天空の勇者が現れて消息を絶ってから、百数十年。
「天空への塔を壊そう」
天空城に侵入してきている者のうちの大半は天空への塔を 使って侵入してきていた。
その事実を知ったティラルが唐突に呟いた。「ゴッドサイドに何かあったのか!?」
「いや、ゴッドサイドは直接問題は起きていない。けど、本来 天空の装備を付けたものしか入れなかった塔の封印が薄くなりつつある。わずかだけど、人間に作用しなくなっているその部分を突いて天空の塔へ侵入、同 時に天空城までやってきている」
この状態が尋常ではないと感じているレシフェはその大元で あるゴッドサイドに何かあったかと訊ねたが、それにたいしてティラルは冷静にその原因を突き止めていた。
不法に侵入してきている人間たちが天空城、ましてや神であるマスタードラゴンを討伐にやってきていること自体がおかしなことではあった。それ以前に 天空城へは『選ばれし者』、かつては天空の勇者とその一行で無くては入れないはずだったにも関わらず、そこに無関係の人間が入り込んでいるのもおかし なことだった。
何が原因で天空城を攻めてきているのか、ティラルもレシフェもわからないままではあったが、まずは進入路を塞ぐのが最優先だと考えられた。「しかし、天空への塔は…」
一部始終を聞いていたマスタードラゴンはティラルの言葉に 躊躇した。
今後、再び地上が悪に覆われる時に現れると予想される天空の勇者を導くための、道しるべを失うわけには行かない。それがマスタードラゴンの言い分 だった。
だが、その言い分もティラルは一切無視していた。「ティラル!いくら何でも強行するのは少し危険すぎる。…わ かっている状況を少しでも話せ」
我慢ならないレシフェが遂に頭を下げる。
ティラルはそれを見たかったわけではなかったが、レシフェにはわかってもらう必要もあり、やむを得ず話をする。「人間たちが何かによって、心を悪に染められている。『そ れ』がいまこの天空城にやってきている」
「…まさか、ゲマ!?」
ティラルの一言にレシフェがその可能性を見出すが、ティラ ルはそれを首を振って否定する。
「今回はゲマの影は感じられない。…場合によっては、と言う ことは考えられるけど、発端であっても手引きしているわけではなさそうなんだ」
ティラルの話では、通常の人間に存在する悪意を増幅する魔 族たちがいるということだった。可能性として上げられたゲマもその一人であると言う。絶対の神と言われたマスタードラゴンさえも自分たちの弊害だと感 じているその悪しき色に染められた人間たちが、天空への塔を使ってやってきているという話だった。
「原因がなんであれ、まずはそのルートの一つである天空への 塔は使えなくしたいんだ」
端的にティラルはそうレシフェに言う。
「…今後、未来に見舞ったことがあった場合、あたしが責任は とろう。マスタードラゴン、わかって欲しい」
話を聞いているであろうマスタードラゴンにティラルはそう 告げた。
「仕方が無いのだな。…神と言う存在も『絶対』ではない。ま してそれが今崩れかかって居る。それを保つ手段としては、天空への塔の破壊からが手っ取り早いというのか」
渋々、マスタードラゴンもティラルの言葉を聞き、了解す る。
数多くの心悪しき人間が天空城に入ってくる唯一と思われた通路、天空への塔は、ティラルとレシフェ、マスタードラゴンの手によって破壊された。
暫くの間はそのことで、天空城への不法侵入は回避できた。
しかし、天空城自体が邪悪の手によって攻撃される。天空城 を守る雲に穴が開けられ、城自体への攻撃ではなかったものの、再び悪しき人間の侵入を許してしまうことになる。同時に、天空城がその名を示すべく存在 していた宙空に居るための能力だった二つのオーブのうちのひとつ、ゴールドオーブはこの事件を発端に失われたとされている。
今度の人間たちはかつては我先にと一人で飛び込んできていたかつてと違い、集団でやってきていた。しかも地上には誰か手引きするものの存在もティラ ルとレシフェは確認できていた。だが、確認は出来ていても、集団で襲い掛かる人間に成すすべなく、ティラルたちは何とか天空城の門前で食い止めている ものの、徐々にそれも困難と思われるようになってきた。「…どうする、このまま押しのけているだけじゃ済まないよ!?」
「…初めから、甘い考えをしなければ良かったというわけか」
レシフェが苦し紛れにティラルに言葉を投げたとき、ティラ ルはなにかを呟いていた。今までは人間たちを倒すことはしていても、殺すことまではしないで居た。だが、次の瞬間ティラルは正面で鍔迫り合いをしてい た人間の首を躊躇無く刎ねた。
「ティラル!?」
「元に戻すことは出来るかもしれない。だけど、悪しき心を 持っていることに変わりなければ、下に居る黒幕に再び捕まるのもそう難しい話じゃない。人間界に存在してはいけないんだよ、こう言う人間 は・・・・・・」
それだけ言うと、ティラルは片っ端から、その場に居る人間 を殺して行く。
天空城で、マスタードラゴンの前で、それが許される所業かどうかはわからなかったが、いまのティラルにはこうするしか方法は無かった。それはレシ フェも一緒でこの場をやり過ごすには、ティラルと同じことをするしかなかった。「やむを得ないか」レシフェが呟き、天叢雲剣を構えたとき、一人の男が 立ちはだかった。「あんたは、あっちの姉ちゃんのようなことはしちゃいけな い。なぜなら俺がじっくり味わうんだからな」
「フン、気障なことを言ってるつもりかもしれないが、こっち はあいにくとそう言った余裕はなくてね」
レシフェはそう言って目の前の男に飛び掛って行く。
初めのうちは互角かと思われた二人だったが、剣技にも長けているはずのレシフェがあろうことか徐々にあしらわれるようになって行く。レシフェは少し ずつだが圧され始めていた。「…なんだって、お前みたいな凄腕の剣士までもが悪しき心に 魅了されている!?」
レシフェはそのことを考えるようになっていた。だが、その 剣士は不敵な笑みを浮かべるだけで、そのことを説明しようとはしなかった。
レシフェの刀と、男の大振りの両刃の剣が幾度と無く交差していく。
その間にもティラルの周辺には次々と悪しき心の持ち主の屍が築き上げられていく。「…黒幕は誰だ?」
「さてね。そんなことより俺に興味、わいてこないか?あんた は随分と剣に長けてるみたいだが、互角に渡り合うようなヤツ、これまで居たか?俺に興味持ってくれると嬉しいんだけどなぁ」
レシフェはあくまで裏を探りたいだけで男と対峙していた が、その男はレシフェが真剣になるたびにこんなふざけたことを言っていた。
「・・・全然、興味はわかないねぇ」
散々聞き続けてくる男に対して、レシフェはうんざりしたよ うな態度で言い返す。
あくまで、レシフェと男は互角だったが、レシフェは少しだけ苛立っていた。「…なにがそんなにまで、あたしにこだわらせるんだ!?」
「そりゃー、強い女が一番だろう、強い男に釣り合うのはな」
その言葉を聞き、レシフェはがっくりと肩を落とす。
「たったそれだけか?…くだらん」
そう呟くとレシフェは今まで使ってこなかった、特別な法術 を使い、男を翻弄する。
男はその様子にますます惚れ込んだような態度を見せたが、レシフェはそれを全て受け入れなかった。
「なぜだ!?力 こそがすべてじゃないのか!」
「力さえあれば、神もいらない!全ては力が制するんだ!!」
レシフェと剣を交えながら男は何度もこう訴えていた。だが 当のレシフェはそんな考えなどは無かったため、まったく意に返すことはしなかった。
「なぜだ、なぜ、コレだけの力を持っているのに俺を必要とし ない。なぜそんな蔑んだような目で俺を見る!?」
その男はただ力だけを欲しているようだった。そして、自分 を主張するもの、具現するもの、制するもの、支配するもの、全てが力だと思っているらしかった。男はレシフェと言い合いする中で常にそれだけを求め、 それだけに固執していると言っていたのだった。
最終的には、法術や呪文を使ったレシフェに適わず、男はレシフェに取り押さえられる。そして天空城から追放されるのだった。
その男は最後にレシフェに「ハルク」と言う名を名乗っていた。
それから数十年の時が流れる。
レシフェはグランバニア国を創成し、ある男性と結婚、王妃として王である男性を助けていた。子供も出来、グランバニアも発展し、なに不自由ない生活 をしていた。
そんなレシフェとその王の元に一人の剣士が現れる。
「永遠の力と幸せを手に入れたい」
その剣士はそういうと、剣に手をかけてレシフェにその切っ 先を向ける。
「俺にその命をわたせ!!永 遠に愛してやる!!」
謁見の間、そこには厳重に警備をする兵士たちもいた。だ が、訪問した剣士はあろうことかレシフェの命を狙ってきていた。どこか不審に思っていた王は瞬間的にレシフェを庇い、その剣士の剣に倒れた。
「力だけで、全てが手に入ると今でも思っているようだな、ハ ルク。だが、あたしはこうして生きているぞ。お前の手中に収まることなくな」
静かに、悲劇の起きた謁見の間でレシフェは、亡き夫の身体 を抱えながら言った。だが、ハルクはそれで少しは満足したように顔をみせて、レシフェに言う。
「邪魔者は居なくなった。だから後はお前を殺して俺も一緒に 死ぬ。そこから二人でやり直すんだ」
「…力、とは相手を組み敷く力のことか。だったらこの場であ たしを殺してみるがいいさ」
レシフェが言うのが早いか、ハルクはその剣をレシフェに向 けていた。瞬間的にレシフェも剣を抜き、それに応戦する。暫くそうして鍔迫り合いや剣を弾き飛ばすやり取りがあったが、最終的にはレシフェにハルクが 組み敷かれる格好で、決着を見た。
「そんなに死に急ぎたいのであれば、永遠とも言う時間を生か せてやろうか」
レシフェはティラルの力を借りると、魔界の奥にハルクを封 印する。
・・・・・・そのハルクと言う男がいま、ミルドラースと名 乗っている」
ティラルは古い昔の出来事から順序立てて話をしてきた。
その話の中には、呪われたリュカのことやゲマに殺されたパパスのこと、リュカが魔物と過ごした数年と、石となって過ごした8年の裏側、天空への塔が 壊れている理由と、グランバニアとミルドラースの関わりを話した。「…レシフェさまと因縁を持つ男…ですか」
リュカはそう言ってティラルの話を頭の中で繰り返した。
「わたしにとってはただ事ではない状況なんですね」
レシフェもリュカに続けて言葉を紡ぐ。
「もう、個人がどうこうと言う話ではないけどね。それと…コ コまでの経過を見るに、この全て…あたしが元のレシフェとこちらに来てから続いている出来事と、ミルドラースとが結びついているというのがどうも考え づらいんだ。誰かがその後ろに居る・・・としか考えられない」
ティラルは慎重にその場に居る全員に、ミルドラースが最終 的な目標ではないということを話す。
「話をした、ゼニス王の時代、アスラの前の天空の勇者の時 代。ハルクがレシフェの夫を殺した時代、そして今。全て繋がっている…そう、たとえば涙晶石のようなアイテムなんかで繋がっているとしか思えないん だ」
続けてティラルはみんなに告げる。それは誰もがそう考えざ るを得ない状況になっていた。
暫くの沈黙。
そのあとでティラルは呟く。「見方によっては、これはあたしが導いてしまった結末、しか も最悪の結末かも知れない。だけど・・・・・・」
「待ってください、ティラルさん」
重い空気を破ってティラルが話し始めたが、その途中でリュ カが言葉を挟む。
「長い目で見れば、ティラルさんの抱えてしまった事件かも知 れません。だけど、今はわたしの呪い、母様の誘拐と奪還、父様の敵討ち、私にとっての物語でもあるんです。だから…ティラルさんだけがそんなに重苦し く受け止めないでください。その…ハルク、とか言う人とは違います。助け合う仲間がいるからこそ、こうして立ち向かうことが出来るんです」
リュカはギュッと拳を握り、自分ひとりで抱え込むような仕 草のティラルを止めた。
「わたしの物語は仲間が、子供たちが助けてくれています。そ うして決着しようとしています。同じように、ティラルさんの物語も、わたしを初めとした仲間たちによって語られているんです。…今までは一人でも、今 は違います。だから、一人で全てを抱え込まないでください」
リュカはそう言ってティラルをじっと正面から見つめた。
ティラルはそのリュカのまっすぐな瞳に後押しされた気がした。そして周りには、リュカの言う心強い仲間が居ることも実感できた。一回ティラルは頷く と、リュカを初めとした全員に再び向きなおった。「目指すは魔界、そしてミルドラース。みんなの力をあわせよ う」
ティラルが言うと、一番にリュカがドラゴンの杖をかざして それに賛同する。それに続いてビアンカにアスラとレシフェ、サンチョが、魔物の仲間たちが手に武器を掲げて賛同した。
「わたしの、ティラルさんの、そして因縁で繋がるみんなの、 悪しき物語。ここで終焉にしよう!!」