第四節
森の中の研究 所を後にしてから数日が経過してい居た。星々の旅団の基地局まではソルやサテラ、ツヴァイがナビゲートしていたが、移動局のようでなかなかその基地を見つけ出 すことができないでいた。
「…地下?なの かな?」
ふと、ソニア ルーフィンがそんなことを言う。今までは地表に建つ建物を見つけていたが、実際は必ずしも建物の体を成したものとは限らない。ソニアルーフィンの言葉に反応し て、すぐに サテラとツヴァイが地中にある、構造物をみつけに入る。そして、それはしばらくして見つかった。
「なるほど、木 を隠すなら森。…周りに背の高い草があれば、その中に何事もなかったかのように入口も存在できるのか」
始めのうちに 旅していたのは、ただっ広い平原だった。地下構造物は確かにその平原の方まで作られていて、初めソルたちはそれを見つけていたのだが、入口が無いところを見 て、過去に作られた建物で、地上部分が無くなっていたのだろうと判断していた。だが、その草原からそう遠くない場所に、背の高い草に覆われた場所がポツンと あった。そして、その中心には、引き上げるタイプのドアが隠されていた。
フィルリュー ジュとソニアルーフィンはゆっくりとそのドアを開ける。梯子がかかっていて、下へと延びていた。それを降りて行った場所は少し広いロビーのような場所になって いた。
「不法侵入、な んだからさっさと研究員なんかが出てくればいいのに…」
そのロビーの ような場所で二人はしばらく、何か起こるかと待っていたが、何も起こる気配はない。
「…もうすで に、潰された研究所、なんでしょうか?」
残念そうにシ ルフィスが言うが、フィルリュージュは首を振って、ソニアルーフィンの言葉を否定した。
「仮に潰れてい れば電気などはつかないでしょう。…が、ココには、導くように一方向にだけ電気がついています。ワナとみるか、好意的とみるかは人それぞれでしょうが、この電 気の方向に進むのがまずは正しい判断だったりするかもしれません」
そう言って、 フィルリュージュは特別警戒もする様子を見せずに、電気のついている廊下の方へと進みだす。ソニアルーフィンも慌てて付いて行くが、それがワナであることは、 慎重な ソニアルーフィンはともかく、フィルリュージュにもわかったことだった。
しばらく電気 がポツリポツリと灯った廊下を二人は歩いて行く。廊下は右に左にと曲がっていて、この地下構造物が複雑な作りをしていることを意味していた。なおも先に進んで いくと、廊下は行き止まりになっていた。
「マスター、こ れはヤバいですよ、ワナです、絶対」
ソニアルー フィンが そう言ってその行き止まりになっている廊下の床を足で叩いたり、壁を腕で叩いてみたりしていた。
「…敢えて、ワナに飛び込んでみるのも一つの方法だったりしますよ、ソニアルーフィン。…なにが正しいかなんて、誰が決めるわけでもないのですから」
フィルリュー ジュはソニアルーフィンに初めは冷静に話して見せる。が、間を置いてどこか寂しそうな、どうにもできないんだと言いそうな切ない声でソニアルーフィンに言っ た。
フィルリュー ジュの言葉の直後、ソニアルーフィンが予想していたようにその『ワナ』は作動し、床が抜けて、あらん限りの電球が煌々と光るフロアに落とされた。二人は体制を うまく 入れ替えると、しりもちをつくこともなく、床に着地してみせる。
その着地した 場所は四方を格子に囲まれていて、檻のようになっていた。
「これは…野生 動物でもかかったかとおもったら、人間でしたか」
すぐ近くにい た研究員と思しき男性が、檻にいる二人を見て愉快そうに言った。だが、フィルリュージュはその言葉が気にくわなかったのか、ゆっくり立ち上がると、その研究員 を正面から見つめた。
「…この程度で 『捕まえた』とでも思っているのでしたら、大間違いですよ?」
フィルリュー ジュはそう言って、ゆっくりと咢の柄に手を掛ける。
「この状況で何 を言っているんです、どう考えたって捕まって檻の中にいる姿でしょう?」
研究員は愉快 そうにフィルリュージュとソニアルーフィンをみて笑いながら言って見せたが、それがフィルリュージュの逆鱗に触れてしまっていることには気づいているようでは なかっ た。ただ一人、旅を続けるソニアルーフィンだけが、その逆鱗に気付くだけだった。
だが、肝心の ソニアルーフィンむも、どうやってこの太い格子の檻から脱出しようとしているのかは検討がつかなかった。フィルリュージュが咢に手をかけているのを見て、切り 落とす のかと言うことは何となく想像できたが、いくら太刀の使い手でも、それが出来るとは思わなかった。
「ふーっ」
フィルリュー ジュは腹の底から息をゆっくりと吐き切る。次の瞬間、咢を抜き放つと一気に格子に向けて咢を振り下ろす。
研究員たちが いつの間にか集まってきていたが、フィルリュージュが格子を斬れるわけがないと誰もが笑っていた。ソニアルーフィンは逆に相当の逆鱗に触れるような状態になっ て、こ の先どうなるか恐怖を抱かずにはいられなかった。
『ガッ』
鉄と鉄がぶつ かりあう音の後、『キィン』と耳に響く音がする。その音が連続して聞こえる。
フィルリュー ジュは右手の方の格子を一気に切り落とすと瞬間、咢の刃が左向きになるように構え直すと、自分の頭あたりを横に一閃させる。ピタリと止めた瞬間、咢の刃を下に 向け、左手の方の格子を切り落とす。斬り終わったのを確認したフィルリュージュは、ヒュンと、本来刀に付いた血を払うためのしぐさをして、鞘に納刀する。
そして、その 斬った部分の格子を幾分乱暴に蹴り飛ばすと、あっけなくその格子は音を立てて倒れ、フィルリュージュとソニアルーフィンは簡単に檻から外に出て来ていた。
「これでもまだ、檻に入っているとでも?」
少しだけフィ ルリュージュの言葉が乱暴になっている。ソニアルーフィンは知っている、フィルリュージュの言葉が乱暴になって行くに従い、その怒りは強いものになっているこ とを。
そんなフィル リュージュたちを見て、研究員達が慌ててその場から逃げだす。
「あっ、こら待てっ!!」
ソニアルー フィンが 慌てて止めようとするが、それをフィルリュージュは止めた。多分、フィルリュージュは自分の方から相手に挨拶に行くから追わなくていいと言いたいのだと理解し て、研究員たちを追いかけるのを止めた。
「…ここが星々の旅団の研究所なんでしょうか?…にしては、ちょっと殺風景な気がしませんか?」
そこはただ冷 たい色のタイルが敷き詰められただけの部屋で、アーティフィカラーを研究したりしているような印象はなかった。天井から無造作に伸びるケーブルだけが、どこか 違和感を与えていた。
「…いや、私の部下たちがくだらん悪戯をしたようで申し訳ない。どうかご容赦いただきたい」
突然その声が 聞こえた。
白衣にメガネ、無精ひげに伸び放題の髪の毛。いかにもここ数か月は自分に気を遣った覚えが有りませんと言いたいような姿の人間が立っていた。
「いえ、別に罠に引っかかること前提の上で来たんですから、それは構いませんよ。ただ、笑いのネタにされたのは気に入りませんがね」
フィルリュー ジュはそう言って、その研究員に挨拶する。
「星々の旅団に なにか御用で?」
要件を言おう としたフィルリュージュより早く、その研究員は質問してきた。
「色々と、聞き たいことが。私はシルフィオス、こっちはソニアルーフィン」
フィルリュー ジュは自分の(偽りの)名とソニアルーフィンの名をそれぞれ名乗る。
「…ああ、申し 訳ないですね、私、名前が無いんですよ。ふざけているのではなくて…こう見えて、プロトタイプのアーティフィカラーでして」
その研究員は そう言いながら、自分の首を引っこ抜くと、ケーブル類でいっぱいになっている首の接合部を見せる。
「ここにいる研 究者、全員アーティフィカラーですね?」
研究者の姿を 見てピンと来たのか、ソニアルーフィンはその相手に訊ねると、無言でうなずいた。
「…ここは星々 の旅団から見捨てられた場所なんです。元々は研究の最先端の基地局ではあったんですけどね、ちょっとオーバープログラムが原因で、施設が壊滅状態になるくらい の、研究用アーティフィカラーの暴走がありまして。それ以来、すべての研究を取り上げられました。…人間の研究者は生き延びるためにここを離れましたが、アー ティフィカラーは外に出てもそうそう、優遇はされませんからね、そのまま残ってこうしていると言うわけなんです」
簡単にだった が、その研究者はいきさつを語ってくれた。それを聞き、ソニアルーフィンはどこか複雑な気分でいた。
物珍しさから か、先ほど逃げたアーティフィカラーたちも、そのプロトタイプだと言うアーティフィカラーの後ろに集まっていた。
「…率直に聞き ます。星々の旅団、これは何を目指して研究をしたり、待ちなどに拠点を作ったりしているんでしょう?」
フィルリュー ジュはなにも包み隠さずに質問する。
その質問内容 を聞いて、一部のアーティフィカラーたちがざわめき始める。その理由がなんであるか、フィルリュージュはすぐに感づき、言葉を続ける。
「ああ、攻撃の 意図はありませんが…この剣が気になりますね。…これはお預けします」
そう言って、 咢を外すと、プロトタイプと言うその研究者に手渡す。
「ソニアルーフィンに ついては、この位置から動かないようにさせます。これで、いくらかは安心されますか?」
フィルリュー ジュが訊ねると、周りのアーティフィカラーたちから安堵の声が上がる。
「星々の旅団の 目的ですか。…初めのうちは、『星々』を街と見立て、キャラバンの護衛などをしていました。人間が人間の、ね。ですが、襲撃する者たちがアーティフィカラーに 変わってくると、人間だけでは手におえなくなってしまいまして。それで、星々の旅団がキャラバンを護衛するためのアーティフィカラーを作り始めました」
話が始まり、 フィルリュージュたちは今の星々の旅団とシュバイツァーの手を組むきっかけが無いかと聞き入る。
「そうしている うちに、周りのアーティフィカラーも改良が進み、どんどんと高度な技術のアーティフィカラーが生まれ始めた。それに対抗するため、星々の旅団も研究に没頭をし 始めました。…これが、いまの星々の旅団がアーティフィカラーに固執し研究している理由の一つです」
そのプロトタ イプのアーティフィカラーはフィルリュージュたちが極力理解するように、だが長くならないように注意しながら話を続けていく。
「それからは、 キャラバンの護衛も辞め、アーティフィカラーでも、より強固なアーティフィカラーを創るための研究に切り替わっていきました。…『強固』とは言いますが、実際 は簡単に停止させられることのないアーティフィカラーの開発です。始めこそはキャラバンのことを考えての事でした。しかし、少しずつアーティフィカラーが強固 になるにつれ、これらのアーティフィカラーを『兵器』に転用できないかと言うものが現れ始めました。そのあたりから、星々の旅団はアーティフィカラーの開発と 研究に力を入れ、部分的ではありますが、街を支配するような強攻をするようになって行ったのです」
そのプロトタ イプのアーティフィカラーはそう言うと、何とも寂しそうな表情をして俯く。ソニアルーフィンはそんな状況を知り、自分の存在意義がなんなのかなどと言ったこと を考え るようになり始めていた。
「研究が進ん で、アーティフィカラーがより人間に近くなり始めて、脳の移植などによる、人間の『永遠』へのあこがれを実現し始めたんですか・・・」
フィルリュー ジュも何となく、状況をくみ取ったのか、いつもの元気な声ではなく、どことなく落ち込んだ声で質問した。
「そうですね。 脳から脊髄、そう言った部位を傷つけずにアーティフィカラーに取り込むことができるようになった、それが永遠を求める人間を生み出すようになり、今はご存知の 通り、脳は人間、身体は機械、そう言った人間…と呼ぶには少々、難のある存在が生まれました」
フィルリュー ジュの言葉の後に、目の前にいるアーティフィカラーは答えた。
「・・・ああ、 星々の旅団の目的、でしたね。アーティフィカラーがそこまで強固になり、アーティフィカラーの力によって掌握が出来るようになったとき、研究員は移植用の脳の 一部を加工するようになりました」
「…それが、 オーバープログラムによる暴走を起こした」
なんとなく話 がしずらそうな、プロトタイプアーティフィカラーの言葉を聞き、フィルリュージュは間髪おかずに言葉を続けた。大体の予想はついていたとは言え、それを的確に 当てたフィルリュージュを見て、あきらめにも似た溜息をつき、うなずいた。
「…ですが、実 際にはその『脳の加工』は成功している、それが時々発生する『パーサーカータイプ』と言うアーティフィカラー。…それらを使って、星々の旅団が目を付けた街 が、降伏しない場合は、アーティフィカラーによって制圧することも少なくない」
語り部がプロ トタイプのアーティフィカラーからフィルリュージュに移る。
フィルリュー ジュの言葉にソニアルーフィンは半分驚き、半分落ち込みかけた表情を、目の前のアーティフィカラーは大体のことはわかっているんだと納得したと言いたいような 表情で フィルリュージュを見つめた。
「…それらの街 で、星々の旅団は何をしているんですか?」
「空気のない場 所など、あらゆる外的干渉を受けないアーティフィカラーの作成です。…それにより、アクアクリス外へと抜け出すことも不可能ではないと、星々の旅団の研究員た ちは思っていますよ」
答えを聞き、 フィルリュージュはなんとなく、納得した顔をする。
その瞬間、目 の前のアーティフィカラーは、フィルリュージュから預かった太刀を抜き去ると瞬く間にフィルリュージュの間合いに入り込み、咢でフィルリュージュを斬りつけ る。鎖骨で咢の刃は止まったが、それでもフィルリュージュが危険にさらされている状態には変わらなかった。あまりに一瞬の出来事だったため、ソニアルーフィン は動く ことが出来なくなっていた。
「そのまま動か ないでくださいね、ソニアルーフィンさん。さもないとあなたのマスターがどうなるかわかりませんからね」
フィルリュー ジュが人質に取られてしまうと言う失態を冒したソニアルーフィンは自分の中で、何かが狂い始めて行く感触を覚えた。
「ソニアルー フィン! 落ち着け。私は大丈夫」
フィルリュー ジュの一言が耳に入り、改めてその状況が目を通して入ってくる。頭の中であらゆる条件を導き出し、演算を繰り返す。「大丈夫」とは言っているフィルリュージュ であっても、人質になっていることに変わりはない。色々な条件が頭の中を駆け巡る。徐々にソニアルーフィンの演算スピードと、実際のソニアルーフィンに搭載さ れたコン ピュータとがズレを生じはじめる。
その状況が分 かったフィルリュージュはソニアルーフィンのオーバーワークを防ぐための何かを探していた。
その時を同じ くして、そのフロアにいた大勢のアーティフィカラーが手に手に鉄の棒やナイフ程度の刃物を持って、フィルリュージュとソニアルーフィンに襲い掛かる。
その様子を見 たフィルリュージュは内心「しめた」と感じ、思わず笑みがこぼれる。その笑みを見て、フィルリュージュを人質に取っているアーティフィカラーは驚きにも似た声 でフィルリュージュに問いかけた。
同時に、シル フィスは一斉に動き出したアーティフィカラーの波に驚き、そちらに意識が飛ぶ。
「なにがおかし いのです?相方さんはそろそろオーバーフローを起こしますよ」
「オーバフロー は起きない。一つは、オーバーフロー寸前に制御コンピュータの制御系統があの体の中身のものから、外部の物に移るから。もう一つは…皆さんが動き出すのが早す ぎた。ソニアルーフィンはアーティフィカラーのみなさんの動きに一瞬でも制御が切り替わり、私の事での演算はほぼゼロに戻ったから」
フィルリュー ジュの言うように、ソニアルーフィンの意識はほんの一瞬だが、その場にいたアーティフィカラーの動きに驚き、フィルリュージュを守ることに対する演算から、大 量の アーティフィカラーを止めることへの演算に切り替わった。
「ソニアルー フィン!!ここにいたのはやっぱり敵だ!全員を薙ぎ払え!!」
フィルリュー ジュは咢を頸動脈に突きつけられながらもソニアルーフィンに指示を飛ばす。マスターの指示ば絶対実行すべし。ソニアルーフィンの中でそれはフィルリュージュが どういう状況 であれ、自分たちがどんなに不利な状況であれ、行動を起こさなければならない最高位の優先順位事項。ソニアルーフィンは一瞬、フィルリュージュを見る、フィル リュー ジュが余裕のある表情を見せると何の迷いもなく−仮に、アーティフィカラーに攻撃することでフィルリュージュに害が及んだとしても−アーティフィカラーの集団 に突っ込んでいくと、かかってくる正面から次々になぎ倒していく。
その様子に、 プロトタイプだと名乗ったアーティフィカラーは驚きを隠せないでいた。
「…マルチタス ク。中央演算装置内にある複数のコア。それらのコアの処理速度。処理をするために必要なメモリ。すべてにおいて、ソニアルーフィンはアクアクリスのアーティ フィカ ラーの頂点にいるべきアーティフィカラーでしてね。そのソニアルーフィンは自分の中にある絶対的な命令に戸惑った…マスターを何がどうあっても守るべき…と言 う命令 に混乱した。ですけど、それよりも優先順位が高いのが、マスターの命令は絶対、と言うことでしてね。いまのソニアルーフィンはたとえ私が死んでいようとも、こ こにい る『全て』のアーティフィカラーをなぎ倒し、行動を不可能にしていく」
フィルリュー ジュは余裕の表情を見せて、ソニアルーフィンの今の姿に対して説明する。
「…ボディはそ んなに大きいものではない、どんなアーティフィカラーであっても。その内部に処理機能のすべてを収めるのは不可能。故に、ギリギリのところまで制御用の機材は 削られる。そんな色々な演算ができるほどのアーティフィカラーはまだ開発出来ていないはず」
「その処理系統 を外部に持っていたら?」
唖然とする アーティフィカラーにフィルリュージュは短い一言で、質問に質問で返す。
まだ一部稼働 可能なアーティフィカラーが存在していたが、脅威とならないところまで来たのを確認したソニアルーフィンはいつの間にか、フィルリュージュを人質に取っていた アー ティフィカラーの鼻先に右手に艤装した剣を突きつけていた。
「マスターを解 放していただきましょうか、ついでに咢もこちらへ」
ソニアルー フィンが そう言うと、力なくフィルリュージュは解放され、咢もフィルリュージュの元に戻ってきた。フィルリュージュはポンとソニアルーフィンの肩に手を置いて、笑顔を 見せ る。それが「正解である」ことを意味していた。ソニアルーフィンはそのまま、剣を突きつけた状態でその場にとどまり、フィルリュージュはまだ動く、十数体の アーティ フィカラーの方へと向かっていく。
「…あなた方に 思念はありませんが…。ソニアルーフィンがしたことは間違っていないんですよね?」
フィルリュー ジュは咢を鞘から抜き去ると、風のように動いているアーティフィカラーを切り捨てて行った。そして、その勢いのまま、最後に残った一体のアーティフィカラーの 元に戻ってくる。
「…あなたがこ のソニアルーフィンさんを?」
突然質問され て、フィルリュージュは驚いたが、その質問には特別答えなかった。
「…ソニアルー フィン は私のガーディアン。…特別なアーティフィカラーで、アクアクリスに一体しかない…大帝のユニットです」
それを聞き、 そのアーティフィカラーは力なく笑いながら、膝から崩れた。
「大帝…ソルの ユニット!?勝てるはずがありませんね。守りしは破壊の女神シルフィオス。最強で はありませんか」
「…大帝のユ ニット、と言うことは、ソニアルーフィンの外部ユニットが何かもお分かりですよね?」
少々悪戯っぽ くフィルリュージュが訊ねる。
「我々のような 身分の者が使えるユニットではない。…ですが、そんなユニットだからこそ、ココを見つけ出していただけたんでしょう。…シルフィオスさん、あなたはもう、すべ てを理解されていますね。私からこれ以上、言うことはありません。後はお任せします」
プロトタイプ のアーティフィカラーはそう言いながら、フィルリュージュを見つめた。初期段階の期待であるはずなのに、その瞳には涙がたまっていた。
「ソニアルー フィン、 下がっていてください」
フィルリュー ジュは少しソニアルーフィンとの間合いを開けると、ゆっくりと咢を抜き去った。ゆっくりと上段に構えると、瞬間で一気に咢を振り下ろす。なんとも言えない表情 をしな がら、フィルリュージュは咢を納刀する。
「…マス ター・・・」
「今回は上出来 でした。…ソルへの演算機能の移植は功を奏しましたね」
フィルリュー ジュが言うと、ソニアルーフィンは一回うなずく。ソニアルーフィンにとっては、守るべきマスターが人質に取られたと言うことが汚点でしか残らなかったが、フィ ルリュージュ がそれに触れないと言うことは、今回はそのような形でよかったのだろう、と判断した。
二人はその部 屋に唯一あるドアから廊下に出る。
カチャリ、と ドアが閉まる音がしたのち、部屋の中からガシャンと言う音が聞こえた。
切ない表情を 崩すことなく、フィルリュージュはそのドアを見つめ直す。ソニアルーフィンもそれに倣う。
そして、何も 言わずに二人はそこから移動した。
草むらの中の ハッチ型の出入り口。そこから二人は這い出すと、静かにハッチを閉める。それを確認にすると、フィルリュージュは手のひらで光の球体を作りだし、そのハッチ目 がけて投げつける。バキッと言う音がして、そのハッチはひしゃげる。ソニアルーフィンが渾身の力で引っ張ってもそのハッチが二度と開くことはなかった。
「…これで本当 によかったのでしょうか?」
ソニアルー フィンは 開かないことを確認してから、フィルリュージュに訊ねかける。
「そうですね。 結果は悲しいものでしたが…ここにいたアーティフィカラーのみなさんが望んていたのは、機能の停止でしたからね。これが正解なんでしょう。…そう思っていない と、これから先の星々の旅団との闘いが゛つらくなるだけですよ」
フィルリュー ジュは優しい声でソニアルーフィンに言って聞かせた。
二人はハッチ を後に、再び深い草むらの中をソルから送られる情報を元に歩き始めていた。暫く進んだのち、突然前を行くソニアルーフィンが立ち止まる。フィルリュージュもな にが起 きたかわかったように、咢に右手を掛け、ソニアルーフィンと背中合わせにその場に立ち止った。
ガサガサと周 りの草むらが揺れる。突然の攻撃に備え、二人は武器を構え、相手が姿を現すのを待つ。バサッと音がすると、フィルリュージュたちの周りの草が根元から切られ、 周辺の様子が確認できるようになった。そこには、フィルリュージュとソニアルーフィンを取り囲むようにして、シュバイツァー型のアーティフィカラーが10体 立ってい た。
「よくまぁ、こ んな草むらの中を進む気になるもんだなぁ」
一人、シル フィスの真正面にいたシュバイツァーが声を発する。その様子を見てソニアルーフィンの目つきが一段と鋭くなる。
「…このパー ティのリーダーは貴方ですか?」
ソニアルー フィンが 睨むように正面のシュバイツァーを見ながら訊ねる。
「まぁ、そんな 感じかな?だけど誰がリードをして、あんたたちを襲うかなんてのは、今に決まったことじゃないし、その時のリーダーが誰かなんて、探るだけ無駄だろう。10体 同じ姿かたちのアーティフィカラーがいるんだ。いざ戦闘となりゃ、どれがどの位置にいたかなんて、関係なくなっちまうさ」
砕けた態度で そのシュバイツァーはソニアルーフィンに話をする。ソニアルーフィンはその間一刻も隙を見せることはない。
「執拗に私たち を追いかけているようですが、私たちの何を求めているんですか?」
無駄話の止 まったシュバイツァーに質問を投げかける。すると、当のシュバイツァーは突然笑い出す。
「はっはっ はっ、執拗に追いかけてる!?それはこっちのセリフだぜ、お嬢ちゃん よぉ。何体もの俺を切り刻んでくれてるって言うのに、そっちに用事のない理由はないだろう?だから、わざわざ出て来てやったんだぜ?」
ソニアルー フィンの 質問に対して、シュバイツァーは笑い飛ばし、ソニアルーフィンの質問自体が逆だと言い出す。ソニアルーフィンはそう言われても、慌てる様子もなく、じっと相手 の出方を探っ ていた。…言葉での駆け引き、今はその段階でなにかの隙さえ見つければすぐにでも攻撃に転じようとしている状態だった。
「で、何か用か い?お嬢ちゃん」
シュバイ ツァーがソニアルーフィンに訊くがソニアルーフィンは何も答えない。少しの沈黙ののち、話を始めたのはフィルリュージュだった。
「お前、いった い何体に分かれてるんだ?それに、そこまで自分を増やして、何をしようとしている?」
丁寧な言葉づ かいはない。フィルリュージュもある程度、警戒をしながらシュバイツァーの出方を探っていることが背中合わせのソニアルーフィンにはわかる。
フィルリュー ジュの質問には、フィルリュージュ側にいるシュバイツァーが答え始める。
「何体に分かれ てるかなんてわかんねぇなぁ。あちこち、アーティフィカラーが作れる場所で作ってるからな。二つ目の質問だが、それについては何も言えねえな。シルフィオスっ て言ったか、あんたたちを捕獲、もしくは破壊するようにと言う命令データがインプットされてはいるんだがな」
「…私の場合 は殺害、と言うのが正解だぞ。こう見えて人間だからな」
シュバイ ツァーがしゃべった言葉の一つを丁寧に指摘する。相手が冷静さを失って、なにかボロを出さないかとわざと返答してみた結果だった。だが、当のシュバイツァーは それ以上、しゃべるのを止めてしまう。
「…遠隔操作で もされているのか、こいつら・・・」
突然黙り込ん だシュバイツァーの様子を見て、フィルリュージュが呟く。それに対しても特別な反応はない。人間に似た部分として、ただ突っ立っているだけではなく、重心を入 れ替えるように足にかかる体重の移動をしたり、何もないが手を見て何かを気にしたりしている部分は、限りなく人間に見える。
「先を急ぎた い。道を開けてくれるか?」
単刀直入に、 闘う意志は持ち合わせていない、都合上、敵対している相手がいるから武器を構えた。そう言う裏の言葉を隠しながら、フィルリュージュがシュバイツァーに質問す る。その質問の答えは言葉ではなく、相手からの攻撃、と言う形で拒否される。
取り囲んでい た10体が一斉に真ん中にいるフィルリュージュとソニアルーフィンに、腕(アーム)を鋭利な武器に変化させて攻撃してきた。そうして、10体のアーティフィカ ラーは 円の中心を狙って突き刺したが、そこに居たはずの二人の姿はなかった。瞬時に悟ったシュバイツァー型数体は上を見上げる。そこにフィルリュージュとソニアルー フィン の姿があり、10体の上に着地すると、十分な間合いを二人は取る。
適当に起き 上ってきたシュバイツァー型は思い思いの方法で、フィルリュージュとソニアルーフィンに向かって攻撃を仕掛ける。
フィルリュー ジュは咢を抜き去り、光の刃を具現化する。それを真一文字に振り払うと、襲ってきていた7体のシュバイツァー型は腹部に強い衝撃を受けて、突進している足が止 まる。それを確認すると、フィルリュージュは瞬時に1体との間合いを詰めると、のど元に突きをを入れる。入った状態のままで咢を左に90度回すと、そのまま右 の方向に薙ぎ払う。薙いだ先には次のシュバイツァー型が待っていて、それには右の顔側面に咢が吸い込まれるように入っていく。真ん中あたりで止まった咢に対し て、フィルリュージュは柄のぎりぎり先を持つと、左足をあげて回し蹴りを繰り出す。それはシュバイツァー型にはヒットしなかった。代わりに咢の峰に蹴りがヒッ トすると、顔の半分で止まっていた咢は一気に振りぬかれる。
それまでの時 間はほんの数秒。さすがのソニアルーフィンでも恐ろしさを感じずには居られないほど、流麗な攻撃だった。それを見た、数体はターゲットをフィルリュージュから シル フィスに変更するが、ちょうどその時には、ソニアルーフィンを襲ったシュバイツァー型は一斉に吹っ飛んだ瞬間だった。
ソニアルー フィンは 思わずフィルリュージュの攻撃の流れの綺麗さに見とれていたが、すぐに我に戻ると、左の手の甲に右の掌を合わせると、いとも簡単に巨大な光の球体を生み出し た。光が下から差し込んできた状態を奇妙に感じた、ソニアルーフィンを襲うシュバイツァー型は「やっ!!」 と言う、ソニアルーフィンの掛け声に驚き、慌てて体制を整える。しかし、隙になった顎下の方から、アッパー気味に小さくなった光の玉が勢いよく襲ってきた。そ れぞれ がアッパーカットの光の球体を喰らい、吹っ飛んだ瞬間、だった。
2,3体ほど 残ったシュバイツァー型はお互いに顔を見合わせると、その場から逃げだそうとする。だが、倒れた数体がそれをさせない。少しの沈黙が流れたが、その沈黙の時間 にフィルリュージュとソニアルーフィンは瞬間的に移動速度を速めて、その場から消えたような錯覚を起こす。
フィルリュー ジュ側に斬られた二体とおろおろしている3体。それを、いったん納刀して腰のあたりに左手で咢をもつと、再び下から上へと斬り上げるようにして抜き去る。それ で1体。次に咢を振り下ろす間に1体、そして、フィルリュージュは右手だけで咢を持ち、残った1体に向き直る。頭の中が混乱し始めた最後の1体は闇雲にフィル リュージュに突っ込んでくるだけだった。鳩尾(みぞおち)を見測ると、両手で咢を構えて、まっすぐ鳩尾に咢を深々と差し込む。そこから一斉に体内の電流が外に 漏れたシュバイツァー型は電気の細かな稲妻に包まれながら倒れて行った。
ソニアルー フィン側 には倒れている1体と足をつかまれて逃げられない1体がいた。逃げようとしている1体にフィルリュージュは上段の後ろ回し蹴りを放つ。ガンッと言う鉄の塊同士 のぶつかる音がする。ソニアルーフィンの回し蹴りは相手の顔面にヒットしたが、首がもげるようなことのない、意外に頑丈に作られたものであることが分かった。 徐々に 表情が高揚してくるソニアルーフィンは改めて逃げ出そうとしている1体をターゲットにして、ファイティングポーズをとってみせる。相手側は余裕なく、ただ首を 振るだ けだったが、ソニアルーフィンはお構いなしに「ヒュッ」と音が出るように耳元の空気を拳で切って見せる。びっくりして目を見開いた相手は、だがダメージを受け なかっ たことに安心して、ホッとした。その瞬間に、回し蹴りを入れられた場所に強い衝撃を受けて、身体が後ろに倒れて行く。のけぞるような体制の相手を見てシルフィ スは右の拳を左手で包み込んでそれを中心に肘で円を描く。それはがら空きの鳩尾に肘が撃ち込まれる結果となり、そのまま音を立てて、背中から崩れて行った。
自分から活動 を停止したものも含めて9体、ガラクタと化したアーティフィカラーがそこには転がっている。そして、這いつくばっている1体は身体の中枢にフィルリュージュの 咢を突き刺され、腰にソニアルーフィンの光の刃で強すぎるダメージを負い、稼働可能な場所は首から上だけになっていた。
フィルリュー ジュとソニアルーフィンは最後のアーティフィカラーの元に来ると、その頭を中心に向き合うようにして座り込んだ。
「随分でかい口 を叩いていた割には、あっけなかったな」
フィルリュー ジュはまだまだ暴れ足りないと言いたそうにそのアーティフィカラーに言った。
「さて、私たち もタダであなたの稼働状態を維持しているわけではないんですよ。…わからないことがたくさんありまして、それを教えてもらいたいと思って、残ってもらったんで す」
ソニアルー フィンが 苦笑いしながら説明をする。
「…何を聞きた いと言うんだ!?お前さんらはもう十分、シュバイツァーについても星々の旅団について も調べているんじゃないか?」
ふてくされる ようにシュバイツァー型は言うが、その言葉に対して、フィルリュージュもソニアルーフィンもあまりいい顔をしなかった。それを見たシュバイツァー型は嫌な予感 がして ならなかったが、今はもう、どうにも動くこともできなければね自ら爆破などの手段をとることもできない状態だった。
「まずは星々の 旅団ですが、アーティフィカラーの研究、それも現在存在する個体たちよりもより強固なものを作るために日夜研究していると聞きました。が、その目的がまるでわ からない。世界の制圧だとか人間に代わるアクアクリスの統治者と言った、何とも雲をつかむような…それをして、そのあとどうする?と言うようなことばかりを言 うんですよ」
フィルリュー ジュの口調ももどり、本格的な尋問が始まる。
質問したフィ ルリュージュの言葉に、シュバイツァー型は「はぁ」と深いため息をついた。
「意味深な溜息 ですね?質問より先に、なぜそんな溜息をついたか教えていただけませんか?」
フィルリュー ジュはほんのちょっとしたしぐさも見逃さずにいた。どうしたものかと言った、軽い迷いとともに、どうでもいいかと言うような、投げやりな表情がシュバイツァー 型に浮かんだ。
「…俺たちの指 示系統でもあった、ニューロネットワークからいま、切り離された。ついでにそれぞれのIDは速攻削除されて、再度のログインは出来ない。…今をもって俺は、 星々の旅団はもちろん、シュバイツァー本人からも切り離されて見捨てられ、勝手にしろと言われたわけだ」
それを聞い て、フィルリュージュもソニアルーフィンも驚いた顔をして見せる。
「ニューロネッ トワーク!?それは、もともとアクアクリス統治用として、グリアリデルに接続され ている物ではないんでしょうね!?」
フィルリュー ジュが慌ててシュバイツァー型に訊く。仮にグリアリデルのものと同一だとしたら、今まで「大帝」や「女神」として存在を曖昧にしていた、アクアクリスの『シス テム』が明らかになってしまう恐れがある。同時に、このシステムを理解し、自由に駆使できるようになったものこそが、アクアクリスの統治者たる存在になりえて しまう恐れがある。フィルリュージュはあくまで、アクアクリスの統治者はソルであると言う姿勢を崩さない。それは、ソルがこのアクアクリスを作ったと言う今は 亡き人間によく似た生物の意思を継いだ者だからだ。
「・・・?アク アクリスにニューロネットワークが張られているのか?ま、それはそれとして、質問の答えはYesだ。星々の旅団が各街に設置したコンピュータをつないだネット ワークを便宜上そう呼んでいるだけで、実際はニューラルと呼ぶにはお粗末な、自己学習さえしないネットワークにすぎないさ」
そう言うシュ バイツァー型の言葉を聞き、フィルリュージュは安堵の表情を浮かべる。だがそれも一瞬。あくまでシュバイツァーや星々の旅団のことを聞き出すための時間と言う ことに間違いはない。表情を引き締めたフィルリュージュは続けて質問する。
「星々の旅団の うわさでは宇宙を目指すと言うようなことも聞いたことがありますけど、本気で考えているんでしょうか!?」
フィルリュー ジュが訊くと、シュバイツァー型アーティフィカラーは鼻で笑うようなしぐさを見せる。
「宇宙に出た い、と言うのは本当のようだが、俺のオリジナルがその辺の話に詳しくてな、なんでも、宇宙は今まで真空空間で無重力だと考えられていたのが、実は地上の 6000倍もの重力で、アクアクリスに引っ張り込むらしいじゃねぇか。本気で宇宙渡航を考えていた奴らも、そんなめちゃくちゃな重力に耐えうるものが作れる か、って話になってな。その話は半ば頓挫した感じだ」
そう言いなが ら、どこかせつない笑いをして見せるシュバイツァー型アーティフィカラー。だったが、フィルリュージュもソニアルーフィンもそのあたりは油断する様子もなく、 向き 合っていた。
「では、結局 星々の旅団のしたいことはなくなった、と言うことですか?」
真正面から質 問して、このシュバイツァー型が本当の答えを出すかは二人にはわからなかった。だが、可能性だけでもありうるものがあるとしたら、それは楽観視して居られるよ うな状況ではない。気を引き締めながら、フィルリュージュは極力、自分の知りたいことを中心に誘導尋問じみた質問を繰り返す。
「星々の旅団が 過去に起こしたと言う歴史を、アクアクリス人ならば知らないわけではないだろう?むしろ、その辺は俺やオリジナルよりは詳しいはずだが」
「・・・機械戦 争」
シュバイ ツァー型が逆に質問してくるが、このあたりは事前に確認していたことでもあり、また、瞬間的であってもソルから情報を得ることは可能だった。
「そう、そのそ れ。連中は何かと機械兵器ってものに恋焦がれている感じがしてな。…どこまでか本当かは知らんが、見捨てられた身、話しちまっても関係ねぇだろう。…今のアク アクリスは街から街までは街道でつながっているわけだが、中には物好きもいて、街道の途中で店を開いていたりするのもいるだろう?」
シュバイ ツァー型はそう言いながら、言葉を選んで話を続ける。
「旅団の資金… どこから出てるものかは知らんが…それを使って、街にいる変わり者たちを街道際に住まわせ、そこから徐々に今は未開の地になっているような場所や、住める可能 性のない場所を開拓して、人を住まわせて、街と街の境なんかをなくそうとしているんだ」
「なんで、わざ わざお金まで出して、そんな住まわない場所にまで住ませようと?アクアクリス一帯…水の上はともかくとしても、地上には人があふれるような状態になるので は?」
話を聞きなが ら、ソニアルーフィンが訊ねる。
「星々の旅団の 目的はそこ。アクアクリスの住めるような場所を埋めるように人間を『配置』するんだ」
シュバイ ツァー型の言う『配置』と言うのが気になったが、先を急がず、相手のペースで話をさせる。
「配置、です か・・・?」
「そう。それ で、兵器が出来たら、人間でいっぱいの地上にその兵器…言い換えれば殺人兵器を放り込むのさ。それで効果を確かめる」
シュバイ ツァー型から出た言葉に、フィルリュージュもソニアルーフィンも自分の耳を疑った。殺人兵器、そして、人間の居る場所への投下。それはある意味では悪魔の所業 と言っ ても言い過ぎではないかもしれない事象だった。
「で、人間がい なくなったらしばらくはまた兵器開発で時間を潰す。そのうちに人がいなくなった場所にも、星々の旅団の斡旋で金をもらいながらなら、『不吉な場所』でも人が住 む」
「…安定して人 間が住むようになったらまた、兵器を打ち込む・・・?」
シュバイ ツァー型が言う言葉はぞっとするような、危険な香りのする話だった。
「毎回同じ場所 ではない、だが順番をアトランダムに決めて、あっちにこっちにと兵器を打ち込めば、それは偶然と思うだろう。そこで、星々の旅団の登場だ」
シュバイ ツァー型はそう言っていったん話を区切る。「あんたたちにも、想像できるだろう?」と言いたげな顔で、フィルリュージュとソニアルーフィンを交互に見る。
「…兵器の打ち 込みは、いわば天罰。星々の旅団に入ればそれから逃れられる」
フィルリュー ジュが言うと、シュバイツァー型は笑みを浮かべて一回うなずいた。
「けど、それで は、また人の居ない場所が出来てしまうのでは?」
と、シルフィ スが間に入ってくる。その答えはシュバイツァー型ではなく、フィルリュージュが答える。
「星々の旅団が 金をだし、土地を清める。天罰はくだらない、だから住め。…忘れたころにまた兵器を投入。それを天罰だと星々の旅団は言い・・・」
「堂々巡りでは ないですか!!」
フィルリュー ジュの言葉に、ソニアルーフィンは半ばあきれた声と、半分以上は怒りの声で訴える。
「そっちの嬢 ちゃんが言うのも無理ねぇが…星々の旅団はそれができると信じてやまない」
シュバイ ツァー型アーティフィカラーが星々の旅団の隠された目的を話し、一息つく。フィルリュージュは案の定と言った表情でいたが、ソニアルーフィンはあまりのひどい 計画に 怒りが優先していた。そんなソニアルーフィンを見て、シュバイツァー型は改めて話し出す。
「まぁ、お嬢 ちゃんが何の故障もなく動いている間にそう言った現実が行われることはない。まずは、こういった草原、砂漠、沼地と言った場所を整備して、人の住める場所を作 らなきゃならんからな」
「…とは言って も、50年とか100年程度のスパンで可能な計画です」
ソニアルー フィンは 言われて納得しかけたが、よくよく考えてみると、自分が稼働可能と思われるうちに、そんな実験じみた強攻が行われるかもしれないと考えると、とても怒りが納ま るものではなかった。そんなソニアルーフィンを見て、シュバイツァー型は不思議そうに質問する。
「こっちのお嬢 ちゃんはアーティフィカラーだろう?自棄に喜怒哀楽が自然だし、表情も豊かだ。どんなシステムで動いているんだ?」
「それは答えら れないですね。一つだけ、私が作り出したオリジナルであることだけは言っておきます」
フィルリュー ジュが答えをはぐらかす。だが、自分が作り上げたアーティフィカラーであることだけは忘れずに伝えていた。
「…話は戻りま すが、当面星々の旅団はその兵器づくりで静かにしていると思われると言うことでしょうか?」
フィルリュー ジュが間を置いて、改めて話の続きを始める。フィルリュージュの質問にシュバイツァー型はそうだと言う表情を浮かべて、多少無理な体勢ながらうなずいた。
「わかりまし た。星々の旅団については何となくわかってきました。…裏で何をしているかはわかりませんが、それについては貴方も知らないことでしょうからね」
フィルリュー ジュはそう言って一方的に話を切り上げる。だが、それでフィルリュージュとソニアルーフィンが動く気配もない。シュバイツァー型アーティフィカラーはまだ聞き たいこ とがあるのだと、その様子だけで悟っていた。
「次に聞きたい のは、あなたのオリジナルのことです。オリジナルは何をしようとしているのですか?」
フィルリュー ジュが本当の核心に迫っていく。その質問を聞いたシュバイツァー型は少し困ったような顔をして見せる。しばらく沈黙が流れ、シュバイツァー型は話を始めた。
「端的に行っち まうと、『唯一無二の存在』を目指しているらしいぜ?具体的にどういったもの中野はわかりかねるがな。なにせ、オリジナルにアクセスできたとしても、この部分 はトップシークレットになっていて、特殊なキーとIDが無いと中がのぞけない」
その話を聞 き、フィルリュージュは「また一緒か」と言ったような残念そうな表情を浮かべる。
「…宇宙に出る ため、と言う理由はないんですか?そう言う理由があって、星々の旅団と手を組んだとも思っていたのですが」
フィルリュー ジュは違う点から肝心のシュバイツァーの様子を探ってみる。
「ああ、それは 最初の頃に感じていたことだな。だが、例の6000倍っつー重力がかかることと、自分の乗ってきた宇宙船がダメになっちまった時点で諦めた。…シュバイツァー は地球と言う星から来たらしいが、最初こそ、帰る手段を探したみたいだが、それも見つからずに今に至るって感じだな」
シュバイ ツァー型の言い分も含めて、フィルリュージュとソニアルーフィンが今まで聞いてきたことと全く同じ内容だった。ほかにはないかと、話をフィルリュージュは続け させ る。
「さっきも言っ たが、今は唯一無二の存在になりたいと言うことなんだが、『神』とは違うみたいだな。大帝にたてつくつもりも…今のところはないらしい。そう言う感じだから、 俺たちのようなレプリカとしては、これ以上の説明は出来ないんだわ。わりぃな」
シュバイ ツァー型はそう言って、どこかお茶らけた表情を浮かべて、軽く謝って見せた。それに対して、フィルリュージュもソニアルーフィンも溜息をつくと、フィルリュー ジュは 咢を、ソニアルーフィンは腕の装甲を剣に変える。
「おおお、お い、ここまで話してやったんだぜ!?多少の便宜を図ってくれても・・・」
「残念ですが、 私にとってシュバイツァーはオリジナルだろうがレプリカだろうがクローンだろうが、仇敵に変わりがないんです。なので、あらゆるシュバイツァーはすべて排除し ます」
「ボクは別に私 念はないんだけど、マスターには絶対だからね」
フィルリュー ジュとソニアルーフィンはそれぞれの都合を話すと、何かをしてくれるのではないかと期待していた様子のシュバイツァー型アーティフィカラーの頭部をそれぞれの 剣で 切って捨てる。
「…何体いるん だ、シュバイツァーのヤツめ」
それまで情報 提供していたアーティフィカラーは無残にも単なる鉄の塊と化した。それを確認したうえで、フィルリュージュは悔しそうに呟いた。ぎりりと歯ぎしりが聞こえそう なくらい力が入っているのが確認できたが、ほんの数秒で、いつものフィルリュージュに戻る。
「ソル。…可能 性としてなんですが、シュバイツァー型アーティフィカラーや星々の旅団と相対したとき、なにか盗聴器のようなものを私でもソニアルーフィンにでも仕込んだりは してい ませんか?」
突然フィル リュージュはソルに訊ねる。
だが、もしそ んなことがされていたら、フィルリュージュの正体から、二人の旅の目的から、筒抜けになってしまうことを意味する。そんなことになったら、とてもではないが、 フィルリュージュとソニアルーフィンだけではここから先に進んでいくことが出来なくなる。何より、「大帝」ソルと「女神」サテラ、「女神グリアリデル」がこの 星の未 来を担っていて、場合によっては操作さえ可能だと言うことがわかってしまったら、頂点に立ちたいと、フィルリュージュにとっては馬鹿馬鹿しい事を考える者がグ リア利デレを操作、ソルとサテラを配下においてしまうかも知れない。…少なくとも、このアクアクリス、そしてソルを中心としている「スーパーコンピュータが管 理している世界」の正体がばれることになる。半ば操られていたとわかっては、反乱などが起きないなんてことはほぼありえない。
フィルリュー ジュはそれを懸念して、あらゆるトラップやプロテクトを使ってアクアクリスの『システム』を守ってきたが、今になって自分たちの周りが一番ガードが甘いことに 気付く。今更になって気づいたことに後悔したフィルリュージュだったが、仮に最悪の状況になっても仕方がない。フィルリュージュはソルからの答えを待ってい た。
「…今、フィル リュージュとソニアルーフィンのすべての部位に対してスキャンをしたが、異物として入り込んだり、盗聴機能などがある、考えうるあらゆるものについて、二人に はない ことがわかった。フィルリュージュ、安心して良い。何かがあればすぐにこちらも動ける体制にはしてあるのだ」
ソルがそう 言って、フィルリュージュに安心するように伝える。その答えを聞いたフィルリュージュはしかし、その場でコンソールを展開すると、自分とソニアルーフィンに付 いての 情報とシステム上のプログラムなどを表示させた。
「・・・マス ター?」
「仮に、です よ。色々な情報がシュバイツァーにばれていたら、目も当てられません。できることはしておいた方が安全、と言うことですよ」
ソニアルー フィンは ソルが問題ないと言っていたのに、さらに何かをしようとしているフィルリュージュの様子を見て疑問を抱く。フィルリュージュは自分たち二体のシステムプログラ ムや制御系統などについて調べ始めて、集中している。こういう時は、肝心なことが聞けない場合もあることをソニアルーフィンは知っている。だが、ソルのお墨付 きなの になぜ、と言う根柢の部分にある疑問が解けなかった。
「そんなことは あり得ない?ソルが問題ないと言ったから?…私の知るある人が言った言葉です。『ありえない、なんてことはありえない』。何が最善かはその人によって違いま す。が、絶対、と言うのもないんです。だから、ありえないことと言うのも、無い」
どこかややこ しい話し方をするフィルリュージュだと感じざるを得なかったが、ソニアルーフィンにはその言葉が強烈に焼き付いた感じがしてならなかった。どこまでも慎重で、 どこま でもとことん突っ込むフィルリュージュだからこそ、この言葉は強いものになっているのだろうとソニアルーフィンには感じられた。
フィルリュー ジュは元々128層にわたる、複雑なプロテクトがあるのを承知の上で、一番外側に、ソニアルーフィンにとって有効ではないものがあった場合に警告を出すように プログ ラムを変更していく。場合によっては侵入するものがウイルスだった場合、ガードするためのプロテクトはかかっているが、駆除までは出来ない。フィルリュージュ は駆除はソルに任せればと思っていたのだが、それが盗聴などと言った、侵入した瞬間からデータを回収するタイプだと、間に合わないことに気付いたため、慌てて プロテクトを更新し始めたのだった。
ソニアルー フィンに 続き、自分のプログラムについても更新していく。
そうして、二 時間くらいの時間が経った。
フィルリュー ジュはその間、他には目も向けずにただプログラムを更新していた。その間、ソニアルーフィンは闘い方について、色々なシミュレーションをしていた。鍛えると 言って も、すでに強力なカーボンなどで表面を覆い尽くしているソニアルーフィンが筋肉をつけると言うようなことは必要ない。静かに目をつむって、ソニアルーフィンは あらゆる形か らの組手をシミュレートしていた。初めこそガーディアンタイプだからと闘えるものではなかった。シミュレーションのモデルはもちろんフィルリュージュだった。 自分に不利な状態になっても、ほんの些細な隙間から、転機をつかめる場合がある。そんなことを常に考え戦闘を繰り返す。
ようやくコン ソールを閉じ、ソニアルーフィンに向き直ったフィルリュージュはどこか すっきりした表情だった。同時にソニアルーフィンも自分にとって有意義な時間になった と、晴れ晴れ とした表情を浮かべていた。
「お待たせしま したね、ソニアルーフィン」
「いえ、大丈夫 です。ボクはまだまだマスターほどの戦闘が出来ないので、常にシミュレーションしているので、ゆっくりとそれが出来てまた、パターンが増えた気がします」
フィルリュー ジュが言うと、ソニアルーフィンも問題ないと言ったように答えた。
「どんなに微細 でも、なにか危険があれば、自分で気づけるようにしました。駆除もプログラムの方でしますので、普通に生活していて、駆除されないことはないと思います」
フィルリュー ジュは変更点を簡潔に説明した。
「さてマス ター、次、なんですけど、どこに向けて行きますか?」
早速、行動を 起こそうとソニアルーフィンが訊いてくる。
「…街、には 行っていませんね。その場所場所によって、星々の旅団が幅を利かせていたりするのでしょうが、そのあたり、街を巡って実態を確認したいですね」
フィルリュー ジュが言うと、ソニアルーフィンはコンソールを展開して、現在位置とその近くにある街とを表示する。
「一番近くで も、結構距離はありますが…しらみつぶしに見て行くのでしたらまずはここからスタート、と言うことになるかと思います」
現在位置から 歩いて一日半ていどの距離。ソニアルーフィンはもちろん、フィルリュージュも「疲れる」と言う感情は持っていないが、距離的に示すとどうしても面倒に感じてし まうと ころは否めない。
「この街は星々 の旅団の拠点もあり、それに反対する人々も住む街のようです。…一番一般的なタイプの街ですね。日々、小さないざこざがあって、だけど、それでも人死にも出な くて安定している街です」
ソニアルー フィンが 言うと、フィルリュージュは一回うなずいて、歩き出す。そのあとをソニアルーフィンが追っていく。
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