Route / Rea-02.『玲愛は何色?』
ファミーユとキュリオで、 玲愛がファミーユに転属すると言う報告が終わり、ここから二ヶ月間、玲愛は次期フロアチーフ候補であった川端瑞奈を指導し、自分はファミーユでの仕事を覚える と言う忙しい日々になって行くことになった。
そんな中で、ファミーユ店長である仁も、仕事の手を緩めず何かに悩んでいた。
「ふーむ、何を基準にして選ぶかだよなぁ・・・」
「ン?じん、なにをそんなに 珍しく真剣に悩んでるんだ?」
ランチタイムで意外とフロ ア組は忙しく動き回り、仁のオムライス目当てでフードコートにやってきた人間も少なくない。仁はいつものようにあざやかな手さばきで卵を混ぜては使い慣れ たフライパンで次々とオムライス用の卵を作り、もう一つのコンロでケチャップライスを手早く作りながら、唸っている状態が続いていた。声をかけた美緒にも 気づいていないらしい。
「おい、じん!!」
「っとぉ、オムレツこぼしま すからそんなに突然大声を出さないで下さいよ美緒さん」
「あたしはもっと前からお前 に話しかけていたんだけどな、じんくん?」
美緒が気づくようにと声を かけると、卵に命を懸けてるとでも言いたそうな卵好きの仁がようやく美緒に反応して、声を出す。それに対して、少しの攻撃的な言葉が含まれているのを聞きのが さない美緒は軽く怒りの様子をチラつかせながら、仁に詰め寄る。
「あ、それは気づきませんで、失礼しました。って美緒さん、コーヒーの方は大丈夫なんですか!?」
さっきも言ったが、今はラ ンチタイムの真っ最中。仁のオムライスが飛ぶように売れて行く様子はファミーユスタッフがいつ見ても凄い勢いだと感じる光景だった。それに合わせて、コーヒー についてもその辺の喫茶店は負けないほどに美味いコーヒーを飲ませてくれるとあり、こちらのオーダーも結構な数が出ていた。それなのに美緒はいつもの自分のポジションから仁のポジションに移ってきていた。
気付かなかったことについ ては謝るが、突然ポジションを変更してきた美緒にコーヒーのオーダーは大丈夫なのかと質問を返す。
「ん、コーヒーのオーダーは13 時過ぎると途端に減るんだよ。オムライスと違って。だからウロウロしようかなと思ったらじんがなんか唸っていたもんだから…」
「ああ、なるほど。そうだ、 美緒さんの意見も聞きたいんで、オムライスのオーダーが片付いたらちょっと時間もらっていいですか?」
美緒がポジションを動いた 理由を説明すると、妙に納得したと言うように仁は美緒に返事を返した。そして、唸っている原因について、美緒にも聞いてみたいと仁は言う。オムライスは遅めの ランチをとやってくる人たちで14時くらいまでは最繁時間が続く。 美緒はその辺りを確認すると、何となくフードコートの方に出て行った。駆け回る由飛と、学校が休みでバイトに入っている明日香の手伝いにでも行ったのだろう。
次々に入ってくるオムライ スとスイーツのオーダーを美緒以外の従業員はあくせくしながら、順にオーダーを片づけて行く。そうこうしているうちにオムライスのオーダーが片付きようやく仁 の最繁時間が終わる。それを待っていたかのように美緒は仁のところまでやってくる。
「じん、もう大丈夫そうだ な」
仁の一息つきたい感丸出し の様子を見て笑みを浮かべながら美緒が仁に缶コーヒーを一本手渡す。
「…なんで缶なんですが。ドリップしたコーヒーで酸味の出て来ている物だってあるでしょう?美緒さんのコーヒーの方が全然うまいのに、流行の缶コーヒーが差し入れなんて…」
がっくりとうなだれるよう に仁は澪に反対意見を出すが、美緒は「客用のコーヒーはまた別のものだから」と言って、仁には差し入れてくれなかった。
「んで、なんだ、相談って。 まぁ、玲愛ちゃんの事なんだろうけど」
美緒は何の事かはお見通しだと言わんばかりの言葉で仁にその内容を話す様に促す。
「単刀直入に聞きますね。玲愛って色で表現すると、何色が適切でしょう?」
仁の突然の質問に、どういう事かの説明を求めたい美緒だったが、敢えて仁が「単刀直入に」と言っている以上、ここを掘り下げて答えると言うのは、少々筋違いかと感じた美緒はしばし考える。
「ん〜。玲愛ちゃんの色 かぁ。…ブルー、かな?」
「それは、何でですか?」
何とか絞った色のことを言 うと、間髪おかずに仁は質問を続けてくる。
「…クールビューティー、とでも言うのかな?いつでも冷静で。だから玲愛ちゃんからの指示が来ると、迷うことなくオーダーに応えられる。どこに居てもクー ル。それにあの容姿。…あ、ブルーとは言ったけど、明るい青よりは少し群青がかった、暗めの青。…そっか、それはタイの話だな?」
話をしていて、美緒は仁が 何に拘って考え込んでいるのかがわかり、逆に質問する。すると仁は笑みを浮かべて美緒を見直す。
「さすがは美緒さん。そうな んですよ」
仁がそう言って、一枚の紙 を示す。
「赤は、元はアイツのプロトタイプの色。今の赤はファミーユの歌姫のための赤。とすると、和を表現すると言う意味でかすりさんは黄緑。明日香ちゃんはとに かく明朗活発だからオレンジ。美緒さんはバリスタと言う事で色に強制力は持たせない。ただ、その制服だけで、いまやファミーユのバリスタと言えばこの人、 と言われるまでになっていますからね。で、姉さんについては調理服ですけど、コックタイから感じるところではクリーム色」
一通り、紙に描き上げた ファミーユ現スタッフのイメージカラーを書き上げた紙をもとに説明する。
「そうしたときに、極力ダブ らない色で玲愛を表現すると、と言う事で悩んでいたんですけどね」
仁が妙に考え込んでいると 言う状態は、大体のことは玲愛絡み。それはスタッフの誰もが感じていることだった。だが、それだけ仁は愛情をもって玲愛に接し、玲愛の舞台を作り上げたいとし ているのかも知れないと考えると、美緒は何となく面白くないと言った気分にもなる。もちろん、表情には出さないが。
「…終礼で訊くのは訊くんだ ろ?」
「ええ、そうなんですけど、 たまたま美緒さんは手が空いたと言う事だったので、質問させていただきました」
仁はそう言って美緒の意見 を反映し、「玲愛」と書かれた欄に群青の文字を書き込む。
その仁の背中側に居たのは 明日香。
「ふむふむ、私は明朗活発だけでオレンジ?」
説明に対して、少し不満げに明日香はそのリストを見て呟く。
「いや、明朗活発って言うの は単に簡単に表現しただけだよ。明日香ちゃんはフードコートで元気を振りまく太陽のようなイメージ。そこから単純に白って言うのは無理があるのでオレンジに なった、と言う理由」
「じゃあ、仁、私は何で赤な の?」
明日香に説明し終わると、 その明日香の背後から今度は由飛が姿を出す。
「っておい、明日香ちゃんか 由飛だけならまだしも、二人抜けてくるのはまずいだろう、すぐに職場に戻る!!」
「大丈夫だよ、今フードコー ト内、お客様は少なくなってるから」
「能天気と言うか…。ま、由 飛の場合はたまたま着た制服がジャストフィットだったから、それだけ。一応、由飛の付けているその赤のタイはフロアチーフの色なんだからな」
「じゃあ、私がこれから は・・・」
「その赤のタイ、取り上げる ぞ」
本当のことを述べた仁に由 飛が拡大解釈をして、目を輝かせたが、すぐに仁は突っ込みを入れる。「とても、由飛には任せられん」と言いたそうな表情を浮かべていた。
「…でー、かすりさんは抹茶 の緑、としたら、玲愛さんかぁ…結構難しいかも」
明日香がリストを眺めなが ら、玲愛の欄に書かれた「群青」の文字を見る。
「んー、群青かぁ。確かにス カイブルーだと玲愛さんのイメージとはちょっと違うよね?」
明日香はその文字を見なが ら、「青系統」と言うのは納得したようだったが、その蒼は単なるブルーやスカイブルーと言うような色ではないと言いたい様子だった。それは由飛も同意見だった ようで、明日香の言う意見に頷いていた。
「玲愛ちゃんは結構、シック な色が似合うと思うよ。ピアノの発表会とかでも、私は赤とかピンクの暖色系が多かったけど、玲愛ちゃんは黒とか水色なんかの寒色系が多かった印象あるしね〜」
珍しく自分から発言した由 飛の言葉に、仁は妙な納得感をえて、なるほど、と紙に書き足していく。
「後はかすりさんと姉さんだ けど、ここまでの意見が出てるから、これで決まりな気はするなー。あとは、色のサンプルで玲愛自身に決めてもらう、と」
仁はそう言って紙をたたむ と、厨房組を除くほぼ全員でこの場所で話をしていたことにハッと気づき、手でみんな散らばるようにその場から仕事に戻らせる。
そして、一日の営業が終わ り、終礼の時間。
「今日も一日お疲れ様でし た。ライバル店との凌ぎあいも随分と慣れて来て、いい感じに売り上げは伸びています。そこに来て、敵方の指令塔だった人物がファミーユに移籍と言う形になり、 多分勢いはさらに増すと思います」
仁は一通り今の状況を毎日 だが簡単に話す。そのあとはそれぞれ質疑応答などだったが、今日は仁の話だけで終わる。
「でー。かすりさんと姉さ ん、ちょっといいかな?」
仁はそう言って手近にあっ た椅子に座ると、円陣を組むような形で、昼間フロア組に質問していた、玲愛のタイの色をどうするか、と言う事を質問する。
「そう言えば、ウェイトレス はみんな、それぞれ色の違うタイを付けているんだね〜。これだけ色々と出てきた中で、更に一色足せと言うのもなんとなくは難しい気もするけどなー」
「…じんくんが昼間悩んでい たことはそれだったのね。で、出ている色の候補は青系、なのかぁ」
かすりが改めて知ったと言 いたいような口調で実は自分たちのタイがそれぞれ別の色になっていることを知る。その上で、玲愛を迎えるのにどんな色のタイが適切かとかすりも恵麻も考え込 む。
「今のところ、ほぼ寒色系で 統一されつつあるんだけど…」
「ねー、仁君、黒、とかって いうのはどうかなー?」
話を始めたところで何とな くウェイトレス組の制服を見ながらかすりが呟く。
「それも考えたんですけど、 服区全体が茶で、首元が白、そこに黒を混ぜると。縁起悪い感じになりませんか?」
昼間考えた、と言いたいよ うな口調で黒が検討する色に入っていないことを説明する仁に、かすりは小さく「そっかぁ、なるほどね〜」と言いながら、再びウェイトレス組の制服を見る。
「私は青系であれば、玲愛 ちゃんにも似合うんじゃないかなって思うけど…、敢えてスカイブルーとかを外しているのはなぜ?」
メモの中に、群青と青、ス カイブルーが書きこまれているが、青と群青は前面に出ていてもスカイブルーがある意味で除外されている部分に恵麻は気づき質問する。
「キュリオの昼制服、と言う のを姉さんは見たことある?」
「昼制服?違うパターンがあ るの?」
仁の質問に目を丸くさせな がら初耳だと言う表情を隠さないで恵麻は聞き返す。
「キュリオは昼間は喫茶店、 夜は本格的なレストランに変わるんだよ。そこで昼制服は短めのタイトスカートに上は同じようなデザイン、制服の色はスカイブルーになっているんだけど、一回、 玲愛が見せてくれてね、その昼制服と言うやつを。だけど、見慣れているのもあってか、夜制服である今のキュリオ三号店のロングスカートの黒い制服の方が似合う んだよ。それと、これは美緒さんの意見だけど、玲愛にはあまり明るい色は似あわないそうなんだよ。理由は簡単で、金髪だから」
仁が一通り、昼間にフロア 組と美緒とで話したことを総括的に話す。玲愛の金髪は確かに綺麗で、誰が見てもハッとするくらい、乱れもなくよく手入れされている綺麗な金髪だった。がゆえ に、着る物はどうしても暗めのものをチョイスするのが良いと言う感じになってしまっているのだった。そう言う意味からも、ファミーユの制服自体は茶を中心にし てあるので問題ないが、ワンポイントとしてタイの色は暗い系統の色、寒色系の色が似合うと言う形になって行く。
「…大体、群青と青の真ん中 くらいの色、って言うのが無難な線なんじゃないかな?明るい色に金髪もうまくチョイスすればいい感じになるかもだけど、仁君の言うように本当にうまく合わせな いと玲愛ちゃん自身のキャラクターが欠けちゃってもったいないもんね〜」
かすりが妥協点と言う感じ で、青と群青の中間と言う事で決めてはどうかと言う。恵麻もその辺りで決める形でいいと言うような雰囲気で頷いていた。
「じゃあ、その辺の色で、明 日にでも玲愛に選んでもらおう。…いつものところでいいよね、姉さん」
仁が最後に付け加えた言葉 にみんなが疑問詞を投げかけようとするが、恵麻が「それでOKよ、 先方にもよろしくね」と言って席を立ったので、何がOKなのかと言 う意図は謎のまま、その日の話し合いは終わってしまった。
そして、ブリックモール全 体の閉店時間。それに合わせて、ファミーユやキュリオと言ったテナントも閉店時間を迎える。
仁は向かいの様子を気にし ながら、玲愛が出てこないかと気になっていた。ファミーユの従業員は全員、帰宅の途についてしまっていた。
「あ、そうだ・・・」
ふと仁は携帯を手に持つと どこかへと電話する。その電話中に、全速力で走ってきたであろう玲愛の姿がファミーユ店内に飛び込んでくる。
「あれ、電話中・・・?」
仁が電話をするような場所 などはあまりなく、玲愛も携帯で電話をしている仁の姿を見るのはそんなに見たことが無かった。
「ああ、悪い。玲愛、お疲 れ」
「お疲れ様、仁」
お互いに今日一日の仕事を ねぎらう言葉を掛け合って、ブリックモールを後にする。
「いらない質問かと思うけ ど、電話していたのって誰?」
玲愛は先ほどの仁の電話 が、何気に親しみのある話し方だったのが気になって、仁に質問を投げかける。
「ああ、服飾デザイナーさん に電話してたんだよ。ファミーユの制服のすべてがオーダーメイドなんだよ、実は。だから、今度時間のある日に玲愛の寸法を測ってもらうのと、タイの色を決めな いとと思ってね」
仁が包み隠さず素直に話 す。そこで玲愛はいくつか引っかかる言葉を聞き、質問を返す。
「…タイの色?赤じゃない の?」
「気になったら明日見てみる といいけど、かすりさんは黄緑、明日香ちゃんはオレンジ、由飛は赤って色分けしてあるんだよ。一応、キャラクターに沿った配色、と言う事でアイツがまだファ ミーユの本店でバイトをしていた頃に作った制服の色なんだよ」
仁が説明すると、玲愛は何 となく「ふーん」と言った感じでその言葉を聞く。
「…と言いうことは、私は私 の色が決まると言う訳ね?」
「そ。明日、時間が上手く取 れれば、玲愛のタイの色決めをしてもらおうかと。だけど、ベースはファミーユのスタッフで決めさせてもらったよ。玲愛はクールと言う印象が強いみたいで、青系 統の色になる予定」
仁がそう言うと、何となく 「すでにベースが決まっている」と言う事に玲愛は少しばかりの違和感を持つ。
「そのベース、最終的に決定 したのって誰?」
「…俺だけど?お気に召さな い?」
「んーん、仁だったら別に反 論の余地はない。それに、ファミーユ全体でも、私自身のイメージがクールってことになっているわけなんだろうから、青系統の色で決定って感じなんでしょ?」
「まぁ、そう言う事になる ね」
玲愛が、誰の決定権を行使 して青系統の色をチョイスしてタイの色にするのかと言う事が気になっていた。それをそのまま仁に投げつけると、仁の決定権で決まったと言う事がわかる。であれ ば、玲愛に反論するつもりはなかった。
「明日、そのデザイナーさん が来たら、一応呼びには行く。キュリオの方で手が離せなかったら、俺とそのデザイナーさんとで話を進めておくよ」
仁はそう言って何気なく玲 愛の頭を撫でていた。以前は髪がくちゃくちゃになることを嫌がっていた玲愛だったが、最近は、仁の撫で方も慣れてきたのか、髪を乱さず撫でられるようになって きていた。
そして、2人のマンション の入り口。
「あー、引っ越しが必要にな るわね」
突然玲愛が声をあげて、仁 は瞬間驚いたが引っ越しと言うキーワードに何となく違和感を感じる。その違和感を玲愛も感じたのか、言葉を続ける。
「ココの部屋って、実はキュ リオで借り上げている部屋なのよ。キュリオの店員ではなくなるわけだから、返却の義務は出てくるよね」
玲愛の言う言葉に仁は「そ うか〜」と言う独り言を言う。
「仁の部屋は比較的片付いて いるから、私のモノを入れても大丈夫よね?」
「ああ、まあね、玲愛の搬入 物を決めて、片づければそのスペースは出てくるよ」
そう言って、なんの躊躇も なく、玲愛は仁の部屋に一緒に入ってくる。そうすることはもうすでに日常化していて、玲愛は自分の部屋に帰ることは少なくなってきていた。
部屋に仁が入った瞬 間・・・。
「ひーとしっ!!」
突然抱き付いてくる玲愛。 これももう何度となく仁は不意打ちを喰らってきたが最近は抱き付いてくるのを読んでか、逆に玲愛を受け止めると、そのままベッドに二人で倒れ込む。お互いの顔 が急接近している状態でしばらく見つめ合い、「お疲れ様」とどちらからでもなくそう言うと、熱いキスでお互いの今日一日の仕事モードは終了する。
「クール」と言う印象をよ く付けられる玲愛だったが(美緒たちもそれがあった時点で、タイの 色が青系に決まった)、部屋に帰ってきた瞬間にその態度は180°豹変する。今までがツンツンした状態ならば、部屋での玲愛は(もちろん時と場合はわきまえて)デ レデレなモードに突入する。
「んふふふ〜」
玲愛は満面の笑みを浮かべ て仁にくっついたまま離れる様子はない。これも今に始まったことではないので、仁はそのままの状態で、玲愛の頭を撫でてやっていたりする。
「お疲れ様、玲愛。…色々な 意味で」
「うん!仁もお疲れ様でし た。…恵麻さん、なにか言ってた?」
お互い抱き合ったままで、 今日一日をねぎらう。特に今日はいじられるのを覚悟した上で行ったようなものなので、当然疲れているだろうと言う予想から出てきた言葉だったが、仁は玲愛から の質問に「あー」と、歯切れの悪い間の延びた声を出す。
「どうしたのよ」
「…ま、玲愛がその場に居 て、感じた通りなんだけど、姉さんは姉さんでケーキのことで頭がいっぱいになっている状態だし・・・」
仁はその時の終礼の様子を 思い浮かべながら、玲愛に話を始める。
「・・・ほかのメンバーはも うすでに玲愛が来てすぐにでも働いてほしいと言う位の期待感、それに、話をしたタイの色についても話が随分と進んだから、玲愛が二ヶ月かけてキュリオにかかっ て居るなんてことは許さないとまで言いそうな状況になって来てる」
仁は少し歯切れの悪いよう に話をする。玲愛は少し驚いた表情を作ったまましばしフリーズするが、すぐに我に返ると、仁に提案を持ちかける。
「…キュリオの制服と、瑞奈 の訓練と同時進行でファミーユの仕事を始めていいと言うのであれば、全然問題はないけど・・・?」
何の違和感もなく、玲愛は ケロッとした表情で仁に言う。言われた側の仁はそれこそ「本気か!?」 と言いたげな表情を浮かべて、玲愛にその真意をアイコンタクトで伝える。
「…出来ないことは無いわ よ。私、現状チーフと言う役職からは外れているから、2.5人/月と言う計算からも解放されているけど、ウェイトレスの通常業務を0.5、瑞奈の特訓で1、 ファミーユの勤務で1とすれば別に今まで通りの2.5人/月だからね。その代わり、お給料はきっちりいただくわよ?」
そう言って玲愛はギューッ と仁を抱きしめる。
「それに、仁と一緒に仕事す る方が何倍楽しいことか。早くファミーユ勤務になってほしいと言うところもあるんだ。だから、制服がこれから、と言う状況であればキュリオの一店員でありつ つ、ファミーユのバックアップはする、出来る」
仁の耳元でつぶやくように だが、玲愛にとっては完璧に自分の身の振り方を考えているようで、そう動けることをなんとかして、許可を得ようとしているのは確かだった。
「だけど玲愛、それだとお前 が大変だろう?」
「オーダーをキュリオに提出 するか、ファミーユに提出するか、だけの問題よ。…フードコートでは、基本的には、キュリオもファミーユもなく、お互いがお互いのフォローをして行けばいいと は私は考えているんだ。そのテストケースと言う感じでも、試してみたいの。どう思います?高村店長」
玲愛がそこまで考えている とは思わなかった、と言いたそうな驚きの顔で仁はその玲愛の話を聞いていた。
「そうか・・・フードコート で、どの制服がどっちのお店かわからない人もいるんだしな。…けど、これはファミーユ主導でやっちまったことだが、どっちの制服がどっちの店舗の人間かは写真 で示してあるんだぞ?…板橋店長からはそんな話・・・」
「・・・聞いてない。…ん もー、あの店長ときたら、ちゃんと伝言くらいは伝えろって言うのに」
仁がそんなことを玲愛に話 すと今度は玲愛が驚きの表情を浮かべた。そして、仁は確かに板橋店長にこの振り分けを行う、忙しくなったりしたら、お互いに譲歩する。と言う事は伝えていたの だ。恐らく、知らずは玲愛一人のはず。と言うのも玲愛はその接客態度から、店舗内で仕事をしていることが多かったから、フードコートのメニュー表にファミーユ とキュリオの制服のすみわけがなされていると言う事はわからないのも当然だった。
「まぁ、その話は後にして、 そんなわけだから、姉さん的にはそんなにマイナスな部分は感じられないと思う、今の段階では。あとから我に返られると厄介だけどな」
仁は自分の姉であってもこ ういう時は玲愛優先で話をすることが多くなってきていた。だが、仁自身も玲愛が由飛の事を中心に話していたら嫌な気分になるだろうと思い、恵麻の話をすること は極力控えているのだった。
「取り敢えず、明日の寸法 チェックとファミーユの制服の出来上がりまでに、瑞奈の方はなんとかするわ。あとは現場で指示出すようにするし。…私がファミーユの制服かー。それも、私だけ の色のタイで着られるなんて、嘘みたい」
玲愛はそんなことを言いな がら、仁に何度も軽いキスを繰り返した。
To Be Continued...