1.相違した時間軸
これまで世界に満ちていた邪悪な気が薄れていくのを、彼女は感じていた。それと同時に、いままで大陸の一部に働いていた、特別な力の一端がなくなっ た事も感じていた。彼女は苦しそうな表情を見せながらも、口元を満足そうに少しゆがめ、笑みをこぼした。「ゼィゼィ・・・さすがだな。わたしの元に現れたときも、十分にその威厳はあったが…。・・・しかし、まさか下の世界に本拠地を構え、上の世界の大 魔王はあくまで自らの臣下であったとは…。わたしの力もそこまで落ちたと言う事か」
彼女はそう呟くと、かろうじて開けていた目を静かに閉じる。満足そうに見えたその顔は、大きく息を吸い、更に満足そうにそして、笑っていた。
「…まだ、眠るのは早いですよ、『竜の女王』」
彼女にかけられた言葉だったが、彼女はその言葉を聞いても目は開けない。それがわかっているかのように、声の主は、彼女の前に姿を現す。一羽の 真っ白な鳥の背に、成年した女性とも、または少女とも取れる姿、顔立ちの女性がいる。
「…眠った振りをするとは、より、人間に近い事をするようになりましたね」
女性の言葉に対して、その女性の前にいる「彼女」―― 一体のドラゴンは口を少しゆがませて、フッと軽く息を吐く。一挙手一投足の行動自体がとても大変そうな動作であるが、でも目の前の女性に応えようと動く。
「ゼィゼイ・・・このままでは、本当に灯が消えてしまいかねないか」
彼女はそう言うと、まばゆい光に包まれる。ドラゴンであったその姿が少しずつ、人間のそれに近い姿になっていく。
「あまり、無理してはいけませんよ、竜の女王」
「精霊ルビス、お前の作った新世界に大魔王が生まれようとは、な」
ドラゴンから姿を変え、一人の年配の女性とも取れる姿になった彼女は、目の前にいる女性に対してそう呟いた。
「考え方は逆、かも知れませんね。あの「新世界」だったから、大魔王は住み着きやすかった。そして、そこからもっとも近い時空をたどり、支配を試み た」
女性はどこと無く残念とも、申し訳ないとも言った声で、静かに呟いた。
「…だが、元をただせば、この世界とて、ルビス、お前の作り出した世界の一つ。わずかな歪みから、繋がってしまうのは仕方の無い事。一番近い場所 だったのだからな。…そして、わたし自身がこのような状態であるが故、大魔王の臣下ごときでさえ、追い返すことがままならなかった。力不足であった、 それは認めよう」
彼女はそう言うと、目の前の女性に頭を下げる。
女性はそうされる事に対して、すこしばかり抵抗感があるのか、その彼女の動作から少し目をそらして、苦笑いをして見せた。「ルビスから預かった世界とはいえ、…人間の生活を支配ではなく守り、思うままに営ませる、それだけだったと言うのに、…わたしはただ見守る、それ だけが仕事であったはずなのに…どこで歯車は噛み違えたのか」
「…もし、今の状態が歯車の噛み違いだとすれば、これから起こる事は、完全に一脱しているような状況かも知れませんよ…この事も、ではあるのですけ れど…」
女性は彼女を見つめて、意味深に言葉を切る。彼女はそんな女性の仕草にだが、苛立ちなどを見せる様でもなく、静かにうなずくだけだった。
「…まず先に。『下の世界』は『勇者』によって大魔王を討ち、永久とも言えた闇の世界に、陽の光を取り戻すことが出来ました。そして、その功績の一 つには、あなたがた『天上界・竜の一族』に伝わる『光の玉』のおかげもあります。あの大魔王は自らを『闇』だと言い張りましたからね。闇の衣を剥ぎ取 るために、光の玉は必須ですし、そこに秘められし竜の力もまた必要でしたから」
女性はそう言い、頭を下げようとした。だが、それを彼女は止める。
「頭を下げられるような事はしていない。同じ天上界に住む精霊、ルビスが直接力を貸せぬ、姿が封印から解かれても、更に別に封じられた能力までは戻 らない。であるならば、同等とは言わずまでも、われら竜の能力を貸してでも、大魔王を討ってもらう必要があった。…そして、あの者たちは見事にその役 を果たした、と言うわけだな」
彼女の少し満足そうな言葉を聞いて、その女性は安堵の表情を見せる。
「そして、下の世界に、貴女の『卵』も届きました。これから先は貴女に代わって、そして、あちらこちらを彷徨い歩く私の代わりに、人間を見守る存在 となるでしょう」
「・・・そこまで有能であると言う保障は出来ぬが。しかしそうあって欲しいものだ。わたしの全てを詰め込んだモノだから…な」
女性の言う言葉に、彼女は満足そうな笑みを見せ、一回うなずいてみせる。
「・・・もう、良いか?さすがに灯は消えている。戻らねばなるまいよ…」
彼女の言う言葉に、女性はうなずいて見せた。
まばゆい光に包まれ、彼女−竜の女王−は姿を消していく。その姿に静かに、聞き取るのも困難な小さな声で、女性−精霊ルビス−は呟いた。「お疲れ様、竜の女王。ですけど…貴女の本当の冒険、そして役目はこれからですよ」
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