2.ま だ見ぬぬくもり


 エビルマウンテンまでの道のりは、この魔界にたどり着いた 時と同様、何かに導かれるままに歩を進めることができた。その間には強力に魔物たちも現れはしたが、リュカたちを仕留めようとする気力を感じず、同時 にリュカたちも全力を出さずとも魔物たちを倒すことができた。

 そうしているうちに、エビルマウンテンの入り口まで進むことができた。

「姫父様、母様。あまりに順調すぎます。何がここまで手引き しているのでしょう?」

 レシフェはそびえ立つエビルマウンテンを見上げてつぶや く。

「それだけ、ミルドラースと言うのは自信を持っているってこ となのかな」

 アスラがレシフェの言葉に続けて、同じようにエビルマウン テンを見上げながらつぶやいた。

「力こそがすべて。かつてレシフェにそう言ったミルドラース はあたしたちの姿をどうみているんだろうね。…これがミルドラースの余裕だとするならば、あたしたちは手玉に取られるのは間違いない」

「ティラルさんの言うとおりね。いくら天空の勇者がいるとし ても、勝つことはできないと自身が言ったのならば、余裕以外の何物でもないかもしれないわ」

 アスラの言葉にティラルはかつての様子を思い浮かべる。そ して、同時に多少の不安を口にする。それを聞き、ビアンカも慎重に今の状況を判断した。

「・・・・・・とは言え、進まないわけにもいかない。みん な、覚悟はいいね?」

 キッと口を結び、エビルマウンテンをにらみつけるリュカは そう言葉を口にした。そのリュカの質問に、その場の誰もが力強くうなずいた。


 エビルマウンテン内部はまるで大迷路とあらゆる仕掛けの通 路とで構成されていた。

 出くわす魔物たちは外で会ったものたちよりも強力な布陣の者だったが、それらもやはり、リュカたちの体力を消耗させることをしても、それ以上…命を奪う まではすることがなかった。
 いくつもの仕掛けを越え、いくつもの迷路を潜り抜け、一行は広く開けた場所にたどり着く。

「ここは…いったい?」

 リュカはその異様なまでの広い大地を見て、ぽつりとつぶや く。その声はそこが外ではなく、広い広間であることを示すように木霊していた。

「まだ終着点と言うわけではないようですな」

 ピエールがそう言いながらリュカの横に並ぶ。そしてリュカ にかすかに見える前方の山の影を指し示す。

「導かれるままに来てみたけど・・・なにがいったいどうして いるのか、さっぱりわらないね」

 並んだ同志に対して、山の影を見ながらリュカはつぶやく。 そして、少しずつまた、前に向かって歩き出す。すると、その道をふさぐようにして、静かに魔物たちは姿を現す。

 そこには、黒い闇の霧にかすんで、キラーパンサー、スライム、ブラウニー、スライムナイト、ドラゴンキッズ、ホイミスライム、まほうつかい、キメラ、ミ ニデーモン、オークキングが一団となって姿を現す。

「下らぬ趣向だな」

 リュカたちが足を止め、相対する影を見つめるとオークスは うなるように、だが心底つまらないと言いたそうな声で言葉を吐いた。

「全くですな。我らの姿を模倣すれば我らが油断するとでも 思っているのでしょうか」

 オークスの横にピエールが姿をみせ、オークスに同調する。 ピエールのその言葉をきっかけに、ほかの魔物の仲間たちが馬車から降り立つ。

「リュカ様。ここは我らにお任せください。モシャスで姿を変 えていたとしても、今の自分に勝てぬ我らではありませぬ」

 ピエールが自信をもってリュカに告げる。ピエールの言葉を 聞いて、その場の全員が同調しそれぞれの武器を構えた。それを見図るように、闇の霧の中に姿を出した魔物たちもまた、同じように武器を構える。

「わかった、オークス。みんなも油断は禁物だよ?全力で叩き 潰して来て!!

 アスラやレシフェを最前列から引かせてリュカは、その前列 をオークスたちに譲る。自分の伝えたいことはただ一つ。ここで脱落など許さない。そして強くなってきた自分たちの姿を見せつけて来いと全員に声をかけ た。

 リュカのその声を聞き、先陣を切ってオークスとピエールが霧にかすむ魔物たちに突進して、戦闘は始まる。圧倒的有利な仲間たちの姿を見て、ビアンカが驚 きの声を上げた。

「いつの間にか、リュカが連れていた魔物たちはこんなにも強 くなっていたんだね」

「はい、ビアンカ姉さま。みんな一時とて自分を高めることを 忘れたときはないはずです。それは当然、わたしたちも。アスラもレシフェも、単なる子供ではありません、わたしやティラルさんと対等に渡り合えるので すから」

 ビアンカの驚きの言葉にリュカは丁寧に答えた。そして、自 分たち、なによりまだまだ幼いと思っていた子供たちもが強くなっていることを改めてビアンカに言って聞かせた。


 魔物たちが入り乱れての戦闘は、しかしなかなか決着がつか ないでいた。

 影をまとった魔物たちは思うようにダメージを負わず、逆に自分たちが満身創痍になっていくことにピエールは首をかしげずにはいられなかった。それはメッ キーやオークスも同じで、一歩引いてその様子を見ようとしていた。だがそれを相手は許すことなく、攻撃の手は緩めなかった。

「相手にダメージが与えられないぞ、いったいどうなっている んだ!?

 やみくもに攻撃をして今まではそれが大きなものにつながっ ていたミニモンもその異変に気付いていた。もわず声を出したミニモンは徐々に冷静さを失う感じでいた。コドラン、ブラウンと言った初期からの仲間たち は自分が強くなっていると確信していた分、相手に効果がないことに苛立ちを覚えずにはいられなかった。

「ティラルさん、これはいったい・・・?」

 端で見ているリュカもミニモンの言葉に同様の疑問を抱いて いた。

「リュカ、奴らに『影』はある?」

「いえ、影はないです。けれど…」

 話を振られたティラルも半信半疑ながらにリュカに確認をし た。そのことにも気づいていたのか、リュカはすでに済んでいる影の確認結果をティラルに簡潔に伝える。

「…リュカ、気付いてる?仲間たちでも…スラリンやリンクス はかすんでいる姿だけど、オークスやメッキー、ピエールはよりはっきりと見える・・・」

 見たままのことではあったが、そう認識できていないかもし れない。ビアンカはそう思ってリュカに問いかける。一方で気付いていなかったレシフェやティラルはビアンカの言葉にハッとなって改めて敵の姿を確認し た。

 ビアンカの言うように仲間の魔物たちを模倣した姿であっても、一様にみんなが闇の霧を背負っているわけではないようだった。

「ピエール、オークス、メッキー、ミニモン!!相 手を憎む気持ちを消すんだ!」

 仲間たちの差を瞬時に見切るリュカは、闇の霧の濃い仲間た ちに叫ぶ。とは言ってもなかなか思うように消すことができるものでもなく、悪戦苦闘しながら、四人はその『気持ち』を抑えるようにしていた。

「思考が容易にできるメンバーは中でも闇の霧が濃いんだ。ス ラリンやリンクスたちは純粋に相手を殲滅させるだけに尽くしている分、霧は薄い。だけど・・・・・・」

 リュカは周りにいるみんなに理由を説明して聞かせたが、そ れでも納得できているわけではなかった。それはリンクスたちでさえも、致命傷を与えきれないことが証明していた。

「なにが原因なんだろう?」

 不思議に感じながらレシフェがつぶやく。

「闇の霧・・・か。リュカ、ラーの鏡はまだ持っているか い?」

「…持っているのを忘れはするけど、無くなりもしないもので す」

 ティラルに尋ねられると、リュカは道具袋の中からラーの鏡 を取り出す。そして仲間たちが闘っている中に向けて鏡をかざした。闇の霧は消え、仲間たちの前に姿を現したのは今まで出会ってきた敵たちの混合部隊 だった。

 その正体を確認すると、ピエールとオークスはお互いの顔を見つめ、口元に笑みを浮かべた。

「リュカ様、ありがとうございます!!

 ピエールはそう叫ぶが早いか、すぐにオークスとともに突進 していく。それに続いて周りにいた仲間たちも無駄にならないフォーメーションで突進していった。

 魔界屈指とも言えるであろう、ヘルバトラーやライオネック、バズズ、ギガンテスと言った魔物たちであったが、自分たちを守っていた闇の霧がなくなった 今、異常なまでに成長した仲間たちの前ではその強さも意味を成してはいなかった。


 魔物を蹴散らしたその場を、疲れを見せない仲間たちとさら に前に進む。それまで誰かが守っていたのではないかと思わせる門扉があり、それを通り過ぎると先には祭壇があり、一人の女性の姿が見えた。

「・・・・・・!まさか、母様…?」

 リュカは静かにその人影に尋ねかける。その人影はリュカの 声に反応して、ゆっくりとこちらを振り向いた。

「・・・・・・ああ、リュカ。リュカなのですね」

 振り返るマーサはリュカの名を呼び、その祭壇から動き出 す。リュカも引き寄せられるようにマーサの元へと走っていく。

「母様!!

「リュカっ・・・あなたに会うことが出来るなんて。一時たり とてあなたを思わなかった時はありません」

 マーサはそっとだが力強くリュカを抱きとめた。リュカは我 慢できずにあふれだした涙をぬぐいもせずにマーサの胸に飛び込むと、年端も行かない子供の用に泣きじゃくった。

「リュカ、あなたは本当に素晴らしい子です。私たちの想像を 超え、強く優しい子に育ってくれました」

 リュカを抱きとめてマーサはリュカにつぶやいた。今のリュ カはただ頷くしか出来ないでいた。そんなリュカの肩越しに複数の人影をマーサは確認した。

「マーサ様、お久しゅうございます。サンチョめにございま す。そしてこちらは・・・・・・」

「初めまして、リュカの妻でビアンカと申します。そしてこの 子たちはマーサ様の孫、アスラとレシフェです」

 サンチョが丁寧にお辞儀をして、マーサに自分を告げる。続 けてビアンカがマーサに深々とお辞儀をしながら名乗り、孫の存在も明らかにした。

『初めまして、お祖母様』

 アスラとレシフェもビアンカに倣い深々とお辞儀をしてマー サに挨拶をする。

「…ビアンカさん、そしてアスラとレシフェ・・・。よくリュ カとともにここまで来ました。あなた方に会えて本当にうれしいですよ」

 リュカがようやくマーサから離れて、アスラとレシフェは マーサの手を握り、お互いの感触を確かめる。

「本当に強くそして、優しさも兼ね備えて・・・。アスラ、レ シフェ。お父さんとお母さんを大切にするのですよ。そしてビアンカさん。リュカをよろしくお願いしますね」

「・・・・・・?母様、なぜそんなことを?わたしたちは母様 を連れ戻すためにここまで来たのに」

 マーサが感慨深く礼を告げる。アスラとレシフェは手を握っ たままでマーサの言葉の意味は分からないでいたが、ビアンカはその言葉に体を硬直させる。そしてリュカはその言葉の意味を理解したうえで本来の目的を 告げた。だが、マーサはゆっくりとリュカの肩とアスラ、レシフェの手を握り、優しくだが意思の固い瞳で見つめ返した。

「リュカ…私はもう長くありません。…いえ、今こうしていら れるだけでも奇跡のようなものです。リュカたち家族に・・・そして、懐かしい魔物の仲間に会うことが出来て、本当に幸せですよ、リュカ」

 最後にビアンカを近くに呼び寄せたマーサは四人を抱きしめ ると、後方で待機するミニモンやオークスの顔を見て、リュカに礼を言う。そうしているうちに、マーサの感触が徐々になくなっていくことに四人は気付い たが、何もすることが出来ず、ただ立ち尽くすだけでいた。

「母様・・・そんな、そんなことって・・・」

 実体がなくなる・・・・・・それは自身の身体がなくなり霊 体となっていくことを意味していた。マーサはミルドラースに祈りをささげると同時に自らの身体をカギに、この魔界とほかの世界との扉を閉じていたの だった。

「私が封印した扉は開きました。そして・・・ミルドラースも 解き放たれることになります。ですが、あなたたちがいれば心配はないでしょう。私はただ、ミルドラースを魔界に閉じ込めることしかできませんでした。 扉を使い、魔界に来たあなたたちであれば、ミルドラースを・・・・・・」

 マーサはそこまで言うと静かに瞳を伏せる。改めて、リュ カ、ビアンカ、アスラ、レシフェを見つめなおすと、マーサは言葉を続けた。

「……ここから先はあなたたちに託します。私がそれまででき なかったことを今後はあなたたちの父、祖父とともに見守らせてもらいます」

 その言葉にリュカがハッとした表情を浮かべる。

「あなたたちを信じますよ。ねぇ、あなた」

 そういって呼びかけたマーサは自分の右手を見る。するとそ こには鍛え抜かれた体を持ち、軽装ながら立派な防具と剣を携えた男性の姿が現れる。

「父様・・・!!

「パパスおじ様!!

 その姿に見覚えのあるリュカとビアンカは同時に声を上げ た。そこにいたのは紛れもなく、かつて仇敵に命を絶たれたパパスの姿があった。

「リュカよ、よくぞここまでたどり着いたな。この父の果たせ ぬ夢を果たしてくれた。…もう、私たちをとうに超えている、リュカもビアンカも、アスラもレシフェも、な」

「父様・・・・・・」

 パパスはそう言いながらマーサの手を取ると、自分の横に並 ばせた。

「お前たちの力があれば、きっとミルドラースも・・・」

「そうですよ。この母は留めることしかできませんでした。で すがリュカ、あなたには家族が、仲間がいます。その絆はミルドラースをも引かせることが出来るでしょう」

 パパスとマーサはリュカたちを見つめた後、後ろに下がって いたサンチョやティラル、そして魔物の仲間たちの姿を確認して、そう言葉を続けた。

「父様・・・母様・・・」

 リュカはそれだけ呟くと今まで人前はばからず流していた涙 をぬぐう。そして表情を変えてパパスとマーサを見つめなおした。

「リュカ、あとは頼むぞ」

「あなたたちならきっと・・・私たちの辿り着けなかった場所 に着けるはずです」

 真剣で凛々しい表情になったリュカを見つめて、パパスと マーサはつぶやいた。二人とも、リュカが自分の成すことを悟り、そして任せても大丈夫だと確信することが出来た。

「アスラ、レシフェ。父と母を頼んだぞ」

「そして、この先のことも、頼みますよ」

 パパスとマーサはそう言って全員を見つめなおす。そうして からお互い見つめ合うと二人は頷いて笑顔を見せた。

「…リュカ、私たちはいつでも傍に居るからな」

「頑張りなさい、リュカ」

「はい、父様、母様」

 パパスとマーサはリュカに最後の言葉を託すと、リュカは力 強くうなずいた。

「さようなら、パパスおじ様、マーサおば様」

「さよなら、おじいちゃん、おばあちゃん」

「さようなら、お祖父様、お祖母様」

 二人の姿が消えるまで、みんなは見つめていた。

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