3.ラインハット解放
戻ったラインハットの城内は静けさに包まれていた。それが人が居ないために静かになっていることに気付くまでそう時間はかからなかった。一階の厨房 や兵士の控え室など、普段人が居るはずの場所に居ないとなると、謁見の間などにも人は居ないと考えていい。ヘンリーはリュカたちを伴って城の前の広場 に駆け出していく。
そこにはラインハットの人々が集まっていた。そして人だかりの中央には高台が作られ、その上には処刑台が準備されている。「…まさか、処刑の対象は・・・・・・!」
ヘンリーが慌ててその処刑台の周辺を見回した。処刑台の後方には、がんじがらめに縛り上げられたデールの姿があった。
「聞け、ラインハットの国民よ!ここにいるデール王は先日、行方不明になっているヘンリー殿下を名乗る者たちを牢から出すと言う重罪を犯した。そし てそのヘンリー殿下を名乗る者と結託し、ここまで国力を上げてきたラインハットを転覆させんとしているのだ。早期に事が判明したため、まずはその首謀 者たるデール王を刑に処す。後に結託したやつらもすぐに見つけ出し処刑する」
声を高らかに上げてそう宣言したのは、デールに代わって政治の全てを取り仕切っていたデズモンだった。そのデズモンの横には満足そうに笑うガーリ ア大后の姿もあった。
群衆の中に飲まれてしまっているリュカたちはデールの処刑に慌てたが、むやみに出て返り討ちにあってもまずいと、まずは慎重に動くことを確認する。 そして、実の子であるデールが処刑されると言うのに笑っていられるガーリア大后の中身が完全に変わっていることを、ヘンリーもリュカも確信していた。
処刑台は見せしめのためもあってか人々の前に台を用意してその上に据えられていた。その台にあがる階段をデールが一歩ずつ上っていく。そして処刑台 に首だけを出した格好で拘束される。絞首ではなく、ギロチンがそこには設置されていた。「国民よ、良く見るがいい!!背信者の結末を・・・!!」
デズモンが高らかに叫び、ギロチンの刃がデールの首めがけて落ちていく。
「行け、ブラウン!!」
デズモンの声が終わると同時に群衆の中から声が聞こえた。そして刃がデールの首にかかる寸前、群集から飛び出したブラウンの木槌がその刃を粉々に 打ち砕く。それと同時にしっかりと高台に固定されていた処刑台を次の一撃でやはり粉々に打ち砕いた。
「なっ、何奴!?」
デズモンの表情が突然暗いものになり、慌ててそのブラウニーと仲間たちを目で探そうとする。
群集がざわついてきた中から、リュカ、ヘンリー、マリア、スラリンが出てくる。そしてその横にブラウンが歩み寄った。「貴様らは・・・!」
「取り乱すな、国民よ!!ここにデール王は救われた。同時に行方不明になっていたヘンリーも帰ってきた!!」
デズモンが決まり文句を並べる前にヘンリーは自分の剣を掲げると、それで無事助かったデールの方へと向ける。そして、自らがヘンリー自身であるこ とも高らかに宣言した。
ヘンリーの声に最初は国民も戸惑い気味だった。だが、デールがほどかれた縄を投げ捨て、ヘンリーと改めて再会を喜ぶと、その時点で半数程度の国民は ヘンリーとデールを立てるような行動に出る。「ここにいる大臣デズモンが全ての黒幕、大后を騙し込んだだけでなく、魔物まで寄生させて操り、全ての国力を我が物としようとしていたのだ!」
デールが声を上げてデズモンの所業を並べる。それに歯を食いしばって悔しそうな態度をするのはもちろんデズモンだった。
「ここで背信者たるデズモンを公開処刑する!!」
デールのその命にヘンリーとリュカ、ブラウンとスラリンが戦闘態勢を整えた。デール方についた半数近くの国民を守るべく、それまでデズモンに従っ ていた兵士たちもデズモンに刃を向ける。
向けられたデズモンの方にも兵士が居なくなったわけではなかった。それら兵士の大半は姿を変えて入りこんでいた魔物たちだった。そして、兵士長の位 についていた兵士もまた魔物で、姿を解き本来の姿を見せる。兵士長たちとして従わせていたのはスライムナイト、その側近にホイミスライムとドラゴン キッズがついていた。「我らが主の命は取らせん!来るなら容赦せぬ!!」
スライムナイトはそう言って剣を抜く。リュカとヘンリーは頷いてスライムナイトたちに対峙する。もちろんそこにはスラリンとブラウンの姿もある。
「ピエールよ、私をしっかり守れい!!」
デズモンはそう言って敵方の群衆の中に潜っていく。それを追いかけようとしたリュカをスライムナイトが止める。
「悪いがそれがしを倒してから先に進んでいただこうか?」
スライムナイトがそう言うと、リュカは返事もせずに腰にある剣を抜き去り、小さなモーションから突然スライムナイトに斬りかかって行く。予想して いたとばかりにスライムナイトはその剣を受け止める。
「・・・あなたたち、悪しき心がないのに、なぜあんな奴に付き従うの!?」
剣を交えたリュカが大きな声を上げる。その声が相手に絶命の止めを刺してはいけないとヘンリー、スラリン、ブラウンに伝わる。
「お主たちにこの気持ちなどわかってたまるか!!」
スライムナイトはそう言ってリュカの剣を跳ね返す。リュカは周りに気を配って、極力絶命させないようにと闘っていく。それはヘンリーたちも同じ だった。
「・・・デズモンになにか、握られているのね!?」
暫く剣を交えていたリュカが再び対峙したときにスライムナイトに訊ねかける。兜で顔までは見て取れないが、それでもスライムナイトのナイト本体が 歯軋りをしているだろうことはリュカにも容易に見て取れた。次にスライムナイトが斬りかかって来ると、リュカはスライムナイトの剣を剣で受け止めずそ のまま受け流す。スライムナイトが体制を崩したところでさらにリュカはナイトが乗っているスライムに足を掛けて転ばせた。
その様子を見たヘンリーはスラリンとブラウンにドラゴンキッズとホイミスライムの相手を任せると、リュカとともに敵方兵士が守るデズモンのほうへと 走っていく。「くっ・・・止めてくれ・・・・・・」
後ろでスライムナイトがうめき声を上げたがリュカもヘンリーもそれを聞くことなくデズモンに食って掛かって行く。
「あのスライムナイトたちに何をした!?」
周りの兵士に化けた魔物たちを蹴散らしながらリュカがいつにも増して鋭い目つきでデズモンに問いかける。だがそんなデズモンは周りを捨て兵とも取 れるような態度で魔物たちに守らせてリュカたちの進行から逃げ回っていた。
「邪魔だ!どけっ」
ヘンリーが言う。そのすぐ後ろでリュカが手のひらの中に呪文を展開していた。
「ヘンリー、どいてっ!・・・バギマっ!!」
怒りに任せたリュカのバギマは通常のかまいたちの大きさからすると比べ物にならないほどの規模になり、デズモンが捨て兵としておいた魔物たちを 次々に薙ぎ倒していく。
「デズモン!逃げてばかりじゃいつか死ぬよ!?」
リュカがそう言って兵を乗り越えてデズモンに剣を突きつける。だが、そこに突如ガーリア大后が割り込んでくる。それを見計らっていたように、ヘン リーがラーの鏡を取り出し、リュカの方に投げて寄越した。
「これでも喰らえっ!!」
ラーの鏡から発せられる光がガーリアを照らし出す。そしてガーリア自身が表面に出てくると、その身体を雁字搦めに複数の魔物たちが取り付いている のが見える。
「義母上!暫くの辛抱を!!」
ヘンリーが言って、表面に出てきた魔物たちをピンポイントで突き殺していく。
それを見たリュカはガーリアの後ろに隠れていたデズモンに剣を突きつける。「ここまでだ。ガーリア大后を取り込みラインハットを混沌に追い込み、それだけではなく一部の魔物の大切なものまでもを奪った所業、許されるもの じゃない」
リュカがそこまで言うと、デズモンは余裕の笑みとも取れるような笑い顔を見せた。
「はっはっはっ、なにか勘違いしてないか?ピエールたちは私に従う理由があるから貴様らに牙を剥くのだぞ?私が何かをしたわけではないわ」
そう言ってデズモンは笑い飛ばす。
その頃、ガーリアに取り付いていた魔物たちをヘンリーとデール、一部の兵士たちが取り除きガーリアが正気を取り戻す。弱っているとは言えそれまでの ことを覚えているのか泣き出してしまったが、リュカがデズモンに問い詰めているのを見ると、ヘンリーとデールの肩を借りて立ち上がる。「そこのデズモンは人間を脅すために人質を取り殺しただけでなく、スライムナイトたちが慕う人間と仲間たちを皆殺しにして、居場所をなくしたので す、わたくしも結局はデールを人質に取られて最終的には魔物たちに…」
ガーリアがはっきりした声でデズモンを言及する。だが、そのデズモンはあまり痛いところをつかれている様には見えず、相変わらず胸を張って大臣の つもりで居るかのようだった。
「…なにがおかしい!?」
リュカがその態度に腹を立てて首筋に刃を少しだけ滑らせる。だが、それでもデズモンはひるむ様子もない。
「これが笑わずには居られるか。誰も彼も人質を取ればあっさりと従い、居場所をなくして下れと言えば、容易に下るものだ。こんな弱々しい奴らが国 を、主を守るだと!?ふざけたことを言うな、ならば権力で勝ちあがった私のような存在を敬うのが当然ではないか!!」
そのデズモンの言葉にリュカは明らかに怒りが達しているのがわかる。
「自分の居場所を奪った奴の言いなりになんて・・・」
リュカがそこまで言うと、スライムナイトとホイミスライム、ドラゴンキッズがそのリュカの手を止めに入る。
「我らの居場所を奪ったのがこやつでも、我らはそうして生きていくしかないのです、所詮は魔物、完全な悪に染まらぬ我らなどこうしているしかないの です・・・」
スライムナイトが悲しげに言う。リュカはそんな言葉を聞いて何も言わずに手を引きはしなかった。
「・・・それがなに?だったら自分の足で立って何かを見つければいいじゃない、誰かに従い挙句は悪事に手を染めるなんて、魔物より性質が悪い!」
リュカが鋭い形相で剣をデズモンに突きつけたまま、スライムナイトを睨み付ける。いつの間にかリュカの横にはヘンリーもやってきていた。
「お前らのたどる道に死はもったいないな」
ヘンリーはそう言うとホイミスライムとドラゴンキッズを素手で殴りつけた。リュカは突きつけていた剣の柄でスライムナイトの兜を力強く叩きつけ た。
「それだ、それが甘いと言うのだ。この国を救いに来たのか知らんが貴様らも・・・・・・・」
デズモンがそこまで言った時、リュカは持っている剣でデズモンの左太ももを貫く。
「くっ・・・この位の事しか出来んのが甘いと言うのだ」
「お前にはゆっくりと味わって死んで行ってもらわないと、こっちの気が済まないんだよ」
リュカはそう言って刺した剣を抜く。相変わらず胸を張っているデズモンを見てヘンリーが来る。
「見せしめでゆっくり処刑と言うわけにも行かないんだよな。悪いなリュカ、こいつは俺たちが片をつけるよ」
リュカからデズモンを引き取ると、ヘンリーは処刑台のある高台にデズモンを引き上げた。
「皆を路頭に迷わせた張本人はこいつだ。苦汁を飲まされた日々はこいつの死をもって終わりを告げる。良く見るがいい、諸悪の根源の最期を!!」
ヘンリーは高らかに国民に向かって宣言した。高台にはヘンリーとデールが上り、二人が剣を構える。そして息を合わせてデズモンの首を刎ねた。
リュカは少し釈然としない表情で、首を刎ねるヘンリーとデールを見ていた。珍しくむきになって怒りを表に出したような気がしていた。だが、もっとも 悪と睨む首謀者をこうもあっけなく刑を執行してしまっていいのかリュカは気に入らない部分もあった。国民に対してのけじめと言う点では、このやり方が 一番正しいのではあるだろうが。
「色々とご心配頂きかたじけない」
スライムナイトがドラゴンキッズとホイミスライムを従えてリュカのところにやってきた。デールが国民の前で今後の方針など説明し、ガーリアととも に国を立て直していくと言う趣旨の内容だった。それを聞いた国民たちは一様に安堵の表情を浮かべて、圧政からの開放を喜んでいた。そしてデールやヘン リー、マリアが城の中に戻っていき、リュカも中に入ろうとしたときだった。
「…心配したわけじゃないよ。ただあなたたちの生き方が気に入らないだけ。騎士なのに自分の志も持たずに悪事に身を染めるなんて」
リュカはそれだけ言ってその場を去ろうとする。
「お待ちください。それがし、あなたのような・・・・・・」
「わたしは今のあなたたちは嫌い。だからついて来たいなんて言わないで」
スライムナイトが何かを言おうとしたところで、リュカは背中を見せたまま言った。スライムナイトはそのまま硬直して、何を言われたかわからないと いった様子だった。
「…そう言うのがダメだって言ってるんだよ。わたしに付いて来てくれるブラウニーとスライムは少なくともあなたたちと違って、自分の志をもってい る。ぎりぎりの選択を迷いなく実行に移せるだけの力を持っている。だからあの二匹をわたしは連れて歩いているんだ。もし、そんな志を見せてくれるのな らば、断る理由もないけど…ね」
リュカはそれだけ言うと、スライムナイトたちのほうを一切振り向こうともせずにその場を去り、城内に入っていった。
謁見の間には、デールとガーリア、ヘンリー、マリア、そしてティラルの姿があった。
「どうかしたのか、リュカ」
ヘンリーが戻るのが遅いことを心配してこう告げたがリュカはなんでもないように手を振った。
「リュカさん、マリアさん、そしてティラルさん。今回は本当に何とお礼を言ったら良いか」
デールがそう言って玉座から立ち上がって深々とお辞儀をする。それをみて名を挙げられた三人はどこか居場所がないかのように落ち着かない様子を浮 かべていた。
「わたくしからもお礼を申し上げます。…わが子可愛さからとは言え、幼少のヘンリーに手を掛けただけでなく、リュカ殿、あなたの父までもを魔の者に 殺させてしまい、どう償ったらよいか・・・・・・」
ガーリアはそれまでと正反対の優雅さと温厚さを身に纏った仕草でリュカに頭を下げてきた。
「デール王もガーリア大后もあまり気になさらないでください。わたしは結局、こう言う運命の元に生まれてきたようですから。それは…大后、あなたを 暴いたラーの鏡が教えてくれました」
リュカはそう言ってデールたちの言葉をやんわりと返した。
それから暫くは荒れていた国のことなどを話したりしていた。それが一段落ついたとき、ティラルが口を開いた。「さて、リュカ。ラーの鏡は自分で見たんだね?」
ティラルが話題を変えた途端、リュカとヘンリー、マリアの三人は身体を強張らせた。その様子を見ながらティラルは特に気に留めるでもなく話を続け た。
「リュカの本当の姿のことについては、隠していて申し訳ない。だけど、パパス殿との約束でもあったんだ。何があってもくじけないでと言った理由の一 つは、その姿を見たときに自分が壊れないようにするため。小さな頃にそれを知っていたら狂気したと思うからね」
ティラルはそう言って軽く溜息をつく。
「ティラルさんはこのことのどこまでを知っているのですか?」
リュカがティラルに真意を聞き出そうと訊ねた。
「一応、全て。だけど、部分的には推測でしかないところもある」
「なぜ、わたしは男なのに女の姿になってしまっているのですか?」
ティラルは困ったような顔をしてリュカに答えたが、リュカはそれでも十分と言いたそうな表情でティラルに質問をして返す。
「まず、女になってしまっている原因は、左腕にある紋。封霊紋(ふうりょうもん)と言うんだけど、それが身体の組織レベルで男であるという情報を封 じてしまっているんだ。だから、男ではない情報、女であると言う情報で体が構築されてしまっていると言うわけ。もう一つ、両耳についている黒い石のピ アスも原因。こっちは黒霊石(こくりょうせき)と呼ばれるものだけど、この二つがセットで呪いを掛けていると言って良い」
話の切り口をどこからしたものかと一瞬悩んだティラルだったが、筋道よりものの話のほうがわかりやすいと考えたのか、封印そのものの話を始める。
「では、このバロッキーは・・・?」
「封霊紋の力を最低限に抑えている。確定要素ではないけど、封霊紋をそのままにしてしまうと元に戻れなくなる可能性があったからね。ラーの鏡を見て も男の実体が見えなくなる状態になってしまっては、リュカ自身の運命を左右しかねないから、その力を封じ留めるものとしてあたしが用意したものだよ」
ティラルはそう言う。リュカ自身でさえ女体化していることが真実であることは、ラーの鏡を通してしか確認できていなかった。それゆえにその情報が 本物なのかどうかと言うのは疑問なところがあった。
「…信じろと言ってもラーの鏡に映ったときだけ、わずかに元の男に戻れただけじゃ無理だよね」
ティラルは疑っているように見えるリュカを見て呟いた。リュカはその質問をされたとき、特別肯定も否定もしないでただじっとしていた。
「…あたしはリュカがその封印をされた直後を見ている。けど男児として産まれたのを見たわけではないんだ。パパス殿からは女になってしまったと言う 言葉を聞いているし、あたし自身はリュカの身体にかけられた呪いがどんな類かは判別をつけることが出来た。だからバロッキーを用意することが出来たん だ」
説明をするティラルの口調がだんだん歯切れが悪くなってくる。それがうそから来るものではないのはわかっていた。リュカはなんとなく責めてしまっ ているような気がしてならなかった。
「…話しづらいことですよね、すみません」
「・・・・・・いや、いずれは話さなくちゃいけないこと。それはリュカのことを見守ってきたあたしの使命だからね」
ティラルは少し戸惑い気味にそう言った。
リュカはその少しの仕草からもティラルがどれだけ話しにくいことを話しているのか察することが出来たが、訊ねることを止めることは出来なかった。「…リュカはこれだけの人が居る前で話をして構わないのかい?」
話すことへの戸惑いもだったが、周りの様子についてもティラルは気にしていた。だが、その事についてもリュカは特に気にした様子もなく、むしろこ の状況を歓迎して話をしているかのようだった。
リュカはティラルの言葉に一回頷くと、再び口を開く。「…わたしが男でなくてはならない理由は何ですか?別にその存在自体が必要なのならば別に女であっても関係ないはずですよね」
「うん、リュカが男である理由は一つ。この先の世界において『血』を残さないといけないからだよ。リュカは『残し導く者』と呼ばれる存在なんだ。 リュカの手で、意思で、血を…子を残す。それをしなくてはならないってことなんだよ」
ティラルはそれだけ言う。リュカはいまいち困ったような顔をしてティラルを見つめる。
「誰がそれを必要としているのでしょう?」
「それは…詳しくは言えないけど、リュカとパパス殿の先祖が言い残したことなんだよ。刻(とき)が来たときにその使命を負った者が産まれてくると。 今がそのときなんだ」
「先祖…ですか?」
自分で質問したことだったが、内容が突飛した事に少し拍子抜けしていた。一方のティラルのほうは真剣な顔をしてリュカに話をしていた。
「先祖を知っているんですか?」
「うん。詳しくは言えないけど、あたしはリュカの先祖と一緒に居たことがある。その先祖が後世で血が必要なときは目覚めるはずだからと言っていたん だ」
ティラルが言うとリュカは少しその様子に不信感を抱く。だがそれも仕方のないことだった。リュカ自身の先祖がどのくらい前から存在していたかは知 らないが、その先祖を知っていると言うティラルの話をそのまま鵜呑みにするには少し説得力に欠けていた。
「証拠が見たいと言う顔だね。まぁ、無理もないけど。信じる信じないは自由だけど、あたしは不老不死でね、数百年前からずっとこの姿のまま。リュカ が子供の頃だってこの姿だったはずだよ」
ティラルはそう言うが、それを信じるものが居るかはティラル自身も疑問だった。だが、それでもリュカは少しでも何かを探ろうと言う顔をしていた。
「誰が、と言う質問は…漠然としすぎて答えられない。だけど今、リュカが天空の勇者を欲しているのと一緒で、その天空の勇者のアドバイザーとして、 血が必要なんだよ。…勇者一人の力だけでは対抗できない。過去に導かれし者たちが天空の勇者の下に七人集まったように、いままた天空の勇者にも仲間が 集まるはず。そのうちの一人がリュカで、リュカは残した血と勇者の血を導く役割を担っているんだ」
ティラルの口から出てきたのは、既に数百年と言う過去にこの世界を闇で覆った大魔王を倒したと言う伝説の勇者の名称だった。リュカ以外はどうして もティラルの言っていることが絵空事のように聞こえてならなかった。だがリュカは違った。かつて子供の頃に廃墟になった街に行った事がある。
(天空に一番近い街、ゴッドサイド・・・)
あのあと、父やサンチョに少し昔話について話を聞いていた、天空の勇者についての伝説を。その中には既に街の名を失ったものばかりだったが、天空 への塔の存在と魔族の城、そして天空に一番近い街としてゴッドサイドと言う名がそのまま受け継がれていると言うことだった。誰かがそのゴッドサイドを 訪れることが出来るかと言うと、その場所を知るものが居ないと言うことで再び訪ねることは出来なかったが、ティラルがうそをついていなければ、天空の 勇者の絡んだ話も信用できた。
「…誰も信じなくても、わたしが求めるのはその、天空の勇者。ならば導くしかないですね」
暫くリュカは黙り込んでいた。周りに人が居る中で当事者一人になっていて、そのリュカが黙り込んでいると他には誰も話すものがなかった。
「信じなくても、いつかこの言葉の意味がわかるはずだよ」
「それを予言した先祖と言うのは…?」
言葉を絡め、何かヒントを言わないかとリュカはティラルに質問を試みた。
「…名も家も出身地も教えられない。パパス殿がなぜ身を隠していたのか、おおよその予想は出来ているけどね。自分で見つけて知る必要がある。何でも 頼っちゃダメだよ」
ティラルは今までは真剣な表情でリュカの質問に答えていた。だがこのとき最後の言葉は少しだけ茶目っ気を出した感じで笑顔をやっと作りリュカに言 う。リュカもそのティラルの笑顔になんとなくつられて笑った。
「ならば、もう一つだけ。過去のことを知っていて、今までずっとそのままの姿で居るのでしたら、そのままの姿で赤子のわたしにも会っていると言うこ とですよね、今までの話を総合しても。…じゃあ、わたしに呪いをかけたのは誰なんですか?」
リュカは自分の封霊紋を残した相手に苛立ちを持ち、仕返しと解呪をしなくてはならないと感じていた。それを知るであろう父は既にこの世を去ってし まっている。今頼れるとしたら唯一、ティラルだけだった。
「後悔はしないね?…でも、突っ走らないと約束して」
「後悔はありません。それに正体がわかっても近づく術がないのでしたら追いかけようがありません。母様を捜す旅の中で相手も探し出せればとは思って いますよ」
ティラルが何かを懸念しているようだったが、それを感じさせないようなリュカの言葉にティラルは少し安心した。
「・・・ゲマ、と言う名前は?」
ティラルから発せられたその名前に、リュカとヘンリーが身体を硬直させる。
「ゲマ、だと!?」
ヘンリーがティラルに向き直って一言言う。ティラルはなぜヘンリーまでが知っているのかがわからなかった。
「本当にゲマなんですか?」
「・・・知ってるの?」
「…わたしとヘンリーを神殿に誘拐して、父様を呪文で焼き殺したのは、そして母様を攫ったのもまた、そのゲマです」
幾らか表情の柔らかくなったリュカだったが、この言葉は再び押し黙り低い声で答えた。
「そうか、ヤツの仕業だったのか、リュカたちの誘拐も。綺麗に手掛かりが途絶えていると思ったよ。リュカ自身が血を残す理由はゲマとの因縁もありそ うだね」
ティラルは深い溜息を一回ついて、言葉を続けた。
リュカは暫くそのゲマの名を頭の中で繰り返していた。
そのあとも暫くはラインハットの騒動の話を中心にしていたが、夜も更けてきたところで解散になる。全員分の部屋が用意されてそれぞれが寝室に通さ れる中、ティラルだけはそれを拒否して夜のうちに次の場所に行くと言って出て行った。
そうして、新生ラインハットの新しい一日が始まっていく。「何故ですか、兄上。今回一番の活躍ですし、僕は結局助けられた身。先頭に立ったものの方が国民はみなついてきます。もう一度お願いします、兄上。 王位を継承してください」
リュカが謁見の間に行くと、ヘンリーとデールが玉座の前で何かを話していた。
「俺が王位なんてもったいないよ。それに十年も行方不明になってて、王政なんかについても何も学んでない。デールがこのまま王位につくのが一番だ よ」
デールとヘンリーは王位継承のことで話しをしていた。デールは兄を立てるつもりで王位を譲ると言っていたが、ヘンリーはそれだけの器ではないと王 位を拒否していた。
「しかし・・・兄上ほどの統率力があれば・・・」
「武力にものを言わせるだけの王なんて、誰かとやっていることは一緒だよ」
ヘンリーがそんな事を言うと、その場に居たガーリアが恥ずかしそうに身を小さくして隠れたがっていた。
そうしているうちにマリアもやってきて、昨日の面々が揃う。「皆さんからも言ってやってください、兄上のほうが力が有るのだから王位継承を了解しろと」
デールは困ったような顔をして言うことを聞いてくれない兄の事を回りに愚痴る。それがどこまで本気なのかはわからなかったが、デールも本来は嫌で 王位を継がせようとしているわけではないようだった。
「・・・わかりました、ではせめてこの国で、兄上の意見も含めて治めていただくことはできませんか?」
デールが不承不承ヘンリーに代替案を提示するが、その代替案もヘンリーは縦に首を振ろうとはしなかった。
「何故そこまで拒むのです?ラインハットには兄上のような志の強い指導者が必要なんです。それを見捨てるつもりですか!?」
「見捨てるなんて事をするわけじゃない。だがどうしてもやらなきゃならないことがあってな」
ヘンリーはそこまで言うと真剣な表情をしてリュカを見つめる。それはリュカも承知していたようだったが、笑顔を作って答えたリュカの言葉にヘン リーは耳を疑った。
「ヘンリーに一緒に旅に出て欲しいなんて言ってないし、同行は許可しません」
リュカがそう言った言葉にヘンリーが驚いたのはもちろんだったが、マリアも当然、リュカはヘンリーとともに旅をするものだと思っていただけに拍子 抜けしていた。
「なっ、おいリュカ!?一人で行くつもりなのか?」
「うん、人間は一人。仲間はブラウンとスラリンがいるしね。それにわたしは女じゃないんだよ?」
抗議の声を上げたヘンリーだったが、それもリュカの妙に落ち着いた態度に驚いていた。
「例え女じゃないにしてもだ、身体や力と言った基礎体力的な部分は女なんだぞ?もしものことがあったらどうするつもりだ?」
「…オラクルベリーではぐれたとき、わたしは至って普通に辿り着けたじゃない。問題があっても。それに、ヘンリーみたいなのがゴロゴロしているなら まだしも、並の男ならばわたしを襲うなんてことはそうそう出来ないよ。街中で呪文を展開するのはまずいけど、痛い目見れば逃げるでしょう」
ヘンリーの言葉にリュカは冷静に反論する。周りが見るのはか弱そうな少女であったが、実際は父には及ばずとも戦闘経験も積んでいる一戦士と言って も過言ではない存在。対魔物だけではなく、加減をした対人間との対戦も十分にこなすほどだった。それを聞いてしまっては、ヘンリーも返す言葉がなかっ た。
「…どうしても一人で行くって言うのか?」
「うん。…マリアが付いて来ると言うのも拒否するよ。ヘンリーは何に納得できないのさ。戦闘はウデだけじゃないよ?その辺が心配なら、力のあるヘン リーがわたしを叩き伏せさせる?」
リュカは無邪気な笑顔を作ってヘンリーに返す。少しヘンリーの逆鱗に触れたようで、ムスッとした顔をしてヘンリーは玉座の後ろにある護身用の剣を 抜く。それを見てリュカも自分の鉄の剣を抜いて戦闘態勢を整える。
「もし俺が勝ったら、嫌でも同行させてもらうぞ」
「万が一にもそんなことないけど、約束しましょう。ルールは?」
「特に禁止事項はない。外での戦闘だと思ってやろう」
そう言ってヘンリーは玉座のある謁見用のステージから降りていく。それに続いてリュカも降りて行った。
ヘンリーの背中を追いかけるリュカが油断していたと言うわけではなかった。予想もしていたが、それでも騎士道精神を持ったヘンリーが汚い手を使って まで価値にこだわるとは思っていなかった。振り返りもせずにヘンリーは後ろに続くリュカに対して剣をつきたてる。リュカはそれに反応したが、横に飛び のくのが精一杯でマントを少しだけ剣の先に引っ掛けていた。「卑怯です、兄上!!どういうつもりかは納得できましたが、それでも・・・」
「デール王、なんでもありを承諾したのはわたしですから、先ほどのものが不意打ちでも攻撃の手である以上卑怯も何もありませんよ」
デールがヘンリーに抗議の声を上げたが、それを止めに入ったのは攻撃された側のリュカだった。
リュカの言葉にヘンリーは少しだけ冷や汗が流れていた。いわゆる卑怯な手と言うものを使ったこともないし、ましてや剣を交えるのも子供の頃に稽古を していた以来だったからだ。一方のリュカも経験的にはそんなに豊富ではないようにヘンリーは感じていたが、ヘンリーよりは余裕の笑顔で先ほどの不意打 ちを交わしていた。そして今は剣を構える様子もなくヘンリーに対峙していた。「余裕、なのか?」
ヘンリーが半分嫌味のように訊ねるが、リュカは表情も変えずにヘンリーに対していた。
その直後にヘンリーは剣を構えつつリュカに斬り込んで行くが、リュカは軽々と鉄の剣を片手だけで扱い、切りつけてくるヘンリーの刃を次々と往なして いく。その様はまるで、ヘンリーがリュカに稽古を付けられているかのようだった。だが、そのままやられるヘンリーでもなく、剣を交えて対峙したとき、 懐に忍ばせていたナイフを左手にとると、逆手でリュカの右目を突きに行く。膠着状態から突然ナイフが出てきてリュかも焦った感じがあり慌てて避ける が、そのナイフは止まらずにリュカの後頭部めがけて返って来た。「・・・バギっ!」
クロスしている剣に身を近づけて少しの余裕を持ったリュカはヘンリーの腹部に右手を当てるとそのままバギを唱えた。密着状態から発生した真空の刃 は避けようもなくそのまま腹部に叩き込まれ、ヘンリーは体制を崩す。
が、崩したところからすぐに体勢を入れ替えると、剣とナイフとでリュカに攻撃し、合間にメラの呪文を唱えて油断させたりする。暫くそうして小競り合 いが続いたが、柄を使ってリュカの剣を跳ね上げると、ヘンリーはリュカを丸腰にしてその鼻先に剣を突きつける。「・・・勝負、ありだな」
ヘンリーが言うがリュカは別にそれで全てが終わったとは感じていなかった。
「兄上、油断は禁物です!!」
デールの言葉にヘンリーは一瞬判断が遅れる。
リュカはそのデールの言葉で行動が一瞬止まってしまっていたヘンリーの右手首を取ると半ば強引に剣の柄から手を外す。そのまま自分の方に引き寄せる と同時に左のハイキックをヘンリーの右側頭部に叩き込む。剣で肌を少し掠めはしても斬ることまでしなかったリュカが、このときは本気で左ハイを入れて いた。「ぐっ」
食いしばった口から衝撃で息が漏れ、それが声になってもれていた。
リュカの左足に跳ね返るようにヘンリーは左の方向に倒れていく。何とか体制を整えようとこらえてみたが、思ったよりも衝撃は大きくまた、顔面に攻撃 されたことが予想よりも衝撃を受けて、体が少し震えだしていた。そのまま左側に倒れこむと剣をそのまま放してしまう。それを拾ったリュカが今度はヘン リーの鼻先に剣を突きつける。「・・・悪いね、ヘンリー。これが本当の勝負だよ」
リュカはそう言って暫く鼻先に剣を突きつけたまま動かなかった。
「…あんなのなしだぜ」
「『禁止事項なし』って言ったの、ヘンリーじゃない」
参ったと降参の表情を浮かべてヘンリーは呟いたが、それでもリュカは甘い言葉などは言わなかった。
「魔物とやるときも人間とやるときも、徹底的に叩いて、敗北を知らせるまでは攻撃の手を緩めない。負け戦だったとしてもね」
そう言うリュカの言葉はどこか淋しげで何かの教訓を物語るかのような感じだった。
「…そうか、あの時は人質に取られて何も出来なかったからな」
ヘンリーはリュカがどこでそれを学んだのかを瞬間的に理解していた。
幼い頃、ゲマと対峙したとき。一方的に呪文を使われ体力を失い、一度だけ明らかに力不足でも唱えられた呪文も、それをきっかけに何かが出来るような ものではなかった。そしてゲマの手に落ちたリュカはみすみす父を見殺しにしてしまったのだった。最後まであがき、致命傷を負ったとしても動いていれ ば、仮にゲマからわずかでも逃げていられれば、何かが変わったかもしれない。リュカはあの瞬間そう感じている夢をもう、何度となく見てそれでうなされ 続けていた。負け戦でも相手に自分の意地は見せてやる。そのくらいは出来たはずだった。リュカはそう考えるようになり、ギリギリでも自分の手の内をさ らしていないうちは降参などはしないつもりだった。それが今回の闘いの中にも現れて、こんな結果になっていた。「異議はないよね?」
リュカがここまで来て初めて笑顔を見せた。ヘンリーも最後まで諦めたつもりはなく、まだ左手にはナイフが握られていたが、この体制でも反撃が出来 るほど攻撃の術をヘンリーは持っていなかった。
「リュカはどうしたいんだ、俺を」
「…わたしに指図されて動くなんてダメだよ。ヘンリーはいま何が出来るか考えなさい」
決着がつき、再び玉座前に集まる。ヘンリーがなんとなくそんな事を聞いたりしたが、きっぱりとリュカはそれを払いのけていた。
「そうだな。まずは国の再興だな。デールを王として国民優先の国づくりをしていかないとな」
「あ、兄上。王位は譲ると先ほどから・・・」
ヘンリーが言うと、それに異議を唱えるデール。ヘンリーは呆れたような力ない笑い方でデールに答える。
「だから勘弁してくれ、俺は王って柄じゃない。人の上に立つのは性に合わないんだよ。その代わりもう旅に出るなんて言わんよ、きっちり補佐させてい ただく所存ですよ、デール王様」
ヘンリーはそう言ってデールに向き直ると丁寧な挨拶をする。さすがのデールもこう出られてしまっては下がるに下がれない状態になってしまう。「ず るいですよ・・・」と呟きながらヘンリーに握手を求めた。
「よし、それじゃあわたしはそろそろ行くことにするよ。ヘンリー、光の教団のこととか子供の誘拐なんか、調べるの任せたよ」
そう言ってリュカはヘンリーの肩に手を置いた。ヘンリーもそれに答えるべくリュカの肩に手を置く。
「気を付けろよ。ゲマのことも調べてみる。天空の勇者も、だな。あと、サンタローズの復興を忘れるわけにはいかないな」
「情報収集についてはヘンリーに一任だね。またそのうち顔出すけど…時間かかると思うから気長に待ってて」
ヘンリーにそう言うと、リュカはヘンリーと握手をする。
「次はどこへ?」
ぎゅっと握り返すヘンリーの手がリュカの手をしばしその場に残させる。
「サンタローズで復興のことを伝えて、西の大陸かな?」
「西の大陸といえば、今までビスタの港を避けて通っていた定期船がまた、ビスタの港に立ち寄るようになったそうです。その船を使えばそんなに時間は かからないと思います」
リュカの言葉を聞き、デールがヘンリーとリュカの間に入ってきてそう告げる。
「西の大陸…」
「フローラの実家のある街が西の大陸にあるそうなんだ。実はもう今頃は家に帰り着いている頃だと思う。前のときに帰るって言ってたんだ」
リュカはそう言って見えるわけでもない西のほうを少し見つめる。
「フローラは記憶は曖昧だと言ってたけど、もしかしたら家宝の盾と言うのが、天空の盾の可能性があると言うんだ。フローラ伝手になんとか譲ってもら えないか頼んでみるよ」
リュカの言葉にヘンリーは少しばかり淋しい顔をしてみせる。だが、その様子に気付いたのか気付かなかったのか、リュカは特別それ以上言葉を掛けた りはしなかった。
そしてそれを少し離れたところで見ていたマリアにも近づく。「マリア、ラーの鏡の件ではありがとう」
「気にしなくて大丈夫よ、リュカ。わたしはもう一度旅の扉を使わせてもらって、海辺の修道院に戻ることにする。そこで神殿の人たちとか、光の教団に 関わること、祈ってる」
マリアはそう言ってリュカを抱きしめた。リュカも軽く抱きしめ返してお互いのこれからを案じた。
「マリア…さん、海辺の修道院にと言いましたか?」
そう言って声をかけてきたのはガーリアだった。
話を聞くと、これまでの行いはあまりにも人間離れし一大后として許されるものではなかったので、王政を子供たちに任せて、自分は修道女としての修行 をしたいと言い出した。デールもヘンリーも驚きひきとめようとしたが、ガーリアの思いも強く修道院まで連れて行くようにとマリアに願い出た。
修道院が受け入れるかどうかは別の問題だが、連れて行くことには問題ないとマリアは言う。
ラインハットはデールとヘンリーが、修道院ではマリアとガーリアがそれぞれの場所でそれぞれの思いを持ってすごすことになった。それを見守り、リュ カも新たな旅に出発する。
ラインハット城下街の外れに馬車は止めてある。リュカは一人になって少し淋しい思いをしながら馬車まで来る。馬車にはスラリンとブラウンが待って いるはずだったが、その馬車の外にはあのスライムナイトたちが居た。
「リュカ様、今一度お話させてはいただけないでしょうか?」
スライムナイトは相変わらずの口調で、だが前日の様子を伺ってものを訊ねる様子はなく、何か自分に見つけたものがあったのかとリュカに思わせた。
「なに?時間はあるから、話を聞くよ」
リュカのほうも一段落つき、落ち着いた所為か口調がいつもの柔らかいものになっていた。
「それがしたちは元々は別の魔物使いに従う騎士たちではあったのです。それももう人間の時間で数十年以上前の話ですが。それがあるときあのデズモン 一派に襲われ、それがしも応戦したのですが一歩及ばず、マスターたちを見殺しにしました。そのとき、デズモンが迫った選択は自分につくか死を待つかで した。ここでの選択がそもそも間違いだったのですね。それからはご想像の通りです」
スライムナイトの言葉にドラゴンキッズとホイミスライムも頷きながら話を聞いていた。
馬車の幌の中では、ブラウンとスラリンも話に耳を傾けていた。「間違いかどうかを問いたいわけじゃないよ。仮にデズモンに従うことでなにか光明を見つけていたのならば、敵として正々堂々と成敗してただけ。だけ どわたしはその光明さえも見出さずに従っていたから、手も下さないでそのままにしたんだ」
リュカはそう言ってその場の地面に座り込む。スライムナイトと正面を向いて初めて話をするリュカに、スライムナイトは恐れ多く感じていたが、まず は自分のことを話すべきだと言葉を続ける。
「仰るとおり、それがしたちはただ意味もなく悪事を働いておりました。そして昨日、デズモンから開放されはしましたが、光明、志がなく、リュカ様に 叱咤されたわけです」
「うん。それがわかっただけでも随分進歩したと思う。わたしもね、強制的に拉致されて奴隷として働いていたからたいして偉いことは言えないんだ。で も、だから、自分のことは流されずに自分の思いを貫きたいとおもっているんだ。…昨日一緒だった緑の髪の男性が、旅に同行すると言ってくれてね。だけ どわたしはそれを断ってきた。もともと付いて来て貰うなんて考えもしなかったからね。頭悪くて話をするのは得意じゃないから、剣で語ってお互いの気持 ちを確認した。そのくらいのことが出来て当然だと思うんだよ、考えられるモノは」
リュカはそう先ほど剣を交えたヘンリーとの事を離して聞かせる。それをスライムナイトたちがどう受け取るかはわからなかったが、でもそう言う形が リュカのスタイルであることをわかってもらうには、一番手っ取り早い方法だった。暫く沈黙が続いたが、スライムナイトが再び話し始める。
「昨日の段階では正直、我らの志はあってないものだと思っておりました。一つだけ、どんな意味でも強きものにこそ従えると思っておりました。ゆえに 安直にリュカ様に付き従うことだけを盲目的に求めていたのです。昨日のあの時点では何を仰られているのか理解できなかったのも事実です。一晩の間に 色々と考えました、ブラウン殿、スラリン殿にも話を聞かせていただきました。悪しき心がなくなっただけではなく、自分の意思を持ってリュカ様に従って いると言うことがよくわかりました」
「…で、どうするつもりなの?ずっとここで待ってて」
色々と話すスライムナイトの様子に、少しだけ引きつった顔をしてみせるリュカだったが、そのくらいのことで音を上げて居られないと自分を引き締め て質問する。
「我らのしたいことが一つあります。マスターの意思を継ぐことです。とは言え我らが魔物使いなどにはなれませぬ。代わり・・・・・・・」
「ストップ。わたしも長話だけど負けないね〜、意外と長いや、ごめんね」
「そ、それは…申し訳ありません」
スライムナイトが話していたのをリュカは堪らず止めた。話が嫌いなわけではなかったが、知りもしないことの身の上話などをされても逆に困ってし まった。
「どうするつもりなの?」
「我らを家臣にしていただけないでしょうか?」
「理由は?」
「元マスターの意思を継ぎ、悪しきものから善きものを守りたいのです。今までの悪事の償いのためにも・・・」
単刀直入にリュカが訊ねると、スライムナイトは一瞬びくっとなったものの、今は自分のやりたいことをしっかりと口に出来ていた。その様子にリュカ は満足そうに笑みを浮かべた。
「やればできるじゃない。でも、わたしが絶対善であるとは言えないから、全ての悪から全ての善を、と言うわけには行かないね」
「…失礼ですがリュカ様、その左腕には封霊紋が刻まれているのではありませんか?」
リュカがスライムナイトの志に対して応えられない場合もあると言って話をした途中で、スライムナイトはリュカのバロッキーの下を見たかのような指 摘をする。
「そんなに神妙な顔をなさらずとも。封霊紋は悪の中でもそれに身を染めるような者が使えるものです。それがしなどは存在を知るだけで、実際に見るの は初めてですが。封霊紋を施されている方が悪の方向に傾いているとは思えませぬ。他の人間では絶対的に悪だ善だとは言えぬでしょうが、リュカ様におい ては邪悪が目をつけるほど。そのような方が犯す悪など高が知れております。リュカ様のような限りなく善に近い方のお傍に仕えさせていただければ、これ ほど光栄なとこはありませぬ」
スライムナイトはリュカの存在が自分たちにとってどんな存在なのかを並べ立てる。
「例えば、リュカ様を他の悪のものから守る、それもこれから我らが目指すものです。供に就けていただけないでしょうか」
今まで悪役っぽく振舞っていたその姿が全て解かれたそんな感じがリュカはしていた。昨日はどこか頼りなく見えたスライムナイトだったが、実際に話 をしてみて鋭い洞察力や観察力があり、一時とは言え何故悪しき者に従っていたのかが不思議なくらいだった。
「…家臣とか従者は要らない。けど、助けてくれると言うその言葉はありがたい。誰が一番なんてことはない。みんな仲間。それでよければ付いてきて。 えーっと・・・」
「それがしはスライムナイトのピエール、こちらのホイミスライムはホイミン、でこのドラゴンキッズはコドラン」
リュカが顎に指を当てて名前を考える。するとピエールが率先して自己紹介を始めた。
「そっか。ピエールは頭がずば抜けて良さそうだね、作戦参謀として活躍してもらうよ。ホイミンは回復役、コドランはブラウンやスラリンと一緒に戦線 だ。よろしくね?」
リュカが言うと、スライムナイトは最敬礼するような仕草を見せた。
「どこまででもお供いたします、リュカ様」
ピエールが言うとホイミンとコドランもそれぞれポーズをとって見せた。
人間に従うようになると強くなると言う魔物たち。元々従っていたピエール、ホイミン、コドランの強さは一目置く物があり、実際の戦闘ではこの三人の 活躍でだいたい事が済んだ。しかしリュカは決して三人だけに任せずに全員戦闘で各自の役割の下指示を出していた。
ラインハット周辺でリュカは新たに仲間になったピエール、ホイミン、コドランの実力を実戦闘で確認した後、いよいよ西の大陸に向けての出発体制を 整える。
ビスタの港へ行く前にリュカたちはサンタローズを訪れた。「そうですか、黒幕は暴かれましたか」
シスターがホッとした表情を浮かべて安心したように伏目で頷く。
「ラインハットは若き王とその兄とで別の意味で強い国になると思います。その兄弟から、サンタローズの復興は近々兵を派遣して始めると伝言を預かっ て来ました」
リュカはそう言ってサンタローズに残るみんなを見回した。以前は落胆してただ暗かった表情が、いまになってようやく明るさを取り戻してきているの がわかり、リュカもようやく安心することが出来た。
「リュカはこれからどこへ行くの?」
しばしの沈黙が流れて、シスターが訊ねる。リュカは心配は要らないといった笑顔を見せてシスターに答える。
「西の大陸に。知り合いもいますし、その知り合いを訊ねようと思います。それにビアンカ姉さまを探したりもしたいと思っているんです。温泉のある村 だと言うことしかわかってないんですけど」
リュカが言うとシスターは優しくリュカを抱きしめる。
「…なんて多くのことを背負っている子なんでしょう。少しでも軽くしてあげられたら私たちもこれほど苦しくないのに」
抱きしめながらシスターはリュカに謝りの言葉を口にしていた。だが、そんなシスターの様子を見てリュカは少し安心して微笑むとシスターを抱き返し た。
「もし、わたしが願っても重荷にならないのならば、三つお願いがあります」
リュカが静かに言う。シスターは静かに涙の筋を作っていたが、それをハンカチで拭いリュカに向き直る。
「リュカが少しでも楽になるのでしたら、いくらでもどうぞ。私たちはただ、ここで見守ることしか出来ませんが」
「見守っていただけるだけで十分です。…三つと言うのは、父パパスへの祈り、わたしの旅の無事、そして、いつでもサンタローズは、ここに住むみんな は明るいくあるように。それがわたしの願いです」
シスターはただ祈ることしか出来ないと悲しげな顔をするが、リュカはそれを払拭するように自分の三つの願いを村人に込める。
「・・・ですから、みなさんそんなに暗い顔をしないでください。明るい村であってください」
人々はそう願うリュカの想いを受け止め、いずれやってくるサンタローズ再興に向けて動き出した。