第二節
漆黒の空間。 それを認識できている、と言うことに、始めは違和感がなかった。
「俺は・・・死 んだのか?」
そう、ロケッ トエンジンが全力で噴射した、高熱と炎で、俺は焼け死んだ…はずだ。
「…三途の川と やらは見当たらないがな」
そうぼやく自 分に少しずつ、奇妙な感じを持ち始める。死んでも意識があって、その周辺を見回すことができるのだろうか。おそらくここは、ロケットエンジンにあおられて、壁 にできていた裂け目から中に入った場所のはず。
「と、したら、 ココはあの壁の中ってことか?」
と、そこまで 確認して、自分の姿を見ようとする。宇宙服こそ着ていないが、自分は宙空に立っていた。そのことからも、すでにおかしい状態だとは感じたが、そのあたりの意識 と感覚が狂ってしまっているらしい。ただ、漆黒の闇の中で、だが、自分が見える。まるでスポットライトを浴びているような感じだった。
「…どういうこ とだ?」
頭がだんだん 混乱する、同時に『考えても答えは出ない』と言う結論に早々に辿り着く思考が無いわけではなかった。
「あなたは今、 意識だけが生きている状態ですよ」
突然、背後… と言っても、本当に自分の背後と言うよりは、意識に直接話しかけられたような、異常に鮮明な声だった。
「…意識だけが 生きている?」
「ええ、私たち があなたの意識を拾い上げさせてもらいました」
疑問を投げか けると、聞こえた声は確かに自分の質問にきちんと答えてきた。
「申し遅れまし た、私はサテラと申します」
サテラ、そう 名乗る女性の声。
「私『たち』? と言うことは、他にも誰かが?」
「…我が名はソ ル。…すまんな、偉そうな口の利き方で。元々の設計者がこの世界の絶対的優位につくようにと、すべての優先順位を上げているうえに、仮想意識もこのようなもの にしているのでな」
ソルと名乗 る、今度は男性の声だ。だが、それも意識に直接語り掛けられていて、姿を見ることはできない。
「そうですね、 もう数時間もすれば、私たちの姿を見ることもできますが、あまりのんびりもしていられないので、端的にお話させていただきます。あなたの意識は、私とソルで一 通り確認させていただきました。あなたの意識の言葉からすれば、私とソルは『人工衛星』ですね」
サテラがそ う、俺に語り掛けてくる。
「あたりを見回 せば、青い星が見えるはずだ、そう小さいものでもない」
続けてソルが 言って来た。
足元、と言う 表現が正しいかどうかはわからない。だが、確かに青い星は確認できる。
「・・・まさ か、地球か!?」
まさか、そん なことがあるはずはない。それば十分承知していた。だが、あまりにも酷似しているその蒼く水をたたえた星を見て、地球と認識してしまわないはずはなかった。
「残念ですが、 あれは地球ではありません。アクアクリス、それがあの星に付けられた名前です」
地球と言う答 えは返ってこない。それが確認できただけ、シュバイツァーが本気で狂った時空へと転移したのだと言うことを再確認させられた。
「・・・ここは なんなんだ?」
結局のとこ ろ、俺はどうなっているのか、それ以前に、どうしてあの壁を破りこの中に入ってきてしまったのか。
「これを作った のは、この近くの惑星に住んでいた人間だ」
ソルが静かに 答えた。その言葉にはなにかの意味が込められている、そう感じずにはいられないような声だ。
「…生命、まし てや人間の住む惑星があると言うのか!?」
「いや・・・ あったのだ。…星が先に滅んでしまった」
ソルの言葉を 聞き、その意味を悟る。
「・・・・・・・ 超新星になった?」
俺は慎重にソ ルに聞き返す。ソルからの返事は返ってこない。それが肯定していると言うことに気づくのは簡単なことだった。
「人間が自分た ちの行く末になにが待ち受けるか、それを知るために宇宙空間とこの空間を隔離するだけの立方体を形成したのだ。それがこれだ。アクアクリスからはいくつもの星 が見えるが、実際は漆黒の闇しかない。我がソル=太陽であり、かろうじて確認できるのがサテラ=衛星軌道上を周回する衛星のはずだ」
慎重に、ソル は語り始める。
「しかし、星の 寿命が先に来てしまったのだよ。超新星となってしまっては逃げようもないからな。それ以来、この空間…研究を進めていた人間たちは『箱庭』と呼んでいたが、こ の箱庭だけが残り、アクアクリスは人々が想像していた以上の歴史を作っているのだ。…止めるものは誰も居ない」
どこか寂しそ うな印象を与えるソルの言葉に、俺は返す言葉が見つからなかった。
「…アクアクリ スにも人間が?」
「もとは研究者 たちの細胞の一部だったものが、長い時を経て、人間にまで成長したのだ」
「ですが、アク アクリスの今は、ちょうど…そうですね、あなたの意識の中にある、ロールプレイングゲームと言うものの世界と同じ、その土地の多くは平原や森林、沼地、砂漠と 言った、人々の澄まない土地であり、人々が街道として使っている道の途中に街がある。そして、一時は機械化文明を経て、機械文明にまで発展したアクアクリスで すが、今は機械の台頭していない世界です。機械文明は…衰退して、今のレヴェルになりました」
ソルとサテラ が話したことは、近い未来の地球が歩むかもしれない現実を、アクアクリスが辿っている、と言うことだった。俺はその話に耳を傾けたままで、言葉を口にすること が出来なかった。
「機械文明も、 あなたの知っている機械とは違った進化の仕方をしています。人型の機械も存在していますし」
サテラがそう 付け加えた。…どうやら、俺が想像する機械文明とは違った進化をしている、それだけはわかった。
「…色々と話し ても、頭が混乱してしまうでしょう。あなたには、私とソルのデータベースの内容の一部を記憶として刻みます。同時に、私とソルへのアクセスも最高権限でアクセ スできるようにします」
サテラがそう 言うが、なにを言っているか、正直俺自身は理解できなかった。
「…その通り、 理解に苦しむと思いますよ。あなたには、別人になって、アクアクリスに降りていただきます。…アクアクリスで、あなたを殺したシュバイツァーと言う人間が何か をしようとしています。それを止めてほしいのです。…が、場合によっては、あなたがそれを実行するかも知れませんが…その場合は私たちは特別口出しはしないよ うにするつもりです」
こちらの思考 を上回って、サテラが話を続けてくる。半分は混乱状態だったが、取り敢えず話を聞いて、アクアクリスに降りるところから始める、と言うのが一番いい方法のよう な感じがしていた。
「あなたにはア クアクリスの中で、神格化されている女神の名を名乗る研究者として、地上に降りていただきます。名前はフィルリュージュ。…闘いの女神、とアクアクリスでは呼 ばれている名です」
「待ってくれ、 と言うことは、俺は女に転生すると言うことか?」
サテラの話を 聞いて、すかさず割り込む。いくらなんでも、女を演じるのには無理がある。長い間男であったと言う事実は変えられない。
しかし、サテ ラはそんなことはお構いなしと言った感じで話を続けてきた。
「大丈夫です よ。身体に入ってしまえば、フィルリュージュとしての記憶が最優先され、男だったと言う記憶があっても、女性として振る舞えますから」
サテラはそう 言って、俺をなおも混乱させるような言葉を言ってくる。俺は一抹の不安を感じていたが、サテラとソルに任せれば何とかなるかもしれないとまで思えるようになっ ていた。
「…そういえ ば、俺が死んだとき、短刀を持っていなかったか?ロケットエンジンで焼けてしまったか?」
宇宙飛行士に なった時、祖母が俺にお守りと称して、短刀…と言っても、加工が加えられ、刃引きされたものではあったが、それを持たせてくれていたのだ。
「『咢(あぎと)』 ですね。それはソルが回収しています。…アクアクリスでは使いやすい刀…いや、刀より太刀の方がよいかも知れません。その形に変形させます」
「ああ、そうし てほしい。あとは…旅の行く先々での話になるだろう」
俺はサテラと ソルに利用されているとはわかっていたが、このままでいても仕方がない。利用されるだけされてやろうと腹をくくる。
「そう難しいこ とではないですし、次に気づくときは既にフィルリュージュになっていますから。質問などは都度聞いてください。アクアクリスを周遊している状態ですが、人工衛 星がどこに行っても通信できるのと同様に、私やソルとも通信できますから」
サテラがそこ まで言うと、漆黒の中に更なる漆黒が現れる。瞼を閉じた、そんな感触ではあったが、実際、なにがどうなっているかわからない。そのまま、俺は再び気を失った。
そして、彼… いや、『彼女』は、廃れた研究所の一番奥の部屋で幽閉されていたかのような体制で目を覚ました。
「あれ・・・? ここは、研究所?・・・ふむ、確かに、男だった自分の記憶はありますね。だけど、その存在自体がなくなっている状態でもあるので、本当に自分だったか疑問を持 つ部分もありますが…」
そう言いなが ら、歳の頃二十代前半くらい、長い癖のある黒髪をポニーテールに束ねた彼女はあたりを見回す。
研究所が廃墟 になってから、すでに十数年は経っていると思わせるような、すすけた壁や荒れ果てた研究室、研究機材が、改めてここが『廃墟』であることを意味していた。
「そうだ、『咢(あぎと)』!!」
自分が倒れて いた辺りに慌てて戻ると、その辺に散らかっている物を大雑把にどかし始める。その中から現れたのは一振りの刀。いや、刀ほど細い刀身ではなく、幾分太めのがっ ちりとした刀身。波紋が浮き、ちょっとやそっとでは折れそうにない。
「なかなか、良 い出来ですね。サテラ」
彼女−フィル リュージュ−はそう言って、その太刀を背負うようにして身に着けた。
ちょうど、 フィルリュージュが目覚めたのと同じころ、この研究所に踏み込む二人の影があった。以前よりも勘の鋭くなっていたフィルリュージュはその侵入者に気づかないわ けもなく、わざと、研究所最深部で向こうからやってくるのを待っていた。
「寝ているフリ でもしましょうか…」
そう言うフィ ルリュージュは咢を背負ったままで横になる。そして、二人組の侵入者はフィルリュージュの元にやってきた。
「おい、本当に 人間の女なのか!?」
半信半疑の一 人の男が言う。それに対して、声が大きいと注意しながらも、そこに人間の女がいることをもう一人の男が肯定した。最深部、フィルリュージュの姿を見つけて、二 人は興奮気味にフィルリュージュに近づいて行く。
一人が手を伸 ばした時、フィルリュージュは相手の手首をがっちりとつかむと、自分が起き上がるための勢い付けのために、男の腕を思いっきり引っ張る。その男は頭から前転す るように転び、代わりに、フィルリュージュが立ち上がる。
「お、おい、大 丈夫か!?」
相方の男が、 倒れ込んだ男の心配をする。
「なんだよ、気 絶なんかしてねぇじゃねぇか」
「…残念でした ね。もう少し早ければ、私も気絶していて、何をされたかわかりませんでしたが・・・」
そう言って、 ぴょんっと後ろ側に飛び退き、男たちから間合いを取る。
「まぁいい、生 きているのならそれでも問題ないし、特有の悲鳴が聞ければそれで満足だからな」
倒された男は 起き上がりながら、そういうと、短刀を構えてフィルリュージュに見せつける。合わせてもう一人の男も同じような短刀を出すと、二人でフィルリュージュに見せつ けた。
「そんなもので 攻撃されても、皮膚が切れるくらいが関の山ですよ。特に、悲鳴が聞きたかったのでしたらね」
と言いなが ら、フィルリュージュは男たちが持っている短刀の数倍の長さの太刀をスラッと抜き放ち、構えて見せる。そんな武器があるとも知らずに来た男たちは、フィル リュージュのもつ太刀を見て、驚いた表情を見せる。
「物取り・・・ ではないみたいですね。悲鳴を聞きたい、と言っていると言うことは、人間の悲鳴に快楽を感じたりしているんでしょうかね?」
フィルリュー ジュは首をかしげつつ、咢を構えたままでいつでも斬りに行けると言う体制を保っていた。男たちは短刀を構えて、フィルリュージュの隙を探っているが、それが見 つかることはない。しびれを切らせた男二人は、短刀を振り上げて、フィルリュージュに闇雲に斬りかかっていく。
「いいからて めぇの悲鳴を聞かせやがれ!!」
軽く二つの刃 を往なす準備をしながらフィルリュージュも男たちの方へと走る。お互いの位置が入れ替わり、フィルリュージュたちはそれぞれ、身体を反転して、再び対峙する。
「あら・・・? おかしいですねぇ、腹部を斬ったつもりだったんですけど…」
そう言うフィ ルリュージュ。すれ違う瞬間に、太刀を一閃させ、二人の男の腹を薙いでいた。しかし男二人の腹部は、服こそ切れているが、肉を斬られたと言うような感じではな い。
「・・・そう か。お前ら、アーティフィカラーか」
すぅっとフィ ルリュージュは目を細め、楽しげな笑みを唇の恥に浮かべて、口調を変えてそう呟く。
「だから・・・ 何だって言うんだ!!」
男たちはそれ ぞれの短刀を手に、振りかざしてフィルリュージュに向かって突進してくる。フィルリュージュは太刀を上段に構え、左足を少しだけ前に踏み出した。向かって右の 男を軽く往なすと、左の男が振り上げている腕を下げるのと同時に太刀をその腕に振り下ろす。太刀は男の腕の表面で「ガキッ」と言う音を立てて止まったが、その まま前に出していた左足を振り上げる。太刀の真下辺りにその蹴りが入ると、表面で止まっていた太刀がズッと金属の皮膚を斬り始める。フィルリュージュは一旦太 刀を振り上げると、寸分違わない場所に向けて、再び太刀を振り下ろす。少しだけ傷の入っているその腕は、二振り目を受けると、あっさりと太刀の刃がその腕を切 り落とす。
「なにっ!?」
「バ・・・馬鹿 な、合金でできている表皮を斬ったうえに、骨のフレームまでも叩き斬るだと・・・?」
斬られた男は 信じられないと言ったように、斬られた断面を改めて見直す。フィルリュージュの一太刀は確実にアーティフィカラーと言う正体を見せつけた男の金属の腕を切断し ていた。
「…ふふん、な かなか切れ味鋭いな、咢。もう少し、力の調整をして・・・みようかぁ!!」
フィルリュー ジュはそう言うと唖然として立ち尽くしている男のうち、まだ無傷の男に向かって、太刀を横一線に振りぬいて見せる。一瞬の出来事、だが、その太刀は確実に突っ 立っていたアーティフィカラーの首を切断していた。「ヒュン」と太刀を一振りして、血を刀身から払うようなしぐさをするフィルリュージュのその動作と一緒に、 そのアーティフィカラーのクビはコロンと転がるようにして、本来の体の一番上にある部分から転げ落ちた。
それを見た、 腕を切断された男は慌てて逃げ出したが、フィルリュージュは太刀を握り直すと、その出口あたりの壁に目がけて太刀を投げつける。
「ひぃっ」
耳を掠めるよ うにして、太刀は壁に突き刺さり、男は恐怖でその場に立ち尽くすことになった。後ろからフィルリュージュがすばやく迫ると、背中にぴったりとくっつき、首に腕 をからませて、ロックを掛けるとそのまま勢いよく首を右側に傾けるようにする。ミシッと音がすると首の部分が外れ、身体と頭を結ぶコードがたくさんあらわにな る。
「太刀が目立つ からって、肉弾戦が出来ないと思ったら大間違いなんだから」
そう言うフィ ルリュージュは一気にそのケーブル類を手刀で切ると、頭だけを明後日の方向に投げつけた。それでも、二人の男型のアーティフィカラーはフィルリュージュを襲お うと動き始める。
「メインユニッ トは頭部ではなくて、身体の中ってことか」
それを確認し たフィルリュージュは太刀を改めて構えなおすと、二体のアーティフィカラーを風のように駆け抜けて切り裂いていった。
「お見事です、 フィルリュージュ」
二体のアー ティフィカラーの動きが止まり、太刀を背中の鞘に戻すと、サテラの声が聞こえた。
「…まさか、サ テラやソルが送り込んだなんてことはありませんよね?」
フィルリュー ジュが少し困った顔をして、特別どこを見るでもなく呟いた。
「まさか。その 二体のアーティフィカラーは偶然、そこに入り込んだだけです」
サテラが少し 笑ったような声でフィルリュージュに答える。
「それにして も・・・アクアクリスのアンドロイドは精密に作られているんですね。初めはてっきり、生身の人間だと思っていましたよ」
「アンド・・・ ロイド?」
フィルリュー ジュがさらっと口にした言葉に、サテラが少し困ったような感じで聴き返してきた。
「ああ、すみま せん。アンドロイドと言うのは、私たちの星、地球で自由意志の元、自分自身で判断して動くことのできる機械人間、人造人間…と言う言葉が正確かどうかはわかり ませんが、そういう存在です」
「ロボット、と 呼んでいるのではないのですか?」
フィルリュー ジュが端的に話すと、フィルリュージュの意識を覗き見ていたサテラが質問を返してきた。
「ロボットと言 うのは、自由意志を持たない、決まったプログラムの中で、ルーティンワークをするような存在です。判断力などと言った、人間の思考ともいえるものは持ち合わせ ていないのがロボットと呼ばれる存在です」
荒れ果てた研 究所の中を歩きながら、フィルリュージュはサテラの質問に答えた。
「それはそう と、サテラかソルはシュバイツァーの居場所なんかはつかめていたりしますか?」
考え事をする ようなしぐさをしながら、フィルリュージュは質問をソルとサテラに返す。
「一応、特定は 出来ている。だが、同個体が33体も確認されている。また、シュバイツァー自身がアーティフィカラーとしての改造を受けていることも確認している」
淡々とソルが 報告する。
「さ、33体!?それって…クローンでも作ったと言うのですか?」
フィルリュー ジュも、同個体が複数いると聞いて、驚かないではいられなかった。
「クローン…と 言うよりは、オリジナルの思考回路を機械化して、それを別の人間の脳に移植して、アーティフィカラーの神経系ケーブルをつないだ個体と言うのが32体、オリジ ナルの脳を持つアーティフィカラーが1体、計33体と考えるのがスマートかも知れんな」
驚いている フィルリュージュをよそに、ソルが報告する。フィルリュージュは面白くないと言った表情と半分は困ったと言ったような表情で、相変わらず研究所内を歩き回って いた。
目的のものが 無いと分かったのか、しばらく研究所内にいたフィルリュージュは外に出た。
そこはほぼ砂 漠と言ってもいいくらい、植物が育っていないような、平野の真ん中にぽつんと建っている研究所だった。
「サテラ。この 近くに型遅れのアーティフィカラーを使役して、何かを創りだしたりしている研究所みたいなものはありませんか?なんとなく、そんな記憶がこのフィルリュージュ の体に残っているんですけど…」
フィルリュー ジュが目の前を手で撫でるようにスライドさせると、サテラから転送されてきた地図が表示される。
「しばらく歩く ことになりますが、この先に使役…と言うよりは、ほぼ奴隷扱いしているような場所があります。動力を失ったアーティフィカラーを壊して、中から有用な金属を回 収している場所です」
サテラがさ らっとそんなことを言う。
「…動力を失 う?アーティフィカラーは永久的に稼働可能なのではないのですか?」
「故意に人間がアーティフィカラーの動力である『核』を抜き取ってしま うんですよ。アーティフィカラーは核を失うとその全機能を失いますから」
フィルリュー ジュが質問すると、サテラはなんとも言い難い切ない声でその理由をフィルリュージュに説明した。
「そうか…で、 現行のアーティフィカラーを身近にって感じで入れ替える、と言うわけですね」
フィルリュー ジュも気分が悪いと言いたそうな、何とも言えない表情を浮かべて、サテラの言った言葉を自分に言い聞かせる。
「とりあえず、 そこに行ってみましょう」
「…フィル リュージュ、何をしに行くのです?」
フィルリュー ジュの言葉を聞いて、サテラは不思議そうな感触の言葉で質問をした。
「うん、ガー ディアンタイプのアーティフィカラーと旅をしようと思っているのですよ」
フィルリュー ジュは地図の表示を、同じように手で撫でて消すと、その場所がある方向に歩き出す。
しばらく歩く と、崖の断面に無数の穴が掘られている場所に出る。
そこでは、人 間、もしくは権力のあるアーティフィカラーがムチを振るい、他の作業をしているアーティフィカラーたちを攻めたてていた。
「…ひどい。同 じアーティフィカラーだと言うのに・・・」
フィルリュー ジュはその光景を見て呟いた。
「無理に働かさ れているアーティフィカラーは機能の一部が働かない、もしくは著しく低下してしまっている者たちです」
「だからと言っ て、優位に立とうとするアーティフィカラーがいるなんて」
フィルリュー ジュは監視をしている、人間ともアーティフィカラーともつかない人影から隠れるようにして、その光景を見ていた。そそり立つ崖だったが、それでも登ることがで きないほど急なものでもない。そして、その崖に食い込むような形で、建物が建てられていた。今は、監視役たちが休憩所として使っているものだが…。
「あれも研究所 です。…フィルリュージュにとっては都合のいい、アーティフィカラーの研究施設です」
サテラがフィ ルリュージュの考えていることを見透かすように、その建物がなんであるかを説明する。
「あのムチは… 電流が流れているようですね」
「ええ、人間に とっては瀕死の状態まで行ってしまうほどの電流量ですが、アーティフィカラーの回路に高ダメージを与えるには、ああ言った武器が必要になってきます」
アーティフィ カラーたちが、対アーティフィカラーに対して振るっているムチは、持手がスタンガンのようななっていて、そこに超薄型の金属箔が貼られていて、そこを通じて高 電流が流れる仕組みになっていた。
「サテラ、もし くはソル。いっぺんにあのムチを暴走させて、監視しているアーティフィカラーと人間をまとめて片づけることはできないでしょうか?」
フィルリュー ジュが小声で言う。
「…できないこ とはないが、実際、そうした後、残ったアーティフィカラーや人間はどうするつもりだ?」
「…自立してい ただくしかないんですけどね。私が連れて歩きたいのはただ一体だけですから」
ソルの言葉に フィルリュージュは冷たいとも取れるような言葉を抵抗なく発した。
「ソルはともか く、サテラにはちょっと酷い言葉だったでしょうか?だけど、自由意志を持った者、自分から動かなくてはどうにもならないんですから。私は一体のアーティフィカ ラーだけ、仲間にします」
それが合図 だったかのように、空から突然重たい物でも降ってきたような感触に襲われる。そして、同時に監視 が持っているすべてのスタンガン部分が粉々に砕かれ、漏電を 始める。先ほどの重力操作で、本来アーティフィカラーの装甲を守っている表面の皮膚代わりの人口樹脂が破れ、金属部分に一気に電流が流れ込む。
思い思いの形 で、ムチをふるっていた監視役たちは倒れて行く。
「ソルも容赦な いですね」
少し驚いたよ うな顔を見せながら、フィルリュージュは空を見つめてそう言った。
フィルリュー ジュはざわついている現場の中に入っていくと、自分が目的としていたアーティフィカラーの元までやって来る。そのアーティフィカラーは旧型と呼ぶにしても、あ まりに古い装甲などで作られている物で、実際動き自体もそんなにスムーズに動くものではなかった。そんなアーティフィカラーを前にフィルリュージュは何かを呟 きながらスッとそのアーティフィカラーの目の前を一撫でする。カクンと力が抜けて、アーティフィカラーは動きを停止した。
「ここにいる アーティフィカラーのみなさん。監視役たちはしばらくは起きることはないでしょう。逃げるのならば今のうちです。それぞれ思いがあることでしょう、その思いに 向かって動き出してください」
フィルリュー ジュはそれだけ言うと、目的と言った一体の女性型アーティフィカラーを背負い、その場を離れていく。残されたアーティフィカラーたちは、ここに来て間もない者 はすぐに動き出したが、年月が経ってしまった者はどういう身の振り方をしたものかと悩み、一部はフィルリュージュについてくるものもいた。
「…私について きても、何もいいことはありませんよ。このアーティフィカラーも、ガーディアンとして成り立たなければその場で切り捨てられるだけの存在なんですから」
ついてくる アーティフィカラーたちをそう諭しながら、自分は放棄されて長い年月の経っているような研究所の中に入って行った。
研究員以外は 入れない場所。それがこの星の研究所だった。それ故にここまでついてくるアーティフィカラーはいなかった。ある部屋の中央に、二台の手術台のような平らな机の ようなものが並んでいる。フィルリュージュは担いでいたアーティフィカラーを一台の手術台に置くと、その部屋を出て、研究室の中をさまよい始める。研究所自体 が随分大きな規模のもので、ここで量産されていたのはガーディアンのみならず、と言った感じだった。そして、ある部屋を見つけて、フィルリュージュはそこに大 量の廃棄された未完成のアーティフィカラーを見つける。ガタガタとその数多くの出来損ないアーティフィカラーをかき分けると、ほぼ完成している一体の、やはり 女性型で、外見年齢的にはまだ十代くらいのアーティフィカラーを探し当てる。
「…フィル リュージュ、ここにガーディアンタイプのアーティフィカラーが廃棄されているのは知っていたのか?」
不意にソルが 語り掛けてくる。フィルリュージュはニコニコしながらソルに答える。
「いや、まさか ガーディアンタイプがあるとは思っていませんでしたよ」
比較的新しい と思わけるアーティフィカラーだが、この研究所が放棄されてから何年が経ったか、そして、恐らくまだこの研究所が活動している時代に創られたアーティフィカ ラーだから、どんなに新しいと言っても、中身はまだ進化の一途をたどっていると言う感じのアーティフィカラー。
拾い上げてき たアーティフィカラーをもう一つの手術台に乗せると、フィルリュージュはそのアーティフィカラーの一部を分解していく。部品が必要になったら再びアーティフィ カラーの山まで行って必要な部品を拾ってきては、次々に新しい方法で拾い上げたアーティフィカラーを改造していく。
「…地球では アーティフィカラーのような存在はあったのですか?」
手際の良さを 感心しながら、サテラがフィルリュージュに訊ねる。
「いいえ、アー ティフィカラー…アンドロイド自体、まだ開発段階でした。私も一部、アンドロイド開発現場で働いていたことがあったので、色々とこちらのアーティフィカラーの こともわかるんですよ」
フィルリュー ジュはそう言いながら、作業をする手は止めずにサテラに言う。
そうして、こ の研究所にあったアーティフィカラーはどこからどう見ても最新型としか思えないような型のガーディアンタイプのアーティフィカラーに生まれ変わる。次に隣に並 んだ旧型のアーティフィカラーとを結線し、そこにある、動くかどうかもわからないコンピュータを起動させようとする。
「…ふむ、コン ピュータ自体、死んでしまっているようですね。…ソル、このコンピュータはたぶん大型汎用機の端末だと思うのですが、起動が可能な状態にできますか?」
フィルリュー ジュの質問に「ふむ・・・」と聞こえるかどうかの小さな声で言うと、ソルはしばらく沈黙していた。その傍から止まっていた端末が光を帯び、ディスプレイに見慣 れない言語の文字が表示された。
「これでいい か?」
「ええ、十分で す、ソル。ありがとうございます」
そう礼を言う が早いか、すぐさま端末に向き合うフィルリュージュ。
「…新たなアー ティフィカラーを作ったのなら、ただ起動だけさせればよいのでは?」
サテラが質問 する。
「ええ、そうな んですけど、歴史的に古い情報を知っているアーティフィカラーが欲しかった、と言うのが一番の理由です。サテラの記憶装置内の歴史データももちろん参考になり ますが、地上の詳細な活動記録などは、地上で活動していたアーティフィカラーから引っ張り出すのが一番かと思いまして」
二体のアー ティフィカラー、それをつなぐ無数の結線。そして、コンソールでのオペレーティング。それをすることで、アーティフィカラーとしての性能などはほぼ最新型の、 しかし遠い昔の記憶を持っているアーティフィカラーが出来上がる。一心不乱にフィルリュージュは端末のキーボードを叩き続ける。そうしているうちに、古いアー ティフィカラーに存在していた全データは新たなアーティフィカラーにコピーされた。
それからもし ばらく、フィルリュージュは端末で何かを続けていた。
ずいぶんの時 間が経過してから、「ふぅ…」とフィルリュージュが伸びをして、小さな溜息をついた。
「さ、起きて良 いよ」
フィルリュー ジュは新しい個体のアーティフィカラーに接続されていたケーブル類をすべて外すと、一言そのアーティフィカラーに告げる。静かにアーティフィカラーは目を開け て、フィルリュージュを見つめた。
「おはよう」
「・・・あなた が、新しいマスター?」
フィルリュー ジュが作り上げた、まだ若い女性型アーティフィカラーが周りがまぶしいと言いたそうに眼を細めながら、フィルリュージュの顔をみてそう訊ねる。
「ええ。私の名 前はフィルリュージュ。…私に関するデータはすべて…私自身が何者なのかも含めて、インプット済みだから、探してみるとよいでしょう。…起きられそうです か?」
アーティフィ カラーに手を添えて、フィルリュージュが上半身を起こす手伝いをする。
「ありがとうご ざいます・・・?アレ?ボクの体、こんなでしたっけ?」
そのアーティ フィカラーは自分の姿を見て戸惑いの質問をフィルリュージュに投げかける。
「体自体はずい ぶん昔のものだったので、現行利用されている、多くのアーティフィカラーの体に、今までのあなたの記憶や癖など、すべてコピー、実動できるように設定を変えて あります」
フィルリュー ジュはそう言って、そのアーティフィカラーに笑みを浮かべて説明した。
「…これは…最 先端と言ってもいいくらいの体なんじゃないのかな?」
「すでに廃棄さ れていたので、なにか不具合でもあったのでしょう。ですが、一通り私がその体に関してはメンテナンスをしていますし、意識も体の動作に合うように中央処理装置 に手を加えてあります。以前のあなたが活動していたように動いて問題ありませんよ」
フィルリュー ジュの言葉に半信半疑のアーティフィカラーは、診察台から降りると、ピョンピョンと飛び跳ねたり、軽く走ったりしてみせた。
「すごい…体の 重さをまるで感じないし、…ボク自身に武器まで装備されているなんて」
身体の一連の 動作を確認したアーティフィカラーは目をつむって、自分の記憶領域に今の自分の状態を確認していた。
「・・・なん で、型遅れのボクなんかをわざわざ最新の体に移植してまで、再稼働させたんですか?」
一通り確認が 終わって、アーティフィカラーはフィルリュージュに訊ねる。
「ガーディアン タイプであることが第一の理由ですが、私自身の素性がわかれば…このアクアクリスの過去の情報を欲している、その理由もわかると思いますよ」
フィルリュー ジュはちょっとはぐらかすようにして、アーティフィカラーに告げる。
「・・・天の川 銀河、太陽系、地球・・・。これは…マスターの記憶は…アクアクリスのものではない。…マスターは異星人!?」
「ご名答。その ため、このアクアクリスと言う場所のことがわかりません。サポートには二つのコンピュータ人格がついていてくれますが、即座に情報を吸い上げられる存在が欲し かったので、あなたを再生したのですよ」
アーティフィ カラーの「異星人」の言葉に特別、嫌悪もせずにフィルリュージュは答えた。
まだアクアク リスの地上に立って、数時間程度と言うフィルリュージュにとって、サテラやソルからの通信を待たずにすぐ情報が収集できる存在が必要だった。同時に、自分一人 では何かあった場合に、対応のしようもなければ、多勢に無勢の状態で、調べる前に死んでしまうかも知れない、そう考えていたため、自分の護衛も含めて、ガー ディアンタイプのアーティフィカラーを欲していたのだった。
「マスターの名 前は…フィルリュージュ!?アクアクリスでは闘いの女神の名ですよ!?」
自分の記憶の 中から、目の前のマスターの情報を収集して、驚きの声を上げる。
「…ついでに言 いますと、これからはシルフィオスと名乗るつもりですけどね」
フィルリュー ジュが言うと、アーティフィカラーは再び驚きの表情を強くする。
「シルフィオス は破壊の女神、なぜ、そんな・・・!?」
「…アクアクリ スで一人の人間を破壊するため、一つの組織を壊滅させるため。…破壊を司るのには良い名前でしょう?」
アーティフィ カラーの質問に、さらっと気にも留めるようなことなく、フィルリュージュは答えて見せた。アーティフィカラーは再び自分の記憶装置内にある、マスター=フィル リュージュのデータを読み取る。
地球と言う惑 星から、とんでもない時空の旅をしてアクアクリスに辿りついたこと。アクアクリスに降り立つ前に、同僚にロケットエンジンの熱と炎で焼き殺されたこと、サテラ とソルによって助けられ、フィルリュージュを名乗っていること。自分を殺した相手・シュバイツァーを殺すこと、アクアクリスで活動している「星々の旅団」の内 情偵察と、場合によるとその組織の壊滅。
そんなこと が、記憶装置から読み取れた。
「な・・・なん でこんなにつらい目にあったのに、そう平然としていられるのですか?」
「…私はもとは 男、フィルリュージュと名乗って、この身体で活動して居ますけど、実際は単なる復讐鬼なのかも知れませんね」
フィルリュー ジュはそう言って、かるく笑って見せる。
「その辺りはお いおい、話をしていくことにしましょう。…あなたに名前が必要ですね」
そう言って、 フィルリュージュはしばし考え込む。
「・・・ソニア ルーフィン、と言うのはどうですか?」
フィルリュー ジュが言うとアーティフィカラーはぱッと明るい表情を見せる。
「…決まりです ね。よろしく、ソニアルーフィン」
「よろしくお願 いします、マスター」
お互いがすぐ に気になる部分の質問の繰り返しが少しの時間行われていた。そして、ソニアルーフィンが実は、研究者、特にアーティフィカラー制作の研究者に付いていたことが わかると、フィルリュージュは喜ぶような表情を見せた。
「あの・・・マ スターはなにかをしようとしていますね?それはボクが実行することでもある・・・」
ソニアルー フィンがそう言うと、フィルリュージュは嬉しそうな笑顔を返した。
「・・・その通 りです。私も生身の人間のままで旅をしていても、老いが襲ってきては抵抗の余地はありません。また、シュバイツァーに自分の仇をとる、そして星々の旅団の場合 による壊滅となると、それこそ時間がいくらあっても足りません。・・・禁忌に触れようかと思っています」
フィルリュー ジュが理由を話す。理由だけはもっともなことで、年老いた状態で、アーティフィカラー化したシュバイツァーを倒すことなど到底無理だった。
しかし、最後 の「禁忌」の言葉に、ソニアルーフィンは当然驚き、サテラはすぐさまフィルリュージュの考えをスキャンする。アクアクリスでは人間をアーティフィカラーにする と言うことは、特別な禁忌ではない。もちろん本来であれば、脳をアーティフィカラーに移植して、身体をアーティフィカラー化すると言うのも、ギリギリで実は禁 忌に触れていることではあったが、誰もがそれは見て見ぬふりをしていた。と言うのも、脳を移植したところで、脳自体は実は歳をとって行ってしまうと言うのが、 アクアクリスでの研究で分かっていたからだった。
半永久的な活 動を可能にするには、まず脳自体を培養、クローンを作成して、古くなった脳からデータとして記憶を移植して、再びアーティフィカラー化すると言うことで生き延 びることが出来ていた。
「・・・初めの うちは、禁忌として脳の移植は禁止されていました。ですが、機械化文明の中で、アクアクリスに住む人々のすべてがその方法に偏ることなく、また圧倒的にアー ティフィカラーが増加すると言うこともなかったので、見て見ぬふりを今までしてきていたのです」
サテラがフィ ルリュージュにそう説明した。腕を組んで、フィルリュージュはあまり「納得した」と言うほどの表情は見せることはなかった。そして、しばらくの沈黙が流れる。
その沈黙を 破ったのはソルだった。
「フィルリュー ジュ。なぜアーティフィカラー化ではなく、禁忌の方にこだわるのだ?」
ソルの質問 に、首を軽く傾けて考え事をするようなしぐさを見せるが、しばらくして、フィルリュージュは話し始める。
「…そうです ね。敢えて禁忌に触れることをするのは、自分で自分の責任を取りたいから。ほかにも他人の意志ですべてが書き換えられてしまい、場合によってはソニアルーフィ ンなどを敵に回したくないから」
曖昧な回答を フィルリュージュはソルに対して出してきた。
「…どういうこ とだ?」
「ボクを敵に、 と言うことはその逆もあるわけですが、ボクのように何層ものプロテクトをかけてしまえば、そう簡単にアーティフィカラーの行動メモリが書き換えられることはな いと思うんだけど…マスターほどの人だったら、それは可能でしょう。ボクのプログラムに128層のプロテクトをかけるくらい慎重なんだから」
ソルの疑問符 をソニアルーフィンが代弁する。それに対して、フィルリュージュは「んー」とうなりながら、なにかいい答え方が無いかを考えていた。
「アーティフィ カラーだと、場合によってはプロテクトさえ無視して、メインプログラムにアクセスするような輩も現れないとは言い切れません。ですがその禁忌であれば…メイン プログラムなどと言うものは存在しません。アーティフィカラーたちが全員、回れ右の状態になってしまったとしたとき、一人ででも立ち向かいたい、と言うのも理 由の一つです」
フィルリュー ジュが何とか説明するが、それでもサテラとソルはどうにも納得できないと言いたそうな雰囲気を醸し出していた。
「あとは…自分 の人間としての誇り、でしょうか。…では訊かせていただきますが大帝ソル。なぜアーティフィカラーとその禁忌の二つが存在しているのですか?」
フィルリュー ジュは淡々とソルに、地上の人間が呼ぶようにソルの名を呼び、理由の説明を求める。
「アーティフィ カラーであれば、強制的に全プログラムをまっさらにも、書き換えることもできる。それによって、いまフィルリュージュが記憶として持っている超爆弾などの技術 や考え方を封じて、アクアクリスを滅ぼすことを未然に防ごうとしている。だが、禁忌の方はそれが出来ぬ。…フィルリュージュがそれを行使するとは思っていない が、それでも地球で使われたと言う超爆弾を使うだけの知識があるのならば実行が可能だが、我らでは止めることが出来ぬ。…統制が取れなくなる、と言うのが最も 有力だとする意見だ」
ソルが言葉を 選びながら、フィルリュージュとソニアルーフィンに話しかける。ソニアルーフィンはそれが当然、わかっていると言いたそうな表情を見せていたが、フィルリュー ジュはいまいち納得できない様子でいた。
「人間のコント ロールだって、ソル程度のスパコンならば止められるんじゃないですか?」
そういうフィ ルリュージュに、ソルは残念そうな声を出す。
「…我とサテラ はスーパーコンピュータほどの処理能力を持ってはおらぬ。サテラは大型の記憶媒体と最悪な場合の攻撃兵器。我とて、あくまでアクアクリスの現状を保つため…例 えば氷河期などが来れば我が氷を溶かし、灼熱期が来れば、雨を降らせて火を消す。そんなことしかできんのだよ。…フィルリュージュの記憶には入っていないかも 知れんが、地上にもいくつかのスパコンは存在していて、実際はそちらがアーティフィカラーの一斉操作などを行っていたのだ。…実質、そのスパコンは既に死んで しまっている」
ソルが行った ことは半分は納得できたが、もう半分をフィルリュージュは理解することは出来なかった。
「地上にもう一 つのスパコン・・・」
フィルリュー ジュはそう言って考え込むと、「あっ」と小さな声を上げた。
「ソニアルー フィンを加工するのに使ったコンソール」
「そうだ。あれ は本来、地上を統括管理するスパコンのものだ。あの時は単独でコンソールだけを生かしただけだ」
それを聞い て、フィルリュージュは再びコンソールの場所に来ると、その状態を見つめる。
「…このスパコ ンの話は後にするか」
独り言のよう な小さな言葉を言って、フィルリュージュはふと天井を見上げた。
「結論から言う と、超爆弾…地球で言う核兵器はアクアクリスでは作れません。化学反応で超絶的な威力を発揮する物体がないためです。そうした条件下でも、禁忌に触れることは 許されないのですか?」
フィルリュー ジュはその『禁忌』に敢えてこだわるような言い方で、ソルとサテラに言い寄る。
「今のアクアク リスの常識を覆しかねない。禁忌に触れると言うことと…おそらくこの後にフィルリュージュが話そうとしていることが本当に可能であれば、アクアクリスどころ か、この箱庭から出ることさえ可能になるかも知れん。…だが、我ら機械も、生身の人間も、本来『この世』での存在が許されない。我ら自体、アクアクリスそのも のが禁忌だ。そうした中でも最も、アーティフィカルメカニズマーは数多の危険を持っている、そう言うことも理由だ」
ソルが何かを 察したように言う。
その言葉を聞 いて、フィルリュージュは小さくうなずいていた。
「わかった。だ けど、禁忌は冒す。その代わりに、私に対しての改造をソニアルーフィンに担当させ、その指示はソルとサテラでしてほしい。同時にアクアクリスに対して、または 箱庭に対して、危険を踏むようなことをした場合の抑止機能をソルが組んでほしい。…この地上のスパコン。もしこれが稼働したら、その位の事はソルだったらでき るでしょう?」
それだけ言う と、フィルリュージュはコンソールの前にある椅子に座る。
「ソニアルー フィン、サポートをお願いします」
そう言ってソ ニアルーフィンを自分のところに呼ぶと、ソニアルーフィンからいくつかの接続ケーブルを取りだし、コンソールを壊して、あらわになった一部分に結線する。
「…ニューロ ネットワークコンピュータ。人々が勝手に停止させ、機械文明のリミッターを解除した。その結果が機械戦争。ソルもサテラも、アクアクリス『監視用』人工衛星。 このニューロネットワークコンピュータが指示を出さない限りは、本来、『天罰』も与えられなかったはず」
フィルリュー ジュはそう言って、画面を見たままキーボードを高速でタイプする。同時にソニアルーフィンは結線を都度都度交換して行く。
「・・・生き 返ったよ、一応」
「…感服する よ、フィルリュージュ。しかも、そのニューロネットワークコンピュータの全権が我になっている。…三機で動いていたのを知ったうえで、我にニューロネットワー クを直結したな」
フィルリュー ジュが突然タイプを止め、ソニアルーフィンから出ていたケーブル類を回収する。それを見ていたであろうソルはただ、フィルリュージュに「すごい」以外の言葉を かけることしか出来なかった。
「星の統治、こ れで大帝が全権をもって行うようになったわけです。もう私でさえ、このニューロネットワークコンピュータにログインすることはできません」
フィルリュー ジュはそう言って、コンソールを見つめる。
「…このスパコ ンがあれば、アクアクリスの人間が作れない、ちょっとした兵器も作れるでしょう?それを私の抑止力として使用してくれてかまいません。むしろ、その位の覚悟の 上で、禁忌を冒そうとしているのですから」
ソルに投げか けられたその言葉が、何を意味しているか、ソル自身は十分に理解していた。
「…わかった。 その代わりと言ってはなんだが、死ぬことを許さない。そして箱庭が何かの理由でなくなるその最期の最期まで、我とサテラに付き合ってもらうぞ」
「…上等!!約束しよう、私はソルとサテラとともにいることを」
フィルリュー ジュはそう言って、満足そうな笑みを浮かべる。
「ソニアルー フィン。禁忌を回避することはできなくなりました。フィルリュージュに『改造』を施します。アーティフィカルメカニズマーとしての」
サテラがあき らめのような口調にも似たようなトーンでソニアルーフィンに指示を出す。フィルリュージュはその声を聴き、ソニアルーフィンが改良されていた診察台に横にな る。
「頼むね、ソニ アルーフィン」
フィルリュー ジュはそう言って、そのまま目を閉じる。
三日三晩くら いは経過していると思われる時間。
フィルリュー ジュはソニアルーフィンに促されて、起き上がった。
「気分はどうで すか?マスター」
「…なにも変 わっていないようにしか思えない。思考も、記憶もそのまま」
ソニアルー フィンが訊ねると、意外そうな声でフィルリュージュが呟く。
「それでも、サ イバーリンクを駆使して、全神経が完全な電気信号として、肢体に伝わる。反射神経はソニアルーフィンより早いかも知れん。これで、フィルリュージュは一生歳を とらない、アーティフィカルメカニズマーになったわけだ。指示通り、なにか危機を感知したときは、その体を木端微塵にふっ飛ばす。…代わりと言っては何だが、 アーティフィカルメカニズマーとして活動するときの機械心臓は2か所にセットした。人間の心臓が破られても、機械的に動作が可能だ」
ソルが「も う、文句はないだろう」と言いたそうな口調で、フィルリュージュに行った。
「ついでに、身 体の一部の細胞を採取、そして常に新たな体組織を形成するようにプログラムしてあります。怪我をしても、時間が経てば回復します」
ソニアルー フィンもソルに習うようにして、フィルリュージュに説明した。
「わがままを聞 いてもらって申し訳ありませんね。…このくらいのことをしないと、シュバイツァーは倒せない。そうとしか考えられませんでしたからね」
フィルリュー ジュはこの時、初めて自分が永久の命を得た理由を話した。だが、実際にフィルリュージュの体に手を加えていたソニアルーフィンはまだ、どこか納得できない様子 で、フィルリュージュを見ていた。
「どうかしまし たか?ソニアルーフィン」
その視線を感 じたフィルリュージュはソニアルーフィンに質問を投げかける。
「…その、マス ターはなぜ、自分をより有利な方向へ持って行こうとはしないんですか?フィルリュージュを名乗っていること自体、すでに大半の人間、アーティフィカラーは恐れ 多いと思うはずです。なのに、わざわざ破壊の女神であるシルフィオスの名も名乗る。その上で、アーティフィカラーではなく、アーティフィカルメカニズマーとし て自らを改造した。ボクにはどうしても、納得出来ないと言うか…理解に苦しみます」
ソニアルー フィンはそこまで言っていいのかと自問自答しながらも、フィルリュージュに疑問を投げかける。
「まぁ、理解に 苦しむのも無理はないでしょう。…正直、私もアーティフィカラー化でも十分ではないかとも考えた位ですから。ですが・・・」
フィルリュー ジュは少し含みを持たせて、ソニアルーフィンの質問に答える。
「地球人として の誇りのようなものも捨てたくなかったですし、地球人の私以上に重たいものをサテラとソルに背負わされてしまったので、それを完遂するためには、量産アーティ フィカラーではなく、アーティフィカルメカニズマーでないといけないんです」
フィルリュー ジュは、今までは自分のことを最優先に話し、それ以外の『誰か』の所為にはしない話し方だったが、ここにきて、初めてソルとサテラからの使命があると言うこと を口にした。
「重たいものを 背負った?それはシュバイツァーがアクアクリスで禁忌に触れるようなこと…例えば機械戦争の二の舞のようなことを始めたりすることを抑止するとか、星々の旅団 の目的を知り、場合によっては強制的にこれを排除するため・・・と言ったことですか?」
ソニアルー フィンは、フィルリュージュから聞いた話やサテラの記憶装置内にある知りえる限りの悪い出来事を並べてみる。だが、その事象を聞いても、フィルリュージュは返 事をしようとはしなかった。
自分が得た情 報以上の情報がある。ソニアルーフィンはそう思うしかなかった。
そんなソニア ルーフィンの顔を見て、フィルリュージュは軽く息を吐き、空を見上げる。今は昼間で人工衛星のソルとサテラを見ることは難しい。それでも、わかっているかのよ うにフィルリュージュはしばらく空を見つめていた。
そして、改め てソニアルーフィンに向き直る。
「もしかした ら、後悔や自責の念で苦しむかも知れませんよ?」
じっとソニア ルーフィンの瞳を見て、フィルリュージュはソニアルーフィンの意思を確認する。ソニアルーフィンはそれでも一切瞳を避けることなく、まっすぐにフィルリュー ジュに視線を向け、覚悟が出来たと言うことを伝える。
「・・・わかり ました。アクアクリスには、一人の大帝と四人の女神が存在するのは知っていますよね?」
フィルリュー ジュがソニアルーフィンに訊ねるが、ソニアルーフィンは少し疑問を持った。
「…三人の女神 ではなく、四人の女神ですか?」
ソニアルー フィンの記憶する限り、大帝ソルを中心に、それを守護すると言われる女神が三人いる、と言う情報しかもっていなかった。
「…四人です。 一人は女神サテラ。四人の女神の中で、異名を持たない、大帝とほぼ同格と言われる、女神の中でも特別な存在」
ソニアルー フィンの様子を見て、ゆっくりとフィルリュージュは話を始める。
「次に女神フィ ルリュージュ。別名、闘いの女神。そして、女神シルフィオス。別名、破壊の女神」
フィルリュー ジュはそこで一息つく。ソニアルーフィンもこの三人の名は良く知っているし、自分が守護するマスターの名こそがその女神の名である。
「・・・最後の 一人、女神グリアリデル。別名、静寂の女神」
女神クリアリ デル、その名をソニアルーフィンは聞いたことが無かった。古い、別の個体であったアーティフィカラー自体の記憶を遡っても、グリアリデルと言う名に聞き覚えは なかった。
「ソルは、この アクアクリスを統治するための管理衛星。サテラはアクアクリスでの大きな衝突を鎮めるため…鉄槌を地上に下すための管理衛星。グリアリデルは荒れたアクアクリ スを徐々にもとに戻すためのニューロネットワークコンピュータ」
静かにそれぞ れの役割を説明するフィルリュージュ。そして、その役割を聞き、何のことか理解が出来なくなってきているソニアルーフィン。
「ちょ、ちょっ と待ってください、マスター。『えいせい』ってなんですか?それに、大帝、女神と付けない理由は?」
ソニアルー フィンは慌ててフィルリュージュの説明する言葉を止めた。ソル、サテラについては、記憶に記され、それが地上に存在しない物であることは理解していてた。しか し衛星と言う呼び方については、フィルリュージュの記憶の中に存在はしている物の、それがなんであるかは理解できないでいた。グリアリデルについては名前も聞 いたことがなく、存在自体も知らない。ソニアルーフィンはまずその三人の神々たち…と言うよりは、アクアクリスでの存在についての説明を求めた。
「ソルは基本的 にはこのアクアクリスを監視しているだけ。そして、自分で発光することで、このアクアクリスに昼と夜をもたらす。サテラは実はグリアリデルの巨大な記憶媒体で あり、ソルが危険と判断した事象、もの、人などに対して、鉄槌と称する攻撃用レーザーをピンポイントに打ち込むための兵器でもある。最後にグリアリデルはさっ き私たちが使っていた、地上に張り巡らされたネットワークで研究所や関係各所をつなぐ、ニューロネットワークコンピュータ。もっとも、グリアリデルのニューロ ンは所々で途切れてしまっていたりするから、アクアクリス全体の研究所・研究機関との連携は取れなくなってしまっているんですけど…」
ここまで説明 したが、ソニアルーフィンはついて行くのがやっとだった。何とか話にはついて行けるが、ソルとサテラが機械であること以外、名は知っていてもその正体や役割に ついては初めて知るものばかりだった。
その様子を見 て、フィルリュージュは口元に少し笑みをこぼして、ソニアルーフィンの演算処理の状態を見守る。そして、ソニアルーフィンが幾分落ち着いたところで、話を続け る。
「・・・この三 機については、グリアリデルが地上で行われる研究や地上に現れた現象を確認し、状況をソルに報告すると言う役割を持っています。ソルはそれを確認したうえで、 それがアクアクリスにとって有用か無用かを判断し、特に今の生活に支障を与えなければそのままに、何かとんでもないことがあった場合は、その詳細と攻撃命令を サテラに指示する役割を。サテラは普段はグリアリデルと言うスパコンの記憶装置ながら、ソルから『鉄槌』の命令が下った場合、最低地上1cm×1cm の域で攻撃できるレーザーで鉄槌を下すと言う役割をそれぞれ持っているのです」
極力丁寧に、 ソニアルーフィンが持つ記憶とうまくリンクが取れるように説明をフィルリュージュは続けていた。ソニアルーフィンも徐々に自分の記憶から情報を取り出すことが できるようになってきたようで、フィルリュージュの説明を止めるようなこともなく、話を聞くようになってきた。
「…人工衛星と 言うのは、星、この場合はアクアクリスになるけど、そのアクアクリスに付かず離れずの軌道で星の周りを周遊している、人工的に作り出した星のようなもの。惑星 と言う星には、衛星と言う、つかず離れずな星を持つものがあったりするんですよ」
フィルリュー ジュはこの部分の説明についてはソニアルーフィンが理解するかわからなかった。フィルリュージュ自身、人に説明することは苦手な分野としていた。なので、ソニ アルーフィンにうまく伝わるかはわからなかった。
「…ソルとサテ ラに人がいるとは思っていませんでしたが、人工知能などが組み込まれているのですか?」
ソニアルー フィンが質問するが、フィルリュージュが実際にソルとサテラを見たことはないので、少し困ったような表情で固まる。
「…そのあたり は知ること自体が禁則事項だ。まぁ、当たらずとも遠からずではあるがな」
そんなフィル リュージュを見て、ソルが助け舟を出す。その説明を聞き、フィルリュージュはホッとして、ソニアルーフィンはどことなく虫の居所が悪そうな顔をしていてた。
「あとは、闘い の女神フィルリュージュと破壊の女神シルフィオスですが…端的に言います、この二人の女神は表裏一体の存在。闘いをするから、破壊が生まれる。破壊なくして、 闘いはない。そして、フィルリュージュとシルフィオスは一人の・・・アーティフィカルメカニズマーです」
フィルリュー ジュの言った言葉が、ソニアルーフィンは一瞬理解できないでいた。だが、フィルリュージュは確かに「アーティフィカルメカニズマー」の言葉を口にしている。ア クアクリスでの禁忌。それは目の前にいる自分のマスターだけだと思っていた、が、過去にも存在していたのだ。ソルとサテラがいながら、その禁忌が一回破られて いることが、ソニアルーフィンには理解できなかった。
「私と区別する ために、今は女神と付けますが、女神フィルリュージュと女神シルフィオスは元々一人の人間でした。あくまで、闘い方の上手な人間、それだけでした。が、そのこ ろになると、アーティフィカラーの横行が始まり、人間の迫害にまで発展していたと言うような時代でした。サテラとソルはその状況を鑑みてそのまま放置するの は、アクアクリスにとって良くはない、と判断して、女神フィルリュージュは生まれました。ですが、フィルリュージュが相手にするのは、ほぼアーティフィカ ラー。次々に容赦なく破壊していくその様を見て、人々は闘いの女神には二つの顔があると語り始めました。そうして闘いの女神である女神フィルリュージュがひと たび、闘いを始めると、そこには破壊しか残らず、破壊の女神の名を付けられたのだそうですよ」
フィルリュー ジュはずいぶん端折った話し方をしていたが、ソニアルーフィンはそれだけの話でも、サテラの記憶装置に直結されている思考部分で、過去のフィルリュージュの戦 い方がどんなものであったのかと言うのを知ることになった。
「…で、でも… アーティフィカルメカニズマーの女神は…なぜ姿を消したのですか?」
ソニアルー フィンは本来は汗などかくはずもないのだが、全身に汗をかいたような感触に襲われて、なんとかその場に立っていると言うような状況だった。
「・・・禁忌で あると言うことは、アクセスが出来ないと言うこと。…ソニアルーフィン、あなたの記憶になにか違和感はないですか?」
静かに語り掛 けてきたのは、意外にもサテラだった。
ソニアルー フィンはサテラの言っていることがすぐには理解できないようだった。だが、自分の中で整理をしながら、フィルリュージュの話をまとめて行くと、色々と本来知っ ている言葉だったと言う単語が出て来ていた。「グリアリデル」と言う言葉も、冷静になった自分には聞き慣れた言葉であることに気付く。
「・・・・・・・ グリアリデル…ニューロネットワークコンピュータ…?」
その瞬間、ソ ニアルーフィンの中央制御装置−CPU−にデータが流れ込み始める。それがどこから流れるものか、ソニアルーフィンはもう理解してい居た。そして、一人混乱し ていたその状況は、一人、誰よりも鮮明な記憶として蘇ってきていた。
「…そうだ、ボ クはマスターをアーティフィカルメカニズマーに・・・」
ソニアルー フィンがそこまでつぶやき、慌ててフィルリュージュの顔を見る。そこにいるフィルリュージュと、今自分が思い出した『女神』フィルリュージュとは、明らかに別 人だった。
「…ソニアルー フィン、とどめを刺すようで申し訳ないのですが、もう一つ、付け足すことがあります。女神フィルリュージュには常にガーディアンが付き従っていたと言います」
フィルリュー ジュがそこまで言うと、ソニアルーフィンは力なく、その場に膝から崩れていく。
「・・・・・・ ええ、人々はそのガーディアンのことを『マルチプル』と呼んでいました。そして、そのマルチプルこそ、ボク自身です」
ソニアルー フィンはすべてを思い出したと言うように、がっくりと力の抜けた状態で、フィルリュージュの言葉に続けた。
「ボクは…アー ティフィカルメカニズマーへの転換を二人のマスターにしていたのか・・・・・・」
茫然とした状 態で、ソニアルーフィンが呟く。そんなソニアルーフィンの肩にフィルリュージュが手を添えて、ソニアルーフィンの横にしゃがみ込む。
「…だからと 言って、罪だとは思わないでくださいね。私は自ら望んでアーティフィカルメカニズマーに転換してもらったのですから」
フィルリュー ジュはそうつぶやく。だが、ソニアルーフィンは『禁忌』に触れていることに相当のショックを受けているようだった。
「・・・ボク は…二人、マスターを・・・」
茫然とただ言 葉を繰り返すソニアルーフィンを見かねて、ソニアルーフィンの両肩を持つと、ガクンガクンと首が動くくらい…アーティフィカラーのソニアルーフィンの首が外れ てしまうくらい…力を入れて前後に揺さぶる。それが止まって、ソニアルーフィンは、正面にいるフィルリュージュに焦点が合う。
「何をそんなに 落ち込んでいるのですか?そんなことをしている暇はありませんよ。…禁忌に触れる、それは確かにまずいことではあると思います。が、ソニアルーフィンは別に、 率先してその禁忌に触れたわけではありません。罰せられる対象があると言うのならば、それは私しかいません」
フィルリュー ジュが言うと、なにかを反論しようとソニアルーフィンは息を吸って、フィルリュージュの顔を見る。そのフィルリュージュは「なにも悪いことはない」と諭すよう な優しい目でソニアルーフィンを見つめてくれていた。
「マス ター・・・」
「禁忌に触れ る、それを選択した理由はたくさんあります。ソルやサテラと話していたこと以上にたくさんのことが。ですが、ソニアルーフィンがいるから、私は敢えて、アー ティフィカルメカニズマーとして転換してもらったのですよ」
「ボクがいるか ら・・・?」
ソニアルー フィンはフィルリュージュを見て呟く。
「だけど・・・ ボクがもっとしっかりしていれば…」
「いいえ、ソニ アルーフィンは絶対に私をアーティフィカルメカニズマーに転換する、そういう運命だったんです。…だって、私がソニアルーフィンの新しい機体への移植作業中 に、この禁忌のプロテクトを解除していたのですから」
ソニアルー フィンは生身の人間だったフィルリュージュのことを思うと、その体を転換してしまったことを悔しく感じてならなかった。だが、フィルリュージュは禁忌のプロテ クトを外していたと言う。そのあたりの言葉をソニアルーフィンは整理する。…と、何がどうなっても、自分はマスターをアーティフィカルメカニズマーへの転換作 業を実行して、回避できないことが、自分の制御プログラムなどからも理解できた。少しずつだが、冷静さを取り戻していく。
「大丈夫です か?ソニアルーフィン」
「・・・はい、 落ち着いてきました。…マスター、いくつか質問があります。よろしいですか?」
ソニアルー フィンはそう言って、フィルリュージュの方にきちんと向き直る。ソニアルーフィンの問いかけに、フィルリュージュは何も言わず、ただ一回うなずいて見せた。
「ボクがもとも と、アーティフィカルメカニズマーへの転換作業を実施したものであること、マルチプルと呼ばれる存在だったと言うことを知っていて、ボクにこうした身体を用意 したんですか?」
多少しどろも どろにソニアルーフィンは質問する。フィルリュージュは優しそうな笑顔を見せて、首を振る。
「いいえ、知り ませんでしたよ。闘いと破壊の女神についていたマルチプルと言う存在だった、転換をして、万が一のことが女神にあったらマルチプルが収拾を付ける、それを知っ たのは、ソニアルーフィンがソルとサテラとで私をアーティフィカルメカニズマーに転換している最中の事でした。ソニアルーフィンの記憶が流れ込んできたとき、 禁忌としてプロテクトされていた部分も知ることになったのです。それゆえ、安心感は転換前よりずっと増えましたけどね」
フィルリュー ジュの言葉を聞いて、ソニアルーフィンはどこまで『偶然』が悪さをしているのか、わからなくなってきていた。
「では、なぜ、 ボクにその禁忌である、アーティフィカルメカニズマーへの転換作業を任せたのですか?」
「それはもちろ ん、ガーディアンとしてのソニアルーフィンに全幅の信頼を置いているからですよ」
ソニアルー フィンは色々と質問していくが、フィルリュージュはそのどれも、ソニアルーフィンだから、と言うような言葉をかけてくれていたので、徐々に禁忌と言う事象が フィルリュージュには効かないことなのではないかと思い始める。それは今、フィルリュージュ自身にプロテクトがかけられていると言う、その部分まで、実はフィ ルリュージュは見透かしてしまっているのではないかと思わざるを得なかった。
「…アーティ フィカルメカニズマーになることに抵抗はなかったんですか?」
「禁忌、と言う ことでしたからね、それに触れてはいけないことだとは理解しました。ですが、シュバイツァーに勝るには、禁忌を冒してでもこちらも変わらないと勝てないと、そ う予想したためです。もっとも、その時は計算などをするにも、平凡な人間の脳でした計算でしたが。女神フィルリュージュ、女神シルフィオスを名乗るのには、絶 対的な力が必要だった。…だから、アーティフィカラーではなく、アーティフィカルメカニズマーを選んだんですよ」
この言葉を聞 いたソニアルーフィンは、やっとフィルリュージュが敢えて禁忌を冒した理由の真相を話してくれた気がした。
「・・・まだ未 熟化も知れませんが、女神のマルチプルとして、全力でガードさせていただきます」
じっとフィル リュージュの瞳を見つめて、ソニアルーフィンは心からそう思い、フィルリュージュに言えた気がした。
「ええ、期待し ていますよ、ソニアルーフィン」
フィルリュー ジュもソニアルーフィンに全幅の信頼をもって、その気持ちを返してきた。それが機械であるはずの自分に感じられた。ソニアルーフィンはさすがに禁忌に触れるだ けの度胸のある人だと改めて感じ、それゆえに、自分にも機械でしかないはずの体に異変を感じさせるんだと感じざるを得なかった。