3.仇 敵、再び


「・・・・・・ほっほっほっ、お涙頂戴とはこういうことなん でしょうかねぇ」

 姿が消えたその瞬間、突然この声が聞こえた。悲しみの余韻 に浸る間もなく、全員は現実に引き戻される。全員がその声で瞬時に怒気を待とうと、それぞれが武器を構える。

「なるほど、ここまでは百戦錬磨と言うことですか」

「とことんまで邪魔をしてくれるな・・・・・・ゲマ!!

 それまでのリュカの表情に比べると確実に怒っている、そう 読み取るのは難しいことではなかった。ゲマに静かに怒鳴りつけると、持った杖をゲマに向けた。

「・・・まぁ、そんなことはどうでも良いでしょう。これで何 も縛るものは何もありません。涙晶石も攫われた母も殺された父も……」

 ゲマはいかにも楽しげな声でリュカに言って聞かせる。

「まだそれでも、リュカの呪いは解けていない。縛っているも のはあるだろう・・・?」

 笑おうとするゲマの声にかぶせるように、やはり怒りを露わ にしてティラルがゲマに告げる。それを聞き、やはり楽しげにゲマはティラルを見て言葉を続けた。

「ですが、女であることでなにか行動などに制限されます か?」

「いえ、何もありませんよ。…そんなことはどうでもよいこ と」

 続けたゲマの言葉にリュカは静かに答えた。そしてゲマの言 葉を真似した。

「ほっほっほっ、そうですね、そんなことはどうでもよいで しょう」

「ここまで来て邪魔をしてくれた礼をしなくちゃね。決着をつ けようじゃないか」

 ゲマは真似をしたリュカを見て楽しそうに笑う。それを聞い てリュカはゲマの言葉を待たずにすぐに戦いの火ぶたをきる言葉を口にした。

 その瞬間、リュカとティラルは一気にゲマとの間合いを詰める。二人が杖と剣を振り、ゲマに袈裟切りに切り込んでいくとゲマは死神の鎌を振りかざし、その 武器をやすやすと受け止める。
 止められたリュカとティラルの背中から突如として、アスラとレシフェは自身最強の武器を構えて、ゲマに切りかかる。鎌を構えて甘くなった両脇に、サン チョ、ピエール、オークス、リンクスが飛び掛かりいっぺんに攻め入っていく。ゲマはそれさえもマントを使うことで振り払うと、次の瞬間には別の場所に姿を 現す。

「ほっほっほっ、百戦錬磨と言えど私には敵わないのでしょう かね?」

「そう焦るな。ゆっくり料理するさ」

 ゲマが余裕の表情で訊ねるとティラルは静かに答える。

 その場から姿を消すとティラルはゲマに一気に切りつけていく。ティラルの第二刃が出ると同時に、ティラルの影からリュカが姿を出す。今度はティラルと リュカが切りかかり、次にアスラ、次にレシフェと次々と波状に攻撃は分散していく。それもゲマは余裕で往なしていく。
 この戦いから始まって、ゲマはどちらかと言うと防戦一方のように感じられた。だが、適宜攻撃は繰り出され、こちらの攻撃でゲマはあまり傷を負わないが、 ゲマの攻撃は誰かしらに傷を負わしていた。
 そんな中でスラリンとリンクス、オークス、メッキーは攻撃の手を緩めることなく、だが第一線からは少しだけ退いでいた。
 攻撃し、反撃され、を繰り返している時間は実際の時間でも相当の時間が流れていた。相対しているリュカたちとゲマからすればもっと長い時間に感じられ た。魔界は昼も夜もなく、時間によって空模様などが変わることはなかった。

「ほっほっほっ・・・確か、邪気をなくしたキラーパンサーで したか、以前奥の手を使ったのは。今回は出しはしないのですか?一線から間を置いているようですが・・・」

 長い時間がかかる、それでもゲマは余裕を見せて、リンクス に言葉を投げかける。作戦がばれた。リンクスはそう感じずにはいられなかったが、それでもいままでのスタンスを保ったままでゲマに対して攻撃を出して いた。

「・・・そんなことはどうでもよいでしょう。それよりリュ カ。私ごときにこんな悪戦苦闘しているようでは、ミルドラース様になど到底かないませんよ?」

 ゲマはしかし、今までの防戦状態が、強固な防戦に変わり、 攻撃の手はあまり出せないでいた。その分、ティラルやリュカ、アスラ、レシフェの手数は増えていた。そんな中でもリンクスたちは間合いを一定に保った ままでいた。そして、ゲマが少しだけ油断する隙をリンクスはうかがっていた。

「仲間がいるから強いと言うようなことを言っていましたが、 それでも私一人にこれだけの手数でいるとは少しばかり残念ですよ」

 ゲマは余裕の表情を見せたままで自分を取り巻く全員に対し て声を上げた。

「まぁ、そんなことはどうでもいいでしょう。そろそろ仕上げ にしましょうか」

 そう言ってゲマが死神の鎌を振り上げたとき。

 リンクスはそれまで少しずつ溜めた気合を全開にして、鬣に雷を宿す。瞬間、雷はゲマの死神の鎌に落雷する。ほぼ同時にオークスは自慢の槍でゲマの左胸を 突く。そしてオークスが離れた瞬間にメッキーとスラリンは激しい炎をゲマに浴びせかけた。この一連の攻撃は瞬間的に行われていた。しかし・・・。

「・・・馬鹿な、俺様たちの連携さえも凌ぐのか?」

 メッキーが唖然としてつぶやく。一撃目のリンクスの落雷に ついては確かにゲマにヒットしていた。だがゲマは次の瞬間、すべての攻撃を寄せ付けないバリアを展開していたのだった。オークスの槍での一突きやメッ キー、スラリンの炎の攻撃はそのバリアによって阻まれていた。

「ほっほっほっ、素晴らしい連携でした。ただ魔物にしておく には惜しいですね。リュカもそう思うでしょう?」

 死神の鎌は確かに焼け焦げた部分もあった。だがそれを持つ ゲマの手は全く傷がついていなかった。

「そうだね。だけど姿だけが魔物であって、心はもう、人間と 同じように澄んだものになってる。何一つとして違わないさ」

 リュカはそう言って仲間全員を見渡した。

「ほっほっほっ……まぁ、そんなことはどうでもいいでしょ う。それよりどうするのです?見覚えがあるでしょう、このバリア・・・。天空の血が瞬間目覚めたビアンカによって、ジャミは劣勢になりましたが、そう 簡単に天空の血が目覚めるとは限らないでしょう?」

 死神の鎌を軽く振り回しながら、バリアの壁に阻まれてし まった前ンは攻撃の手を止めていた。

「お前、勉強不足だな」

 そう言って天空の剣をゲマの鼻先に突き付けたのはアスラ。

「俺がいることを忘れてるのか?…凍てつく波動くらい、自在 に操れるんだぜ!?

 そう言うアスラは天空の剣を真一文字に構えると、目を瞑っ て瞑想をする。その瞬間、天空の剣からは凍てつく波動が放たれる。だが、ゲマはまだ余裕を見せつけるようにして、その場に立っていた。

 アスラの天空の剣から発せられた凍てつく波動が消えた瞬間、アスラと重なるようにしていたレシフェが横に並ぶようにして姿を現した。

「さらに言うなら、あなたが使っていた涙晶石の力も知らなす ぎです」

 続けてレシフェは、エルフのロザリーから受け取った真の涙 晶石を手で包み、その手で印を組む。しばらくするとやわらかだが敵に絡みつくような波動が放たれる。

「ほっほっほっ、月の波動まで操れるとは驚きですね。かつて のレシフェよりも力があるようです」

「もちろん。私はかつてのレシフェ様じゃない!!レ シファールトスだからね!!姫父様、お母様。お兄様の凍て つく波動でバリアは無効化、月の波動でゲマ自身の能力もわずかですが削りました。今がチャンスです!!

 レシフェの声に反応して、仲間たちが一斉にゲマのもとに攻 撃を仕掛けていく。ゲマはその様子を見つめて口元に不気味な笑みを浮かべた。攻撃の手は休むことなく次々と降り注ぐ。

 ビアンカはメラゾーマを唱え巨大な火炎の球を叩き込み、同時にレシフェがイオナズンの爆風にゲマを巻き込む。瞬間ティラルの双刀がゲマの両肩にヒットす ると、アスラがティラルのつけた傷にさらに天空の剣を叩き込む。

「いい加減、くたばれ!!ギ ガスラッシュ!!!!

「せめてもの手向けです。逝ってください。・・・・・・グラ ンドクロス!!!!

 ギガスラッシュが放たれアスラが離脱すると同時にリュカは そう言うと、空に十文字を描く。グランドクロスを発動し、それはゲマにヒットした。ぼろぼろになったゲマはその姿のまま、その場にとどまっていた。

 アスラとレシフェが飛び上がり、お互いが剣を構えると、アスラは右肩から袈裟がけに、レシフェは左肩から逆袈裟でゲマの身体を刻んだ。そしてゲマは鈍い 音を立てながらその身体を地面に横たえた。

「これでゲマもおしまいだ」

 アスラがいいながら、リュカに振り向く。そのアスラはリュ カを見たとき、一瞬固まる。ほかの者たちも何事かとリュカの方を見る。

 今まで華奢だった身体はたくましくなり、何より顔立ちがアスラに似てきた。ほりも適度で厳しい目つきの中にかつてのリュカの優しさが見て取れた。

「おとう・・・さん?」

 戸惑いつつアスラはリュカを呼ぶ。その時になって初めて自 分の変化に気が付いたのか、リュカは慌てて自分の身体をみたり、胸の辺りを触ってみたりした。

「戻って・・・る?」

 アスラの戸惑いにつられてビアンカも声を出す。

 リュカの身体は男に戻っていた。リュカは慌てて左腕のバロッキーを外してみる。するとそこに刻まれた血の色と黒い影とで描かれていた封霊紋はなくなり、 両耳についていた黒霊石もなくなっていた。

「わたし・・・封印が解けたの!?

 リュカもその事実を改めて確認すると、まだ半信半疑の状態 だったが身体が男に戻ったことを実感した。

 ビアンカ、アスラ、レシフェは破顔してリュカに抱きついた。リュカも身体が戻ったことに喜び、三人を抱きしめる。

「ティラル様、本当にゲマが・・・?」

 その喜ぶ姿を少し離れたところから見ていたティラルに、シ ルフィスが語りかける。

「死んだ、んだろうな」

 ティラルはそれだけ言うとうれしそうにシルフィスに笑みを 返す。シルフィスもそのティラルに返すように、笑顔を作った。


 リュカの封印は解かれた。

 それまで女として過ごしてきたリュカはこれで完全に元の男の姿に戻ることが出来た。同時にそれは、仇敵であったゲマが死んだことを意味していた。ゲマ自 身が死んだことにより、封印が無効化されたのだった。
 リュカたちは一様に喜び、ひと時の幸せをかみしめていた。

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