Angel’s Whispers 〜天使のささやき〜 Vol.1  /  Page−1

 

「こら、真紅(しんく)、どこを・・・見てるのっ?!」

 ある遊園地の一角、売店などがそろっていて、園内の客が休憩に使っているコーナーで、首筋が見て取れる程度に短く切りそろえたボーイッシュな髪の 女の子が、右隣に座っている、どことなく頼りなさそうな、一見すると女の子とも取れそうな男の子に声をかけた。
 同時に、その彼女は、彼の左耳を引っ張って、自分の方に無理矢理向かせている。

「いてててて・・・な、なにするんですか、先輩」

 彼はそう言って、抗議の目を彼女に向ける。彼女はむくれたように、頬を膨らませてむすっとした表情を浮かべ、口を尖らせて、彼の抗議の目を見つめ 返した。

「…なにするんですかぁ?ねぇ、それって場違いな質問だと思わない?真紅」

「だって、何を言っても水樹(みき)先輩ってば、無視するんだもん」

 彼のその抗議の目と言葉に、彼女はさらに不機嫌そうな顔をして、彼を睨み付ける。彼はその彼女の表情と、自分が口走った抗議が、彼女に対しての 「禁句」であったと気付き、口を慌てて両手でふさいだが、すでに手遅れで、彼女の不機嫌そうな顔は直る気配が無い。

「ほほ〜う。翠浦真紅(みどりうらしんく)くん、君はいつから水樹先輩にそんな言葉を堂々と言えるようになったのかな?」

 翠浦真紅は、慌ててごまかすように、水樹と呼ぶ彼女に乾いた笑いを見せて言う。

「や・・・やだなぁ、天野(あまの)先輩、もちろん冗談に決まってるじゃないですかぁ」

 天野水樹(あまのみき)は、そう答えた真紅に(今まで私のほうに視線さえ向けてなかったじゃないか)と言いたそうな、訴えかける目で真紅を見つめ ていた。


 真紅は、ある私立高校の二年生、水樹は真紅と同じ高校の三年生。
 学校内では、真紅の子供っぽさと無邪気さが、どことなく「守ってあげたい」と母性本能をくすぐるのか、学校の女子生徒に人気だった。
 一方の水樹は、少し男勝りのところがあり、体つきこそ、良いように言えばスレンダーではあるが、あまり大きくない胸とお尻ながら、顔つきはキリッと 引き締まり、いわゆる宝塚の男役とも見間違えそうな美貌を持ち、男子・女子ともに人気の生徒だった。
 そんな注目度の高い二人が付き合っているという話は、学校内でも有名で、そんな二人を見て、羨ましがる者や逆に引き裂かんとする者、真紅を、水樹 を、狙ってくる別の生徒たちが居たりはしていたが、二人はそんな手から逃れて、どこか自然と全校レベルでは受け入れられていた。
 学校ではあまり二人でいることは少ないが、それでも放課後などは二人で話しているところや、一緒に下校するところを目撃されたりしていた。そして、 こうして時々二人で遊びに出たりもしていた。


 尚も訴えかけるような目で真紅を見つめている水樹。そんな水樹の威圧的な瞳に、真紅は結局自分が謝ることになる。

「・・・ごめんなさい、水樹先輩。僕が悪かったです」

 水樹は何かを言いたそうに、いまだ真紅から瞳をそらそうとはしていなかったが、真紅は水樹に手を合わせてぺこりと頭を下げ、許しを請う。そんな真 紅の態度に、水樹はなんとなく満足したのか、いままでの威圧的な瞳をちょっと伏せて、「しょうがないな」とでも言いたそうな顔をして、軽くため息をつ いてみせた。

「許して…いただけます?」

 ちょっとだけ頭をあげて、真紅は水樹を覗き込む。水樹はちょっと笑みをこぼして、そんな真紅を見つめて言う。

「ま、大目に見てあげるよ。大好きな真紅の頼みだもの」

 普段の水樹からは想像できないような、無邪気な子供っぽい笑顔を見せて、真紅に呟く。真紅もそんな水樹の笑顔にホッとした様子で、つられて笑顔を 見せた。
 日常、二人でいることは少なくなく、だが多いとも言えない状況だったが、それには一つ理由があった。
 各学年の女子から注目を集めている真紅は、確かにその取り巻きとも言うべき数は多いほうだったが、それでも天野水樹と言う人物が真紅の近くに来る と、自然とその取り巻きは消えることが多かった。
 一方の水樹は、確かに各学年男女に人気もあり、取り巻きも少なからず居たりしていたが、それ以外に水樹にはしつこく付きまとう、一人の男が居た。水 樹はその男のことを名前で呼ぶのさえ嫌悪して「疫病神」と呼んでいた。

「…そう言えば、久しぶりだよね、真紅。キミと一緒にデートと称して歩くのも」

「そうですね。僕の方は水樹先輩が居てくれれば、自然と近寄ってこなくはなりますけど、水樹先輩には『疫病神』が居ますからね」

 いつからか、水樹の言う「疫病神」のことを、真紅もそう呼ぶようになっていた。水樹はその真紅の言葉を聞き、フゥッと大きくため息をついた。
 水樹に付きまとう疫病神と言うのは、以前、水樹が真紅と付き合い始める前に、水樹と良い雰囲気のところまで行ったらしい男だった。だが、水樹として は、どこか受け入れがたいところがあったりして、付き合うまでには至らなかった。そうしているうちに、真紅と親密になり、水樹はこの男のことが邪魔に なり、きっちりと「あなたとは付き合えない」と言って別れたつもりで居た。だが、何を勘違いしたのか、その男は断られてもなお、水樹にしつこく付きま とい、水樹が鬱陶しくて邪険にしている態度でさえ、意に介さずと言った感じだった。水樹いわく「まだ、私がヤツのことを好きだと思っているみたい」と のことだった。

「まぁ、ね。…真紅がもっとはっきり自己主張してくれれば・・・」

 水樹が少し、恨めしそうに真紅に言って見せると、その水樹の言葉を遮って真紅は言う。

「僕が全然、自己主張していないって訳でもないんですよ、実際。まぁ、そりゃ、以前の僕は何も言えませんでしたけどね、今は水樹先輩のおかげで、一 通りの自己主張や文句のひとつは言ったりしているんですよ」

 真紅がなんとなく、おっかないと言った雰囲気で水樹に言うと、水樹は半信半疑と言った瞳で真紅を見つめる。しばし沈黙が流れたが、「ふむ」と軽く 相槌を打つような声を発して、水樹は言葉を続けた。

「なんて言ったの?あの疫病神に。それに、そんな態度を取るんなら、証人と呼べる人が居たりするんだろうね?」

 水樹のそうした言葉に、真紅は少したじろいで見せたが、鼻の頭を右の人差し指で軽くかきながら、水樹の質問に答える。

「水樹先輩は嫌がっているってことと、僕としても鬱陶しいってことを伝えましたよ。ちなみに、証人は紗美(しゃみ)さんですよ」

 真紅の疫病神に対する言葉には納得した水樹だったが、その証人として名を挙げた時、水樹は少し眉をひそめた。

「へぇ・・・如月紗美(きさらぎしゃみ)の前で、そんなことが言えたんだ」

 名前を挙げることに少しの嫌悪感をもった水樹だったが、今は真紅をちょっとからかっているのが楽しいのか、つい意地悪く突っかかるような言葉を発 していた。

「でも、さ。強くなったじゃないの、真紅もさ。『あの頃』から比べれば…さ・・・


 件の如月紗美と言うのは、一年から今までの真紅のクラスメイト。まだ二人が一年生だった頃、紗美は真紅に一途な想いを寄せていた。真紅は今とあまり 変わらず、学校の女子生徒に人気があったが、特定の誰かと付き合っていると言うことはなかった。
 そして、紗美には真紅とはまた別の、とても大切な存在もあった。それは他ならぬ水樹だった。紗美は水樹に真紅のことを相談したりして、水樹もそんな 紗美の背中を押せたらと自分なりにアドバイスを送っていた。
 そして、紗美は真紅に告白して、二人は付き合うようになった。
 ところが、紗美と真紅が付き合い始めた数ヵ月後、紗美は真紅に一途な想いを抱きそれを伝えながらも、真紅に隠れ別の男を作っていた。真紅とて、遊び で付き合っているわけでもなく、紗美のそうした行動に対しては、抗議の声を上げていたが、紗美はそれを聞き入れることもなかった。当時紗美に、真紅の 何が不満かと言うことを水樹は訊ねていたが、紗美からは、はっきりした答えは返ってこなかった。ただ、紗美自身が火遊びを楽しんでいるのではないか、 と言うことだけは当時の水樹には感じ取れていた。
 紗美はその男に従順な部分もあり、いつの間にか、紗美と真紅との間には、深い溝が出来ていた。そして、最終的には、男の指示で紗美は真紅と別れるに 至っていた。真紅はそれでも紗美を諦められず、何度となく復縁を申し込んでいたが、紗美は「真紅のことは好き、だけど一緒には居られない」と言って、 距離を置くようになっていた。
 そんな時に、紗美の不振な行動が気になり、だが自分勝手になっていた紗美を見て、水樹は紗美にではなく、真紅の方にアプローチしていた。
 真紅と話をしている水樹は、真紅のどこか頼りない部分と、どうにも女々しく感じられる部分が、紗美にとっては気に入らなかったのではないかと感じて はいたが、ただ熱心に真紅のことを相談してきていた紗美から聞いていた範囲では、特別、紗美が嫌うような部分も感じられなかったし、何よりこうして水 樹自身が接していて、マイナス要素と感じられる部分が、真紅にはそうそうなかったのが事実だった。
 この頃の水樹は、周りのみんながそうしているように、制服をすこしだらしなく着こなし、制服のネクタイもゆるく結んでいた。スカートの丈も極端に短 いものを穿いていた。そして、言ってしまえば今風と言えるような、少しガラの悪いような男と付き合っていた。校則違反とわかっていながらも、両耳には ピアスもしていたし、時には指輪などもして、登校することもあった。そんな水樹だったが、実際はそうやって外見だけを繕っているだけで、身体の関係は おろか、キスさえしたことの無いような、実は純粋な娘でもあった。
 そんな水樹は、いまこうして相談相手をしている真紅が気になり、放って置けないのも事実だったが、それと同じくらい、紗美のことを心配していた。水 樹の友人たちから聞いた話では、紗美の男と言うのが女をとっかえひっかえ変えているようなやつであること、そしてすぐに身体を求めるような男だという ことを聞いていたからだ。
 だが、真紅のフォローをしながらも、紗美の情報を集めていると、どうやら男のほうから紗美に近づいたわけではなく、紗美がアタックしていたようだと いうこと、そして、紗美自身から身体を許していたらしいことがわかった。水樹はその事実を信じられず、また紗美に限ってそんなことをするような娘では 無いと、ここまで紗美と付き合ってきた中で思っていた。何かの間違い、そして、紗美が許したのではなく、男が強引に紗美の身体を奪ったと信じて疑わな かった。
 しかし、現実には、紗美が積極的にその男との付き合いをしていた。そして、紗美が男の手を引き、ホテルに入っていくところまで目撃してしまったの だった。
 この時から、水樹は今のように紗美をフルネームで呼び捨てにするようになった。
 また、そんな紗美に想いを寄せた真紅のケアもしながら、真紅が立ち直るまでの間、出来るだけ相談相手になり、紗美のことは諦めるよう諭していくよう になっていた。


・・・あの頃の真紅ってさ、男子生徒って言うんじゃなくて、なんか「妹」って感じがしてなんなかったんだよね〜。…それまで、如月 紗美が妹だったん だけど、あれ以来、その場所には真紅が居るようになっちゃったんだよ」

 にぎやかな遊園地内を二人並び歩きながら、水樹はそんな昔話を思い出したりしていた。真紅と水樹が付き合い始めて、半年が経とうとしていた。

 

    To Be Continued...
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