2.春を取り戻せ
次にリュカが目を開けたとき、それまで家の地下室だったはずの景色は一変して雪の深く積もった一面雪景色の村だった。「ベラ…さん?」
リュカは近くにリンクスとベラの気配を感じ、まだ視野がまぶしくて完全に捉えられない状態ながら名前を呼んでみる。すると、ベラの手がリュカの手 を握っているのがわかった。そして、徐々に目が回りに慣れてきて、ようやく目の前にベラがしっかりとリュカの手を握り、一方のリンクスはリュカから離 れまいと一生懸命リュカの服の裾にかじりついている姿を確認できた。
「ありがとう、リュカ、来てくれて。ここは私たち妖精の国。国と言うよりは…その中の妖精一族の村と言うべきね。…私が色々を話すより、詳しいこと をポワン様から聞いたほうがいいと思うから。行きましょう、ポワン様はその木の家に住んでいらっしゃるわ」
ベラが突然説明を始めてリュカは整理ができないような顔をしたが、実はベラ自身が詳細をわかっていない感じがあるらしく、途中まで説明したところ でベラは説明を断ち切った。そして、ポワンが住むと言う木で出来た大きな屋敷にリュカたちは招かれた。
その屋敷は、木で出来ているとは思えない部分がたくさんあり、一部階段などは、水がそのまま固体になったような不思議な石のようなもので出来てい た。屋敷の中はいくつかの窓から入ってくる明かりで明るくなっているようだったが、それでも外からの光は木の壁をすり抜け、全体を照らし明るい空間を 作っていた。
最上階には、エルフの女王とも言えるような雰囲気を持つ、だがこの村の誰よりも綺麗な姿をしたエルフが玉座に座っていた。村のエルフたちは、ベラと 同じような幼い容姿をもっていたが、ここに居るのは大人の女性の優しさと綺麗さを兼ね備えた感じの容姿だった。「ポワン様、言いつけ通り人間の戦士を連れてきました」
ベラはリュカをそう紹介した。リュカは自分はまだまだ戦士などと呼ばれるほどではないと思っているので、そのような紹介にどぎまぎしていた。だ が、そのあたりはポワンも承知しているようで、ベラの言動の方に微かな笑みを浮かべて見せた。
「可愛い戦士様ですね、ベラ」
「あっ、いえ、その…リュカは…」
「良いのですよ、人間界で何が起こっていたかは想像できます。そのことを咎めたりするつもりはありませんから安心なさい。さて、リュカ。来て頂いて 早速なのですが、私たちの願いを聞いていただけますか?」
全てを理解しているわけではないようだが、それでもベラが人間界でどういう状況下にあったかは、ポワン自身も十分に承知しているようだった。やさ しい笑顔を見せてベラにそう言うと、向き直ってリュカにお願い事についての同意を求めてきた。
「わたしで出来ることでしたら、お手伝いさせていただきます」
「ありがとう、リュカ。見ていただければわかりますが、今はまだ冬の状態。しかし、暦ではもう春がやってきてもおかしくない時期になっています。私 たち妖精は春を司るのですが、その春を呼ぶための『春風のフルート』を奪われてしまい、春を呼ぶことが出来ません」
ポワンはリュカの返事にほっとして、ことの事情を話し始めた。
「春風のフルートを盗んだのはたぶん、雪の女王でしょう。普段から、季節に四季はいらないと言うような方でしたから。特に、自分の季節を変えてしま う私たちは目の上の敵のような存在であるに違いないですし」
「その、雪の女王と言うのは・・・?」
リュカがポワンの話に疑問を持つと、ポワンは一旦言葉をとめて改めてリュカに向き直ると軽く溜息をついた。そして少し話しづらそうな表情を見せ る。
その様子をリュカは不思議そうに見つめていた。「そうですね。昔はどんなに冬に縁のある者だと言っても、そこまで冷たくは無かったんですが…私をこうしてここに座らせているのは、雪の女王から教 え込まれたことを実践しているから、なんですよ」
ポワンはそう言って悲しそうな表情をした。そのことを知っているものは少ないようで、ベラをはじめとしたその場の妖精のほぼ全員が驚いた表情をし ていた。
「…ポワン様の教育係だったんですか。でも、それがなぜ?」
リュカも少し切なそうな顔をして、ポワンの言葉に返事をする。
「私にもそれがわからないのです。突然、冬だけで良いなんて言い出して。その辺りの確認も含めて、リュカにはお願いしたいのです。退治、と言うより は更生をさせてほしい、と言う願いなのです。…リュカには少し難しいかもしれませんが…」
「いえ、正すことが出来ないわけではないですし…話せばわかってくれるとは思うんです」
そう言ってリュカはポワンに笑顔を返した。ポワンもリュカのその笑顔に少し安心した表情を見せた。
「では、お任せしてもいいですか?リュカ」
「私でよろしければ、喜んで。…春が呼べなければ、私たち人間の世界も春が来ないんですよね。…村の人たちも作物とか植物の生育が心配だと言ってい ましたし、私がお手伝いできるのでしたらさせていただきます」
ポワンの確認に、リュカは迷うことなく返事をした。このまま四季が乱れてしまったままでは、ポワンたちが罪悪に悩まされるだけではなく、人間界で も迎えるべき春が来なくて困るのはわかっていた。そして、かつてはポワンに色々を教えた身がなぜ今のようになってしまったのか、それを確認することで ポワン自身も助けられるのならと、その手助けを自分がやるとリュカはその役を買って出た。
(レヌール城のお化け退治と同じだと思えば大丈夫・・・!!)
リュカはそう心の中でつぶやいて、ポワンの目をじっと見た。
「わかりました。ではリュカお願いしますね。雪の女王と言うのは、ここから北にある神殿に住んでいます。ベラ、雪の女王の神殿も含めて、リュカに妖 精の国を案内してあげなさい」
「かしこまりました、よろしくねリュカ」
ベラがリュカに挨拶をすると、後ろで控えめにしていたリンクスも顔を出す。ベラは何の気なしにそのなリンクスの頭を撫でた。「にゃあ」とあどけな い声を出して、リンクスは答える。
だが、その場に居た何人かのエルフたちはその声に表情を引きつらせてリンクスを見つめた。「それは・・・!!キラーパンサーの子供!?ベラ、すぐにどきなさい!!」
言うが早いか、一人のエルフが手の中で呪文を展開する。ベラは反射的にリンクスから離れたが、状況を瞬時に理解したリュカは逆にリンクスとそのエ ルフの間に立ち塞がる。
「リンクスは悪い子ではありません!!魔物だからと言って邪険に扱わないでください!!」
エルフが展開していたギラの呪文に、リュカは怒りに任せ今までとは比べ物にならないほど大きな真空の渦を手の中に展開する。明らかに今までのバギ より威力が大きいもので、上級のバギマまでは届かなくても、いまのエルフたちには十分すぎるほどの真空の渦だった。
「おやめなさい、二人とも!」
キラーパンサーからポワンを守ろうとするエルフと、リンクスを小さな体で絶対的に守ろうとするリュカ。二つの呪文の力がぶつかる寸前でそれをとめ たのはポワンだった。
「リュカの言う通りです、そのキラーパンサーに邪気はありません。それに、本来のキラーパンサーはどうあっても人になつくなどと言うことはありませ ん。その地獄の殺し屋がなついているのです。なにか特別な意思がそのキラーパンサーにはあるのでしょう。それに今は、リュカの言うことを聞いていま す。何かあればそれは、主人であるリュカが処分を下すべきです」
ポワンはそう言い攻撃しようとしたエルフの一人を嗜めた。
同時にリュカにも呪文をキャンセルするように指示を出す。二人はポワンに止められてようやく戦闘の意思を消したが、対抗しようとしたエルフはポワン に一礼すると、すぐにその場から姿を消した。「ごめんなさいね、外見だけではすぐに判断できないものなのに。では、改めてリュカお願いいたしますね」
ポワンは先ほどの侘びを入れ、リュカに依頼ごとを改めてお願いした。その言葉にベラも頷いてリュカの後につくようにして、一礼する。
ポワンの前から動き階下に行くと、先ほどのエルフがばつが悪そうな表情をして、リュカが降りてくるのを待っていた。リュカの方もあまり良い顔はで きないでいた。
「…その、ごめんなさい。その子からは確かに邪気は感じないけど…でも、本来キラーパンサーは絶対に人になつかないはずなの。こんなに従順なキラー パンサーは初めて見るよ。まだ小さいから、親みたいな感じなのかな。…でも、ポワン様も甘いのよね。ああやって何でもお許しになるから、フルートを盗 まれたりするんだわ」
そのエルフは謝った後に突然ぼやき始める。
「盗むこと自体を考えたのは雪の女王がしたことだと思うけど、実行犯はもしかしたら別に居るかもしれないよ。それと、神殿には鍵がかかっているって うわさを聞いたことがある。…鍵自体をあけるには方法は二つ。ひとつはもちろんマスターキーを使うことだけど…もうひとつ、ポワン様の前の代のとき に、この村に居たドワーフの一人が『鍵の技法』と言うのを編み出して、この村を追放されたの。その鍵の技法があれば、開けられるかもしれない。まず は、そのドワーフを訪ねてみたらいいかも知れない。ここから西に行った洞窟に居るらしいよ」
「えっ・・・!?ど、洞窟!?」
「ベラにはちょっと重荷かも知れないけどね」
そのエルフは一方的にだが、この先の情報とどうしたら良いかのヒントをくれた。リュカは深々と頭を下げて、そのエルフに礼を言う。その横では、リ ンクスもリュカを真似してか頭を下に下げる仕草をしていた。
「…確かに、キラーパンサーにしては、ちょっと可愛げのある良い子だね」
エルフはそう言って、リンクスの頭を恐る恐るだが撫でて見る。リンクスは脅かさないようにだが、しかしやはり気持ち良いときにでてしまう「にゃ あ」と言う鳴き声でそのエルフに礼を言う。
「わたしもごめんなさい。突然呪文なんか唱えたりして」
リュカは改めて深々と頭を下げて、先ほどの非礼を詫びた。
そうして、妖精の村から出たリュカたちは、先ほどのエルフが教えてくれた西にあると言う、ドワーフの洞窟に向かう。
「ベラさん、洞窟って苦手なんですか?」
西に向かって歩き出して少し。先ほどのエルフが言っていた「洞窟は重荷」と言う言葉が気になったリュカはベラに訊ねてみる。
「私が、と言うよりエルフが、と言ったほうが適切かもね。もともと湿度の低い森とかを好むエルフはじめじめした湿度の高い洞窟なんかは苦手なの」
「そうなんですか…」
うんざりとした印象の声を出して、ベラはリュカに話して聞かせる。
「それと、実行犯が別に居るって話なんですけど・・・」
リュカは先ほどの話の中で、実行犯は別に居るとエルフの言っていたことを思い出していた。
「…追放を受けたドワーフさんは別に根に持ったりはしていないみたいなんだけど…その孫が、全面的にポワン様を恨んでいるって噂でね。おそらくはそ の孫って言うのが、ポワン様の困るようなことをしでかしたんじゃないかと言う話なの。村の中では結構有名な話でね」
ベラは困ったと言った表情を浮かべてリュカに説明する。そうして話をしているうちに、妖精の国の南西の端までやってきた。そこには、小さな洞窟が 口を開けていた。
「ベラさん、出来たらついてきて欲しいんですけど…大丈夫ですか?」
リュカは入る前からどこか憂鬱感ばかりが表情を覆っているベラを心配して訊ねるが、当のベラはワンテンポ遅れて反応するなど、どうにも洞窟に対す る印象などが良くないらしく躊躇している感じだった。
「…うん、ありがとうリュカ、大丈夫だよ。ポワン様からも命を受けたんだから、きちんとこなすよ」
強がっているとしか思えないような仕草と態度でベラはリュカに言う。だが、リュカはそんな強がっているベラを少し可愛く見てしまい、クスッと笑っ てしまっていた。
「…リュカに笑われるなんて心外。私だって、洞窟以外ならばぜんぜん大丈夫なんだから」
「洞窟以外、ならばね」
リュカがイタズラっぽく反芻すると、ベラは顔を真っ赤にして膨れて見せた。そして、その間にリンクスが入り込んで二人を止める。そんな構図が出来 て二人は笑い、リンクスは「にぁ〜」と楽しげに鳴いて見せた。
洞窟の中は思ったより広い空間になっていて、あまり窮屈さなどを感じることはない。そして、ベラが一番心配していた湿気も大してなく、至って快適な 空間だった。そのことにベラはちょっと拍子抜けをした感じだったが、リュカにしてみれば、サンタローズの洞窟に入った経験から、そこまでひどい洞窟は ないだろうと言うことを予想していた。「でも、ドワーフさんが住んでいるくらいだから、そんなひどい場所でもないか」
納得するようにベラは言う。確かに住む環境としても適切な環境になっているところを見ると、それとなく洞窟自体も「自然」ではなく意図的に作られ た空間であろうことが容易に考えられた。そうしてしばらく歩くと、横穴が出て来て、その横穴の先では誰かが生活していると思われる雰囲気が感じ取れ た。
リュカとベラはお互い頷いて、その横穴に入っていった。「こんにちは〜」
リュカが控えめに声を出すと、すぐ近くからそれに返事するような声が聞こえてきた。
「おや、エルフの村からお客様か。それに珍しい、人間のお客様とは。何もないがゆっくりしてくだされ」
そう言ったのは、見た目はまだまだ若そうな老ドワーフだった。席を勧めてくれたが、出来たら早く行動を起こしたいと断った上で、事の次第をリュカ とベラは話した。初めは納得するような表情を見せた老ドワーフだったが、事の次第がわかってくると、次第に険しい顔をしつつ、申し訳なさそうな表情を 浮かべ始めた。
「…なんと、雪の女王様がそんなことを…。しかし、以前は温厚な方でそんなことをするような方ではなかったんじゃが…。それと、その実行犯について はおそらくココにおる。…出てこないところを見ると図星のようじゃ」
老ドワーフはそこまで言うとその部屋のひとつ奥にある部屋に入って行く。暫くは静かだったが、突然泣き声が聞こえ始めると同時に、ズルズルと何か を引きずるような音が聞こえ始めた。
「うわーん、じいちゃんごめんよ〜」
そうして引っ張ってこられたのは、その老ドワーフよりはまだやんちゃそうで、頭巾のようなものをかぶっているもう一人のドワーフだった。
「この馬鹿モン!!以前に教えた技法で盗んだじゃろう!?」
リュカたちの前に引っ張り出すと、老ドワーフは間髪置かずに拳骨を食らわす。それまで泣いていたドワーフはより一層泣き出した。
「こいつは孫のザイル。最近は雪の女王様の話し相手になっているんじゃが、その過程で盗み出したのじゃろう」
そう言ってドワーフは泣いているザイルをリュカたちの正面に座らせた。
「どういうことか、しっかりと説明せんかい!」
厳しい口調の老ドワーフに、ザイルは萎縮してしまって逆に話のできるような状態ではなくなってしまった。だが、その状態も、老ドワーフの「しっか り話せ!」の一言ですぐに状況は改善した。
「雪の女王様がフルートが欲しいって言ったんだよ、だからポワンのところのフルートを盗ってきたんだ、それだけだよ」
ザイルは歯切れも悪くそんなことを言った。だが、老ドワーフはその言葉を聞いて首をかしげる。
「以前は他人のものを奪うなんてことはせんかったのに、ましてフルートと言ったらポワン様ぐらいしか持たないことも良く知っておる方じゃろうに、な ぜそうしてまでフルートに固執するんじゃろう…?」
老ドワーフはそう言って首をかしげて呟くが、どうにも解決の策が見つからない。ザイルに確認しても、それ以上のことは知らないし、なぜフルートを 欲したかまではわからないとのことだった。
「ふむ、お嬢さん方が直接確認したほうが良いじゃろう。ザイル、お前も行って、鍵を開けたりする手伝いをしなさい、よいな!」
老ドワーフの圧倒的な勢いに、ザイルは返事をしないわけにはいかなかった。
そうして、ザイルを加えた4人はすぐに行動を起こした。洞窟をでて、北の方面に冬の女王の神殿があるとベラから案内を受けてその方向に進んでいく。 途中魔物も出てきたりはしたが、リュカのすばやい剣捌きとバギの呪文、リンクスの牙を使った超速の攻撃とベラのギラの呪文の前に魔物たちはたいして足 止めや、ましてリュカたちの命を奪うなんてことは出来なかった。
雪の女王の神殿に着き、正面の鍵はザイルの手によってあっさりと開けられた。そして、氷で出来た神殿に入り込んでいく。足元が滑ってしまったりもし ていたが、リュカの武器やザイルによって床に傷をつけ、歩きやすくして先に進んでいく。
二階の玉座のところには宝箱があり、ザイルの言う話ではそこにフルートは入っているとのことだった。リュカが近づくが当然と言いたそうにザイルは宝 箱には鍵がかかっていることを付け加える。すぐに開けるようリュカが頼むが、どうもその行動に勢いが無かった。ベラはそんなザイルの様子を老ドワーフ に言いつけると言うと、ザイルの動きが変わる。だか、そのとき、一陣の吹雪が舞ってできる。「困ったものですね、ザイル。せっかく季節が冬で染まると言うのに、いまさらそのフルートをどうしようと言うのですか?」
突然、澄んだ女性の声が聞こえる。声のしたほうをみるとそこには、真っ白な衣装に身を纏った一人の女性が居た。肌も髪も白く、どこからも寒さと冷 たさしか伝わってこないような雰囲気の女性だった。
「ゆ、雪の女王様!!」
振り返ってその姿を確認したザイルは、びっくりした様子でその名を告げる。先ほどの動きの鈍さはこの事がわかっていたが故なのかも知れなかった。
「あなたが雪の女王ですか?」
「ええ、あなたが倒しに来た雪の女王は私です。が、シナリオ通りにことが進むとは限りませんよ?」
リュカが丁寧に訊ねると、返る言葉もまた丁寧だった。だが、リュカはその言葉にあまり良い感情を持つことはなかった。
「…春風のフルート、ありますね。争いたくはありません。おとなしく返していただけますか?」
「ちょ、ちょっとリュカ!!」
リュカはなぜかこんな言葉を発していた。自分でもいろいろな感情が渦巻いてしまっていて、制御が出来なくなってきていることがわかっていたのか、 ただじっと雪の女王を見つめてフルートの返却を願い出る。
「ポワン様の教育係ほどの方が、そこまで悪に堕ちるとは思えません。それとも、なにかの理由があってそれを演じているんですか?」
リュカは威嚇のために突きつけた剣を微動だにせず、じっと雪の女王を見つめてそう訊ねた。だが、何かを抱えている様子を見せながらも、それを振り 切るような仕草をして、雪の女王は悪役を演じているように見えた。
「別に理由などありません。ポワンからは聞いているのでしょう?私が『季節には冬だけで十分』と言っていることを。理由はそれだけ、春など迎えなく ても良いのです」
雪の女王はそう言ってリュカに攻撃の意思を見せる。だが、それでもリュカは争いたくないと言いたそうにじっとその場を動こうとはしない。
「あなたも季節を司る人であるのであれば、本来の季節が来ないことがどうなってしまうことか、わからないはずはないでしょう?」
リュカの説得は尚も続く。その言葉にも特別動じる様子も無く雪の女王はリュカに襲い掛かるような仕草でいた。
「…力ずくで奪ったらいいでしょう?私を倒せば、春は迎えられるようになるんですよ?小さな戦士」
雪の女王はそう言って、自分からリュカに攻撃を仕掛ける。リュカはその攻撃に対して、一定の距離を保ったまま、威嚇の態度を辞めようとしなかっ た。
「…ポワン様がベラさんを使ってわたしを呼んだ理由をわかっているようですね。なのになぜそんなことをするんですか?わたしは争いたくはありません し、あなたを倒していいとも思いません」
リュカは少し悲しそうな顔をして雪の女王に告げる。雪の女王はそれを聞いて少したじろいでいたが、それでも今までの態度は変える様子は無かった。 その様子を見てリュカは軽く溜息をつく。そして、今までの切ない瞳ではなく、敵を見据える真剣な眼で雪の女王に言う。
「…闘いは避けられない、と言うことですか。どうなっても知りませんよ?」
リュカが静かに言う。
その声が戦闘開始の合図だった。リュカの後ろにスタンバイしていたリンクスは、リュカの背中を蹴ると高く跳躍して、雪の女王の頭上から攻撃を仕掛け る。同時にリュカは正面から剣を構えて斬りかかり、ベラはそのリュカの後ろで閃光系呪文のギラを唱える。
そこに割って入ってくる影があった。−ザイルだった。
雪の女王はそのザイルの姿に驚き慌ててザイルをかばう。そして、リュカたちは…雪の女王はもちろん、ザイルにも攻撃を加えず、そのまま三者三様の形 で攻撃の態勢を解いていた。「な、なぜ攻撃をやめるのです?この子を外しても私には死角が出来ていた。絶好の攻撃のチャンスだったはずなのに・・・」
動揺している雪の女王にリュカが首を振って言葉を続ける。
「あなたはわかっていない。わたしたちが戦う意思が無いことを、あなたとは話し合いで解決したいと思っていることを」
リュカがそこまで言うと、今度はベラが雪の女王の前に出た。
「ポワン様は『春風のフルートを取り戻して』と言いましたが、なにもあなたを倒せとは言ってません。それに、教育係と言うほどです、憎んでいるはず が無いでしょう。…なぜこんな事をしたのか、話していただけますね?」
ベラが静かに言うと、雪の女王は驚いたままの顔を隠しもせずに、ただザイルをかばった姿勢のままで固まっていた。何が起きているのか判断できな い、そんな感じだった。
少しずつ、その表情が戻ってきて、ようやくリュカたちが攻撃の意思が初めから無かったことを理解したようだった。「…なぜ春になると、皆浮かれるの…?なぜ冬になると皆残念がるの…?」
呆然とした表情の雪の女王だったが、その唇が少し動きかすかな呟きが聞こえてくる。
「…なぜ春には皆表へ出るの?なぜ冬には皆いなくなってしまうの…?」
雪の女王はそう言って、自分でもわかってないかのように涙を流す。頬を伝ったその涙は床に落ち、ひとつの雪の結晶になる。
「別に、誰もが皆、冬にこもってしまうわけではありませんよ。仮にそうであるのならば、この場所は難攻不落の城塞になっているはず。でも、私たちは こうしてここにやってきている。冬だからとか、そう言う理由は無いと思いますよ?」
ベラが静かな声で言う。雪の女王はいつの間にか悲しげな表情で、涙を何粒も床に落としていた。ベラの言葉に首を振り、その言葉を否定する。
「誰も私には近づかない、みんなが私から離れていく…あの、ポワンでさえ・・・」
雪の女王がそう言った時、リュカとベラは雪の女王の何がこうした行動を起こしていたのかがわかった気がした。リュカが何かを言おうとして息を吸う が、それをベラに止められる。リュカはそのベラの行動が何を意味しているかわかったように頷くと、静かに息を吐いた。
「ポワン様はあなたの元を去ったわけではありませんよ。同時に訪ねられなかったのも、あなたを疎遠にしていたからではありません。雪の女王、あなた の教育の結果、ポワン様はそうしているだけです」
「私の教育…?」
ようやく雪の女王の呆然とした表情が元に戻り始める。ベラとそばに居たザイルがその様子にほっとする。そしてベラはそのまま言葉を続ける。
「自らの司るもの以外に干渉することの無いように、自らの司るものは心血を注いで守り通すように。あなたはそう仰ったそうですね、ポワン様から聞き ました。特に春を司るポワン様は、他の季節に干渉することのないようにと注意されていましたよ。それゆえ、あなたにも冷たい態度になってしまっていた のではないでしょうか?」
ベラに言われて雪の女王ははっとした表情を一瞬見せた。しかしすぐにまた切ない表情にもどってしまう。
「…ポワン様からの言伝です。もし、あなたさえ良ければ、春の妖精の村に来ませんか?みんなが許すと言うわけには行かないでしょうけど、それでもあ なた次第で生活は変わるでしょう。…と。厳しくなりすぎて行き過ぎるのはどうかと思います。だったら、少しその厳格さを甘くしてみてはどうですか?私 もポワン様の提案には賛成です」
ベラの言葉に、雪の女王は何を言われているのかわからないと言った表情を浮かべる。雪の女王が自分なりの解釈で理解するまで、ベラは何も言わずに ただ暖かい笑みを浮かべて待った。
雪の女王は暫くして先ほどとは違った涙を流し始める。ただ切ないだけではない、どこか暖かな涙だった。「そんなことを・・・ポワンが…?」
ようやくそこまで理解できて雪の女王は言葉にならないで、単語だけをつなげるような言葉で何かをしきりに言っていた。
「…厳しさはあなたにも負けませんけど、ポワン様はその分、暖かさもお持ちですから。それに、村の者たちが敵に回ってもきっと、ポワン様は味方でい てくれますよ。考えてみてくださいね」
ベラの言葉に、ようやく我を取り戻したのか、雪の女王はゆっくりと顔を上げる。その時、雪の女王の背後から黒い影が立ち、消えていく感じがベラに はした。
「すまない、私としたことが…身勝手なことをしてしまい。…そんな部分に漬け込まれていたのかも知れんな。ベラ、と言ったか。すぐには無理だが…い ずれ、ポワンのところに行かせてもらう。少し整理したい。その時まで待ってほしいとポワンには伝えて欲しい。それと・・・」
雪の女王はそこまで言うと、宝箱に手をかけた。中には一本の淡いピンク色のフルートが入っている。
「…春風のフルート、確かに渡した。すぐに春を迎えて欲しい。…ザイルのことも含めて、私自身のことを整理したら、村に行かせてもらう」
「わかりました。ポワン様とお待ちしていますね」
雪の女王から春風のフルートをベラは受け取る。そして、女王の申し出には今までよりも暖かな笑顔を見せて了承の旨を伝えた。雪の女王は、いつの間 にはベラの後ろに回って事の次第を見ていたリュカにも頭を下げる。
「すまなかったな、小さな戦士。力ずくで全てを奪えばどうにか出来ると思っていた。だが、それだけでは生まれるものが無いな。…争いを避けていたそ の姿勢は、小さいながら立派だ。…私のようなものにまでその暖かい瞳を向けてくれて感謝する」
雪の女王が頭を下げて言うと、リュカはただ優しく微笑み返していた。
今まで冷たかっただけの雪の女王の表情や仕草は、寒いながらも温かみを持っているように感じられた。
無事に春風のフルートを奪還したリュカたちは早速、妖精の村にとって返した。
「これはまさしく春風のフルート!リュカ、よく取り戻してくれました」
ポワンはそう言って女王である立場も忘れて、春風のフルートが戻ったことに喜んでいた。
「いえ、ベラさんたちが居てくれたおかげです。これで、春を呼ぶことが出来るんですよね?」
リュカは自分への労いの言葉を受け取るのもくすぐったそうに首をすくめて、ベラとリンクスの働き・助言などのおかげであったことを申し伝える。
「では、遅れていた春を呼び込むことにしましょう」
そう言って、ポワンは唇にフルートを当てて、やさしく息を吹き込む。初めは音らしい音が聞こえなかった気がしていたが、徐々にそれは、身体に暖か さをもたらす桃色の音色になってリュカたちを包み込んだ。白一色だった周りの景色も、いっせいに草木が芽吹き、雪は解けて地面いっぱいに緑が茂る。そ うして、先ほどまでは真冬の様相だった周りの景色はあっという間に、春の色に塗り替えられた。
「これで、世界にも暖かな春が訪れたことでしょう、本当にありがとうリュカ」
ポワンが改めてリュカに頭を下げた。リュカは恥ずかしそうに顔を赤らめながらその礼を受け入れる。
「それと、雪の女王の件については、ベラから聞きました。こちらもありがとう、リュカ」
重ねてポワンからそう言われ、少しだけリュカも自分が成長できたような気がしていた。
「…せっかく一緒に冒険したって言うのに、もうお別れなんて、ね」
ベラがそう言って、リュカの手を取る。
「そうですね。残念ですが、そろそろお別れの時間ですね。ベラ、リュカを最後まできちんと送り届けるのですよ」
「はい、ポワン様」
リュカはその言葉に改めて、ポワンにお辞儀をして世話になったことに礼を言う。リンクスも同じようにリュカの隣で頭を下げていた。
そしてベラに引かれて、来たときは雪と氷でいっぱいだった池の真ん中の小島まで来た。「さて、じゃあ、あの地下室まで送るわね」
ベラはリュカにリンクスを抱き上げるように伝え、それを確認してからリュカの肩に両手を置く。そして何かを唱えると、ベラの両手から淡い光が放た れる。