2.仇敵との再会

 ブオーンを撃破したリュカたちは、一足先に天空城に来ていたジュクェを追って天空城に引き返してきた。
 プサンは本来マスタードラゴンが居るはずの玉座の間でリュカたちが戻るのを待っていた。

「ブオーンですか。昔にそんな魔物も居たようですが、封印されていたのですか…」

 これまでの話を聞いて、プサンは他人事のように軽く頷いてみせるだけだった。それがまったく知らないで頷いただけなのか、知っていてそんな態度な のかは、ティラルやシルフィスにもわからなかった。

「天空城はなんとか浮上しました。ですが、これからどうしたら良いんですか?プサンさん」

 リュカがそう言って次の行動の指示をもらえるように促す。だが、プサンは困ったことがあるように唸って考え込んでしまった。

「…まさか、忘れたなんて言うんじゃないでしょうね!?」

 ティラルの肩に座っているシルフィスが少し甲高い声を出してプサンに訊ねた。プサンは「いえいえ…」と言って両手を振りながら否定して見せるが、 それでも思い出そうとしているような難しい表情が変わることはない。

「レシフェ、四神は天空城の守護にはついているの?」

 プサンのことは後回しにするようにリュカがレシフェに訊ねると、レシフェは安心しているように一回頷いて見せた。その様子を見ていたプサンが「あ あ!」と大きい声を出してその場の空気を遮った。

「そうです、ボブルの塔でした。そこに『ドラゴンオーブ』と言う特別なオーブがあるんです。私に必要なものなのですが、あいにくこの姿でオーブを取 りに行くのは・・・」

 慌ててプサンがボブルの塔と言う名を口にする。そして話を進めて行くと、その途中でシルフィスが言葉を挟む。

「確かに危険ですね、それをリュカさまたちに取りに行けと言うのですか。…ちょっと都合よすぎやしませんか?」

 少し苛立ちを見せながらシルフィスがその様子を見て言った。

「ですが、私が行っても足手纏いになってしまうことは間違いありません。リュカさんたちにお手伝いいただく以外に方法がないんです」

 シルフィスに今までのことも含めて指摘されて、プサンは少し怖気づいたような声で威力のない反論をしてみせる。それを止めたのはリュカだった。

「シルフィスさん、仕方がないです。そのオーブがあればプサンさんの正体もわかるんでしょう、きっと。でしたらお手伝いしますよ」

 この事態を打破する方法は一つと言いたいようにして、リュカがプサンの言葉を肯定する。そんなリュカを見ながら、シルフィスとティラルが軽く溜息 をついた。

「・・・・・・ま、確かに手伝わないことには、プサンも元に戻れないし、プサンの本当の力を借りないことには、先にも進めないかも知れないからね。 さっさと片付けてくることにしよう」

 プサンには適わない、そう言いたそうな笑みを浮かべてティラルが言う。そんなティラルの様子にいまいち納得がいかない様子をシルフィスは見せてい た。

「ボブルの塔までは天空城で直接行けます。塔の攻略はお任せします」

 プサンはそう言うと、二つのオーブのある部屋へと行ってしまう。

「…シルフィスにしては意地の悪いことを言うじゃないか」

「だって、プサンの正体が誰であれ、この扱いはあんまりです。リュカさまたちだって、先に進みたいって想いがあるのに…」

 ティラルが訊ねるとシルフィスがむすっとした表情を浮かべてティラルに説明する。それを聞いて、リュカは笑顔を見せてシルフィスの言葉に答える。

「大丈夫ですよ、シルフィスさん。先ほどティラルさんが言ったようにプサンさんの『本当の力』と言うのも借りないことには先に進めない場所もあると 思います」

「たとえば・・・?」

「セントベレス山脈」

 リュカの言う言葉にシルフィスはすぐに質問を返したが、リュカもその辺りは承知していたようにすぐに答えを返す。その言葉を聞いて、シルフィスが 驚いた顔をしたが、その理由はティラルから語られる。

「セントベレス山脈の最も高い場所に何かある、それはジュクェが確認している。だけど、ジュクェの擬態でもそこにはたどり着けないと言うことなん だ。となると、当然あの人の力を借りるしかない」

 含みを持たせるような言い方をして、ティラルはシルフィスに告げる。その含みはシルフィスも了解している部分なのか、納得したような表情を見せて 頷く。

「なるほど、となると是が非でもボブルの塔のドラゴンオーブを手に入れないといけませんね」

 言ってシルフィスは目を瞑ると何度か頷いて自分に納得させるような仕草を見せた。
 そうしているうちに、再びプサンが玉座の間に戻ってきた。

「お待たせしました。今、天空城はテルパドールの西にある島の上空に居ます。この島は空からしか入ることが出来ない場所です。上陸したら少し東に進 んでいただければ、ボブルの塔にたどり着けます。リュカさん、お願いいたします」

 珍しくプサンがリュカに頭を下げて敬語を使う。それでこの塔の攻略がどれだけ重要であるかがうかがい知れた。みんなが納得したところで天空城はそ の島に着地した。

「それと、これを持って行ってください」

 塔に進む段になってプサンがリュカにフック付きのロープを手渡す。それがボブルの塔で必要になるということはすぐにわかり、多くを訊ねることなく リュカはそのロープを受け取った。

 

 選抜したメンバーではなく、全員でボブルの塔に進む。そのボブルの塔には先客が居た。

「ぬっ、やつら、魔物の中でも屈強な連中ですぞ」

 オークスが槍を構えてリュカたちを止める。それを見て、魔物の仲間たちが揃ってリュカたちの前に前線を張る。

「リュカ様、ここは我々に任せてください。…リンクス、お前だけはリュカ様のお供を」

 ピエールがオークスと共に先陣に立ち、相手の出方を伺いながらリュカに自分たちが戦闘に出ることを願い出る。そして、他の仲間たちも納得したよう に揃ったところで、リンクスにだけリュカについて行くように指示を出す。初めリンクスは自分もピエールたちと残ると意思表示をしたが、改めてピエール から無言で見つめられて、リンクスはリュカに同行することに納得した。

「我らが一気に連中の気を引きます。その隙に塔に行ってください!!」

 メッキーが先陣のオークス・ピエールと後衛に位置しているリュカたちの間で指示を出す。
 リュカとアスラ、レシフェ、ティラル、サンチョ、リンクス組はメッキーの指示を聞き、一斉に頷く。

「では、行くぞ!!」

 オークスの掛け声で、前衛にオークス、ピエール、ブラウンが出る。それをフォローするように中間にスラリンとコドランが位置し、後衛にメッキーと マーリンが陣取る。前方に居る魔物たちに向けて、剣と息、呪文で集中砲火する。それに気付いた敵陣もそっくり魔物の仲間たちの方に気を取られる。

 

 その隙を突いて、リュカたちは足早にボブルの塔に進む。ボブルの塔の正面にある扉は堅く閉ざされていた。周りを見ると、塔の裏側に梯子があり、上 に上ることが出来た。塔の最上階にはぽっかりと口を開けた漆黒の世界があった。そして、その片隅にはフックがかけられるような金具も常備されていた。

「プサンさんはこの塔のことを知っていて、このロープをぼくたちに渡したのかな?」

 リュカが手早くプサンから預かったロープをその漆黒の穴に垂らすのを見ながら、アスラは不思議そうにそのロープを見て呟いた。

「どういうことだい?アスラ」

 何か解せないと言った感情を持ってアスラが呟いたのを見たティラルが質問を返す。ティラルの言葉にアスラ自身もまだ納得できないと言いたそうな表 情をティラルに向けた。

「…仮に知っていたとするならば、そのドラゴンオーブってのがどこにあるかも教えてくれても良いのに。それに下のドアが開かないことも織り込み済 みって感じがするんだよ、ティラルさん」

 今までがそう親切ではなかったプサンだったが、確かに何かしらのヒントのようなものを持っていたり、危機を察知したりはしていた。それがボブルの 塔については知っていることについて知識を披露するでもなく、ロープを手渡しただけだった。それにこの塔については入り口があるにもかかわらず、閉ざ されていたことを知っていてフックつきのロープまでもを渡していた。アスラはそう感じてならなかったと言いたいようだった。

「…ここから入るのが本来の入り口ではないと言うのですか、お兄様」

「おそらくね。だけど何かがあったから正規のルート以外も視野に入るようなヒントの出し方をした」

 考え込むアスラの様子を見ながらレシフェが聞き返すと、低く「うーん」と唸りながらアスラは言葉を続けた。

「…そしてそのプサンの思惑通り、正規ルートでは入れない。それが意味するところはなに?アスラ」

 リュカを助けるようにしながら、ティラルはアスラの考えを噛み砕いてみる。確かにアスラの言うように入り口があるにもかかわらずそれを迂回するこ とを想像させるためにロープがある、と言っても過言ではないように感じられた。なんとなくその先に何があるかは察しながらティラルは、アスラにその疑 問の答えを促すように呟いた。
 それが本当の答えかわからない、そう言いたそうな表情をしながら、アスラは全員に目配せをしてから呟いた。

「…この先には、何か大きなものが立ちはだかっているかも知れない。ドラゴンオーブがそれだけ重要なものであって、その重要なものを取りに来たヤツ はぼくらにとっても重要な相手だと思う」

 慎重に言葉を紡ぐアスラはいつにない真剣な表情で話を続けた。それを聞きレシフェは少し驚いた表情を見せたが、逆にリュカとティラル、サンチョは その覚悟が出来ているだけの真剣な表情で頷いていた。

「覚悟していかないと返り討ちに遭いそうだね。アスラの推理は多分正しい。それが何なのかは想像するより、自分の目で確かめるべきなんだろうね」

 ロープの一部分をもち、それをリンクスの胴体に繋いでいるリュカが絞めすぎないように調整しながらアスラに言った。その言葉を聞きティラルとサン チョも同じ様子でアスラを見つめ返した。

「それはここに居る全員、に関係のあるもの?」

 珍しく考えに追いついていないレシフェが不安になりながら、アスラに質問をする。するとアスラは優しい笑みをレシフェに見せて、頷いた。

「ぼくたちにも色濃く関係する相手に違いないよ、レシフェ」

 アスラの言葉を聞き、少し武者震いをするレシフェは改めて言葉を繰り返してその覚悟を自分に問う。

「よし、行こう」

 レシフェのそれを見届けたリュカは一言言って全員と目で合図する。そして、ロープに縛ったリンクスからその漆黒の穴におろして行く。やがてリンク スは中の床がある部分まで到着したらしく、ロープの反応が軽くなる。それを合図にリュカは一気にロープを下ろして、自分から中に降りて行く。
 全員が順に降りるとそこはちょっとしたフロアになっていた。外で金具にかかるフックは外すことが出来ないため、ロープは垂らしたままで先に進むこと になる。キョロキョロとリュカは辺りを見回す。それがここに魔物が存在することを意味していた。それを承知しながら階を順番に降りて行く。その途中で ドラゴンの頭を模った石像が姿を現した。

「この像、立派だね。でもなにかありそう・・・」

 アスラはそう言って像の近くに寄って行く。リュカたちも釣られて寄って行く。すると、本来ドラゴンの瞳になっている部分が窪んでいた。そしてそこ には何かで傷をつけた跡のようなものが見て取れた。

「傷をつけた・・・?」

 素直に状況を口にしてレシフェはその部分に何が起きているのかを考える。

「…なにかがはまっていたようですな」

 反対側でティラルとその窪みを見ていたサンチョが呟く。それを聞いてリュカもそのくぼみに改めて注目する。

「珠のようなものでしょうか。瞳だと思うので・・・」

 リュカのその質問に誰もが頷いた。

「でも、だれが・・・?それにこのドラゴンの像には何かの仕掛けが・・・?」

 リュカの質問に続けるようにレシフェが呟く。ここに居るみんなの質問でもあったが、それを聞いて答えられる者はいない。そこで率先して声を上げた のはアスラだった。

「考えるより行動しよう!多分瞳を奪ったヤツがぼくの言った大きなヤツだと思う。…それだけ、プサンさんが本性を取り戻して欲しくはないんだろうか ら」

 そのアスラの言葉にみんなが頷く。
 そしてまた、暫く回廊を下へと進んで行く。一番下の階までたどり着くと、そこにはリュカたちを待ち構えていたかのようにそこで待つ人影が二つあっ た。
 その人影は一人ずつその手にドラゴンの瞳と思われる珠を持ち、こちらを見ていた。それをみたリュカとティラルは怒りをむき出しにしてかかっていこう としたが、レシフェとアスラがそれを止めた。

「ほっほっほっ、随分としっかりしたお子さんをお持ちですねぇ、リュカ」

 長身で赤茶色のローブを纏った青白い肌をした人物がリュカに話しかける。その言葉を聞いて、逆にリュカは怒りが収まり冷静になった気がした。

「…どこまでも邪魔をしたいみたいだな、ゲマ!!」

 リュカがその男の名を知っていること、そしてその名をリュカと共に旅を始めた頃から繰り返し教えられた名だと気付き、アスラとレシフェは一瞬驚い た顔をした。

「まぁ、そんなことはどうでも良いでしょう」

「・・・そうだね、どうでも良いや。…お前がここで立ちはだかると言うことは、お前の存在はその程度でしかないと言うことだからね」

 いつもの軽口をたたくゲマは二の句を継ごうとしていたが、それはリュカの言葉によって遮られた。それを聞いてゲマは珍しく少しの怒りの形相を浮か べる。

「私が重要なポジションではないと言いたいのですか?」

「うん、わたしにとって『ここ』はまだ通過点。母様を助け出すまで旅は続く。そして、お前は母様を誘拐していても監禁している実行犯ではない。と言 うことは別の黒幕が存在すると言うこと」

 右の眉をひくつかせてゲマがリュカに訊ねたが、リュカはあっさりとゲマが信じたくない事実を言って見せた。ギリギリとゲマが歯軋りをするのが聞こ えたが、それを気にする様でもない。

「なかなか鋭い推理力ですが、それで全てだと思っておいでですか?」

 少し冷静さを装ってゲマがリュカに言うと、リュカではない声で返答がある。

「いや、絶対お前は何かを残している。それで散々な目に遭ったのはあたしだからね。その良い例が涙晶石だ。だけど、お前をここで葬ってしまえば後に は続かないだろう。リュカの言うその程度の存在と言うのは、そういう意味」

 リュカと共に止められて少しの時間がかかったが、ティラルも冷静さを取り戻してゲマにそう言った。

「ですが、あなた方に私を倒すことが出来ますか?」

 スッと死神の鎌を取り出したゲマだったが、それが細身の剣で振り回そうとしたのを止められる。同時にその顎先に独特の意匠を持つ剣の切っ先が突き つけられる。

「お前がお爺様を殺した相手だったのか」

「今までが力不足だとすれば、ぼくたちが加わったことで十分補えるだろう」

 レシフェとアスラがそれぞれの剣を抜き、ゲマと対峙していた。

「ほっほっほっ、随分と威勢が良いですね。天空の勇者ですか。よくぞ見つけましたね。ですが・・・」

「天空の勇者だけだと思ったら大間違いだよ。その身でじっくり確かめろ」

 ゲマが自分のペースを取り戻そうとしていたが、アスラまでもリュカたちと同じように話を寸断していた。ゲマはわざとらしく辺りを見回すような仕草 をして見せたが、軽く溜息をつくと「やれやれ」と言いたそうな雰囲気でアスラを見つめ返す。

「見た目通り、考えも子供でしたか」

 ゲマの言葉にアスラは剣を握っている片手に力を込め、両手でしっかりと握りなおす。同時にリュカは剣を抜き去り、リンクスはその地を蹴っていた。

 

 

「そう簡単にゲマ様を・・・」

「お前の相手はあたしだよ」

 ゲマの隣に居た鬼面で剣と盾を持って武装するゴンズが四人の臨戦態勢の姿に反応してゲマを庇おうと動き出す。だが、それはティラルの剣で止められ た。ティラルは敢えてゲマから離れてゴンズを相手にしようとしていた。
 それと同時に槍の切っ先がゴンズに突きつけられていた。

「サンチョ殿、リュカたちを助けないで良いんですか?」

「ええ、だんな様の敵は討ちたいですが、それ以上に血の繋がった者の憎しみは深いでしょう、お嬢様方にお任せします。それに、私でも少しは別の形で 役に立ちたいですからね」

 少し苛立ちを見せるゴンズをよそに、ティラルとサンチョは言葉を交わす。

「俺様も舐められたものだな」

「いやいや、思う存分嬲り殺せると思えば、なかなかどうして、逸材ですよ」

 ゴンズが言葉を吐き棄てるように言うと、サンチョが余裕の笑みを浮かべるようにしてゴンズにわざと丁寧に言って見せた。それに端を発してティラル とサンチョ、ゴンズとの戦闘が開始された。
 一見すると動きの遅そうなサンチョにターゲットを絞ったゴンズはとげの生えた盾を構えてサンチョに突進して行く。だが、サンチョは華麗にそれをかわ して見せて、振り向きざまにゴンズの背中に斬りつけていった。同時に戦闘開始と共に姿を消したティラルはサンチョの横に姿を現すと同じように背中に斬 りつけた。
 だが、その斬りつけた二人の武器は空を斬っていた。ゴンズはサンチョとすれ違いざまに瞬間、軌道をずらして別の場所に姿を現していた。サンチョの見 た目に因らないすばやい動きも意外だったが、それ以上にゴンズの動きもすばやく予想外のものだった。
 ティラルとサンチョに相対するようにして正面を向いているゴンズは間髪置かずに大振りの剣を振り上げると、一気にティラルとサンチョの首を凪ぐよう にして振り下ろす。ティラルが双剣を抜き、クロスさせた剣でゴンズの剣を受け止める。それを見計らってサンチョも槍を突き出してゴンズの急所を狙いに 行くが、瞬間ゴンズは槍の軌道から急所を外して致命傷を避けて行く。
 ゴンズの剣を受け止めるのはティラルとサンチョと、立ち回る上で近い方が臨機応変に受け止めて行く。そして空いた片方はゴンズに致命傷を与えると 言った攻撃をしていたが、なかなかゴンズの急所を突く攻撃は出来ないで居た。

「貴様・・・永い間ゲマ様を追っていたのに、なぜ俺様の相手を・・・」

「意外?言ってしまえばリュカの言葉の通り。ゲマはここまでの存在でしかなかったってこととそれに呆れたってこと。それにあたしが関わってまた逃が すわけにも行かない。だったら、より確実な方法を選んでゲマを退治しよう、と思ってね」

 大振りの剣とティラルの剣が交わっている状態でゴンズがティラルに訊ねる。だがティラルはそんなに深刻そうでもなくさらりとゴンズの言葉に答え た。

「それにあたしは涙晶石の謎を探っていただけだから。ゲマと関わったのだって涙晶石だけだもん。別にそのことが片付けばそれで良いさ」

 ティラルが余裕の笑みを浮かべてゴンズに答えた。それを聞いてゴンズは意外そうな顔をしてティラルを見つめた。その時、突然ゴンズの腹の部分に剣 の切っ先が現れる。ゴンズ自身も何が起きたかわかっていないようだったが、それはティラルの剣の一本を使って背中からサンチョが突き刺したものだっ た。

「ちょっとの油断が死を招く事だってあるんですよ?」

 驚いた表情をしてサンチョを見つめるゴンズに、サンチョはいたって冷静にいつもと同じ丁寧な口調で話しかける。

「貴様、いつの間に・・・」

 ゴンズはそう言うが、その言葉が死を意味しているとは思っていなかった。

「あなたが話に夢中になっているのが悪いんですよ」

 サンチョはそう言ってゴンズの腹部から覗く剣を更に根元まで押し込んで行く。
 そしてティラルは容赦なく余った一本の剣を勢い良く横に一閃させると、そのままゴンズの首を刎ねた。

「じゃあね、バイバイ」

 ティラルは珍しく子供っぽい声を出して、ゴンズの身体にそう言った。ゴンズの身体はその言葉をきっかけにざらざらと砂になって崩れていった。

 

 

 瞬間離脱したティラルとサンチョにまで気を払わず、リュカはゲマの右の肩口を狙い剣を振り下ろし、リンクスは左の肩口に噛み付く。鎌を振り払った レシフェはゲマの胴を、突きつけていたアスラはそのまま喉を突きに行く。だがその全ての攻撃はゲマにあたることはなかった。

「ほっほっほっ、どなたも太刀筋はなかなかのものですが、私を相手にするにはまだ役不足と言うところでしょう。私を通過点だなどと言うあなたがたの 方こそ、大きな間違いをしていたと言う事ですね」

 ゲマがあらゆる方向から来る三本の剣と牙と爪から容易に避けながら、さらに挑発して見せた。アスラとレシフェはその挑発に乗ってしまったところも あって、冷静さを欠き、パパスの仇を討ち取らんと前へ前へと攻撃を仕掛けていた。リュカはそんな二人を止めることはなく、だが冷静になりながらアスラ とレシフェが作った攻撃の抜けた部分を攻めて行く。そうすることでゲマに少しでも隙が出来たときにその切っ先を当てることが出来ると考えていた。
 少しずつアスラとレシフェの足が止まってくる。逆にリュカは冷静になっていき、ただ隙を攻めるだけではなく、徐々にゲマの間合いに確実に迫って行く ようになっていた。同時にリュカは身体の回転などを利用して蹴りも織り交ぜて繰り出していたが、それでもゲマの衣に傷つけることは出来てもゲマ自身に はなかなか致命傷は与えられない。

 

 そんな闘いをリンクスは見つめていた。リュカと交互にゲマに斬りつけ、噛み付きに行くことはあったが、それ以上に大袈裟な攻撃を繰り出すことはな かった。その中でリュカやアスラ、レシフェがゲマに攻撃で傷がつけられない状況を把握していた。そしてこのまま戦闘が続いても、かすり傷を与えること は出来ても倒すことは出来ないだろうと感じていた。
 自分の主人を傷つけた相手、自分の片目を奪った相手、主人の父を見殺しにした相手。
 リンクスにはそう言ったことを理解するだけの知力がベビーパンサーであった頃から十分に備わっていた。同時にその相手が仇敵としていずれは主人と刃 をかわすことになることも容易に想像できていた。
 以前、ピエールに『キラーパンサーほどの魔物がなぜ人につくのか?』と訊ねられたことがあった。
 リンクス自身、自分が魔物であったと言う意識は、子供の頃からなかったと言う。そして自分は体格などが一緒であった猫に近いものであると思っていた のだが、小さな頃からそれはどこでも否定されていた。人に見つかると慌てて逃げて行くものや逆に英雄ぶって自分を退治しようとするものなどが多かっ た。その中で、自分を身近に置き、名をつけて色々な役をこなさせてくれたリュカには特別な思いがあり、成獣になったときでも味方になってくれて、味方 にしたいと望んでいたのだった。
 かくしてリュカとの再会を果たせたわけだったが、リュカ自身に必要なのはより強い戦闘力であった。それを認識しリンクスはいつでもリュカの最善であ るような戦闘をこなして行く。
 そして今、目の前に仇敵は現れた。
 リンクスは自分に少しだけ変化が現れていることに気付いていた。ただ、最近はリュカの二人の子達が活躍するため、馬車を守ることが多くなっていた が、それでも稽古だけは続けていた。そのため、その変化がどんなものなのかは実際にはまったく未知数だった。果たしてそれがリュカのために役立つの か、子達の助けになるのだろうか。リンクスは少しだけ迷っていた。
 しかし今リュカたちは圧倒的に不利な状態になっていた。どんなに三人でゲマに斬りつけてもゲマは俊足と惑わすような動きとでその切っ先をかわして いっていた。

<やるしかない>

 

 徐々に三人の足が止まるところが出てきた。それに気付いたリンクスは、三人が瞬間立ち止まったところで全員の行動を止めるように立ち塞いだ。

「リンクス!?」

 リュカが声をかけたがリンクスはそれまで自分でも感じたことのない怒りを内に溜めて、ゲマを威嚇していた。

「たかが魔物風情が、私の相手になるとでも思っているのですか!?」

 ゲマは相変わらずの余裕を見せてリンクスに逆に威嚇してくるが、そんなものは今のリンクスにはまったく効かなかった。

<見せてやろうじゃないか!>

 今のリンクスが溜めた怒りは他のどのキラーパンサーも持ち得ないものだった。そして、それらの怒りから産まれた自分の変化はどのキラーパンサーに も真似が出来ないものだと思われた。なにより、自分がこれを使えるのはこの一回だけかもしれないと思わせるほど、ゲマへの怒りは高まり、その怒りの強 さは圧倒的なものだった。
 体制を低くして、その仇敵、ゲマに飛び掛って行く。当然のことながらゲマは余裕で避けて見せたが、噛み付くことや引っかくことが目的ではなかった。

<喰らいやがれ!!>

 隻眼の瞳でゲマを睨みつける。溜めた怒りを瞬間的に開放してゲマにぶつける。
 その瞬間、今まで以上に鬣は逆立ち、瞬間的にそれらはこすれあう。
 ぱちっ−−
 稲妻がその鬣に宿る。ぐっと力を込めたリンクスはその開放した怒りが稲妻に全て宿ったと感じた。
 バチバチッ−−
 鬣から放電された稲妻はゲマの頭上で雷に変わり、標的を見つけた雷は何より先にゲマを目掛けて落ちて行く。

「なっ・・・!?」

 ゲマも瞬間的に発せられた雷には対応できずにただそれを喰らうだけで、なにもすることが出来なかった。

「たかがキラーパンサー如きが稲妻を扱うなど・・・」

「リンクスを甘く見すぎだ。いや、わたしの仲間たちは、ただの魔物じゃない。みんな確実に魔物のときより成長している。どんな技でも、討つため、欺 くためだったら使えるさ」

 リュカはそう言って少し疲れている様子を見せたリンクスの頭を軽く撫でてやった。
 そしてアスラとレシフェは動きの止まったゲマの片腕を取るとそのまま壁に磔にする。その様子を見てリュカは少しだけ残念そうな顔をした。

「ようやくお前を討てるとなると嬉しいんだけど、結局ここまでのヤツだったとわかると、逆に悲しいな。いくらバックに大物が居ようと、お前の役目は ここまでだった。そうでしかないと言うのは、やっぱり悲しい。父様の仇を討つためにお前を探していたけど…こんな最期か。父様が味わったような苦しみ を与えたいけど、それも適わないしね」

 リュカが言いながら自分の剣を構える。ゲマはもう諦めたのか、潔く討たれるだけの覚悟をして見せていた。

「ほっほっほっ、立派なことを言いますね、リュカ。ですが、魔族が一度討たれただけで全て終わるとは限らないと言うことを覚えていてください。あな たのお仲間の魔物たちだって、瀕死になっても、教会で聖なる光を浴びれば復活するでしょう。人間とは違い魔物は独特な生態系を持っていますからね。… それは、私とて例外ではないと言うことですよ」

 ゲマはリンクスの稲妻に打たれて、肩で息をするほどに弱っていた。いまもやっと息継ぎをしながら話をしていたが、ゲマはそれでも最後まで負けを認 めようとはしなかった。

「確かに人間と違って、魔物たちは瀕死で気絶していることが多い。だけど、わたしはどの魔物たちにも絶命する覚悟で接してきている。…お前も例外で はないし、人間タイプのお前にとっては致命的な場所で絶命させてあげるから安心しな」

 リュカはスッと剣を構えると、ゲマを鋭く睨みつけた。だが、そんな圧力もどこ吹く風、ゲマは相変わらず笑った表情のままでリュカを見据えていた。

「・・・じゃあね、バイバイ」

 リュカは静かにそう言うと、ゲマの首を鋭い一閃で刎ねた。ゲマは悲鳴一つ上げず、リュカの剣に討たれた。磔にしていたアスラとレシフェはそれぞれ の剣を抜き去ると、その肢体を切断した。

『おじい様の仇!!』

 アスラもレシフェも会ったことのない祖父、パパスの弔いをそうして済ませた。

 

「…最期はあっけなかったね。でもこんなものなのかも知れない」

 一息ついたリュカにティラルが声をかけた。リュカはなんとも言えないような虚無感に襲われていて、すぐにティラルの言葉には反応しなかった。
 その傍ではサンチョがアスラとレシフェと共に、ゴンズとゲマが持っていた宝珠を見つけて、手に入れていた。
 リュカはやりきれない溜息をつくと、おもむろに立ち上がる。

「…でも、ゲマほどのヤツがティラルさんより永くこの世界ではびこってきて、あっさりと討たれるものでしょうか?」

 やりきれない様子でリュカはティラルに質問を投げかけた。

「ゲマにとってリュカとパパス殿は特別だった。だからパパス殿を殺した。そしてリュカにも執拗に接近した。そう考えると、そのリュカに討たれるのは 至極自然だと考えられないかな?」

 ティラルは楽観視は出来ないと前置きするような態度を見せたが、それでもここでゲマが討たれるのは必然だったと思えているようだった。

「・・・仮に、魔界と言う場所の魔の力が魔物にとって、教会などの聖の力以上、相当の力でない限りは復活はないと考えても良いとあたしは思うよ」

 一つだけの懸念材料をリュカに告げるティラルは、それでもこれで敵討ちは終わったと言えるのではないかとリュカに諭した。それを聞いてリュカもよ うやく納得するような態度を見せた。

 

「お父さん、これが多分ドラゴンの瞳だよ!!」

 アスラとレシフェがサンチョと共に拾い上げた宝珠はちょうどアスラとレシフェの手に収まるようなサイズだった。リュカはそれを見て、一回頷くと二 人を誘導した。そして再びドラゴンの像の前にやってくる。左右それぞれの瞳を握り、アスラとレシフェがそれを本来の位置に戻す。すると、地響きがし て、ドラゴンの口が大きく開いて行く。火炎を吐くドラゴンのような形でその変化は止まり、その口の中には舌を伝って入って行けるような造りになってい た。
 中に入ってみると、女神を模っている像が一つあり、それはドラゴンの形が模してある杖をもっていた。その足元には、深層にある水のように、どこまで も蒼いオーブがおいてあった。

「これがドラゴンオーブ・・・?」

 リュカはその蒼いオーブを手にして、蒼さに驚きの声を上げた。
 そんな様子を見ながらティラルはなにかに納得できないと言った様子で、手を口に当てたまま考え込んでいた。

「ティラルさん・・・?」

 リュカがティラルの様子に気付き声をかけるが、ティラルはかけられた声に目だけは反応したが、返事をすることはなかった。
 一方、足元でドラゴンオーブを守っていた女神像の持つ杖を見ながら、アスラとレシフェは天空の剣にも匹敵するような独自の意匠の杖を見て、驚きの声 を上げていた。だが、アスラもレシフェもその杖を握りはしたが、杖は女神像に付いたままで取れるようなことがなかった。

「お父さん、この杖天空の剣みたいに使用者を選ぶみたい」

「…この中でドラゴンの加護を一番受けるのは、ティラルさんか姫父様じゃないでしょうか」

 残念そうな声を上げてアスラが報告し、レシフェはその状態を分析してみせる。

「・・・いや、それはあたしが使うものじゃない」

 簡潔に声を出したのはティラルだった。たがまだなにかが引っかかっているようで、考え込むような仕草をしたままだった。リュカはティラルのその声 を聞いて、レシフェの推測に沿うように自分からそのドラゴンの杖を手にする。すると女神像はその杖をスッと離し杖はリュカの右手の中に納まった。
 その様子を見ていたティラルは珍しく苛立たしげな表情を浮かべると、舌打ちをしてリュカに近づいた。

「ど、どうしたんですか、ティラルさん」

 オーブを置いて杖を抱えたリュカの左腕を取ると、かつて自分が差し出したと言うバロッキーを取り外す。リュカの左腕にある封霊紋は相変わらず、漆 黒の闇を湛えるようにして、その紋章を模っていた。

「リュカ、残念な報告だ。・・・ゲマはまだ生きている」

 ギリッと奥歯を軋ませてティラルはリュカに呟いた。それを聞いたその場のメンバーは誰もが「確実に仕留めたはず」と言う顔をしていた。ただ一人、 リュカだけは表情を変えずにティラルの言葉に納得しているように頷いていた。

「…気付いて、いた?」

「はい。ティラルさんが疑問に持った、ゲマのかけた呪いの解除が行われていないことから、その答えは簡単に導き出されました。慣れたとは言っても、 元は男です。呪いは基本的に術者やかけた者が死ねば解除されるはず。…それだけでゲマは生きていると言うことは証明されているようなものです」

 少し呆気に取られたような表情で自分の言ったことをどの程度理解しているかとティラルはリュカに訊ねる。リュカはその全ての意を理解していたよう に、だが特別落胆した様子もなく説明して見せた。

「…そうか、もしゲマが死ぬか存在が消滅すれば、お父さんの封霊紋は解除されるんだ。それが出来ていないことにぼくたちは気付いていなかっ た・・・」

 がっくりとうなだれるようにしてアスラは呟く。そんなアスラの頭にリュカは手を置くと、優しくその手でアスラの頭を撫でた。

「大丈夫よ、アスラ。その事実を知ってからずっとゲマを探して居たんだから、ただ少しだけ討つ瞬間が先に延びただけ。…これでも結構この姿も気に 入っているのよ?」

 リュカはそう言ってアスラが残念がるその様子を否定した。

「…ゲマを討つためにも、そのオーブをプサンに持っていかないといけないな」

 本人が落胆していないと確認したティラルはそれまでの憎しみの表情から一転して、いつもの素の顔に戻ると、リュカとレシフェの間においてある青い オーブを指差して言った。

 

 メンバーはドラゴンオーブを持ち、リュカはそれにドラゴンの杖を新たな装備に加えてボブルの塔を後にする。
 塔から外に出ると、その眼前には死屍累々とも言える惨状が広がっていた。それを見てまだ子供のアスラとレシフェはさすがに恐れを抱いたが、リュカは 二人の肩に手を置いて安心させる。
 その惨状はリュカたちがボブルの塔に入る前に集団でやってきた敵集団で、少し先には多少傷つきながらも水から上がり美しい造詣を見せる天空城と、敵 集団に立ち向かったピエールたちを初めとする仲間たちの姿があった。

「お帰りなさいませ、リュカ様」

 ピエールが自分の成果を誇示することをせず、他の仲間たちもそれが当然であるように一礼をしてボブルの塔から戻ったリュカたちを迎えた。

「見ていただければわかると思いますが、皆無事です。天空城は的が大きいだけに多少の傷は付きましたが、守り通しました」

「ありがとうピエール、みんな。わたしたちも依頼のドラゴンオーブを持って来たよ」

 相変わらず主に逆らわないような言葉をリュカに向けながらピエールが報告する。それを労う言葉をかけて、リュカは自分たちの成果も見せた。
 それから全員で天空城の謁見の間まで戻ってくる。

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