6.キミは、あなたは、だあれ?

 二人がアルカパに着いたのは日が昇ってまもなくだった。だが、たまたま早く目が覚めたパパスが、リュカが居なくなったと騒いでいた。
 事の事情を二人は話し、レヌール城のお化け退治については咎められる事は無かった。そして、レヌール城の怪談についても、二人の活躍でこの先恐ろし い思いをしなくて済むとアルカパの街の人々は安堵した。
 約束を果たした二人は朝食を済ませて暫く経った時間、例の猫のような動物のところへと足を急がせた。すると、すでに二人の子供は来るのを待ち構える かのように、その動物を連れて待っていた。

「さ、約束はキチンと守ったわよ、しかも二日で片付けた。これ以上の条件は無かったわよね」

 ビアンカは胸を張って、二人に言った。

「ま、頑張ったし、お化けのこともホントに片付けたからな。コイツはやるよ」

 一人の男の子がそう言って、動物を差し出した。その動物はまずビアンカの足に擦り寄り、次にリュカの足に擦り寄るとリュカの足元で落ち着いてし まった。

「…今回の件の首謀者が、あんたたちだってことは、さっきみんなに話しておいたから、私たちがもらったのと同じだけのお説教もキチンと受けといて ね」

 ビアンカはそう言って、猫のような動物を撫でた。
 話もついてその動物を逃がそうとしたのだが、その動物は先ほどからリュカの後ばかりを付いて来て離れようとしなかった。もちろん、そのまま外に放そ うとしてもリュカから離れる様子はなかった。

「あらら、この子ってば、リュカになついちゃったみたいだね」

「ええっ!?そ、それは困るなぁ」

 状況を見るに、どう考えてもリュカになついているようにしか見えなかった。ビアンカがその動物の首を軽く撫ぜてあげてもゴロゴロとのどを鳴らす が、リュカが同じことをすると、のどを鳴らしその場にゴロンと寝転がっておなかを見せたりしていた。

「…猫って確か、おなかを見せるのは自分より強者、もしくは主人に対してだけだったと思ったけど…?違ったかな?犬、だっけ?」

 曖昧にビアンカは言っていたが、リュカはそのことよりこの動物がなついてしまった事の方が問題だった。

「うう〜ん、困ったなぁ。でも…わかったよ。父様に頼んでみる」

「なら、この子に名前、付けてあげないとよね」

 リュカはちょっと困った顔をしたが、それでものどを撫ぜてあげると嬉しそうにするこの動物をそのまま、放置するようなことは出来なかった。

「名前、ですか?」

「猫みたいな子、って呼ぶの?それは可哀想でしょ。…考えたんだけどさ、ゲレゲレってどう?」

 ビアンカは尤もらしいことを言って、リュカを納得させる。だが、飛び出してきた名前はとんでもなかった。リュカはともかく、言葉がわからないはず の猫のような動物も「フーッ」と毛を逆立てて抗議していた。

「ほら、この子も嫌がってますよ」

「なんだ、つまらない。んじゃあね・・・『リンクス』って言うのはどう?」

 しばし考えたビアンカから出てきたのは、意外とまともな名前だった。

「リンクス?」

「そう。私とリュカが一緒に冒険をした、二人がリンクしたってこと。それとその子とリュカがリンクして、一緒に居ることになった。リンクするきっか けの子。だからリンクス。まぁ、無理矢理感は否めないけどね」

 ビアンカはそう言って、リンクスと名付けた動物を抱き上げた。礼を言うようにリンクスもビアンカの頬を舐めて、ゴロゴロとのどを鳴らしていた。
 そしてダンカンの宿に戻ると、パパスが出発の準備を整え、リュカが戻るのを待っていた。

「父様、風邪はもう大丈夫ですか?」

「ああ、心配かけたな。もう大丈夫だ。ダンカンも大丈夫なようだし、サンタローズに戻ろう」

 パパスとダンカンは、お互いの子に自分の快調さを見せるようにしてみせた。リュカはダンカン一家に挨拶を済ませて、パパスとリンクスと共にサンタ ローズに戻ることになった。

「待って、リュカ!!」

 アルカパを出ようとしたところを、ビアンカが止める。

「これから暫く会えないかも知れないから、これ、あげる」

 そう言って、二つにしているお下げに結んだリボンの一つを取ると、リュカの長い髪の端に結びつけた。

「リンクスと私たちは名前で、リュカと私はこのリボンで、いつまでも繋がってるからね」

「ありがとう、ビアンカ姉さま」

 そう言って、ビアンカはリュカを抱きしめる。リュカも抱きしめて、別れを惜しんだ。だが、長い時間そうしても居られず、二人はそこで別れを告げ た。

 

 アルカパの町を出たパパスとリュカを見つめる、一人の人影と、フェアリーと呼ばれる羽のある小人の姿の影がある。

「・・・黄色の体毛に真っ赤な鬣。あの獣、確か…」

「ああ、そうだね。でも、そんなに驚くことでもない。あの子があの人の子供であるということは、その素質は持っているってことだしね」

「それと、左手のアレ」

「うん、あたしが渡したものに間違いない。そもそもアレはこの世界には無いからね。リュカも大きくなったもんだ。この先、何があるかわからない、 しっかりと手助けするよ」

「はい!!」

 その影はそれだけ言うと、二つの影はその場から姿を消した。

 

 リュカがレヌール城のお化け退治をしてから数日後。
 リンクスはすっかりリュカになついていて、どこへ行くにもリュカの後をくっついて回っていた。そんなリュカも、リボンをつけた髪を左右に振りなが ら、サンタローズの中を散歩している姿を良く目撃するようになっていた。
 そんなある日、サンチョに買い物を頼まれ酒場まで行くことになり、リュカはリンクスを連れて外に出る。そこには、今までサンタローズの入り口で魔物 が入り込んだりしないように守っていた兵士と、町の人々が焚き火に当たりながら、何かを話していた。

「あの旅人、何しに来たんだろうな」

「でも、入って来た時の記憶が無いなんて、おかしくないか?」

「まぁ…でも、気付いたらあの通り、教会前で何かうろうろしてるんだよな」

「でも…綺麗だよな〜、あの人」

「だけど、指輪してるんだぞ、左の薬指」

「それだけが残念だよな」

 そんな話をしていたとき、リュカは家の玄関から外に出てきたところだった。そして、みんなが集まっているのを見て、お辞儀をして挨拶した。

「リュカちゃん、どうしたんだい?」

「サンチョさんに頼まれて、お遣いです」

「…見慣れない人がうろうろしているから、気をつけるんだよ」

「・・・見慣れない人ですか?わかりました、注意します」

 リュカはそう言って再びお辞儀すると、酒場のほうに、ててて・・・と走っていく。その後をリンクスが一緒にくっついて行った。

「なんとなく、あの旅人さん、リュカちゃんに似てないか?」

 村人の一人が言うが、賛同者は居なかった。

「リュカちゃんは…あんなに淋しい顔はしないって」

 その旅人は、雰囲気はリュカのように一本筋の通ったような性格に見て取れた。そして、髪を長く伸ばし、先端をリボンで結んでいるのも同じだった。 だが、元気なリュカと違ってどこか陰のある表情で物悲しげな表情をその顔や瞳に浮かべていた。
 リュカは酒場でサンチョに頼まれた酒と食材を纏めてもらい、今度はテクテクとゆっくりと歩いていた。時折、リンクスがリュカの行く手に立ち、足元に 注意するよう促したりしていた。先ほどまでリュカの家の前の焚き火に集まっていた村人は居なくなり、代わりに見慣れない旅人と言われた人影があった。
 リュカが近寄るとその人影は振り向き、切なそうなだがどこか懐かしむような複雑な表情をして、リュカを見つめた。

「こんにちは」

 リュカに似て、澄んだよく通る声をした女性。突然声をかけられてリュカは少し驚いたが、荷物を一旦足元に置くと丁寧にお辞儀をして挨拶を返した。

「こんにちは、お姉さん。うちに何か、御用ですか?」

 リュカが訊ねると少し驚いたような顔をして、その女性はリュカを見つめる。だが、力なく首を振ると、何かを見つけるためのようにリュカの全身を見 つめていた。そして、目的の物があったのか、その女性はリュカと同じ視線で話すようにしゃがみこみ、リュカのほうに手を差し伸べて言う。

「綺麗な宝玉を持っているのね、お姉さんに見せてもらえないかしら?」

 リュカが腰につけている小さな道具袋の中に、先日レヌール城でもらった金色の宝玉が入っていた。幾分大きいため、少しだけ顔を覗かせていたそれを 見てその女性はそう言った。それに対して、リュカはちょっと躊躇した。ビアンカが宝玉を受け取りアルカパに戻る途中、普通のものではないような気がす るからあまり他人には見せたりしないようにしたほうがいいと言っていたのを思い出したからだった。

「お友達に言われたことを気にしているのね。大丈夫よ、盗んだりはしないから」

 リュカの考えていることを当てられて、少し驚いたがそのときの声がまともに聞いた事のない母の声を思い出させるような、安心させられる声だった。 リュカは少しだけなら大丈夫だろうと、一回頷いてその宝玉を女性に手渡した。
 その女性は右手で受け取ると、初めは手の中で転がしてその色を見つめていた。その後、首をかしげながら陽にかざすように持ち上げる。
 リュカは隙を与えないようにと、宝玉から目を離さずとじっと見つめていた。だが、少し上に持ち上げ陽にかざされたことで、リュカの目には陽の光が入 り一瞬眩む。はっとして正面を見たとき、その女性は宝玉を差し出していた。

「ありがとう、大切に・・・してね」

 意味深に言葉を止め、その女性はリュカに宝玉を返した。
 返されたリュカは、その女性の目に涙が溜まっているのを見て驚く。

「泣いてるんですか?」

「ううん、違うの、お日さまが眩しかっただけよ」

 その女性は立ち上がりリュカのほうをじっと見つめ、だが振り返るのをためらうかのような仕草をしていた。

「…この先、なにが起こっても、絶対にくじけないでね。絶対に生きて…ね、小さいリュカ」

 女性は切ない声を出し、泣き声交じりのような細い声でリュカにそう言う。

「え、わたしの名前をなぜ・・・?」

 リュカが質問したとき、女性はリュカの脇を抜けて歩き出していた。リュカは目でその女性を追うが、また陽の光が目に入り、視界が眩む。次に目を開 けたときにはすでに、その女性の姿は無かった。

 

「あの女性は・・・、なにか変ではありませんか?ティラルさま」

 リュカと謎の旅人を見ている影があった。アルカパでリュカとパパスを見つめていた女性とフェアリーだった。女性を『ティラル』と呼んだフェアリー はその女性−ティラルの右肩に座り、考え込むような仕草を見せた。

「…変、か。シルフィスにとってはそうなるんだろうけど…ま、初めのあたしを今見れば、同じことを言うのかもね」

 フェアリーを『シルフィス』と呼んだティラルは、苦笑いするような態度でシルフィスに話した。

「初めの…ティラルさまですか?」

「うん。・・・そうだねあの女性は、リュカと同一時空上に存在している人間に間違いは無い」

 ティラルは真剣な顔をして、その女性が消えた場所を見つめていた。シルフィスはそんなティラルの横顔を見つめて首をかしげていた。

「ティラルさまはたしか、別の時空からこの世界にいらしたんですよね、私の先祖…ルビスが、精霊を召還しようとして」

 シルフィスはじっと一点を見つめるティラルに、ちょっと面白くないと言いたそうな態度で呟いた。

「そうだよ、あたしの場合は、ふたつの時空を超えてこの時空にきた。で、あのリュカのご先祖が一つの時空を超えてこの時空に。あたしもリュカのご先 祖も、元はあたしの一族が作った世界に居たんだけどね。向こうで精霊ルビスと呼ばれた存在は、こちらのルビスに呼応して自分ではなく、あたしを時空の 旅人に選んだんだ」

 ティラルは難しいことをシルフィスが理解できるような言葉で言ったつもりだったが、シルフィスはティラルの頬に左手をつけて右手で頭を抱えてう なっていた。

「あはは。まぁ、その辺は後に話すとして。さっきの女性は、子供のリュカと同じ時空に存在する別人。…言ってしまえば、たぶんあれは、時間軸で言う ところの未来の人間だろうね」

 ティラルがさらっと言うと、シルフィスは驚いたようにティラルを見た。

「未来の時空から、ここに来たんですか?」

 シルフィスの意外そうな声に、ティラルは慎重に一回頷いた。

「あくまでたぶん、と言うところだけどね」

 ティラルもあまりはっきりしたことはわかっていないようだった。口の中で、たぶんと言う言葉を何度か繰り返して、状況の整理をしていた。

「それより、シルフィス。いまリュカが持っていた宝玉は、オーブじゃない?」

 ティラルがハッと気付いたようにシルフィスに問いかけた。シルフィスは時空がとか、未来がと言った言葉ですでにノックダウンしているようで、 「うーんうーん」とうなり声を上げていた。

「…悪い悪い。どうもあたしはそう言う話をうまく話すのは苦手なんだ。で、あの宝玉はどう…?」

「…あれは『ゴールドオーブ』です。でも、なんでレヌール城に落ちたんでしょう?」

 シルフィスは先ほどまでの困った顔から一変して、真剣な顔で言う。だが、どうもリュカが持っている宝玉がここにあることに納得が行かないようだっ た。

「古い話をしなくちゃだから、その辺は追って話す。で、と。『あの』リュカと言う駒はやっぱり、この世界を動かす駒なのかな」

 ティラルは口をへの字にして悩みながら、シルフィスに自分の問いかけの回答を要求する。

「いまの段階では、そうだと言えるでしょう。けど、『ヤツ』の姿はありませんね」

 シルフィスは納得したように頷いてみせる。だがシルフィスの言う『ヤツ』と言うのが居ないことにティラルもなんだか釈然としない様子で居た。

「封霊紋と黒霊石で満足しているのかも知れないし…もしかしたら、ヤツ自身が別の何かにせわしいのか。と言ったところか」

 ティラルはそう言って、「むー」と一回うなる。

「ヤツがせわしいなんてこと、あるんでしょうか?それはともかく、ベビーパンサーを仲間にしたその能力とバロッキー、その下の封霊紋と黒霊石。ティ ラルさまが駆けつけて手を施したリュカ自身に間違いないようですね」

「魔物を仲間に、か。マーサ様と一緒のことをするのか。どの程度血が引き継がれているかは後々確認するとして・・・」

 ティラルとシルフィスは、リュカの様子に確信を得たような話し方をして、お互いが納得しているようだった。

「あの時から、歯車は回っていたんだ。それが今になって、きっちり歯を噛み始めた。少なくとも、未来の人間が過去に来なくてはならないような事が、 この先の未来で起こるのは確実だし、二人ともこの目で見たんだ、間違いは無い」

「でも…本当にあれは未来の・・・」

「シルフィスにはわからなくても大丈夫。あたしが確信しているんだから。それに左手には確かにアレがあったから、間違いないさ。ここにいるリュカの 刻(とき)が動き出してる。もちろんあたしたちはずっと前から」

「レシフェさまと言う方の残してしまった傷跡…ですか」

「そう。レシフェは悔やんでたなぁ。一度仮死にすると二度は出来ないということ伝えなかったあたしも悪いんだが。だから、ここはレシフェに代わって あたしが、きっちりとケリをつけてやるんだ。…まずは『あの』リュカをしっかりと守らないと。けど…シルフィス、ヤツだけじゃなくて、暗黒の者もまた 動き出しているはず、きっちり監視して行くよ」

「わかりました、ティラルさま」

 二人はそういうと、その場から姿を消した。

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