1.壷と影の魔物たち

 プサンやティラルが異変を感じグランバニアに戻ったリュカたち。そのリュカたちをオジロンが待ちわびていた。

「おお、リュカ。帰ってきてくれたか。いや、それより・・・」

 ホッとした表情を見せてオジロンはリュカを迎える。そのオジロンの手には一つの封書が握られていた。

「なにかありましたか。異変そのものを感じはしたのですが、その原因がわからず・・・」

「ビアンカ殿を探している兵から緊急の報が入った。サラボナを中心とした西の大陸で何かが起こっているようなのだ。それと・・・」

 そこまで言ったオジロンは手に持つ封書をリュカに差し出した。

「フローラさんと言う方からリュカに急ぎの手紙だ、何かあってからでは遅いので中を見せてもらったぞ」

 封書を手渡されたリュカはオジロンから一言付け足されたがそのまま頷くと、急いでフローラからの手紙を読む。その手紙には、最近怪しい陰が頻繁に サラボナ上空を行き来していると言うことだった。また、その陰の後にはどこかで大地震が起きているかのような揺れを感じたりしていると言うものだっ た。

「その手紙にある地震と関連があるかわからぬのだが、サラボナで急に魔物たちが活発に動き始めているというのだ。今はまだ各地の街まで侵入はしてい ないが、それも時間の問題じゃろう。リュカ、その原因を突き止めてはくれぬか。二つのことが切って離せるとは思えぬのだ」

 オジロンは同じタイミングで来た二つの報を偶然の産物だとは感じていなかった。だが、オジロン自身がグランバニアを放り出してまでサラボナに向か えるほど身軽ではなかった。そのため、世界を冒険しているリュカの帰りを待っていたと言うのだった。

「ティラルさん・・・」

 内容を確認したリュカはその手紙をティラルに渡す。ティラルもすばやく目を通すとリュカを見つめ返して一回頷く。

「場所を特定できただけでもありがたい。まずはサラボナに行こう」

「はい!!」

 

 ルーラで瞬時に移動したサラボナでは、街の人々が右往左往しながら非難している様子が見え、それの指揮を執っているのはデボラ・フローラ姉妹とル ドマン、アンディだった。

「フローラ!デボラ姉さま!!」

 リュカはどたばたする中で、ティラルとアスラ、レシフェを伴い、サラボナの街に入ってきていた。

『リュカ!!』

 声のした方に振り返ったデボラとフローラは声を合わせて懐かしい親友の名を呼んだ。二人はリュカの姿を確認すると、ルドマンやアンディに声をかけ て四人で駆け寄ってきた。

「フローラ、手紙を読んだよ。けど、それとこれは同じ件ではなさそうね?」

 手紙を見せながらリュカが言うと、フローラとデボラが困った顔をしてルドマンを見た。その視線を感じたのかルドマンは一歩前に出ると、話を始め た。

「どうやら二つのことが同時に起こっているようなのだ。怪しい影が頻繁に上空を行き来していることもそうなのだが、封印した魔物と言うのも居てな。 それはわしら一族が関わっておるのだ」

 どこから説明を始めたものかと困った顔をしながらルドマンは話を始めた。

「…その影が、封印の魔物をどうにかしようとしている、と?」

 端的に二つを繋げてリュカがルドマンに訊ねる。ルドマンもどんな状態かを把握できては居ないようで、困った顔のままリュカにただ助けを求める。

「それで、なにかわたしに出来ることはありますか?」

 そう言い出して欲しいのだろうと考えたリュカは他の話より先に、行動を起こそうとする。その声にルドマンも少しホッとした表情を浮かべてリュカに すがりつく勢いで話を続けた。

「サラボナの北西、山奥の村の西に小さな祠がある。そこに樽に封印した魔物が居る。呪文が効いているうちは青い帯で樽を取り巻いているのだが、それ が解ける頃には赤い帯になるというのだ」

「その、樽を見てくれば良いんですね?」

 ルドマンが話を続けるとリュカはそれの途中で話を止めて、用件を伝える。リュカからすぐに了承の返事を聞けてルドマンは安心したように頷く。
 サンチョと魔物の仲間たちにはサラボナの入り口で警備に当たらせ、リュカたち四人はすぐにその祠に向かう。
 小さな祠は地下に階段が延びていた。それをリュカたちは下りて行くと、その地下の中心に煌々と光るものを見つける。その光は、周りを取り巻く帯が発 していて、誰が言わずともその帯がルドマンの言っていた封印の帯だということはわかった。そして、その帯の色を見て全員が落胆の表情を浮かべた。
 サラボナに戻ってきたリュカたちを迎えたルドマンもまた、がっかりしたような表情を浮かべていた。

「どうだったかなどと聞くだけ野暮だな。占い師ではない私でも樽の帯の色が何色だったかはわかる。…封印が解ける、その時魔物は真っ先に封印を施し た一族の居るこのサラボナを襲ってくるだろう。街のみんなは避難させているが…」

 頭を抱えながら、ルドマンはリュカに言って説明した。だがその先の言葉がルドマンは出すことが出来ないで居た。そこまでリュカを頼ったものかと言 う想いが渦巻いていたからだった。それを感じ取ったのか、リュカはルドマンの肩に手を置くと、自信に満ちた笑顔を向けた。

「大丈夫です、ルドマンさん。サラボナを守りましょう、みんなで。わたしたちももちろんお手伝いします」

「・・・リュカ、すまんな・・・」

 ルドマンがそう返事した時、突然辺りが暗くなる。誰もがおびえる様にして空を見上げる、そこにはおよそ鳥とは思えない巨大な身体に両翼を持ってい る影が飛んで行く姿が確認できる。

「あれが、正体不明の影・・・?」

「そう、いつからか突然現れるようになったの」

 独り言のように呟いたリュカの言葉をフローラが肯定した。

 

 サラボナには見張りの塔が街に隣接して作られていた。リュカたちはその塔に登り、周辺を警備していた。

「…レシフェ、なにか過去の記憶が引っかかるの?」

 どこかしゃんとしない表情のレシフェにリュカが声をかける。その声にレシフェは混乱しているように頷いた。

「多分、四神の最後の一人、ジュクェではないかと思うのですが…一番魔物たちを嫌っていたジュクェが魔物の封印を解いてまで荒らすようなことをする のかわからないんです。それと…ジュクェに限っては擬態を持ってなくて、朱雀と呼ばれる存在ながら、可憐な少女の姿しかなかったのです」

 うーんと唸りながらレシフェはそう言ってみんなに影の正体を言って聞かせる。ティラルも当時のことを思い出しながらレシフェの言うことに頷きなが ら聞いていた。
 そんな話に中途半端な区切りがついたところで、改めて塔の上から魔物が封印されているという祠を見つめる。
 突如としてその祠から光の筋が天に延びる。それを見ていたリュカたちはすぐに臨戦態勢を取ると、その光の筋を目で追いかける。筋が天まで延びると、 その光は大きくなっていく。そして巨大な光の塊になると、それは人型になり、徐々に光が消えていった。
 その直後、激しい地震がサラボナ周辺を襲う。しかしそれは地震と言うよりは地響きで、歩いているように等間隔で起こっていた。

「…リュカ殿、これは少しやばいかも知れん」

 マーリンが姿を見せてリュカに進言する。

「やばい?巨大なものと言うのは大体想像できるけど…」

「ヤツはブオーンと言う魔物。ティラル殿やレシフェが言う不穏とは違う存在じゃがそれでもヤツが暴れたとあってはそうそう無事でいる街は少なかろ う」

 首を傾げてマーリンの言葉を聞いたリュカは自分の感じたことを率直に述べる。そんなところが気に入っているのかマーリンは嬉しそうな顔をしてリュ カに続けて説明をした。
 少しずつ、その地響きはサラボナに近づいてくる。同時に巨大な影が塔の前方に現れ始めた。

「…みんな、戦闘準備。全員で叩くよ!!」

 マーリンからの説明でやばい相手と言うのはわかったが、その影の大きさや地響きだけでも、マーリンの言う暴れると厄介と言う言葉を言い表している ことは容易に想像できた。リュカはそのマーリンの言葉を聞いた上で、全員にすぐに戦闘態勢を整えるように指示を出す。

「ブフィー、ルドルフはどこだ、隠すと痛い目を見るぞ」

 影が見晴らしの塔まで来ると、突然そう問いかけてきた。全員、その大きさに圧倒された感じで声が出ずに居た。

「…そんな細かいこと気にしてないで、さっさとそこに居る人間から殺しちゃえばいいんだよ」

 その巨大な影がブオーンであることは誰もがわかった。だが、そのブオーンが発した言葉とは明らかに違う声がその直後にする。まだ幼い少女の声だっ た。

「運動だと思って、潰しちゃいなよ」

 その少女の声が更に後押しをする。それを聞いてブオーンも気が変わったのか、問いかけをやめる。

「あの声は・・・?」

 アスラが自分にも近い年齢と思われる少女の声に反応する。レシフェは確信をもてないようだったが、ティラルはそれが誰だかわかっているようで、ア スラの問いかけに答える。

「あれがジュクェ、だよ。姿は見えないけどね」

 ティラルが言うと、それが合図であったかのようにブオーンが両腕を振り上げる。そのまま頭の上で両腕を組むと見晴らしの塔目掛けて振り下ろしてき た。
 塔に強い衝撃が走るが、そのものが崩れてしまうことはなかった。最上階にリュカたちはいて、その正面にブオーンの頭がある。
 それぞれ自慢の武器を構えるが、思ったよりも距離があり簡単に武器での攻撃が繰り出せない。
 アスラは空を覆う雷雲を見つめると静かに目を閉じる。それを合図に呪文に長けたメンバーは呪文を詠唱して、特技で遠距離攻撃できるものはその準備を 始める。

「・・・ライデイン!!」

「・・・ヒャダルコ!!」

 双子の中位攻撃呪文がそれぞれ連携するかのようにブオーン目掛けてほどはしる。勢いでブオーンは身体をのけぞらせるが、それでもたいして効いては いないようで頭を左手でかきながら体制を整える。
 それからも面々からの呪文や遠距離攻撃がブオーンを見舞うが、なかなかその身体に致命傷を与えることが出来ないで居た。

(このままでは、みんなの体力が先になくなる。どうすれば・・・)

 ロザリーから受け取り首にかけている涙晶石を握り締め、レシフェは善戦しているメンバーをみる。そのとき不意に天に輝く月を見る。

(確か、月には邪悪なるものを弱らせることも強くすることもできるとか、文献にあったな・・・)

 月を見つめてレシフェはすぅっと息を吸い込んだ。その時、涙晶石は月の光を集め、ブオーンにその光が満遍なく照らすように広がって行く。その直 後、塔からピエールのイオラと気合をためたリンクスが爪を出してブオーンに飛び掛る。その時になって、ブオーンの身体に傷が入って行く。

「まさか、月の波動・・・!!」

 ティラルが涙晶石を不思議そうに見ていたレシフェの方に声をかけるが、レシフェも意図して出したものでもなかったようで、なにが起こっているかは わからないで居た。

「ブオーンの守備力も攻撃力も確実に落ちた!!ここからが勝負だ!!」

 それに気付いたアスラが大きな声を上げると、メッキーがアスラの身体を持ち上げる。ブオーンの近くまで行くとアスラはメッキーを足場にして、天空 の剣を構えてブオーンに切りかかる。深々と天空の剣はブオーンの脳天を貫き突き刺さる。回収されたアスラは再び呪文を詠唱すると剣目掛けて呪文を放 つ。

「ギガデイン!!」

 アスラのギガデインが炸裂すると、さすがにブオーンもただではいられず、その場でもがき始める。その仕草は無数の虫にたかられた人間の様でもあ り、小さなものを振り払おうと必至になっていた。その振り払う手が何度となく見晴らしの塔にぶつかってくる、少しずつ地盤もゆがみ、塔自体が傾き始め て行く。

「ブオーンが別のことで気をとられているうちに!!」

 リュカの掛け声でそれぞれが再び呪文や息と言った特技をブオーンに叩き込んで行く。

『イオナズン!!』

 レシフェとティラルはタイミングを合わせてイオナズンをブオーンに放つ。ブオーンの鼻先で巨大な爆発が起こると、月の波動で守備力が下がったブ オーンにもいくつもの傷を作り上げて行く。
 続けてサンチョが槍を投げつけると、その槍はブオーンの右目を穿つ。そこを目掛け、アスラは再びギガデインを唱える。
 そして目を閉じて集中していたリュカが見開き、ブオーンを見つめると、意を決したように息を吸い、そのブオーンの正面で十字を切る。その十字は真空 の刃となってブオーンに襲い掛かる。

「グランドクロス!!」

 音なくブオーンの身体に巨大な十字が刻まれ、それを最後にブオーンの動きが止まった。

 

 皆が満身創痍の状態で塔を下りると、そこには少女に剣を突きつけられて身動きの取れない、フローラ、デボラ、ルドマンの姿があった。

「・・・何の真似だい?ジュクェ」

 静かに怒りを湛えた声でティラルがその少女に告げる。

「久しぶり、ティラルさまっ。いやぁ、まだまだ衰えませんねぇ。あの様子だと法術も使えるんでしょう?」

 少女は年齢層相応の言葉でティラルに声をかけた。ティラルが知っている、この少女が四神の一人、ジュクェであることに間違いはないようだった。

「すぐにその人たちを放しな。ジュクェはそんなことをしている暇はないはずだったけど?」

「そこの女の子に興味があるんだよね。その娘ならば私を負かせるんじゃないかなぁ?」

 苛立ちを含んでティラルが言うが、その様子をまったく意に介した様子なく、ジュクェは言葉を続ける。そしてジュクェが気になると言って指差した相 手は誰でもないレシフェだった。

「良いでしょう、ジュクェさん。お相手します」

 レシフェはそう言ってみんなから離れた場所に立つ。それを見て、ジュクェもレシフェの方に歩み寄る。

「名前、なんて言うの?」

「レシファールトスと言います。…そんなことよりさっさと始めましょう」

 レシフェはなんとなく急いている様子をジュクェに見せていた。それがジュクェにもわかったようで、ジュクェはわざと時間をかけて話をしようとす る。レシフェはそんなジュクェにまったく付き合う素振りを見せずに天叢雲剣を抜き放つ。

「ちょっ、ちょっと待とうよ、お話くらい・・・」

「…付き合ってられません。そちらから来ないのでしたら、こちらから行きますよ?」

 言うが早いかレシフェは瞬間ジュクェとの間合いを詰めると、ジュクェの左肩に袈裟斬りで切り込む。それがわかっていたかのようにジュクェは少しだ け間合いと位置を変えて、レシフェの太刀筋から逃れる。レシフェも承知の上で、振り下ろした刀の峰を反し、今度はジュクェの脇の下に斬り込む。少しず つ、そんな間合いの狭い攻防が続く。レシフェの口元には余裕とも取れる笑みが浮かんでいたが、ジュクェは最初の余裕がなくなり、ただかわすだけが出来 なくなっていた。
 そして、とうとうジュクェがレシフェの刀を自分の武器で止める。

「てめぇ、いい加減にしろよ」

 それまでの少女の口調が突然荒っぽいものに変わる。笑顔は消えていたが、少女の顔は無表情以上のものは出ていなかった。

「いい加減にするとは、もちろんあなたが降参するんですよね?」

 怒り任せになっている様子のジュクェにレシフェは冷静にそう言った。自分の剣が止められてもレシフェは自分優位の位置に居るままだった。それが気 に入らないのか、ジュクェはレシフェの刀を弾くとその瞬間で姿を消す。

『全員殺してやる!!』

 ジュクェの声が突如聞こえる。そして、空から無数の羽が降ってくる。その羽は一枚一枚が研ぎ澄まされたもので、少し触るだけで傷が入って行くよう だった。

「バギクロス!!」

 リュカはその羽を全て刻もうとバギクロスを唱えるが、羽はひらひらと舞って落ち、なかなか本体を掴むことが出来ない。それは他のどの呪文も一緒 だった。間近に来てそれをナイフなどで確実に切って行く以外に避けようがないものだった。

「ジュクェさん、鬼ごっこなんかしたくないのですけど…」

 レシフェが相変わらずの丁寧な言葉でジュクェに言うが、返答はなかった。
 その間中、リュカはティラルとジュクェを見つめてその影を追っていた。ジュクェにも影がある、それは間違いではなく、発見できたが今の状態になり、 姿が追えなくなってしまっていた。

「姫父様、『陰』は見えましたか?」

 困った風な顔をしてレシフェはリュカに訊ねる。

「見つかったよ、次に姿を見せれば確実に討てるけど…」

 ジュクェ自身の姿がなくなってしまっては何も出来ない。リュカは無言でそう告げた。

「ふぅ・・・困りました」

 レシフェもお手上げと言いたそうな口調でリュカに言う。

「…ティラルさん、何とかなりませんか?」

 困り果てているリュカはティラルに訊くがティラルも打つ手なしといったような仕草でリュカに返事する。

「…凍てつく波動、か」

 ふと天空の剣を見ながらアスラがつぶやく。昔、大魔王が現れたときに立ち向かった勇者の装備していた天空の剣は、凍てつく波動を操ることも出来た と文献にあったことを思い出す。

「いまのぼくにも扱えるのかな?」

 言いながらリュカの方を向く。リュカは大丈夫と言った仕草でアスラを後押しする。
 アスラはグッと天空の剣を構えて念じるようにする。すると、吹雪のような真っ白な波動が勢い良く産まれ、それは夜になった空を一気に包み込んだ。そ してジュクェが振り撒いているであろう羽は全て消え、肝心のジュクェの姿も捉えることが出来た。
 凍てつく波動でジュクェの擬態していた姿は消え去り、どさっと言う音と共にジュクェが落ちてきた。そのジュクェは地面についた瞬間にすぐに体制を整 えたが、それより早く、リュカはジュクェの背後に回る。そしてジュクェを傷つけないように剣を一閃させると、ジュクェは人形のように倒れ込んでいっ た。

 

 うっすらと見えるジュクェの視界に懐かしい姿が映る。それが誰であるかはすぐにわかり、ジュクェはすぐさまその人物に飛びついた。

「ティラルさま〜っ」

 それに気付いたティラルはスッと一歩後退するとジュクェの広げた両腕から逃れる。

「ちっ、相変わらず素早いんだから」

 ジュクェはそう言って辺りを見回す。
 近くにはリュカとレシフェ、アスラに縄を解かれようやく自由の身になったフローラとデボラ、ルドマンの姿があった。そしてティラルの後ろにはサン チョを筆頭にリュカの仲間たちが揃っていた。

「あれ?ティラルさまが仲間にしたのかな?」

「あたしじゃないよ。そっちにいる魔物使いの娘の仲間だ。ついでに言えば、あたしもその仲間の一人」

 ティラルに促されて、ジュクェはリュカの方を向く。ジュクェの見る限りでは、確かにリュカは他の人間とは別に何かの力を秘めていると言うことが感 じられた。

「!!」

 そのリュカの傍にはティラル同様に見慣れた姿があり、ジュクェは一瞬絶句する。だがティラルに抱きつこうとしたのと同じく、今度はもう一つの見慣 れた姿−レシフェに抱きつこうとする。

「レシフェ!!久しぶり〜っ!!!!」

 そんなジュクェの姿を見たレシフェは少し呆れた顔をしてティラルと同じように一歩後退して抱きつかれるのを逃げる。

「むっ、わざわざ逃げなくてもいいじゃんか〜・・・・・・あれ?」

 レシフェを捕まえ損ねたジュクェはティラルの時と同じように悪態をついてみせるが、そのあとで何かの異変を感じ、ぴたりと行動が止まる。

「あれれ?レシフェ、随分と小さくなっちゃったねぇ?それに髪の毛も色が変わったのぉ?」

 今までとは違って突然おっとりとした口調でジュクェはレシフェに言った。レシフェはそう言われてから笑みをこぼしてジュクェに言う。

「私はレシファールトス、あのときのレシフェ様の転生した姿ですよ」

 その場に居たフローラ、デボラ、ルドマンは何のことはわからないと言った様子できょとんとしていたが、レシフェの言葉にジュクェは目をまんまるに して、驚いていた。

「…転生って・・・あのときのレシフェはもういないのぉ?」
 悲しげな表情と声でジュクェは…ジュクェだけは…転生していることを嘆く。

「確かにあのときのあたしはもういない。全てをこの姿に宿して生まれ変わっているわけだがな」

「ううぅ、なんか複雑な気分だよぅ」

 レシフェの表情がいつものように、少しだけ大人びた風になってジュクェに呟くが、ジュクェは厳密に「本人ではない」ことを嘆いているようだった。

「そんなことよりジュクェ、あんたはなにをしたのかわかってるのか!?」

「そんなことじゃないよぅ、あのときのレシフェにもう会えないなんて聞いてないよぅ」

 再会を懐かしみ、だが本人ではないと嘆いているジュクェにティラルが言葉を挟むが、ジュクェは真剣にその言葉を捕らえて反論した。そんなジュクェ の様子をレシフェは暖かな瞳で見つめると、その場で膝をついてがっくりとうなだれているジュクェに小さな身体で抱きしめた。

「ジュクェはあたしをホントによく好いてくれていたからな。嘆いてくれてありがとう。その分、今度はあたしの生まれ変わりを大切にしてやってくれ」

 四神を召喚して、天空城で守りを固め始めてから、ジュクェは四神の筆頭としてレシフェとティラルから指示を受けて作戦などを遂行していた。また、 四神のうちの三人がレシフェとティラルとは立場が違うといった姿勢を見せている中、ジュクェだけは立場は違えど自分のしていることはレシフェとティラ ルと同等と胸を張っていた。
 そんな態度が、レシフェのことを好いて接するような形として現れているようだった。ジュクェはそれまでの四神と明らかに違う態度で二人に接してい た。レシフェとティラルもまた、区別することなく接することでお互いの関係を保っていたのだった。

「あたしはティラルや四神とは違って人間だ。だからいつかは死んでしまう。仕方のないことだ。けど、あたしはティラルや四神の中で生きられるから、 ジュクェは自分の仕事をきちんと仕事をまっとうするんだ。いいな」

 レシフェに言われてジュクェは悲しみで涙を流しながら、子供のようにレシフェの肩で泣いていた。
 少し経ちジュクェが落ち着いてから、話は再開する。

「さて、ジュクェさん」

「今までどおりに呼んでよ、レシフェ」

 改まってレシフェが自分自身で話しかけるようにすると、ジュクェはそれまでのレシフェと同様に扱うようにと指示をしてくる。レシフェはちょっと 困ったような顔をしてジュクェを見たが、今まではレシフェの妹分で居たジュクェが姉のような笑みを浮かべてレシフェを見つめていたので、レシフェもそ の気持ちにありがたく載ることにした。

「じゃあ、ジュクェ。自分で何をしていたかはわかっているな?」

「伝説に語られなかった魔物の封印を開放したよぉ?」

 レシフェが改めて訊ねると、ジュクェは特に悪いことをした意識はないと言った様子でレシフェに返答して見せた。

「…その責任は大きいんだぞ、わかってるのか?」
 レシフェとジュクェはほぼ対等のな位置で話をしているため、ジュクェはとぼけた様子でレシフェに言っていた。それをみたティラルがその真意を示すよ うにして言葉を発した。

「それは確かにまずいことをしたと思ってる。街の一つを滅ぼしちゃうところだったから。だけど他のみんなが言っているように、どうにもならなかった んだよぉ。そこのリュカさん、だっけ?が陰を解いてくれるまで、それが正しいことだと思わされていたんだからぁ」

 不可抗力だったとジュクェが反論すると、さすがのティラルも言葉を失う。しばしの沈黙を置いて、レシフェか再び話し始める。

「食い止めることが出来たんだからとりあえずはよしとしよう」

「さすがはレシフェ!話がわかるねぇ」

 そのレシフェの言った言葉にジュクェは安心したように言葉をかぶせる。

「ジュクェ、気を取り戻したところで、次は何をするかわかるね?」

 軽く息を吐いて、真剣な表情に切り替えると、先ほどの少し大人びた表情でジュクェに訊ねる。ジュクェも真剣な表情を持ってレシフェとティラルに言 う。

「これまでどおり、天空城の守護に当たります。…マスタードラゴンの所在、まだわからないんですか?」

 先ほどまでのおっとりとした言葉遣いから一変して、ジュクェははきはきとした口調で答える。同時にした質問にレシフェは首を振って答える。続けて ジュクェはティラルの方を見たが、ティラルは特別な仕草をするわけでもなくただ、ジュクェを見ていた。その行動が何を意味しているのかはジュクェもわ かったようで、ティラルの目を見ると、一人納得したような表情を浮かべて頷いた。

「では、これから天空城に向かいますが、レシフェやティラルさまは・・・?」

「みんな一旦、天空城に戻る。まだやり残していることがあるからね」

 ジュクェの言葉にティラルが応える。すると納得したようにジュクェも頷く。

「そうだ。レシフェ。伝説の中に語られる一部の武具を確保してるよ。光の防具と呼ばれる、鎧、ドレス、盾だよ」

 ジュクェはそう言ってそれぞれの防具を具現化して見せた。

「…なるほど。光の盾は姫父様に。光の鎧は私が、光のドレスはティラルさんが装備するのが良いでしょう」

「…なんだ、ぼくの装備は無いのか…」

 レシフェが言ってそれぞれの防具を手渡す。その様子を見て、アスラはつまらなそうにレシフェに言う。

「お兄様には他の誰にも装備できない天空の武具があるじゃないですか」

 口を尖らせて言うアスラにレシフェが言うと、アスラはしぶしぶその言葉に応じる仕草を見せる。

「えーっ、ティラルさまにドレスぅ〜?」

「なにか文句がありそうだね、ジュクェ?」

 光のドレスを受け取ったティラルがそれを広げていると、ジュクェは不満がありそうな声で文句を言う。

「文句っつーか、ティラルさまは鎧かなって。むしろレシフェがドレスのイメージなんだけど・・・」

 悪びれる様子もなくジュクェはそう言ってティラルが光のドレスを持っていることに文句を言った。

「…ちびレシフェの方が昔のレシフェより活発に動いているよ、今のところ」

「ちびレシフェって・・・ティラルさん、その言い方はあんまりです」

 ジュクェの言う言葉にティラルは説明するが、その説明が砕けすぎた言葉での説明だったため、レシフェが反論する。

「そうなんだ、ちびレシフェは行動的なんだね!!」

 納得するようにジュクェが言うと、レシフェは鋭い目つきでジュクェを睨んだ。だが、ジュクェの方も特別畏怖の表情を浮かべるでもなく白々しくして いた。

「もういいです。光の装備はありがたくいただくよ」

 確認するようにレシフェが言うと、ジュクェは嬉しそうな笑顔を見せて頷いた。

 

 ジュクェはすぐに任務を再開するため間を置かずに天空城に向かった。
 リュカたちはルドマンを初めとした関係者に挨拶をする。さすがにあの大きな怪物を相手にすることになるとはルドマン自身も感じては居なかったよう で、リュカたちがその怪物たちを片付けてくれたことに安堵の表情を浮かべていた。

「ルドマンさん、サラボナの街は無事ですか?」

 こんな時になっても自分ではなく、街の様子を気にしてくれるリュカにルドマンやフローラ、デボラは相変わらずのお人よしだと感じずには居られな かった。

「ああ、地震で多少の崩れの出た家はあるが、全壊まではいっとらんよ」

「それにしても、リュカったら相変わらず戦闘方面については強い力を持っているのね」

 ルドマンが安全を確認したと報告すると、その後ろに居たデボラが感心したようにリュカに言葉を投げかける。デボラの呆れたような表情をみてリュカ も笑みをこぼして安心した様子をデボラに見せた。

「デボラ姉さまもフローラも何事もなくてよかったわ。でもブオーンなんて怪物が潜んでいたなんて、サラボナも危ない状態だったんですね」

 デボラとフローラの安全を確認した後、リュカはルドマンに少し意地悪をするように言ってみせる。

「わしだってあんな化け物だとは思ってはおらんかったよ。ご先祖も意地の悪いことをするものだ」

 ルドマンが言うと、少し罪悪感を感じたようにリュカとティラル、レシフェが居心地悪そうな表情を見せた。

「…ジュクェが悪さをしなければもう何年か、ブオーンが目覚めることはなかったのかも知れませんね、ティラルさん」

 そう言ってレシフェが言うと、ティラルも頷いて申し訳なさそうな様子をルドマンに投げかけた。

「いや、でもいまのこのタイミングでブオーンが目覚めてくれてよかったのかもしれない。下手に平和な状態でブオーンが目覚めていたら、もっと混乱し ていただろうから」

 ティラルとレシフェが複雑な様子を見せていると、リュカが首を振って二人の表情を否定して見せた。そのリュカの言葉にルドマンも一緒に頷いて見せ る。

「リュカの言うとおりだ。こう言ってはなんだが、混乱している世界であんな化け物が出てきてくれて助かったようなものだ。それについては感謝せねば ならんだろうな」

 このタイミングに納得するようにルドマンが言葉を続ける。そんな様子にティラルとレシフェはホッとした様子を見せた。

「…ところで、そこの子とこっちの子はリュカとビアンカの子供かしら?」

 周りが納得した様子をみせたところで、デボラがアスラとレシフェを指差して訊ねてくる。

「はい、アスリーヴァルムとレシファールトスです」

 リュカが言うと、アスラとレシフェは改めて姿勢を正すと、デボラとフローラのほうを向いて、挨拶をする。
 それを見てフローラが感心していたが、デボラは当然と言いたそうな様子でリュカを見つめた。

「デボラお姉さん、何か不満でもあるんですか?」

 フローラがその様子に訊ねると、デボラは首を振ってフローラの言葉を否定した。

「いえ、このくらいは出来て当然と言いたいのよ。なにせ、グランバニアの王子様と王女様なんだから」

 そう言ってデボラはリュカの方を見てウィンクしてみせる。そのデボラの仕草にリュカは少し恥ずかしそうな仕草をして、物影に隠れるような態度をし た。
 暫く立ち話をしたリュカたちは、そうしてルドマンたちに旅の続きに戻ると告げて、サラボナを後にした。

 

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