4.お化け退治 〜本当の戦闘〜

 翌日、リュカは珍しく昼過ぎまで寝ていた。それをサンチョに起こされて初めて知り、慌てて階下に行くとすでに昼食の準備が出来、パパスは昼食を取っ ていた。

「お、おはようございます、父様」

 しまったと言った表情をしているリュカに、パパスは笑って挨拶を返した。
 そしてリュカも食卓について、一緒に食事を取った。
 食事が終わった頃、ビアンカたちが挨拶をしに家まで来てくれた。お昼ごろには薬が出来ると言う話だったそうでそれを待ち、今受け取ったところだと言 う。取り急ぎ、薬だけを受け取りアルカパに戻ると言うが、パパスは女二人の道中では何かと危ないと一緒にアルカパまで行くことを提案した。初めは断っ ていたダンカンの妻だったが、結局パパスの要求を受け入れた。

「リュカも一緒についてきなさい」

 パパスは当然のようにそう言う。最も、リュカもパパスがダメだと言っても付いていくつもりではあったので、こう言われても特に驚きはしなかった。

 

 先頭にパパス、ビアンカの母、ビアンカ、最後列にリュカの順で、アルカパまで進む。サンタローズからアルカパまではそんなに時間はかからないが、 それでも魔物は頻繁に現れそのたびにパパスの剣による一閃と、リュカの超速のバギとで魔物たちは苦労もせずに倒していった。その間、隙あらば戦闘に出 ようとしていたビアンカだったが、二人の慣れた戦闘の展開と、隙なく確実にしとめていく様子に、後半は参戦する気もなくなるほどになっていた。
 無事にアルカパに着き、四人は特別どこに寄るでもなく一直線にダンカンの営む宿に向かう。中では、雇っている従業員がダンカンに代わり店番を務めて いたが、ビアンカの母の姿を見ると嬉しそうに、だが反面、なかなか帰ってこないことに心配していて無事に戻ったことに安堵の表情を浮かべていた。
 奥の居住区では、ベッドに横になっているダンカンの姿があり、妻が帰ってきたことを知り、上半身を越していた。

「なかなか帰ってこないんで、どうしたのかと思ったよ」

「あら、悪かったねぇ、ちょっと色々あったんだよ。それより、パパスが帰ってきて、ここまで来てくれてるよ」

 ダンカンとその妻は一通りの挨拶的なやり取りをした後、後ろに立つパパスの姿を見てダンカンは嬉しそうに顔を緩めてパパスを歓迎する。

「おお、パパス、旅から戻ったんだな。今回は長かったなぁ」

「うむ、こちらも色々とあったのでな。だが、リュカが思ったよりしっかりと育ってくれていて、私もだんだん気が楽になってきたよ」

 そう言いながらパパスはダンカンのベッド脇まで進む。ここに来るとダンカンとパパスが話し込むのは毎度のことで、それから暫くはダンカンと妻とパ パスの三人でパパスの土産話に盛り上がることが多かった。リュカはともかくビアンカもそれを知っていたので、ビアンカは少し呆れ顔で立ち尽くすリュカ に声をかけた。

「また、長話が始まっちゃったわね。こうなると長いから、ちょっと外を散歩でもしてきましょうよ」

 そう言うが早いか、ビアンカはリュカの手を引いて、外に向かって歩き出した。パパスはそれに気付いたようで、リュカを見ると一回頷いてくれた。 リュカはそれを確認して、ビアンカについてアルカパの街の中へと繰り出した。
 サンタローズに比べて幾分広いこの街は、かつて「レヌール」と呼ばれる小さな国の主要拠点の一つで、アルカパから北西にあるレヌール城までの街道筋 の宿場町として機能していた。そのためか、ダンカンの宿も大きく立派だったが、道具屋、武器屋、防具屋と一通り旅に必要なものが揃えられる店が並んで いた。アルカパは主にそう言った、商業で成り立つ街だった。
 街の北に宿、東に商店があり、西側は街の人々の居住区が並んでいた。小さな池のある、生活空間としては快適なその街の中で、どこからか変わった鳴き 声が聞こえてくるのに、リュカは気付いた。

「ビアンカ姉さま、なにか鳴いてる声がしませんか?」

 リュカに言われて、ビアンカも耳を澄ます。確かに何かの動物の鳴いている声が聞こえた。ビアンカはリュカの手を引いてその声のする方へと行くと、 二人の子供が黄色い体毛の猫のような動物をいじめて遊んでいた。その様子を見て、リュカは悲しそうな顔をして、ビアンカの手を引く。一瞬「ここから離 れよう」と言っているのかと思ったビアンカだったが、リュカが動きそうもない様子を見て、この動物がいじめられていることを訴えようとしているのだと 気付いた。

「ちょっと、あんたたち。そんな小さな子をいじめるなんて、サイテーなやつらね」

 ビアンカは一歩前に出て、腰に両手を当てる、文句を言うときにお決まりのポーズでそこにいる子供たちに言う。

「げ、宿屋のビアンカじゃねーか」

「…今更何よそんなこと。それより、その子を離しなさいよ、かわいそうでしょ?」

 小さくうずくまっているその動物を指差して、ビアンカは勢い良く言った。その少し後ろでは、リュカが涙が流れそうになるのを必死になって止めてい た。

「…それとも、こんな可愛い女の子を泣かすとでも言うの!?」

 二人の子供たちが、ビアンカの後ろのリュカに気になっていることに気付いたビアンカは、リュカの泣き出す寸前の様子を見せて、さらに訴えかけた。
 さすがにビアンカの凄みとリュカの泣き顔を見て、それでも強情を続けられるほどではない子供たちは、いじめる手を止めて小声で何かを相談し始めた。 そして、纏まったらしく二人頷くとビアンカとリュカに開き直った。

「タダで渡すわけには行かないな。ビアンカはアルカパでも強いって言われてるから、それを証明して見せてもらうぞ。…レヌール城のお化けの話、知っ てるか?」

 子供の一人がそう言ってイタズラする子供らしく、意地悪そうに笑って見せた。
 アルカパの北西にあるレヌール城は、跡継ぎ候補もなく子供もなかったため、一族は滅んでしまっていた。かつてレヌールと言う一国に属していたアルカ パとサンタローズは、今は、隣国でレヌールと交流のあった、ラインハットに属している。
 その滅んでしまったレヌールの居城、レヌール城では毎晩、晩餐をしているような声が聞こえてくると言う話がうわさで広まっていた。だが、すでに廃墟 となっている城で晩餐などがあるはずもなく、それらがお化けの仕業だといううわさが広まっていた。大人たちは臭いものには蓋をするように、あまりそれ 以上、突っ込んだ話をすることはなかったが、子供たちにとってはちょっとした冒険心をくすぐるいい話だった。

「知ってるけど、それが・・・?」

 当然、この街に住むビアンカもそのレヌール城のお化けの話は知っていた。そして、レヌールの名前が出たとき大体の予想は付いたが、それでもあえて 自分から交渉ごとに出ずにいた。

「そのレヌールのお化けを退治したら、こいつをくれてやるよ。期限は三日、そのうちに退治してこなかったら、こいつは俺たちが勝手に遊ぶからな」

 そこまで言うと、ビアンカの返事も聞かずにその子供たちは自分の家に猫のような動物を連れて帰って行ってしまった。

「もぅ・・・」

 一方的に話を進められたビアンカは、呆れたとでも言いたそうな溜息を一つついた。

「あの、ビアンカ姉さま。レヌール城のお化けって…?」

 リュカはその話しの流れに置いていかれてしまっていた。ビアンカがレヌールの話を一通りして、リュカは納得したが、二人でそこまで行って実際にお 化け退治となると、荷が重いのではないかと感じずにはいられなかった。だが、一方のビアンカはやる気満々と言った感じで、リュカのほうに向き直った。

「早速、今夜レヌール城に行きましょう。そうと決まったら、まずは薬草なんかの買い込みね」

 リュカの返事も聞かずにビアンカはそう言ってリュカの手を引き、商店街のほうに歩いて行った。冒険に必要と言われる傷薬用の薬草と毒消し草などを 買い込み、二人は宿に戻る。

「お、帰ったかリュカ。すまんな、話が盛り上がってしまって。では、帰ろうか」

 パパスはリュカが戻るのを待っていたようにそう言って、リュカの手を取ると出口のほうに進んでいく。「あっ、あの・・・」とリュカは何かを言おう としていたが、まさか子供二人でお化け退治など、到底パパスが許すはずもなく言うかどうか戸惑っていた。それはビアンカも一緒で、レヌール城のお化け 退治のことを言いたかったが、そのためにパパスを引き止めるのは到底至難のわざと思われた。
 だが、そこでリュカとビアンカにとっての救世主が現れる。

「イヤだねぇ、パパス。親方のことまで頼んだって言うのに、そのまま礼もしないで帰すとでも思ってるのかい?今夜だけでも、ウチに泊まっていってお くれよ。夕飯は奮発するからさ」

 ダンカンの妻はサンタローズでのことで礼をしたいと言って、パパスを引きとめようとした。好機とばかりにビアンカもパパスに言い寄る。

「おじ様、せっかく来てそのまま帰るなんてつまんないです。それに、私もリュカともう少し遊びたいし」

「・・・・・・」

 ダンカンの妻にだけ言われたのならば断ろうとも考えていたパパスだったが、ビアンカにまでリュカと遊び足りないと言われてしまっては、それを振り 切って帰ることは出来そうにもなく暫く困った顔をしていたが、リュカに向き直るとにこやかに笑って見せた。

「そうだな、リュカもビアンカと遊び足りないかも知れんな。せっかくだから、お言葉に甘えるとするか」

 パパスはそう言って、ダンカンの妻とビアンカを見て笑った。
 その夜、パパスとリュカはダンカンの妻のもてなしで豪華な夕食をとり、この宿で一番いい部屋に通された。夜に起きなければならないというのもあった が、たくさんのご馳走でおなかが一杯になっていたリュカは、部屋に戻るとすぐに眠ってしまった。
 パパスも暫くして、リュカの隣で眠りについた。

 

「リュカ、起きて。…リュカ」

 密やかな声で、リュカは目を覚ました。そして真っ暗な部屋の中で、真正面にあるビアンカの顔を見て驚くがその口はビアンカにふさがれ息を呑んだだ けで声は出なかった。

「大きな声を出しちゃダメ。おじ様が起きちゃうでしょう?それより、昼間の話忘れてないわよね。レヌール城はここから北西にあるわ。さ、行きましょ う」

 リュカが隣で寝ているパパスを起こさないように、そっとベッドから降りる。そして、リュカとビアンカはこっそりとその部屋を出て行く。
 昼間、街の入り口で警備をしていた守衛も、この時間になると眠いのか、入り口あたりで眠っていた。その隙に二人はレヌール城に向けて、出発する…。

 

 が、すぐに戻ってくることにならざるを得なかった。
 街を出てすぐ、このあたりに出るというおおねずみと言う魔物の群れに遭遇し、リュカは戦闘態勢を整えたが、まともにこうした戦闘に出くわしたことの ないビアンカはそれでも持ち前の元気さでいつも繰り出す武闘の技を出しに群れに突っ込んでいく。
 だが、実戦向きの武闘と言うほどではない業はたいしたダメージも与えられず、しかしおおねずみから食らうダメージは初実戦のそれにしては、あまりに も重かった。

「ビアンカ姉さま、下がってください!!」

 リュカは少しずつ体力が削られていくのが目に見えてわかるビアンカを無理に戦線から引き出すと、すぐに両方の掌に意識を集中する。そうして出来た 淡く白い光は、すぐさまビアンカの負った打撲や切り傷などに浸透していく。

「・・・ホイミ」

 リュカの治癒呪文で少しだけ楽になったビアンカは、すぐに立ち上がろうとした。

「待ってくださいビアンカ姉さま、いまの状況では無理です」

 リュカはそんなビアンカを制して、一歩前に出た。
 サンタローズを出る前にパパスが今までの檜の棒から、より実戦向きの銅の剣を買い与えてくれていた。リュカはその剣を構えると今までビアンカと遊ん でいた武闘の構えなどは一切出さずに、パパスに似た構えで銅の剣越しに敵を見据える。
 おおねずみたちもビアンカとは違う雰囲気のリュカに気圧された感があったが、じっと対峙して動かない状態からおおねずみたちが動き出す。リュカはそ の様子を的確に判断して、散ったおおねずみたちの中でも一番先陣を切って突進してきたものをそのまま流すと後ろで待ち構える一匹に銅の剣を振り下ろし た。一撃では倒せないこともわかっているリュカは、そのまま勢いを殺さずにすぐに前進から転じて身体を反転させる。そうして振り返った先にいる先ほど のおおねずみを再び銅の剣で打つ。その間に他のおおねずみたちはリュカに襲い掛かるが、剣を使いおおねずみの爪を避け少しずつ相手にダメージを与え る。
 一人立ち尽くすビアンカにもおおねずみは襲い掛かってきていたが、それらもリュカの素早い動きにおおねずみたちは後退を余儀なくされる。そうして一 通りのダメージを与えてリュカは、ビアンカの前に立ち再びおおねずみの群れを前に立つ。

「ふーっ・・・」

 少し上がった息を整えて、今度はリュカの方からおおねずみに突進していく。おおねずみたちは、今度は纏まって戦闘力が抜きん出ているリュカを集中 的に攻撃し始める。だが、それも予測済みと言いたそうな余裕の顔を見せてリュカは剣を振るう。徐々に倒されていくおおねずみたちだったが、残り二匹に なってしぶとくリュカの攻撃を避けていた。それでもリュカは父仕込みの戦闘の技術を確信して、剣を構え隙は見せなかった。
 一気に二匹が前後から、リュカに飛び掛る。だが、前の一匹に銅の剣を突き立て絶命させると、同時に振り向きざまに空いた左手をおおねずみにかざす。

「・・・バギっ!!」

 リュカの左手から発せられた真空の刃は、襲い掛かるおおねずみにクリーンヒットして最後の一匹を確実にしとめる。
 ビアンカは、それまで見た事のあるリュカの闘い方とは全くスタイルの異なる姿を見て、開いた口が塞がらない思いだった。それと同時に、自分がどの程 度未熟であるかを知ることにもなってしまった。

「大丈夫ですか?ビアンカ姉さま」

 リュカは疲れた顔も見せずに、力なくうずくまっているビアンカに声をかけた。

「リュカ、あれは…?」

 先ほどの戦い方がパパスの教え込んだものであると言うことは、他ならぬビアンカにも想像は容易に出来た。だが、それでも今までの「武闘」とは違う 形で戦うことの理由を聞いておきたいとビアンカは思っていた。

「…とりあえず、今日は一旦アルカパに戻りましょう。まだ、そう離れていませんし。…月の下で、ちょっとお話と言うのも良いと思いませんか?」

 リュカはビアンカの質問には即答せず、一旦場を変えることを提案した。そして、ビアンカもそれを了承してリュカに肩を借りながら、アルカパまでを 歩いて行った。

 

「ごめんなさい、全然お話もしてなくて・・・」

 リュカはアルカパの街の入り口にある広い場所に直接座り込んで、軽くビアンカに頭を下げた。

「ううん、そのことはいいの。リュカに敵わないのはわかってたし、私の方が戦力的に低いのもわかっていたから。けど…パパスさんの闘い方の方が…」

「はい、実戦向きです。わたしもビアンカ姉さまも、キチンと修行をした武闘家ではありません。その道の業を修めたのならば、その型が一番いいと思い ます。だけど、少なくともわたしは父様には、剣と呪文の両方を教わり父様と一緒にこの型で闘っています。逆に武闘は、にわか仕込みなので無理に使うと 隙だらけになってしまいます。魔物は野生ですからそんな隙さえあれば、すぐにそこを突きます。人間相手の練習ならば、それでも、『次』がありますから いいですけど・・・」

 ビアンカの質問に初めは少し躊躇したが、リュカはキチンとそのことをわかってもらうため、そしてビアンカ自身が本当の姿を見つけるために素直に話 し始めた。ビアンカとしていた武闘はあくまで対人間用としてしか使えないことと、魔物相手だと違う闘い方が必要になってくることをリュカは話す。今の ビアンカには、武闘、しかもリュカとしていた組み手のレベルでしか活用できるものがなかった。そのことをリュカに言うと、それを基礎に戦い方を身につ ければ良いと言う。
 夜遅い時間であるにも関わらず、武器屋の工房には明かりが灯っている。すぐに購入できるかはわからないが、工房で何かビアンカ向きの武器はないかと 訊ねることになった。

「・・・あのぉ〜」

 リュカはあまりにシンと静まり返った工房に少しドキドキしながら、工房の奥で何かをしている店主に声をかけた。静かに、驚かさないように。

「うひゃあっ!!でたー!!」

 しかし、それは逆効果になってしまったようで店主は飛び上がらんばかりの声を出して、驚き逃げ出すような仕草まで見せていた。そこに、小さな女の 子が二人立っていることに気付き「ふぅ〜」と深い溜息をついた。

「脅かしっこなしだぜ、お嬢ちゃん」

 それがお化けの類で無いとわかると、昼間見た気風のいい武器屋のしゃべり方に戻って二人を茶化した。リュカはとりあえず脅かしたことに謝りをい れ、今武器を売ってくれるかと訊ねる。すると、昼でも夜でも自分が起きていて、客がいれば商売だと言ってくれた。

「ビアンカ姉さまは、武闘以外には何か出来ることはありますか?逆に苦手なこととかありますか?」

 リュカが武器の数々を物色しながら、ビアンカに尋ねる。

「んー、得意なことはあまりないけど…力はないかな、やっぱり。だから重いものは無理。あとは昨日見せた、メラ系の呪文くらい」

 考え込みながら、先ほど見たリュカの実戦を思い出し、仮にああいった動きが出来るかをビアンカは考えてみた。実際、隙間を縫ってと言うことは難し くても、距離が保てれば、呪文も発動できるだろう、と言うことも合わせてリュカに伝えた。

「そうしたら、ムチ系の武器が向いているかも、ですね。茨のムチを使ってみましょう」

 ビアンカの話に納得したリュカは、その動きが最大限に生かせる武器を選び出す。今までビアンカはブロンズナイフ程度の武器とも呼べるものではない ものしか持ったことがなかったが、確かにこのムチであれば重量は軽くて扱いやすく、全体を十分に使えば間合いも保てる。その間に呪文を用意して攻撃も 出来ると言ったメリットが出てきたことがわかる。

「さて、では少しこの近くで使ってみましょう」

 リュカはそう言うと、特に何も指導せずにビアンカを街の外に連れ出す。

「ちょ、ちょっと待って、リュカ。私まだ、使い方とか覚えてないわよ!?」

「…振り回せばいいんですよ、それだけです」

 あっさりとリュカは言ってのけた。リュカのことだから手取り足取りとまでは行かなくても、コツや要領を教えてくれるものだと感じていたビアンカだ けに、リュカのこの言葉には拍子抜けした。

「あはは…。武器に使い方なんてありません。自分が生かせる使い方をするだけですよ」

 あっけに取られた顔のビアンカを見て、リュカは可笑しそうに笑顔を見せた。その笑顔はいつもの可愛い妹のようなリュカのそれだったが、実戦のこと となると全くと言って良いほど何も教えなかった。街の周りで少ない数の魔物の群れを相手に、まずはビアンカにムチを勝手に振らせて、自分がやりやすい 形を見つけさせた。その間にビアンカに及びそうな敵の攻撃はことごとくリュカによって避けられていた。そうして、ビアンカは一晩のうちでムチを使った 闘い方と、その隙に呪文を唱えるコツを掴むことができた。

「リュカって、戦闘になると別人になるわね」

「父様にも言われました。けど、何も教えずにとりあえず使ってみるというのは、父様の教え方なんです。だから、わたしは父様と剣の使い方は違うんで す。もちろん呪文も」

 闘っているときのリュカは無言で、だがしきりに何かを考え込んでいる。時々それを口に出しているが呟くような声で何かを言っているとしか、ビアン カにはわからなかった。そして、敵の隙や動作の止んだ一瞬を攻撃して、出来るだけ避けられないようガードされないようにする攻撃を出していることが、 後半になってようやくビアンカにもわかるようになっていた。
 剣を振るう、呪文を唱えるリュカの顔は真剣そのもの、今そこにいる全てを確実に仕留める為に効率よく動こうとしているのが良くわかった。同時に、回 りも良く見ている。不意打ちや痛恨に近い攻撃が敵からあってもそれを防ぐための最大限の努力をしていて、仮にビアンカが痛恨の一撃を食らって次の動作 に遅れが出ても、その間は全てリュカによってフォローされていた。仲間を確実に救済するための闘い方。パパスから周りを見るように言われたのかもしれ ないが、それでも6歳の子が出来るような芸当ではなかった。

「命がかかると、守るものの重みは違うね、確かに」

 何に対してリュカがそこまで真剣になっているかを考えていたが、その考えをふとやめた瞬間ビアンカはこう口走っていた。

「はい、それがどんなものでも『仲間』だったら、特に大切です。気絶、まして死なんて事は絶対に招けませんから」

 リュカが必死になるのは限られた灯火を確実に次へと繋ぐ事だった。そのために、例え一人でも気を抜かない戦闘をする必要があった。リュカは今であ れば特に戦闘慣れしていないビアンカを効率よく戦闘に参加させて、自分の攻撃の隙にビアンカの助けを借りる、そうしてビアンカの灯火を確実に残すこと をリュカはしているのだった。

「…なるほど『対人間用』とはよく言ったものだわ」

「ごめんなさい、黙っていて」

 リュカはそう言ってビアンカの口にした言葉に少し俯く。だが、ビアンカはそのことについては文句を言わない。

「そんなことないよ。むしろそれを知らない私がいけないんだってわかったもの。おじ様が洞窟に連れて行ってくれなかったのも、いまなら理由がわか る。…明日の晩、またレヌール城まで頑張ろう。今度は私も、少しは役に立てるからさ」

 そう言って東の空が白み始めた頃、二人はビアンカの家に戻り眠りについた。

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