4.悲壮の村 〜サンタローズ〜
オラクルベリーの北に橋がかかったのは今から八年ほど前のことだと言う。もともとは、栄えていたオラクルベリーと同じく栄えていたラインハットと での物資の交換や売り買いが目的だったそうだ。だが、それから間もなく、ラインハットから人々がオラクルベリーに流れ込んでくるようになった。ライン ハットで王が死去したタイミングだったと言う。人々はその後王位についた若き王と大后の政策についていけなくなったと言うのが理由らしい。時がたたず して、そうした流出も判明した直後から、処罰が与えられるようになり、ラインハットとオラクルベリー、アルカパとで居場所を変えることはかなわなく なっているのだと言う。
この話をイトやイナッツ、オラクルベリーの街の人々から聞き、ヘンリーはあまり良い顔をしなかった。それもそのはず、自分の家が圧政を敷いていると 言うことが判ったのだから。
まずはオラクルベリーから更に北に位置するサンタローズ、リュカの故郷に向かうことにしたリュカたちだったが、どうしてもリュカ自身が気になって仕 方の無いことがあった。「ねぇヘンリー。アルカパの名前まで出たのに、なんでサンタローズは出なかったんだろう?小さいとは言っても移り住むには絶好の場所だと思うんだけ ど…」
リュカはそう言って首をかしげる。それに対してヘンリーは少しだけ表情を曇らせる。嫌な予感がしてならない。圧政を敷いていると言うのがどこまで の無謀を意味するのか、ヘンリーにはまだ想像できなかったがそれでも、ヘンリー失踪が何かしら原因とされているのではないかと考えざるを得なかったの は事実だ。
ビスタの港の西辺りに差し掛かり、北を見渡す。「サンタローズは穏やかな場所なんだってな」
ヘンリーは不安を消すようにリュカに話しかける。リュカは久々に戻れる故郷に心を躍らせていた。
「教会が一番のシンボルなんだ。村のみんな、お互いを大切にして、みんなが家族みたいな村だよ」
そう言うリュカがハッとした表情を見せる。
「どうした?」
「いや…子供の頃、一緒に居た父様の従者の方がその後どうしたのかなって心配になって」
パパスの従者−サンチョがどうなったかリュカにはわからない。まだサンタローズで家を守っているのだろうか、しかしもう十年近くも経ってしまって はサンチョも待ってはいないだろうか。そう思いながら、何をどう説明したら言いかを考えていた。
暫く街道沿いを進む。途中魔物たちも現れたが、十年前に居た魔物たちと差の無い強さでは、いまのリュカとヘンリーには敵らしい敵とは言えなかった。 その間、リュカは陰を見据えてまずは陰を打つことからしていたが、無事に陰が払えても、その魔物はいなくなってしまうことが大半で、いまだに仲間とし てリュカに従うものはブラウンを置いて他にはいなかった。
そろそろサンタローズが見えてもいいと感じたリュカは馬車から身を乗り出して辺りを見回す。高台に立っている教会の塔が見えてもいいはずだったが、 代わりに見えてきたのは崩れていて今にも折れてしまいそうな塔の一部だった。「な、なんだあれ!?」
さすがのヘンリーも教会の状態が酷いことに気づき声をあげる。リュカはその塔の状況に嫌な予感しかしなかった。急いで馬車を走らせてサンタローズ に到着する。
二人の目の前に広がるサンタローズは、かつての美しく暖かな村ではなく、家と言う家は破壊され、畑だった場所や花壇だった場所の全てにはまともに植 物も生えていない、廃墟でしかなかった。唯一、大き目の教会だけはかろうじてかつての面影を保っては居たが、至るところで壁は崩れ、木の板で補修して ある姿は痛々しいとしかいえない状況だった。「な・・・なんで、なの!?」
サンタローズの村の中を歩いている最中、リュカはただそれだけしか口にできなかった。
「なにが、どうして、なんでこんなことに・・・!!」
教会まで来たリュカはとうとう膝から崩れ落ちる。教会のわずか南には、かつての自分の家もありはしたが、そこも例外ではなく、むしろ一番破壊され たあとは酷かった。海辺の教会で泣く事が無くなってから暫くたち、もうリュカ自身も安定して大丈夫だと思われていたが、ここに来てまた、トラウマが一 つできてしまう。
泣き崩れてしまっているリュカの隣で、呆然とヘンリーは破壊されたサンタローズを見回す。これが圧倒的な戦力差の元で行われた悪行であることは、誰 の目で見ても明らかだった。抵抗する術の無い村人たちに対して戦闘経験のある兵士たちを使って村の破壊に突入してきた。その状況がヘンリーには簡単に 想像することができた。「リュカ・・・」
膝から崩れ落ちたリュカは地面に顔をつけて、声にならない嗚咽を漏らしていた。ヘンリーはそんなリュカに謝ることしかできないと感じていたが、ど んな状況でここに至ったかがわからない今の自分がただ謝るだけで、リュカが泣き止むとは思えなかった。そっとリュカの肩に手を沿え、ただ彼女が泣き止 むのをヘンリーは待ち続けるしかなかった。
今のサンタローズには人が一人も居ない。廃墟となっていたのだ。
リュカが落ち着き二人は周囲を見回す。「…ラインハットがやったんだろうな、きっと・・・」
ヘンリーは声を押し殺してそう呟く。ただそのことはわかるのだが、理由がわからなかった。失踪したのが自分で、お目付け役にパパスがついていた。 そのことでパパスに責任を取らせようとしたことまでは判るのだが、それとサンタローズ壊滅とが結びつかなかった。
リュカとヘンリーがサンタローズを歩き回っているその姿を凝視するものが居た。
当然といえば当然だったが、リュカもヘンリーもその凝視する視線には気づいていた。見られると言うことには、謎の神殿で人一倍敏感になっていた。そ のことで処罰に繋がるのだから敏感にならざるを得ない。そんな経験から得たものであったが、こんなときに役に立つとは二人とも思ってはいなかった。
バラバラに動き回るようにして、最終的に二人はその視線の元にやってくる。そこには一人の子供の姿があった。檜の棒を構えて、ヘンリーとリュカを警 戒していた。「お前たち、ラインハットの人間か!?だとしたら今すぐ出てけ!!」
そう言う子供の姿を更に後ろ…洞窟の中から見つめる姿が二人には見て取れた。
「…みんな、まだいるみたい」
リュカが呟く。子供はぎょっとした顔をして後ろを振り向く。そこからぞろぞろと村人が出てきているところだった。
「こんな何も無い村に何のようですか?用が無いのでしたら早々に出て行って頂けませんか」
少しやつれた顔をしたシスターが子供を庇うようにしてリュカとヘンリーに言う。リュカはその顔に見覚えがあった。懐かしい顔を目の前にしてリュカ は再び涙を流す。
「・・・シスター、覚えていますか、パパスの娘のリュカです」
涙流しはしていたが、リュカははっきりとした口調でシスターに告げる。シスターは驚いた表情をしたが、すぐにその警戒した態度を解こうとはしな い。
「…おお、言われればあの頃の小さなリュカちゃんの面影がある」
村人の一人が言う。しかし全員がそれで納得できるわけではなかった。リュカは無理も無いと思っていたが、自分にしかない特徴があることを思い出 す。
「シスター、疑われるのも判ります。でも…これを見てください、あのときのリュカと同じものをしているはずです」
そう言って見せるのはリュカの左腕だった。中指に一つの指輪、そこから手の甲を覆うようにガードされ、そのガードの中心には透き通っている宝玉が はめられている。そして手の甲のガードの先には、手首に太目の腕輪がはめられて、そのまま肘に向かって腕をガードするように装飾されていた。
「…このバロッキーはわたしだけしかしていないはずです」
そこに居た全員がその、リュカのバロッキーを見て息を飲んだ。隠しもせずに身につけていたリュカの、子供にしては豪華すぎたアクセサリー。それを 誰もが覚えていた。
「ああ、本当にリュカなんですね・・・」
シスターはそう言うとリュカを抱きしめる。
「良かった、生きていて。お帰りなさい、リュカ」
抱きしめてシスターは泣きながらそう告げてくれた。
サンタローズの人々は村を追われて、今はその奥にある洞窟で生活していると言うことだった。
「リュカはこの十年間どうしたの?それに、パパスさんは・・・」
シスターの問いに、順を追って説明するとリュカは断って話を始める。
ラインハットの王にパパスが呼ばれその旅に同行したこと。そこでヘンリー王子と会うが、その王子が誘拐されたこと。助け出したものの邪悪な者が邪魔 をして奪還できなかったこと。その邪悪な者にパパスが殺されたこと。そのまま謎の神殿に連れて行かれ強制労働を強いられていたこと。内部で脱出の計画 を練っていた者のおかげでこうして逃げ延びたこと。
サンタローズの人々はリュカのその言葉に言葉を失う。特にパパスが亡くなっていたと言うことについては誰もが口をつぐんだ。かつては腕のかなう者は いないと言われていたパパスだっただけに、それほどの戦士が亡くなってしまったと言うのはショックでしかなかった。リュカが戻ってきただけでも喜べる ことではあったのだが、やはり村で一番の信頼を得ていたパパスだけにその悲しみは誰もが大きかった。「…サンタローズはどうしてこんなことに?」
リュカが話し終わり暫くは沈黙が続いた。そして今度はリュカが村人に問う。
今から七年半ほど前、ラインハットの前王が亡くなった知らせを受けた直後のことだった。その頃には既に、第一王子の行方不明は知れ渡り、捜索をして いたのだが王が変わった途端、兵士たちはサンタローズにやってきたのだと言う。そして、パパスの行方を聞かれ仮に隠すようなことがあれば第一王子誘拐 と同罪で村を滅ぼすと言ってきたのだった。事情を聞くと、王子の行方不明はパパスが手引きしたものとされていて、そのパパスの行方をサンタローズの者 が隠していると言う話があったのだそうだった。当然パパスの行方など知らない村人たちは口々に行方は知らないし、パパスがそんなことをするはずは無い と訴えた。その訴えは兵士たちにとって良い様に処理されて、隠匿の罪で村を滅ぼすと言ってきた。初めは数人の兵がサンタローズに来ていたが、少し話し 込んでいただけで兵の数は十倍以上に膨れ上がっていた。最初から言いがかりをつけてサンタローズを滅ぼそうとしていたことは、この時の状況で明らか だった。
多くの村人が瞬時にして兵に命を奪われたのだが、かろうじて一部の村人は、サンチョの働きで洞窟に逃げることができた。このとき、唯一人で兵に向 かって行ったサンチョは暫くこの洞窟の前で粘っていたが、そうするうちに村の家は破壊され、畑なども片端から荒らされていった。数日後、サンチョは兵 は引き上げて行ったと言う報告をしてくれた。そして、この代償を払うためになんとか伝手を頼ると言って村を出て行ったそうだった。サンチョはそれ以降 サンタローズを訪れてはいないと言う。
そうしして村人たちは廃墟になった村を見ながら、洞窟で生活するようになったのだと言う。「…ラインハット・・・か」
ヘンリーがポツリと呟く。村のみんなは初めはリュカばかりが気になっていたが、リュカが一緒に連れているこの男性−ヘンリーについてようやく気づ いたようだった。
「リュカ、この人は・・・?」
シスターが訊ねるとリュカは少し戸惑った表情を見せる。それを汲んだヘンリーはリュカを制して自分で名乗ると言った仕草を見せる。
「俺が事件の発端になった、ラインハット第一王子のヘンリーだ」
そう言うが、堂々と胸を張ってではなくただ申し訳ないと謝罪をするかのような小さな声で言った。
村の誰もが同じ感情になったに違いない。このヘンリーが失踪しなければ、パパスはともかく、村が滅ぼされることは無かったのだから。村人たちは一斉 にヘンリーに対して罵詈雑言を浴びせかけた。ヘンリーはその言葉の数々に対してただ、じっと耐えているだけだった。それを静観しているものが二人。シ スターとリュカだった。が、リュカはヘンリーに対しての村人の言い様にはあまり好感はなく、すぐにヘンリーと村人の間に割って入った。「待ってください!一方的にヘンリーを責めないで!!・・・ヘンリーも…わたしと同じ被害者なんです」
リュカの言葉でも信じられない、そう言った表情の村人たちだったが今度それを止めたのはシスターだった。
「ヘンリーさん、と呼ばせていただきます。あなたは渦中の人物、なんとなくでも想像はついているのではないですか?」
シスターの静かな声にヘンリーは俯いたまま力なく首を振った。
「俺が誘拐され、それをリュカとパパスさんが助けに来てくれた、その際にパパスさんは殺されてリュカは俺とともに謎の神殿で奴隷扱いされていた。こ れが俺のわかっている全て。なんでラインハットがパパスさんを目の敵にしてサンタローズに手を出したのかまでは正直わからない」
ヘンリーはそう言って村人に対して頭を下げる。
「こう言っている自分がどれだけ勝手なのかはわかっているつもりだ。…少し、時間をくれないだろうか。少なくとも前王、俺の親父の時代には他国を蹂 躙したりするなんてことは無かったし、そんなことを考えるような人ではなかった。…と言うことは、今の王や大后が考えたことなんだと思う。ただ…王で ある俺の弟は温厚だったし争いも嫌いなヤツだから、この状況を作り出したことが考えられない。サンタローズの復興はもちろんだが…ラインハットの陰を 暴きたい。このままではダメだし、国が平和にならない。俺はそれをしなくてはならない」
ヘンリーは言って村人に真剣な眼差しを向け、一人ひとりから了解を得ようとする。だが、いくらヘンリーがそう言っていても、寝返ったりしては意味 が無い。まして王族の一人であれば、寝返りなどは容易と思われた。
「…今の村の人々は、ただそう言うだけの言葉を信じられるほど、清らかではなくなってしまいました。それは、ラインハット…あなたの家がそうしたの ですよ」
シスターが静かに言う。その言葉にヘンリーは黙って頷いていた。
「…もし、ヘンリーの言葉を信じられないのだったら、わたしを信じてください」
そういったのはリュカだった。同じ疑心暗鬼でもヘンリーよりは信用できると思われていたリュカだった。だが、それでも村人はすぐにはリュカの言葉 を聞き入れようとはしなかった。
「もし、この十年間、ヘンリーが一緒じゃなかったらわたしは死んでいた。ヘンリーがいたからいま、ここにいられるんです」
「俺もそうだ、リュカがいてくれたから十年生きられたんだ。俺がどんなことを言っても無駄なのならば、リュカを信じてくれ。…仮に俺が裏切ったら リュカに首を切ってもらう」
リュカが悲しそうに訴え、ヘンリーもリュカの言葉に応じた。そして、その決意がどんなものかをわかってもらうために自分の首をリュカに預けるとヘ ンリーは言った。
「…あなたが、ラインハットを立て直したら、何か変わりますか?」
シスターは力なく、だが村人が信じられるような確約を出そうと質問してきた。ヘンリーは暫く考え込んだが、静かに頷いて話し出した。
「まずは圧政などを考え直したりする必要がある。が、もっと先に、このサンタローズの再興が必要だ。ラインハット領には、アルカパ、オラクルベリー とサンタローズがあるのが当然なんだ。どんな数の兵を裂こうとも、最優先でサンタローズを再興させる」
ヘンリーはそう言ってシスターのほうを向く。シスターは黙って一回頷いた。それを見て村人たちは少し驚いた様子だった。ヘンリーが言ったことでは あまり信憑性が無いのは事実で、村人たちはどうしてもヘンリーの言い分に素直になれないところがあった。
「…そこまで言うのならば、それを信じよう。だが、逃げ出したらリュカちゃんだけでなく、サンタローズの全員がお前を追い、殺すかも知れんぞ」
長老の老人が重い口を開く。ヘンリーはその言葉に黙って頷いた。
「…サンタローズだけではない、ラインハット国をどうか取り戻してくだされ」
「約束する、必ず取り戻す」
ヘンリーはそう言って長老の手を取り堅くその手を握り締める。
「ヘンリー殿下、ご健闘をお祈りします」
シスターが胸の前で十字を切り、ゆっくりと呟く。
「…お目付け役もいないとだね、当然わたしも手伝うよヘンリー」
リュカは重苦しい空気を払うような明るい声を出して、ヘンリーの肩を叩いてそう言った。
「ありがとう、リュカ。一日も早くサンタローズを取り戻さないとな」
ヘンリーはリュカに言うと、がっちりと二人で手を組んだ。それが誰よりこの二人を強く結び付けていることを信じさせるものになる。
「それで、このあとはどうするの?」
リュカがヘンリーに訊ねる。「ふむ」と少しヘンリーは考え込んだ。
「まずはアルカパに行ってみよう。ラインハット領下の街全てでどんな状態かを確認したい」
「アルカパ!?」
ヘンリーの言葉にリュカの顔が明るくなる。だがそれを見たシスターは少し沈んだ顔になってしまった。
「…リュカ、アルカパのビアンカさんなんだけど・・・」
シスターはリュカが色々と話し出す、聞き始める前に口を開いた。
「…ビアンカ姉さまがどうかしたんですか!?」
リュカはシスターの神妙な面持ちに少し不安を駆られてすぐに聞き返す。
「実はダンカンさんの調子が良くならなくて、西の大陸に引っ越してしまったの。どこに行ったかまではわからないの」
そう言うシスターの言葉に、一瞬顔の明るくなったリュカはシュンとした顔をする。
そんなリュカの肩をヘンリーが軽く叩いた。「西の大陸ならば、ラインハットが立て直せばすぐに船も来るようになる。そうしたら行って見るのがいい」
そのヘンリーの言葉にリュカは少しがっかりした表情を見せながら頷いて見せた。
「そうだね、まずはラインハットの建て直しからだもんね」
そう言うリュカは、言い終わった辺りで顔を明るくして、ヘンリーの肩を叩き返していた。
暫くはヘンリーも交え当時の誘拐の話から、奴隷として働かされていた時期のこと、逃げ出した時の事をリュカは村人たちに再び話して聞かせる。その なかで脱走の計画などを練っていたヘンリーが重要な役であったことも。
その話が一段落した時、先ほどの長老が布で幾重にも巻かれた棒状のものをリュカに差し出した。「サンチョさんからこの洞窟にパパス殿が使っていた隠し部屋があると聞いてな、皆で探してみたんじゃ。そこに多くの食料などがあったおかげで、こう して生き残ることができたわけじゃが・・・これはリュカちゃん宛てに残されたものじゃ」
リュカは長老からその包みを預かり、封を解いた。中には一振りの剣が収められていた。柄と鍔には深い緑に輝くうろこのような飾りがついていて、刃 は独特の形で作られている。それが一般的に流通している剣と違うものであるのは一目見れば誰にでもわかるものだった。
「これは・・・?」
リュカも初めて見るその剣を村の人々に見せながら訊ねるか、誰もその正体を知らない。
長老は続けて封のされた手紙をリュカに手渡す。「パパス殿が残すとすれば、リュカちゃん宛じゃろう。誰も見ておらぬ、その真実とともに中身を確認されよ」
リュカは封筒を受け取り、その中身を確認する。
−−−
愛しのわが子、リュカへ
この手紙を読んでいると言うことは、何らかの理由で、お前のそばにいられなくなっているのだろう。
もう知っているかも知れないが、私は邪悪の手に攫われた妻、マーサを助けるために旅をしている。
私の妻、お前の母にはとても不思議な力があった。その力は魔界にも通じるものらしい。
マーサはその力ゆえに、邪悪に攫われ、魔界に連れ去られたのであろう。
リュカよ、伝説の勇者を探すのだ。
魔界で邪悪からマーサを救えるのは天空の武器と防具を身につけた勇者だけなのだ。
かつて勇者は魔界で魔王を討ったとも伝えられている、その力を求めよ。
世界中を旅し、天空の勇者のことを調べたが、ここに天空の剣を残すだけで手かが利は無かった。
情報とともに、防具も勇者その人さえも、見つけることは出来てない。
リュカよ、残りの防具を探し出し天空の勇者とともに、マーサを救い出すのだ。
私はお前を信じている。
−−−
「父様…生きている母様を探すために旅をしていたなんて・・・」
リュカはそう言って手紙を抱きしめる。微かに残る父のぬくもりを得ようとしたのだった。そうすることでリュカの瞳には再び涙がいっぱいに溜まって いった。
切迫した状況の中で突然残された遺言だったが、こうして文面として残されることで、さらにその真実味がました感じだった。「…父様は、いずれ何かが起こると予想していたみたい。最悪な状況ではあったけど…でも、最期に母様を攫った犯人をわたしに見せることができて、 きっと良かったと感じているはず」
リュカはそう言って丁寧にその手紙をたたみ、封筒に納める。
そして改めてその手にある剣を見つめる。「これが・・・天空の剣」
そう言ってリュカはその剣を軽く振るおうとした。しかしそれはかなわず、力を込めて柄を握った途端に剣は重量を増して地面に刃を突き立てる。ただ 持つだけであれば他の剣ともまったく変わらないのに、力を込めるとその剣は突然重たくなってしまう。ヘンリーにも試してもらうが、やはり同じように重 さがかかり、無理に持ち上げることは出来ても容易に振るうことなどはできなかった。
「なるほど…これを振るえる人間が天空の勇者か。それに一つでも装備を持っていれば向こうから来るかも知れないしな」
ヘンリーは納得した様子を見せ、天空の剣を見つめていた。
「ぴきー!」
天空の剣を見つめる一同に、足元のほうから訴えかけるかのような鳴き声がしてくる。ふとリュカとヘンリーが足元を見ると、街の外などで見られるス ライムより府賜りは小さいであろうスライムが必至になってその天空の剣に近づこうと飛び跳ねていた。
「…この子は?」
リュカが不思議そうに訊ねると、村人たちは一様に困った顔をする。そしてシスターが話しをしてくれた。
「実は地下の隠し部屋に行って、この剣を見つけたときにはすぐ近くに居て。私たちが剣に触れようとすると邪魔をしていたのよ…」
シスターが少し困ったような顔をして言う。そのシスターの言葉に長老が続ける。
「見ての通り子スライムじゃし、剣自体を取ることは出来たのじゃがその剣から離れようともせずにずっとくっついてくるんじゃよ。それと、人間を一切 襲おうとはせん。剣を守っていてもわしらには歯向かう様子は無く、行く末を見届けんと共に行動しているようにもみえるのじゃよ」
リュカは手にしていた天空の剣を地面に置いてみる。するとそのスライムは剣に寄り添い、じっとしている。
「…この子。邪気が無いし陰も見えない」
リュカが言うとヘンリーが半分疑心暗鬼な状態でリュカを見つめる。
「…ね、父様から守ってくれって言われたのかな?あなたはこの剣を守っているの?」
「ぴきー、ぴきー」
リュカが優しい声でスライムに訊ねるとそのスライムは返事をしているような鳴き声をあげて飛び跳ねた。
「この剣、わたしたちが預かりたいの」
リュカの言葉を理解しているのか、その言葉を聞くとスライムは元気をなくす。
その様子をみて、リュカとヘンリーは顔を見合わせた。優しくリュカがスライムを撫でる。撫でられたスライムは気持ちよさそうに目を閉じて、リュカに 身体を預けてきた。「そうだ!一緒に来る?そうすれば剣の行く末も確認できるよ。それに、天空の勇者を探す使命はわたしが引き継いだから」
そのリュカの申し出に村人たちは一様に驚いた。
「リュカちゃん、いくら抵抗しないとは言っても、相手はスライムじゃぞ!?」
「…大丈夫です。この子はもっとずっと昔から魔物の心は捨てているようですから」
リュカがそこまで言うと、そのスライムは嬉しそうに鳴く。リュカが手を差し伸べるとその手に乗っかって身体を揺らせていた。見た目はまだ小さい手 のひらサイズのスライムだが、育てばブラウンとも比肩できない戦闘要員になってくれる。リュカはそんなことを思っていた。
「よろしくね?スラリン」
「ぴきー」
こうして、天空の剣を守っていたスライムをパーティに迎える。簡単安易に名前をつけるリュカにヘンリーはあきれた顔をしていたことに、リュカは気 づいていない。
その夜はリュカとの再会を祝いささやかな宴が開かれる。そして早々にお開きになると明日からのアルカパ訪問のために、リュカとヘンリーはじっくりと 休んだ。