4.遠き母の声
瞬時にして怒り上がったリュカは反面、冷静な判断をしていた。
サッと手を出し、ティラルやサンチョ、魔物の仲間たちには手出し無用を伝える。同時にアスラとレシフェに目配せをすると、三人は同時にそれぞれの武 器を構えるとラマダに攻撃を仕掛けていった。
ラマダは一見すると無茶苦茶とも思えるように、自慢の巨大な棍棒を振るってくる。身体の小さなアスラとレシフェはその棍棒の軌道から逃れ、ラマダに 近づく。同時にリュカは少し離れた場所で立ち止まると、ドラゴンの杖を構えて、自分の魔力の底上げをして、バギ系最大のバギクロスをラマダに向けて放 つ。
余裕を見せながらラマダは棍棒で体躯の小さいアスラとレシフェに打撃を与える。リュカのバギクロスであっても身体には小さなかすり傷程度しか出来 ず、この時点での差は大きいものになっていた。「はっはっはー!無理せず全員でかかってきたらどうだ!?最もこのラマダ様が貴様ら如きに負けるようなことはないがなぁ!!」
相変わらず振り回している棍棒を、だが的確にアスラとレシフェに打撃として叩き込んでいるラマダはそう言うとなお一層その巨大な身体を存分に駆使 して呪文と二つの剣の攻撃を受けていた。
「・・・うるさいですねぇ、ね、お兄様」
「ホントにいい加減、黙れって言うんだよ」
ラマダに聞こえたかどうかはわからない。立ち止まることなく寸でのところで打撃を避けてきていたアスラとレシフェはポツリと言葉を交わす。その直 後二人はラマダの視野から姿を消す。
ラマダはそれでも容赦なく棍棒を振るっていたが、その様子を見たリュカもまた、少し余裕の笑みを浮かべて、なおバギクロスを連発していった。
次の瞬間、アスラとレシフェはラマダの肩に姿を現す。それを見たラマダは呆気に取られて口を大きく開けたままほんの一瞬、油断していた。その隙を見 てアスラがラマダの舌に天空の剣を突き刺し同時に引き出す。それをレシフェが容赦なく切断した。ラマダは強烈な痛みに襲われたが、そのときから言葉が 思うような出てこなくなる。「これで少しは静かになるかと思ったけど・・・」
「うめき声が意外にうるさいですね」
ラマダの肩から飛び降りたアスラとレシフェはそう呟くと、呆れた顔でラマダを見上げる。ラマダは痛みと怒りとで狂ったように二人に向かって棍棒を 振り上げる。
「いい加減、わたしの大切な子達を傷つけるのはやめなさい!!バギクロス!!!!」
リュカの唱えるバギクロスはラマダの身体に当たっていても大した傷は出来ていなかった。それでもリュカは続けてバギクロスを唱える。それが炸裂し たとき、ラマダの棍棒でも細くくびれている柄と本体の間にヒットした。そしてその棍棒は今までの衝撃に耐えられなくなって本体の部分を落としていっ た。
「レシフェ!!」
「はい、お兄様!!」
それを見たアスラとレシフェは声を掛け合うとラマダの身体に飛び込んで行く。アスラはラマダの一角の頂点に剣を振り下ろすと、そのままの勢いで身 体を真っ二つに切り裂く。レシフェはその細く長い刀身をラマダの左胸に突き立てると何の躊躇もなく突き刺し、仕上げとばかりに突き刺した刀を上に向 かって斬り上げた。
「あの家族は怒るごとに惨殺する率が上がって行くな・・・」
それを見ていたティラルが呟く。そのティラルの横にサンチョがやってくる。
「たぶんお嬢様はもとより、アスラ様、レシフェ様も何を自分でしているかわからないほど、無我夢中なんだと思いますよ」
少し困った様子をその表情に湛えながらサンチョが少しの冷や汗をかきながらティラルに言った。
「魔物でも、確実に悪さをしているものが、リュカさまはともかく、アスラさまもレシフェさまもわかるんでしょうね。だから殲滅せんとするんだと思い ます」
ティラルの肩に姿を現したシルフィスがサンチョの言葉に付け足す。
身体も心臓も真っ二つに切り裂かれたラマダだったが、道連れにでもしようとしているようで、尚もその動きを止めず、大きな手で誰か一人でも押しつ ぶそうとしていた。
リュカはその様子に少し憐れむような表情を見せると、「もう、やめなさい」と小さく呟いた。「・・・グランドクロス!!」
せめてもの慰めであろう、リュカのグランドクロスは大きな、そして聖なる十字を描いてラマダの四肢を切り裂いた。大きな地響きを立てながらラマダ のバラバラになった四肢は崩れ落ちる。そして、ざぁっと灰になると、セントベレス山を吹き抜ける風に流されて行った。
だが、ビアンカの石化の呪いは解ける様子もなく、冷たい石のままでビアンカはそのばに鎮座していた。
この程度で呪いが解けるとは誰も思っていなかったようで、すぐに全員がまた集まると、すぐに次の道への手がかりを探し始める。
それはすぐに見つかる。石像のビアンカがいるその足元に地下へと下りる階段が見つかった。
「…でも、馬車ごとはちょっと難しいみたいね」
一般の階段よりは大きい。そのはずだ、かつてリュカが強制労働していた頃は、地下の石切り場からこの階段を使って神殿のために大きな石を運び出し ていたのだから。だが、それが馬車となると少しばかり勝手は違った。馬車が通れるまでの広さはなく、だが、全員がぞろぞろと歩くには少し危険が伴う。
「アスラ、レシフェ、ティラルさん。一緒にお願いします。あと、ピエール、リンクス。この数で行きます」
リュカはそう言って少数精鋭を選抜する。全員を連れて先に進みたいのは山々だったが馬車が入れないのでは仕方がなかった。残るメンバーに申し訳な さそうな顔を見せたリュカだったが、残ることを余儀なくされたメンバーも嫌な顔一つせず、リュカに頑張れと励ますような笑顔を向けていた。
六人は揃って神殿地下へと降りて行く。
地下は迷路のようになっていて、一箇所を何度も行ったりきたりしているような錯覚に襲われるほどのものだった。だが、道は着実に地下深くに繋がって いる。リュカたちは足を速めて複雑な迷路を進んでいった。
いくつものフェイクの部屋を過ぎ、いくつもの戦闘をこなした末に、最深部へとたどり着く。
そこは教祖が居るはずの部屋だったが、あまりに深部で薄暗く、部屋の外に華やかさなどはなかった。
そっとドアを引き、全員で中を見回す。薄暗い部屋はろうそくだけで明かりを取っていて、なおさら暗く見える。「ほぅ、ここまでたどり着くとは大したものだな、天空の勇者とその仲間たちよ」
一言で中性的と言える声が聞こえた。その声を聞き、すぐにかかってくる様子はないと判断したリュカはドアを全開にしてその部屋へと足を踏み入れ る。大きな椅子があり、そこに誰かが座っていることは確認できたが、背を向けている所為でその顔まではうかがえない。
「あなたが教祖・・・?」
慎重にリュカが訊ねると椅子に座った人物が反転してこちらを向く。
「そう、わたしが教祖イブール。よくわたしの右腕のラマダを倒したものだ。しかも三人で」
その場に居たかのような表現を織り交ぜてイブールはラマダが倒される様をリュカたちに聞かせる。
「で、そのイブール様はそう簡単にやられないと言いたいみたいだけど・・・?」
アスラが挑発するようにラマダの言葉の揚げ足をとるように言った。
「ああ、その通りだ。わたしは簡単にはやられぬぞ、ミルドラース様から強大な力を授かったのだからな!!」
つけていたマントはそれまで、イブールの身体を覆うようにしていたが、バサッと音を立ててそのマントを脱ぎ捨てる。その瞬間イブールはワニの姿に 変わった。
「さあ、わたしを倒して見せるが良い、天空の勇者よ!!」
「言われなくとも、道を阻むヤツは全て倒す!!」
イブールとアスラの声で戦闘の火蓋は切られた。
ラマダに対しては三人で特別連携もせずに攻撃をしていたが、ここでは初めからフルスロットルで六人が次々に連携技を組んでイブールに斬りかかって 行った。そしてそれは確実に致命傷とも取れるような傷をつけて行くが、どうも様子がおかしかった。徐々にその六人の連携も疲れて途切れがちになってく る。「お、おかしいなぁ、傷つけてるはずなのに、つけた傷が無くなっていく」
ゼィゼィと肩で息をしながらアスラが呟いた。見るとイブールにつけているはずだった傷は綺麗に治っていて、イブール自身はダメージを受けていない ようだった。
「ふん、貴様らのなまくら剣でかすりつけられた程度の傷など、わたしの皮膚には効かぬよ。同じく呪文もな」
自信満々と言った様子でイブールが言う。確かにそのワニの皮膚に付けた傷は浅いものではあったかもしれない。だが、そこまで回復しているのも解せ ないと言った様子だった。
「おかしいなぁ、確実に傷をつけているはずなのに・・・」
「ですね、それに体力が落ちないと言うのもなんかおかしいです」
アスラとレシフェが疲れた表情を見せながらイブールに呟く。
「…なにか特別なものでもしているのかな?」
「体力を回復するようなものですか?」
ティラルがポツリと呟くと、それにリュカが乗ってきた。
「しかし、それは三つで一つのものと言われるものの、紛失してしまっていると言う話ですが…?」
ピエールもその話に乗ってこう呟いた。
「元は私たちの様な精霊が守っていたそうですが、それも時が経つにつれて魔物たちが支配するようになっていってしまったそうです」
最後にはシルフィスもその話の輪に加わり知る範囲内の知識を披露する。
「それを身に付けているのかな?」
ティラルがチラッとイブールの方を向いて呟くと、イブールは完全に油断しきっている六人に攻撃を仕掛けてくる。
「仮にそんなリングがあろうとわたしのこの肉体に勝るものはない!!」
「ほーぅ、なぜ『それ』が『リング』だと!?」
仕掛けられた攻撃を全員で止めると、ティラルがくだらなく幼稚な誘導尋問に良くかかったと言いたそうな呆れた口調でイブールに言った。
「命のリングに間違いない、探し出せシルフィス!!」
「はい、ティラルさま!!」
ティラルが指示すると、すかさずピエールとリンクスはイブールの背後に回りこみ、イブールが抵抗できないように抑え込む。同時にアスラとレシフェ はイブールの武器を固定し、リュカとティラルは前から抵抗できないように抑え込む。
「誰が命のリングをしていると言ったのだ、仮にそうであっても奪いは出来まい!!」
絶対の自信があるようにイブールはそう言って六人を振りほどく。同時にシルフィスが吹っ飛ばされるが慌ててリュカが助けに入る。
「ありがとうございます、リュカさま。命のリングはイブールの額の皮膚の内側です!!」
「わかった、レシフェはバイキルトを全員に、アスラはスクルトで強化を。ティラルさん、一気に叩きましょう!!」
シルフィスが礼を言うが早いか、命のリングの在り処をすぐに報告すると、リュカはそれに従い難しいと言うイブールの皮膚を切るための策に出る。
だが、レシフェとアスラが呪文を唱え始めたときだった。全員の前に面したイブールの手の指の隙間からすさまじい吹雪が発せられ、すでにかかっていた 呪文効果が全てリセットされてしまう。「なっ、凍てつく波動!?」
驚きの声でレシフェが言う。凍てつく波動はなかなか思うようにコントロールが出来ないと言われていて、かなり上級の術士や剣士でないと使えない。 実際にアスラが天空の剣の力を借りて発することが出来る程度で、いかなティラルやレシフェであっても使いこなせないのが実情だった。
「馬鹿にしてもらっては困る。何も出来ないようなやつがわざわざ教祖などをしているはずがなかろう!!」
凍てつく波動の次は突然激しい炎を口から吹き、フバーハなどの準備もさせないで、全員にじわりじわりとダメージを与えて行く。
その中でも、アスラは果敢にイブールに突進して行く。同時にレシフェとティラルが撹乱する目的でアスラと同時に走り回る。その隙を狙いピエールとリ ンクスが少しずつダメージを与える。また、わずかの隙にアスラはリュカにマホステをかけ、魔力の回復を手助けする。リュカはその範囲で可能な限り、ス カラなどの補助呪文とバギクロスなどの攻撃系呪文を織り交ぜて攻撃をしていた。
一進一退の攻防が続く中、それは唐突にやってくる。わずかの瞬間にアスラはイブールの正面で飛び上がるとありったけの力を込めて、天空の剣をイブー ルの頭に突き立てる。それでもわずかしか刃は入らなかったが、瞬間ギガデインを唱え、デインの雷は天空の剣に落雷する。その瞬間にティラルとレシフェ が三本の剣をイブールの額に突き刺した。今まで刃を弾き続けていたワニの皮膚はその間を置かぬ連続攻撃で傷が入る。
そのわずかな傷目掛け、続けざまに何度も攻撃して行くうちにその傷は大きくなり命のリングが零れ落ちる。「くっ・・・それをよこせー!!!!」
拾い上げたアスラに向かってイブールは突進してきたが、アスラの天空の剣の刃に、今度は簡単に傷つけられるようになっていた。命のリングを瞬時に アスラの肩までやってきたシルフィスに託すと、控える五人と共にイブールに一斉攻撃を仕掛けて行く。
回復と防御の術を失ったイブールは徐々に傷を大きくして、やがては肩で息をし、全身を血まみれにするほどになっていた。「ふ・・・ふふふ、良くぞここまでやってくれたな。だが、もう命も惜しくはないわ。…天空の勇者よ、その強さに免じてわたしが魔界との道を繋いでや ろう。…絶句し、恐怖するがいい。偉大なるミルドラースよ、わたしにわずかな力を与えよ・・・・・・!!」
イブールが言うが、周囲で何かの変化が起こることはない。その次の瞬間、どこからともなく呼び寄せられた雷がイブールを襲う。
「な・・・なぜ、ミルド…ラー…ス・・・・・・」
それだけ言うとイブールは絶命した。
「所詮教祖はそれまでの役でしかないと言うことですね」
リュカが少し寂しげに呟いた。
「…ところで、ティラルさんとシルフィスさんの言っていた『不穏』と言うのがミルドラースと呼ばれるものなんですか?」
思い出すようにして、リュカが訊ねる。ティラルは何も隠すことなく一回頷いた。
リュカもその様子を見て、特別何かを聞きだす様子もなく、みんなの顔を見渡すと出口に向かって歩き始めた。
『リュカ、リュカ。わたしの声が聞こえますか?』
石切り場まで戻ってきたとき、かつては明り取りに使われていた蜀台に炎が灯り、声が聞こえてきた。リュカはキョロキョロしながら声の元を探るが、 それが手のひらの中で急に熱くなっている命のリングだと気付き、すぐにそのリングに声をかける。
「母様、母様なんですね!?」
『ああ、良かった。わたしはマーサ、あなたの母親です。イブールを倒したのですね。そしてそれを嘆く心も持っているのですね。…わたしは今、その命 のリングを通してあなたたちに話しかけています』
マーサの声は静かにリングから聞こえてきた。
「母様、魔界におられるのでしょう?すぐに助けに上がります」
リュカが泣かずに精一杯マーサに言葉を告げる。だが、マーサのためを思った言葉をマーサ自身は拒絶した。
『いけません。今のミルドラースはあなたたちでは敵わない相手。この命に代えてもミルドラースをそちらには行かせません。だから…リュカ、あなたは 幸せにおなりなさい』
拒絶の意を示すマーサの声に、リュカを初め、六人のメンバーはマーサの言うそれが無茶であることを誰もが確信していた。
「母様を置いて幸せになどなれるはずがありません!父様の遺言を守らないなんて事、出来るはずがありません!!」
リュカが更に精一杯の声で反論するが、それ以降マーサの声が聞こえてくることはなかった。
同時に全員が武器を手に、今自分たちが出てきた場所に向かって構えを取った。『ふはははは、さすがだな天空の勇者とその仲間たちよ』
それは声だけだったが、今まで接したどんな魔物たちよりもどす黒いものを持っていて、瞬時にそれに対して構えられるだけのものがあった。
「あなたは・・・?」
『我が名はミルドラース、魔界の神にして、全知全能の神、いや今や神と呼ばれる存在をも上回る存在。』
リュカが慎重に訊ねると低く不気味な声が返って来る。
「あなたがミルドラースですか。母様は返してもらいます」
『気の強い辺り、マーサの息子らしいな。だが、貴様らでは到底我は倒せまい。ゲマを初め、ジャミ、ゴンズ、ラマダ、イブールの邪気は全て我が取り込 んだ。いかな天空の勇者と言えど、抵抗することすら叶わん』
リュカが強気にマーサ奪還を宣言するが、鼻で笑うようにミルドラースの声は言葉を続け、あまつさえ天空の勇者であっても自分には敵わないと断言し て見せた。それを聞き、アスラは天空の剣をギッと握りなおし、声のするほうを睨みつけた。
「仮にぼく一人だったなら、敵わないのも無理はない。だけど、今のぼくには仲間が居る」
「そうです。それに、単なる人間からなる仲間ではありません。精霊、そして別次元での元神が居るんです。あなたが思うように簡単にやられるような私 たちではありません!!」
慎重にだが、自分だけでの力のなさをアスラは認める。それは各々が認めることだった。だが、それを手助けできる仲間の存在を挙げる。それにレシ フェが同調してミルドラースに言ってみせた。
『人間たちはひ弱な存在だな。束にならねばならぬのだからな。我のような強大で絶対的な力を欲し、手に入れれば全ては叶うと言うのに』
ミルドラースはそう言って嘆いて見せるが、リュカたちは誰一人として嘆いている様子は無い。
「仲間を連れることの何がいけないと言うんですか。わたしたちはこの絆であなたの強さを上回って見せましょう!!」
力強くミルドラースの声にリュカが反論した。
『ふはははは、威勢が良いな。では気長に待つとしよう。貴様らが無事に我の元まで辿り着ければ、…いや魔界まで辿り着けるかさえ怪しいがな』
嫌味を多く含んで、ミルドラースの気配は少しずつ小さくなっていった。
「必ず、母様を助け出す!」
『待ってろ!ミルドラース!!』
右手に握るドラゴンの杖が小刻みに揺れる。それだけの力を込めてリュカは先ほどまであった気配の場所を見つめて言う。それに続いてアスラとレシ フェが声を揃えて声を上げた。
ミルドラースの声と対峙した後、リュカたちは再び大神殿の祭壇に戻ってきた。だが、そこにはいまだ石化したままのビアンカの姿があった。
「イブール辺りを打ち砕けば呪いは解けるかと思ったのですが・・・」
その石像を見ながらリュカが淋しそうな声を出す。
全員が揃ったところで、地下でなにがあったかの顛末を話して聞かせる。そして命の指輪を通してマーサと話し、無理矢理時空を曲げた状態でミルドラー スと話したことも。「…たしか、命の指輪はその名の通り、命を吹き返させることが出来るとマーサ様に聞いたことがある。リュカさま、命の指輪で石化が解けるかも知れま せん」
そう言い出したのは、元マーサの側近のミニモンだった。ミニモンの話では、どこかに散らばる『紋章』のうちの一つが姿を変えたのが命の指輪だと言 う。その命の指輪はなくなった命を救う事は出来ないが、瀕死や何かによって失われつつある命ならば再び灯火を灯すことが出来ると言うのだった。
その話を聞いたレシフェはリュカから命の指輪を預かると、ストロスの杖のときと同じような呪文を唱え始める。リュカがストロスの杖で再びその命を取 り戻したように、ビアンカも命の指輪で取り戻せると言う確信がレシフェにはあったのだ。
呪文が唱え終わりみんながビアンカの石像の方を見る。石像はいまだ無機質な灰色をしたままであった。「ダメ・・・なの!?」
思わずリュカが弱音を口にする。そんなリュカにアスラとレシフェはすがりつき、だがビアンカが命の灯火を取り戻すことを願っていた。
そして、みんなが諦めかけたその時、石像に変化が起きる。無数にひびが走り、灰色の石像部分が剥がれ落ちていくのだった。そうして剥がれた部分に は、かつてのビアンカの肌や服の色が戻り、無機質なものから生気の満ちたものになっていく。「・・・あら?ここは・・・?」
そうして灰色の石であった部分が全て無くなると、リュカにはとても聞きなれた声が返って来た。
ビアンカが再び生気を取り戻したのだった。「ビアンカ姉さまっ!!」
「リュカ!?」
それを見たリュカは思わずビアンカに飛びつく。ビアンカは突然のことでまだ状況が把握できない状態だったが、それでもそこに居るのがリュカだと確 信すると今までよりずっと安心した表情を浮かべた。
「・・・・・・じゃあ、この子たちがアスラとレシフェなのね!!」
一通り今までのいきさつを聞き、そして目の前にはまだ赤子の状態で別れてしまったわが子たちの成長した姿を目の当たりにしていた。ビアンカは二人 をいっぺんに抱きしめると暫くはそのままの状態で、子供たちとの再会を喜んでいた。
再びビアンカを加えた一行は、大神殿を後にする。
「戻ったか。…ビアンカも再び動けるようになったのだな」
神殿の入り口にはマスタードラゴンが待機していた。ラマダ・イブールの撃破とミルドラースの存在を報告されたマスタードラゴンは困ったような表情 をその瞳に浮かべていた。
「魔界には行けない・・・のですね、マスタードラゴン」
その理由を感じ取ったリュカはそう呟く。そのリュカの言葉にマスタードラゴンは固い表情をしたままで一回頷いた。
「我が一緒に行ければとは思うが…またプサンに戻るわけにも行くまい。リュカ、ティラル。再びおぬしたちに任せてもよいか?少しばかり荷は重い が…」
マスタードラゴンが少し困ったような仕草をしつつ総依頼すると、スッと一歩出てきたのはレシフェだった。
「案ずることはない、マスタードラゴン。姫父様とティラル、天空の勇者に加えて『あたし』がいるんだ、何とかなるだろうよ」
幾分楽観視とは受け取れたものの、その自信に満ちた声と表情は往年の創始王レシフェのそれとまったく同じだった。マスタードラゴンはその様子を見 て安心すると、納得したように頷いた。
「それで、どうするのだ?」
「マスタードラゴンにお聞きしたいことがあるのです。かつて母・マーサが魔界との扉を封印したとき、自らの命とその地の水、そして太陽の陽(火)を 元に紋章を作り出し、封印の鍵にしたと言うのですが、それがなんであるかご存知ですか?」
今後の行動をマスタードラゴンが確認しようとしたとき、リュカが訊ねる。それを聞きマスタードラゴンはクビをかしげながら話を続けた。
「それはそのまま、命のリング、水のリング、炎のリングに姿を変えているはずだ」
「えっ!?この命のリングが紋章なのですか?」
あっさりとその正体を見抜くマスタードラゴンにリュカは驚きの声を上げて聞き返す。
「この世界には、リュカのつけている王者のマントを初めとした、人間たちが作り出した不思議な能力を持つアイテムは幾つも存在する。一通り我も把握 はしているつもりではあるが、それらは人間たちが独自の伝説の元で作り出したり、必要に迫られたりしたものだと聞いている。その三つのリングもエルヘ ブンの民、ひいてはそなたの母、マーサが作り出したものであろう。」
マスタードラゴンでも関与していないような事象がいくつかあるとこにリュカたちは驚いていた。それを聞き、ティラルが補足をする。
「ここまでの歴史の中には、ティラリークスやレシフェと言った名の出てくるものもある。・・・エルヘブンへ行って魔界に赴くのも必要だが、その前に 皆に聞かせたいことがある。…マスタードラゴン、一度グランバニアに戻りたい。頼んでもいいかな?」
そう言うティラルの声はいつになく真剣だった。
マスタードラゴンはティラルに促され、全員をグランバニアに運んだ。
グランバニアに戻ると、時遅しとオジロンがリュカたちの帰りを待っていた。
「リュカ!マーサ殿の話はわたしにも聞こえたぞ。…まさか、マーサ殿を助け出すために魔界へ行くなどと言わんだろうな!?」
開口一番、オジロンはリュカにそのことを迫る。だが、リュカは首を振ってオジロンの言葉を否定した。
「しかし…まさかとは思うが、魔王とやらも倒しに行くとは言わぬだろうな、マーサ殿が全力で食い止めると…」
「叔父上、母様はいずれその命の灯火を失います。その時に魔王が健在である方が確実、そうなれば地上への欲だけではなく、わたしたちにも目を付ける はず。まして自分の身の近くに置いている母様を奪いに行くのです、そう簡単に魔王が手放すとは考えられません」
オジロンは先王であるパパスを失い、これ以上親類の命を失いたくないと思っていた。そのため、リュカの行動にも釘を刺すような言い方をしていた が、パパスの息子であるリュカがそう簡単にオジロンの意見を飲み込むとは考えられなかった。現に今もパパスの意を汲んでマーサを助け出すと言うリュカ の意思は固いものがあった。
「・・・どうしてもと言うのか・・・?」
「申し訳ありません、叔父上」
リュカが丁寧にお辞儀をしながら、オジロンの意は汲めないと言う。仕方が無い、と言いたそうにオジロンは玉座に深く座りなおすと、一つ溜息をつい た。
「リュカ、そしてビアンカ殿、必ず、子と共に…いや、仲間全員と共に戻るのだぞ」
オジロンはもう抵抗する気もなくなり、一つだけ、どうしても譲れないことをリュカたち全員に告げる。それを聞き、リュカを初めとした一同は同じよ うに強い意思を持って一回頷く。
そして場所を変え、今度はティラルが話を始める。
「ミルドラースの存在自体、あたしとシルフィスは知っていた。それを隠していた事は謝る。…そのミルドラースだけど、実はグランバニアと密接に関 わっている部分がある。そしてこの世界を狙う理由も。今からそれを話すから聞いて欲しいんだ。話は・・・そうだな、数百年前、アスラの前の天空の勇者 が活躍した後に遡る」
ティラルの昔話は、それから暫くの時間を使って、詳しく語られた。