第三節
自分の失態、 相手への思い、侵した禁忌、それらが目まぐるしく駆け抜けた時間は終わった。
ソニアルー フィンはマスター、フィルリュージュとともに旅をし、フィルリュージュのガーディアンであることを約束する。いや、約束などしなくても、ソニアルーフィンの気 持ちは最初から変わることはなかった。
二人は廃墟の 研究所をあとにしようとしていた。
「…中央制御装 置…グリアリデル…。ソル、サテラ。あなたたちにはグリアリデルを認識することは出来ているんですよね?」
突然フィル リュージュは立ち止まると、先ほどまで自分が使っていたコンソールを見ながらソルとサテラに問いかける。
「ええ、ニュー ロネットワークが復活したことで、ソルもアクアクリスに多少の影響も及ぼせるようにもなりました。私は確認して、ニューロネットワークを辿る程度しかできませ んが…それがどうかしましたか?」
サテラはフィ ルリュージュの質問に丁寧に答える。顎に手を当て、フィルリュージュは考え込んでいたが、コンソールの方へととって返すようにして戻っていく。そのあとをソニ アルーフィンが慌てて付いて行く。
「どうしたんで すか、マスター!?」
「ソルがニュー ロネットワークでアクアクリスに多少の影響を及ぼせると言うことは、グリアリデルと直結しているから。だけど、人間の側も直結する方法が二つ。一つはアーティ フィカラーを介してアクセスする方法、もう一つはコンソールで一からログインしていく方法。どちらにしても、星々の旅団の人間は、このコンソールを使うことが できるでしょう。むしろ使えない人間を数えた方が早いくらいのはずです」
フィルリュー ジュはそう言って、コンソールに飛びつくようにして、慌てて起動させると、すぐにタイピングを始める。「ふむ・・・」となんかに納得しながら、コンソールを 使って、グリアリデルへのアクセスを試みる。
「まだ大丈夫で した。ソル、あなたは最高権限…アドミニストレーターの権限でログイン出来るようにしておきます。逆に私たち人間は、最低権限、ログやファイルの参照しかでき ないようにセットしました。…が、ログインそのものがそう簡単には出来ないよう細工もしました。星々の旅団が欲しい図面などがグリアリデルには保存されていま す。それを考えると、そう簡単にログインされても困るので」
そう言って、 フィルリュージュはコンソール上から色々なプログラムコードを打ち込んでいく。
「ソニアルー フィンと私もアドミニストレーター権限のあるユーザIDを設定しましたが・・・実際にコンソール上からアクセスすることはまずないでしょう」
フィルリュー ジュはそう言ってソニアルーフィンの方を見る。ソニアルーフィンはいまいちしっくりこないと言った表情でコンソールを見つめる。
「…ソニアルー フィン、地図を展開するときはどうしますか?」
ソニアルー フィンの疑問に、フィルリュージュは更なる質問を投げかけてきた。ソニアルーフィンは無意識のうちに、掌を広げて、何もない空中に左から右に手を振って見せ、 地図を表示する。
「・・・あ」
「私とソニア ルーフィンは地図の参照から事細かいことの確認、アーティフィカラーの識別確認まで、そうやって勝手にログインして内容を参照しています。なので、わざわざコ ンソールからのログインは必要ありません。常時、グリアリデルとのセッションをつないだままにしておきます」
間の抜けた声 で、自分が何をしてグリアリデルと通信をしたかに気づくソニアルーフィンに、フィルリュージュはちょっと笑みを浮かべながらその説明をする。
「サテラ、セッ ションの確保とほかの非登録ユーザの強制的な接続の拒否と隔離もお願いしていいですか?」
フィルリュー ジュはそう言って、サテラがみえるわけでもない天井を見て呟いた。
「ええ、大丈夫 ですよ。フィルリュージュとソニアルーフィンはセッションのタイムアウトまでの時間を無限大まで取りましたから、死してもなお、グリアリデルとのリンクは張っ たままになります。逆に不法侵入者には5秒と時間を与えません」
「私たちは死な ないし、死ねないですから、その方が都合がいいですよ」
サテラが悪 戯っぽくフィルリュージュに言うと、フィルリュージュもちょっとふざけた感のある言葉で返してきた。
コンソール上 から、ソルとサテラの接続権限と自分たちの常時接続の設定を済ませると、最終的にログアウトする。
「まぁ、多分 星々の旅団の人間が、ログイン画面までたどり着くとは思いませんが…」
フィルリュー ジュはそう言いながら、咢を抜き放つと、それを縦に一閃させる。コンソールはその一撃だけで壊れてしまう。
「相変わらず、 マスターは用心深いですね」
ソニアルー フィンが何となく言うと、フィルリュージュも笑顔を返した。
コンソールを 破壊して、完全に使用ができないまでに粉砕したフィルリュージュはソニアルーフィンとともに研究所から外に出る。
近くにはソニ アルーフィンがガーディアンタイプの古い体で強制労働させられていた場所がある。今は逃げ遅れて捕まったと言ったようなアーティフィカラーもなく、その場所自 体、誰も居ない状態になっているようだった。
「さて・・・ と。サテラとソルからフィルリュージュとしての生を受けてから、やりたいことと言うのは完了したのですが・・・」
「やりたいこ と?」
研究所の出入 り口から出てきたフィルリュージュは、パンと手を叩くと、そこに立ち止ってきょろきょろとあたりを見回しながら、独り言のように呟いた。一方のソニアルーフィ ンは、自らアーティフィカルメカニズマーになると言いだした地球人に対して、本来はいけないことなのかもしれないと感じながらも、色々な興味を持っていた。そ のため、フィルリュージュの小さな声さえもきちんと聞き取るようにと、フィルリュージュに対してだけは、聞き取る感度を上げていた。そのため、今フィルリュー ジュが特別意味もなく呟いたことも聞き取ることが出来ていた。
「…ええ、まず は自分のフォローに確実に入れる相棒が欲しかったと言うこと。これはサテラの記憶装置内から、ガーディアンタイプと言うアーティフィカラーが存在していること が分かったんで、いま、ソニアルーフィンに同行をしてもらっている、それが一つのやりたいこと。あと一つ、アクアクリスの人間やアーティフィカラーよりも、自 分の色々な感度を上げること。まぁこれは、自分の努力次第でどうとでも操作ができることも分かったので、問題ないと思います。…これが初期準備と言った感じの 事ですね。で、これからはシュバイツァー探しを始めたいわけですが…」
フィルリュー ジュが相変わらずきょろきょろと辺りを見ながら、言葉の意味を説明してくれた。ソニアルーフィンは次がもう、シュバイツァー探しだと言うことに、少々驚かされ た。だが、ソニアルーフィンは特に反対する気もなく、マスターについて行く、そしてマスターを守る、それだけに集中しようと考えていた。
「まずは、シュ バイツァーが33体存在している謎を解かないといけないのかも知れませんが…ソル、もちろんその33体のシュバイツァーは一か所に固まっているはずはないです よね」
フィルリュー ジュが当然のことを再確認のためにソルに訊ねる。
「ああ、それぞ れが各地に散っている。その所為もあり、オリジナルがどこへ行ったのかわからなくなっている」
「…それだけ、 クローンの32体が精密に作られていると言うことでしょうね、きっと」
ソルが残念そ うにつぶやくが、フィルリュージュは特別残念そうな部分はないと言うような表情と口調でソルに返してきた。
「シュバイ ツァーも移動はするでしょうから、逆に移動しない建物の方に当たりに行きましょう」
そう言って、 フィルリュージュは空中に手で地図を展開すると、自分たちの居るあたりを中心に拡大させる。ここから近くの研究所、と言っても、20kmはある、随分離れた場 所に存在している。
「マスター、ま さか歩くんですか?」
「乗り物、と言 うわけにもいかないでしょうし、アクアクリスにそんな万能な乗り物が存在しますか?」
ソニアルー フィンが恐る恐る訊ねると、フィルリュージュは当然とも言うように、ソニアルーフィンに答えた。
地図をスッと 手で消すと、フィルリュージュは改めて背後に建っている研究所を見つめる。
「…いまのアク アクリスの前は、随分機械文明が栄えていた、と言うことなんでしょうけど、どうしてそんなに高度な技術をもって繁栄した機械文明が、現在のように衰退したので すか?…ソニアルーフィン、歩きながら出かまいません、昔話を聞かせてください」
フィルリュー ジュはその研究所を見ながらそんなことを呟いた。ソニアルーフィンは静かに「ハイ」と返事して、歩き出したフィルリュージュの後に続いた。
「アクアクリス 自体、実はそう長い歴史のある星ではありません。それを知っているのは、ソルとサテラとグリアリデルだけです。その記憶をたどっていくと、ほんの200年ほど 前にアクアクリス…と言うよりは、『箱庭』が作られました。それから130年ほどで、機械文明のピークがやってきました。当然、人間は『永遠の命』を欲した り、機械のもつ圧倒的な力ですべてを破壊したい狂気に襲われたりとまちまちでしたが、そう言った状態で、『機械化戦争』と呼ばれる戦争が起きました」
ソニアルー フィンは簡潔に、だが、必要な部分は長くなってもきちんと説明をしていこうと、フィルリュージュに話を始めた。それを聞きながら、フィルリュージュもソニア ルーフィンの話に耳を傾けた。
「…機械化戦 争?『機械』戦争ではないのですか?」
フィルリュー ジュは自分にコピーしたデータと照合させながら話を聞く。
「はい。先に機 械化戦争と言うものが、人間とアーティフィカラーの間で起きました。その時の勢力は、大半の人間、基本時に人間として生を全うして死を待つとしている人間と、 大半のアーティフィカラー、人間のすべてをアーティフィカラー化して、人間の進歩以上のスピードと技術でアクアクリス外にも勢力を伸ばそうとする者たちの戦争 でした」
少しトーンを さげながら、いくつか含みを持たせたりしながらソニアルーフィンはフィルリュージュに話を続ける。
「大半、と言う のは、アーティフィカラーでもある程度の時期が来たら生命の核を止めてほしいと願うものと、逆に人間であり、いつか死んでしまう恐怖と闘いたくない、永遠の命 を手に入れたい人間もそれぞれの勢力には存在していました。それとは別に、その当時すでに『星々の旅団』が存在していました。基本的には人間の機械化は反対、 ですがゼロからアーティフィカラーを作成し、それとともに共存することを良しとする考えを持っていました」
ソニアルー フィンの説明は意外にわかりやすく、そして何よりフィルリュージュが知りたいと思っていることは確実に説明が入っていたので、フィルリュージュはあまりソニア ルーフィンに質問を返すこともなく、その説明を聞いていた。
「人間対機械、 ですが、決着はそう簡単にはつきませんでした。…人間のもつ、拳銃やロケット砲と言った、強力な武器の前に、アーティフィカラーたちは思うように攻め込めな かったんです」
「…拳銃?ロ ケット砲?今のアクアクリスには存在しない…ある意味の『兵器』ですよね?」
説明が続いて 行く中、フィルリュージュは引っかかる言葉をみつけ、ソニアルーフィンに疑問を投げかける。
「はい。当時の アクアクリスにはそう言ったものがあったんです。…ですが、その機械化戦争で人間が使った兵器はアーティフィカラーはもちろんのこと、同族である人間の殺し合 いにも使える、と言うことがここにきてやっとわかった、それまでは飾りとしてしか置いてなかった、そう言う世界だったんです。あまりに確実に破壊されるアー ティフィカラーたちは、そんなものを持ち出されたら困ると、すべての戦闘意欲を放棄、人間にこれ以上自分たちを壊さないでくれという形で決着がつきました」
「・・・星々の 旅団にとっては、良くも悪くもない結果ではないでしょうか?」
ソニアルー フィンの話にフィルリュージュは違和感を感じて、都度説明を止めて行く。ソニアルーフィンも当然、これらの戦争の、アクアクリスの歴史を知らないフィルリュー ジュが質問しない方がおかしいと言うスタンスで歴史の話をしていた。
「…実は、人間 側が使っていた兵器、大半が星々の旅団が何からかは知りませんが創りだしたものだったんです」
ソニアルー フィンはそう言って、空を見上げる。澄んだ青の空の一点を見つめる。サテラでも探すような見上げ方だったが、実際、サテラは地上から見つけることのできないほ ど上空の衛星軌道を周回している。フィルリュージュはそれを知っていたが、敢えて何も言わずにソニアルーフィンがこちらに向き直るのを待った。
「…それらの武 器はもしかしたら…この箱庭を作った人間たちの技術かもしれませんね」
フィルリュー ジュはそう言ってソニアルーフィンを見つめる。
「ええ。でも出 どころがわからないので、それらの兵器は一部を残し、すべて破壊されました。それはサテラやソルも知っているはずです」
説明をしなが らサテラとソルに意見を求める。
「ああ、破壊の ことは知っている。だが、箱庭を作った人間のものであるかはわからん…」
ソルが歯切れ 悪く、そうつぶやいた。
「拳銃、ロケッ トランチャー、対戦車砲、人間が構える大型の銃砲まで色々と存在していたようですが…外の世界の『人間』は、地球人と似たような部分があったようですね」
フィルリュー ジュはそう言って、ソニアルーフィンに向き直る。それが話を続けるように、と言う指示だと言うことは、直接声を掛けられないソニアルーフィンもわかっていた。
「機械化戦争終 結から間もなく、…今から50年ほど前ですから、そう遠い過去ではありませんが、今度は『機械戦争』が勃発しました。すべてのトリガーは星々の旅団が作り出し てしまった『戦闘機』でした」
星々の旅団が 作り出す武器は、どこか突拍子もない物であるとフィルリュージュは感じていた。「あるいは、この箱庭を作った人間は地球人以上に武器の生産技術と能力を持って いた?」そうフィルリュージュは思わずにはいられなかった。「いや、それだけじゃない。大量破壊兵器と呼ばれるようなものまで…『星々の旅団』が作り出した、 と言うことは、星々の旅団の人間の中に箱庭を作った側の人間が混じっていた?」フィルリュージュは難しい顔をして、しばし考え込む。ソニアルーフィンはその様 子を見て、なにか思い当たるものがあるのかと疑問を持った。
「・・・ああ、 すみません。ソニアルーフィン、続きを・・・って、待ってください。戦闘機を作り上げたですって!?」
改めてその言 葉を聞き、フィルリュージュは驚きを隠せないでいた。
「はい、戦闘機 です。結果的に飛ぶことはおろか、戦闘への実戦投入さえもできないガラクタではありましたが」
ソニアルー フィンはその『戦闘機』と言う言葉がフィルリュージュにはとてつもないことだと、フィルリュージュの驚きから感じ取る。実際、アクアクリスに「飛行機」と言う ものは存在しない。故に、フィルリュージュとシュバイツァーが乗っていたと言う宇宙船であっても、それが何物なのか、わからないでいた。少なくとも、星々の旅 団の一部の関係者を除いて。おそらく今は、星々の旅団にはそれが宇宙空間を進むことのできる飛行物体であることはシュバイツァーの口から説明があったと想像で きた。
「その・・・ 『戦闘機』と言うからには、戦闘能力は持っていたと言うことですよね?」
フィルリュー ジュはスケールの違いに少々戸惑いながら、ソニアルーフィンに話の続きをするよう促す。
「はい。単純 に、サテラが持っているレーザー光線の発射装置が正面に二門あり、それは毎秒数回と言うパルスを刻んで発射するものでした。そして、飛んでいる状態で自分の下 に当たる地上攻撃用として、やはりレーザー砲を二門装備していました」
もし、その レーザーを発射する戦闘機がアクアクリスを駆け巡っていたとすると、今の平穏なアクアクリスは存在しないだろう、とフィルリュージュは思わずにはいられなかっ た。
「…今回の『機 械戦争』は星々の旅団、それに呼応する者 、対、兵器の存在に反対する者、と言ったところでしょうか?」
ソニアルー フィンの話に耳を傾けていたフィルリュージュだが、目的の名前が、調査対象となっている理由の一部として上がってきたことに、より興味を示す。
「ただ、ここで 星々の旅団が今のように過激派的な扱いを受けるようになりました。と言うのは、大半のアクアクリスの住人…人間も、アーティフィカラーも、星々の旅団の敵にま わりました」
「…率先してそ の兵器に抗おうとしていたのは、アーティフィカラーたちだった?」
フィルリュー ジュが勢力について質問すると、ソニアルーフィンは簡単に答えた。だが、その中には重要な言葉も含まれていて、フィルリュージュはその言葉を聞き流すと言った ことは出来なかった。
「…そうか、単 純に過激派的に扱うだけではなくて、兵器に対して、アーティフィカラーが第一抵抗勢力になった!?」
先ほどのソニ アルーフィンの言葉を聞いて、フィルリュージュは自分の耳を疑った。だが、それが無駄であると言うように、ソニアルーフィンはフィルリュージュの質問に対して 肯定するように、一回うなずいた。
「人間が作成し たものではありましたが、あまりに完璧な出来に、誰もが星々の旅団の力が圧倒的だと感じていたようでした。が、アーティフィカラーたちは、その様子を見て、戦 闘機を破壊すべく、手に手に武器を持って星々の旅団の施設に攻撃を仕掛けました」
ソニアルー フィンはその時の状況を思い出しながら、フィルリュージュに説明する。…ガーディアン型であるアーティフィカラーの自分がそんな危険な兵器に立ち向かわずに、 誰が立ち向かうのだと言わんばかりに、当時ソニアルーフィンもその戦闘機の破壊のために先陣を切っていたのだ。
「…その戦闘機 は、攻撃の威力などを見せたのですか?」
神妙な顔つき で、そうあってほしくないと願っていると誰が見てもわかるような態度でフィルリュージュはソニアルーフィンに訊ねる。
「…まず、その 戦闘機は飛ぶことができませんでした。…飛ぶためと用意されたエンジンはマスターたちの乗っていた宇宙船にあったような、ロケットブースターでしたが、出力が 低かったのか、試作された二機ともその場を動くことさえありませんでした」
淡々とソニア ルーフィンは話を続ける。
「それと攻撃用 のレーザーですが、こちらは発見と同時にアーティフィカラーたちの手ですぐに破壊されたのでパルス状の攻撃が可能と言われながら、それが本当かは確認できてい ません」
それを聞い て、フィルリュージュはホッと胸をなでおろす。
「その戦闘機と 言う『機械』…意志はパイロットのものに従う、兵器の総称としての言葉になっていますが、そう言った機械との戦い、と言うことで、機械戦争と呼ばれていま す。…戦闘機だけが脅威、と言われがちでしたが、実際は星々の旅団はレーザーガンをはじめとして、アーティフィカラーさえ簡単に仕留めるような機械兵器も当時 は数多く存在していたので、それも含めて、星々の旅団対それに反発するアクアクリスの住人、という構図が出来ました」
ソニアルー フィンはそこまで一気に話すと、「ふぅ」と軽く息を吐いて、ここまでが全容 であることを示していた。そんなソニアルーフィンを見て、フィルリュージュは何となく複雑な気分になる。同時にこの『箱庭』を作ったとされる人間…総称と しての人間であって、本来は違った生物かも知れないことは、元々人間であったころから科学者でもあったフィルリュージュの中で結論付いていた…は、どれだ けの能力を持っていたのだろうかと思わざるを得なかった。
「ま、いまの星々の旅団だって、アクアクリスなんざ数時間もありゃ制圧できるほどには武力を所持してるんだぜ?」
不意を突かれた。闘いにおいて、自分の後ろを敵にとられることは、場合によっては直接死を意味する。フィルリュージュは咢の柄を右手 で握り、ソニアルーフィンは自らの右腕を剣状に変化させ、慌てて振り返りながら、突然話しかけてきた敵の姿を探した。
距離こそ離れていたが、完全に二人の背後。そこに二つの影を確認できた。だが、二つの影の姿は寸分違わぬ姿かたちをしていた。そし て、フィルリュージュとソニアルーフィンはほぼ同時にその陰に向かって叫んでいた。
『シュバイツァー!!』
「ほぅ、俺も意外と人気者なんだな、名前まで知っていてくれるようなアーティフィカラーや人間がいるなんてよ」
フィルリュージュとソニアルーフィンの叫びに対して、片方のシュバイツァーは冷静に返答してきた。徐々にフィルリュージュの表情が敵 対心むき出しの表情に変わっていく。
「別にお前が人気者なわけじゃない。こっちは星々の旅団の情報は逐一確認しているんでね、そこに何者かが、入り込んだと言う情報ととも に名前を知っただけさ、異星人」
今まで、どこかおっとりとして丁寧な言葉を使って接していたフィルリュージュだったが、シュバイツァーを目の前にして、その表情とい い、言葉といい、完全に仇としてしか見ていないような感じになっていた。
「へっへっへっ、『異星人』か。なかなかそう呼ばれるのも楽しいもんだねぇ。で、お前さんたちはそれぞれに武器を手に取って何をしよ うって言うんだい?」
シュバイツァーは相変わらずへらへらとしながら、フィルリュージュとソニアルーフィンが武器を構えていることに質問する。
「星々の旅団についての調査と、場合によってはそれの殲滅。そこに居る者だったら、誰であっても容赦しない。…が、お前は別だ、シュバ イツァー。すぐにバラしてやる」
フィルリュージュはそこまで言うと、咢を抜き放つ動作とともに、正面左側のシュバイツァーに向かって袈裟斬り繰り出す。そのフィル リュージュの影に一瞬隠れたソニアルーフィンはフィルリュージュに勢いをつけるために軽く背中を右足で押した。同時にそれを踏み台にすると、正面左のシュ バイツァーに向かって、真上から脳天を目がけて剣を振り下ろす。
フィルリュージュの袈裟斬りは、シュバイツァーがさらに左に逃げたので空振りに終わったが、続けざまに太刀を反転させ、刃を見せると そのままシュバイツァーの左脇の下に入るように瞬時に振り上げた。さすがのシュバイツァーもこれには追い付いていけず、左肩の付け根から、左腕がゴトリと 落ちる。
一方のソニアルーフィンの方は脳天にこそその一撃はヒットしなかったが、外れたのを見た瞬間に腕を左旋回するような形で動かすと、逃 げきれないシュバイツァーの首にヒットして、こちらは頭がそのままゴトリと落ちる。
「おいおい、突然斬りつけてくるなよ。準備が・・・」
「お前なんかに準備などさせるか。…32体の量産型の方か。ならば大して用はない。そのまま止まってもらおうか」
フィルリュージュはそう言って、自分が受け持ったシュバイツァーに向き直る。斬られた左肩の部分は完全に機械のものであって、血など 通っていないことが一目瞭然だった。
ゆらっとフィルリュージュは立ち眩みでもしたかのように揺れる。その瞬間、姿を消し、そこにはかすかに砂埃が巻き上がっている程度の 痕跡しか残っていなかった。次の瞬間には、フィルリュージュはシュバイツァーの間合いに入り込んで、今度こそ袈裟斬りを成功させる。バヂィという、電気特 有のはじける音と、ショートしている音を立てて、シュバイツァーは倒れかける。それをフィルリュージュはさらに腹の部分に咢を突き刺してとどめを刺す。
「…マスター、シュバイツァーが隠していた『核』の位置がよくわかりましたね」
それだけ言うが早いか、ソニアルーフィンもスッと姿が消えると、首から上の無くなったシュバイツァーの体を十字に斬る。そして、右胸 に剣を深々と差し込み、引き抜く。そこには、フィルリュージュの太刀に付いているのと同じ、煙草箱大くらいの、アーティフィカラーが動くための『核』が刺 さっていた。
「ふん、まともに訓練しないからこうなるんだ。もっとも俺は剣術と柔術を子供のころから習っているから、そんな俺から逃げるのも大変だ ろうがな」
フィルリュージュがバチバチと火花を上げている二体の、シュバイツァーの姿をしたアーティフィカラーを見ながらつぶやく。フィル リュージュは心底、気分悪そうにそう吐き捨てた。
「マスター、このアーティフィカラー・・・肉片が全くありません」
二体のバラバラになったシュバイツァーの体を見ていたソニアルーフィンがとくに頭の部分を入念に調べていたが、それは一体で完成され ているアーティフィカラーであって、脳の一部を移植した特殊な…人間からアーティフィカラーに転身した…ものではないとソニアルーフィンが報告する。
この時すでにフィルリュージュはいつものどこかのんびりした表情で咢は既に鞘の名から納刀されていた。
「…肉片が無い、ですか」
「はい。もしシュバイツァーが自分の脳細胞の一部を使って、32体作ったとするアーティフィカラーに自分と同じ意志を持たせようとすれ ば、たとえわずかでも肉片がどこかにあるはずなんです。が、この二体のアーティフィカラーにはそれが見当たりません」
ソニアルーフィンが色々と調べた結果をフィルリュージュに報告する。フィルリュージュも「うーん」とうなるような声を上げながら、 シュバイツァーだったアーティフィカラーの体を一通り眺めている。
「この形は、ソニアルーフィンたちのような、アーティフィカラーですね。…ですが、プログラムを使って、同時に同じ意志を持たせて分散 した状態で活動できるものなのでしょうか…?」
何となく、と言っていい感じでフィルリュージュは空を見上げて質問を投げかけた。
「…プログラムがどの程度の完成度かにもよるが、数十体を一斉に統制することは可能ではあるぞ。ただその場合、どのアーティフィカラー も大体同じ動きをするもんだがな」
フィルリュージュが見上げた理由が分かったと言いたそうに、ソルがフィルリュージュに伝える。
「プログラムは地球にあった言語ですね。私がソニアルーフィンやサテラ、ソル、グリアリデルのプロテクト用プログラムを組んだのと同じ 言語です。…初期プログラムはしっかりしていますが、内容は…意外に出来は悪いです…」
そう言いながらフィルリュージュは宙空にディスプレイを展開させて、アーティフィカラーのプログラムを読み取っていく。それとは別に ソニアルーフィンは体の方を色々と調べていたが、何かを見つけて、指でつまむと、それを引き上げてみた。
「…アンテナ、でしょうか?」
本当に小さなパラボラアンテナが体の部分から複数出てきた。
「…しかし、そんなアンテナで指示を受けると言っても、32体分に命令を飛ばすのには時間はかかるし、臨機応変と言っても、所詮はアー ティフィカラー、行動は制限されるはず。ましてや相手が攻撃してきたからと正当防衛的に攻撃を仕返すと言うことなど、ノーマルなアーティフィカラーには 少々無理な話だ」
ソニアルーフィンが持っているパラボラアンテナを確認しながら、ソルがフィルリュージュとソニアルーフィンに説明する。
「…電波、と言う次元で通信を行うとしたら、アクアクリス上でどの程度の範囲でしょう?」
フィルリュージュがソルに続けて質問する。
「…電波の伝達率と言うのが、アクアクリスは良いらしくてな、一か所から無数の方向に一斉送信すれば、アクアクリス全体にその電波は伝 わる」
「アクアクリス全体が受信可能ですか…とはいっても」
「はい、所詮はアーティフィカラーなんです。命令を逐一受けているようでは、先ほどのような瞬間的に攻撃を避けると言った行動をとるこ とは難しいです」
フィルリュージュが残念そうな声で言ったが、ソニアルーフィンはそれでも、崩れて倒れているのは人工物でしかなく、また自由意志を 持った臨機応変も体現できるほどではあるアーティフィカラーだった。スタンドアロン…単体で完成しているソニアルーフィンなど…で動いているアーティフィ カラーは指示系統が無くても、いくらでも予期しない攻撃を繰り出し、瞬時に回避行動をとることもできる。そう言った部分でも、アンテナと思しきものがある アーティフィカラーに、それができるかと言うと、疑問は多かった。
「…どちらにしても、オリジナルのシュバイツァー本人に会ってみないとわからないかも知れませんね。こいつらはたまたま旅人を襲ったっ て言うだけでしょうから」
フィルリュージュは口調こそ丁寧だったが、転がっているバラバラにされたアーティフィカラーをけっ飛ばすとそこに居ても仕方がないと 言うように、向きを変える。
そして、ソニアルーフィンに移動を再び開始すると言う意志で誘導する。
次の星々の旅 団の研究所まで、まだ随分と距離はあった。
「結局、星々の旅団と言うのは、何が目的なんでしょうか?」
ふと思ったことを口にしたソニアルーフィン。フィルリュージュもその点は気になっていた。サテラとソルからは、最悪の場合は星々の旅団の殲滅も考えるよう言 われていたが、実際今のところ星々の旅団が何かを仕掛けてくることはなかった。むしろ、フィルリュージュはシュバイツァーが自分の正体に気づくことと、星々の 旅団と手をくんで何をしようとしているのかが気になっていた。
「シュバイツァーが何かを進言していたとして、それが星々の旅団にとってプラスの要素であれば、シュバイツァーを筆頭に行動を起こすことになるんでしょうけ ど…」
フィルリュージュはそこまでで言葉を止めた。シュバイツァーが考えそうなことを自分で推測してみるためだった。
「・・・世界征服?みんなが一声で回れ右をするような世界が出来て、そのトップに立つと言うことがどう言う優越感に繋がるんでしょう?」
考えを口にしてみる。すぐ横にはソニアルーフィンがいる。そして、天空にはサテラとソルがいる。意見を聞くには十分な人数だった。フィルリュージュの言うこ とに対して、ソニアルーフィンがふと考え込む。
「優越感を感じることはないとは思うんですけどね。それに…征服した時点でゲームオーバーですよね。シュバイツァーがゲームオーバーを望むでしょうか?」
ソニアルーフィンにそう言われて、フィルリュージュも「確かに・・・」とうなずいて見せる。となると考えられることは…?とフィルリュージュは歩きながらさ らに考える。
「…アクアクリスからの脱出?」
今度はサテラから質問があった。だが、これについてもいくつかの疑問符が付く。
「アクアクリスから抜け出すには、私たちが乗ってきたような宇宙船が必要です。が、アクアクリスであれを作ることはできないと思います。それと、シュバイ ツァーが今から地球に戻りたいと言っているとは思えません。もし地球に戻ることを前提として何かをやらかすとすれば、少なくとも天の川銀河がかろうじて確認で きるような位置までの時空転移…ワープで留めているはずです。…それをシュバイツァーは未知の宇宙空間まで転移してしまっています。と言うことは、天の川銀河 やアンドロメダと言った、現在の地球で確認されている星団から離れて、そこで何かをしていこう、と言うのがスマートな考えではないでしょうか」
フィルリュージュはたとえ短時間でも一緒にミッションをクリアしていたシュバイツァーの性格などから、彼が「地球への生還」を考えていることはまずない、と 思われた。それ以外にも宇宙船の大破、と言うのも理由ではあったが…。
「それにサテラ。地球の重力を1と仮定すると、このアクアクリスの地上は6分の1の重力で、私とシュバイツァーはアクロバティックなことまでできるくらいの重 力ですが…アクアクリスの成層圏を抜けると、どういうわけか無重力にはならず、地上の6000倍の重力がかかると言うではないですか。それはつまり、アクアク リスから脱出するためには、その6000倍の重力に逆らうだけの出力を持つエンジンや噴射器を持った宇宙船でなくてはなりません。そういう意味でも、アクアク リスから抜け出す、と言うのは無理があります」
フィルリュージュは冷静にそう言う。ソニアルーフィンはいまいちピンときているところは無いようだったが、ソルがそれに対しては肯定した。サテラも自分の記 憶装置内にそのような資料が残っていることをあとから確認していた。
「シュバイツァーが『箱庭』と言う状態に、現在のアクアクリスがあると言うことを認識しているかはわかりません。が、多分、外宇宙への思いは、このアクアクリ スに辿り着いたことで、大体の気持ちが達成できていると考えられます」
フィルリュージュが付け足して、そう言った。確かに、外宇宙についての気持ちが強くても、すでに地球の時計がくるってしまうくらいの真空空間と時空空間を超 えている。大体の気持ち的にはほぼ満足したと考えるのが妥当、と言うのがフィルリュージュの考えだった。
「ソル、シュバイツァーや星々の旅団の連中がグリアリデルにアクセスしたような痕跡はありますか?」
考えが行き詰った。フィルリュージュはシュバイツァー達がニューロネットワークコンピュータであるグリアリデルにヒントを求めていないか気になり、ソルに質 問した。
「いや、アクセスログ上に不正侵入しているものはない。…グリアリデル、もしくはサテラになにかヒントでも?」
「あるかもしれないと、または星々の旅団が考える可能性がある、と言う予測を立てただけです」
ソルの言葉を聞いて安心して、フィルリュージュは求められたソルの質問に答えた。
フィルリュージュとソニアルーフィンは歩きながら、この先にあるであろう建物を目指して歩く。
今までは砂漠ともいえる、草木も生えないような場所だったが、気づくと草原の中に出ていた。背丈の長い草の中を二人は地図を頼りに先へと進んでいく。
その間、フィルリュージュは『シュバイツァーの目的』と『星々の旅団の目的』をあらゆる方面から考えていた。だが、どれもいまいち、決定力に欠ける物ばかり だった。ソニアルーフィンもまた、フィルリュージュと同じように二つのことを考えながら歩いていた。星々の旅団についてはいくらかの知識があるため、何となく 可能なことも考えられたが、シュバイツァーについては、本人にきちんと会ったこともないので、どういった考え方の持ち主かわからず、こちらの方は頓挫している ような感じだった。
背丈の高い草むらの中から出てきた先は、やはり草原だったが、木々もいたるところで育っていて、雑木林的なほどほどの木々に囲まれた場所に来ていた。サテラ の地図では、この雑木林の中に星々の旅団の研究所があるはずだが、それでもまだまだ歩く必要があった。
「星々の旅団の目的も、シュバイツァーの目的も、本人たちに確認しなけりゃわからない、と言うところでしょう。今は先に進んで、一か所ずつ、潰していくのが先 決ですね」
フィルリュージュは歩きながらそう呟く。ソニアルーフィンは声に出さずにうなずいて返事をする。
それからしばらく歩き続けた先、背後を崖に守られ、雑木林と言うよりは、森と言う方が近いほどの鬱蒼とした木々と草のある場所に、星々の星団の研究所の一つ はあった。
「…マスター、こっそり侵入できそうな窓とかは見当たりませんが…」
「大丈夫ですよ。私たちは発見されれば騒がれるんです。正面から入って、中で大騒ぎしてもらいましょう」
状況を一通り確認したソニアルーフィンがどうしたものかと、少し困ったような印象で話をするが、フィルリュージュは特に困る様子もなく、堂々と入っていくと 宣言する。ソニアルーフィンはその言葉に、確かにそれしかないが、それはそれで色々がまずいのではないかと感じはしたものの、特に口出しをすることはやめてい た。
正面は曇りガラス製のドアになっていた。それを開けて中に入るが、一階フロアは何もない、ただっ拾いスペースだけが存在していた。フィルリュージュは一瞬戸 惑った表情を見せたが、質問をしようとしたソニアルーフィンを横目に、さらに奥へと進んでいく。と、ある部屋。一つだけ、なぜかおかれた本棚がある。フィル リュージュは右に左にと振ってみる。すると左側に本棚はずれて行き、そこには上と下に階段が伸びていた。
「…片方はワナだったりするのでしょうか?」
不安感を抱えるソニアルーフィンに、フィルリュージュは「んー」とうなり、ソニアルーフィンに再び向き直る。
「ワナでも、私たち二人には大抵通用はしませんよ。もっと堂々として行きましょう、ソニアルーフィン」
フィルリュージュはそう言うと、何となく、と言った気分で階下へ延びる階段を降り始めた。すぐに辿り着き、部屋のドアを開ける。だが、そこには何もない空間 だけが広がっていた。
「間違い、だったと言うことでしょうか?」
ソニアルーフィンがその部屋の様子を見て呟く。
「いいえ、別に間違ってはいないんですけどね、面白いものがつかまりましたね」
二人の背後、入口の辺りから声が聞こえる。それは、今までの研究所のトップが男性であったため、男性の声が第一声であることが多かったが、今回は女性の声 だった。
二人は特に警戒もせずに振り向くと、そこには女性の研究者が数人立っていた。
「…この研究所に何か御用ですか?」
一人の主任、もしくはトップと思われる女性が声をかける。
「あなた方に会いに来ただけですけど」
フィルリュージュは特別隠し事もせずに、ただ単純に研究所の中に居る人に会いに来た、とそれだけ伝える。
「ここは特別な研究などはしていませんよ?」
「それは嘘ですね。あなた方は全員がアーティフィカラーだ。物理的なコンソールなどが無くても、中央コンピュータにアクセスしたりは出来るはずです」
主任の女性が言うと、フィルリュージュは既に相手の姿・正体を見抜いているとばかりに言葉をつづけた。
「あっはっは、なるほど、もうばれているんですか。…あなた方は『星々の旅団』と言うわけではないようですね」
フィルリュージュの言葉に満足そうな言葉を発して女主任が言う。一部に機械が入っていれば、宙空にコンソールを表示させることなど造作もない。実際にフィル リュージュもソニアルーフィンもしていることだ。
「ここでは、サテラのバックアップ用のコンピュータを開発している場所なんですよ」
女主任の言葉を聞いて、フィルリュージュとソニアルーフィンは顔を見合わせた。
サテラ、と言うと『女神サテラ』としての方が有名で、実際にサテラ自体がコンピュータを積んでいる物であることを知るのは、せいぜい星々の旅団くらいのもの だった。
「そう、警戒しないでください。私たちは昔から…そう、この箱庭が出来てまだ、大帝や女神と言った存在に昇華する前のソルやサテラを知るほど昔から稼働してい るアーティフィカラーですから」
ピリッとした空気を読み取ったのか、その主任が二人に言葉をつづける。
「…あなた方も、大帝ソルや女神サテラ、女神グリアリデルと言う存在はないことを知っていますね?」
「ええ。…バックアップ用のコンピュータと言っても、サテラ自身が相当の能力を持ったコンピュータです、ちょっとしたスーパーコンピュータでは追い付かないは ずですよ?」
このあたりのことは、実際にコンピュータに地球にいるころから触れているフィルリュージュの方が、内容も駆け引きもうまい。ソニアルーフィンはなるべく余計 なことを言わないようにしていた。
「『仮想コンピュータ』と言うのをご存知ですよね?サテラのバックアップコンピュータは仮想コンピュータで作っているんですよ。『ツヴァイ(Zwei)』と言 います」
「双子、を意味する言葉ですが・・・」
研究員が徐々に増えてきているような感じがフィルリュージュにはしていた。そして、ソニアルーフィンはそれが確実であることに気づく。だがまだ、駆け引きの 最中、ギリギリまで我慢しようとしていた。
「…!!まずいまずい!ソニアルーフィン、すぐにコンソールを開いてくださ い!」
その指示を受けて、ソニアルーフィンは迎撃態勢から瞬時にコンソールを開くと、それぞれソル、サテラ、クリアリデルの三か所が確認できるようにコンソールを 展開する。
直後、ソニアルーフィンを掠めて何かが飛んでいくのを感じていた。それは、ソニアルーフィンの後ろの壁にぶつかると、ドカンと大きな音を立てて爆発する。同 時に大量のアーティフィカラーが二人を取り巻く。
「ソル!すぐにプロテクトを展開するんだ!!」
フィルリュージュが叫ぶ。
一方、自分を掠めた何かを微動だにせず、ソニアルーフィンはフィルリュージュの望むようにコンソールを展開し、オペレーションを実行していく。
「何を言っているんですか。叫んだだけでソルが反応するはずが・・・」
そう言う主任の女の目に入った、ソニアルーフィンの展開したコンソールが勝手にログを流していく。同時に、ソルだけではなく、サテラもグリアリデルも次々に ログを流していく。
「・・・な、なぜ、こんな高等な言語のプログラムが流れるんですか!?そ れも、私たちのツヴァイが一つとして防護壁を突破できないなんて・・・」
主任の声を聞いて、周りの研究員たちがざわつき始めた。
「・・・こんな言語はシュバイツァー様しか組めないはず・・・」
そう言っている主任の言葉と裏腹に、いつの間にかフィルリュージュは太刀を抜き放ち、ソニアルーフィンもコンソールを見つめつつ、剣をその腕にセットした。
「じゃあ、シュバイツァーとか言う人が組んだんじゃないんですか?」
初めてソニアルーフィンが声を出す。それを聞いて、主任が目の色を変える。
「…旧型のアーティフィカラーかと思っていましたが、意外と最新技術が詰まっているようですね、なかなかに興味のあるハードをお持ちだ」
周りのどこからか、そんな声がした。確かに、寄せ集めではあるが、ソニアルーフィンの体はほぼ最新と言っていいくらいの新しい部品たちで構成された、周りが 見れば最新ともいえるようなアーティフィカラーだった。
「…いらん芝居はそろそろやめないか?あんた等はシュバイツァーから『ウイルス』と言う存在を知って、如何にそのウイルスたちが判別されないようにソル、サテ ラ、グリアリデルに埋め込むか、と言うことを研究していたんだろう?ついでにいえば、ソニアルーフィンのようなアーティフィカラーにも操作用のウイルスを感染 させて味方にする、そんなことを考えていたんだろう」
背中合わせでフィルリュージュとソニアルーフィンは周りを囲まれていた。
フィルリュージュはここまで話して来た中で、何が起きているかを推理して、それをそのまま主任にぶつける。明らかに動揺したようなその主任に、フィルリュー ジュは「フッ」と左の唇を軽く上げて、笑って見せた。
「おいおい、そんなに簡単に推理してくれちゃぁ困るよ」
突然、人だかりのなかから馴れ馴れしい口調の女性の声がした。人ごみをかき分けて一人の女性が二人の前に姿を現す。アーティフィカラーであるのは間違いな い。
「ツヴァイだって苦労して作ったんだぞ?それをあっさりとウイルスと特定したうえ、ニューロネットワーク全体にプロテクトをかけるなんて…とても、戦闘要員の やることじゃないなぁ」
その女性はそう言って、かわるがわるフィルリュージュとソニアルーフィンを見つめている。
「ああ、この前2体のアーティフィカラーをあっさり片づけちゃったお姉さんたちか」
その女性が言って、フィルリュージュとソニアルーフィンはより一層、自分のガードを固めて、同時に臨戦態勢も確実に取っていく。
「…女装癖でもあったか、シュバイツァー?」
フィルリュージュが少し残念がるような口調でその女性アーティフィカラーに言う。するとそのアーティフィカラーは高笑いしながら、フィルリュージュに答え た。
「こりゃあいい、さすが、なんでか星々の旅団とシュバイツァー本人に憎しみにも似た感情を持った人なんだなぁ」
「…シュバイツァーが不時着して、色々なアクアクリスの規律が狂っちまってね、余計なことをしてくれたもんだよ」
フィルリュージュはあくまで自分の正体を明かさない形でシュバイツァーと思しきアーティフィカラーと話をしていた。いずれはばれる。それは承知していたが、 ばれるのは極力あと…シュバイツァーを追い詰めてからの方がいい。フィルリュージュはそう感じていた。
「こっちはなかなか楽しい想いをさせてもらってますよ〜。口うるさい反抗する人間はいなくなったし、アクアクリスじゃ意外と楽しいことが具現化できる。プログ ラム技術も高低の差が激しいから、みみっちぃプログラムはすべて破壊していけるしね〜。だけど、ソルなんかに掛けたプロテクトは意外と頑丈だなぁ」
シュバイツァーと思しき女性は色々としゃべっていたが、一息つくと、右の人差し指を立てて、「1」を示すような形で手を出した。しばらくして、その指先が光 りだすと、軽くフィルリュージュの方に指先を振って見せる。すると、その光は突然すごい勢いでフィルリュージュに向かって飛び込んできた。フィルリュージュは それを難なく躱すと、驚いたと言わんばかりの顔つきでその女性を見た。
「アーティフィカラーだけじゃなくて、人間でも出せるらしいよ〜?」
咢を構えたままのフィルリュージュをあざ笑うように、その光を再び出して見せる。
「ふ〜ん・・・」
フィルリュージュは何となく納得すると、目をつむって、太刀先を右下にスッと下ろした。次の瞬間、逆袈裟(左上)に咢を振り上げる。同時にその太刀からは、 先ほどの女性が出したような光の刃がヒュッと音を立てて、先ほどの球体より早く飛びぬけていく。女性は何とかそれをそらしたが、後ろにいた数体のアーティフィ カラーは光の刃の餌食と化す。
「なっ、いきなりそんな技使っちゃう!?よほど戦闘に向いているんだろうね〜」
そこまで女性が言うと、フィルリュージュは「五月蠅い!!」と怒鳴りながら上段に咢を構えて、その 女性に斬りかかる。慌てて女性がよけると、ほぼ「埋め尽くす」と言っていいほどのアーティフィカラーの居る部屋で、女性のよけた場所にいたアーティフィカラー はよけられもせずに、フィルリュージュの太刀の餌食になって行く。
そのフィルリュージュの突進を合図に、ソニアルーフィンも攻撃に転じた。フィルリュージュが作った光の刃を自分でも作れることを確認すると、それを絡めて逃 げ場をなくし、次々にアーティフィカラーをなぎ倒していく。
ほんの5分くらいで、その場にはシュバイツァーと思しき一体のアーティフィカラーしか残らなかった。
「あーあーあー、なんてことをしてくれるんだ」
「ふざけるのもいい加減にしろ」
女性は事の重大性にあまり気づいていないと言った感じでしゃべりだすと、フィルリュージュは太刀の切っ先を女性の鼻先に突きつけて黙らせた。
「…よくここまでできたもんだな。だが、俺のツヴァイがこうも簡単にウイルスと見抜かれるとは思わなかったぞ」
突然声が男のものになる。フィルリュージュもソニアルーフィンも十分に承知していたことだったので驚きもせずに、ただシュバイツァーの話に耳を傾ける。
「お前、随分と闘い慣れしているな、だが、データが無い。どういうことだ!?」
「…これから色々と大暴れするために自分で消したからだよ。私はシルフィオス、覚えておきな」
シュバイツァーは切っ先の太刀を気にも留めずに話を進める。フィルリュージュは初めて自分の名をシュバイツァーに名乗った。
「・・・破壊の女神シルフィオス!?」
フィルリュー ジュは鼻先に突きつけた切っ先を微動だにせず、シュバイツァーに行った。さすがに、女神と崇められる存在の名を名乗っている人間はそうそう見たことないと言っ た様子で、シュバイツァーは驚いて見せた。
「…ツヴァイに ついてもだが、お前の目的は何なんだ?星々の旅団と利害が一致しているようではあるが、何かとソルたちに絡んでくる。…そう簡単にソルもサテラもグリアリデル もお前の手に落ちるような、簡単なコンピュータではないがな」
フィルリュー ジュが言うと、シュバイツァーは軽いため息をついた。
「目的か。…な んだと思う?」
「…さぁな。本 当のところ、お前…シュバイツァーの目的なんかは関係ないんだ。オリジナルの奴さえ殺せればな」
言ってから フィルリュージュは迂闊だったと、一瞬血の気が引く感じがした。だが、当のシュバイツァーはなんでフィルリュージュが自分を狙っているのかはよくわかって居な いようだった。
「星々の旅団の 目的と、何らかの関係性はあるんだろう?だから手を組んでいる。だが、お前はおろか、星々の旅団の目的もつかめない。再び機械戦争をしようとしているわけでも ないし、かといって、アーティフィカラーへの関心が無くなったわけでもない」
フィルリュー ジュが言うと、シュバイツァーは「はっはっはっ」と笑いながら、フィルリュージュの推測に笑って答える。
「全てを機械 に、と言うのは星々の旅団のターゲットではある、今でも。人間ではないものが人間以上の進化をすることで、周囲一帯の生物の頂点を求める。…アーティフィカ ラーであれば、人間のような遅い歩みを踏まなくとも、改良を重ねて行けば、すぐに進化できるからなぁ」
シュバイ ツァーは初めて星々の旅団の目的を口にした。ただ、これが本当目的であるかどうかは未知数だった。
「なるほど なぁ。だから大量のアーティフィカラーを擁しているのか」
フィルリュー ジュも何となく納得したと言った様子でシュバイツァーのその説明を聞いて納得したような風を見せた。だが、それでも完全にシュバイツァーの言っていることに対 して納得したわけでもない。
「で、シュバイ ツァー、あんたの目的は何なんだ?」
「端的に言えば 世界征服かな?」
フィルリュー ジュが当然と言うようにシュバイツァーに当人の目的を確認する。すると、あまりに適当で簡単な答えが返ってきた。
「あっはっ はっ…世界征服だと!?全員がお前の言うように行動して、自分は 頂点に立って指示をして。…むなしいことこの上ないとは思わんのか?」
フィルリュー ジュはシュバイツァーの答えを聞いて、それを笑い飛ばす。だが当のシュバイツァーもそんなにイラついた様子も見せずにフィルリュージュの様子を見ている。
「んじゃあ、唯 一無二の存在に変えておこうか。できれば、大帝ソルくらいの絶対的唯一無二の存在」
この答えを聞 いて、フィルリュージュは少しだけ眉を細め信憑性がある答えだと感じた。
「大帝ソルと闘 おうとでも言うのか?」
「さぁ、まだそ の辺はよくわかんないんだよね〜」
フィルリュー ジュが質問すると、シュバイツァーは適当なしぐさを交えて、核心にも触れないような答えを返してきた。
「…そうか、そ こまで聞ければもう用はない。どのシュバイツァーも大体同じ事を言っているからな」
フィルリュー ジュは瞬間的に太刀を振り上げると、シュバイツァーの脳天から一気に下に向かって太刀を振り下ろす。バヂヂとショートする音ともに目の前のアーティフィカラー は崩れ去った。
「…シュバイ ツァーの言う『唯一無二』とはどう言うことでしょうか?」
ソニアルー フィンが不思議そうにフィルリュージュに訊ねる。「ふーむ」とうなって見せるフィルリュージュも、その辺の核心についてはわかっていない様子だった。その時、 ソルが二人に話しかけてくる。
「我のような存 在になろうと言うことだとすれば、完全なる『星』、アクアクリスの掌握、と言ったところだろうが…実際はそう言うことでもないんだろうな」
ソルの言葉に 続けて、ツヴァイが話しかけてくる。
「星の掌握、と 言っても結局は世界征服と一緒ではないでしょうか?それに、その段階では、ソル様やサテラ姉様、グリアリデル様などを掌握すると言うわけではないでしょうし」
ツヴァイの言 うのはもっともだった。アクアクリスの全コンピュータ及び記憶ユニットを掌握、ニューロネットワークを思うように操らなければ、アクアクリスの掌握とは言えな い。それを聞いているフィルリュージュもなんだか、その目的とやらがどんなものかがわからなくても、あまり驚異的ではないのではないかと考えるようになってき ていた。
「まぁ、一個人 が考えるようなことです。大きなことを言っても結局は見栄を張る程度のようなことでしょうからね。もう少し旅を続けてみましょう」
フィルリュー ジュは右手にまだ持っていた太刀を納刀すると、ソニアルーフィンを促して、その研究所から外へ出た。
外は相変わら ず鬱蒼とした木々に包まれていて、夜に差し掛かった外は既に暗黒にも近い夜の様相を呈していた。
「マスター、一 つよろしいですか?」
外に出て、森 の中を彷徨うように歩くフィルリュージュの背中にソニアルーフィンが訊ねかける。フィルリュージュは丁寧に、立ち止まるときちんと顔をソニアルーフィンの方に 向けて、目と目を見て話をしようとしてくれていた。
「どうぞ。…な んとなく、言いたいことはわかりますが」
「はい。…シュ バイツァーが星々の旅団と手を組んでいるのは確実です。ですが、シュバイツァーは討っても討っても出てくる状態。ソルがそのあたりのことを調べてくれています が、きりがないと言うのはたぶん、間違っていないと思います」
ソニアルー フィンがそこまで言うと、フィルリュージュは静かにうなずき、再びソニアルーフィンの瞳を見つめ返してくる。
「では、次はど こに攻め入るのが有効でしょう?いえ、私も同じようなことは考えています。なので、多分意見は同じだと思いますが、ソニアルーフィンの考えと言うのを聞かせて ください」
フィルリュー ジュはそう言って、ソニアルーフィンの意見を促す。ソニアルーフィンは少し抵抗があり、同時にマスターに偉そうに意見することに、多少の戸惑いを感じていた。 だが、見つめるフィルリュージュは特にそんなことは気にせず、むしろ同等に話をしてくるようにと言っているように、優しい笑顔でソニアルーフィンを見つめてい た。
「…まずは、 星々の旅団。ここの本部を叩いて、旅団の目論見を潰す。それからシュバイツァーとの関係を問いただし、そこからオリジナルのシュバイツァーに一番最短のルート で叩きに行く。そうする方が早い感じがしています」
ソニアルー フィンは的確な意見を短めに言う。それを聞いて、フィルリュージュも軽くうなずくようにしていた。
「ソル、シュバ イツァーの認識番号を持つアーティフィカラーは…増加、しているんじゃありませんか?」
フィルリュー ジュの突然の質問にソニアルーフィンが驚く。
「シュバイ ツァーのアーティフィカラーがこれ以上に増える!?そんなことって・・・」
「…残念だが、 ソニアルーフィン。フィルリュージュの言うように、シュバイツァーは増えている。しかも、コピーをしていると思われるのだが劣化が無い」
ソニアルー フィンの意見に、ソルが残念そうに告げる。それを聞いて、ソニアルーフィンは唖然として、しばらく棒立ちになる。コピーやクローン細胞などを次々に創っていく と、大抵は劣化が生じ始め、オリジナルとかけ離れたものになると考えられていた。
棒立ちになっ てしまったソニアルーフィンを見て、フィルリュージュはソルの言葉にフォローをするように話し出す。
「…どこかで、 中身のないアーティフィカラーが生産されています。そして、シュバイツァーのこれまでの一連の経験を含むすべてのデータが、そのアーティフィカラーにコピーさ れています。もちろん、私たちと闘ったデータとそれに対する対抗策についても、送り出されるシュバイツァーはインプット済みでしょう」
フィルリュー ジュは丁寧な言葉でソニアルーフィンに言った。
その説明を聞 いて、ソニアルーフィンは(本来そんなことはないのだが)立ち眩みがして、倒れるのではないかと思った。これから何体かもわからない、シュバイツァーの意識を 持ったアーティフィカラーが次々にアクアクリス上に送り出されると言うのは、途方もない戦いになることを意味しているとしか思えなかった。
「…ソル、当然 その新規で出来てるシュバイツァーはアクアクリス上のあらゆる場所から突然出現しているんですよね?」
フィルリュー ジュがそう言って訊ねる。
「ああ、まるで 草木が芽吹くかのようだよ」
ソルも『突 然』と言うのが解せないと言った感じでフィルリュージュに返答した。
「…ソニアルー フィンの言うように、まずは星々の旅団へ行くのが良いようですね。…シュバイツァーのことがわかるかどうかはわかりませんけど」
半ば絶望的な 意見を言いながらフィルリュージュはソニアルーフィンから視線を外すと、漆黒の森の中に足を踏み入れて行く。ソニアルーフィンも「そうするしかない」と答えが 突きつけられたのでは逆らいようもなく、フィルリュージュについて歩き出した。