Route / Mizuna-01.『戦?の あと』


 ブリックモールで初めての クリスマスが終わり、新年は二日からの営業となっていた。その間にそれぞれファミーユとキュリオはこの先の作戦会議をすることになっていた。

 その作戦会議中、キュリオ 三号店では驚きの発表がなされていた。

 それは、花鳥玲愛チーフの 本店への異動だった。もともと、玲愛がこの三号店に来たのは、ウェイトレスとしてまだ未熟な正社員二人と完全にチーフの仕事がこなせない瑞奈の養成のために送 り込まれたと言う状態だった。そして、(判断は板橋店長によるもの と考えられるが)瑞奈がフロアチーフとしての独り立ちを、二人の ウェイトレスはキュリオ三号店で自分の動きを取れるようになってきたことを理由に、玲愛は本店に戻ることになっていたのだった。

「今更、と言われたって、カ トレ・・・花鳥君だって、そうそう長い時間三号店に居てもらうことはできないんだよ。元々、キュリオ上層部では、三号店は僕を筆頭に、フロアチーフに川端君、 フロア全体を成田君と長谷川君で回す、と言う事で決まっていたことだからね」

 そう言って飄々と板橋店長 は言ってのけた。突然のことで瑞奈はいっぺんに頭の中が真っ白になって、何をどうしていったら良いのかなどが吹っ飛んでしまった感じがしていて、自分にフロア チーフなどが務まるはずがない、と慌てふためいていた。


 その頃、すでに瑞奈はファ ミーユ店長の仁とは付き合っている仲で玲愛の異動、これからの方針などについて色々と相談に乗ってもらうようになっていた。仁としては本来、乗れない相談では あったが、こと恋人の事となると話が違ってくる。

 バレンタインデーの前につ いては、キュリオ三号店で特別なことを企画するには、瑞奈がまだ育っていないと言う状態になっていた。瑞奈は毎日溜息と共に仁と帰るような日々を送っていた が、仁は簡単な分部から手を付けてバレンタインデーのPOPなどを 作って見た目をにぎやかにする方法を提案し実行することで何とか、切り抜けることが出来た。

 その前後で、瑞奈は高校時 代から、万年二位の自分が嫌いだ、仁についても元は玲愛が居たから自分の方にたまたま振り返っただけで、本当は瑞奈本人ではなく誰でもよかったのではないかと 疑ってかかり、喧嘩に近い状態になってしまっていた。

 だが、二人で何とか話を付 けることができ、ホワイトデーに関しては、お互いの手の内を見せない約束で、玲愛と仁がよくしていた売上合戦をすることになる。

 瑞奈は万年二位だと言いつ つも、指導者の右腕であると言っているようなもの、考え始めると次々に案が出て来て、万全の態勢でホワイトデーのファミーユとの決戦に挑むことが出来た。ふた を開けてみると、わずかだが、キュリオの方が売り上げが大きかった。

 仁を初め、ファミーユの店 員たち、そしてキュリオの仲間たち、何より親友としてしかし、いつも背中を追いかけていた玲愛からも、チーフとしての太鼓判をもらう事が出来た。


 そして、ホワイトデーは過 ぎ、時季は4月、春を迎える準備をキュリオとファミーユは入ってい た。

 ファミーユは元々のコンセ プトがメイド喫茶ながら、ケーキなどのスイーツは手作り感のある、どちらかと言えば家庭的とも取れるような店だった。そのため、4月 に入っても大きな路線変更はなく、各テーブルの上に桜などを花瓶でおき、フードコート側には些細ながら、パンジーなどのあるプランターを置いて家庭的な春を思 わせる雰囲気を作り出す。考えたのはファミーユ店員全員。

 一方のキュリオも表には同 じくパンジーなどの春の花を飾り、こちらは少し敷居の高そうな店のイメージを創りだしている。作ったのはもちろんキュリオ店員全員。正面のファミーユとは似て 異なるものだと言うように、ケーキなどは通常価格であったし、特別なキャンペーンをすることもなかった。だが、それでも根強いキュリオファンを集客し、それら 客にはキュリオ最高のもてなしで接客していた。

 そんな春の帰り道。

 ブリックモールに入るため には、正面ゲートを使うのが一般的で、近くの駅からくる客は大体その正面ゲートを使う。そのゲートで今日は瑞奈が仁を待っていた。

 しばらくして、仁がブリッ クモールの従業員用の出口の方からやってくる。瑞奈がいることを確認すると、仁は小走りで瑞奈に駆け寄る。

「お疲れ、瑞奈」

「お疲れ様です、仁さん」

 お互いに労をねぎらい、言 葉を交わす。

「どう?花鳥チーフが居なく なってから、チーフと言う階級には慣れてきた?」

 キュリオ三号店では人事異 動があり、花鳥玲愛が三号店から本店へ戻り、三号店のフロアチーフは瑞奈に移行していた。初めのうちは、サポートならできるが自分なんかがチーフなど勤まるは ずがないと言う一点張りで、実際にチーフになったところで、例のバレンタインの話になり、そのあとはグダグダな状態でホワイトデーまで来ていたが、仁の一喝と 励ましにより、ホワイトデーの一日で売り上げ競争をしたところ、キュリオの方が上回ると言う、瑞奈にとっては信じられないほどの功績を残すことが出来た。その 時から、チーフと言えど、肩肘張ってがちがちになる必要などないと言う事を身をもって知った一日だった。

 そのな日を過ごしてから、 数日、瑞奈は自分なりのプランで、ファミーユ対策まで練って勝負を挑む形になってきていた。

「おかげさまで、チーフとし てどう自分が振る舞ったらいいかがよくわかるようになってきました。で、今日はちょっと店長と話をして、玲愛の抜けた穴を補うためにアルバイトを雇うことに決 めました」

 生き生きとした笑顔を見せ て、瑞奈が仁に言う。この場では他言無用なことでも話すことが多く、お互いの店舗に対しての対抗策まで話すこともあったが、聞いたことはすべてオフレコと言う 事で約束をしていた。

「アルバイトかぁ、ファミー ユはその枠に掛ける余剰は無いからなぁ」

「何言ってるんですか。時間 さえ空いていれば、通常由飛さんと明日香さん、それに加えてかすりさんに美緒さんと四人も排出されては、キュリオの店員を捕まえようとしている人も、自然に ファミーユに流れますって」

 瑞奈の言うのは正しく、最 大4人で接客対応ができるのは間違いない。そして、コーヒーだけの 客については美緒が直接対応に入ったりして、役割分担もでき始めているので、確かにファミーユに注文が偏りつつあるというは間違いでは無かった。なので、瑞奈 にそう言われては仁もぐうの音も出ない状態だった。

「これからは新学期です ね〜、ファミーユは新規の従業員はともかく、イベント事はなにか用意していたりするんですか?」

 少しの間を置いて、瑞奈が 星しか見えない空を見上げて、仁に質問する。

「ん?イベントと言う程では ないけど、ちょっとケーキのホールり値段を下げて、新入社員や進級、入学制たちがお祝いできるようにと、いくらくらいの値下げが可能か確認を取っている所だ よ」

 仁が言うと、瑞奈は少し拗 ねたような表情をして、仁に文句を言ってくる。

「むー、それって、キュリオ がチェーン展開しているから、値がさげられないのを見越して値下げに踏み切ってるんでしょう?ずるいなー、仁さんたちは」

 瑞奈が言って、仁の腰に軽 く左手でパンチを入れる。

「そりゃー、ホワイトデーで 負けたからね、今回の4月イベントでは、手堅く勝ちに行かせてもら うよ。…だけど、ファミーユがするのはそこまでだなー。正直、色々をぎりぎりで経営しているからね」

 瑞奈に痛いところを突かれ たと言いたそうに表情を曇らせながら、ファミーユの秘策を話す。それに対して瑞奈は何もできない、チェーン店と言う形態に対しては色々がやりにくいと言いたそ うな表情でいた。

「ま、実際は競争するわけで はないんだから、俺たちは値下げと言う方法を取る代わりに、キュリオにはキュリオにしかできないことをやればいいんじゃないんかな?」

 仁が言うと、瑞奈は「そ れってどんなこと?」と言いたそうに、口をとがらせて仁の横顔を眺める。

「…ファミーユはほら、メイ ド喫茶『風』であって、実際はごく普通の喫茶店なんだから、キュリオはメイド喫茶と言うのを前面に出して、本店、二号店と協力してなにかしたっていいんじゃな い?キュリオの強さはその『メイド喫茶』って部分なんだから、そこをうまく使って行かないと、ね」

 そう言う仁の言葉に「ふ〜 む…」と何かを考え込むようなしぐさで瑞奈は仁の横を歩いていた。

 二人の住むマンションが近 くなり、その間、瑞奈は唸ったままで特別な会話などはしないで歩いてきてしまった。サブチーフだったころの瑞奈なら、色々と考えも出てきたし、実効に移せるか を花鳥元チーフと話していると言う状況をよく見かけた。だが、最近の瑞奈はどうも一人で抱え込みすぎているように仁には見えた。

「ねぇ瑞奈。キュリオにいる のは瑞奈だけじゃないんだから、成田さんや長谷川さんと話してみてもいいだろうし、花鳥に相談を持ち込んでもいいんじゃないかな?今の瑞奈はバレンタインの時 みたいな抱え込みすぎてるように見えるよ?」

 素直に仁は、今の瑞奈の状 態、態勢について言いたいことを言う。それを聞いてハッとして瑞奈は顔を上げた。

「・・・そうですよね。一人 でまた考え始めてました。…玲愛たちに訊いても良いんですよね」

「そうそう。花鳥だって、 キュリオ三号店の動向については気になっているだろうし、多分瑞奈がまた一人で何かを抱え込まないかと心配しているかも知れないからね。その辺も含めて、この 新学期、新社会人たちの巣立つときにいいアイディアを持ち出すの良いとは思うよ」

 そう言って仁は花鳥元チー フの名を出した瑞奈に対して、そう言う勢いも必要だと鼓舞する。そんな話をしながらエレベータに乗って自分たちの階で降りる。

「ねぇ仁さん。まだまだ ずーっと先の話なんですけど、私、転職を考えているんです」

 瑞奈の部屋は奥の仁の部屋 の二件隣。そのドアの前で突然瑞奈が仁にカミングアウトする。

「転職…?」

「すごく魅力的な喫茶店が あって、そこに転職したいんです。で、もしかしたら私が描いている、理想の喫茶店経営が出来そうなんです。…そこの経営者さんは色々と奇抜なことを考えたりし て、その上リピーターも多くて、すっごく良いお店なんです。…仁さんは、私がキュリオを辞めることって反対ですか?」

 突然瑞奈が言い出した事 だっただけに、仁は返答に迷った。聞きたいことはたくさんある。だが、最終的に仁が瑞奈に言った一言は、瑞奈がきっと、一番望んでいた言葉だったのかもしれな い。

「それだけ、瑞奈が肩入れす るくらいにいいお店だったら、そのお店に転職すると言うのは反対しないよ。あくまでチェーンであるキュリオは喫茶店たるものが何だか学ぶためだと言っていた し」

 仁の言葉を聞いて、瑞奈は 満面の笑顔を見せる。

「よかった。でも、仁さん だったらきっと、そう言ってくれると思っていました。今夜はよく眠れそうです。…じゃあ、おやすみなさい、仁さん」

 そう言って瑞奈は少し背伸 びして、仁に軽くキスをすると、自分の部屋に入って行った。

「・・・瑞奈、確か自分の喫 茶店を持ちたいって言ってたよな…、てことはチェーン系の喫茶店ではないんだろうけど……またいずれ、瑞奈も相談が必要ならば行ってくるだろう」

 仁はひとり言を呟き、瑞奈 が中に入ったドアを軽くコンと叩くと「お休み、瑞奈」と言って、自分の部屋に帰った。


To Be Continued...


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