4.神をも超えたもの
しばらくして、リュカは改 めて自分の装備などを確認する。今まで持っていたドラゴンの杖はリュカの魔力の底上げがなされたようで、さらに魔法力を込めたものになった。王者 のマントも男のリュカのサイズになり、太陽のティアラは元の太陽の冠に姿を変えていた。
「よかったな、リュカ。封印 が解けて」
「ありがとうございます、 ティラルさん。…これで、ティラルさんも一つ、目的を成しましたね」
改めてティラルはリュカの 肩に手を置いて、封印が解けたことを祝福した。リュカもまた、数百年と言う単位でゲマを追い続けたティラルの労をねぎらうように言った。
「さてみんな。ここまで来た ら後にも戻れないし、行く先は地獄になるかもしれない。討つべきはミルドラースただ一人。覚悟はいいね?」
リュカはそう声を張ってみ んなに意思確認をする。
リュカの隣にはビアンカがいて、そのビアンカが一番初めにうなずく。それ を見てアスラとレシフェが同じようにうなずいた。ティラルとサンチョはそれぞれ王に従う兵のように武器を掲げて忠誠を誓う。魔物の仲間たちもそれぞれ の方法でリュカに対して忠誠を誓った。
その先のダンジョンはやは り、トラップなどの仕掛けと迷路からなる複雑な作りで、現れる敵はすべてにおいて最強クラスの魔物たちだった。だが、完全に自分の力を取り戻した リュカ、そしてそんなリュカに勇気をもらっているビアンカ、アスラ、レシフェに敵うはずもなく、ことごとく敵陣は無へと帰していた。そしてティラ ルやサンチョ、魔物の仲間たちもまた、リュカの勢いに後押しされるように次々に現れる敵を殲滅させていった。
そうして先に進むと、突如 として大洞窟が姿を現す。
魔界に来た時と同じ。その洞窟はリュカたち一行を招くかのように先へと誘 う。だが、なぜだかわからない、ピリピリした『気』が充満し、歩一歩ごとに警戒すべき全神経を研ぎ澄ませて進まなければならないほどだった。
しばらく…時間にしては長いものではなかったが、リュカたちには十数時間のようにも感じられた…歩いたその先には、マー サがミルドラースに祈りを捧げていたような祭壇と同じものがあり、そこには一人の戦士が仁王立ちしてリュカたちを待っていた。
その戦士、外見はリュカとあまり変わらないものだったが、腰につけている超大型の剣と両腕や胸板から、とてつもない力を 持った戦士であることが容易に想像できた。そして、ピリピリしていた『気』こそが、目の前にいる戦士から発せられているものだった。
その戦士の前に立つと、おさえられでもしないと吹き飛ばされるかのごとく、すさまじい覇気をまとっていた。「あなたが、ミルドラー ス?」
リュカは慎重にその一行代 表として、戦士に対して質問を投げかける。
「いかにも。余こそが、神を も超えた存在、神の中の神、ミルドラースだ」
戦士はその外見に合わない 仰々しい言葉遣いでリュカの質問に答えた。
「神の中の神か。長い間魔界 の奥底に封じ込められて、ただ一人を求め続けた男のなれの果てがそんなものなのか」
リュカの隣に立ち、ティラ ルはつまらなそうにミルドラースに告げた。
「・・・貴様がティラルか」
「あたしに見覚えはあるか い?」
ミルドラースがティラルの 言葉を口にした直後、リュカの後ろからレシフェが姿を現した。
「忘れるものか。愛しいレシ フェよ。俺のものになる気はないんだな、今でも」
「ああ、お前を完全に討つ為 に再びお前の前に姿を現したのさ」
ミルドラースはまだ子供の レシフェを見ても、かつての創始王レシフェを見ているような瞳で見つめて言うと、レシフェは心底気に入らないと言いたそうに言葉を続けていた。
「…レシフェ様があなたごと きのものになるなど、ありえません」
レシフェはそう言って刀を 抜いてミルドラースにその切っ先を向けた。
「リュカよ、面倒なヤツに目 を付けられたが、その封印は解かれたようだな。そして、マーサの死に目にも会えたようだな。…お前たちがレシフェを再びここに戻らせたことを感謝 しよう。順番は前後になるが、貴様たちをマーサに会わせたのがその礼だ」
レシフェの構えた刀に微動 だにせず、瞳だけを移動させて話を続ける。
「…礼、ですか。どこまで自 分が大物だと思っているんですか?」
「先ほども言っただろう、余 は神をも超えた存在だと。貴様たちなど、余の思い一つでどうにでもなってしまうんだぞ。生かされてここまで辿り着けただけでもありがたく思え」
リュカは静かに怒りを露わ にして、ミルドラースの覇気に負けんと声を出す。
だが、ミルドラースは一向に構わないと言ったように、余裕を見せてリュカ の言葉に答えた。「生かされているだと?ふざ けるな、ぼくたちは自分たちの意思でここまで来たんだ」
「そうです。過去の因縁も含 めて、しかし私たちは自分の意思であなたに相対している」
「勇者だから、精霊だから、 運命だから、敵だから。それぞれの意思でここまできている」
アスラとレシフェ、ビアン カが声を張り上げて言う。
「ふ・・・・・・ふはははは ははははは!!!!!!」
その言葉に初めてミルド ラースは表情を変えて突然笑い出す。
「なにか、可笑しいことで も?」
リュカが首を傾げて嫌味と も取れるような口調で聞き返す。
「これほど可笑しいことはな かろう。もう一度言おう、余の思いでどうにでも・・・・・・」
「いいや違う!!わたしたち はここに来るべくしてきたんだ!!貴様ごときに操られるものではないっ!!!!」
ミルドラースが言うその言 葉をリュカは声をかぶせて言い切る。
そのリュカの言葉に触発されて、全員が武器を構える。「いいぞ、それでこそレシ フェの末裔。余に逆らってこそ勇者の血筋。かかってくるがよい、余の力の片りんを見せてくれよう・・・・・・!!!!」
超大型の剣を抜き放つと、 ミルドラースは今まで『纏っていた』覇気を一気に解放する。それだけで、スラリンやブラウンなどの一部の仲間は吹き飛ばされそうになる。しかし、 全員がそれに耐えると、全員が同時にミルドラースに切りかかり、吐息を吹き付け、強大な魔力を秘めて殴りつける。
だが、ミルドラースは瞬時にその場から動くと、丁寧に一つ一つの攻撃を往 なす。「フン、その程度か、末裔た ちよ・・・・・・」
「…この程度だと思われるほ ど、ぼくたちは弱くない!!」
アスラが言いながら天空の 剣を構え最前線に立つ。その後ろでマーリンはバイキルトを唱える。
「レシフェ、呪文でサポート しながら適宜攻撃!ビアンカ姉さまは一点集中で、ティラルさんはお任せします!!!!」
リュカはそう言うと、ドラ ゴンの杖を構えて、その魔力を自分の魔力と融合させ、ドラゴンの吐息の如く、強大な炎を生み出しミルドラースに吐きかける。
レシフェはティラルと自分にバイキルトを立て続けに唱えると、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を構え、アスラに続いて切り込んでいく。ティラルも双剣を構えると、アスラたちとは別の場所から攻め込んでいく。
続けざまにミニモンがフォークを、オークスは槍を、ブラウンは自慢 の槌を、ピエールは剣を構えると、前後左右から切りかかる。適宜ホイミンは跳ね返される仲間たちのクッションになり、再度攻撃に転じる仲間たちにベホ マやベホマラーを唱えて体力回復役に回る。
尚も避け続けるミルドラースを見て、スラリンとメッキー、コドラン がそれぞれ吐息を吐きかける。一ターンで次々に攻撃を仕掛け、ミルドラースの周りにも土煙が巻き起こる。「いくらかでもこれで・・・?」
ティラルはそう言ってミルドラースの影を追うが土煙の中には、振り下ろした杖を抑えられ、そのまま中段に振りぬかれた蹴りを しっかりと止め、同時に同じ中段の蹴りを見舞うミルドラースとリュカの姿を見つける。
「ちっ・・・リュカ、無理するなよ!!」
膠着状態のままで止まったミルドラースに、次々に仲間たちが切りかかる。
ただ切りかかるだけ では用を成さないと判断するとピエールはメッキーとコドランの炎の吐息に合わせてイオラを連発する。隙を見てビアンカもメラゾーマを連発していたが、 ミルドラースは傷一つとしてつかない感じがあった。アスラはその状態が異常であると感じ、瞬間攻撃を止めると、天空の剣を構えなおして瞑想する。すさ まじい凍てつく波動はミルドラースに襲いかかる。それを見たミルドラースはうれしそうに笑うと、手のひらを空に向けて覇気を解放する。と同時に凍てつ く波動が全員に降りかかる。「バイキルトなどと言う小賢しいマネなど必要なかろう。余も丸裸なら貴様らも丸裸で来るがよい!!」
両手を広げ、全員に無防備な状態を指し示すミルドラースを、一瞬の躊躇もなく、再び全員で総攻撃する。攻撃が当たる直前、ミ ルドラースはそれぞれの攻撃をやはり往なしていったが、少しずつリュカたちの力は上がってきているようで、ミルドラースも全く無傷とは言えない状 況だった。
そのミルドラースに 切り付け、天空の剣を残したままで少し離れたアスラは口の中で珍しく呪文を詠唱する。「…天かける龍よ、正邪相克するこの地に清めの光を。猛き力を持ちて悪しき物の怪に清めの光を・・・・・・」
その営収が聞こえた瞬間、仲間たちはミルドラースから一斉に離れる。
「喰らえ!ギガデイン!!」
勇者の呪文、デイン系ミドルクラスのギガデインはアスラが残した天空の剣に直撃して、続けざまミルドラースの全身に雷が降り 注ぐ。その様を見て、レシフェとティラルが手で印を組み、高速で呪文詠唱する。
『・・・・・・イオナズン!!』
二人から同時に放たれたイオナズンが、まだギガデインで巻き起こった土煙の中でよろよろとしているミルドラースを巨大な爆風 で包み込む。
「アスラ!!わたしに合わせろ!!・・・・・・グランドクロス!!」
爆風を打ち払うように、リュカが聖なる十字、グランドクロスをミルドラースに見舞う。アスラはそれを確認すると、ミルドラー スに相変わらず突き刺さる天空の剣の柄を握ると、そのままグッと力を込め、グランドクロスに続けざま技を放つ。
「・・・・・・ギガスラッシュ!!!!!!」
猛攻撃に始めは余裕を見せていたミルドラースだったが、最大級の技が次々と放たれる中、防戦がせいぜいになっていた。ギガス ラッシュをくらい、片膝をつくまでになったミルドラースだったが、その状態でうつむいたまま静止していた。
「くくく・・・・・・」
「何が可笑しい!?」
「可笑しくもなるだろう…神の中の神と言った余をここまで追い込むのだからな。命知らずな奴らよ」
ミルドラースは口から血を吐きながら、しかししっかりとした口調で言葉を続ける。
「神に逆らったその行動に神罰を与えねばならんな。余のできる最大の手向けだ、せいぜいもがき苦しむがよい。余にここまでの傷 を負わせたことを、後悔するがよい。…さぁ、余に見せてくれ、貴様らの嘆きを、悲しみを、絶望を。余はさらに強くなろうぞ・・・・・・!!!!!!」
ヨロヨロとしながら、ミルドラースはゆっくりと立ち上がる。
その『人間であった 姿』が徐々に歪んで行く。
腕や足は数十倍に膨れ上がり、身体もそれを許容するだけの肉体に変 化する。そして背中にはまるでマスタードラゴンのような翼をもち、頭も異質な形に変わっていく。そしてその変貌を遂げたとき、ミルドラースはドラゴン の化身とも言うような巨大な姿になっていた。「・・・・・・な、なんてでかさだ・・・」
一番近くでその変化を見ていたアスラが少しばかりの絶望を抱き、変わり果てたミルドラースのその姿を見つめていた。
「これが・・・ミルドラースの真の姿・・・・・・?」
リュカもまさか一人の戦士がここまで異形と化すなど想像もしていなかった。
それまでミルドラー スが纏っていた覇気は、ただの『人間』が纏っていた覇気でしかなかったのだ。
いま、ミルドラースはおそらく覇気など纏っていないのだろう。しか し、リュカを初めとしてその場にいる誰もがミルドラースの気に追いやられ、足が全く動かない。足だけならまだしも、なぜか思考さえも止まってしまって いた。「どうした・・・余の姿が神々しいか。貴様らのような勇者などと言う血筋などここで途絶えさせてくれるわ。さぁ、かかって来る がよい。絶望とともに、貴様らを打ちのめしてくれる・・・!!!!!!」
ミルドラースがスッと腕を上げる。その腕を振り払うと突如として暴風が吹き荒れる。一番近くにいたアスラはその暴風に攫わ れ、その場にできた竜巻に巻き上げられる。後ろにいたリュカたちも暴風によって相当吹き飛ばされ、地面に転がった。
ミルドラースはそれ を見て、満足そうに笑って見せた。
体制を立て直したアスラは天空の剣に力を込めると、突進していく。「俺に続け!!」
アスラが声をかけると、再び全員での猛攻が始まる。だが、今までミルドラースに突き刺し、薙ぐことの出来ていたどの剣…天空 の剣、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)でさえ…もミルドラースの表面、ドラゴンの鱗のようになっているその皮膚に突き刺すことはできなかった。
アスラ、レシフェ、 ティラルが立て続けに斬り付けるがどれも傷は追わない。同時に後方からリュカがバギクロスを、ビアンカがメラゾーマを唱え、第二陣としてサンチョや オークス、ピエールが斬りつけるがやはりそれも無駄だった。ミルドラースは持っていたその大剣を軽く振ると、近場にいたアスラとレシフェとティラルは もろに直撃を受け、その場から飛ばされる。返す剣でサンチョ、オークス、ピエールたちも飛ばされる。間髪置かずにミルドラースは火炎を吐き、どうにも 動けなくなっている仲間たちを黒こげにする。「どうした、その程度か。ならばこちらから行くぞ」
ミルドラースはそうつぶやくと、軽く一歩を踏み出す。そこにはちょうどアスラがいたが、瞬時にかばったのはピエールだった。 ピエールはアスラの体を突き飛ばすと、代わりにミルドラースの足に押しつぶされる。
「・・・・・・!?ピエールっ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・リュカ様、勝ってくだされ・・・・・・」
身代わりになったピエールが大声で叫んだが、ミルドラースが再び吐く火炎の音にかき消されてピエールの言った言葉はそれだけ しか聞こえなかった。そしてミルドラースは容赦なくピエールを踏みつけた。
「ピエール先生!!くそっ!!!!」
自分の身体を突き飛ばし、ミルドラースの巨足からかばってくれたピエールを見て、アスラが悔しそうに声を上げる。そのアスラ に容赦なくミルドラースの火炎は襲い掛かり、火だるまになったアスラは自ら飛びのき、ベホマで回復する。
「よいか、我らは必ず、リュカ様たちをお守りするのだ。その身に変えてでも!!」
ピエールの姿をみたオークスがそう言う。リュカが慌ててそれを止めに入ろうとするが、オークスとメッキーとミニモンは同時 に、ミルドラースの次の一歩に踏みつぶされそうになるリュカとレシフェ、ティラルを突き飛ばす。
「ダメだ!!命を粗末にするんじゃない!!」
リュカが言うと、かろうじてオークスたちはその足から逃れた。だが、そこに待っていたのは足より巨大なミルドラースの尻尾 だった。超高速で振りぬかれる尻尾はオークスたちを跳ね飛ばさず、頭上から押しつぶしていった。
「そんな・・・オークス!メッキー!ミニモン!!」
リュカが叫ぶがピエール同様、その場所に彼らの姿はなくなっていた。
「余が無に帰してやっているだけでもありがたく思うのだな」
「ふ・・・ふざけないでください!!仲間を犠牲にしてまで助かるようなら、潔く討って死にます!!」
レシフェがそう言い天叢雲剣を振り抜くが、それを見ていたコドラン、ホイミン、スラリン、ブラウン、マーリンがそんなレシ フェを止めると、同時にそれぞれができる最大の技を使ってミルドラースに立ち向かう。
「ティ・・・ティラル様、なんとか・・・なんとかならないんですか!?」
さすがの状況にサンチョが声を上げたが、目の前で起きていることにいつもは冷静に状況を判断するティラルでさえ、パニック寸 前になり全体が見渡せないでいた。
「く・・・っそぅ!!」
アスラはなんとか立ち上がると、コドランたちの背後から飛び上がり、ミルドラースの右目に天空の剣を突き刺した。
「喰らえっ、ギガデイン!!!!」
天空の剣を避雷針にしてデイン系をピンポイントで攻撃するのは効果が望めたが、ミルドラースは片目さえ惜しくないと言いたそ うな態度で天空の剣を抜くと、アスラを軽く手で叩き落とす。
「みんな・・・・・・」
コドランたちも限界だった。その時に取った行動は言うまでもなく、突撃だった。同時にスラリンとホイミンはミルドラースに密 着した状態で自爆をしてみせる。しかし、その捨て身の行動でさえもミルドラースにはまるで効き目がない。
「・・・・・・つまらんな、所詮魔物と言えど、人間に感化されては程度も落ちるというものか。これならばわざわざ余が手を下す までもなかったではないか」
ぽつりとミルドラースがつぶやく。
リュカたち残された 人間は、がっくりとひざをつくしかなかった。
そんな時、唯一自由に動いている存在があった。『それ』はリュカの 前にやってくると光の束になり、リュカを癒す。「リュカ、聞きなさい。ミルドラースの源は憎悪。それらを以ってしてもミルドラースに力を与えるだけです。あなたたちが大切に してきたもの、それを以ってミルドラースに対峙するのです。魔物の仲間たちではできなかったかも知れないことです、少なくともピエールやオークス たちはそれが『出来ない』と微かですがわかっていたのかも知れません。人間が常に持っているもの、そして魔物使いであるあなたが魔物に教えるべき もの。それを以って闘うのです」
リュカに語りかけられたその言葉は、ある一人には聞き覚えのある声だった。
「・・・!?母上!!」
そう叫んだのはティラルだった。その光に向かって駆け出すと、ティラルは慌てて光を包み込む。
「私の名は『精霊ルビス』。いつの世でも、勝つのは人間です。リュカ、ティラル。魔物たちが常に目指している想いを以って、闘 いなさい」
「精霊・・・ルビス!?」
「母上!!」
リュカとティラルに語りかけた光はティラルの手の中で光が消える。そこにいたのは、唯一闘うことの出来なかったシルフィス だった。シルフィスはこの土壇場でティラルの母である精霊ルビスを呼び寄せていた。
「・・・魔物たちが目指したものって・・・?わかるかい、リュカ?」
ティラルが半分呆然としながら、しかし『導く』と言う自分の仕事を思い出して、リュカに問いかける。しばらくはリュカも呆然 自失だったが、ティラルの問いかけに反応し、濁りを見せていたリュカの瞳が焦点を結んでいく。
「……そうか、わたしたちは間違っていたんだ」
リュカが呟くと、ティラルもハッとした表情を浮かべる。
「わたしたちはただ、ミルドラースに対して憎悪を、悲しみを持っていた。けど・・・・・・」
そこまでリュカが言ったとき、すぐ隣にはティラルとともにレシフェの姿があった。
「…ミルドラース、あなたに悲しみや憎しみ、絶望を以ってしても、打ち勝つことは出来なかったんですね」
レシフェが言うと、ビアンカとアスラ、サンチョがやはりリュカの元まで戻ってきていた。
「そうか、強さだけを求めたお前に同じもので立ち向かっても勝てないな」
「そうまでして、磨き上げた強さですものね」
「しかし、ミルドラースには予想しえない力があるということを忘れていました」
アスラ、ビアンカ、サンチョがそう言って、ミルドラースを見つめる。
ミルドラースは我先 にと犠牲になった魔物の仲間たちのことを笑っていた。そしてそんな仲間たちに何も出来ないリュカたちの絶望を弄んでいた。「そう・・・・・・わたしたちはミルドラースを憎みはしない、仲間たちの死を悲しまない、全てのことに打ちひしがれない」
リュカがそういうと、再び全員が武器を手に構える。
「何を訳のわからぬことを・・・余りの悲劇に狂ってしまいでもしたか?まあ良い、余が貴様らに引導を渡してや……るっ!?」
そこまでミルドラースが言ったとき、アスラは静かにその場を蹴っていた。瞬間、ミルドラースの足元に姿を現すと、大木の数十 倍はあるようなミルドラースの足の筋を勢いよく斬りつける。その程度では、腱が切れたりはしない…はずだったが、ミルドラースはその場所に違和感 を持たずにはいられなかった。
続いて同じ場所にレ シフェが、ティラルが、サンチョが次々に斬りかかっていく。「な・・・なぜだ、なぜ余に傷をつけられる・・・!?」
違和感は今までどんな攻撃、捨て身の攻撃であっても傷一つ負わなかったミルドラースが、ただ軽く斬っただけの四人に確実に傷 を負わせられているのだった。
「なっ・・・!?なぜ、そんな顔をする!?余を・・・余を憐れむのか!?」
「だけじゃないですよ、ミルドラース。私たちはもう、あなたには負けません」
レシフェが呟くその言葉に、ミルドラースは疑問しか持てなかった。
「魔物たちは最終的に、わたしたち人間とすべての心の会話を、そして繋がりを持つことが出来なかった。…わたしのパーティの中 で唯一、ピエールが『その』気持ちを持ったけど、しょせんは人間と魔物だった。だけど…本来、魔物使いが魔物を使役するときには『それ』が必要 で、その心を持って初めて魔物たちと心が通わせられるんだと思う」
ミルドラースは慌てて辺りを見回した。
足元にはドラゴンの 杖を手に、ジッと憐みの瞳で見つめるリュカの姿があった。その瞳を見てミルドラースは背筋が凍るような感覚を得た。
次に違和感を持ったとき、突然自分の腕が片方、斬りおとされてい た。その瞬間さえ気づかずミルドラースはただ唖然としてその場に立ち尽くすしか出来ないでいた。「くっ・・・・・・馬鹿にしおって。余をなめるな!!」
ミルドラースは残りの腕でレシフェを叩き潰そうと振り下ろし、片足でティラルやアスラ、サンチョを踏みつぶそうとしていた。 しかし、レシフェはその手のひらを 天叢雲剣で斬りつけると、今までは傷を負わなかった皮膚に深々と傷が入る。足元ではアスラとティラル、サンチョがそれぞれの武器で足を斬りかか る。斬りおとされはしなかったものの、今まで感じたことのない激痛がミルドラースを襲った。
「なっ・・・何が必要だと言うのだ?余に足らぬものとは…?」
「至って簡単。他人を思う心。もしくは愛情。それが欠けていたから、魔物たちの犠牲があるまで、そして精霊ルビスが諭すまで、 わたしたちは勝つことが出来なかった」
リュカがそう言うと、全員がその場に揃う。魔物に愛された六人の人間。そして、お互いをかけがえのないものだとお互いに認め ている人間。それを見たとき、ミルドラースは恐怖以外の何物も感じることは出来なくなっていた。
「愛情だと・・・?ふざけるな、愛情などいらぬ、絶対的な強さだけがすべてだ!!」
ミルドラースはイオナズンとメラゾーマを連続して唱えるが、目の前にいたはずの六人は姿を消していた。
次の瞬間、目の前で はレシフェの唱えたイオナズンが爆風を巻き上げ、同時にリュカの唱えたバギクロスがその爆風に強力なかまいたちを生み出して、ミルドラースを切り刻 む。「余は・・・余は神をも超えたものぞ、それがたかが愛情などに・・・」
「…自分を信じられず、その愛情を受け入れない。他人に愛情なくして、自分の信頼は受け入れられない」
静かにリュカは言う。再び、六人はミルドラースの前にそろっていた。
「ふざけるな、余がこのような感情だけで殺られるはずがない!!」
「強いだけがすべてではない、そのことをわからないあなたは誰からも愛されていない」
ミルドラースが反論するが、やはり静かにレシフェが言葉を続けた。
「余こそがすべて、これに賛同するものが・・・・・・」
「過去には居ても、今はいない。そう、凶悪な魔物しか…」
「だけど、魔物は人間には勝てない。だからぼくたちはここまで来れた」
何もかも認めない。そう言いたそうにミルドラースは言うが、それでもティラルとアスラは反論する。
「余の力が…弱いと言うのか!?」
「いえ、そうじゃありません…ただ一つを研ぎ澄ますことも必要でしょう」
「だけど最終的には、自己満足の結果しか残らない・・・」
少しずつ自分が六人に気圧されて後ずさっている、そのことにミルドラースは気付いていない。サンチョとビアンカはそんなミル ドラースに言い聞かせるように言った。
「ではなぜ・・・」
「…理由は簡単…。誰も信じなくなり、最終的には自分も信じ得ない。それがこの『差』の理由」
しどろもどろになってきたミルドラースに、最後通告をリュカは下した。
「これで終わりにしてやるよ、これが自分を信じられる力、みんなを信じられる力だ」
静かにアスラが言う。
『ミナデイン!!』
デイン系最強のミナデインを六人は唱えた。その瞬間、ミルドラースの眼前に巨大なプラズマの球体が現れる。その中には無数の 雷が落ちていた。瞬間、ミルドラースを包み込むと、その中で激しくミルドラースの巨体がスパークする。ミルドラースの叫び声も届かず、その巨体は 小さくなって消えていった。
「ミルドラース・・・レシフェ様をもし、『愛していた』のだったら、こんな結末にはならなかったかもしれませんね」
ミルドラースが姿を消したその場所を六人で見つめて、最後にリュカはつぶやいた。