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1.ラーの鏡

 リュカとヘンリーはアルカパで一夜を明かし、翌日ラインハットに向かって出発した。
 途中、サンタローズの前を通ったときリュカは悲しそうな顔をしていたが、ヘンリーはそれを見ていたがリュカには何も出来ずに悔しい思いをしていた。 サンタローズを通り過ぎ、更に東に進むと目の前には大きな川が見えてくる。その川が旧レヌール領とラインハット領の境で、今はラインハット城自体を守 るための天然の城壁になっている。街道はそのまま川の岸まで続き、岸の部分には関所が設けられている。その関所には監視の兵士がついて関所を通る者た ちの警備をしていた。
 リュカとヘンリーがその関所を何の挨拶もなしに通ろうとすると、当然のように兵士が二人を止めた。

「通行証の提示がないと、ここを通すわけには行かないな」

 兵士が槍を横にしてそこを通れなくする。その様子にリュカは困った様子でヘンリーを見るが、ヘンリーは暫くその兵士の様子を眺めていた。無言のま ま兵士とリュカたちは対峙して時間が少し流れる。そして、ヘンリーは突然顔を明るくすると、その兵士の方に近寄っていく。

「なっ、何を・・・」

『ボカッ』

 兵士が突然近づいてくるヘンリーに対して警戒しようとした瞬間、ヘンリーは兵士のかぶっていた帽子をどかしてその兵士の頭に拳骨を喰らわせる。

「きっ貴様、何をする!!」

 当然兵士は怒り出しヘンリーに槍を突きつけようとするが、ヘンリーは兵士の持っている槍を押さえ込むと顔を近づけてニカッと笑って見せた。

「よぉ、久しぶりだなトム。俺に散々泣かされていたお前がそんなに偉そうなこと言えるなんて立派になったもんだ」

 ヘンリーはそう言って声を出して笑ってみせる。どうやらヘンリーは兵士のことを知っているようだったが、兵士がヘンリーを知っている様子がない。 それでもお構いなしにヘンリーは言葉を続ける。

「たしか背中に蛙を入れてやったこと、あったよなぁ。あの時は一番傑作だったなぁ、お前、いい年して・・・」

「わー、な、なんでそんなことを知ってるんだ!?」

 ヘンリーの言葉にトムと呼ばれた兵士は顔を真っ赤にして言葉を遮る。不思議そうな顔をしてトムはヘンリーを見つめていた。

「まーだわかんないのかよ、俺が蛙を入れた張本人だから知ってるに決まってるだろうが」

 そう言って、ヘンリーは呆れた顔をしてトムの頬っぺたを引っ張る。「いてて・・・」と言いながらトムは涙目でヘンリーをじっくりと見つめた。そし てつねられているその顔が先ほどの妙に緊張していたものから、感激に喜ぶような顔に変わっていく。

「そ、そのお顔立ち・・・まさか、本当にヘンリー王子様ですか!?」

「ったく、…気づくの遅いんだよ。それにまだ本心は疑ってるのか!?」

 トムが涙目で涙声を出しながらヘンリーとの再会を喜ぶ。少し照れているのかそっぽを向いてヘンリーは呆れ顔をしていた。

「お懐かしゅうございます。昔はよく泣かされましたが今は良い思い出。今の・・・」

「おっと、そこまでだトム。それ以上言うと兵士と言う立場上、問題があるだろう。今のは聞かなかったことにするからな。今のラインハットの話はおお よそ知ってる。・・・通してくれるよな?」

 トムが思い出話を始めようとして、ヘンリーはそれを止めた。ヘンリーとの話になっては、今の国を批判するような形になってしまうのは目に見えてい たからだった。ヘンリーはその言葉を止めて足止めしていることについての許可を得る。

「もちろんです、お通りください」

 ヘンリーであることが自分でも確認できたトムはそう言って、今まで足止めをしたリュカとヘンリーを関所の中に通す。そして、関所から川の下を通っ ている通路への道を開けた。

「お気をつけて、ヘンリー殿下」

「お前も色々と注意しろよ、どこで見られてるかわからないからな」

 トムの言葉にヘンリーも言葉を返す。そうして無事にラインハット領へと入ることが出来た。

 

 ラインハット城下街に入った二人はかつての賑やかだったラインハットからの変貌に驚いた。昔は街を行き交う人が絶えず、商店や露天から客呼びの声 が上がり、小さな子供は親にくっついてなければすぐに迷子になるだろうと言うほどの喧騒だった。
 だが今はその影もなくひっそりと静まり返っていた。ただ静まり返っているだけではない、道の傍には物乞いの子供たちがあふれていたり、落ちている紙 切れを拾っては溜息をつく老人などが至るところで目に付いた。賑やかに商店などを出せるような状態でなく、国自体が相当困窮していると言うのが如実に 伝わってきた。

「何だって言うんだ、この状況は」

 ヘンリーが悔しそうに呟いた。
 アルカパで話を聞く限り、今、王の座に居るのはヘンリーの異母弟であるデールで間違いは無かった。だが、デールの背後には常にその母、ガーリア大后 が居て、実権を握っているのはこのガーリア大后であると言うことだった。城下街の人々は圧制に苦しんでいると言うことも聞いてはいたが、ここまで酷い ものだとはヘンリーも予想はしていなかった。
 ためしに城に向かってみたが、トムが関所でそうしていたように、城内に入るにも許可証が必要とされていた。またヘンリーの知らない人ばかりで、関所 のように通りすぎるのは困難と思われた。とりあえず、状況を確認するために二人は馬車を街の外れに置き、街を歩いてみることにする。
 街の中も当然のことながら静まり返っていた。至るところに国を称え、国民は全て国のために有ると言ったスローガンや見出しの躍る広報誌のようなもの があふれかえっていた。国民が国のために努力すると言うのは主に金銭面であり、税金もまともに納められないほどの高額なものになっていると言う。生活 費も捻出できず、商店などをしていない一般家庭ではとても生活できるものではなかった。それだけでなく、城に仕えている兵士たちが我が物顔で家や商店 に入り込み、家の食物や商店の売り物を強奪していくのが日常茶飯事だと言う。仮にそれらが出来ない場合は、最終手段として、涙晶石でもされていた人身 売買で片が付けられる。だが、それであっても正当に評価されることは無く、人でさえまだ必要額には到達しないものでしか無かった。
 あまりの酷さに閉口しながらリュカとヘンリーは宿に来る。
 本来ならば宿代を払い泊まるものだったが、主人たちは金はいらないと言ってただで泊めようとしてくれた。金が出来てしまってはまた、国からの徴収が 来てしまうからだった。リュカとヘンリーは何とか入手できた食べ物で代金の代わりとした。

「酷すぎるな、これは・・・」

 ヘンリーは城下街入り口で覚悟して入ったつもりだったが、それは本当につもりで終わってしまった。あまりの酷さにただ唸るしかできないでいた。 リュカでさえここまでの酷さは神殿での奴隷生活に匹敵するのではないかと思わせざるを得なかった。

「これから、どうするの?」

 城に入るのも一筋縄では行かない。何かしらの策を練って中に入るしかない。

「まず、なんとしてもデールと話をしたい。デールまでが狂っていたなら大雑把に動いても何とかなる。が、デールが正気でいるならば、デールに害が及 ばないように行動しなくちゃな」

 そう呟いてヘンリーは腕を組む。無理矢理に入ることも出来ないわけではないし、型通りの立ち回りしか出来ないような兵士たちは今のリュカやヘン リーたちにとっては敵ではなかった。しかしそうして入ったとしても、腕の立つ戦士などもいると言う噂からすれば、組み伏せられて牢屋行きと言うことも 考えられないことではなかった。

「…城内に入る、理由だね」

 リュカはそう言ってヘンリーと同じような仕草をして考え込む。兵士などに成りすましとか、何かの珍しい行商人になってなど、二人はあれこれと案を 出したが、いまいち説得力に欠けた。
 仕方が無い、と言った感じで、ヘンリーは最後の案だと断った上で話を始める。

「…正面を切るには、全うな理由が一番だろう。あまりこんなことで名を使いたくなかったが…素直に名乗ろう」

 ヘンリーはそう言ってリュカを見る。

「す、素直にって、ヘンリー殿下であることを名乗るつもりなの!?そんなことしても、疑われるだけですぐ牢屋だよ!?」

 リュカは慌てる様子でヘンリーに言うが、ヘンリーはそれで良いんだとばかりにリュカをなだめる。

 

 翌日。
 城門の前に、少し襤褸のある服を身に着けて小奇麗にまとめた男性と女性が居た。

「…いまさら、ヘンリー王子だなどと言ったって信じられるものか」

 兵士はその男性が「ラインハット第一王子のヘンリーだ」と名乗っているので、最警戒してその二人を入れることを拒んでいた。

「信じられなくても、ヘンリー自身なんだ、うそ言ったって仕方が無いだろう。いまさら、政治に何かを言うつもりで来たわけじゃない。ただ、デールに 会わせてくれればそれでいいんだ」

 ヘンリーはそう言って、なんとかデール王に会わせて欲しいと願い出ていた。だが、それでも兵士は城内に入れようとはしなかった。

「…なんなら、あんたも一緒についてきてくれていいし、なにか変なことをするようだったらすぐに刺し殺してくれたって構わないさ」

 ヘンリーは型通りに追い返すしかしない兵士にそう言って見せた。

「ああ、ついでにこいつは俺の大親友だ。行方不明中に色々と世話になったんで、ちょっとデールを通して礼をしたくて連れてきただけだ。・・・こいつ が無理ならば、俺一人でも構わないんだけど・・・」

 リュカのことを気にしているような兵士の視線を感じたヘンリーはこう言って素直に言うが、それも兵士は信じようとはしなかった。
 城門の前で朝からずっと、今は昼近くになる時間だったが、ヘンリーは「自分がヘンリーだ」と何一つ間違っていないことを訴え続けて、デールに会わせ ろと言い続けていた。

「・・・仕方ないな、お前だけだぞ」

 兵士もさすがに粘っていたヘンリーに屈して、デールの元に連れて行くことを了承した。連れて行くのはヘンリーのみで、リュカは別の兵士に監視され ることになった。監視されるリュカは不安そうな表情を浮かべてヘンリーを見つめていた。そして、ヘンリーが連れて行かれるときにリュカは何かを言おう としたが、踏みとどまっていた。
 謁見の間には、デールとデズモン、ガーリア大后が居たが、兵士がヘンリーを連れてきたと言うと、三人が三人とも不思議そうな顔をした。かつての姿や 面影は子供の頃のもので今の姿ではヘンリーと言われても、別人と言われても仕方の無い状態だった。

「何を根拠に、お主がヘンリー王子だと名乗っているのだ!?」

 そう言って噛み付いてきたのはガーリア大后だった。

「根拠?俺の記憶じゃダメかい、義母上」

 ヘンリーはそう言って鼻にかけるような顔をしていたが、それでガーリア自身が態度を崩すようなことはしなかった。そうしたとき、ヘンリーはポツリ と呟く。

「…子分は、親分の言うことを聞くもの、違うか?デール」

 ヘンリーは小声でだが、周りに聞こえる程度の声でそう言う。その言葉を聞いてハッとしたデールは、いまいち信じようとしないガーリアとデズモンを 自室に戻るよう指示した。だが、デズモンは信用できないと言って、そこを動こうとはしなかった。ヘンリーはそこで代替案と言って、少しだけ、デールと 二人で話をさせて欲しいと言う。
 少しだけガーリアとデズモンは離れて、デールがヘンリーに近寄る。二人が二、三言言葉を交わした直後、デールが玉座の方に飛びのき兵士たちを呼ぶ。

「こいつは行方不明の兄上の名を騙る不届き者だ!!表の女ともども牢に放り込め!!」

 

「・・・なにそんな満足そうな顔をしていらっしゃるんですか?ヘンリー王子様」

 結局リュカたちは牢屋へ、馬車も差し押さえられてしまった。
 今回の作戦を何一つとして話されていないリュカは、牢に入れられて尚も平然としているヘンリーに嫌味たっぷりに言う。だが、そんなリュカの嫌味もど こ吹く風、ヘンリーは満足そうに笑顔のままで居た。

「そろそろ、教えてくれてもいいんじゃない?もう、誰もが寝静まっているだろう深夜、兵士でさえ寝てるって言うのに…なんでわたしたちは起きたまま なのよ」

 牢に放り込まれたとき、日はまだ高いところにあったが、その時ヘンリーは無理にでもいいから寝ておけと言った。眠くないのにそのままなんとか寝る ことにしたリュカだったが、粗末な夕食の時間には起こされる。そして夕食後からは眠ることなく起き続けていたのだ。ヘンリーの作戦がどんなものなの か、デール王と話したいと言っていたがそれは叶ったのか、そのあたりのことをまったくヘンリーは話そうとしなかった。深夜帯になり、兵士たちも気の抜 けてきた時間、リュカは眠い目をこすりながら何も答えないヘンリーに文句を言っていた。

「ヘンリー、兵士たちに聞かれないようになんだろうけど・・・」

 リュカがそこまで言ったとき、誰かが牢屋の区域に入ってくる足音がする。リュカは慌てて口を自分の手で塞いだが、一方のヘンリーはそわそわした様 子で、その人影が現れるのを待っているようだった。

「…その兵士は一応、仕込んだ睡眠薬で寝ては居ますけど・・・」

 そう言ってこっそり入ってきたのは、兵士の格好をしたデールだった。

「よし、首尾は上々と言ったところか」

「いきなりのことで驚きましたよ、兄上。それと、昼間は・・・」

 ヘンリーが頷きながら納得すると、デールは少し困った顔をする。そして、謝りの言葉を口にしようとしたとき、ヘンリーはそれを止めた。

「そのことはいい、作戦のうちだしな。それより聞きたいことがある。ここのところ、大后…義母上の様子が変なことはあるか?」

 ヘンリーはデールの言葉を止めて、早速本題に入っていく。
 デールはヘンリーの質問に首をかしげていたが、一回頷くとヘンリーに話を始める。

「おかしいと言うか、既に別人です。デズモンとは妙に打ち解けて話をしていますが、僕とは話らしい話もしませんし、なにより自分が母であることを忘 れているかのような振る舞いです。…大后と言う位を手に入れたからだとしても、少し変です」

 デールの言葉にヘンリーも頷く。ヘンリーは特に大后の様子を見ていたわけではないが、それでも少なくとも前王、父に対して愛情をたくさん持ち自分 にも良くしてくれた女性がそこまで変わるとは思えなかった。そしてなにより、圧政を父が嫌っていたのにそれを強いると言うのも理由がわからなかった。
 たとえそれがデズモンによる策略であったとしても、本来のガーリアであればそれを止め正し、前王のしていた政治を続けていく程度の権力は持っていた はずだったのだ。それが悪政の限りを尽くしていると言うことは、ガーリアが何かの理由で本来の自分ではないところを出していると言うしかないとヘン リーも感じていた。

「…何者かが入れ代わっているとか、か?」

「とは言い難いんです。母上の身体的特徴や癖はなくなっていないので…」

 ヘンリーとデールが神妙な声を出して話をする。
 その間、リュカはなにが起きたのか、なぜここにデールがいるのかなどと言ったことを理解するのに時間を費やしていた。そこに更にわからないことが起 こる。

「代わった、代わらない、どっちも正解」

 リュカ、ヘンリー、デール以外の声が突然する。足音は特に無いが、誰かが近づいてきているのだけは確かだった。デールは兵士の格好をしているが、 牢屋の中に居る人間と親しく話をしているところを見られてしまってはまずい。そう思いデールが動こうとしたとき、その人影が姿を現す。

「ティ・・・ティラルさん!?」

 その姿を見て声を上げたのはリュカだった。その場所には、この中でリュカだけがその姿を知るティラルの姿があった。

「久しぶりだね、リュカ。小さかった頃以来か、随分大きくなったね」

「ほ、本当にティラルさんなんですか!?」

 入ってきたティラルの姿は、リュカが昔会った時のまま変わっていなかった。だからこそ、リュカはすぐにティラルであることを確認できたと言うこと もあった。一方のティラルは確信があってリュカに挨拶をしていたようだが、それでも小さかった頃の面影を少し残しただけで成長した姿に少し戸惑いを覚 えている感じだった。

「…神殿から助け出せなくてごめんよ。行方がつかめなくてね」

 ヘンリーとデールを差し置いて、ティラルはリュカと話を始める。謝りの言葉を口にしたとき、ティラルは素直に頭を下げたりもしていた。

「・・・リュカ、知り合いか?」

 その様子にヘンリーが訊ねると、リュカはイタズラっぽく笑い、それ以上答えなかった。それを見てティラルもなんとなくわかったのか、言葉を続け る。

「あたしのことはまたあとで。それより、ガーリア大后だけど、身体はガーリア大后自身だよ、でも精神レベルで魔物に支配されている感じ。リュカなら 見て取れる『陰』が身体の内部に達している感じだね」

 ティラルはそう言ってリュカを見る。リュカ自身はまだガーリア自身にあったことがないので確認しては居ないが、陰であれば確認できるだろうことは 確かだった。

「陰を見る・・・?」

 デールは不思議そうにして、話に出てきた部分を反芻してリュカに訊ねる。

「正確には悪しき心ってヤツなんだけどね。少なくとも悪しき心に操られている魔物や人間は、悪しき心を具現して見る事の出来る者が存在するんだ。わ たしもそのうちの一人。いまガーリア大后を見れれば、たぶんその陰が具現化して見えると思いますよ」

 リュカは丁寧にデールに話して聞かせる。そのリュカの言葉にティラルが補足説明をする。

「ガーリア王妃は悪しき心にではなくて、それを持った魔物に触れてしまって邪悪の所業をしている状態。ガーリア大后に巣食う魔物を直接見て、剥ぎ取 れば元に戻るはず」

 リュカの言葉と少し違い、ティラルは単に陰ではなく魔物が直接ガーリアに取り入っていると言う。その真意はリュカ自身もまだわからず、直接確認す るしかなかった。

「…魔物が巣食う…か」

 ヘンリーはそう言って腕を組んで考え込む。
 リュカであればその正体を見抜くことは可能だが、かといって指示を受けて対峙したところでミスなどがあっては、ガーリア自身の命に危険が及ぶ。しか しヘンリーたちはその魔物の姿を確認するすべがない。

「・・・そうか、ラーの鏡だ!!」

 何かを思い出したようにデールは小声で力強く言う。

「ラーの鏡?」

 ヘンリーが首を傾げていると、デールはその鏡のことを話し始める。

「古い日記に記されていたものです。この城の旅の扉から南の地に赴いて、真実のみを映す鏡を探しに行くと書いてありました。ただ、その日記の主は ラーの鏡を手には出来なかったそうですが…」

 デールの言葉になんとなくだが光明を見つけた感をヘンリーは得ていた。

「ティラルさん、その真実をみる鏡であれば、ガーリア大后の姿を魔物もろとも映すことは出来ますよね?」

 リュカはヘンリーの納得する姿を確認した上で、念のためにティラルに確認する。

「ん、大丈夫なはずだよ。魔物が巣食っていると言うのは真実、姿を見せた魔物を退治すれば、ガーリア大后も正気を取り戻すはずだ」

 ティラルはそう言ってリュカの瞳を見つめた。

「よし、まずはそのラーの鏡だな。デール、あとを任せて大丈夫か?」

 ヘンリーがデールに訊ねるとデールは力強く一回頷いた。その様子にティラルは安心したような顔を見せる。そしてリュカに向き直り言葉を続ける。

「リュカ、もし自分のことで信じたくないことを見たくなかったら、真実の鏡は絶対覗かないこと。そして、そのまま過ごしていくのがいい。けど、全て を捨ててでも自分を取り戻して、母を捜すのならば鏡を見なさい。今回のアドバイスはこんなもの。意味深だろうけど、その決断は自分ですること、いいね リュカ」

 ティラルは静かな声でリュカに言う。リュカが何を言っているのかわからないような表情をしていたが、いつものマイペースですべてのことをティラル は話した。そのティラルの肩からヒョコっと頭を上げた者がいた。

「何を言ってるかわからないと思いますけど、今と将来を左右することです。受け入れたくなければ絶対に覗かないほうがいいです。後悔してでも自分を 知りたければ、真実を知りたければ覗いて見てください」

「シルフィス…さん?」

 ティラルの言葉を繰り返すように言ったのは小さな妖精の姿をしたシルフィスだった。リュカは二人にこう言われて戸惑った表情を見せたが、少し間を 持ちやがて納得したように頷く。

「・・・わかりました。覗くか覗かないかは自分で考えます」

 リュカはそう言ってティラルとシルフィスに頭を下げた。そしてヘンリーの方を向き、決心のついたすっきりした顔で言う。

「この人たちの言うことは信じて大丈夫。父様が信じていた人たちだから。…だから、きっと大后様は魔物に蝕まれているのは間違いない。行こう、その 南の地ってところに」

 リュカが言うと、ヘンリーは少し困った顔をしたがリュカの意思がもう固まっているような風でもあったため、デールに合図をする。デールは持ってき た牢屋の鍵を出すと、ヘンリーとリュカの牢をそれぞれ開けた。

「兄上、これが旅の扉のある場所の鍵です。そこに日記もあるはずですから、一緒に持って行ってください」

 デールはそう言ってある区画に入れる鍵をヘンリーに預けた。

「よし、デールはこれまで通りの態度を崩すなよ。出来るだけ早く戻ってくるから」

 そう言ってヘンリーはリュカを連れてラインハットを脱出した。

 

「ここは・・・?」

 デールから渡された鍵を使い、城の中にある旅の扉のある区画に入る。そこは書庫も兼ねていて、色々と読み漁ったあとがある。デールが暇をもてあま したときにここに来て読書をしていたらしかった。その中に、話に出てきた日記を見つける。

『旅の扉より南の地に赴く。南の地には古き塔あり。真実を映し出す鏡が祭られていると聞くが、塔の扉は我では開かず。その鍵は修道女が持てり。』

 日記にはこう書かれていた。場所はオラクルベリーの更に南の地だと言う。
 そして旅の扉を通った二人は、木々の茂る中にある祭壇の中の旅の扉に辿り着いた。
 リュカが目を覚まして辺りを見回したが、半ば荒れ果てていてその場所は茂みの中でもあり、回りの様子を伺うことは出来なかった。ヘンリーが近くで気 を失っていて、馬車の中ではスラリンとブラウンが同じように気を失っていた。リュカは三人を起こして、その茂みから外に出た。
 辺りはまだ暗く、あまり視界は利かない。自分から左手の方に高い影が見えた。神の塔と呼ばれる、ラーの鏡を祭った塔だ。だが、その塔に入るには鍵と なる修道女の存在が必要だった。

「…オラクルベリーの南、ってことはやっぱり、修道女って言うのは…」

 リュカがぶつぶつと呟きながらその塔と反対側、自分の右手を目を凝らして見つめる。遠くに何かの建物があるのを確認して、納得したように頷いた。

「海辺の修道院、シスタールキアやマリアの居る場所だな」

 頷くのを見たヘンリーが言葉を続ける。その言葉を聞き、リュカはヘンリーのほうを向いてもう一度頷いた。
 二人は馬車を伴い塔ではなくまずは海辺の修道院に向かう。神の塔の鍵が海辺の修道院に有るとは限らないが、少なくとも何かの情報がそこにはあると考 えられたためだった。
 修道院に着くとちょうど修道女たちが起き出して朝のお勤めの前の清掃に取り掛かるところだった。そして、入り口を開けたのは・・・。

「フローラ!!」

「え・・・?リュカ、さん?」

 少しだけ眠そうな表情で、海からの風に綺麗な青髪をなびかせていたのはフローラだった。リュカの声を初めは空耳かと思って無視するような仕草だっ たが、人影を見たことでそれが空耳ではないことをフローラも認識した。そしてその人影を改めてみると、約一ヶ月前に旅立ったリュカとヘンリーの姿が あった。

「どうしたんです?旅を止めてしまったわけではないでしょう?」

 フローラはまだ信じられないような様子でリュカの手を握って驚いていたの内容を口にする。それについてリュカは否定して、とりあえず中に通して欲 しいと申し出た。修道院内はリュカとヘンリーが戻ってきたと言うことで少しばかりの騒ぎが起きた。その中にはマリアの姿もあったが、リュカとヘンリー を確認すると落ち着いた表情を取り戻して騒ぎには加わらずに勤めに戻っていった。
 フローラの案内でシスタールキアの居るところまで来ると早速二人はルキアに事の次第を話し始める。

「・・・と言うわけなんです。今のラインハットを救うにはラーの鏡が必要です。神の塔の鍵を貸していただけませんか?」

「そうでしたか。…わかりました、鍵をお貸ししましょう。フローラ、シスターマリアを呼んできてください」

 ルキアはそう言って、フローラにマリアを呼んでくるように指示した。

「神の塔に物理的な鍵はありません。穢れ無き清らかなる乙女がその鍵になると言います。今のマリアならば十分にその素質はあるでしょう」

 マリアが来るまでの間にルキアはそう言って説明した。
 また、マリアは二人が旅立ったあと暫くして、正式にこの修道院のシスターとして勤めをするようになったと言う話もあわせてしてくれた。それらの理由 から、今回の件ではマリアにとっても試練であり、うってつけの適材でもあったと言うのだ。
 暫くして、フローラに連れられてマリアが姿を現した。

「お呼びでしょうか、院長様」

「マリア、リュカとヘンリーがあなたに手を貸してほしいと言うことです。…神の塔の話は以前しましたね、二人はあの塔にある鏡が必要なのだそうで す。あなたのこれまでの営みが認められるか、二人とともに神の塔に行って試してくると良いでしょう」

 ルキアは少し厳しい顔をしてマリアに言ったが、マリアは自信ありそうな表情を見せてまず目で返事をする。そしてリュカとヘンリーを見つめて再びル キアに直ると、丁寧に一回お辞儀をする。

「わたりました。お二人を塔の中に必ず導きましょう。私の勤めが無駄ではなかったことも確認して参ります」

 マリアの言う言葉に、ルキアも心配なさそうな表情をしていた。

「すぐに向かいますか?それとも・・・」

 マリアがそこまで言ったとき、突然リュカは膝からガクンと崩れ落ちる。慌ててマリアとヘンリーが近寄ると、リュカは幸せそうな顔をして眠ってい た。そんな姿を見たヘンリーも少しふらついた。

「ああ、俺たち昨晩は寝てないんだよ。リュカには無理させちまったな、二、三日休んでそれらか神の塔へ行くとしよう・・・俺もなんだ か・・・・・・」

 ヘンリーはそこまで言うと、リュカの隣に倒れこむ、だがそれをマリアが止めた。

「ヘンリーさんはリュカを運ぶ仕事が残っています、案内しますからしっかりしてください」

 以前、神殿に居た頃のリュカはマリアでも軽々と持ち上げることが出来るほど痩せていたが、いまは適度に肉がつき、女性ではあまりつかない筋肉も しっかりついていて、そう簡単には持ち上げられない。ヘンリーでさえも簡単とは言えない様子で、しかも今は睡魔と格闘している状態だったためフラフラ としながらリュカを一室のベッドに寝かしつける。そして隣のベッドにヘンリーも倒れこむとそのまま眠ってしまった。

「…まったく、困ったものね。この二人も」

「まぁまぁ、マリアさん。今夜は再会のお祝いですね」

 呆れ顔でマリアは見ていたが、それをフローラが止める。お祝いと言って浮かれたフローラはそう言いながら二人の寝顔を見つめて、優しく微笑んでい た。
 それから二日ほど、リュカとヘンリーは昼と夜が逆転した生活を送ってしまっていた。その二日でようやくもとのリズムを取り戻していた。三日目にな り、リュカとヘンリーはマリアを伴って神の塔へと赴く。

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