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3.影、二人
次の瞬間、リュカたちが目を開けるとそこは、サンタローズの自宅の地下室…ではなかった。「あっ!?あれれ?」
そこは荒れ果てた街のようだったが、単純に荒れただけではなく、激しく破壊された跡などがあちこちで見受けられた。そこは、廃墟でもあり、破壊の 限りを尽くされた最悪の運命をたどった街の風景だった。
「お、おかしいなぁ?」
「ベラさんはこの場所は知らない場所ですか?」
ベラは確かに、サンタローズの地下室に戻るように法術を唱えたはずだった。それは一本道を戻るだけの作業だっただけに、突然違う場所に来てしまっ たのは、想定外どころか考えられない状況だった。
「うん、そもそも私たちのような、四季を司る妖精や、万物を司る妖精は、外界に出ること自体少ないから見識についてはとても低いんだ…」
ベラは困ったような声を出して、いったいどこに連れて来られたのかとパニックを起こしつつあった。それをリュカはベラを背後から抱きしめる。その ままリュカは少しの間ベラの目を覆って見えなくした。
「大丈夫ですよ、ベラさん。そのうち戻れますから、それより少し落ち着きましょう」
リュカの言葉に静かに頷くと、ベラはその場で深呼吸をして、乱れた心の中を落ち着かせるようにした。
「…ありがとう、リュカ。あなたは大物になれるわ、きっと」
「そ、そんなことはないですよ。…突然連れ出されたのは、ベラさんに一度されているから大丈夫ってだけですし」
ベラは心底そう思って褒めた言葉を言ったつもりだったが、リュカからは茶化すような言葉が返ってきて、ベラはすこし拍子抜けした。軽く溜息をつい たベラは、そのあとぐるっとあたりを見回す。
ここがかつては街であったことがわかる理由は、かろうじて残っているのがかつての建物の跡であることや、看板などに宿や武器屋と言った表示が見て取 れるからだったが、それらはほぼ全て燃えてしまっていて、断片を集めてなんとか理解できるほどのものだった。
街の入り口辺りに居るらしいリュカたちは、周りを見渡しながらその街を歩き始めた。その街は、四方に島のような場所を設け、街自体は水の上に出来て いたようだった。その水自体も今はすでに枯れ果て、一部では毒の沼地に化している場所もあった。そうして、街の南東方向から北西の方向に向かって歩き 出す。
リュカとベラは、まだ低い身長ながら周りが破壊されていたことで視界が利くようになっていた。その目指している北西には、祭壇のようなものが見て取 れた。こちらも回りは激しく損傷して、祭壇自体に登ることは出来そうにはなかったが、その場所で何かが見つかるかと思ったからだった。
祭壇にたどり着きその祭壇を見ると、暗黒の落とし穴がそこにはあった。底は見ることも出来ず、石などを落としても音など聞こえる様子はなかった。「この穴はなんでしょう?」
リュカが不思議そうに訊ねるが、ベラ自身もわかるはずはなく、ただ首を振るだけだった。
「・・・この穴は、かつて勇者が大魔王を倒したとき、世界に歪みが出来て具現した姿だよ。…その後、この街を破壊したのは誰でもない、人間なんだ よ」
突然だった。リュカが答えのない質問をしたつもりだったが、誰かがリュカの質問に答えた。その声はリュカやベラよりは年が上だったが、それでも大 人と言うにはまだどこか幼い声を出す感じだった。リュカとベラは慌ててその場で後ろを振り返る。そこには長身で背中に二本の剣を装備している女性と、 その肩にはベラも見たことのない、ベラとは違う妖精族の姿をした者が居た。剣を持つ女性は、髪を後ろでひとつに束ねて、前髪は独特な形で隠すような布 を巻きつけていた。
「初めまして、リュカ」
その女性は改まって、リュカに頭を下げる。慌てて、女性の肩に居た妖精も空中に停止すると、そのまま頭を下げた。
「そして、あたしの作った方陣にかかってくれてありがとう、ベラ」
リュカにお辞儀した後は、少し慇懃無礼な言葉ながら丁寧に話し、その女性はベラにも頭を下げた。
「ここはどこですか?あなたは誰ですか?」
単刀直入にリュカは今一番の疑問に感じていることを訊ねる。その女性は口元に少し笑みを浮かべて、だがリュカ自身をまぶしそうに見つめていた。
「…ここはかつて、ゴッドサイドと呼ばれていた街。もう滅んで数百年と言う時間が流れているけど…ここは風化せずにこうして残っているんだ。…私た ちがここに居るから、と言うのもあるんだけどね」
今度は女性ではなく、妖精の方がリュカの質問に答える。
リュカはともかく、ベラ自身も数百年といったオーダーで時間の過ぎた場所や物などを見るのは初めてだった。リュカたちはただ呆気に取られて周りを見 回すしかなかった。「あたしの名前はティラル。そしてこっちの妖精はシルフィス。リュカよりもベラに近い存在だよ」
その女性-ティラルは改めてお辞儀をすると、リュカとベラに向かって自己紹介をする。そして、一緒に紹介された妖精-シルフィスも改まってお辞儀 をする。
「突然だけどリュカ、左手を見せてもらえるかな?」
ティラルは他の事を聞かれ話すより早く、リュカにそう言って左手を見せてもらうようにお願いする。だが、リュカは少し躊躇した。ベラも今までわず かの時間一緒に居たが、リュカの左手がなにか特殊であったかまでは確認できていなかった。ベラは不思議そうにリュカを見つめる。
「…大丈夫、別にリュカに害を及ぼすことはしないから。…その左手の秘密を知る、数少ない者だよ」
ティラルはリュカを安心させるようなやわらかい笑顔を見せた。
リュカは少し抵抗があったものの、リンクスと同じように邪気などは一切なく、またベラに近い存在-妖精系のものであることを自分から名乗っているこ となどを考え、大丈夫だろうと判断した。
ゆっくりとその左手を差し出す。リュカの左の手の甲にはアクセサリーがついていて、左の手の甲、手首から肘にかけて一帯がアクセサリーに覆われてい た。「ちょっと大げさだったけど…」
ティラルはそう言って、リュカの左手を取る。
「リュ、リュカ、その左手は…?」
ベラは改めてリュカの左手を見て驚く。見たことのないアクセサリーで覆われ、そのアクセサリーの隙間からのぞく素肌は、他の部分に比べて透き通る までに白く感じられた。それを見る限り、長い間そのアクセサリーをつけているであろうことがベラにもわかった。
「…『ヤツ』の力がちょっと強かったですからね」
ティラルの言葉に答えるように、シルフィスが言う。誰かは特定できないが、何者かがリュカに干渉しているのであろうとは感じることが出来た。
「お父上の言いつけ通り、むやみに取ったりはしていないようだね。…良く頑張ってる」
ティラルはそう言って、そのアクセサリーを一撫でする。手の甲の部分にはめられた宝玉が白くまばゆい光を発する。それを見て、リュカとベラは驚 く。
「これはバロッキーと言うアクセサリーでね、本来は腕輪と指輪が一体になっているものなんだけど…ちょっと力の加減が違って、どうしてもそのサイズ になってしまったんだ。だけど…いま見る限り、そのバロッキーが初期の状態以上の悪影響は抑えているみたい。リュカ自身も特別異常はないみたいだし ね」
ティラルはそう言いながら、そのバロッキーを撫でる。その撫でる顔はどこか切なく、申し訳なさそうな顔をしていた。
「あの、ティラルさん」
「なに?」
「ティラルさんはわたしのことを知っているんですか?」
リュカはティラルの仕草や、ティラル自身がリュカに会うことが「初めて」ではなさそうな態度を取るのを見て、不思議に思った。パパスからは特別、 ティラルの名などは聞いたことがなかったが、それでもこの人物が自分の関係者でありそうなことはリュカにもなんとなくわかった。
「…一応、知っていると言っておくよ。いや、お父上と同じくらいのことは知っている。だけど…ごめん、今はまだ全てを話せない。刻(とき)ではない んだ」
ティラルはリュカの左手を離し、より一層切なそうなそして、申し訳ないような表情を見せて、リュカに向き直り、そっとリュカの頭を撫でる。
「ときではない?なにか問題でもあるんですか?」
ベラがその複雑な表情に少し不安感を抱きながらティラルに質問する。
「問題はないんだけど…あまりに全てのことを知ると、リュカが壊れちゃうかもしれないから。そのくらい重大なことではあるんだ、この左腕とリュカと 言う存在は」
意味深な言葉を使い、だけどそこを隔てた壁の向こう側には一歩も踏み込ませないだけの覚悟をしていると十分にわかるような、はっきりした口調で ティラルはベラに返答した。
「…今日は、ちょっと顔見せにね。それと…リンクスって言うんだ、このベビーパンサー。この子も見ておきたかったからね。…妖精の村では大変だった けど…主人としては合格。リンクスを大切にね」
ティラルは傍らで警戒を解く様子のないリンクスに手を差し出す。だが、リンクスはどうにもティラルがリュカにとっては良くない存在と認識している のか、じっとティラルに警戒したまま動こうとはしなかった。
「…さすが、地獄の殺し屋。懐くととんでもない用心棒ですね、ティラルさま」
シルフィスが感心したようにティラルに告げる。嬉しそうな笑みを浮かべてティラルは一回頷く。
「リュカ、あなたのこの先に何があるかわからないけど、微力ながらあたしが見守っているからね。くじけちゃだめだよ」
そう言ってティラルは二人に背中を見せた。
「ベラ、もう一度法術を使えば、サンタローズに戻れるから、あとは任せたよ。シルフィス、行くよ」
振り返って、それまで見せなかったような、優しく明るい笑顔を見せたティラルはベラにサンタローズにリュカを送るように依頼する。そして、シル フィスを連れて、かつてゴッドサイドと呼ばれたこの場所を去って行った。
「…リュカ、大丈夫?」
ベラはいきなりの急展開についていけた気がしなかった。だが、自分のことであるリュカは嫌でもついていかなければならないことだと感じていた。う まい言葉が見つからずにベラはただこう言うのが精一杯だった。
「うん、大丈夫。左腕に『聖』と『悪』が居るって、父様から聞いていたし、このバロッキーがその中の悪を抑えていることを聞いてるから。…だけど、 それを実際にしていたのは父様じゃなかったことを初めて知った」
リュカは少しだけ、落胆の声を上げたが次にはいつも通りのリュカに戻っていた。
「さぁ、あまり遅いとベラが心配されちゃう。サンタローズまで、よろしくね?」
「うん、わかった」
「思ったよりしっかりした子だったな。シルフィス、リンクスの方はどうだった?」
「心配ありません。ベビーパンサーの時点でリュカは従うに値すると認識しているみたいですから。成長して邪気が再び、と言うことも少ないと思いま す。頭、良さそうですし」
リュカたちから少し離れ立ち止まったティラルは、再び振り返ってそちらを見る。ちょうどベラが法術を使って転移するところだった。
「で、リュカさまはどうでしたか?ティラルさま」
「うん…あたしが一番最初に会ったときに感じたものしか感じない。…と言うことは、レシフェの言う隔世遺伝もしくは転生先は、リュカではないみた い。残し、導く者ってだけみたいだ。子かそれ以上先か、または仲間か」
「でも、そんな悠長なことを言っている場合でもなくなってきています。ヤツもですけど、邪悪が闇で目覚めつつあります」
「時間は少ないな。…邪魔、されないと良いんだけど…」
ティラルはそれだけ言うと少し困った顔をしてみせた。シルフィスはそんなティラルが実際は困ってなく、邪魔されたいと望んでいることはわかってい た。そして二人も、別の場所に転移する。
リュカが目を開けるとそこは見慣れた自宅の地下室だった。目の前に、再び半透明になったベラがいる。
「リュカ、ありがとう。助かったよ。それと…さっきのティラルって人だけど…」
「大丈夫、あの人たちは敵じゃない。だから信じるよ、くじけるなって言葉。ティラルさんで二人目だから、そんなことを言われたのは」
ベラが複雑な表情を浮かべてリュカに言うが、リュカはどちらかと言うと前向きに捕らえているようで、にっこりといつもの笑顔をベラに返して見せ た。その様子を見てリンクスが足元でじゃれ付いてきた。
「そう。…じゃあ、行くね。私も本当に微力だけど、祈ってるから。負けないで、ね」
「ありがとうベラさん。大丈夫、なにがあっても前向きに行くよ」
半透明だったベラだが、リュカが握手を求めるとその手に感触がしっかりと伝わってきた。暖かく、先ほど妖精の村で春の空気に包まれたそんな、幸せ 感を運ぶベラの体温だった。
「元気でね、ベラさん」
「うん、リュカも元気で。忘れないからね」
ベラはそれだけ言うと、すぅっと姿を消した。ベラの消えた場所には、一片の桜の花びらが舞っていた。