3.奪還!!
謁見の間ではプサンが一人、何かを考え込むような仕草で固まっていた。「プサンさん、お待たせしました。ドラゴンオーブをお持ちしましたよ」
全員がその間に入ると、リュカがドラゴンオーブを誇らしげに掲げてプサンに見せた。それを見て、プサンは嬉しそうな顔をしてリュカに近づいてく る。
「さすがはリュカさん。難局を越え旅をしていただけのことはあります。…ドラゴンの杖もリュカさんを主と認めたようですね」
そう言いながらプサンはリュカに満面の笑みを返した。
リュカはその笑顔を確認しながら、ドラゴンオーブをプサンに手渡す。プサンも頷きながらそのオーブを受け取ると、じっとオーブを見つめる。オーブは 少しずつだが明るい光を湛えていく。「ふむ、この力、良いですね。みなぎってくるようですよ。…みなさん、少し離れていてください、危ないですからね」
独り言を呟くようにプサンはそのドラゴンオーブを両手で包み込むと、みんなにそう言って、自分から少し間を置くように指示する。
暫くプサンはドラゴンオーブを見つめていた。オーブは徐々に光を増し、リュカたちはその光に目が眩む。今まで見せたことのないような真剣な表情に なったプサンはそのまま手に力を込める。同時にドラゴンオーブの光は最高潮に達して、みんな手をかざしてその光を遮っていた。
その瞬間、一陣の突風が謁見の間を吹き抜ける。
次にリュカたちが目を開けたとき、その玉座には一頭のドラゴンの姿があり、そしてプサンの姿は消えていた。「ふー・・・ようやく戻ることが出来た」
低く唸る声がドラゴンの方から聞こえてきた。それがドラゴン自身が発したと言うことを理解するまで、時間のかかった者は居なかった。
「我はマスタードラゴン。よくドラゴンオーブを持ち帰ってくれたな、リュカとその一族、そして仲間たちよ」
その声を聞いて、アスラとレシフェは口をぽかんと開けたままで呆気に取られていた。リュカは自分に向けられた言葉と知り、丁寧にお辞儀をして見せ た。仲間たちも銘々それぞれの方法でマスタードラゴンに敬意を払う。
「・・・っの、馬鹿!!」
そうした時、突然その場を張り裂けんばかりの怒鳴り声が駆け抜ける。声を発したのは誰でもない、ティラルだった。
「なに考えているんだ、マスタードラゴン!よりによって一番危険な動乱の中で、自分の能力を封じて人間になるなんて。どれだけあたしやシルフィスが 心配したと思ってる!!」
本気で怒った様子を見せるティラルは、シルフィスと共にマスタードラゴンに牙をむく。
「ま、まぁ、そのことは許せ、ティラル、シルフィス」
「許せと言われてはいそうですかといえるわけがないだろう。ったく、しかもゲマとまで対峙しやがって・・・」
マスタードラゴンが少し押され気味でティラルの説教を受ける。シルフィスもティラルの肩のところで腕を組み、怒りの表情を浮かべていた。
「…そこまでわかっているのか」
「馬鹿にするな、あたしはマスタードラゴンを見守る存在の一人、ゼニス王から使命を遣った者だぞ。人間になり、ゲマに重要人と判断されて呪われ て・・・」
ティラルが到底呆れたとばかりにマスタードラゴンに説教する。それを聞いてマスタードラゴンも少し罪悪感があるのかうなだれてティラルの説教を聞 いていた。
「呪いって・・・」
その言葉にリュカが反応して、ティラルの方を見る。
「…人間になった直後はまだ、私も自分がマスタードラゴンであることと、そのことで生じる特別な能力は使えていたのだ。だが、人間にしては特別すぎ る私に目をつけたヤツは、能力のほぼ全てを封じてしまったのだよ」
マスタードラゴンは申し訳ないと言った感じで静かに呟いた。
「で、偉大なマスタードラゴン様は人間になって何をしに地上に向かわれたのですか?」
相変わらず怒った表情をしているシルフィスがマスタードラゴンに訊ねる。
「『人間と言うのもよいものだな』そういって姿を消されたんですよ、シルフィス殿」
マスタードラゴンが黙り込んだところで、謁見の間の天井の方から、凛とした澄んだ女性の声が聞こえた。その声の主は他に三人引き連れて、みんなの 前に姿を現した。
「本当ですか、ジュクェ殿」
シルフィスは声だけでわかっていたようで、その姿が現れても直接そちらを見ることなく、マスタードラゴンに睨みを利かせた状態で訊ねた。
その場に姿を現した四神はそれぞれ擬態を解き、人間の姿でいた。「ええ、本当ですよ。人間に天空城が襲撃された後だと言うのに、レシフェの姿や大魔王を討った天空の勇者の姿を見てあこがれたんですって」
呆れたようにリーダー格のジュクェが言う。
「…人間になれば不可能も可能になるかも知れん、そう思ったのでな。それにこの竜の姿では、なにかをしようにも返って目立ってしまうではないか」
ジュクェまでもが呆れた様子でマスタードラゴンに言い寄り、本人は追い詰められた状態ながらも自分の主張ははっきりとしてみせる。
「あの直後・・・と言うことは、わざわざそんな格好になってまで、ゴールドオーブを探しに行ったのか。どこまで愚かなんだよ、全てを見通す神、マス タードラゴン!!」
ティラルが頭を抱えて推理する。
「そんなことは、四神かあたしに任せろ」
言うことを聞かない子供をたしなめるような、諦めきった顔をしてティラルはマスタードラゴンに言う。
「いや・・・すまん」
「今後は四神にきっちり監視してもらう」
腕を組んでティラルは呆れた顔で言葉を紡ぐ。ティラル、シルフィスそして四神、マスタードラゴンの存在を知った者はみな、心底心配しているのだけ はこんなやり取りの中でも、リュカたちには十分に理解できた。
「・・・さて、リュカと天空の勇者たちよ。我が復活したからにはもう、魔族たちに好きにはさせん。だが…我が振るえる力は、残念なことにまだその大 半がゲマの呪いに封じられたままだ。最前線はお前たち人間や精霊に頼まねばならん。力を貸してくれるな?」
散々叱られてシュンとなっていたマスタードラゴンだったが、少しの沈黙を破りそれまでとは違った力強い声でリュカたちに語りかける。その質問に リュカたちはみんな、聞くだけ野暮と言った表情でそれぞれがアピールをして見せた。
「行く先は今まで手の伸ばせなかった最後の地、セントベレス山脈だ。そこに何があるかは残念ながら誰にもわからぬ。だが、恐らく言える事は光の教団 とやらがそこにあると言うことだ」
マスタードラゴンは誰よりも超越した思考力と全てを見通す力で、たどり着ける地セントベレス山脈のことを話す。それを聞いてリュカたちも一様に頷 き、納得していた。
「すぐに向かうか?」
「・・・いえ、ここまで休みなく戦い続けています。少しだけでも休息は必要だと思います。…一旦、グランバニアに戻り、装備などを整えます」
いつでもその場に行ける。そう言うマスタードラゴンに対してリュカは言った。
「そうか、ではこれを受け取るが良い」
マスタードラゴンはそう言ってリュカの手のひらに軽く息を吹きかける。すると、澄んだガラスで出来た一つのベルがリュカの両手の中に現れた。
「これは・・・?」
「『天使のベル』と言うものだ。この世界のどこにリュカが居ても我の耳にその音色は届く。そのときはいつでも迎えに良くぞ。セントベレス山だけでな くとも、我の背を使うが良い。恩返しをせねばならぬからな」
マスタードラゴンはそう言って笑って見せた。
リュカたちはそんなマスタードラゴンに一度この場を辞退することを改めて告げて、グランバニアに戻った。
グランバニアに戻ったリュカたちは、まずオジロンに現状がどうなっているかを報告する。ただしこれはくれぐれも内密に、と言うことを付け加えて。
それから各々の装備を現在グランバニアやエルヘブンなどで作られる最強の物に整えなおし、それぞれ思い思いの形で数日の休息を過ごす。
アスラとレシフェはリュカと一緒に過ごしたが、その間甘えるようなことはなく稽古やこの先のことなどを考えて過ごしていた。
数日が経ち、リュカはグランバニアの自室に全員を集めた。その時のリュカと、天空の勇者アスラ、その妹レシフェの顔はいつになく真剣でだが、緊張 の度合いも高いものと感じ取れた。
「…それぞれの休み方でこれまでの分の疲れは取れたと思います。わたしも久しぶりに休むことが出来ましたから。それで、いよいよセントベレス山に挑 もうと思います。恐らくあの山の頂上には大神殿と呼ばれる建物があります。そこに今回の黒幕が居るとは断言できません。また、どれだけ危険な目に遭う かもわかりません」
リュカは一言ずつ、しっかりとみんなに言い聞かせるようにして言葉を紡ぐ。
「アスラとレシフェはもう、覚悟を決めました。もちろんわたしも。みんなの意思を確認させて」
リュカがそう言い終わるのが早いか、サンチョやティラル、ピエールを初めとした魔物の仲間たちはそれぞれの武器を手に、高々と掲げていた。その 高々と掲げた先には偶然にもグランバニアの家紋が彫られている。
「みんな、気持ちはリュカさまと一緒です。だからわざわざ確認は必要ありません。今まで通りリーダーシップを発揮していただければ、みんな付いて行 くそうですよ」
全員の代弁をするように、シルフィスが声を上げた。そのシルフィスの言葉に誰もが自信をたぎらせて、表情は明るいものばかりだった。
「・・・ありがとう、みんな。だけど油断は出来ない。今まで以上の試練かもしれない。そのときは全員で叩こう!!」
リュカが力を込めて言うと、その言葉を聞いたアスラとレシフェが、みんなと同じように剣を抜き放ち、同調するように「オー!!」と掛け声を上げる。 その声にみんながあわせて大きな声が上がる。その様子を頼もしくリュカは見ていた。
全員の意思を確認すると、リュカはおもむろに何かを取り出す。それは前に天空城に復活したマスタードラゴンから受け取った天使のベルだった。
そっとベルを振ると、澄んだ音色があたりに響き渡る。
まもなく、風のなかった周辺に一陣の風が現れる。同時に声も聞こえてきた。「いよいよ乗り込むのだな、覚悟は良いか?」
その声はマスタードラゴンのものだった。リュカを初めとしたみんなはそれぞれが明るい自信に満ちた笑顔で空を見上げた。その上空にマスタードラゴ ンの影が現れる。更に強い風が吹き、マスタードラゴンは地上へと降り立った。
「マスタードラゴン、よろしく頼みます」
全員を代表してリュカが言う。マスタードラゴンは静かに聞き入れる。
「人間たちは我の背に乗るが良い。魔物たちは馬車に入っておれば、我が馬車ごと連れて行こう」
マスタードラゴンの指示に従って、それぞれ乗り込む。
「では、行くぞ!!」
掛け声を発するマスタードラゴンは一気に上昇して、グランバニアは見る見るうちに点になって行き、周囲は大海原と遠くに別の大陸を望むことが出来 た。
「すごーい、全部いっぺんに見渡せる〜!!」
アスラはその情景に声を上げた。レシフェもアスラと同じように身を乗り出して周囲に広がる滅多に見ることの出来ない眼下に広がる風景を見つめてい た。
「いずれは天空城がこの位置まであがり、世界を見守る。だが、空では全てのことが出来るわけではない。それは地上でお前たちが何とかせねばならぬ。 この世界はおぬしの一振りに全て込められている。これから、そしてこれからも頼むぞ、勇者アスラ」
「・・・責任重大ですね。わかりました、マスタードラゴン!!」
ただ眼下に広がる風景を見つめていたアスラの表情が少しずつ引き締まるのを確認したマスタードラゴンはゆっくりとアスラに語りかける。それを聞い て改めて自分が『勇者』であることの責任感を感じたアスラは、元気良くマスタードラゴンに返事をした。
「そうそう、あちこちを旅したわたしたちですが、どうしても天空の鎧だけが見つからなかったんです。マスタードラゴンは天空の鎧のありかをご存知で すか?」
話し終えるのを確認したリュカは続けてマスタードラゴンに質問をする。それを聞き、マスタードラゴンは遠くを見つめる仕草をする。暫く見つめてい ると、声が上がる。
「これから向かうセントベレス山、大神殿のどこかに、天空の気を感じられる。天空人が創り出す独特なものだ。大神殿に着いたらくまなく探すように な」
「わかりました、ありがとうございます」
マスタードラゴンの報告を聞いて、リュカとアスラは頭を下げながら礼を言う。
そうしているうちに、目前には高々と聳え立つセントベレス山脈が見えてきた。過去に地殻変動でこの辺りの海底や地上が必要以上に隆起したものだと言 われている。マスタードラゴンやティラルはその真意を知っているのだろうが、今はそれが目的ではない。マスタードラゴンはぐんぐん上昇しながら、セン トベレス山の山頂を目指して登って行く。山肌が突然切れ、その山頂を確認できる高さまで登ったマスタードラゴンは、その高度を維持したままで何度か旋 回する。
そのセントベレス山の山頂は綺麗に地面が均されていて、その慣らされた上に荘厳とも言える、立派な神殿の姿を確認することが出来た。それをみたリュ カはきゅっと唇を引き締めた。その神殿の外見がかつて自分が強制労働させられていた場所に作られていた神殿だったからだ。「マスタードラゴン、お願いします」
リュカが改めて覚悟を決めて、マスタードラゴンに告げる。
それを聞いたマスタードラゴンはゆっくりとその神殿の正面辺りにある広い場所に降り立った。「…我のちからを持ってしてもこの中がどうなっているかはわからぬ。リュカ、気をつけて行くのだぞ。我は上空で待機していよう」
それぞれが降り立ったのを確認したマスタードラゴンはそう告げる。緊張の色が濃いリュカは一回力強く頷くと、周りに居る仲間たちを見回した。その 仲間たちもまた、力強く頷いてリュカの意思に答えた。
大神殿の正面は門が作られていたが、門扉はなく、開放されていた。その門の両側には門柱が作られていて、裏側に回りこむとその門柱の内部に入り込 むことができるようになっていた。
「お父さん、『くまなく』って言っていたよね、マスタードラゴン」
アスラも少しの緊張をしながらその門柱内部に行く扉の近くにたってリュカに告げる。頷くリュカを確認してアスラは自分が先陣を切って突入すること にした。その中はたいして広いものではなく、四人が入ったらいっぱいになる程度のものだった。アスラ、レシフェ、ティラル、サンチョが入ると、そこに は天空の剣に代表される独特の意匠に包まれた、銀と緑の特別な金属で作られているであろう、天空の鎧が安置されていた。
「なんだ、お前たちは!?」
そこを守る兵士がお約束的に侵入者に尋ねる。だが特に身分を明らかにするようなことをせずに、全員が天空の鎧を見つめた。
「ああ、この鎧か。なんでも伝説の勇者とやらがつけていた鎧らしい。で、ここに貴様らが来たと言うことは、貴様らが天空の勇者の一族だな!!」
奇襲のつもりもあってか、平静を装って兵士は戦闘態勢を整えたが、アスラたちはすでに臨戦態勢、たちまち戦闘は開始するが、その正体が単なるへび ておとこだった所為もあり最前列のアスラとレシフェが剣を構えてすぐに戦闘は決着が付いた。
「・・・天空の勇者って馬鹿にされてるのかなぁ?」
天空の鎧が手に入ったが、その警備があまりに薄かったのと、逆にあっさりと鎧を手にしてしまったことで、アスラは少し複雑な気持ちで居た。
「だけど、これでこの大神殿には警報が発せられた。覚悟していかないとね」
アスラの頭に手を乗せてティラルがアスラに言った。
外でアスラが装備を天空の鎧に整える。初め鎧はぶかぶかではあったが、見る見るうちにアスラの体系をカバーする大きさに変わる。そしてぴったりとア スラの身体にあった。「すごい、なんだか鎧を着ていない感じがするよ!!」
アスラによると天空の鎧もまた、剣などと同じく重さを感じず身体と一体になっている様だと言う。
一行はアスラの鎧を確認した後、そのまま正面の門をくぐる。中に入ってみると、石は全て鏡のように磨かれて、外から見る以上に荘厳な神殿であること が確認できた。そしてその神殿の中央には信者と思える人々が詰め込まれていた。「・・・」
その信者を見ていたリュカは絶句するように息を飲み、体調を崩したように両膝をがっくりと落とした。
「リュカ!!」
隣に居たティラルがすぐに手を貸し、転倒までは行かなかったがそれでも表情は険しく調子が悪そうだった。
「みんな、生気を抜かれています。誰か…恐らくわたしたちに見せ付けるために人数を用意したのでしょう」
リュカが苦しいながらにその理由を話して聞かせる。リュカの理由を聞いて、みんなが集まっている信者の方を向く。確かに目に意思はなくうつろな表 情で居るのがわかった。
「…こういう場所はたいてい、最前列が祭壇になっていることが多いんですよね」
ティラルのように手を貸しながら、レシフェが呟いた。その声を聞いて、リュカもグッと拳に力を込めて立ち上がると、改めて頷く。そして先陣を切っ て歩き始めた。
「…その先に必要なのは、選ばれた人間なのです。そしてあなた方光の教団の信者は最も歓迎される選ばれた人間、これからこのわたし、マーサの言うこ とに従い、全世界で光の教団を広め、信者を集めるのです!!」
神殿に来たリュカたちの前には、小柄で少し老いの陰のある女性が何かを傀儡同然の信者たちに力説している姿があった。そして、その女性の後ろには リュカが最も見覚えのある女性の姿の石像があった。
「ビアンカ姉さま・・・!!」
石像を見たリュカがポツリと呟く。仲間たちの誰もがリュカと仲良くそして絶妙のタッグプレーを見せたビアンカだと確認するのにそう時間は要らな かった。だが、自分たちの目の前に居る女性もまた、別の重大な名を口にしているように感じた。
「・・・いま、『マーサ』って・・・!?」
リュカが呟くと、力説している女性は今までリュカたちが居ることに気付かなかったというような仕草でリュカの方を向く。
「ええ、わたしはマーサ。あなたがリュカですね」
なぜここに母が居るのか、なぜその母が光の教団で説法しているのか。リュカは瞬間的には判断できない状態になってパニックを起こしかけていた。
「ああ、リュカ、どんなにあなたに逢いたかったか。でもあなたからわたしを訪ねてくれるなんて嬉しい限りです。リュカ、あなたもこの母のちからに なってください。一緒に光の教団で過ごしましょう」
目の前のマーサがリュカに語りかける。リュカ自身のなかで葛藤がやり取りされる。だが、それも短時間で終わりを告げる。リュカは差し伸べられた マーサの手を払うと、怒りの形相でマーサを睨んだ。
「な、なにをするのですか」
「あなたはわたしの母ではない。そもそも母さまが光の教団に手を貸しているなんてことはありません」
払われたマーサは一瞬なにが起きたのかわからなかったような様子をみせたが、リュカにはっきり断言されてその場にガクッとうずくまる。
「では、リュカはこの母とは一緒に行動できないと言うのですか?」
「ええ、それに母さまがこんな愚かなことをしているわけがありません」
マーサと名乗る女性が訊ねるとリュカははっきりした口調で答えた。それを聞いた女性は肩を振るわせ始める。誰もが泣き出したのだと感じる中、一人 だけはその女性に辛辣な言葉をかける。
「なにがおかしいんですか!?」
誰でもないリュカは腹立たしいその芝居を見て、更に怒りを爆発させていた。
「くくく、良くぞ見破ったな、だが貴様の母は偉大なるミルドラース様のために祈りを捧げているのは事実だぞ」
リュカに指摘され、その女性は俯いたまま楽しげな笑いと共にマーサの現状をリュカに告げる。
「いまどうして居ようとそれはお前たちが強制したことに違いありません。母さまが自分からそんなことをするなんとことはあるはずないのですから」
「まぁいいさ、確かめるだけの勇気があるのならば『行って』、事実を確かめるんだな。…この、ラマダ様を倒せるというのならばな!!」
怒りで返って平静を保つことが出来ているリュカは、その芝居をしている女性に自分の描く母の姿を告げる。その言葉を聞いた女性は尚も芝居を続けて いたが、ある時点でその正体を現すと、巨大な身体と棍棒を持ったいっかくじゅうに姿を変えた。
姿を豹変したラマダと名乗る魔物にそこに居る全員が一斉に戦闘態勢を整える。「…ビアンカ姉さまを返してもらいます」
「このラマダ様を倒せたら好きにするが良いさ。ただその呪いがすぐに解けるとは限らないがな。ストロスの杖はもう無いのだろう!?」
今まで怒りを何とか抑えていたリュカだったが、ラマダの不用意な発言で完全に堪忍袋の緒は切れた。