第一節
宇宙での活動 が一層多くなり、国際宇宙ステーションの拡大により、更なる発展を迎えていた。このころからは有人飛行での太陽系外への調査や、無人探査機の天の川銀河系外へ の調査飛行も始められていた。
-----国際宇宙ステーション内
その日、俺は 宇宙ステーション内で現在チーフを務めている人物に呼び出された。要件は有人飛行での太陽系外での、地球によく似た惑星の探索、と言うものだった。
このミッショ ンは一人で行われるものではない。もう一人、俺のパートナーと言うことで、よく知った友人であるシュバイツァーと言う船員が同じ任務に当たると言うことだっ た。
小型の宇宙 線。すでに廃止されてから久しいスペースシャトルのような形の船が今回、俺たちを導いてくれる宇宙船だ。規模こそ小さく、二人乗りだが、数か月分の食料など大 量の物資がいっぺんに詰めるようにもなっていて、長期に宇宙ステーションを離れ、調査作業をするのにはちょうどいい期待だった。
「ま、よろしく な」
階級で言え ば、シュバイツァーの方が上官になる。彼は慣れた様子で俺の肩に手を置いて、軽い挨拶をした。俺は特別それに反応もせずに彼のあとに従う。これから数時間、ど のくらいになるかわからない長旅に備えて、色々と準備をしないといけない。俺たちはそれぞれの居室に入り、宇宙航行に必要なものを揃えて行く。
数時間後、俺 たちは宇宙船の搭乗口に来ていた。
「ま、長旅にな ると思うが、よろしくな」
「・・・ああ」
彼は良くしゃ べるが、実際何を考えているかはわからない部分が多い。今回のミッションに於いても、彼がチーフとして、宇宙船の高校から緊急時の指示などの一切をまとめる役 にあると聞いて、一抹の不安は覚えていた。コクピットに身体を預け、シートベルトをきっちりと付ける。しばらく待機状態で、外ではこの航行のために必要なセッ ティングがされていく。次々と、赤い点灯ランプだった計器類のランプがグリーンに変わっていく。射出口まで誘導されて、ロケットエンジンに点火をする。そうし て、男二人旅が始まった。
だが、ただ何 の変化もなく、ミッションが遂行されると言うことはなかった。
まだ太陽系か らも離れていない…金星の軌道あたりで突然目の前が真っ暗になる。それまで、太陽や水星などを確認していたのに、瞬間暗くなると、完全に漆黒と化した場所に出 た。突然、時空転移…ワープしたのだと分かるまでには、少々の時間が必要だった。
「な、何 を・・・したんだ?」
まだ現状把握 が完全ではない自分に対して、シュバイツァーは満面の笑みを浮かべていた。
「ヒャハー!!してやったぜ!!」
第一声は宇宙 船内全域に聞こえるくらいの大きな声だった。その言葉で改めて時空転移して、どこだかもまだ確できない場所に辿り着いたことを改めて悟った。
「・・・貴様、 何していやがる!!俺たちの任務は天の川銀河内に、人間に似 た、もしくは小動物でも、生物がいるかどうかの探索だったんだぞ!?」
思わず大声が 出る。無理もない、本来のミッションを無視して、しかもとんでもない場所に時空転移したとしか思えない状況なのだから。だが、当のシュバイツァーはヘラヘラと 笑ったままで、俺の怒鳴り付けもさらっと流してきいているようだった。
「まぁ、そんな に怒るなよ、元々俺はそんなちっぽけなミッションだけで終わらせるつもりはなかったんだからよ」
そのシュバイ ツァーの言葉を聞いて、俺は唖然とする。
「…だからと 言って・・・いったい、何光年先に転移したと言うんだ!?」
「…さぁな?適 当な数字をルーレット回す感覚で入れてやっただけだからよ」
思わず、右手 を強く握って拳を振り上げる。シュバイツァーはそれを見ても、特別態度や体制を変えようとはしない。
「殴るか? あー、別に殴ってくれて全然いいんだぜ。あんたはただ上官のつまらん指示を遂行するだけのつまらん宇宙ステーションクルーの一人だったってことを証明するだけ だからよ」
確かに、宇宙 ステーションの一クルーだ。こいつのくだらない想いなどに付き合っている場合ではない。だが…来てしまった以上、ここで何ができるか探るしかないのかも知れな い。そう考え、振り上げた拳を下ろす。
「へへ、そうこ なくちゃな、兄弟!」
慣れ慣れしく 接してくるシュバイツァーを煙たそうに見て、俺は格納庫の方に目をやる。
「ここがどこだ か知らないが、食料だって有限なんだぞ!?それをわかってやったのか!?」
俺の呆れた声 に、シュバイツァーは特別、危機的状況に陥っている風にも見えず、自然に構えている。
俺は食料のこ とも気になっていたが、他にも確認したいことはたくさんあった。その一つが時計だ。時空自体を転移したことによって、おそらくは現地球時間を保っているとは思 えなかったが、そこから何光年先に辿り着いたかなどがわかるかも知れないと思ったからだ。
だが、肝心の 時計も134世紀などと言う時間を指示している。西暦1万 年以上と言う数値だ。それ以外にも、この宇宙船自体を正常に保つための計器はほぼすべて狂ってしまったと言っていい。何が信用できるデータなのか、もはやわか らなくなっていた。
俺は諦めると 言うよりは、絶望にも似た溜息を深くついて、シートに深く座った。
「そんなに未練 があるのか?地球に」
シュバイ ツァーは俺にそんな言葉をかけてくる。
「未練とかって 話じゃない。…この巨大な宇宙空間で難民になったことに悲観しているんだ」
「そんな小さい こと考えんなよ。もしかしたら、人間ではなくても、食える小動物の澄む惑星に辿り着けるかも知れないぜ?そっちの期待を持った方がいくらか建設的だとは思うん だがねぇ?」
言いながら シュバイツァーは宇宙船の狂いまくっている計器を楽しむかのように見て回っていた。
もうあきらめ た。そんな自分が今はいる。シュバイツァーは相変わらず、なにを考えているのかわからない態度で、景気を見たり、外を見たりしている。
シュバイ ツァーの言うように、食料として何か食べられる、自分の生命維持ができる惑星を探す方が建設的だとは、今の俺も思う。だが、この狂った計器類を相手にどうこの 漆黒の宇宙空間を進んでいくか、と言った、現実的に考えなくてはならないことが山ほどある。シュバイツァーはその「現実的」な部分が多少かけているように思え た。
いま、宇宙船 は一か所にとどまっているわけではない…と考えるのが正しいだろう。肝心の宇宙地図も天球儀も、こうなってしまっては役に立たず、沈黙してしまっている。唯一 の救いは、この宇宙船が、まだ宇宙船として機能し、宇宙飛行が可能である、と言うことだった。
そう、「だっ た」だけなのだ。
シュバイ ツァーは落ち着く様子もなく、格納庫やコクピットなどを行ったり来たりしては、奇声を上げて喜んでいる。俺はと言うと、何から考えたらいいかと言ったことがぐ るぐる頭を巡り勝手に疲れてしまって、コクピットのシートに身体を預けたままで、ただボーっと前方にある、単なる漆黒の闇を見つめるだけだった。
ゴゴ ン・・・・・。
ガリガリガリ ガリ・・・・・。
突然そんな音 がした。
さすがのシュ バイツァーもびっくりした様子を見せて、俺の方を見る。
「何かにぶつ かったのか !?」
憶測しかでき ない。だが、しゃべらずにはいられなく、それはシュバイツァーも同じであろうと思っていながら、質問をしていた。
「…ここは漆黒 の闇の中だぜ?隕石でも流れていたのか?」
それを確認す る術はただ一つ。船外に出て、。状況確認をする以外に方法は残されていない。暫く俺はシュバイツァーを見ていたが、指示を出そうともせず、かと言って自分から 動き出す様子もなく、その場に立ち尽くしている状態だった。俺はそれを見て、ハーッと一つ、深いため息をついた。
「…わかった、 俺が船外に出て、確認してくればいいんだろう?」
そう言うと、 シュバイツァーはやっと我に返ったように「あ、ああ・・・」とあいまいな返事だけを返してきた。その曖昧な返事とは裏腹に、何かをしっかりと仕込んでいそうな シュバルツァーの不敵な笑みが隠れていることに、俺は気づくことが出来なかった。
宇宙服に袖を 通し、船外活動の準備をする。いつになっても、不安定な中での船外活動と言うのは疲れるものだが、周りに瞬く星が意外と綺麗だったりするものなのだが、いまの この場所に瞬く星のようなものは一つもない。文字通り漆黒の闇の中に行かなければならないのだ。
空気が入って しまうような穴が無いことを祈り、酸素ボンベを携帯して、宇宙船から外に出る。
確か、音は後 ろの方からしたんだったな。
俺は船伝いに 後ろの方に回ってみる。ちょうどぶつかったであろう尾翼の部分に近づいた時、シュバイツァーが無線で話しかけてくる。
「どうだ…?なにかありそうか?」
そう、ぶつ かったのならば、隕石や宇宙ゴミと言ったものが浮遊していてもおかしくない状態ではある。だが、漆黒がそうさせているのか、周りはしんと静まり返り、チリ一つ として無い。
「…何もないが・・・ああ、案の定、尾翼がやられているなぁ。左尾翼全損、垂直尾翼半損、ロケットエンジン一機故障、と言った感じだ」
さらっと回りを認しながら、状況報告する。
「そうか…浮遊物、と言うわけではないんだな?」
シュバイ ツァーがそう言っていて、今の宇宙線の状態に違和感を覚える。
…船は、こともあろうか、漆黒の闇の中に「めり込んで」いるのだった。それを見て、俺はどういうことになっているのかとそののめり込んでいる、宇宙船の一部に近づく。
ゴツ ン・・・。
覗きこもうと して、めり込んでいる向こう側に頭をやろうとしたとき、何かに頭がぶつかる。そのぶつかったところに手を出してみると、壁のような、垂直に切り立った状態の空 間になっていた。
「…こりゃ あ・・・」
「おい、どうし たんだ?}
さすがのシュバイツァーも、俺の声の変化に気づいたのか、神妙な声で、俺に問いかけてくる。
「…壁だ。ぶつ かったのは漆黒の壁で、宇宙船の破損はその壁にぶつかったのが理由だ」
そう報告する と、シュバイツァーは鼻で軽くうなずくような感じで俺に答えてきた。
宇宙船が少しずつ、その壁から離れているのがわかる。そして、壁には、今いる漆黒以上の漆黒の闇だけが口を開けていたのだった。
「中に何か見えたりするのか?」
シュバイ ツァーからの質問。俺はその質問に答えるべく、穴の方に向かっていく。
「・・・・・・ いや、中も漆黒だなぁ。ちょうど今、ロケットエンジンが穴から外れて、中が見えるようにはなったんだが…中を見ても何かがあると言うわけではないみたいだ」
「…とすると、 俺たちは宇宙の『淵』までたどり着いたって事か!?」
シュバイ ツァーの声が数段に明るくなる。
「宇宙は有限、 と言った科学者が昔いたよなぁ?」
シュバイ ツァーが嬉しそうな声で俺に語り掛けてくる。
「だが、最近の 研究では、とてつもない速度で有限宇宙は広がっていると言う話もあるし、宇宙は無限、と提唱する研究者だっているぞ。…まぁ、もしかしたらここが『宇宙の淵』 だったとして…じゃあ、この淵の『向こう側の空間』はいったい、どう説明する?」
俺がそう質問 すると、ここは研究者の一人であるシュバイツァー、少し考え込む様子を無線を通して見せた。
「・・・・・・ 子供じみた答えだが、パラレルワールド、とかっていうのも、この状況じゃ『あり』なんじゃないか?」
どこかのんび りとした答えに一瞬戸惑う。だか、確かに、俺たちの宇宙と並行宇宙が存在していて、そこにはもう一つの天の川銀河、もう一つの太陽系、もう一人の自分、がい たっておかしくない状況ではある。
「…当たらずと も遠からず、って感じだな、その可能性があるならば、ちょっと行ってみてみたい気はするが…」
「まぁ、べつの 自分を見たって、特別変わったことはないかも知れないぜ?それより今はどのあたりにいるんだ?」
シュバイ ツァーと意見が合うと言うのは至極珍しい。そんな奇妙な状態に少しだけ気が抜ける。間髪おかずにシュバイツァーが質問を返してくる。
「今はロケット エンジンと裂け目の中間あたりにいるが?」
「はっはぁ、そ うか!!いくらそこがパラレルワールドの入り口だったとしても俺は行きたくな いね!!良きたけりゃ一人で行って来い!もっとも、ロケットエンジンで焼け死 ななければの話だがな!!」
シュバイツァーが何を言っているのかわからなかった。
だが、頭の中 では、警笛が止まることなくなっている。そう、シュバイツァーは俺を気に入って一緒につるんできているわけではない。むしろ、一緒にいるのが嫌なくらい、俺た ちは相反するような人間同士だと、俺も自覚していた。「しまった!!」と言った言葉は聞こえたかどうか。
ロケットエン ジンは最高出力で火を噴いて俺を襲った。捕まるものなどないうえに、ココは宇宙空間だ。完全無重力、踏ん張ることさえ無理だった。
「はっはっはー!!これで口うるさいやつも消えたぜ!これでホントに難民だなぁ、この宇 宙空間で生き延びられればの話だがなぁ!!」
シュバイ ツァーがそう、無線の向こうで言っていた。だが、もう宇宙服も燃え、完全に無重利を苦の漆黒空間に投げ出された。
「くそっ!!」
俺はもう死 ぬ。それが確定したとき、せめてシュバイツァーも道連れにしたいと思った。その時、壁にあいた亀裂が急に周りの何もかもを吸い込むような状態に変わる。
ブラックホー ル。そのそれなのかも知れない。俺たちは実際にブラックホールが「丸く渦を巻く」と思っていたが。異形のブラックホールもある可能性だってあるわけだ。
まだ辛うじ て、視野が効いている。
シュバイ ツァーの乗った宇宙船も、どんなに全速力と言っても、一機は既に大破しているし、尾翼などの破損個所もある。それを考えると、そう簡単に逃げ出せるような状態 ではないと考えられた。
事実、俺と同 じ方向に宇宙船は迫ってくるのだから。
「へっ、ざまぁ ねぇぜ」
俺はそれだけ 言うと気を失った。
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