4.使命の子の素顔
あの出来事から暫くして、パパスは旅を始める。まだ幼いリュカと共に。そして、今に至る。
リュカの出て行ったドアを見つめ、パパスは悲しげな表情を浮かべる。「血を残す、か・・・。リュカ自身が望んだ形でそうする事は、自分の想いと意思で残す事は、確かに無理…だな。・・・それにしても、あ の・・・・・・」
小さな声で、パパスはリュカが出て行ったドアを見つめながら呟いていた。
デッキに出たリュカは、少し強い日差しに一瞬目が眩み、手を額にかざして、光を遮りながら、目が慣れるのを少し待つ。目が慣れた所で改めて見回す と、父が言っていたように、確かに忙しそうにクルーの面々は、停泊準備に駆け回っていた。
リュカはそんなクルーの邪魔にならないようにデッキを歩き出す。前方とマストの中間辺りで、船の後方にある舵を取る船長に、方向指示などを出してい るクルーが居る。このコンビネーションは見ているだけでも凄いもので、舳先が見えない船長は、指示だけに従って、舵を取り、船は浅瀬や岩礁に当たる事 もなく、海の上を気持ちよく航走る。「しばらく直進」の言葉だけはなんとか聞き取れたリュカは、その声に反応して、デッキ後方の舵取りをするスペース にやってきた。「おや…。そろそろビスタの港だよ。下船の準備をしなくても大丈夫かい?」
船長はリュカの姿を見て、そう訊ねる。
「はい、準備はもう出来ています。船長さん、今回は父様とわたしを乗せて、本来向かう場所でもないビスタの港に停泊してくださってありがとうござい ます。おかげで、ずいぶん楽に戻る事が出来そうです」
リュカはペコリと頭を下げて、船長に礼を言う。小さな子供なのに、大人の礼儀を心得ているリュカに、優しく微笑んだ船長は、リュカが頭を上げるま で、優しい瞳でそんなリュカを見ていた。暫くしてリュカが頭を上げるのを確認して、船長は言葉を続ける。
「気にする事はない。パパスさんには以前世話になった事があってね。それ以来、少し遠出をするときなどは、こうして連絡を取って乗せているんだ。雇 われの身とは言っても、待機している時間の方が長いからね。だから気にする事でもないよ」
優しい声で、船長はリュカに事情を説明する。リュカは相槌を打ったりして、話を聞き、納得したように「そうなんですか…」と小さな声で呟いた。
「もう少しで着くからね。船員のみんなと言うわけには行かないと思うが、声をかけてくるといいよ」
船長はそう言って、リュカを引き止めずに次の場所に行くよう促す。リュカはその言葉に改めて頭を下げてお礼を言うと、邪魔にならぬように少し小走 りをしながら、その場を後にする。そして、最後部にある食堂の辺りまで来た。いつもリュカは食堂に居る、手伝いの大男に驚かされてビックリしていた。 少しトラウマになっているリュカはドアの前で立ち止まり、少し考え込む。「この場所で挨拶は必要だろうか」自問自答をすると、結局挨拶が必要な事がわ かる。なぜならば、船に乗っている間、食事の世話をしてくれていたのはこの食堂内に居るシェフが、海で取れる食材を中心に豪華な食卓を用意してくれて いたからだ。
「・・・・・・」
リュカは少し、ドアの前で考え込む。いつも驚かされても、何とか悲鳴は出さないで居られた。が、その後大男は「偉いぞ、坊主」と言う。驚かされる 事よりも、正直リュカにとっては坊主と言われる事がこうした躊躇を生んでいた。
軽く一息ついて、リュカは食堂のドアを開ける。中にはシェフが一人だけで居た。ホッと胸をなでおろして、シェフに近づこうとしたその時だった。「がおーーーーーーっ」
雄叫びと共に、リュカを背中から誰かがグッと抱きしめる。同時に急に持ち上げられて、さすがのリュカも声を出さないでは居られなかった。
「きゃああああっ!!」
リュカの悲鳴を聞いた大男は、いつもの調子でいるかと思いきや、その声を聞くと同時に、持ち上げて空中に居る状態のリュカをそのまま離してしま う。ドサッと言う音と共に、体制の崩れたリュカは腹這いになるように床に転がる。丈が少し短めの服を身につけているリュカは、落ちる拍子に足を少しバ タつかせていたようで、裾は太もも辺りまで持ち上がってしまっていて、両足は無造作に開いてしまっていた。
「へ?…きゃあ!?」
大男はリュカの悲鳴が、坊主の出すそれと違った事に呆然と立ち尽くした。そして、その声の主であるリュカを見下ろす。そのリュカは白い素肌の足を 見せて、少しじたばたしていた。が、大男の視線に気付くと、慌てて飛び起きて、足を閉じ、裾を引っ張る。
「…み、見ました?」
リュカが顔を真っ赤にして訊ねる。足の付け根には当然下着が着いていたが、その下着は男物のようには見えない。大男は馬鹿正直に一回だけ頷いた。 その様子を見ていたシェフが、そっとリュカの頭を撫でながら、大男に注意する。
「…いっつも驚かすことばかりしてやがるな、お前は。リュカちゃんがいつも、どんなに我慢してるか知らないんだろうなぁ」
そう言うシェフの言葉に、大男は特に動じる様子はなかった。ただ、リュカの泣きべそをかいた顔を見つめていた。
「…リュカちゃんは、女の子だぞ。…まさか、気付いていなかったとでも・・・?」
シェフの発言に、大男は驚いたような顔をして、リュカとシェフの顔を交互に見る。
「えっ・・・いや、その・・・す、すまん」
大男はそれだけを言うのが精一杯のようだった。
リュカは暫くぐずっていたが、気を取り直して立ち上がると、まずシェフに世話になった挨拶をする。そして、今まで散々驚かされていた大男にも、嫌味 の一つくらいを含ませながら、そして、自分が「女の子」である事を念を押して言いながら、しかしきちんとお礼の挨拶をする。そうして、挨拶を済ませた 頃、マストの上に居るクルーの一人が大声で叫んだ。「ビスタの港に着くぞー!!」
クルーの一人の大きな声が、船上に響き渡る。リュカが舵を取るスペース辺りに来たとき、船長がリュカに声をかける。
「着いた様だよ、お父さんを呼んでおいで」
「はい、わかりました」
リュカはペコリと一礼して、父の居る船室への階段を下りて行った。
パパスは小さな椅子に座ったまま、なにかを考え込むようにしていた。リュカが部屋に入ってきたのを見て、少しだけ顔を明るくさせる。「父様、ビスタの港に着いたそうです」
「うむ、そうか。私の荷物はまとめたから、先にデッキの方に行っている。リュカも荷物は纏めただろうから、忘れ物が無いか確認して上に上がって来な さい」
パパスはリュカの低い頭の上に、ごつごつとした逞しい手を軽く乗せ、撫でながらリュカにそう言う。コクリとリュカは、父の撫でる頭に気持ちよさを 感じながら、一回頷いた。それを確認して、パパスは荷物を右肩に背負うと、船室を出て行った。
リュカはパパスの背を目で追い、出て行くのと同時に荷物を纏めるために動き出す。一通りの荷造りは済んでいたため、周りにある手持ちのものだけを纏 めて、リュカもデッキの上に出た。パパスは船長と何か、話をしていた。リュカは邪魔にならないように、パパスの近くまで寄っていく。「来たか、リュカ。お前も船長の礼を言っておきなさい」
パパスの言葉に、リュカは返事を返して、船長に一礼してこの船旅で色々と世話になった事に対して、礼を言った。
「では、またな」
パパスはリュカの手を引き、船から下りる。船長他、クルー全員がリュカとパパスの姿に手を振ってくれていた。そんな光景を見て、リュカはなんだか 暖かな気分に包まれた感じだった。
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