3.新たなる旅立ち 〜オラクルベリー〜

 旅立ちの朝、リュカは少し早く目覚めた。
 謎の神殿で奴隷として強制労働させられていた頃に比べると、まったく別人のような姿にまで成長・回復していた。今のリュカはマリアと同じくらい、ヘ ンリーの頭一つ分ほど低い身長で小柄ながら付くところに肉はつき、細いところは見事なまでに綺麗なラインでくびれていた。ずいぶんと筋肉もつき、今ま での強制労働のせいもあり、旅する一般男性並の腕力や体力を持つことが出来た。長く伸びた髪にも艶が戻り、綺麗な黒髪は見方によっては色々な反射光を 作り出して自慢できるほどの色艶になっていた。この状態であれば旅はそう困難なものになるとは思われなかった。
 まだみんなが寝ている中、一人外に出る。そして近くの砂浜まで散歩をする。久々に一人で出歩いた感じがした。今の時期は秋から冬に移る頃、朝は少し 冷え込んだが澄んだ空気に波が綺麗に映る。
 母を捜す旅、父から託された旅。それ以外にも何かを見つけ出すための旅になる。リュカはそう思っていた。先に何が待つか、不安もあったが期待の方が 大きい。そんな期待に胸を膨らませていた。

 

「…リュカ、無茶はしないでね。私は神殿で働かされてる人たちが無事であるように、ここで祈ることにするよ。いまの私に出来ることはそのくらいだか ら」

 出発直前、修道院の前にみんなが集まる。リュカとヘンリーは旅支度を整えいつでも出発できる状態になっていた。そして一人ひとりと出発の挨拶を交 わしていた。
 マリアはリュカに対して特別な感情を持っていたが、それは出さずに、自分が出来ることをしていくと伝える。そして誰よりリュカのことを心配している と伝えた。

「リュカさん、またここにも来て下さいね。私が居るうちに。まだお話したいことたくさんあるんですから。…それとマリアさんも仰っていましたけど、 無茶は絶対にしないでくださいね?ヘンリーさんと同等とは言っても、男性と女性の差はあるんですから。…元気で旅をしてくださいね」

 フローラは複雑な心境だった。姉であり妹であったリュカと言う存在は、マリアが抱いていた感情とあまり大差が無い。強いて言えばマリアはそれが恋 愛感情で、フローラは家族愛であった差くらいだった。それゆえにこの別れと言うものが、永遠の別れになってしまわないかと言う不安に襲われていた。だ が、リュカはフローラの手を取ると、いつもの優しい笑顔で「必ずフローラのところに会いに行くから」と言った。その言葉は今までの簡単な約束よりもっ と重たい言葉のようにフローラは感じられた。
 数人いるシスターたちからも旅立ちの言葉をもらい、リュカは最後にルキアの元に来る。

「リュカ、今まで辛い日々でしたが、ここからは誰かに強いられて進むのではありません。あなたがあなたの意思で先へ進むのです。くじけてはいけませ んよ。ですが…なにか困ったことがあったらまた、いつでもおいでなさい。私たちはいつでもあなたを歓迎しますからね」

 ルキアはそう言って祝福の聖水をリュカとヘンリーに振りかける。二人がいよいよ旅立つとき。その全てが整った瞬間だった。

「まずはオラクルベリーでモンスター爺さんとの再会だな」

 ヘンリーが言う。リュカは一回頷くと、ルキアを初めとした修道院の関係者に頭を下げる。

「いままでお世話になりました。また必ずここに来ます。暫くは音信不通になるかもしれませんが、便りの無いことは元気であることと思ってくださ い。…出発、します」

 顔を上げたリュカは泣いていた。だが、その泣き顔は悲しげではなく笑顔だった。奴隷として働く間は笑うことも少なくなり、この修道院に来たときは 笑顔の作り方を忘れていたかのようだった。そして今は、以前の笑顔よりもまぶしい満面の笑顔をリュカは浮かべていた。

 

 修道院の北にあるオラクルベリーまでは、徒歩でもさほど時間のかかる場所ではなかった。昼少し前に修道院を出発したリュカとヘンリーは日が暮れる 前にはオラクルベリーに着く。
 夕暮れ近くのオラクルベリーは、昼間とは違う顔を見せる。昼間は昼間で人々が出て回り賑やかな街だったが、夜になると、その街の中心にあるカジノが 昼間のように、ネオンで街を明るくする。人々は昼間の仕事の疲れなどを癒すように、一攫千金を夢にと色々な理由でカジノを訪れた。

「うっわぁ〜、すっごいきらびやかだ〜」

 溜息ともつかない声を漏らしてリュカは言う。ヘンリーに至っては開いた口がふさがらないほどの驚きと興奮とで胸が高鳴っていた。通りには人があふ れて慣れない二人はすぐに迷子になってしまいそうだった。だが、ふと油断した隙に間合いをつめていた二人はすぐに引き裂かれる。

「ヘンリー!?あれれ、どこ行っちゃったの?」

 後ろにいたはずのヘンリーの姿が無くなり、リュカは慌てて探そうとしたが、あまりの喧騒で声を出して周りを探そうにも声もかき消されて思うように も動けなくなってしまった。

「…仕方が無いな、イトさんのところで合流できることを願おう」

 リュカはそう願う。街には目的があってきている。その目的地に着いていれば遅くてもいずれはやってくると考えた。昔、父と旅をしていた頃も街に入 る前には目的を確認して、万一はぐれた場合は直接その目的地に行くようにと話し合っていることがあったのだった。リュカは手近な人を捕まえて、イト− モンスター爺さんの居場所を聞く。だが、誰も振り向くようなことは無く、リュカに気づいてくれる人も少なかった。

「聞けばすぐにわかるってはずだったのに、これじゃ聞けやしない」

 リュカはそうぼやきながらウロウロと街の中をさまよう。そうしているうちに少し淋しい場所まで流されてしまった。周りには怪しい目つきをした、あ まり良くない態度の男性がたむろしていた。周りに街の人々らしい人影は少なかった。リュカは必要以上に美少女でもあり、そう言った連中が逃すはずも無 かった。

「よぅ、お姉ちゃん。どうかしたのかい?」

 明らかに軽そうな男が声をかけてくる。いくら世間知らずのリュカでもこうした奴らが何を目的に言い寄ってくるかは知らないわけではなかった。徹底 無視を決め込んで足早に歩こうとしたが、その男たちは自然とリュカを取り囲み、声をかけた男がリュカの腕を掴む。

「無視なんてつれないなぁ、俺たちと遊ぼうぜ」

 そこまで聞いたリュカは心底嫌がっているといった表情をその男の方に向ける。リュカのそういった反応が楽しいのか男は嫌がるリュカを離そうとしな かった。

「…腕、取ってるのはいいけど、これだけ近づけば痛いよ?」

 リュカは少しだけ言葉足らずにその男に伝える。背後からリュカの左腕をその男は右腕で掴んで歩みを止めていた。

「痛いんならこっち向けばいいじゃん」

 男はそう言ってリュカを自分の方に向ける。だが、リュカは動作をそのまま流用して、相手の懐に入り込んでいく。当然だが、その男はリュカが自分の 懐に飛び込んできたと勘違いをして喜ぶ仕草をみせた。その刹那、男は声にならない叫びを上げる。リュカはそのまま男の右腕を取ると流れて右脇に自分の 右肩を入れる。そして、そのまま腰を跳ね上げて一本背負いを男にかける。受身などを用意してなく、また瞬間にかけられた技に戸惑いながら投げられた男 は勢い良く腰から落ちていく。が、それだけではなく、リュカは掴んだ男の右腕の肘を逆間接に極めると男が地面に着いたと同時にその逆間接に力を入れ て、肘を壊す。

「…ほら、痛い。腕だけじゃなくて腰だって・・・」

 リュカはそこで初めて笑ってみせる。ただわざと俯いて目を伏せて、口元だけを歪ませて笑っていた。それを見た周りの奴らは一様に震え上がる。そし て何より投げられた男はその表情を下から見上げて、大半が陰に隠れた顔を見ていたため、恐怖心は更に掻き立てられた。

「それとも、もっと痛く掴む?腕を・・・」

 リュカは静かな声でゆっくりとそう呟く。周りが喧騒で騒がしいはずなのに、そのリュカの呟きはなぜかこの場にいる男たちにはしっかりと聞こえてい た。ずるっと感覚の無くなった左腕を地面につけた男はもう再びリュカに近づこうとはせず、腰の抜けた状態で、ずるずると後ずさる。周りを取り囲んでい た男たちもリュカの表情にパニックを起こしてわたわたと慌ててその場を逃げ出す。

「あっ、そうだ、モンスター爺さんの居場所、知らない?」

 腰が抜け、ずるずるとしか動けていない先ほどの男の足首を掴んで、同じような小さな声で訊ねる。するとその男は悲鳴に近い声で叫んで場所を教え た。

「こ・・・ここから西にまっすぐ行った外れに、ち、地下への階段がある、そそそこがモンスター爺の家だよ、頼むから、は、離してくれ〜」

 それだけ言うと、だらんと垂れた左腕を抱えて男は駆け出した。…小さな頃から怪しい風貌や雰囲気の大人の男たちがリュカには声をかけることがあっ た。幼い頃も今もいわゆるナンパや連れ去りの類で声をかけられたりしていたが、リュカは父譲りの剣技と対人間用の武闘術とでいつも追い払っていた。今 回もそれをしただけだったが、幼い頃と今では力の量が違い、極めた間接はあっけなく折れてリュカ自身はちょっと驚いていた。
 酒場の裏、怪しげな男がたむろする場所にはうってつけの場所で、街の人々は近寄らない。その場所から無数の人が逃げ出してきて、気づいた人間は何が あったのかと覗き込んだりしていた。そこには、場に不似合いの美少女−リュカが一人立って途方に暮れた雰囲気できょろきょろと辺りを見回していた。 リュカはもちろんこの騒ぎでヘンリーが顔を出さないかと期待していた。だが、それも空振りになり少しうなだれて街の西に向かって歩き出した。

「うう・・・成長しても置いて行かれるのは変わらないのかぁ」

 そう呟くリュカの声は少し悲しげだった。幼い頃は父の移動スピードに遅れてしまっていて置いて行かれるだけだと思っていたが、こうしてはぐれて置 いて行かれると、そう考えざるを得なかった。
 西の町外れ、そこには塀で囲まれて地下への階段だけが口を開けた場所がある。そこには見慣れた人物−ヘンリーが立っていた。

「何してるんだよ、リュカ。突然いなくなりやがって」

「そっ、それはこっちのせりふだよぉ。ついて来てくれると思ったらいなくなっちゃって。大変だったんだから」

 ヘンリーははぐれたあとすぐに街の人にモンスター爺さんの居場所を聞いてここにきていたらしい。その間リュカが何をしていたかを話すと、ヘンリー は頭を抱える。

「お前、むやみにそんなことしたら、衛兵とか憲兵に捕まるぞ!?」

「だって、追い払うにはそれが一番手っ取り早いんだもん」

 ヘンリーの呆れ顔にリュカは頬を膨らませて抗議した。ヘンリーは半ば世間知らずのお嬢様の護衛に付いた感じがしてならなかった。
 とりあえずお互いが聞いたモンスター爺さんの居場所で合流できたと言うことは、この場所で間違いが無いようだった。二人は頷いて、その地下へと入っ て行く。中は洞窟のような感じではあったが、一通りの生活必需品や家具などが揃い、ここで生活していることが伺えた。その奥からは、なんともいえない 鳴き声が聞こえてきていた。
 リュカとヘンリーが入ってきたのを感じたのか奥から誰かが近づいてくる。

「ここに、何の用かしら?お二人さん」

 姿を現したのは、場に不似合いのバニーガールの格好をした女性だった。

「あ、あの、イトさんはいますか?」

 リュカが驚きながら訊ねると、そのバニーガールはじっとリュカの瞳を覗き込んできた。そして、優しい笑顔を返す。

「…あなたがリュカさんね、お連れはヘンリーさん。なるほど、私が聞いている真の魔物使いの瞳と一緒だわ。私はイトさまの助手をしているイナッツ よ。この格好はカジノで仕事をする衣装なんだけど、着替えるのが面倒でね。そのままって感じなの。奥へどうぞ、イトさまが待ってるわ」

 イナッツと名乗ったその助手はそう言ってリュカとヘンリーを奥の方に案内する。
 いくつかの牢のような部屋の中では、スライムやこの周辺で出るドラキーなどの比較的弱いと言われる魔物から、
まだリュカやヘンリーが見たことの無い大型の魔物が入っている。その牢の前を抜けると、広間のような場所に出る。そこでイトはリュカを待っていた。

「…来ていただけたか、リュカ殿。周りからは奇異の目やある意味変人ともとられますぞ」

「…大丈夫です。それに、わたしの旅には多くの仲間が必要です。わたしがその特別な力を開花できるのだったら、そうして損はありませんから」

 イトは最終確認をリュカにする。が、リュカはまっすぐな瞳でイトの言葉を聞き入れた。

「では、早速修行をしていただくかの。…悪いが、ヘンリー殿は外で時間を潰してはいただけないか?」

 突然のことでヘンリーは少し驚いた顔をしていた。しかし、ここに来る前のリュカの行動などを聞いていた分、あまりキケンは無いと感じられた。

「ん、わかった。リュカ、変なことされたら投げ飛ばせ、いいな」

「あはは、そこまではしないってば、余程じゃない限りは、ね」

 ヘンリーは少しの脅し的な文句を言ってイトの反応を見たが、イトは特別動じた様子も無くヘンリーの言葉の「変なこと」については否定するような態 度でいた。それを見てか見ずなのかはわからないが、リュカは言って手を振って投げ飛ばすことを否定して見せた。

 

 ヘンリーはとりあえずこの先の旅の準備をするため再び街に出て行く。残ったリュカとイト、イナッツはリュカの魔物使いの能力開眼のための修行を始 める。

「…リュカ殿、悪しき心については説明は不要ですな。あとは、それをしっかり見極めるだけじゃが…口で言うよりは実戦じゃな。イナッツ、準備を」

「はい、イトさま」

 事前に話をしてあったようで、イトはイナッツに一言だけ言うと、テキパキとイナッツは準備に入っていく。そしてイトの左手にはチェーンクロスが握 られている。

「実際の魔物を相手にしていただこう。武器はそのショートソードでも構わんが、何かのときのために攻撃力のあるこちらにしていただこう」

 持っているチェーンクロスをリュカに手渡し、代わりにショートソードをイトは受け取った。

「すぐには見えぬかも知れん。が、しっかりとその魔物の心を見れば必ず見えるはずじゃ。人間と違って、善と悪ははっきりしておる、その点はあまり問 題ないとわしは思う。あとはそれをどう払うかじゃな」

 イトが言う言葉をリュカは頷きながら聞いていた。そして、その話が終わる頃にイナッツは先ほどの牢のほうから鎖で繋ぎ止められているブラウニーを 連れて来た。

「相手はこのブラウニーじゃが、いくら弱いとは言え、こいつの痛恨はそれなりに大きい。かわしながら悪しき心を見抜き、払ってみると良い。そうすれ ば自ずとブラウニーは仲間にしてくれと言ってくるはずじゃ」

 イトはそこまで言うとその広間の端の方に下がっていく。イナッツもブラウニーの鎖を外して隅の方へと下がった。
 いまリュカの前にいるブラウニーには特別、以前イトの背後に見た黒い陰−悪しき心は見えなかった。凝視しているとブラウニーは持っている木槌を振り 上げてリュカに振り下ろす。リュカはそれを危なげなく避けていく。

「こりゃ、リュカ殿!ただ逃げているだけでは心を払うなど出来ぬぞ!!」

 暫くの間、リュカはとにかく集中するためにブラウニーを凝視していた。だが、そのブラウニーからは悪しき心らしい陰は見えない。そうしているうち にリュカはただ逃げ回り、それを夢中になってブラウニーが追い回す形が出来てしまっていた。

(まずい、見えない・・・!)

 リュカは何度か見方を変えてブラウニーを見るがどうやってもブラウニーに陰を見ることは出来ない。
 業を煮やしたイトは目でイナッツに指示を送る。イナッツはコクンと頷くと、手に持っていた鎖をリュカの足元に転がした。当然の事ながら足元をまとも に見ず、ブラウニーだけを凝視しているリュカにはその鎖は見えず、足に絡まって倒れこむ。その直後にブラウニーが振り下ろす木槌がリュカの背中に一撃 を加える。

「くぅっ!」

 痛恨の一撃ではなかったものの、激痛はその背中に走る。間髪置かずにブラウニーはすぐさま木槌を振り上げてリュカに襲い掛かる。「まずい!」口の 中で呟いたそのとき、ブラウニーの頭上で、まるでマリオネットを操るようにしている陰がリュカの目に入る。

「う、上に!?」

「そうじゃ、必ず後ろにあるとき限らぬそうじゃ、周りを見てどこで悪しき心が魔物を動かすかを観察せねばならんのじゃ!!」

 イトの言葉に反応したリュカはブラウニーに対峙するが、既に木槌を振り上げていたブラウニーから再び一撃を喰らう。今度はある程度ガードした上の 攻撃だったので、すぐにリュカは攻撃の手に転じることが出来た。が、改めて見ると先ほどブラウニーの頭上にあったはずの陰がなくなっていた。

「あ、あれ!?」

 リュカは戸惑いその場に立ち尽くしそうになる。しかし、その辺りはただでは転ばないリュカはそのまま攻撃の勢いを殺さずにブラウニーの後ろに回り 込む。すると先ほどは頭上にあった陰はブラウニーの背後でしかも攻撃が当たりにくいように小さくなっていた。

(変幻自在か、結構厄介なんだな…)

 リュカはそう思いながらしかし今度は確実にその陰に対して一撃を打ち込む。ブラウニー自身に対しての攻撃ではなかったのにその反応はまるで人間一 人に対して仕掛けた攻撃のように重たい。そのままチェーンクロスを振りぬくと、陰が消えた反応でブラウニーは吹っ飛ばされてしまった。
 リュカは唖然としながらブラウニーを見やる。暫くしてブラウニーはムクッと起き上がるとリュカに近づいていく。そして小さな手を差し出してリュカを 小さな瞳で見つめてきた。
 こうして多少の苦戦を強いられたものの、リュカは無事にブラウニーの陰を払って仲間とすることが出来た。

「少し苦労されたようじゃが、お見事。わしには陰は見えぬが、それこそどのような形で存在しているかは魔物の個体レベルで違っていると言うこと じゃ、上手く見極めて攻撃されよ」

 イトがそう言ってリュカの健闘をたたえる。その横にイナッツもやってきて、リュカに相対した。

「私なんかはイトさまから教えられたレベルの事しかできませんが…。魔物によっては、悪しき心を払っても仲間にならないものもいるそうです、むしろ 仲間にならないものの方が多いかも知れません。根気強く陰を払っていかないといけないかと思います、実戦で目を鍛えてくださいね」

 そう言ってイナッツもリュカ自身の成長を喜んだ。ちょうどそのとき、買い物に出ていたヘンリーが戻ってくる。

「…一通りのものは買い揃えてきたぞ」

 三人が揃って出迎えたのでヘンリーは何があったのかと一瞬戸惑った表情を見せていた。ヘンリーはオラクルベリーで手に入る武器防具一式と薬草など の道具類を揃えていた。

「道具類も集まったところで、じゃ。ここから北の区画に夜しかやっておらん風変わりな店がある。オラクル屋と言うんじゃが、そこで馬車を買うと良ろ しかろう。街中などは魔物を馬車内に入れておけば人の目にも止まらぬし。以前わしが使っておったものじゃがまだ残っておるはずじゃ。わしの名を言えば 特価で売ってくれるはず」

 イトはそう言ってリュカたちをオラクル屋へと促す。
 リュカの修行などをしているうちに辺りは夜になっていたが、オラクルベリーは夜になっても昼間のような明るさだった。別名「眠らない街」とか「日の 暮れない街」と呼ばれることに誰もが納得する理由はここにある。
 リュカとヘンリーはイトの居た地下室からまっすぐ北に行く。そこには「オラクル屋」と言う看板はあれど、通路だけで店自体は見えなかった。その通路 はオラクルベリーの中にあるのに真っ暗と言っていいほど暗くなっている。その奥から一人の戦士がぶつくさ言いながら歩いてくる。そして、リュカとヘン リーを見つけるなり、愚痴をこぼし始める。

「ああ、お前さんらこの店に期待しないほうがいいぜ。良い馬車があったんで値段交渉したんだが、300万ゴールドなんて馬鹿げた値段提示してきや がった。他にも色々とあったんだがどれも買えるような値段じゃねぇ」

 その戦士の言葉にリュカとヘンリーは顔を見合わせたが、イトの名を出せば、と言われたことに期待を持って店内に入っていく。

「表にあった馬車、300万ゴールドって本当か?」

 二人が店に入る前、確かに立派な馬車が一台止まっているのを確認できた。その造りは一般のものより頑丈で多少のことでは壊れそうも無い。長旅には もってこいの馬車のように感じられた。
 ヘンリーがかまをかけるようにして、背中を見せている店主に訊ねた。

「ああ、よほどの客じゃなきゃこの値は下がらんよ」

 こちらを振り向こうともせずにその店主はそれだけ言って、二人を追い払おうとする。リュカとヘンリーは顔を見合わせて一回頷く。

「…モンスター爺さん−イトさんから馬車を買って旅をしろと言われたのですが・・・」

「ほぅ、その名を出すのか。どこで聞いたか知らんが、その理由まで言ってくれなきゃダメだね」

 まずは軽く名前だけを出す。どうやらこう言った種の情報を拾ってくるものもいるようで、その名前だけでは店主はこちらを振り向こうともしなかっ た。

「イトさんに修行を受けました、魔物使いの。それで、モンスターを連れて旅をするのに、馬車があれば便利だと教えていただき、こちらに来たんです」

 リュカのこの言葉に店主は少し興味を持ったようで、ようやく二人のほうを向く。だが、その店主はそれだけではまだまだと言いたそうな、険しい顔を してリュカを凝視していた。

「…修行して、その成果は?モンスター爺さんのところで修行したいと言う風変わりなやつは結構いるもんだ。結局開眼はしないんだがな」

「そうなんですか。でもわたしはイトさん直々にスカウトを受けたんです」

 リュカは最後の切り札が何であるかはもう判っていたが、店主がわざと話をスムーズに進めていないことが判ってからはリュカ自身も情報を小出しにし 始める。

「ほぅ、あのモンスター爺さんが自らスカウトか。昔見たと言う魔物使いにでも似ておったか」

「そのようです。わたしならばその素質があると言って。一応、開眼しましたよ?」

 リュカはそう言って笑って見せるが、店主の様子は相変わらず険しいままだった。

「ここまで言っても信じませんか?なら・・・」

 リュカはそこまで言うと外を一回見る。そして連れて来たのはあのブラウニーだった。
「ほほー、確かに付き従ってはいるようだな。…知ってるかい、嬢ちゃん。魔物使いに従うようになった魔物は、その成長が著しいんだそうだ。仮にそのブ ラウニーが『開眼した魔物使いに従っている』ならば、この石造りのカウンターぐらい・・・・・・」

 店主がそこまで言うと、リュカは意地悪そうな笑みを口元に浮かべる。この話は既にイトから散々聞いていたので、リュカ自身も正直鬱陶しく感じてい た。例え何で作られたカウンターだろうと、今のブラウンが改心の一撃を確実に放てれば壊せる、リュカもそう信じていた。

「ブラウン、このカウンターをぶっ壊せっ!!」

 店主が言葉を続けている上からリュカは楽しげな大きな声でブラウニー−ブラウンに指示を出す。その声に店主は当然、ヘンリーさえ驚く。そして当の ブラウンは木槌を両手で構えると突然力を溜め始める。二、三回力を溜めてリュカの方を伺う。リュカは一回、満面の笑顔でブラウンに頷く。直後、ブラウ ンは木槌を大きく振り上げ飛び上がる。それを見て、カウンターに肘かけていた店主が慌ててその場をどいた。次にはブラウンの木槌より堅いであろう石の カウンターとやらに木槌を振り下ろした。まさに改心の一撃だった。ドンっ!!と大きな音を上げてカウンターと木槌は激しくぶつかったが、壊れていたの はカウンターの方でブラウンの木槌には傷一つ無かった。…魔物が闇雲に木槌を振り下ろしているのと、最初から場所を見据えて一撃を繰り出したのとでは 明らかに差が出てくる。ブラウンはそこまで計算の上でカウンターに一撃を下したのだった。

「木槌をただ振り回したのであれば、こんな芸当は無理。いかがですか?わたしのブラウンの力は?」

 リュカが壊れたカウンター越しに店主に訊ねる。店主とヘンリーはただ唖然として微動だにせず壊れたカウンターを見つめているだけだった。

「ふ・・・ふはははは、すげぇ、これが魔物使いに従う魔物の力か!さっきの戦士でさえ傷も付けられなかったカウンターが真っ二つだぜ!?あっはっ は、こりゃー愉快だぜ。嬢ちゃんはホントにモンスター爺さんのところで開眼したんだなぁ」

 店主は沈黙のあと、豪快に笑い出す。よほど衝撃的だったのか、もしくは目にしたものが相当の驚きだったのか、リュカとブラウンを交互に見ては笑い 転げていた。

「気に入ったぜ、嬢ちゃん。モンスター爺さんから預かった馬車、良いもの見せてもらった代金含めて、3000ゴールド…と言いたいが、そんなんじゃ この御代にならねぇな。よしっ、300ゴールドで売ってやる!!」

 風変わりなオラクル屋はそう言って、破格どころではない額で馬車を売りさばく。リュカはとてもそんな額では買えないと言うと、「30ゴールドが良 いか?」とまで言い始める始末。どうやらこのオラクル屋はイトから馬車を預かりはすれど、売る気は無かったらしい。そして、イトが見初めた人物に譲る ことだけが目的だったようだ。リュカとヘンリーは破格以上の破格で馬車を譲り受けて、オラクル屋をあとにする。
 イトのところに戻ると、イトとイナッツが楽しそうにそこで待っていた。リュカはその楽しげな顔に対して、オラクル屋のカウンターをブラウンが壊した と告げると、二人は身体で喜びを表現した。
 その日はオラクルベリーに宿を取り一晩を明かす。そして翌日、イトとイナッツに礼を言いリュカとヘンリーはブラウンを仲間にして旅立って行った。

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