Route/Rea-03.『玲愛だけの制服』


 むくり。

  玲愛は半分布団を頭に引っかけたままで、視野が狭い状態で起き上がる。一瞬、ここがどこなのかわからず、視線を巡らす。玲愛は騙されていたと言う恋愛事情 の本質がわかった後からは、積極的に仁の自宅に寝泊まりするようになっていた。そして、自分の居た部屋の方は引っ越し準備で段ボールなどが散らばり、所々 に綿ゴミなどが落ちているという、『花鳥玲愛の部屋』と言うには少々目を疑う状態にあった。

「んー・・・」

 キッチンの方から何かを焼く音がする。

 頭に引っかかっている布団をどけて、仁のぶかぶかのパジャマを着ている玲愛はキッチンまでぽけーっとした何とも言えない状態で向かっていく。

「おう、玲愛。おはよう」

 仁に声をかけられて、ようやくここが仁の部屋だと言う事を再確認する。仁の姿を見ると、玲愛はぽてぽてとまともに歩かないような感じで仁の背中にくっつくと、そのまま後ろから抱きしめる。

「…顔、洗って来い。それと髪がぼさぼさだぞ」

「んー・・・」

  仁に言われて玲愛は自分の頭を触ってみる。比較的細い方に分類される玲愛の金髪は誰が見ても、ハッと息を飲むような美しさを持っていた。そして、次の拍子 には、すぐにハーフかとか、帰化したんだとか、気に入らないウワサ話が繰り広げられる。同年代にあっては、金髪の娘と付き合いたいだの、日本人とは雰囲気 の違う娘と付き合いたいなどと言った、興味本位だけで告白までしてくるような男子しかいなかった。なので、基本的に玲愛は男性との経験もなければ付き合う などと言う事はこれまで一回もなかった。

  だが、仁になびいたのは玲愛がいつも、自分自身に言い聞かせる「個」を重視し、玲愛に対しても金髪のチーフではなく、キュリオのチーフ、と言う言い方で容 姿以前に仕事上での階級などで呼んできた。お互いが魅かれあうようになってきて、玲愛は「金髪って珍しいでしょ?目だって蒼いし」と言って、自分の遺伝子 がどちらかと言えば劣等遺伝しているのだと言う事を言ったことがあるが、仁は「似合ってるよ」くらいにしか言う事が無い。

 仁がなぜ、玲愛と付き合いたいと思い、色々なことを仕組んだりして恋人と離れる辛さまでを味わったのかと聞いたことがあった。

「そ りゃー、離れたくないだろ?けど、玲愛は本店に戻るって言うし。俺は玲愛に戻ってほしくないから策士のアイツの考えた案に乗って、玲愛をギリギリまで追い 詰めただけだよ。ああ、勘違いすんな、連れてる女が可愛いと思われるのは俺にしては気持ちいいことだが、だからと言って、金髪の似合う子だからとか、そっ ちの…見た目で判断したんじゃねぇからな。玲愛は玲愛でここにいる一人の人間としてのパーツが揃って初めて玲愛なんだから。髪の色がとか目の色がとか、そ う言うのに気づいたのは、ファミーユのブリックモール開店からしばらくしてからだったよ、ホントに」

 と、今、玲愛自身が持っているパーツがあるから花鳥玲愛である、と言う事を言って(話し方は随分遠回りだが…)い たことがあった。玲愛にとっては、そんな風にキュリオのチーフとして文句を言いに行ったその時、仁は一人の人間、「個」をメインに話を進めて来て、真正面 から玲愛と言う人間にぶつかってきたと言う事が、ものすごく自然でありそんな考えをされたのが初めてだったこともあり、仁を自然と意識し始めてしまってい た、と言う経緯がある。

 たまに、形状記憶の髪の毛とか、ツインテールが突き刺さりそう、などと言う事を言われたこともあるが、それは単純に興味とか言うわけではなくて、玲愛の性格上、その金髪はそうではないか、と言う馬鹿にした言い方だった。

 玲愛にとってはそれが嬉しかった、と言うのが一番の理由だったと感じていた。それから仁と付き合うようになって、だが、髪の事やハーフであることなどを特別責められたこともない、そう言う面で仁は玲愛にとって理想ともいえる性格だった。

「だから…敵だったのに、大好きになっちゃったんだよ」

 ポツリ、独り言を言う。が、仁は(よりによって)卵を焼いている最中だったので、玲愛の言葉には気づかない。でも玲愛にとっては気づかれなくても、お互いがしっかりと助け合い、必要としあっていると言うことがわかれば、それでよかった。

「むー・・・」

 頭の中ではもうほぼ起きているが、わざと寝ぼけた風を装って、仁に抱き付いたままでいた。

「ほら、遅刻するぞ。転属が決まったところで仕事ができないなんて言う話になったら、話自体立ち消えになるからな、多分。顔洗って、髪、整えてこい」

 仁はそう言って、玲愛の手をそっと解くと、自分は朝食の用意を始めて行く。

「そう言う、敢えて怒らない部分も好きかな。…なんて言ってたらきりが無くなる…その位、大好きだよ、仁」

 玲愛はそう言うと洗面所の方に向って行った。鏡を見る限り、その寝癖は確かにひどいものだった。だが、寝癖を直すためのスプレーをかけて、ドライヤーの風と共に櫛をかけて行くとすぐにいつものストレートヘアが戻ってくる。

(これじゃ、形状記憶かと言われても仕方ないか)

 なんてことを感じながら、顔を洗って再び部屋に戻る。朝食はごくシンプルなのだが、卵焼の量は異常にあり、その大半は仁の胃の中に消えて行くことを考えながら席に着く。

『いただきます』

  声を合わせて食事を始める。このあたりは逆に玲愛の影響で「あまり食事中にしゃべるものではない」と言う花鳥家のルールが適応されている。それでも、多少 の会話は必要だったし、全く無言で食べるのもそれはそれで寂しい。なので、料理の品評とか、仕事のとことかについては食事の場で話すこともあった。

「…ところで仁、昨日私がファミーユに入った時に電話してたじゃない?あれって・・・」

「ああ、俺の同級生で、トップデザイナー。篠宮睦月(しのみや むつき)って聞いたことない?」

 玲愛は昨日の電話が多分、制服のオーダーにかかっていると言う事は大体予想が出来ていた。それで敢えて話を振ってみたら、とんでもない名前が出て来て、思わず箸が止まる。

「知ってるわよ、『Mutsumi.Shinohara』って新進の超トップブランドじゃない」

「そう。別にトップブランドで制服を作ろうとしていたわけじゃないんだけど、ファミーユの制服は、実を言うとその、トップブランド製。…だけど、唯一『プロトタイプ』と呼ばれる、ブランド物ではないものも一着だけ存在している。アイツが処分して居なければ、まだあるはず」

 仁はさらっと言っているが、玲愛の言うように篠宮睦月と言う人は、若くしてトップデザイナーの仲間入りをした新進気鋭のデザイナーだった。そして、ファミーユの制服を作っているのが実は、そのトップデザイナーであることを知ると、さすがに驚かざるを得ない。

「…なんで、篠宮睦月と知り合いなの?」

 玲愛は仁の意外な人脈を知って、お怒気を隠せないままで仁に質問を返す。

「だから、同級生だって。高校のね。そのあと、彼女は服飾関連の専門学校に行ったらしいけど、結構奇抜なデザインをしていて、それが妙に気に入ってしまったと言う先生の手で、ブランドにまで持ち上げられたと言うことらしいよ」

 大量の卵焼きをすごい勢いで口に運びながら、篠宮睦月のことを話す。

「…もしかして、篠宮睦月本人がサイズ確認に来るなんてことはないよね?」

「…いや、本人だよ?なんで?」

 もぐもぐと口を動かし、ごくんと飲み込む音を確認してから、仁は話した。玲愛はハトが豆鉄砲を喰らったような状態で、ポカンと口を開けて、箸で持つ卵焼きを落としそうになって我に返る。

「…ホントに篠宮睦月、なの?」

「だからそうだって言ってるじゃないの。…ファンなの?」

 仁に図星を突かれて「うっ」とたじろいてしまう。

「べ、別にファンだっていいじゃない。個人の趣味趣向は尊重すべきよ」

 図星の玲愛はこう、自分の正当性を言うのが精一杯で、恥ずかしさ隠しにご飯を口の中に一杯に詰め込む。

「ま、会ってみればわかるし、彼女の作る制服は独特の着易さとかがあるらしい。…残念ながら、男物は滅多に作らいならしいが」

 仁も大体同じようなタイミングで食べ終わり、食器などを二人で片づける。

「玲愛はブランドとかには興味はないのかなって思ってたから、ちょっと意外だった」

 片づけをしながら仁が玲愛に言う。すると玲愛は顔を赤くしながら、頬を膨らませて仁に抗議する。

「べ、別にブランドがわからないわけじゃないし、ブランド物を持ってないわけでもないし。ただ、単純に『Mutsuki.Shinomiya』って言うブランドが飛び抜けて好きってだけよ」

 どことなく、玲愛は恥ずかしさを感じながら仁に自分の事実を言う。


 そんな朝食を終えて、二人は出勤のためにブリックモールに向かう。

  ブリックモールのファミーユとキュリオの店はまだ、誰も来ていないらしく、警備室に両店舗のカギは保管されていた。二人はそれぞれのカギを受け取ると、そ れぞれの店の前まで来て、どちらと言わずに二人はきょろきょろとあたりを伺う。そして誰も居ないことを確認すると、玲愛は仁に飛びついて、キスをする。

「長時間の離れ離れじゃないけど、でも寂しいから」

 そう言って玲愛はキスをせがんでくる。仁も悪い気はなく、そのキスに応じ暫くしてからそれぞれの店舗の開店に向けての準備を始める。


 ブリックモール全店開店時間。

 ファミーユとキュリオも合わせて開店する。最近の傾向は、新作ケーキを作り、破格の値段で売っているファミーユの方に並ぶ客が多い。そんな客の様子を見ながら玲愛は複雑な顔をしていた。

「どしたの?玲愛。…ファミーユの方が気になる?」

 瑞奈が興味本位で玲愛に訊ねる。すると軽く溜息をついて、玲愛が言葉を続けた。

「気になるに決まっているでしょう!?キュリオの方が敷居は高いけど、事実ファミーユに負けているんだから」

「おや、これからの勤務先になるファミーユに人気が集まっているのは新しいチーフとして転職する玲愛にはもってこいの条件なんじゃないの?」

 キュリオの方が客の入りが少ない。それを感じた玲愛は瑞奈の言葉に反論する。瑞奈はてっきりファミーユの客の入りの良さに喜んでいるのかと思っていたが、今はまだキュリオの店員として、玲愛は悔しい部分があるんだと感じずには居られなかった。

「じゃあ、キュリオの新チーフから業務命令。…高村さんが来たから、行ってらっしゃい。…何しに行くのか話してね?」

 瑞奈が言うと、玲愛は「採寸」とだけ言って、仁の方に行く。

「…採寸・・・?なんで?」

 キュリオは俗に言うサイズのSMLLLしかないが、ファミーユではすべてがハンドメイドになっているので、採寸が必要だった。それを知らない瑞奈は玲愛の残した言葉に疑問を持つことしかできなかった。


「いいタイミングだな」

「チーフが送り出してくれたのよ」

 仁が玲愛に声をかけると、その理由を玲愛は言う。

「チーフ?玲愛・・・そうか、次期チーフのことか。川端さんなんだろ?次期チーフって」

 仁が少し興味を持ったところで、玲愛はなんだか癇癪を起したくなったのか、いきなり仁の足の甲を思い切り踏んづける。

「いってぇ!!何だよ、玲愛!!

「なんでファミーユはそんなに客の入りが良いのよ。フードコート全体としても、2/3はファミーユに注文が回っているじゃない」

 玲愛はさっき、瑞奈と話していた内容をそのまま仁にぶつける。

「…理由はまちまちだろうけど、一因としては、値段だろうなー」

「…今度の新作は何よ」

 今はまだ完全な転属をしていない分、キュリオの店員として接しなければならない。本来ならばファミーユに客の入りが多いことを喜んでいいはずだが、なかなかそうも行かなかった。

「今回はかすりさん監修の抹茶のケーキ。スポンジからクリームまで全部抹茶。逆に抹茶ではない部分が無い。その位には作り込んでいて、一個200円。そりゃあ、出来が完璧でなくても、手作りとアットホームさを売りにしているファミーユにとっては俗に破格と呼ばれる値段でも、何とかなっちゃうもので」

 仁がそう言って行列の理由を話す。

「ああ、もう。早くファミーユで仕事始めて、この行列と忙しさを喜びたいわ」

 虫の居所が悪い玲愛がホンネを言う。行ってしまってから、慌てて口をふさぐが、それは既に仁の耳に入ってしまった。何となく楽しくも感じた仁は玲愛に言う。

「キュリオに最後、爪痕でも残していったら?マカロン5個で250円とか」

!?んなこと出来るわけないでしょう?各店舗は独立採算型だとは言っても、その爪痕は後々響くわ。…でも、案だけもらっておこうかな」

 玲愛はそう言って少し俯き加減で、最後の言葉だけは小さな声で言った。


  フードコートの真ん中あたりで玲愛と仁は落ちあって、仁はそり近くをきょろきょろとし始める。新進気鋭のデザイナーと言う事だったが、どういう人物なの か、玲愛は知らない。仁が見つけ出すのを待つだけだった。そして、その人影を仁が見つけたのはフードコートに慌てて走ってくる、玲愛より身長が小さく、 ショートカットでまだ幼さの残るような外見の女性だった。

「よー、仁ー。元気だったか?」

 その人影が一番に発した言葉は何とも型にはまらない自由人、と言うのが適切と思われそうな友達感覚の言葉だった。

「おう、そっちこそどうだよ、今はファミーユの制服作りなんてしてる暇無いんじゃないのか?」

 仁も仁で、砕けた言葉で有名でトップブランドを持っている篠宮睦月に対して話す言葉では無いように聞こえる。

「大丈夫。自分のデザイン分についてはきちんとノルマ達成したうえでこうして親友のために来てやってるんだから、いらん言葉を言わなくてもよろしい。…で、その後ろにいるのが仁の彼女?」

 篠宮睦月は仁のことを『仁』と呼ぶ。玲愛は何となくそれが面白くなかったようで、少しふくれっ面をして、仁の陰に隠れていた。

「…ああ。睦月が俺の事、名前で呼んでるから面白くないんだろ?けどなぁ、俺が高村家に引き取られてから仁と睦月の仲だったしなぁ」

 仁も砕けた言葉で睦月のことを着易く睦月と呼んで話をしていた。

「で、まぁ、彼女に違わないけど、ブリックモール内では店長と従業員だから、余り彼女とは呼んでほしくない。…この子が今度、ファミーユに移る花鳥玲愛」

「どうも・・・初めまして」

 仁が取り敢えず、体裁は整えて欲しいと言う注意をしてから、隠れていた玲愛を横に立たせて紹介する。すると、睦月は「ああ」と知ったような言葉を返す。

「キュリオのハーフさんじゃんか。そっかー、目立つことこの上ないし、ファミーユはケーキも安いし、集客率が高くなるんじゃないの!?

 そんな睦月の言葉に玲愛がカチンと来ている様子だったが、それを制したのは仁だった。

「睦 月、これだけは何度も言ってるが、周りの人のことを金儲けの道具とかっていうような揶揄はしないでくれよ。玲愛は確かに目立つが、それで集客しようなんて 思ってない。…まぁ、使うとしたら由飛の方だな。だから、玲愛には今後、そう言った軽い言葉をかけるのはやめてくれ」

 玲愛は成れたこともあって、軽くカチンと来ただけだったが、仁は相当頭に来たらしく、親友と言うだけあって、注意の仕方も厳しいものだった。

「…あ、悪い。失礼しました。花鳥さん」

「こんな奴だけど、悪気があって言っているわけでもないから、許してやってくれ」

 睦月がそれまで、和やかそうな表情で話していたが、仁の一言で表情が突然凍る。そして、促される前に自分の方から謝ってきた。仁も睦月のことをわかっているようで、こんな感じだから、と言う体で謝罪されてしまう。

「だ、大丈夫よ、ちょっとびっくりはしているけど」

 この二人の間に何があるのか知らないが、仁の方が力的には上であることを何となく想像させる感じだった。

「で、玲愛。今はしばらく…30分くらい?空けてて大丈夫か?キュリオの方」

「うん、大丈夫。新チーフに丸投げしてきたから。フードコート内でなにかあったらその時だけヘルプをお願い」

 玲愛は仁にそう告げると、態度が一変してしまった睦月の後について歩き出す。

「あ、あの。さっきの事、そんなに気にしないでください。こういう特徴がある以上、なにかを言われるのは確かなことですから」

 玲愛はそう言って睦月に声をかける。すると、睦月は少しばかり頭を下げたままの状態で振り返る。

「いや、自分が言いすぎました。…興奮するといつもあんな感じになってしまって。仁には悪いことしている自覚はあるんですけどね」

 話をしながら、少しだけ打ち解けたのか、睦月は最後の方にはペロッと舌を出して、おどけて見せた。

「いまから、私の会社で服を納めている店で採寸しますね」

 そう言うと、ブリックモールの中でもレディース服の販売店のおおいフロアに連れてこられる。睦月は持っていたバッグから、途中まで出来上がっているファミーユの制服を取り出す。

  そして、あるショップに躊躇なく入っていく。中では店員が驚いていたが、睦月はさほど気にした様子もなくづかづかとショップの一番奥にある従業員用の戸を 開け、中に入る。玲愛は何がどうなっているかと慌てたが、睦月からちょいちょいと手招きされて、店舗のバックヤードに入ってきた

「あの、ここで?」

「うんそう、誰にも見られないし、明かりは多少あるから。着替えはあの箱の中ですれば問題ないと思うんだけど」

  そう言う睦月は乱雑としたバックヤードの片隅にある試着室を指さして、着替える場所だと言った。玲愛は恐る恐るでその試着室をのぞき込んだが、思ったより 全然きれいなのに驚いていた。そこで睦月から簡単に作られた服のような物を手渡されると、その試着室の中で着替える。所々しかまだ止まっていないファミー ユの制服は、どうにかするとすべてが取れてしまいそうな感じがして少し心もとない感じがした。そんな玲愛とは裏腹に、睦月は玲愛が脱いだキュリオの制服を 「ちょっと失礼」と言って取り上げると、あちこちつくりを見たりしていた。

「着替えましたけど…ちょっと今のままではきついですね」

 玲愛は睦月に来た感じをそのまま答える。それを見た睦月はいつの間にか仕事用の裁縫道具などを取り出し、玲愛が出てくるのを心待ちにしていたとばかりに近づいてくる。

「なるほど。これで実はSサ イズとほぼ同等なんだけど、ファミーユの制服の売りはこのコルセットだと私は勝手に思っているんだよね~。風美さん、明日香ちゃん、かすりさんとも、コル セットがぴちっと決まって、ウエストの細さをちょうどよく見せてる感じが、やっぱり見る方としてはいい感じに想えるんだ。で、玲愛さんはスレンダーだと言 う事前情報から、ちょっと絞り気味に作ったんだけど、ちょっときつかったみたいだね~」

 そう言って睦月は玲愛の着ているファミーユの制服に何かを書きこんでいく。

「ちょっとキュリオの服も見せてもらったんだけど…量産品、って感じが否めなかったけど、一応、会社の方ではそれなりの場所に依頼しているんでしょ?」

 と、睦月が訊ねるが、玲愛は着る側だけに、その詳細までは確かな返答が出来なかった。だが、睦月の方は大体それでも納得している感じで、引き続き玲愛のキュリオの服を見ていた。

「…んー、花鳥さんはこっちの制服の方が似合っている感じもするんだよなー。仁に言って、チーフだけ違う服にしてもらうとかできないかな~?」

 睦月はそんなことを呟きながら、丁寧にキュリオの制服をたたみ、玲愛の方に向かってきた。

「あの、私のことは玲愛で構いませんよ。…で、ファミーユで一人だけ別制服と言うのはあまり店舗と言う点でもよくはないと思うんですよね。なので、みんなと同じ制服でお願いします」

  玲愛はそう言って、睦月に改めて制服の作成依頼をする。睦月はまだ納得がいかない感じだったが、それでも仁と玲愛から制服の作成を求められているので、そ れを無下には断れない。「じゃあ、動かないでね~」と軽いひとりごとのような声で玲愛に伝えると、床に広げた型紙と実際に玲愛が着ているまだ装飾等も何も ない制服のような物に対して、いくつかの変更点などを書き込んでいく。

「…玲愛さんはこの状態で、ウェストはきついかな?」

 突然そうやって睦月から質問されることいくつか。玲愛はその度にちょっとびっくりしながら、睦月の質問に的確に答える。約一時間程度で玲愛の制服の細部調整用の型紙が出来上がる。

「よし。それじゃあ、仁の所に戻ろう」

 再びキュリオの制服を来た姿に戻った玲愛に言うと、玲愛もうなずいて、仁の所へと戻っていく。


 ファミーユの店舗内から仁が姿を出し、睦月はいくつかの情報を仁に伝言していた。半分は盗み聞きの玲愛は、制服はあと二週間程度で出来上がると言う事を伝えると、次にべつの何かを取り出した。その時点で、仁が玲愛にその輪の中に入るようにと手招きされる。

 そこで広げられていたのは、布の色のサンプルだった。玲愛には少し落ち着いた(暗めの)蒼と言う情報が流れていたが、そのサンプルから、自分で気に入った色をチョイスしていいと仁から説明があった。睦月が「大体この辺かな~?」と言いながらその蒼についてのサンプルをいくつか出して玲愛に見せる。

「どれでも好きな色を付けてくれてかまわないぞ。…ただ、明日香ちゃんとかかすりさんの場合は選ばせずにこっちが勝手にイメージで色付けたから、多少の文句はあるかもしれないけどな」

  仁はそう言って、睦月の提示している蒼の生地をいくつか見てみる。あまり明るいと、キュリオの昼制服と一緒になると言う事で、それは避けてくれと言う仁か らの要望もあって、シックともいえるような蒼がどのあたりの色かを睦月と相談していた。結果、少し紫色に振った「蒼」の色をチョイスする。

「オッケー。じゃあこの色でタイを作ってくるね。…ところで仁、チーフなのにみんなと全く一緒でいいわけ?なにかちょっとした装飾を施すとかしないの?」

 睦月に言われて、初めて仁はその「特別」性について気付いた。

「キュリオでは何かチーフたるものってあるの?」

 仁が玲愛に言うと、玲愛は首元のリボンの真ん中にある、小さなベルを指さした。

「この程度。まだ瑞奈にはついでないんだけど、私が居なくなったら今度は瑞奈がこれを付けることになるよ」

 そのベルは一見すると特別性を感じない。だが、チーフだけがつけることを許されたベルであることを玲愛は仁に告げる。それを見て、「んー・・・」と唸って何かがあるかを考える。

「ファミーユでは、左足の太もものところにリボンを付けてるよね、確か」

「ああ、だけど、あれはタイと対になっているものに睦月がしたんじゃなかったか?」

  睦月は既に忘れてしまっていたというような感じで仁に訊ね、それは睦月がやったオリジナルの部分だと返答する。仁と睦月はそろって腕を組んでんー、と唸っ たままになってしまう。玲愛はそれを見て笑みを浮かべながら、「別に特別なものとかつけなくてもいい」と申告する。だが、仁はその部分に拘りたいようで、 なおも唸っていた。

「…いいよ、仁。フードコートで特別につくろったところでお客様にとっては誰もがファミーユ、キュリオのウェイトレスなんだからさ。…あと、決めることなんかはないですか?睦月さん」

「うん。これで本人のデータも取れたから、ジャストフィットする制服作ってくるよ」

 最後まで唸っていた仁に玲愛はいつものように、正当な理由で自分を見る人がどんなかを話し、玲愛は睦月の不足分は無いかと訊く。睦月もほぼすべての情報を確認できたから、これで仕上がりを待つだけだと言う返事をした。


 それから10日前後。

  玲愛は瑞奈に細かな動きを午前にレクチャーした後、午後はファミーユでかすりの新人いびりがどうとか、実際に恵麻とかすりのケーキ作り中の厨房などを私服 に着替えて見学などをしている日が続いた。たまたま、玲愛がファミーユの店舗内からフードコートに出た時、声をかけられ振り向く。そこには大きな袋を持っ た睦月の姿があった。

「睦月さん。…もしかして、もうできちゃったんですか?」

「もしかしなくてもちゃんと納期に収めると言うのが仕事では重要なのよん。仁は?玲愛ちゃんには試着もお願いしたいんだけど、いま時間は大丈夫?」

 睦月が持っている袋の様子を探りながら、睦月の声に反応する。睦月は納期ギリギリで仕事を終わらせると言うのは愚の骨頂だと言わんばかりに玲愛に話を振ってきた。

「仁は店の中にいますから、ちょっと待っていてください。呼んできます」

 玲愛はそう言って今出てきたファミーユの方に戻っていく。暫くして、玲愛が仁の腕を引くようにして睦月の元にやってきた。

「仁は時間、問題ないかな?」

「ああ。…すまんな、いつも短時間で仕上げてもらって」

 睦月が時間について確認にすると、一回返事をして、短時間で制服を作ったことについて、礼を軽く言う。睦月は手を振って「いいって」と言うような表情を見せると、仁と玲愛を引き連れて、先日のショップのバックヤードに入っていく。

「と言うわけでできました、玲愛ヴァージョンのファミーユ制服。みんなが着ているのとの違いはタイの色と肩の羽位なもんだね」

  そう言いながら睦月は二着入っているように見える袋から一着を取り出すと玲愛に見せる。茶が中心の生地で、首元のタイは蒼いものになっている。そして、タ イツについても少し遊んだようで、フリルのついたものになっていて、そのフリルの下にはみんなが左足に縛っているのと同じように、蒼のリボンが付けられて いた。

 睦月に促されて、玲愛はその真新しい制服をもって試着室で着替えをする。そこから出てきたのは、まぎれもないファミーユのウェイトレスだったが、他のみんなが暖色系のタイが蒼に代わるだけで随分と引き締められる感があった。

「へぇ~、やっぱ玲愛にはなんでも似合うや。…馬子にも衣装と言うのとはまた違うね」

「ちょっと仁、例えが残念すぎるんだけど?」

 間近で玲愛のファミーユの制服姿を見て、仁が中途半端な褒め方をする。それがかんに障ったようで、ムカッとした表情に一瞬で切り替わる玲愛は、仁に文句を言う。そんな玲愛を睦月が遠くから見ていて、「うんうん」とうなずいていた。

「仁の言うとおりだよ。やっぱ玲愛ちゃんはシックに決めるのが良いみたいだね、キュリオの夜服といい、ファミーユの蒼タイといい」

「…今回は遊び無し?」

 睦月が玲愛の姿を見て、うなずき「我ながら完璧だね」とでも言いたそうな感じで玲愛の所に来る。近くまで来た睦月に仁が訊ねる。睦月は「今回はね」と言って、睦月と仁の間ではわかる「遊び」と言う物が玲愛の制服にはないと言う事を知る。

「遊びって?」

 いまいち理解できない二人の会話に入ってきた玲愛は真っ先にその「遊び」と言う物の正体を探りに出る。

「ああ、一番の遊びは無くても遊んじゃう所。肩口についてるフリル。ここもかすりさん、明日香ちゃん、由飛とみんな違うんだよ。玲愛も実は違う」

 仁に言われて、肩に確かにフリルがついているのがわかる。玲愛の物は少し長く取ってあって、ふわりと軽く膨らんだ形になっていた。言われて、かすりや明日香と言った面々の制服も方にあるフリルが違うことを思い出す。

「なにか理由があって?」

 玲愛が単刀直入に訊ねる。

「そう、玲愛ちゃんのはクールの中の可愛さって感じで風船がモチーフ。一番分かりやすいのは明日香ちゃんで、バンビのしっぽ。バンビ位元気な娘だからね~」

 そう説明して、玲愛の方のフリルが膨らんでいる理由が確認できた。

「本来と言うか…睦月には作っていく最中でちょっとした元の制服とは違う部分をって感じで作ってもらったりしていたんだけど、今回はなしだそうだ」

「そりゃそうよ。ファミーユのフロアチーフに変な遊びがあったら、チーフの権限がガタ落ちじゃない」

 「ねぇ」と同意を求めるようにして睦月が玲愛の方を向いて頷きで同意を求める。その辺は玲愛は加減がわからず「ははは…」とから笑いするしか方法はなかった。

「で、実際に着てみてどんな感じ?」

「ああ、すっごく着易いですし、動きやすいです。なにより、苦しくないフィット感がまた絶妙と言いますか、苦しくない部分が多くて、これならば長時間労働になっても着ていられる感じの服ですね」

 睦月が玲愛に訊ねると、玲愛はとにかく「着易さ」を中心に睦月に話す。今まで全員の制服作りを睦月にお願いしているわけだが、他の誰からも苦情が出ているということは無かった。それだけ、睦月自身の裁断などの技術と服作りにおける技術が優れていると言う事なのだろう。

 玲愛の華奢な身体でも、そんなに細すぎずの感じで見られるところがこの制服の絶妙さを出しているのだとも仁は感じていた。

「睦月の腕は確かだよ、玲愛もそれを着たからわかるだろうけど」

 と仁は睦月を持ち上げるような言葉を言う。それを聞きのがさない玲愛は、瞬間ムッとした表情を仁に向けたが瞬間だけだったので、仁は安堵の表情を見せていた。

「んじゃあ、これで納品、ってことで」

「あいよ、お疲れ様。あとは玲愛が完全にフィットするくらいまで着れば、もっといいものになるだろうね」

 納品したと言うことでサインを求める睦月と、それを了解して、店舗用と思われる財布から、もう言われなくても覚えていると言うような感じで、代金を払い、無事に納品は完了した。

「これが私の制服かぁ。なんか…みんなと色の系統が違うからそれはそれで新鮮かもね」

 玲愛はしばらく、新しい自分だけの制服の着心地を味わっていた。


To Be Continued...

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