5.再び妖精の国

 急いで妖精の国に戻ったリュカたち。入り口の仲間たちに確認すると特に人間が急襲することはなかったと言う。仲間たちを引き連れて妖精の国に戻り、 ポワンたちを前に涙晶石の話を掻い摘んで聞かせる。
 そして、黒幕がゲマであったことを知らされると、仲間たちは一様に表情を曇らせ、同時にどうしようもない怒りを持った。

「ロザリーさん、でももう大丈夫です。黒幕自身を滅することは出来ませんでしたが、それでも今後涙晶石に絡んで人間が涙晶石を創れるエルフたちを 襲ってきたりはしないでしょう」

 事情を全て話して聞かせたリュカは、もう同じことが起こらないということを再確認するようにロザリーに伝える。ポワンたちもホッとした表情を浮か べてリュカの話を聞いていた。

「そうですか、ありがとうございます、リュカさん」

 ロザリーはそう言って再び涙を流す。リュカやレシフェが慌ててその涙を止めようとしたが、今回は涙が砕け散ることはなくその場に溜まって行く。何 粒かの涙が集まるとそれは一つの形を成し、透き通った中に七色の虹のような透かした色の帯がある不思議な石に姿を変える。それをリュカたちが覗き込む と不思議な石はプリズムのように光を屈折や反射させて色々な色を見せていた。

「これが本当の涙晶石です。わたしたちが感謝、歓喜の涙を流すことで作られる特別な石。いまの世には歓喜の石はほぼ存在しません。ですがこれは今だ から作れるものです。…大量には作れませんが、この一つは皆様がお使いください。何かのお役に立つことが出来るでしょう。少しですが、わたしの力もこ もっています」

 歓喜の涙から作られた本当の涙晶石を持って、ロザリーはそう説明した。

「…レシフェさん、あなたが持たれると良いと思います。特別な法術を展開する時などに、それを増幅したりすることができるはずです」

 一人一人の瞳を見つめてロザリーは、レシフェにその涙晶石を手渡そうとした。その直前に手で包み込み光を発すると涙晶石は一つのペンダントに姿を 変える。

「ありがとうございます、ロザリーさん。…人間が勝手なことをしてごめんさない、でも・・・・・・」

「もう大丈夫です。涙晶石が狙われなくなることで、失われた血筋もそのうち復活するはずですから」

 涙晶石のペンダントを受け取りながらレシフェはロザリーに礼を言い、安全であることを話そうとしたがロザリーはそれを途中で止めて意味深な言葉を 発した。それを聞いてリュカたちは慌てて涙晶石からロザリーに視線を移す。

「最後にあなたたちのような人間に出会えてよかった。暫くは涙晶石は出来ません。その間にエルフたちが住まう森をたくさん作ってください、それがわ たしの最後の願いです」

 みんなが注目したロザリーの姿はすでに半分は透き通ってその場にいることさえ不思議に思える状態になっていた。そして最後に言葉を残すと、音もな くロザリーはその場で姿を消してしまった。

「まさか、そんな・・・間に合わなかったなんて・・・」

 リュカがその意味を察知すると、その場に崩れる。それがどんな意味であるかアスラとレシフェは少し疑問だったが、それを見ていたティラルがポツリ と呟く。

「…ロザリー、確かピサロが愛したエルフの名だったはず。涙晶石を作り出すエルフはすでにいなくなっていたってことか」

 真実の言葉を聞いて、アスラとレシフェは唖然としてレシフェの手にある涙晶石を見つめた。アスラとレシフェは自然に涙が頬を伝っていたが、二人は そのことに気付かず暫くその場に立ち尽くす。

「…ティラル様、では先ほどのロザリーさんは、危機を誰かに訴えるべく・・・?」

 自分の中での回答に辿り着いていたサンチョだったが、それでも納得が出来ないとティラルに問い確かめる。するとティラルは一回頷いてサンチョの言 いたいことを肯定した。サンチョはそこに辿り着くと切なく溜息をついてみせる。
 ポワンもベラもリュカたちのような人間がいてくれるだけでもありがたいと感じていた。人間は他種族には往々にしてなかなか馴染んでくれないことの方 が多く、こういった問題も起こりやすい。ただわずかでもそれに立ち向かう人間がいることで少しの種族も守られていくことをポワンたちは感謝していた。

 

 暫く時が過ぎ、リュカたちは何かを失ったように脱力したままで居た。だが、リュカたちの旅の終着点はここではない。それを思い出したのかリュカが 動き出すとアスラやレシフェ、サンチョもようやく動き出す。

「リュカ、本当に危ないところを助けてもらい、感謝していますよ。しかし涙晶石がそんな昔…いえ、歴史に名を刻むような昔から争われていたとは思い もしませんでした。ロザリーさんも落ち着くことが出来るでしょう」

 玉座に座り、いつも見せる笑顔を向けて、ポワンはリュカたちに感謝の意を告げた。リュカたちはその言葉になんと言ったらいいかと言葉を失った。暫 く沈黙が流れるが、ポワンがここにリュカたちが来た理由を訊ねた。

「ベラが外に助けを求めていた間に会ったようですが、リュカたちもただ偶然ベラに会ったわけではないのでしょう。何かあったのですか?」

「はい。実はわたしたちは天空城を訪ねたのですが・・・天空城が今は湖に沈んでしまっているのです」

 重苦しい表情を浮かべてリュカはポワンに事情を説明し始める。

「理由は浮遊力をえるためのシルバーオーブと対になる、ゴールドオーブが紛失してしまっているのです。そのオーブは元々妖精の一族が作り出したそう なのですが・・・」

 そこまで言葉をやっとのことで紡ぎながらリュカが説明すると、ポワンはなるほどと言った様子を見せた。

「そうでしたか。…いずれこんな時が来るのではないかと、妖精の一族でも問題視されていましたが、現実になってしまいましたか」

 溜息交じりでポワンは呟く。そしてベラに目配せをすると、ベラがあとの部屋に下がって行った。次にベラが戻ってきたとき、何かの小箱を抱えてい た。ポワンの元に戻り、その小箱を手渡す。ポワンが小箱から取り出したのは、昔リュカが見たことのある金色に輝く宝珠だった。

「それは・・・!!」

 期待を持ってリュカがポワンに声をかけるが、ポワンは暗い表情でリュカを見つめなおした。

「ゴールドオーブに良く似ていますが、これは単なるフェイクでしかありません。シルバーオーブと対になっても浮遊の力を得られるような魔力を秘めて はいないのです。…先人たちは何度となく新しいシルバーオーブとゴールドオーブを作ろうとしていたようなのですが、できるのは魔力のないフェイクばか り。残念ですが今のわたしたちではここまでが限界です」

 暗い表情のままで声もあまり上げずにポワンはリュカに告げた。見るだけであれば、その宝珠は昔リュカが見たゴールドオーブそのものだったが、ポワ ンは魔力のないただの宝珠だと言う。それでは意味がない、リュカはそう感じていたが、直接それを口にすることはなかった。それを悟ったのか、リュカの 表情を見ていたポワンはリュカに微笑みかけると、言葉を続ける。

「全てが終わったわけではありません。このフェイクを使ってゴールドオーブを取り戻すことが出来ます。リュカ、あなたの心の中にいる自分に一度、会 いに行ってみなさい。あとは何をすればいいかすぐにわかるはずです」

 そう言うポワンをリュカは改めて見つめなおす。だがポワンはそれ以上は何も言わず、リュカに笑顔を向けたままだった。そしてその宝玉をリュカに差 し出す。リュカは冷たいその宝玉を手の中に収めた。

「ベラ、あの絵の場所に案内しなさい」

「はい。…リュカ、こっちに来て」

 ポワンはリュカが手に宝玉をおさめたのを確認すると、ベラに言葉を続けた。ベラも何をするのかはっきりとわかっているように返事をすると、リュカ を促す。
 ロザリーが逃げ込んできたとき、一時退避していた地下室にベラはリュカたちをつれてきた。

「リュカ、思い出せる?どこで何をするか」

 絵の前に立ち止まりその絵を見せながらベラはリュカに静かに訊ねた。リュカはその絵を見てハッとした表情を浮かべる。

「お父さんと小さい・・・お父さん?」

 アスラはその絵を見て率直にそれを言い表す。絵には建物の前で、紫のターバンに紫のマントを身に着けた少女と、同じ装備をつけている大人の女性が 描かれていた。それを見てリュカは口を真一文字に閉じると、ベラを見つめて頷いた。

「ならば、絵の前に立って、そのことを深く想って。そうすることでリュカは『その時』に行けるはずだわ」

 絵を見たリュカの反応を見て、ベラが言葉を続ける。ベラの言うことを聞いたリュカは一歩前に出ると、宝玉を両手で包み込み、絵の前で深く瞑想を始 める。数秒すると、リュカがフラッとよろめき倒れこむ。アスラとレシフェは慌ててリュカを抱きかかえるが、リュカがまったく反応せずに驚いていた。

「ティラルさん、お父さんが変だよ!?」

 驚きを隠せないアスラはティラルに声をかける。だが、ティラルは少し驚いたような表情を見せてベラを見つめていた。

「大丈夫ですよ、アスラ様。リュカはいま、意識だけで時の旅をしているだけです。少しすれば戻ります。それまで身体を守ってあげてください」

 ベラは静かな優しい声でアスラに言った。
 絵を見て驚いていたのはティラルだけではなく、サンチョも同じだった。そして、サンチョはベラに言い寄ってきた。

「ベラさん、もしこの方法を使うならば、だんな様を止めることも、お嬢様を過酷な使役につかせることも回避できるのではないですか!!」

 興奮気味にサンチョが言うと、ティラルがその肩を持って止める。だが、サンチョは説明をベラから受けないと納得できないと言った形相でベラに詰め 寄る。

「…それは不可能です。第一にリュカがそれを望まなかったから。第二に・・・・・・」

「そんなことはどうでも良いんです。だんな様さえ生きていれば、お嬢様もあのときの幸せを失うことはなかったのですから」

 なだめる様にではなくベラは、単に理屈っぽく説明をサンチョに始める。案の定と言う感じでサンチョはベラに同じことを繰り返して言うが、それを ティラルが肩を持って静止しようとしている。サンチョはティラルの腕を振り切るくらいの勢いでベラに詰め寄っていた。
 ベラはそんなサンチョを見て、少し申し訳なさそうな顔をしたが、口調を変えずにサンチョに呟いた。

「では、あなたはあの時、大人のリュカから同じことをされましたか?リュカが何かしましたか?」

 説得するような少しきつい口調でベラはサンチョに言葉を投げかける。そこまで言われてサンチョは何かに気付いたように表情を変える。ここまで言っ たのだから、と言った様子でベラは言葉を続けた。

「・・・そして、そうされることを、何よりパパス様が望んでおられましたか?」

 ベラの言葉を聞いてサンチョは愕然とした表情を浮かべる。同時に悲壮感も漂わせる。だが、サンチョの知っている絵の世界では、ベラの指摘すること は全て否定されていた。サンチョはそれを思い出すようにして、ベラに呟いた。

「…そう、ですね。わかってはいるんです、なぜならその時、お嬢様は家を訪れることはありませんでしたから」

 サンチョは力なく肩を落とすと、溜息をついてベラを見つめる。

「サンチョ殿、仮にパパス殿を無理に助ければ、ここまでのあたしたちの旅も全て無に帰す。それは避けなければならない。なぜなら、今が最善の状態で あるのだから・・・・・・」

 ティラルが静かな声でサンチョに言うと、肩を掴んでいるティラルの手をそっとサンチョは包み込んだ。

「ええ、そうですね。なにより、お嬢様はその試練があったからこそ、いまのお嬢様なのですから・・・」

 サンチョは涙ぐみ悔しがりながら、だが今できることが最善であることをかみ締めていた。

「サンチョ小父さん、ぼくたちだってどうなるかわからない。お父さんがパパスおじいちゃんと一緒だったらお母さんと結婚するかだってわからないし、 ぼくたちが生まれるかもわからない。だから、ティラルさんの言うように、今が最善なんだと思う」

 しゃがみこんでリュカの身体を抱いているアスラがサンチョを見上げながら呟いた。そのアスラの言葉にレシフェも同じようにサンチョを見上げながら 頷いていた。

「…いつの間にか、大人になられましたな、アスラ様、レシフェ様。…お嬢様のお戻りを待ちましょう」

 サンチョもその場にしゃがみこむと、リュカの身体を支えてリュカの意識が戻るのを待った。

 

 

 ふとリュカが目を開けると、そこは懐かしい風景の場所だった。決して大きくはないが誰もが仲が良く分け隔てなく生活をしていた村、サンタローズ。 いま、リュカはそのサンタローズの入り口に立っていた。

「…ここが、あのとき、なの?」

 リュカは色々と思い出して涙が溢れそうになる。だが泣くのは今ではないとグッと堪えて口を結びなおす。
 いま見回す限りでは、小さな自分はまだ姿がない。今はいないが、ちょうどこのときは小さなリンクスも一緒だったはず。目印とするにはよいものだっ た。
 どこか足取りは重たく、そして二度と見られないこの風景を懐かしみながら歩いて行く。

(サンタローズが再興されても、このサンタローズは戻ってこないのか…)

 そんなことを考えながらリュカは村を歩く。…何よりこのサンタローズには、パパスがいて、今のサンタローズにパパスが戻ることはない。このときの サンタローズは二度と戻らないものだった。
 教会まで歩くと、リュカも幼心に見覚えのある村人たちがリュカを見ていた。十分に知った場所ではあったが、今は自分が訪問者、部外者だということを イヤでも知らされることになる。それでも『その時』が来るまではここにいなくてはならないと思い表情を引き締めた。
 懐かしい教会を目の前にして、リュカは少し意識が飛んでいた。ふと気付くと外を出歩く村人たちの姿は見えなくなっていた。リュカは記憶を辿ってゆっ くりと歩き出す。ちょうどかつてパパスとサンチョと共に過ごしていた家の前にやってきたとき、目の前に小さな自分と小さなリンクスの姿があった。

「こんにちは」

 リュカはいつまでも懐かしんで入られないと声を整え、澄んだ通る声で挨拶する。
 目の前の小さな自分はお使いの帰りで荷物を地面に置くと、丁寧にお辞儀をして挨拶を返した。

「こんにちは、お姉さん。うちになにか、御用ですか?」

 このとき大きな自分はどうであったか、リュカはそれを思い出そうとしたが、その通りに振舞っても不自然になってしまうと感じ、特別意識することを を辞めた。丁寧にものを訊ねる小さな自分をみて、リュカはこんなにも大人びていたかと少し驚いた表情を見せる。だが、家に行きたくても行ってはいけな い、唯一思い出すことの出来ることは、このとき大きな自分が家を訪ねてはいないと言う事だった。力なく首を振ってリュカは小さな自分を見つめる。そし て目的のものを探す。
 道具袋が小さなな自分の腰にあるのを確認し、その袋から宝玉が少し見えているのを確認すると、リュカは小さな自分に視線を合わせるためにしゃがみこ んだ。そして、怖がらせないようにとそっと手を差し伸べて小さな自分に言う。

「綺麗な宝玉を持っているのね、お姉さんに見せてもらえないかしら?」

 レヌール城でのお化け退治をしたとき、その宝玉は姿を現した。同行者−小さなビアンカもいて、なにか特別な感じがあると言って誰にも見せないよう にと言われた覚えがある。
 目の前の小さな自分はやはり、同じことを言われていたらしく宝玉を見せることに躊躇しているようだった。

「お友達に言われたことを気にしているのね。大丈夫よ、盗んだりはしないから」

 おどおどしている小さな自分にリュカは安心できるような声を出す。その声が自然とアスラやレシフェが恐怖に駆られたときに安心させる声と一緒であ ることに気付いて、リュカはアスラとレシフェに感謝せずにはいられなかった。その声に安心感を持ったのか、小さな自分は一回頷くと、その宝玉をリュカ に手渡した。
 リュカは宝玉を右手で受け取ると初めは手の中で転がして、その色を見つめていた。その後、首を傾げるようにしてその宝玉を陽にかざす。
 小さな自分は隙を与えないようにと宝玉から目を離さずとじっと見つめていた。
 少し上に持ち上げ陽にかざしたことで、目には陽の光が入り小さな自分は一瞬眩む。

(ごめん、小さなわたし)

 その瞬間リュカはポワンから受け取ったふ宝玉のフェイクと小さな自分が持つゴールドオーブをすり替えた。
 小さな自分がはっとして正面を見たとき、リュカはフェイクを差し出しそれを返した。

「ありがとう、大切に・・・してね」

 申し訳なさと、自分に、大好きな父に起こるこれからのことを考えると、どうしても涙が止まらなくなってしまう。だが、こうしなくては、自分が前に 進めない。こうするしかないとリュカは決心して行動に出ていた。
 小さな自分が宝玉を受け取り、それを大事に道具袋にしまいこんだ。

「泣いているんですか?」

 小さな自分に問いかけられ、涙を流さないと思っていても、気付かれてしまうくらいに涙が流れてしまったことに驚いていた。

「ううん、違うの、お日さまが眩しかっただけよ」

 そう言って小さな自分をじっとリュカは見つめた。自分のいるべき場所に戻らなくてはいけない。それがわかっていたが、小さな自分と父のことを考え ると行動を起こせないでいた。意を決して、自分がそうしてきたことを小さな自分に告げる。

「…この先、なにが起こっても、絶対にくじけないでね。絶対に生きて…ね、小さいリュカ」

「えっ、わたしの名前をなぜ・・・?」

 小さな自分が何かを言っていることには気付いていた。それでもリュカは何かを振り払うように立ち上がると、小さな自分の声が聞こえないようにして その場を歩き出していた。
 未練があって少しだけ振り返る。小さな自分は手をかざして見上げるものの陽が眩しいのか顔をしかめていた。少しだけ笑みを浮かべるとリュカは再び気 を失った。

 

 

 ふと気付くと、自分の顔を覗きこむ金髪の子供が二人居た。少しびっくりしたリュカだったが、それがアスラとレシフェだと気づいた時、自分が戻って きたことを実感した。

「おかえりなさい、リュカ」

 そんなリュカにベラが声をかけると、リュカはキョロキョロとして声の主を探す。すぐにベラを見つけると、リュカはベラに微笑みかけた。

「上手くいったようね?」

 その笑みが何を言っているのかわかっていると言う様にベラは声をかけてくれた。リュカはそれに対して、一層の笑顔でゴールドオーブを見せながら答 えた。

「それがゴールドオーブか」

 横になっているリュカを覗き込むようにしてティラルが言う。その時になってリュカは自分が横になっていることに気付いて立ち上がる。

「奪取、しました」

 何があったかまでは語らないリュカはそれだけ言って右手に持ったゴールドオーブをみんなに見せた。アスラやレシフェにはそれが、リュカが初めに 持っていたフェイクとの差を感じることは出来なかったが、ティラルだけはその宝玉に宿された魔力を感じ取ることが出来た。

「真のゴールドオーブが取り返せれば、天空城も再び宙空に居場所を探すことが出来るはず。まずはポワン様に報告しましょう」

 そう言ってリュカを見つめたベラは、リュカが少し切ない笑みを浮かべていることに気付き胸が痛む思いをする。

「ベラ、一つ聞きたいんだが…直接大人のリュカが関わって、時の歴史は変わってしまわないのかい?」

 ベラが何か声をかけようとしているとき、ティラルがベラに質問を投げかける。ベラはその質問は予想の範囲内だと言いたそうな余裕を持ってティラル に答えた。

「問題ありません。確かにリュカには過去に行ってもらいましたが、全員の過去を変えたものではありません。ここの絵は見つめたものの『心の時』を映 し出すもの。リュカの心の中だけしか変化はないのです」

 切なそうなリュカにもわかるようにベラは説明して聞かせる。ティラルはそれだけですぐに納得した様子だったが、リュカやサンチョはまだどこか疑問 を持っているようだった。

「…歴史を変えると、今が変わってしまいます。だけど、リュカはリュカの心の中だけを変化させた。ゴールドオーブは誰もの歴史では壊される運命。た だし、リュカの歴史は大人のリュカがフェイクとすりかえることがなされているのです。…パパス様を取り戻すことは、リュカの心の中では可能ですが、こ の未来には不可能なんです」

 その言葉を聞いてリュカとサンチョが、ベラが何を言いたかったのか改めて確認することが出来た。
 リュカはゴールドオーブを見つめて何かを言おうとしていたが、その言葉を飲み込んだ。そして全員の顔を見つめて、最後にベラを見ると、そこで頷いて 見せた。

「うん、大丈夫。ベラ、ポワン様のところに行こう」

 そう言ってリュカは元気良くベラに告げる。アスラとレシフェが少し不安そうな顔をしてリュカを見つめたが、リュカは二人の頭を撫でると地下室から 外に出るように促す。

「リュカ、戻ってきましたね」

 ポワンのところに戻ると、予想していたとばかりにポワンがリュカに声をかけた。リュカはみんなの一歩前に出てポワンに頭を下げた。

「ポワンさま、無事にゴールドオーブを奪取することが出来ました」

「色々と辛い思いをしたと思いますが、それでも達成できて良かったです。…リュカは何事にも何者にも負けてはいけません。先ほどのような辛い試練が これからも待ち受けていると思いますが、耐えて打ち勝ってくださいね」

 リュカが報告して、手に持つゴールドオーブをポワンに見せる。それを見てポワンはリュカがどこで何をしてきたのかわかっているようにリュカに言っ た。リュカはその言葉を聞き、しっかりした声で返事をした。

「先ほどのフェイクとはまるで違う宝玉ですね。それを持って天空城を再び天空に導いてください。少しずつですが、リュカたちが暗黒の者に追いついて いることがわかります」

 リュカの手にあるゴールドオーブを見て、ポワンは一言告げる。そしてその使命を果たすべき場所に戻るようにと促した。

「これからが本番ですね、気を引き締めてことにかかりたいと思います」

 リュカはそう言って再び頭を下げる。それを見て今度はアスラとレシフェもあわせて頭を下げた。
 妖精の村から迷いの森に戻り、仲間たちと合流する。簡単に今までのあらすじを話して、ゴールドオーブ奪取までのことを報告する。それからすぐに迷い の森を出ると、プサンの待つ湖の下の天空城へと戻った。

 

 天空城は相変わらずの水浸しの状態だったが、ゴールドオーブが戻ってきたらからか幾分その様子が明るく感じられた。リュカたちはどの場所も飛ばし て、オーブが安置されている地下に急ぐ。
 プサンは一人で壊れていたオーブの台座と床の修復をしていたが、そればほぼ完了していた。

「プサンさん、お待たせしました、ゴールドオーブを取り戻すことが出来ました」

 リュカは台座の横で神妙な顔つきで帰りを待っていたプサンに声をかける。

「リュカさん!お待ちしていましたよ」

 声をかけられると、それまで見せたことのない真剣さで考え事をしていたプサンがいつもの明るい笑顔になって答えた。

「おお、これはまさしくゴールドオーブ、良くやってくれました」

 リュカからゴールドオーブを受け取ったプサンはリュカに言うと、そのオーブを大切そうに台座の方に持って行く。

「これをここに・・・」

 独り言のように呟きながらプサンは台座にゴールドオーブを安置する。するとゴールドオーブは台座との間に隙間を作って、台座上に浮かんだ。

「では皆さん、天空城が再び天空に戻るときが来ました。早速浮遊させましょう」

 プサンはみんなに言って二つの台座の中心部分にやってくる。そこで目を瞑り瞑想を始めると、城全体が地震のように揺れ始める。驚きの声が上がった ものの、特別揺れを怖がるものはいなかった。プサンの瞑想が続き、少しずつ城が宙に浮き始めるのが城の内部にいるリュカたちにも感じられた。上昇した 天空城はある程度の高度を保って停止する。

「ふむ、やはりまだ完全に戻ることはありませんか。でもこんなものでしょう」

 天空城と呼ぶにはまだ低い位置にあるその城をどのようにか感じていたプサンは少し解せない様子で呟いたがすぐに納得すると顔を上げた。

「ありがとうございます、リュカさん。あなたたちのおかげで再び天空城が戻りました。城の天空人たちも少しずつ目覚めて行くでしょう。では、わたし は城の中を確認・・・!!」

 何かの異変を感じたプサンは言葉を止め、険しい表情になる。同時にレシフェとティラルも何かを感じて真剣なまなざしを向けた。

「どうしたんですか?」

 突然言葉を止めたプサンに対して、リュカが不思議そうに問いかける。

「…なにかが目覚めようとしています」

「それも、邪悪なものが、ね」

 リュカの問いかけにプサンが言うと、そのあとにティラルが続けた。その言葉を聞いてリュカも真剣な顔つきになる。それを確認してレシフェが声を出 した。

「姫父様、一旦グランバニアに戻りましょう。なにかの情報が来ているかもしれません」

 そう言ってレシフェもティラルたちの言葉を肯定した。リュカとアスラはお互いに見つめ合って頷く。それは仲間たちに伝染してみんなが戦闘態勢を整 えた表情に一変する。

「プサンさん、一度わたしたちはグランバニアに戻ります」

「わかりました。お手数ですがお願いします。それとことが済んだらまた天空城に戻ってきてください」

 手短にリュカがプサンに告げると、プサンもその様子にすぐに対応する。何か依頼でもあるようにプサンはリュカに再び戻るようにと告げる。それを聞 き届けてリュカは一旦グランバニアにルーラで戻った。

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