3.別の時代、別の場所、また別の涙晶石
「レシフェ、そろそろあたしたちの本当の目的を果たそうか」
ある日ティラルはこう言ってレシフェを連れてゼニス王のところに行く。
「本当の目的?呼んだのはゼニス王じゃなかったのか?」
レシフェはティラルの言葉に首をかしげる。ティラルは「それは違う」と首を振って、レシフェの言葉を否定する。ティラルはゼニス王に事の次第を告 げ、地上で何か起こっていないかを訊ねる。だが、ゼニス王やバーバラの及ぶ範囲内では何も起きていないと言う。しかしティラルはゼニスの城はあくまで 通過点でしかないと言う。
「ならば、地上を見てみるか?」
ゼニス王はそう提案した。ゼニス王にとっては子ドラゴンのこともあったが、呼ばれた本人がゼニス王ではないと言い張るところを見ると、ただ子ドラ ゴンのために時空を超えてきたと言うわけではないと感じられた。
「バーバラ、悪いけど子ドラゴンのことは頼むよ。基礎の教えられることは教えた。あとはどのくらい慈愛に満ち、人を魔物を大事に思うか、その辺りを 叩き込んでやればいいと思う。話をしだすのもそう遠い時間じゃない」
レシフェは一旦教育などを、卵の段階から守っていたバーバラに任せる。そして、本来の目的のためにティラルとともに地上に降りる。
「地上のことは一通りゼニス王から聞いた」
レシフェが言うがティラルはそのことはあまり興味がないようだった。
「…何がどうなっているかを探る。あとは…精霊ではないけど、ゼニス王でもない別の存在が居るのは違いないんだ。実を言うとそっちから呼ばれている ことはわかっていたんだけど…」
「特定がなかなか出来ない?」
ティラルは考え込みながら事情を説明する。その事情を聞き的確にレシフェは疑問をぶつけてきた。レシフェの言葉にティラルは半分納得できないと 言った表情で頷いてみせる。
「時間、かかるかもしれない」
ティラルはそんなことを言ったが、そのティラルの背中をレシフェは飛び上がってバシンと一回叩く。
「もう、こっちに来ちゃったんだ、何百、何千と時が過ぎてもやれることをやればいい。それにゼニスの城と地上は時の流れが完全に違っている。ゼニス の城のほうが断然早いから、戻った頃には子ドラゴンは育っているさ。その辺の心配ならば、するだけ無駄だよ」
まだ外見は少女で身長もティラルの腰の少し上しかないレシフェだが、生きている時間は明らかにティラルよりは長い。その分の教養などを元に事態を 把握する辺り、レシフェは十分に世界を見守ってきただけの存在であることは確かだった。
二人は手近な街を訪れる。そこはまともな街と言う感じはなく、バラックを組み合わせたような街だった。そして、ティラルやレシフェと言ったよそ者を とことん嫌っている感じがあった。話を聞こうにもすぐに逃げ出したり沈黙を保ったままで話をしないものが多い。「・・・ここ、流れ者の街だ。バーバラから聞いた。勇者の剣を鍛えた鍛冶屋が居るんだそうだ、とっても若くて可愛い女の。さすがにあたしほど若いこ とはないだろうけど」
そう呟いたのはレシフェだった。地上に降りることになると言うのはレシフェも覚悟していて、あるときバーバラとそんな話になったことがあった。そ のときにバーバラも色々と理由があり地上を旅した経験があると言うことで、その旅のことを卵に聞かせる目的も含めて話してもらったことがあったのだっ た。
ゼニス王が言った夢の世界と現実の世界の二つが成ってしまった状態から、それを具現化した魔王を打ち倒すまでの話。実はこの世界には密かに語られる 勇者の存在があったらしく、その勇者は勇者にしか装備できない伝説の剣、鎧、兜、盾を持って魔王に立ち向かったのだと言う。
その勇者たちは現実世界では別のそれぞれ職業を持った人間だったが、一度魔王の手下に牙を向いたときに、身体と心を分離させられ、身体は現実で眠 り、心だけが夢で活動していたのだと言う。そんな中でバーバラだけは夢の世界の住人で、現実に実体は持たない。そのため夢から具現したゼニスの城に今 は居るのだと言う。「バーバラは勇者と同じ伝説の魔法使いの生まれ変わりで、究極の魔法が使えるんだってさ」
「こっちのことはあまり覚えていないの?バーバラさんは」
ティラルが言うとレシフェは一回頷く。
「記憶が定かじゃないんだってさ。魔王を倒して夢の世界が現実ではなくなった時点で、バーバラ自身も実体を失った。そのときの副作用的な感じで、記 憶の混乱があるんだって。だから、旅のことはおとぎ話程度で聞いてくれと言われた。勇者のことも詳細は教えてくれなかった」
レシフェはそんなことを話しながらこの街の中をティラルと歩いた。
この街では勇者の剣を鍛えた鍛冶職人が居ることまでは確認できていた。バーバラは確証を得るなと言っていたが、言うことは大体が本当であろうと思 われた。ただ、唯一勇者のことだけは語ってくれなかったため、会うためにはその勇者の情報を聞き出す必要があった。
レシフェとティラルはこの勇者に会って、人間でも魔物でもない者と会ったことがあるかを聞きたいと思っていた。「…ああ。そういえば、その鍛冶屋は歌に合わせてリズム良く剣を打つらしい。歌が聞こえるのを待つか…いや、ここでこいつを使ってやるか」
レシフェはそう言って背中の天叢雲剣を取り出す。スッと鞘から抜き去ったその剣は、少し前までは確かに切れ味の鋭い刀で波紋も浮いていたが、いま レシフェが手に持つのは、錆びてしまってどうにも使えない刀でしかなかった。
「な、なにこれ!?」
思わずティラルが声を上げる。異次元の空間では、異形の魔物相手に次々と斬りおとして行っただけに、その変化は信じられないものがあった。だが、 レシフェはニコニコと笑っているだけで何も話そうとはしなかった。
レシフェに連れられティラルが来たのはある武器屋だった。「ここでは剣を打ち直してくれたりしてるのかな?」
レシフェが突然そんな舌っ足らずの言葉と幼い声を出し、これにもティラルは驚く。ここに来るまでに子ども扱いした場合にはたいてい雷が落ちた。つ いからかってしまうが相手は既に元の世界では数百年を生き抜いた存在、簡単に子ども扱いされるのは嫌だろうと納得していた。が、ここに来てその禁忌は レシフェ自身の手で破られた。
レシフェが天叢雲剣を差し出し武器屋が様子を見るが見た途端に首を振る。「そう」と残念そうに刀を受け取ろうとしたレシフェだが、その刀は武器屋が スッと取り上げる。「なぁ、あんたら旅人だろう?今不思議な石が出回ってるのを知らないか?」
武器屋はそう言ってレシフェとティラルに話を持ちかける。
石のことなどゼニス王やバーバラからは何も聞いていなかっただけに、突然話題が出たときには二人とも目を丸くする。が妙に勘の冴えていたレシフェは 子供特有の笑顔を見せてボソッと呟く。「その石があれば、剣を鍛えられる人間、教えてくれるんだね?」
レシフェのイタズラ好きそうな笑顔にその店主は満足そうに頷いた。そして剣をレシフェに手渡した。
「そういうこった。どうやってここに入ったか知らないが、今度はこいつを門兵に見せな」
武器屋はそう言って通行証と書かれた紙切れをレシフェに渡した。
「…許可が要るんだ、知らなかった」
紙切れを覗き込んだティラルが初めて知ったとばかりにポツリと呟いた。
二人は空間を無理矢理渡って町の中に入ってきていたため、特に騒ぎにはならなかったが何かと門兵が邪魔をすることには気になっていただけに、通行証 の存在を知りようやくその謎は解けた感じだった。
武器屋に手を振って二人は店を出る。まずは一つクリア、と言いたそうな満足な笑みを浮かべたレシフェだったが、ティラルはあまり楽天的ではないよう で、レシフェを建物の陰まで強引に引っ張っていくと小声で問い詰める。「あんな簡単に受けちゃってどうするの!?そんな石の情報もないのに、どうやって見つけ出せって言うのさ!!」
「あう、うるさいよティラル。そう焦りなさんな。時間、どれだけかかったって良いって言ったの、ティラルだぞ?」
突然問い詰められたレシフェは耳を塞ぐ仕草をしてティラルの文句に反論した。続いてティラルは刀を手に取るとその場でスッと抜いてみる。今度そこ にあった刀は、今まで何度も目にしていた天叢雲剣そのものだった。不思議そうに刀身に触れようとしたティラルの手をレシフェが止める。
「何してんの!?斬れるってば!!」
少しの傷でも、魔物が出てはその戦闘の際に少なからず影響や隙が出来る。そんなことをされてはならないとレシフェはティラルが触ろうとしたその手 を無理矢理引きとめた。
「…さっきまで酷く刃こぼれしてたのに」
武器屋に見せたときはとても切れるとは思えないほど刃こぼれし、刀身の輝きも失っていた刀は、今は初めてそれを見たときのような妖しくも艶やかな 光を放ち、見るものを吸い込んでいく。
「そのくらい、『マヌーサ』が使えればどうとでもなる」
レシフェは呆れたようにティラルに言う。その言葉を聞いてティラルは再び驚いた顔をして、そのあとは怒り出していた。
「レシフェ!!あんたあたしにまでマヌーサかけたの!?」
「…呪文を使ったんじゃなくて、幻惑を生む『状態』を作ったの。あたし以外の全てが幻惑を見るんだ。別にティラルの落ち度じゃないさ」
仲間の自分に欺く呪文を唱えたとティラルは怒ったが、レシフェが実際にやったのは呪文などのレベルではなく、その一帯全てが幻惑に包まれる空間の 操作だった。
「ティラルもがっかりしてもらわないとつまらないしさ」
レシフェはイタズラっぽく舌を出して笑ってみせる。
「意地悪すぎですよ、竜の女王」
ティラルは目を細めて冷たい視線を送り、嫌味たっぷりに言った。だが当のレシフェはそんなこと構っていられないとばかりに次の場所に行くための準 備を始めていた。
ある別の街でもその不思議な石の噂は流れていた。ただ突然ローブをかぶった不気味な人間がふらりとやってきては、高額な金額を要求してその石を 売ってくれると言う。そしてその石は幸福を呼び不幸を払うなどと言う話もあるらしい。だが、実際にその石を手にした人間が幸福になったかどうかは疑問 で、一部では盗賊たちに襲われ一族が絶たれたり、家族間で殺し合いになったりと逆に不幸を呼ぶ石とも言われているようだった。
出来事を聞いているそれぞれの場所でその評価は色々なものになっていた。
そんな曰く付きの石だけに、一度でも見てみたいと集る人間はあとを絶たなかった。
レシフェとティラルは何とかその不気味な人間に接触しようとしたが、話を聞くに従ってそれが本当に存在している人間かどうかもあやくしなって行く。
そうして旅をしている時二人はある城を訪れる。そしてその城の中は少し異常な空気が流れていた。二人はその城の王に謁見を申し出る。それはあっさり と受理され謁見できたのだが、当の王はぐったりと疲れきってしまっていた。「済まぬな、せっかくの旅人が謁見を申し出てくれたと言うのに。だが、今はそれどころではなくてな」
話を聞くと、正式に世継ぎに内定した王子が、何かに憑かれてしまったようで剣の稽古を進んでするようになったものの、次々と殺そうとしているのだ と言う。指南役たちはまだ未熟な王子に対してなんとか防ぎきってはいるがいつ殺されるかわからないないと言って逃げでしてしまっているのだと言う。今 は指南役も居ないのだが、肝心の王子はそれでも憑かれた様に人間を殺したがっているのだと言う。
レシフェとティラルは顔を見合わせて不思議そうにその状況を聞いたが、よくよく話を聞いてみると、七色に光る石をどこからか王子が持って戻ってから そんなことが起こり始めているのだと言う。「その石と言うのを見せていただけますか?」
「実はその石も王子が抱え込んでしまっていてな。おそらくそれが原因だろうと思われても、奪い返せんのだ」
王はそう言って首を振り脱力する。レシフェはティラルに笑みをこぼし、ティラルもレシフェに頷き返した。
「仮にその石、取り上げられたらいただくことは出来ますか?」
レシフェがそう言うと、王は驚いた顔をする。自信満々の笑顔でレシフェは王を見つめ、ついているティラルも心配なさそうな顔をして王に微笑みかけ ていた。
「出来るのならば、好きにして構わぬ。王子を助けてくれ」
王は驚いた顔のまま、しかしすがるものがあれば何でもすがりたいといった様子でレシフェの申し出を受け入れる。二人は衛兵と王に連れられて地下に ある牢屋に来た。そこには剣を抱え込んだままでじっとしている王子の姿があった。牢の前にレシフェが立つと、獲物を見つけたように突然その剣で切りつ けてくる。牢屋の鉄格子があり、ガキンと鈍い音を立てて剣は止められるが、それでも構わず王子は剣を振るってきていた。
「…色々と考えるのは後にしましょう。ティラル、あたしがやるよ」
「気をつけて、レシフェ」
牢の鍵を開けてもらうと、レシフェは王子が出てくるのを待たず、自分のほうから牢の中に入って行く。レシフェのとる行動が今まで王子にかかって いった指南役たちと比べて違いすぎるのか、王はその様子に驚きを隠せないで居た。
レシフェが牢の中に入り刀を構えようとした直前、王子は右手に剣を、左手に何かを隠し持ちレシフェに斬りかかって行く。背中にある刀の柄を握ったま ま難なく王子のそれを避けると鋭い勢いで刀を抜き去る。レシフェが構えたときにはもう王子は二撃目を入れようと向きを変えてレシフェに斬りかかるが、 それもあっけなく避けてみせる。暫くそんなやり取りをしていると、王子の方に疲れが出てきたのか、動きが鈍くなってきた。そこでレシフェは刀を峰のほ うで構える。次に王子が突進してきたとき、レシフェは剣を避けながら左手首辺りに峰を打ち込み、一旦通り過ぎる。瞬間振り返ると袈裟斬りのように王子 の左肩に峰を叩き込む。
王子はその一撃目で左手に持っていた七色の石を落とし、二撃目を受け激痛で気を失った。「…混乱でもしていたのかな?」
そう言ってレシフェは王子の様子を見るが、今は打って変わって疲れが出ているものの年相応の顔をして眠っていた。
足元には七色に色のついている鈍く光る石が転がっていた。何気にそれをレシフェは取り上げるが、触った瞬間酷く嫌悪を表すような不快な感触が右手の 中に渦巻く。同時にレシフェ自身も酷い嫌悪感に襲われ表情を暗く堅くした。「どうしたの、レシフェ?」
「これ、凄い悲しみ、淋しさといった負の感情が渦巻いてる。…それと、何者かの憎悪の思念もわずかにある」
レシフェはそう言って手にした石を見る。石自体は七色に光っている以外は特別変な所はないが、レシフェとティラルには感じられる石に宿った感情 が、石を持ったとき二人を不快にさせた。
王子は暫くすると意識を取り戻したが、それまでのことは一切覚えていないと言う。石のことはどうして手に入れたかまでは覚えていないと言うことだっ た。王に確認して、その石を受け取ったティラルとレシフェは、再び流れ者の街まで戻る。
「…これ、ただの石じゃないよ。原因とか調べられればいいんだけど」
レシフェはその石の異常性を握りながら感じていた。レシフェやティラル程度の存在であれば、このくらいの石に自分の意思を左右されるようなことは ないが、人間レベルでは容易に操られかねない。特に意思が弱い人間はそれが顕著に現れると思われた。
流れ者の街の武器屋に着く前、レシフェは法術を使って石のレプリカを作り出す。本来こう言った事に法術は使わないで居たのだが、単純な石ではないこ とがわかっては、そう簡単に手放すわけにも行かなかった。
武器屋でレプリカの方の石を渡し、鍛冶屋の場所を聞く。そして教えられた場所に行くと、ちょうどティラルと同じくらいのまだまだ若い少女が居た。「なんだい、あんたら」
「…勇者の剣を鍛えたんだってね、その勇者のことを教えてほしいんだけどさ」
少女の質問を一切無視して、レシフェは訊ねかける。そんなレシフェを見て、興味はないといった様子でそっぽを向く少女。それに対してレシフェは背 の刀を抜いて少女の顎先に切っ先をつける。
「脅したって教えやしないよ・・・なんだい、この剣は」
少なからず興味を示した時点で少女は自分の負けをその瞬間に悟る。レシフェは嬉しそうに笑顔を見せて少女に再び訊ねた。
「勇者のこと、教えてくれたらこの剣のことも教えてあげる」
レシフェが言うと少女は降参と言った表情を浮かべて、深い溜息をついて刀を下ろすように指示を出す。
話を聞くと、この街から西に行った三方を水に囲まれた城の、青髪の王子がその勇者だと言う。
場所を確認して、約束どおりレシフェは刀をその少女に見せる。刀身がどんな具合に出来ているとか、なぜ両刃ではないのかなど色々と調べていたが、最 終的に行き着いた結論は「複雑すぎて自分には作れない」と言うことだったらしい。どうしたら手に入るかと訊ねられたが、今のレシフェでも入手困難なこ とを伝えると、少しがっかりした仕草を見せた。
礼を言ってレシフェとティラルはその勇者の居ると言う城に出向く。
地上では幾らかの魔物の姿を確認できたが、それらは凶暴ではなく人を襲うことも少なかった。レシフェとティラルは戦闘そのものもまともにせずに、 数週間かけて勇者の居ると言う城に着く。
その城と城下街は閑散とはしてないものの、活気にあふれているような感じもなかった。街の中を見て回ることもなく二人はその城目指して中へと入って いく。城内も警備が厳しいわけではなく、誰もが容易に中に入ることが出来るような状態だった。そのため、旅人であるレシフェとティラルも王への謁見ま では問題なく出来た。「良く来た、最近は旅人の姿も減ってしまったんだが、こうして訪ねてくれてうれしいぞ」
王はそう言ってにこやかに二人を出迎えてくれた。
「早速ですが王様、ご子息とお話をさせていただきたくこちらに参ったのですが・・・」
レシフェが外見とは裏腹な言葉を使って王に勇者と話をさせてくれるように頼む。
「…イザにか。しかし・・・」
王がそこまで言うと、旅支度を整えた青い髪の青年が階上から現れた。
「…僕がイザだ。異国のお嬢さん方。なにかあったんだね、僕に手伝えることならば喜んでさせてもらうよ」
その青年−イザはそう言ってレシフェとティラルに挨拶した。
この様子に王は少し残念そうに俯き、イザを引き止めようかとする仕草を見せる。「ありがとうございます、イザ王子。ですが、お父上の訴えを聞かなくても良いのですか?」
レシフェはそう言って王のほうを向くと、的を射抜かれて驚いた表情をして王はその玉座で居心地悪そうにもそもそと動いていた。
「…内容次第ですよ、それに…なにか背後にありそうですし、あなた方は」
イザはそこまで見抜いていると口にした。
王はその言葉を聞き軽く溜息をつく。そんな様子にティラルが笑ってみせる。「ん?どうかしたの、ティラル」
「子を思う親は、どこの場所・どこの時代でも変わらないんだなと。あたしも父上に散々心配されたんでね」
ティラルがそういいながら王の姿を見ると、王は顔を赤くして俯いてしまう。
「本題に入ろうか、どんなことでここまでやって来たんだい?」
ティラルの言葉に笑顔を見せたイザだったが、すぐに向き直ると本題を持っているであろうレシフェの方に向き内容を訊ねる。
「何から話したものか…」
レシフェは少し困った様子をティラルに向ける。ティラルも同じように困った顔をするが、まず最初にイザの警戒を解こうとティラルは言葉を口にし た。
「以前、あなたが旅をしたとき、バーバラと言う女性と一緒でしたね?」
ティラルの言葉にイザは驚いた表情を見せる。バーバラはもともと現実の人間ではないため、実在しないはずだった。だからもう二度と会うことも、そ の名を聞くことも出来ないだろうとイザは感じていたのだがそんなときにバーバラの名を聞き驚いたのだった。
慌てて頷くと、ティラルは笑みを浮かべて言葉を続けた。「実は、事の次第を話したところ、バーバラさんからあなたに会うのがいいのではないかと提案されたのです。ただ、彼女自身色々と記憶の混乱があるら しく自分から案内は出来ないと言っていたので、あたしたちだけでやってきたわけなのですけど」
ティラルが丁寧に話すと、どこか納得したような表情になってイザはうなずいていた。
「…そのバーバラに話したことは、この世界で『魔物でも人間でもない存在』のことを聞くには誰が適任かと聞いたんだ。そうしたら、あなたの事をバー バラは挙げたんだけどね」
レシフェが核心の部分を少しずつ話し始める。
魔物でも人間でもない存在、と言う言葉を聞きイザは少し考え込む。その様子を見てレシフェとティラルは感触ありと感じお互いの顔を見て頷いた。「なにも隠さず話そう。あたしの名はレシフェ、こっちはティラル。元々『この世界の人間ではない』んだ。別の世界、別の時空からやってきた異世界人 とでも言おうか。なぜこちらに来たかと言うと、こちらの『何者か』があたしたちを呼んだらしいんだ。ただ、その呼んだ者が誰で、何のために呼んでいる かまではわからない」
レシフェが一息ついてから、本当のことを話し始める。イザはそれに関してあまり表情を変えはしなかったが、後ろで話を聞く王は異世界人と名乗る二 人を見てどこかおびえるような表情を作っていた。
「あたしとレシフェで少し地上のことを調べては見たんだけど…一つだけ変なことが」
ティラルの言葉にイザは何が起こっているのかと訝しい表情を作ってみせる。それは王も同じで、何かあったのかと興味を持ち三人の話に聞き耳を立て た。
「…この石、ご存知ですか?」
そう言ってレシフェが差し出したのはあの七色の石だった。イザは初めて見るようだったがそこで突然、王が目の色を変える。そして、レシフェの手か らその石を奪おうと暴れだした。
レシフェに突進してきた王をレシフェはかわす、そのままイザにぶつかる王はイザの背にある剣を瞬時に抜くとそれを構えてレシフェに再び突進する。最 上段から剣を頭めがけて振り下ろす王に対して、レシフェは石をティラルに投げ渡すと、自分も刀を抜いて王の剣を受け止めた。レシフェが石を投げたのを 見ていたのか、石がレシフェにないことを見るや、その渡った先、ティラルに今度は突進していく。レシフェに背中を見せたのが王の悲劇だった。レシフェ は刀の峰を返すと容赦なく王の左の肩口に一撃を叩き込む。「ぐぁ!!」とうめき声が聞こえて王は力なく倒れる。「申し訳ない。が、斬ってはいないから安心して欲しい」
レシフェが気絶させたことについて頭を下げる。
「いや、礼を言うのはこちらのほうだ。…その石はいったい…?」
イザは石を見た途端、王が豹変したと確認していた。そのことを口にすると、レシフェもティラルも頷く。そしてレシフェが言葉を続けた。
「どうも、この石には二種類の感情が込められているようで。一つは悲しみや淋しさ、もう一つが憎悪、中でも憎しみの思念といったものがあるらしく、 下手に正義感が強かったり、逆に自意識が弱かったり…それ以外にも原因はあると思うけど、そういった感情がコントロールできなくなって暴走するような んだ」
レシフェの言葉を聞き、倒れている王をイザは見つめる。
「勇者の父だもの、正義感は強いと思いますよ」
ティラルがそう付け加えるが、イザは首を振る。
「…この世界のことは聞いただろうか?以前夢の世界が具現していたとき、父は地上を支配する魔王になっていたんだ。魔王ならば堅苦しいことをしなく てもいいし、気に入らなければ消してしまえばいい。そんな感情から父の夢が魔王を生み出していた。だから正義感と言うよりはこの仕事への嫌悪感がある のかも知れない。それで暴走したのではないかと」
イザは申し訳なさそうにそう言って、気を失っている王を玉座に座らせた。
「…あなたに居て欲しい理由は歯止めと、自分に代わる新たな指導者がほしいから、なんですね」
イザが旅支度をしてきて二人の前に現れたときの王の残念そうな顔はそう言う意味が込められていた。ティラルは自然とそのことを理解した。
「…地上に降りたあたしたちが一番初めに遭遇したのがこの石の噂。それからいくつか街をめぐったけど、ここ以外の街で石の噂はどこでも耳にした。あ る城では王子がこの石の呪縛にかかって人を殺そうと未遂を起こしていた。これはその王子を縛っていた石なんだけど…噂はほぼ確実に街に流れていて、実 際に呪縛にかかっているものが居た。ちょっと変だとは思わない?」
レシフェが言うとイザも首をかしげる。噂話は街の至るところで流れ始めると言うのは常であったが、それにしても同じものの噂が確実に流れているの はただ見過ごすには危険と思われた。
「…あなたたちの言う魔物でも人間でもない存在ですが、海底に神殿を作っていたある存在を知っています。そして、僕もその存在−『ルビス』から、近 いうちに訪ねる者がある、その者の願いを聞いて欲しい。とメッセージを受けています」
「『ルビス』だって!?」
イザの言葉にレシフェは当然だが、ティラルはその驚きは半端なものではなかった。
「え、ええ。ご存知なんですか?」
イザは少し戸惑った様子をして、驚いているレシフェとティラルのほうを見る。
「…詳しくはあとで話すけど、ティラルは本来人間ではない。精霊と言う種族で世代が来るまで人間の姿を模っているんだ。そして、その精霊は通称、 『ルビス』と呼ばれる。ティラルは精霊ルビスの一族の人間なんだ」
レシフェの言葉にイザも目を丸くする。ティラル本人は何か変な感触で戸惑いを隠せないで居た。
「名が同じなのは何か関係がありそうですね」
「関係がなくても、引き付けたのはその名、なのかも知れない」
イザとレシフェが呟く。ティラルも戸惑いの顔から少しずつ真剣さを取り戻していく。
「…そのルビスの元に連れて行ってはくれないだろうか?」
レシフェは単刀直入に申し出る。イザもレシフェの申し出を了承する。
三人が城門から外に出ると、そこには三人とも見覚えのある女性の姿があった。そしてその三人の中でもイザが一番驚いた顔をしていたが、突然の訪問者 に満面の笑顔を返した。「バーバラ!!」
歓喜の声でイザはバーバラの名を口にする。ゼニスの城で子ドラゴンの育成に当たっていたバーバラが、実体を持って地上に来ていた。バーバラも少し 照れたような仕草を見せて、手を振って挨拶する。
「久しぶりだね、イザ。…レシフェ、ティラル、ゼニス王から私も手伝うようにと指示を受けた。一緒に旅させてもらうよ」
バーバラはイザに簡単な挨拶をして、レシフェとティラルに簡単に事情を話した。
「…あの、子ドラゴンは!?」
レシフェが言うとバーバラはニコニコしながらそれに返答する。
「マスタードラゴンならもう随分育った。世界を任せるにはまだまだ危ないけど、ゼニス王直々に世の中の理を教え始められるだけの存在になったよ」
「マスター・・・ドラゴン!?」
レシフェとティラルがそう言って顔を見合わせる。バーバラが言うには、子ドラゴンと呼ぶには十分すぎるほどの体長で、人一人くらいは余裕で運べる ほどの存在になったそうだった。そして言葉も話し、以前レシフェが教えていたことは理解しているのだと言う。また教えていないことでも自分の考えを持 ち、いかにしてその『平和』を守るかと言うことを考えているとのことだった。子ドラゴンと呼ぶには成長しているそのドラゴンに、ゼニス王が名を与え た、その名が「マスタードラゴン」、この世界の神にもなりうる存在で世界のマスターたる存在であるとの願いを込めてつけたのだと言う。
「なるほど、もうそんなに大きくなったか」
レシフェは驚いていたが、マスタードラゴンがそこまで育ち、また教えた事を理解していると言うことが何より頼もしく思えていた。それはティラルも 同じことで、ティラルにいたっては創造をも司っていた精霊だけに、新たに生み出た命が立派な存在になったことを自分のしたことのように喜んでいた。
「さて、話がずれたけど、そのルビスのところに行くとしようか。まずは船の調達か。イザ、マーメイドハープは?」
バーバラはそう言って本題に話を戻す。以前の旅で使ったのであろう道具を確認するバーバラ、それに答えて道具を出すイザ。それを確認すると、バー バラは全員に近づくようにと指示を出す。
「覚えてるかな?…ルーラっ!!」
バーバラはルーラを唱え、船の調達が出来る場所へと瞬間移動をした。