1.生気の無い街と涙晶石(るいしょうせき)

 翌朝、リュカは改めてサンタローズに起きた悲劇を再認識する。そこにはラインハット自体が関わっていると言うことだったが、その事件の起きたタイ ミングなどが中途半端であることやヘンリー失踪から間を置いて起きている事から、単純なことで起きたものではないとどこかで感じていた。
 ヘンリー自身もまた、自分の家、ラインハット王家がどうなってしまったのかと言うことについても考える必要があった。そして、失踪前の状況を思い出 していたが、居なくなったことで事が有利に運びはしてもそれでサンタローズをこんな目に合わせる必要が感じられなかった。
 二人は直接ラインハットには乗り込まず、オラクルベリーと同じく今の主要街として機能しているらしいアルカパで情報を集めることにする。
 サンタローズの村人たちの手厚い歓迎と世話に礼を言い、二人と二匹の魔物は一路アルカパに向かう。

 

 サンタローズから半日程度のその場所に、かつては宿場街だったアルカパはある。ここはラインハットの攻撃などもなく残っている街の一つであった が、街に入ってみるとその雰囲気に二人は顔を見合わせた。それもそのはず、オラクルベリーと違い活気がまったくなく、街の人々も生気さえ感じられない 状態だった。
 リュカは状態に気になってはいたが、まずはビアンカのことを確認したいと宿屋に向かう。居ないこと自体は承知していたが、何かの手かがりが無いかと 気になったからだった。
 カウンターには初老の男性があまり旅人を歓迎する様子もなく立っていた。

「・・・いらっしゃい」

 リュカたちの様子を見てもやはりその様子に変化は無い。

「すみません、こちらにビアンカと言う女性が住んでいたと聞いたのですが、何かご存知ありませんか?」

 リュカは宿泊の目的なども告げず単刀直入に訊ねるがネタとしてその主人の琴線には触れなかったらしく、いまいち反応に乏しかった。ぼそぼそと話し リュカ自身も何とかカウンターに身を乗り上げて話を聞く。
 八年前にダンカンと言う人からこの宿を売ってもらい、それ以来宿を営んでいるが、そのときやその後にビアンカと言う女性に出会った覚えは無いし、ど こに行ったかと言う事もまったく知らないと言う。
 その返答にリュカは溜息をつく。宿を取るかどうかはともかくとして、少し街の様子を二人は調べることにした。活気付いていないと言う点で既に異常で はあったのだが、何かが背後に居るのではないかと言うことが気になってしまって仕方が無かった。
 アルカパの東の区画、商店の並ぶ場所に来てみても店を営業しているのかさえ怪しい状況だった。
 逆に西の区画、住居方向に行くと、こちらは部分的に生活観のある人々がちらほらと見受けられた。ちょうど住居区画の真ん中にある池の小島には、二人 の男性が何かをぶつくさと文句を言っている。そのうちの一人は兵士の制服を身につけて、胸にはラインハット王家の紋章が入っていた。
 今度はヘンリーが話を聞きに行く。

「こいつ?お勤めしていたラインハットから命からがら逃げてきたんだよ。とにかく大后ってのが凄い独裁らしくてな、兵士だろうが城下の人だろうが、 気に入らなければ次々に殺していくらしいんだよ」

「そんな命の危険を背負ってまで兵士はやって居たくないぜ。で、逃げ出してきたんだけど、街はこんな状態だしな〜。ン?この状態の原因?さぁな、小 さいが、街の北にある酒場に行けば何かわかるかも知れないぞ」

 ラインハットがどんな状況であるかは少しわかることができた。だか、これだけの状況では肝心のラインハット王家がどうなってしまっていて城下街が どうなっているのかわからなかった。

「…これ、ラインハットとはまた、別の何かが絡んでるような気がするんだけど」

 リュカはポツリと呟く。サンタローズのように侵攻などを受けてやる気をなくしてしまっているのであれば、もう少し街自体に傷跡が残ってもいいはず であるし、兵士の仕事を勝手に返上した男性なども今のラインハットであれば処罰だって簡単には免れないであろうと思われたからだった。
 そう感じたのはヘンリーも同じでこの時点では原因が特定はできなかった。ただ、リュカの言うように別の要因が絡んでいるらしいことだけはわかること ができた。
 二人は先ほどの男性たちが言っていた酒場に行って見る。確かに小さく数人でいっぱいになりそうだったが、そこだけはなぜか妙に活気付いて、外にも樽 が並べられて街の人が酒を飲んでいた。

「あの…わたしたち旅でここに立ち寄ったんですけど、商店などの人たちはどうしたんですか?」

 片っ端からこう聞いて回るが、わけのわからない愚痴が大半で肝心の原因が特定できない。ラインハットの情報に至っては酒場で聞き出すことはまった く出来なかった。かろうじて生気があり、酒場を続けているマスターだけは話に乗ってきてくれた。

「ひでぇだろ、この状況。まいにちこんな感じだぜ。ま、こっちとしては儲かるから良いんだけどよ。っと、そうじゃねぇ、嬢ちゃんたちの言う生気の無 さだがな、実はある旅人が十年くらい前に来てな、そこで不思議な石を見せられたんだよ。七色に光る石なんだけどな、これが誰もを虜にするくらいで。生 気を失った連中は実はこの石のせいでああなってるらしいんだ。その旅人は格安で石を分けてくれたんだが、人間の欲だろうな二個目が欲しくなるわけだ。 が、二個目はウン千万ゴールドが必要とか言う話でな」

 マスターはそこまで言うと、自分用の酒…に見せた麦茶…をぐいっと飲み干す。
 ここから先は大きな声では言えないと言う。どうしても聞きたければ聞かせるが、それなりの覚悟が必要だと言う。リュカとヘンリーはもちろんその覚悟 はあると言って同意した。その様子に満足そうに頷くとマスターは奥に二人を案内する。

「…で、二個目の石を手に入れるのに何をしたって言うんだ?」

 ヘンリーは我慢できずにマスターに詰め寄る。マスターはとりあえず、と麦茶を出してくれて、二人は一口含んで落ち着く。

「金以外で価値のあるもの、しかも男が欲するものだよ」

 マスターは静かにひそひそと二人に言ってみせる。その言葉にリュカは少し首を傾げたが、年頃のヘンリーにはすぐにわかり、声を荒げそうになる。マ スターは息を飲んだヘンリーの口を塞いで、声を出さないように止める。ヘンリーも悪かったと一回手で謝り口を塞ぐ手をどかしてもらうと、改めてその真 実の言葉を口にした。

「…女、かよ」

 ヘンリーのうんざりした言葉にマスターは情けなく笑って見せた。

「その、それだよ。何でもその男が言うには、ラインハットで確実に地位に就くには金以外のそう言った物を必要としているらしかったからなぁ」

 マスターの言葉にヘンリーはまた思わず立ち上がる。ガタンと音を立てていすがひっくり返りそうになるのをリュカが止め、マスターはヘンリーの行動 を止める。

「っとと、悪い…。ラインハットって国にはちょっと思い入れがあってな。…だけど、十年前だと前王も生きていたはずだが…?」

「ああ、そのときの前王は第一王子の失踪で公務どころではなかったらしい。代わりに務めていたのがデズモンって大臣らしい。ラインハット王家に入り 込むのには、王よりもデズモンに取り入ったほうが楽だったらしいぜ。それは今も変わっちゃいない」

 リュカはヘンリーを見つめる。確かパパスとともにラインハット城に上がったときの大臣は既にデズモンであった。そのときは王に牙を向いたりしてい なかったはずだったが、どうもその辺で色々が絡んでいるようだった。ヘンリーもその言葉に表情を曇らせる。

「…で、そのデズモンに取り入ろうとした男は、女を連れてどうしたんだ?」

「楽な話よ、その七色の石と女を奪われて殺されたそうだよ」

「!?」

 さすがのリュカもヘンリーも、そのあっさりとした事の終末に息を飲む。その男は何かを企んでラインハットに入ろうとしたのであろうが、それが見抜 かれていたのか、それともその七色の石のせいか、自分ではなくものを奪われてさっさと払われる結果になっていた。

「…俺みたいなのが知っている理由はな、ラインハットが公表したからなんだよ。それと、娘たちを差し出した連中は人身売買って罪で一切の稼ぎをライ ンハットに納める刑を受けてる。どんなに稼いでも、自分たちの最低限の生活費しかもらえず、あとはラインハットに持っていかれるって仕組みさ。だか ら、みんなやる気をなくしてるのさ。稼ぎが無くなって城に納められなきゃあとは死だろうからな。娘たちに償えずに仕事しても裕福にならず、ただ死の宣 告を待つだけって言うわけさ」

 マスターは小声でそう言って、やりきれない表情をしてまた麦茶を飲む。

「…ちなみにマスターには…」

 リュカが触れてはいけない部分に触れようとしたとき、そのマスターの後ろにバニー姿のリュカより少し年上の女性が居て、麦茶を注ぎ足してくれた。

「…ははは、俺もかかぁもこいつが可愛くて、石なんかと交換出来なかったんだわ。でも娘を見つけるとそのとき男は催眠術みたいなことをして、勝手に 差し出すように仕向けたりもしたそうだから、暫くサンタローズで隠れてもらってたんだよ。サンタローズも酷い目にあったがなぁ・・・。薬師の親方と知 り合いでよ、親方になんとか匿ってもらったおかげで・・・」

「いま、わたしはここでこうして生活できてるってわけなのよ。あなたもラインハットに行くならば、注意しないと襲われるかも知れないわよ?わたしに 負けず劣らず、良い女だから」

 そう言ってバニー姿の娘は表の方に出て行った。
 話の一部始終を聞き、身体の力が抜けた感じが二人はしていた。状況は思ったよりも深刻。それが確認できたからだった。

「…マスター、お話ありがとうございました。ところで、ダンカンさんをご存知ですか?」

 リュカは一礼をして、話を切り替える。十年前を知っているならばダンカンと奥さん、ビアンカのことも知っているはずだったからだ。リュカがそう言 うと、懐かしがる顔を見せてマスターは頷いた。

「ああ、知ってるぜ。その石の事件のときにウチの娘とビアンカをサンタローズに預けたのはダンカンだったからなぁ。で、ひと段落したあとくらいか ら、ダンカンの調子が思わしくなくなってな。当時は商店の連中は石を買わないからだとかって言っていたが。ま、そんなことがあって宿自体を売って隠 居ってわけだ、残念ながら、どこに越して行ったかはわかんないな。奥さんの知り合いのところで温泉が有名らしいが…」

 リュカはその言葉を聞いて冷や汗をかく。まさか石ごときにビアンカが売られたりしたのかと感じたからだった。が、ダンカン夫婦のビアンカへの愛情 は間違いの無いものだったと再確認するとこができた。
 ヘンリーがその言葉を聞いてホッとするリュカを見る。懸念としてビアンカのみに何かが起こっていると言うことは無いことが確認できた。ビアンカ探し はあとからでもできる。二人は無言でそう言った意思を確認する。そしてヘンリーは重い口を再び開ける。

「マスター、その石ってのは、なにか呼び方とかあるんかい?」

「ああ、『涙晶石(るいしょうせき)』って呼ぶらしいぜ、語源までは知らないけどなぁ」

 

「ああ、『涙晶石(るいしょうせき)』って呼ぶらしいぜ、語源までは知らないけどなぁ」

 酒場の中で飲んだくれる男どもの中に一人、剣を二本背負った女性が居た。その女性は奥で話をするマスターとリュカ、ヘンリーを入り口の陰から見つ めていた。

「・・・涙晶石、か」

 それだけ言うとその女性は酒場を後にする。アルカパの入り口付近、草場に座り込み日の暮れかかる夕方の涼しい風に当たりながら、伸びをしてそのま ま寝転がる。

「ティラルさま、涙晶石って、あの涙晶石でしょうか?」

 姿は無いが、剣を持っている女性とは別に声がする。

「・・・確証はないけど、たぶん『あれ』の残ったものだと思うよ」

 声をかけられたティラルはその声に返事をする。するとのティラルの胸の上に五十センチ程度の身長の妖精が姿をあらわす。

「シルフィス、確か以前涙晶石が絡んだのは、数百年単位前のはずだよね?」

 ティラルは妖精の姿のシルフィスに訊ねかける。シルフィスは暫く「んー」と唸り、コクンと頷く。

「…導かれし者たちの伝説…あ、あれは伝説じゃなかったんでしたっけ?」

「伝説だけど空想じゃない、事実。シルフィスはあくまで伝聞の形で知識を得ているから史実でも言い伝えの伝説のように感じるかも知れないけど、あた しはその天空の勇者にも会っているよ」

 シルフィスがとぼけた声を出すと、ティラルは笑いながらシルフィスの言葉を訂正する。

「ともかく、その導かれし者たちの伝説の前の時、天空城が成ったあとからです」

 シルフィスはそう呟いて、ティラルの胸の上に座った姿勢をとる。ティラルは口の中で「ああ」と何かを思い出したように言って、言葉を続けた。

「…あたしとレシフェが呼ばれたのがそれだったっけ、そう言えば」

「・・・・・・ティラルさまっ!!」

 失念していた、と言いたそうな顔をしてティラルはその言葉を口にする。シルフィスは丁寧にそのとぼけたティラルに突っ込んでいた。

「導かれし者たちのときも確か、涙晶石が絡んでいた。で、涙晶石を作る妖精たちを狩る人間を駆除するために魔王は進化の秘法を使ったってわけだ」

 ティラルが掻い摘んで過去のことを思い出す。シルフィスもその言葉の様子に頷いて答える。

「そうですね。実際、その魔王は…」

「背景は色々あるんだけど、今はそれじゃないよ、シルフィス。今の時代の涙晶石の話」

 シルフィスがわくわくした顔をして何かを話し始めようとしたが、ティラルがそれを止める。止められてシルフィスは少し残念そうな顔をした。

「…また、人間はおろかなことを始めたのか。けど、今から十年ほど前の話で、今でもその話が表立って出ていないと言うのは」

「密かに動いているのか、過去のものが偶然見つかったのか。いずれにしても・・・」

 シルフィスがそこまで言うと、ティラルの胸の上から勢い良く夕暮れの空に向かって飛び上がる。続けてティラルも横になっていた状態から起き上が る。

「確認が必要だ。次はラインハット。リュカより早く裏事情を探らないとね!」

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