1.決着
「ほっほっほっ・・・これでミルドラースも終わりですか」「!?」
突然だった。
ミルドラースの消えた場所を見つめていてた六人のところに突然声が聞こえた。
それはもう、聞こえないはずの声だった。
全員が辺りを見回していると、ちょうどミルドラースが消滅したその場所に姿を現した。「なんでゲマがこんな場所に・・・!!」
思わずアスラが声をあげた。
「まぁ、そんなとはどうでもよいでしょう、見事にミルドラースを打ち破る、さすがは勇者の家系ですね」
そこにいるのは見紛うことない、ゲマの姿があった。
「ほっほっほっ、やはり不気味ですよねぇ。ましてリュカの封霊紋は消えたというのに、いまだ私が存在している、不可解なことですよねぇ、ティラル」
ゲマはその不思議な状況を楽しむようにティラルに話しかけた。
「ゲマが・・・いるはずはない!」
ティラルは目の前にいるゲマのことを易々と受け入れるわけにはいかなかった。
「そうでしょうね。ですが、私はこうして生きていますよ。あなた方が倒したのは私の分身でしかない。分身が封霊紋を刻み、涙晶石をもてあそんでい た。その間、私はずっとここで見守っていたのですよ、全ての出来事を」
普段から耳障りな笑い声が、今のゲマからは聞こえなかった。だが、その表情はいつものと同じ、どこか人を馬鹿にしているような蔑む笑みをたたえて いた。
「全ての出来事・・・だと?」
ゲマの言葉の端々を確認して、ティラルは全ての疑問を目の前に現れたゲマに投げつけるつもりでいた。
「ミルドラースがしていたことが、実は全て私のためになっていたなんてこと、ミルドラース本人は知る由もありませんでしたがね、ほっほっほっ」
そう言ってゲマは笑って見せる。
「どういうことか、いまいちわかっていないようですね。…マーサの祈り。確かにあれは、ミルドラースの力を増強するために、または純粋なる聖の力に 対しての耐性を付けようとするために行っていたことですが、ミルドラースにも封霊紋のようなものを刻んでいたのですよ、全てが私のためになるように ね」
それまでミルドラース自身がしていたことと思われた出来事が、実はゲマの仕業によるものだった。そのことを聞き、リュカは今まで以上の怒気があふ れてくるのを感じていた。
「ついでに言えば・・・。愛する者が生み出すものが人間を狂わせた。その人間たちに対する深い憎悪が大魔王を生み出す。そして、大魔王はついに更な る化身をも探り当てる」
「…アスラの前の天空の勇者が打ち砕いた大魔王のことか」
ゲマが楽しそうに話すその様子を見ながら、ティラルは機嫌悪そうにゲマをにらみつけていた。
「ええ、デスピサロも楽しいことをしてくれました。その中でも進化の秘宝、あれは大した代物でした。……ここに、さらに研究を重ね、精度を上げたも のがありますがね」
一つのペンダントのようなもの。ゲマはそれがかつて、デスピサロと言う大魔王が生み出した進化の秘宝だと言う。二の句も告げない状態になっている リュカたちをしり目にゲマは話を続ける。
「この進化の秘宝は、デスピサロが愛したエルフ、ロザリーの愛をも利用していますし、レシフェの使う真の涙晶石の力も使われているのです。そうする ことで、進化の秘宝は更なる進化を遂げました」
ロザリーの名前が出ると、そこにいた全員がハッとした表情になる。
そんな状況でもゲマは楽しんでいるかのように言葉を続けた。「さらに昔の人間は、自分とは別の自分を生み出しては夢の世界を作っていた。別名、幻の大地ですか。ゼニスとやらがその世界を守っていましたが、時 の大魔王が見事にその夢の世界も動力源にしてくれましたしね」
その言葉にティラルはやり場のない怒りを覚えていた。
「そう、デスタムーアですよ。かの大魔王も夢の世界を支配しようとまでしましたが、そこまで大それたことをしなくとも、十分にその夢の世界のエネル ギー、特に人間たちが生み出す愚かなエネルギーはすべて私がいただいたのですよ。…ティラル、あの時デスタムーアが夢の世界に封印していた、いくつか のポイントが元に戻ったとき、夢の世界はどうなったか覚えていますか?」
ぎりりと悔しそうに歯を食いしばるティラルは、ゲマにそう訊ねられてハッとした表情を見せた。
「まさか・・・あの『消滅』は、ゼニス王が天空城を切り離すためにしたことじゃなかったのか!?」
「順番としては逆ですねぇ。あの時、ゼニスとやらは今の天空城を真の大地に存在させるため夢の世界から切り離したわけですが、その直前、幻の大地は 私の力によって消滅の一途をたどっていたのですよ。その幻の大地のエネルギーはすべて私が頂戴していましたよ」
いままでのことをゲマはさかのぼってティラルに聞かせる。単なる怒りだけではなく、戸惑いまでティラルはその心に持ち始めていた。
「そんなバカな・・・・・・。それじゃまるで・・・・・・」
「ええ、あなたやグランバニアの創始王…いや、元の『竜の女王』レシフェ、そしてここにいるリュカたち一族はもちろんのこと。…時の大魔王と言った ミルドラース、デスタムーアやデスピサロ、果てはエスタークに至っても、私が書いた筋書きの上で踊っていたにすぎません。これほど楽しいことはありま せんでしたねぇ」
口元に不敵な笑みを浮かべてゲマは話す。それを聞いていたティラルは逆に苦虫をつぶしたような表情になって悔しそうに拳に力を込めた。
「・・・・・・いったい、貴様は何が目的だったんだ!?」
「どの大魔王とも同じです。すべては魔族が支配する世を作りたいだけですよ。絶対的な力を持って、人間と言う愚かなものから憎しみ、悲しみ、憎悪、 悲劇などを吸収し、その力をふるう。そして人間が少なくなれば少し眠り、人間がちょうどよく増えたところで再び遊んでやる。…そうすればまた、天空の 者ではなくとも勇者と言う馬鹿げた存在が生まれること、請け合いですからね。ほっほっほっ」
ティラルが訊ねたことに対して、何を当然のことを訊ねるとばかりにゲマはさらっと言ってのける。
それを聞いたリュカもアスラも、当然ティラルもゲマに対する怒りは最高潮に達していた。「緻密に計算したうえで作ったシナリオでしたが…精霊ルビスとやらや竜の女王と言った存在は予測できませんでしたねぇ。…シルフィス、あなたの祖母 もなかなか先見の目があったようですね」
「ティラルさまやレシフェさまがこちらの時空に来ることだけは予測不可能だったというのですか?」
姿を現したシルフィスはティラルの肩の上でゲマに尋ねる。すると、ゲマは納得行っているかのようにして頷いて見せた。
「だけど、それではまるで・・・・・・」
そのことを聞いていたビアンカは思わず口をついて出た言葉に慌てて手を当てて言葉を止めた。
だが、そのことに全員が気付いたと確信したゲマは、誰か一人が言い出す前に話し始めた。「ほっほっほっ、そうですよ。あなた方人間は私の手の上で踊っていたにすぎません!天空の勇者、あなたもね」
「…そんなことはないぞ、ゲマ。創始王レシフェ様が生んだ我らは必ずしも貴様の思い通りにはならない。わたしが生まれ出ることが予想外だったから、 封霊紋を刻んだりしたんだろう。そしてアスラが生まれた、天空の勇者が。それは予想外の出来事だったんだろう?」
高揚しているようにゲマは楽しげに話したが、リュカはすぐにそれを正す。リュカの言葉を聞いてゲマはすぐに神妙な顔付になる。
「・・・ええ、そうです。別の時空から来たと言う二人の人間は見事に私の思いを打ち砕いてくれました。本来、ここで天空の勇者など生まれるはずはな かったのですからね」
今までは笑みだけをたたえて、不気味に笑っていることが多かったゲマが、今は表情豊かに態度を顔に表して話をしていた。
「ほっほっほっ…まぁ、そんなことはどうでもいいでしょう。私がここで、貴様たちを打ち砕けば、全て丸く収まるのですよ」
「そうはさせない。これ以上、貴様の思うようにはさせない。…いまここで、貴様の思いすべてを打ち砕いてやる!!」
ゲマが高らかに宣言したが、リュカはドラゴンの杖をかざしてゲマに突き付けると、今まで以上の覇気を纏い、ゲマに宣戦布告する。瞬間、アスラとレ シフェ、ティラルは剣を抜くとゲマに斬りかかる。遅れてサンチョがゲマの身体を突き、リュカはバギクロスを、ビアンカはメラゾーマを唱えた。
だが、そこにいたはずのゲマは、衣だけを残して姿を消していた。「ほっほっほっ、血気盛んなのもよいですが、少しくらい待ったらどうです?私がデスタムーアもデスピサロもエスタークも、ミルドラースをも上回るも のになるのを見せてあげますよ!!」
暗闇の中からゲマの声だけが聞こえた。
直後、全員は頭上に何かを感じ、それぞれが一斉に飛びのいた。そこに現れたのはミルドラースよりも凶悪化していたゲマの姿だった。「…ほっほっほっ、『進化』するとは気持ちの良いものですねぇ」
「……悲しいな、貴様も結局は巨大化して、その『力』と言う武器だけで人間を叩きのめすしかないのか」
ゲマが高揚感に浸っていると、飛びのき立ち上がったリュカが、単純に凶悪なまでに巨大化していたゲマを見てつまらなそうにつぶやいた。
「・・・姿など自在に操れますよ。しかし、あなた方のような虫けらには絶対的な『力』を示すのが一番でしょう?」
ゲマはそう言うと、瞬間でメラゾーマを全員分唱える。それぞれにメラゾーマの巨大な火炎球が襲い掛かるが、リュカたちはそう難しくなくそれをよけ た。その様にゲマは一瞬不可解だと言いたそうな顔をする。
「進化、か。やっていることはミルドラースと変わらないじゃないか」
やはり呟くように言ったのはアスラだった。右手に天空の剣、左手に天空の盾をもち、しかし戦闘態勢を取っていない無防備な姿だった。
「一緒・・・!?そんなはずはありません。ミルドラースも私の手の中で踊っていたにすぎないのですから!!」
「いいえ、あなたも自分を信じ、仲間を信じないだけ。その結果は一緒。どんなに進化の秘宝を使ったとしても、どんなに強大な力を手に入れたとして も、結局はそれを誇示しているだけ」
刀を鞘に収めたレシフェがアスラの横に来てそう言い放つ。
『貴様はなにもわかっていないな、なぜリュカが貴様の封霊紋に侵されていても、その真実を知っても、旅を辞めずにここまで来たか。ティラルが気の遠 くなる長きにわたり、グランバニアの一族を見守ってきているのか』
天空からそんな声がする。
誰より早くその声を聴いたのはほかでもないゲマだった。「誰です!?私にそんな戯言を言うのは・・・!!」
『わからないか・・・?お前が超えたという存在だよ』
「・・・・・・!マスタードラゴンか!?」
ゲマがその存在に気付いたとき、マスタードラゴンは容易に魔界に入り込むだけの余裕が出来ていた。それは今までミルドラースが保っていたものだっ たが、ミルドラースが倒された今、マスタードラゴンにでもこの魔界に入り込むことが出来たのだった。
マスタードラゴンは急降下してくると、巨大な姿を保つゲマの頭の頂点からまっすぐ、鋭い爪でゲマを切り裂く。「ぎぃやあああぁぁぁぁぁ!!!!!!」
突然の出来事でゲマは何が何だか分からなくなる。それは神をも超えた存在だと思っていたその姿に容易に傷をつけられたからだった。
マスタードラゴンは全員の前に降り立つと、改めてゲマに向き合う。「醜いものだな、ゲマよ。我を超えたというのであれば、この程度どうと言うことはなかろう…たとえそれが神罰であってもな」
マスタードラゴンの一撃、それは間違いなく『神罰』そのものだった。
ゲマはその神罰に容易に傷つけられていたのだった。「最強を名乗るにしても、名乗り続けるにはそれなりの努力が必要。お前のように陰に隠れて何かを横取りするような奴に負けたりはしない」
ドラゴンの杖をかざすリュカ。マスタードラゴンはそれを見て眩しそうに顔をゆがめる。
すると、そこにはマスタードラゴンとは違う、緑の鱗に覆われた長身のドラゴン(龍)が生まれていた。
同時にレシフェは涙晶石をもち何かを念じる。直後に姿を現したのはもう一つの緑の鱗を持つ、マスタードラゴンと同じ姿のドラゴンだった。「…そんな、馬鹿な・・・」
その姿を見て、ゲマは目の前の出来事についていくことが出来なくなっていた。
その時、リュカはその長身を生かしてゲマの身体をぐるぐると取り巻くと、身動きが出来なくなるようにがんじがらめにする。それを見届けたレシフェは マスタードラゴンに並ぶ。「これが地上の神の神罰だ!!」
レシフェが言うと、二匹の竜は口からすさまじい火炎を吐く。
ゲマはその悲鳴さえも聞こえないくらいにまで、火炎で焼かれていた。そしてその火炎がなくなると、今まで巨大化していたゲマの身体が元の姿に戻る。
すかさずそこへティラルとビアンカ、サンチョが攻撃に転じる。それぞれの武器でゲマの四肢を攻撃すると、ゲマはもうどうすることも出来なくなってい た。「もう、おしまいだな。たかだか、一度の攻撃で悲鳴を上げるなんて。潔く討たれろ!」
アスラはそう言い残し、瞬間的にゲマとの間合いを詰める。
その身体に天空の剣を突き刺すと、そのままグッと力を込める。天空の剣に雷が宿る。「ギガブレイク!!!!」
すさまじい金属音とともに、ゲマの腹部はアスラのギガブレイクによってはじけ飛んだ。
唖然としているゲマは、自分の現状の姿がどうなっているかなどわからなくなっていた。その視界に、先ほど龍に変化していたはずのリュカが姿を現し た。「神をも超えたはずではなかったんですか?脆いですね。もう…終わりにしましょう。ティラルさんとの長い時間の闘いも、わたしたちグランバニアの者 たちとの闘いも」
リュカはそう言うと、スッとゲマの後ろの首筋に人差し指を立てた。
「あなたのすべての血液を止めます。同時にすべての血はこの首の一点に集まり、頭にあるすべての穴から血が吹き出し、死に至ります。これでサヨナラ です」
するとゲマの身体が硬直する。アスラのギガブレイクで傷つき血があふれていた場所から出血はなくなる。そしてリュカの言うようにゲマの頭に血は集 中してきていた。ガクガクと痙攣し始めたゲマの目や鼻、口、耳と言った場所から次々と出血してくる。
「・・・・・・ぐぁ・・・な、なんだこの技は・・・!?」
「あなたの封霊紋が教えてくれた技。名前は『龍の吐息(Kiss of the Dragon.)』」
リュカが妙に優しい声でそう言うと、ゲマの痙攣の速度が上がり、そのまま倒れこむ。
全員がそのゲマの最後の姿を悲しそうに見つめていた。「…こうしないと完全に終わりじゃない、な」
ティラルはそう言うと、ゲマの首にその剣を振り下ろした。
「…デスタムーアよりも、デスピサロよりも、エスタークよりも、ミルドラースよりも、強く強大に。それが返って仇になったな」
少し切なそうにゲマの死体を見つめて、ティラルが呟いた。
そのティラルの横にマスタードラゴンがやってくる。「まったくだな、ティラル。そなたがここまでやってきたのがこうもあっさりと片付いてしまうのでは、いままでの苦労が労えんな」
マスタードラゴンはそう言うと、火炎をゲマに吐き掛ける。
それまでゲマであったものは、マスタードラゴンによって灰と化して行った。「考えていたことはすごいのに、根本が変わらないんじゃ意味がない」
アスラがそういいながらリュカの手を握る。
「結局…ゲマは自分より強いものが怖かっただけかもしれませんね」
レシフェがビアンカの手を引いてリュカの横にやってくる。
「結局自分が信じられず、ほかを信じられなければ、意味はないってことなんだよ」
リュカはそう言うとマスタードラゴンに向きを正す。ティラルもリュカの横までやってくると、マスタードラゴンに向き直った。
「マスタードラゴン、ミルドラースも、その黒幕だったゲマも討ちました。わたしの封印も解けました。…戻りましょう」
リュカが言うとマスタードラゴンは全員を背に乗るように促した。
そしてマスタードラゴンは魔界から飛び立った。