように頷いた。

「わたしに頼み事・・・?」

 少し戸惑ったような仕草で自分を指差してその農夫にリュカは訊ね返した。その農夫たちが何かを依頼しに来ていることはわかっていたので、リュカは その部分だけを切り取って訊ねていた。農夫たちはわらわらとリュカを取り囲むと先ほどしゃべった農夫を前にして話を始める。

「ここに今、千五百ゴールドある。これは頼みてぇ依頼の前金だ。依頼を受けてくれるって言うんなら、残り千五百ゴールドを渡すだ。んが、成功報酬だ けんな」

 農夫の一人は自分をダサクと名乗り、ゴールドの入った袋をリュカの前に見せた。

「慣れねぇ大金でヒヤヒヤしたんが、あんたみてぇな強い人に会えてよかっただ。ああ、助けてくれた礼もしねぇとだなや」

 一人で一気にしゃべっては一息つくことの繰り返しでどんどん話を進めていく。だが、よほど大金を持ちなれないのと、こういった場所が珍しいのか、 終始カチコチと肩や体に力が入ったままだった。
 リュカはクラリスと余りに早い話の展開に驚いた顔をしていたが、聞くだけ聞いたら?と言った表情のクラリスに促されて続きを聞いていく。

「で、その依頼ごとと言うのは・・・?」

「ああ、そうだ、頼みごとってのは、化け物退治だべ。おっかねぇ化け物が夜に村に入ってきて畑を荒らすだよ、いつ襲われるかもわからねぇ、畑は荒ら される。安心して生活も出来やしねぇだよ」

 ダサクがそう説明する。リュカはこのときなんとなく違和感があった。

「カボチがこのまま終わっちまうわけにもいかねぇしな、ぜひあんた様に化け物退治をお願いしたいだよ」

 一方的に話を進められてリュカも戸惑った顔をしていたが、ダサク他の農夫たちはもう、リュカが依頼を受けてくれるものと思い込んで上機嫌になって いた。

「…化け物、ってどんなヤツなんですか?」

 リュカが取り敢えずと言った感じで聞くと、その農夫たちは一様に震え上がって何も話さなくなってしまう。「困ったな…」と口の中で呟いて、リュカ は腕を組む。

「…でも、人は今のところ襲っていないんですよね?」

 リュカはそう聞くと、そういえばと言った表情で農夫たちは強張らせていた身体を少しリラックスさせる。もし、いわゆる魔物であれば人間を襲うこと は容易に想像できたし、そもそも村の畑を荒らすようなことはしないとリュカは考えていた。何か裏のある、ピエールたちのような魔物。と考えるのが妥当 と思われた。

「…無理だべか?」

 ダサクが上目遣いにリュカを伺ってくる。ダサクたちの押しは強くなく、断ろうと思えば断れた。しかしおそらくその化け物は魔物たちの群れには戻れ ないだろうと予想できた。リュカはその魔物が少しの戦力にもなるのではないだろうかと考えていた。

「わかりました、その依頼お引き受けします」

 少し考え込んだリュカは向き直るとダサクに笑顔で返した。
 それからダサクたちは居づらいのか早々に帰ると言って、リュカに千五百ゴールドを手渡すと一言残してリュカの前から姿を消す。

「おらたちの村はカボチ村っつーけん。ここから南にずーっと行ったところにあるからな、必ず来てくれだよ」

 そう何度もリュカに言った。

「いいの?そんなに簡単に引き受けちゃって」

 後ろで事の次第を見ていたクラリスがリュカに突っ込む。だがリュカは困った様子もなく、むしろ嬉しそうな顔をしてクラリスのほうを振り向いた。

「大丈夫。その化け物が本当に化け物だったら、指示通り退治すれば良いだけだし。人間を相手にするよりは簡単だよ。…下手な魔物だったら、手を焼く かもだけど」

 自分でそう言ってはいたものの、魔物や頭の切れる魔族の類ではないことは話の中で大体わかっていた。農作物しか狙っていないのは頭の良い証拠では あるが、それは動物・魔物と言ったレベルでの頭の良さ、苦労させられるほどのものではないだろうとリュカは踏んでいた。

「とりあえず、中途半端だった食事を済ませましょう。あと、一部の残り物も用意させるから、少し待ってねリュカ」

 クラリスはそう言うと、今までずっと持っていた剣をリュカに返して、二人の座っていたテーブルに戻る。食事をしながらリュカとクラリスは色々な話 をしていた。クラリスはリュカのお人よし過ぎるであろう性格を見抜き、あまりお人よし過ぎるのも危ないと警告をしたいとも思っていたらしい。だが、こ こまでのやり取りでただのお人よしと言うわけではないことがわかって少し安心したとリュカに伝えていた。そして、自分基準で誰に優しくして誰に厳しく 当たるかを判断しているリュカに好感を持っていると言うことだった。
 クラリスにそんな事を言われてリュカは顔を赤面させて照れていたが、クラリスに気に入ってもらったことで、広いポートセルミの街自体も随分居心地の 良い場所になった。その点についてはリュカは感謝していた。
 食事を終えて少し、クラリスが残り物を一通り集めてきてくれた。

「外のお仲間に、だね」

 夕方、魔物の仲間の居る馬車を紹介したとき、クラリスは初めから恐れるような気配はなかった。そして楽しげに歌を歌って居たくらいだった。リュカ はクラリスに礼を言うと一緒に馬車まで食事を置きに行く。

「みんな、遅くなってごめん、食事だよ」

 リュカがそう言って馬車の中に乗り込む。スラリンは楽しげに歌ったときに疲れてしまったのか寝てしまっていた。他の仲間たちも特別、空腹でどうに かなっていしまっているような状態ではなかった。

「リュカ様、クラリス殿。わざわざご足労をおかけしてかたじけない。それにこのような豪華な食事まで」

 ピエールはいつものように恐縮しきった言葉を使ってリュカとクラリスに礼を言う。

「気にしないでいいよ。…食べながら聞いて。それより、さっき騒ぎがあったのには気付いた?」

 リュカは仲間たちに残り物で申し訳ないと頭を下げてから食事を全員に配った。クラリスは眠りながらプルプルと揺れているスラリンに寄り添ってい た。リュカは食事しながらの仲間たちに話を振る。
 全員が騒ぎ自体はわかっていたとの事だった。ピエールは出て行こうともしたが、コドランたちにとめられたのだと言う。リュカ自身が魔物を連れている のが判れば、いい顔をしない人間が出てくるのは目に見えていた。ピエールもそれを承知して、騒ぎの中には加わらないで居たのだと言う。

「そっか。気を遣ってくれてありがとう」

「いえ、リュカ様が手に負えなければ我らを呼んだりもするでしょうから。申し訳なかったのですが、待たせていただきました」

 リュカが素直に礼の言葉を口にすると、ピエールはあくまでマスターを立てるようにと失礼のない言葉で返してきた。

「それで、明日は朝から買い物をして、昼過ぎにここから南にあるカボチ村に行く。化け物退治とは言っていたけど、穏便に済ませられればそうしたいか ら、そのつもりでね」

 リュカが用件を伝えると、ピエールは丁寧にお辞儀をして了解の意を伝える。他の仲間たちもそれぞれの方法で了解とリュカに告げた。

「スラリンにも話しておいてね」

 気持ち良さそうに寝ているスラリンを少し突っつきながら、リュカは仲間たちに一言付け加えた。

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