第 五節
シュバイツァー型のアーティフィカラーはどんどん量産が続いている。それらしいことを留めまで刺したアーティフィカラーは言っていた。ただ、量産するとしても アーティフィカラーにシュバイツァー本人のすべての記憶をインプットすることは相当難しい。単純に考えると、そんなことをするより、自分がアーティフィカラー と言う特殊な身体をもった方が早い。シュバイツァーはなぜ自分がフィルリュージュに狙われているのかはおそらく知らないだろう。単純に星々の旅団と組んでいる から狙われていると感じるのが妥当だった。…だが、それにしては、量産されるアーティフィカラーの量が多すぎる。フィルリュージュもソルも同じことを考えてい た。その量産型のシュバイツァーは必ずフィルリュージュを狙ってくる。それについても疑問だった。
ソルやソニアルーフィンが動作の止まったアーティフィカラーからデータを覗き見る限りでは、シュバイツァーにとってフィルリュージュは『自分の計画を邪魔する 存在』と認識しているらしい。ただそれだけのために量産型を送り込むのも疑問だったが、今、一番シュバイツァーに知られて欲しくないこと、フィルリュージュ が、自分がロケットエンジンで焼き殺した船員であることだけは、なんとか偽ることが出来ているらしい。
フィルリュージュとソニアルーフィンは近く…と言っても丸一日はかかるであろう距離を歩き移動する。いまのアクアクリスに自動で移動できるものはない。ただ歩 くか動物の力を借りるかだったが、アクアクリスに大型の動物と言うのが極端に少ない。そのため、歩くことを余儀なくされていた。それゆえ、旅人たちは街と街を 行き来するのにキャラバンを組んで移動していた。
かつてはそのキャラバンの護衛に、星々の旅団が付いていたのだが・・・。
「マ スター、突然の質問ですが…マスターはアクアクリスに生を受ける前は男、だったんですよね?」
並んで歩くソニアルーフィンが、少し歩くペースを遅らせてフィルリュージュに訊ねる。
「えぇ、 一応そう言うことになってはいますが、ソルたちに私の元の精神とアクアクリスの体を融合させた瞬間に、自分が男だった、と言う記憶は遠い昔の事だったように感 じるようになりました。男であったことを思い出すこともできますし、その頃の記憶を思い出すこともできますよ。…思い出した一部が、ソルやソニアルーフィンに 掛けたプロテクトのプログラム言語です」
フィルリュージュもソニアルーフィンの言葉に従うように少し歩調を落として、質問に答える。
「… マスターが仇敵と言うまでのシュバイツァーは…マスターを殺したんですか?」
妙な質問をするなとフィルリュージュは感じたが、それが正しい答えなので、その通りだとうなずいて見せた。それを見て、ソニアルーフィンは言葉を続ける。
「元 は生身の人間…マスターはロケットエンジンの噴射する熱と炎に焼かれたとサテラの記憶装置にはありますが、これはどういうことなんでしょう?直接的に手を下さ れたわけではなかった…?」
突然、ソニアルーフィンがこんなことを訊ねて来て、フィルリュージュは一瞬躊躇した。しかし、自分の身の上話(と言っても短いアクアクリス生活だが)をしたこ とが無いと感じて、ソニアルーフィンに話を始める。
「そ うですね。まず、シュバイツァーには直接殺されたわけではありません。無理やりな言葉で言えば、結果殺されたにすぎません。…少し長い話になるかも知れません が、かまいませんか?」
フィルリュージュはそう言ってソニアルーフィンの意思を確認する。ソニアルーフィンもマスターの事とあってか、改まって話を聞こうと真剣な顔をしてうなずい た。
「私 の居た地球で、シュバイツァーは私の上官でした。そのシュバイツァーと太陽系外の惑星で生物反応のある星があるか、もしくは空気の存在する星はあるか、と言っ た、地球に似た惑星を探すことが任務でした。この任務の4年ほど前に、時空転移装置…ワープ装置が完成していましたが、ほんの少しの距離の瞬間的な移動に使う 程度で、太陽系外でも太陽系にごく近い場所での調査を中心に行っていました」
フィルリュージュが話を始める。太陽系などについてはソニアルーフィンは詳しいことはわからない。サテラの記憶装置に記されたフィルリュージュの記憶を読み取 り、太陽系が、天の川銀河が、どうなっていたかを調べながら話を聞いて行く。
「… 今回のミッションも太陽系から数光年の近い場所までを範囲とした調査と言うことだったのですが、いざ操縦系が宇宙船自体に移行したとき、シュバイツァーは突 然、宇宙船をワープさせました。何光年先にワープをしたかは、当の本人さえわからないくらい、遠い場所に飛ばされました。…それがちょうどこの『箱庭』の外壁 部分だったのです」
フィルリュージュはそこまで話し、一息つく。それを見計らったようにソニアルーフィンは質問をしてくる。
「… 遠い場所、と言いましたがマスターたちはアクアクリスよりもっと高度な宇宙開拓が出来ていたのではないのですか?例えば地図などが作られている、とか」
「そ うですね。地図については、天の川銀河全体の三分の一程度の地図は作られていました。それも、実際にそこまで足を運んで作ったものではなく、宇宙望遠鏡と言う もので、星と星の感覚を縮尺で測り作ったものでしたから、いざ、太陽系外へ調査と言っても、そう遠くへはいけない状態でした。…が、シュバイツァーは自分でも いくつに設定したかわからないほどの数値を使い、宇宙船をワープさせてしまったのです。そのおかげで宇宙船の計器はすべてくるった状態になり、自力航行もでき なくなりました。この箱庭に辿り着いたのはそんな経緯です」
フィルリュージュの言葉を聞きのがすまいとソニアルーフィンはフィルリュージュの言葉に耳を傾ける。
「そ して、宇宙船で箱庭の外壁に穴をあけてしまい、状況を確認するために船外活動のために外に出ました。穴が開いたのは、宇宙船の船尾の方、そこまで行って、箱庭 があることを確認したとき…油断もあったんでしょうね、ロケットエンジンの正面まで来てしまったのです。あとは、ソニアルーフィンの知る通りです」
フィルリュージュはそう言って、溜息をついた。
ソニアルーフィンにはいまいちピンと来ない部分もあったが、自分のマスターが焼き殺されていると言う事実に変わりはなく、それゆえにシュバイツァーを仇敵と憎 んでいるのだと言うことが確認できて、いくらか胸のつかえがとれた気がした。
「ソ ニアルーフィンは…あの場所で強制労働させられていた以前の記憶はメモリに残っているんですか?」
自分の話の後はソニアルーフィンの番とばかりにフィルリュージュが訊ねる。だが、ソニアルーフィンは力なく首を振る。
「ボ クが覚えているのはあの場所での労働のことまで。それ以前は歴史としての出来事は理解しているつもりですが、自分のこととなると遡れないんです」
ソニアルーフィンが少し悲しげに言う。フィルリュージュはそんなソニアルーフィンを見て少し考え込むようなしぐさをする。だが、そこに声をかけたのは、意外に もソルだった。
「ソ ニアルーフィンに付いてならばサテラに活動記録が残っている。…時のフィルリュージュと言うのは元々、箱庭を作った研究者の一人で、我やサテラ、グリアリデル を設計したチームの一人でもあった。…箱庭の実験の理由、それは既に彼らの本星が超新星になることがわかり、なんとか移住できる場所を確保しようと、人工の惑 星をつくり、それが宇宙空間で存在できるかと言うことを確かめるための実験だったのだ」
ソルが話し始めて、フィルリュージュはともかく、ソニアルーフィンも自分の出生の話を聞きのがすまいと真剣に聞き入った。
「… それで、宇宙空間に人工惑星を生むこと、そこに人間が住まうことは可能と言う結果が出され、次に外部からアクアクリスに降りられるか、と言う検証のために降り てきた人間が時のフィルリュージュだったのだ。だが、これは失敗してな。箱庭内の疑似宇宙空間で6000Gもの重力がかかり、宇宙船に乗っていたとは言え、身 体がたちまち傷んでしまった。慌てた研究員たちは下ろした人間を救うべく、アクアクリスに存在していたアーティフィカラーを外から作り上げ、その人間のガー ディアンとした…それがソニアルーフィンだ」
そこでソルはいったん言葉を止める。フィルリュージュは実際に箱庭内の宇宙空間に出たことはない。どの程度の重力がかかるかもわからないでいた。ただ、仮にそ うであったとして、ではシュバイツァーはどういう理由でアクアクリスで平然と生活できているのだろうと言う疑問が生まれてくる。
一方のソニアルーフィンは、実はアクアクリス内で開発、生産されたアーティフィカラーではないと知り、幾分複雑な表情を見せる。
「最 初は外部から我に指示が来て、それをソニアルーフィンに伝え、ソニアルーフィンの手で実行する…まずは、時のフィルリュージュの生命維持のためのアーティフィ カルメカニズマー化を実施した。それにより、なんとか時のフィルリュージュは一命をとりとめた。その状態が確認できた時点で、人間たちがアクアクリスへと移住 することはほぼ不可能と言う決定が下された。…超新星となり、人間が滅ぶ2,3年前の話しだ」
フィルリュージュは半分納得、と言いたそうな複雑な表情でその話を聞く。ソニアルーフィンについては、すべてが実は規格品外であることが確認できたことで、 アーティフィカラーでも特殊すぎる自分を受け入れられるかと言った混乱に襲われていた。
「時 のフィルリュージュがアクアクリスに来て暫くして機械化戦争が勃発する。…その機械化戦争の決着をつけたのは時のフィルリュージュだったが、同時に殺されもし た。そこで、ソニアルーフィンの役は解かれ…あとは、ソニアルーフィンの知る現実へとリンクしていく」
ソルが一通り話を終えた。フィルリュージュは様子のおかしいソニアルーフィンにすぐに駆け寄る。ソニアルーフィン自身が相当混乱してしまっている状態であるこ とに気付き、なんとか落ち着かせる。人間のようにはいかないが、フィルリュージュはグリアリデル経由でソニアルーフィンに直接自分の意識を接続すると、そこか らソニアルーフィンに落ち着くようにと説得していく。本来、こんなやり方は危険だけが残るような状態で、最悪、アーティフィカラーに意識を消され、死に至る場 合が大半だった。いくらアーティフィカルメカニズマーだからと言っても、電子化された意識はソニアルーフィンのそれと同じもの。ソニアルーフィンが闇雲に攻撃 でもしてフィルリュージュの意識を消せば、その場でフィルリュージュは死んでしまう。
危険だと言う警告をソルがしているのにも関わらず、フィルリュージュはソニアルーフィンの意識下にダイブする。ソニアルーフィンの記憶装置と中央演算装置 −CPU−は完全にコントロールが出来なくなっていた。フィルリュージュはその状態を確認しながら、ソニアルーフィンの整理できない部分を順に整理しにかか る。ふと、フィルリュージュが目を落とすと、下では小人とも取れる小さな存在が大きな記憶データと思しきものを一生懸命整えているのが見えた。「ソニアルー フィン内の処理内容が具現化されると、こんな形になるのか」
フィルリュージュはそうつぶやくと、その小人を捕まえて話しかける。
「混 乱して大変でしょう。あなたはここにいてください。細かな順番などはソニアルーフィンを形成しているあなたの方がよく知っているはずです。私が大きなものは担 当しますから」
フィルリュージュがその小人に言うと、小人は何度も力強くうなずく。
そうして、フィルリュージュはソニアルーフィンの混乱をなんとか鎮めることができた。
「す みません、マスター。本来であれば、マスターの方がご自身のことに対してショックを受けていることなのでしょうが…」
意識を取り戻したソニアルーフィンは深々と頭を下げてフィルリュージュに謝る。フィルリュージュは「面白いものが見られたので、気にする必要はない」と言っ て、ソニアルーフィンがペコペコ頭を告げるのを止めさせた。
「そ うですね、自分のことについては…ショックもありますけど、ソルたちが私の精神を拾い上げてくれなかったら。文字通り宇宙ゴミと化していただけですからね。そ れを考えると、ソルたちには感謝を、そしてシュバイツァーには憎悪を、と言った感じの気分になるだけですよ。…しかし、外側の人間たちは、ソニアルーフィンを 作ってまで、時のフィルリュージュを生かそうとした。…それだけ切迫していたと言うことだったんでしょうね」
ソニアルーフィンに今の心境を伝えたフィルリュージュは、今までのソルの話を聞いて、箱庭の外側にいた人間たちが相当に焦っていた、超新星として爆発をしてし まうその星のことをよくわかっていた、と言うことなんだろうとまとめた。
「… ボクが地上のアーティフィカラーと違う部分があるのは、アクアクリスの人間が作ったものではなかったから、と言うのが答えなんですか?ソル」
ソニアルーフィンも今まで話されたことについて、自分なりにまとめると、疑問を語り部を務めたソルに質問する。
「そ うだな。合金などについてはアクアクリスのものを使うのは当然だが、意識プログラムなどについては外の人間が作成し、我を通じてソニアルーフィンにダウンロー ドして、ソニアルーフィン自身が生まれたと言うのは間違いではないな」
ソルの説明を聞いて、ソニアルーフィンは「なるほど」と納得した様子を見せて呟いた。
しばらく、フィルリュージュもソニアルーフィンも話をせずに黙々と歩いていたが、再びソニアルーフィンが口を開く。
「マ スター、こんな場所でしか訊けないことをお聞きしてもかまいませんか?」
「そ んなにかしこまらないでください、ソニアルーフィン。私とソニアルーフィンは『相棒』なんですから。…で、何を聞きたいのですか?」
妙にかしこまってしまったソニアルーフィンにフィルリュージュは少し砕けた話し方でも問題ないと説得する。そして、質問の内容について逆に訊ねる。
「マ スターは敢えて、アーティフィカルメカニズマーとして、生身の人間部分も十分に残しながら転身したわけですが…なぜ、アーティフィカラーではなく、アーティ フィカルメカニズマーだったんでしょう?」
通常、アクアクリスで永遠の命や自分の野望のためと言った、割と自己完結的な理由で、老いを知らない体になるためには、アーティフィカラーに転身する。仮に、 アーティフィカルメカニズマーへの転身が『禁忌』でなかったとしても、恐らくはアーティフィカラーへの転身を選ぶことが多いだろう。仮に、アーティフィカルメ カニズマーに転身したとして、その後、生身の部分に傷でもつくり、それが化膿し体力を奪ったりして行けば、いくら機械部分の可動用の『核(アーティフィカラー もしくはアーティフィカルメカニズマーの心臓)』が生きていても、動くことはままならない。
そもそも、人間を直接改造し、半人半機械人=アーティフィカルメカニズマーとすることが、倫理面でいいことなのかと言う位まで発展したことがあり、生身のク ローンを創りだすのと同等に禁忌として扱われるようになった。
「色々 と理由はあります。が、一番は自分は人間として、一番の憎悪をシュバイツァーにぶつけたいと考えている部分があるからかも知れませんね」
フィルリュージュは何となく今思いついたようなことを口にする。
「あ とは、人間臭い間違いなどがあるのは自分にとってピンチかもしれませんが、逆に人間のもつ運のようなものにかけて、ラッキーを引き込みたい、と言うような、雲 をもつかむような部分が理由であると思います」
続けて口にしたことは、アーティフィカラーのソニアルーフィンとしては、少し理解しがたいものだった。アーティフィカラーであるソニアルーフィンの思考を司る のはあくまでコンピュータ。突き詰めれば、1と0で演算するもので、そればYesかNoでしか答えは出にくい。ソニアルーフィンを始め、『最近』と呼ばれる時 代のアーティフィカラーはコンピュータの演算装置とともに、AIももち、随分柔らかい考え方ができるようになっている。だが、本当に雲をも掴むような確率の話 となると、一種の『賭け』になる。そこでどちらを選択するかと言うような判断は難しいものだった。
フィルリュージュはその部分を持っていたいと言うのだ。
「あ とは、ソニアルーフィンなども表現しますが、喜怒哀楽について、一定以上のものを持つだけの心を持ち合わせたいと思うのです。ソニアルーフィンたちにないと 言っているわけではないのですが、人間の…例えば喜びだったりは、一度味わうと意外と忘れずに、二回目以降、同じような経験をすると必要以上に喜べたりしま す。今の私の場合、それは憎悪に繋がりますが、是が非でもシュバイツァーは殺したい、その憎悪はいつでも黒い炎となって、心の中で燃え続けています」
フィルリュージュは一番、人間とアーティフィカラーで違う部分について話をする。ソニアルーフィンは確かに、人間がなぜそこまで喜び、悲しみ、憎み、笑うのか わからない時があった。フィルリュージュの説明でようやく納得がいったと言うような表情をソニアルーフィンは見せる。
「… ではマスターは、シュバイツァーに対しては人一倍の憎悪があると・・・」
「そ れはもちろんです。ヤツによって一度は殺されているんですからね。そう言う面では、ソルとサテラには感謝していますよ、復讐の場を与えてくれているのですか ら」
ソニアルーフィンが納得したうえで質問すると、どうもソニアルーフィンが思う以上のものを持っていると言うフィルリュージュがそこにはいるようだった。
「… 私たちアーティフィカラーはなかなか喜怒哀楽を表現できませんけど…マスターの説明でどんなものなのかはわかった気がします。…不吉な話ですが、仮にマスター が誰かに討たれたとき、きっと私もその憎悪を持ち始めるんでしょうね」
ソニアルーフィンがそう言うことなんだろうと言う話をすると、フィルリュージュは苦笑いしながらうなずいた。
「そ のあたり私は、思考は人間のものと機械のものを持っていますからね、色々な部分で強力に感情をあらわにすることもあるかもしれませんね」
フィルリュージュはそう言って、ソニアルーフィンに言って話をまとめた。
しばらくまた、話は止まったままで黙々と歩くが、ソニアルーフィンはなんとなくこの『沈黙』が嫌いだった。時間がかかってしまうかも知れないが、話をしながら 歩いている方が、好きだったりする。そうして、何かソニアルーフィンは話題をみつけていた。
「… 考え事ですか?ソニアルーフィン」
話題探しをしているソニアルーフィンの表情を見て、フィルリュージュはそう訊ねてきた。図星だったところもあり、驚いていたが、肯定して見せて、話を始める。
「す みませんマスター。黙って歩くと言うのが苦手なものでして」
「い いですよ、お話しながら歩きましょう。その方がいくらか気が楽になるかも知れませんしね」
ソニアルーフィンは素直にフィルリュージュに説明すると、フィルリュージュはそれを受け入れてくれた。だが、どんな話をしようかとソニアルーフィンは黙り込 む。その様子を見て、フィルリュージュがくすりと少し笑って見せる。
「私 が話すとついつい、標的の相手のものになってしまいますが、それでもいいですか?」
フィルリュージュの方から話題は提供された。ソニアルーフィンは慌ててうなずき返した。
「ソ ニアルーフィンは…なぜ、シュバイツァーは私を狙ってくるのでしょうね?私は今はシルフィオスを名乗っていますし…とは言っても研究所などではわざわざ名乗り もせずに荒らしまわっただけですが…そして今は女の体で、以前の姿とは似ても似つかず名前も同一ではない。…なのにシュバイツァーは私たちを何かと目の敵にし ているのでしょう?」
フィルリュージュの質問は確かにもっともな疑問だった。アクアクリスに来たのはシュバイツァーの方が早いが、フィルリュージュは研究員として存在していた人間 の体に精神をつなげることで、別人になっている。名前も違えば性別も違う。シュバイツァーが上官だったころの宇宙飛行士を示すものはどこにもない。なにがシュ バイツァーをそこまで執着させているのか、それがフィルリュージュには疑問だった。
「… なにかに気付いているとかと言うことは…難しいですしね。それに、初めてシュバイツァーと相対したときは既に、ガーディアンである私も居ましたから、単純に一 人でなにかを探る者と言うことでもないことは明らかですし。星々の旅団にとって、私たちは何かの実行の邪魔になることはあると思うので、こちらに狙われること はあると思いますが…」
ソニアルーフィンは可能性として挙げられる部分を口に出して言う。その一つ一つについて、フィルリュージュもその通りと肯定するようにうなずいて行く。確か に、フィルリュージュが実は、シュバイツァーとともに地球から来た宇宙飛行士であると言うことは、フィルリュージュの記憶の中でも相当奥の方にあるものだし、 外部のソルやサテラ、グリアリデルからはすべてのデータを抹消している。フィルリュージュが当時の宇宙飛行士だと名乗らない限りはシュバイツァーは気づかない はずだった。
「自 分、もしくは星々の旅団としてなにかをしようとしているのを阻害する邪魔者、と言うだけなのかも知れませんが、それでもちょっと執拗すぎますよね」
ソニアルーフィンはさらに言葉を続けた。それにフィルリュージュもうなずいて見せる。
シュバイツァーの目的もよくわからないが、それを阻止しシュバイツァー自身を殺すことがフィルリュージュの完全な最終目標だった。
一方、ソニアルーフィンはあくまでそれまでの度のサポート役だった。そうしているだけであったので、シュバイツァーが執拗に狙う意味がやはり分からなかった。
二人は狙ってくるシュバイツァーのアーティフィカラーから本音を引き出そうと色々と手を打ったりはしているのだが、本当か嘘か、『絶対的な力を持ちたい』とか 『唯一無二の存在になりたい』と言うことだけを口にするだけで、具体的にどんな存在なのかわからなかった。
フィルリュージュがこれまでシュバイツァーと付き合ってきた中で、そんな野望めいたことを口にしたことが無かったため、なおさら今のシュバイツァーが何を考え ているのかわからなくなっていた。
「存 在を何かの形で誇示したいと言うのは間違いないんだと思います。でも…絶対的な力とは?唯一無二とは?」
フィルリュージュは考えながら、整理項目を口にした。
「… 大帝ソルを上回る力を手に入れる?」
ソニアルーフィンが何となく答えるが、フィルリュージュはそれが決定打だとは言わなかった。
「仮 に大帝ソルを上回るならば、アクアクリス全体のニューロネットワークに接続したうえで、ソル、サテラ、グリアリデル、ツヴァイを乗っ取らないといけません。… ですが、それぞれにはそれぞれ傾向の違うプロテクトをかけていますし、これらは共通点を限りなく少なくしていますから、一つを仮に突破したところで、次も突破 できるとは思えません。その間に突破された部分の修復をして、追い出すことが可能です」
フィルリュージュが設計したニューロネットワークではない。ただ、フィルリュージュ自身、地球にいたころコンピュータとネットワークについては右に出る者が居 ないほどのセンスの持ち主でもあったため、全体の把握とそれぞれのコンピュータ構成、AI構成は頭に入っていた。その上で、ネットワークそのもの、ソル、サテ ラ、グリアリデルにはそれぞれ、内容の全く違う…共通点のない…プロテクトプログラムを作り、外部侵入から守るようにしていた。『大帝ソルを上回る』とは、そ う言った強固な守りをすべて突破したうえで全システムを自在に操れる状態にならなければならない。…フィルリュージュが仕事をともにしていた頃のシュバイ ツァーは、実験ばかりに没頭する科学者でエンジニアではないと感じられた。そう言う点からも、恐らくはソル配下の乗っ取りは不可能だと考えられた。
「やっ ぱり、しらみつぶしに星々の旅団とシュバイツァーを潰していくしかないのでしょうか?」
ソニアルーフィンが落胆とも取れるような声でフィルリュージュに言う。今のところ、シュバイツァーと星々の旅団とは利害が一致しているようで、ともに行動して いるように見えていた。
「・・・ ソニアルーフィン、こうやって旅をしながら星々の旅団を当たっていくとして、どのくらいかかる?アクアクリス全体を調べつくすにはどのくらいかかる?」
フィルリュージュはソニアルーフィンにこの先の長い旅のことを訊く。ソニアルーフィンは地図を仮想スクリーンに展開すると、今まで辿った軌跡と星々の旅団と公 表されている街や場所も同時に表示する。
二人の歩いた軌跡…と言っても、地図上ではまだほんの数センチ程度。それに対してアクアクリスの平面図はその軌跡の数十倍はあった。そして同時に表示された 星々の旅団の拠点も多すぎるほどの数が存在していた。
「… 何も言わなくていい。しかし、困ったな。私たちが星々の旅団の目的を突き止めて場合に寄ったらそれの阻止をすること。シュバイツァーを見つけ出して殺すこと。 それと、私たちが全拠点、隠れている場所なんかも含めればこの地図の数倍の拠点があるはず。…それらはどっちが早く目的を達成できるか、言わないでもわかる か」
フィルリュージュも落胆の声でつぶやく。ソニアルーフィンも力なくうなずくとそのまま地図を眺め続けていた。
「… アクアクリスには乗り物がありませんからね、フィルリュージュ様」
「久 しぶりに声を聞きますね、ツヴァイ」
突然フィルリュージュに声をかけてきたのは、アーティフィカラー化したシュバイツァーがウイルスとしてグリアリデルに送り込んだAIのツヴァイだった。
「今 まではニューロネットワークを通じて、あちこちのコンソールについて、星々の旅団、シュバイツァー、そのほか大勢が使えないように、ソル様達にかけられたよう なプロテクトを掛けて回っていたんですよ。ちょうど終わったと言うのもありますが、星々の旅団などの拠点、シュバイツァーについて、と言う話をされていたの で、慌てて戻ってきたと言う次第です」
ツヴァイが丁寧に言葉を選んでフィルリュージュに報告する。
「単 刀直入に聞く。ツヴァイに解決法はあるのか?」
「申 し訳ありませんが、今のところないです」
フィルリュージュはあまり期待しないでツヴァイに質問を投げかける。そして、ツヴァイから返ってきた答えも予想されたものでしかなかった。
「… ですが、シュバイツァーについては、アーティフィカラーたちの言う『唯一無二の存在』と言うのになったとしても、多分叩きどころはあると考えられます。シュバ イツァーは自分のしたいことを自由にできるだけの力が欲しいと言っていましたので」
「… たとえ話なんかはしていなかったのか?」
ツヴァイが可能性…それも、わずかな可能性の話をする。それが解決にはつながらない、そう言いたそうにフィルリュージュはツヴァイと話をしていた。
「た とえ話ですか。…アクアクリスの掌握、とか、星になりたい、とか、そんな現実離れしていることは言っていました。…いまのシュバイツァーは、自分の身体は複数 のアーティフィカラーを動かすためのコントローラーのような役をこなすため、どこかの拠点で寝たままになっています」
ツヴァイの報告に、今までとはあまり変化が無いと言いたそうな表情でフィルリュージュとソニアルーフィンは顔を見合わせて溜息をついた。そして、ツヴァイの 言っていることについて、ソニアルーフィンが質問を続ける。
「ど こかの拠点、と言うのもわからない状態なんですよね?」
ソニアルーフィンの質問には、無言で返答があった。すなわち、特定が出来ていない、ソニアルーフィン璃言う通り。
「ツ ヴァイはネットワーク内を自由に行き来できるのか、そう言えば・・・」
はっとした表情を見せて、フィルリュージュはツヴァイに質問する。
「は い、ネットワークとして構築されている場所であれば、どこでも…と言ってもフィルリュージュ様のプロテクトは通過できませんが、基本はどこでも行き来できま す」
その答えを訊くのが早いか、フィルリュージュはソニアルーフィンとは違う、作業用のコンソールを展開すると、ツヴァイに関するデータを引き出す。一通りどんな 状態であるかを確認すると、何も言わず一心不乱にプログラムを組み始める。30分程度の時間が経った頃、「ふぅ」と息を吐きながらフィルリュージュは頭を上げ た。
「ツ ヴァイにやってほしいことがある。ニューロネットワークを使っての、星々の旅団およびシュバイツァーの情報収集。これについては、プロテクト自体、ツヴァイが 『目』と認識できる部分で認証、通過できるようにプログラムを変更した。これでニューロネットワーク内はほぼフリーパスで行き来ができるはずだ」
フィルリュージュがそう言って。コンソール上に人間の子供のような姿で表示されるツヴァイの目のあたりを指さしながら報告する。
「… 人使い荒いなー、フィルリュージュ様は・・・」
「じっ としているよりは動き回っている方が、性に合っているのではないのですか?」
ツヴァイがぼやくと、フィルリュージュはいつものおっとり調子で丁寧な言葉でツヴァイに返信する。わずかの恐怖をツヴァイは感じざるを得なかった。
「も ちろん、動き回る方が好きです」
ツヴァイは本当の事なので、その通りに返答した。
ツヴァイはもとはと言えば、シュバイツァーが作った簡単なウイルスプログラムだった。それをフィルリュージュは見事にプロテクトで動きを止め、感染を止めて見 せた。そのあと、自分たちの行動の範囲内で動き回れるようにとプログラムを変更されていたのだ。今のツヴァイのプログラムはほぼ、フィルリュージュのプログラ ムから成っている。そのため、フィルリュージュの逆鱗に触れるようなことがあれば、即プログラムの抹消などと言うことも考えられるのだ。ツヴァイはあくまで敵 側にいた身、そのまま削除されずにこうしてまだ仕事を与えられているだけ幸せだった。
「で はフィルリュージュ様、ソニアルーフィン様、調査に行ってきます。…少しでもアヤシイことなどがあったら都度ご報告します」
「ツ ヴァイ、相手のネットワークに干渉する場合、自分を書き換えられないように注意してくださいね。十分にプロテクトは貼ってありますが…万が一、と言うこともあ りますから」
「お 心遣い感謝です、フィルリュージュ様」
ツヴァイはフィルリュージュと言葉を交わすと、ディスプレイから姿を消した。
「こ れで、いくらかでもピンポイントでヤツらの拠点に行ければ、ただ闇雲に歩くよりは時間の短縮になるでしょう」
フィルリュージュはそう言ってソニアルーフィンに笑顔を見せる。
それから暫く歩いて、目的の街にやってきた。周りは木の塀に囲まれている簡素なものだったが街の中は石造り、レンガ造りのしっかりした建物が多く存在する街 だった。
「ソ ニアルーフィンはもうサテラの『記憶』を見たので、私の国がどんな場所でどんな所に住んでいたかは知っているかと思います。…なので、こういった街に来ると何 をしたらいいかわからなくなります。ソニアルーフィンに先導をお願いしてもかまいませんか?」
フィルリュージュは控えめにソニアルーフィンに訊く。ソニアルーフィンは「ハイ」と元気に返事をして、フィルリュージュより前を歩き出した。
「… とは言っても、まずは大体、旅人の集まる酒場辺りを回るのがセオリーなんですけどね」
そう言いながら、ソニアルーフィンは街のメインストリートの中心あたりにある、旅人の酒場に入っていく。
中は人でごった返していたが、外を歩いて来た人々のため、往々にして皮膚は黒く焼けていて、しわの部分だけ白くなっているような、屈強な男たちと、旅にはに使 わない女性の姿も中には確認できた。また、三分の一くらいはアーティフィカラーもその場には居た。
ソニアルーフィンはそんな人々を横目に、マスターの居るカウンターまで一直線に歩いた。
「… ほほぅ、お前さん、アーティフィカラーか。入ってきたときはそんな風には見えなかったがな」
マスターはソニアルーフィンを見て、そう言った。ソニアルーフィンは苦笑いしながらフィルリュージュの方を見た。
「こっ ちの嬢ちゃんは人間だが…華奢なのによく外を歩いてきたなぁ。ここは四方のどこの町からも相当距離のある場所だ。それを歩いてきたんだろう?」
マスターは次にフィルリュージュの姿を見て、心底驚いたような声を出して、フィルリュージュに言った。
「旅 自体はそんなに苦ではないですから」
フィルリュージュが言うと、マスターは笑って返してくれた。
その時、突然ドアを蹴り破って中に入ってくる連中がいた。同時に、ベルがジリリリリと鳴り響く。マスターは大型の両刃の剣をもって入ってきた連中、三人に相対 する。
「お いおい、ここは星々の旅団の連中は入店禁止だぜ、外にも書いてあっただろう」
マスターが言うが、三人はマスターに手を出す様子はなく、そのまま店内をぐるっと見回す。
そして、フィルリュージュとソニアルーフィンと目が合うと、不気味に笑って見せる。フィルリュージュたちも自分たちがターゲットであることはなんとなくわかっ ていた。相手は三体の一般的なアーティフィカラー。フィルリュージュたちには簡単に対応できるような相手だった。
フィルリュージュとソニアルーフィンは進んで店の真ん中に歩み寄る。相手の三人も同じように歩み寄る。店にいた旅人たちは一斉に真ん中にあったテーブルやいす を片づけると、ステージのような空間が出来た。
「シ ルフィオスってのはあんたか?」
「は い、そうですが、最初からそんな好戦的な目で見られるほど悪さをしたつもりはありませんよ」
フィルリュージュはそう言うと、ゆっくり咢の柄に右手を持っていく。ソニアルーフィンもそっと右手の甲に手を触れた。
「邪 魔、なんだよ、あんたたち二人がな。悪りぃがここで消えてくんねぇか?」
それが合図だった。
三人はそれぞれ大ぶりの両刃の剣をフィルリュージュとソニアルーフィンに振り下ろす。二人は小さく後ろに飛んで、大振りしてきた三人の剣からよける。瞬間、 フィルリュージュは咢を、ソニアルーフィンは左手で右手の甲を軽く撫でて剣を生み出す。半ば慌てて三人のアーティフィカラーは剣を構えなおすと、フィルリュー ジュに二人、ソニアルーフィンに一人斬りかかり、鍔迫り合いの状態になる。ギリギリと鋼同士が噛みあう嫌な音がしていたが、フィルリュージュの方の二人の剣が 徐々に咢に食い込んでいく。それに驚いた二人は力を緩めてフィルリュージュを突き飛ばす。軽く頭を後ろに反らすと、開いている左手で床に付き、バク転して、体 制を立て直す。
ソニアルーフィンの方も今まで闘ってきた相手とどうもやり方が違うのか、アーティフィカラーは戸惑いソニアルーフィンを突き飛ばす。
「な んだぁ、その剣は…。刃こぼれしたぞ…」
「こ れは通称咢。太刀と呼ばれるジャンルの件だけど、太刀とか刀ってアクアクリスにはない武器なんだよな」
フィルリュージュは丁寧に咢の説明をして見せた。それを見てあっけにとられる三人をしり目に、フィルリュージュとソニアルーフィンは一気に間合いを詰める。
フィルリュージュは片方の一人に袈裟斬りで咢を振る。それを向って右にいたアーティフィカラーはスッとよけるが、そこまで織り込み済みのフィルリュージュはす ばやく右手の咢の峰と刃を返すと、右にいたアーティフィカラーに逆袈裟斬りで迫っていく。慌てたアーティフィカラーはそのままよけようとして、突っ立っていた ソニアルーフィンを相手にしているアーティフィカラーとぶつかる。
それを確認したソニアルーフィンは瞬時に両手のひらに光の球体を生み出すと、正面で悶えている二人のアーティフィカラーに球体を渾身の力で押し付ける。ベコッ と金属が凹む特有の音がして、ソニアルーフィンが光の玉を押し付けた部分が二人とも凹んでいる。
それを見届けたフィルリュージュは残っているアーティフィカラーを見て、唇の端を少し吊り上げ笑って見せる。フッと瞬間フィルリュージュは姿を消すと、次には アーティフィカラーの頭上に上段の構えをして、飛び上がっていた。プンと振りぬく音がすると、姿を見つけ慌てて逃げようとするがその場でおろおろするだけの アーティフィカラーの脳天から一気に咢を振り下ろす。その一振りで、アーティフィカラーは真っ二つに斬れて、そのまま行動を停止する。
ソニアルーフィンはフィルリュージュが何をするかを確認したうえで、右側にいるアーティフィカラーと再び鍔迫り合いに持ち込む。スッと今度はソニアルーフィン が力を抜くと、剣を持つ相手の腕をとって、そのまま巴投げの体制に持ち込む。投げられたアーティフィカラーは剣を明後日の方向に放り投げながら、ソニアルー フィンがいた場所からカウンターの壁に背中を打ち付ける。
フィルリュージュもソニアルーフィンが鍔迫り合いしているのを見て、すぐに残り一人に対して斬りかかっていく。いつも通りに袈裟斬りに構えて踏み込むと、相手 は大剣を振ってフィルリュージュをけん制、その場にとどまらせる。それを確認した二人は瞬間正面に剣を構えるとまたも鍔迫り合いになる。ソニアルーフィンを真 似してか、相手は剣を引き、力を軽く抜くとフィルリュージュの手を取ろうとする、しかしフィルリュージュはそこから一歩下がると、下がった刀身を、刃を上に向 けた状態で右手一本で振り上げる。同時に右足を振り上げると相手の腕目がけてかかと落としをする。咢と足がぶつかるところ、そこはちょうど相手の手首辺りで、 わずかに咢と足の軌道がずれていて、刀身は上にそのまま振り上げられ、かかとは下に振り下ろされる。結果、相手の手首は噛み切られるかのごとく咢に斬られて床 にゴトッと落ちた。
ソニアルーフィンはニコニコと機嫌よさそうにその様子を見て、相手に向き直る。何とか剣を構えてはいるが、予想できない攻撃ばかりを喰らってきた相手は、次は どこからどんな攻撃が出てくるかで身体を震わせている。その時、屈強な旅人の一人がカウンター越しに相手の首を抱えるようにして、動きを止めた。
「用 意はいいぜ、お嬢ちゃん!!」
「あ りがとっ!!」
旅人に返事をしながらフィルリュージュは右手に具現化した剣で相手の剣を払うと右の肘を曲げて鳩尾に肘を打ち込む。それだけでアーティフィカラーはほぼ動きを 停止していたが、ソニアルーフィンは右手の剣を恐らくはアーティフィカラーの核があるであろう左胸に深々と突き刺して引き抜く。それだけでは物足りないと頭部 をそのまま刎ねて見せた見せた。それで、そのアーティフィカラーは行動を完全に停止した。
フィルリュージュはその様子を満足げに見ていたが、最後の一撃をソニアルーフィンが放ったのを確認すると、残った一人のアーティフィカラーに向き直る。すでに 両手首から先が無くなっていて、剣を持つ手はない。フィルリュージュは咢を背中の鞘にしまうとそのまま右足を高く跳ね上げて、右回し蹴りを放つ。ガシッと相手 の耳辺りにぶつかって止まるのを確認すると、そのまま足先を首の後ろに回して間合いが変わらないようにする。そして、左手で拳を作ると一気に力を込める。ソニ アルーフィンが作り出したのと同様の光の球体がフィルリュージュの左手を包み込んだ。それを渾身の力で相手の腹部に打ち込む。バジッとショートするような音を 立てた相手をみて、フィルリュージュは右足を下すと瞬間、相手の右腕を担ぐように体を入れ替えると、そのまま一本背負いで投げる。だが、相手が受身をとれるよ うにではなく、落下する一番初めの部位の頭から、落ちて行くだけで十分に威力はあるが、落ちている頭を左足でローキックで締めくくる。
バキッと首を形成するフレームが折れ、相手はそのまま力なく身体を床に叩きつけられた。
二人の戦闘の様子を見ていた、ギャラリーと化した旅人たちは一様に大きな拍手をフィルリュージュとソニアルーフィンに送った。フィルリュージュは目の前で身体 を投げ出しているアーティフィカラーに近づくと、念入りにそのボディを見てみる。着ている服を剥ぐと無機質な機械の身体があらわになる。だが、特別何かが付い ているわけでもない。首をかしげているフィルリュージュに、酒場のマスターが小型の剣を持ってくると、器用に身体の前の部分をはぎ取る。中は当然、機械仕掛け になっているわけだが、そこから金色に輝く、六芒星のプレートを取り出した。
それを見届けた旅人たちは、それぞれのテーブルを元に戻しつつ、動かなくなったアーティフィカラーを無造作に外に放り出した。
「い やー、いいモン見せてもらったぜ」
酒場のマスターがそう言って、フィルリュージュとソニアルーフィンに声をかける。が、フィルリュージュの表情をみながら徐々にマスターの表情も暗いものになっ てくる。
「だ けど、お前さん、シルフィオスって名前だって!?破壊の女神の名前じゃないかよ」
マスターの質問に周りの旅人たちは怖がる様子はなく、だが、なぜそんな名なのかを不思議に感じているようだった。
「え え、破壊の女神の名を語っています。なにより目立ちますし、私たちがしていることは破壊以外の何物でもないですから。さっきだって、アーティフィカラーを『破 壊』したわけですし」
フィルリュージュはニコニコしながら酒場のマスターにそう言った。マスターは怪訝そうにフィルリュージュの姿をみて言葉を続ける。
「お 前さんみたいな綺麗な女性が旅をしているだけでも驚きだと言うのに、シルフィオスなんて…。ホントの名前は別にあるんだろう?」
酒場のマスターはそう言って、フィルリュージュに詰め寄るが、苦笑いしながらフィルリュージュは答える。
「い え、無いんです。だけど、星々の旅団からは狙われている身だし、ちょうどいい名前かなって」
苦しい逃げ方のフィルリュージュにマスターは首を傾げながらしかし、笑顔をフィルリュージュとソニアルーフィンに向けた。
「狙 われてる?星々の旅団に?また、なんで…」
「そ れがわかれば苦労はしないんですけど…」
マスターの質問攻めが続き、今度はソニアルーフィンが困った顔をしながら答えた。
「まぁ、 旅人にはそれぞれに目的があるしな。狙われてるとは言いながら、別の目的があるんだろう。…話は変わるが、このエンブレム、探してたんだろう?」
酒場のマスターは話を適当に斬り上げると、先ほど取り出した六芒星のエンブレムを見せてフィルリュージュに訊く。
「は い。…あの三人組が入ってきたのは、そのエンブレムに何かが反応したから、ですよね?」
フィルリュージュはそう言ってエンブレムに見入る。表面は金のメッキで覆われていて、ナイフで表面を削ると中は無機質の鋼が出てきた。だが、その鋼がどんな成 分でできているかはわからないような鉱物だった。
「ソ ニアルーフィン、解析できそう?」
そう言ってフィルリュージュはその鉱物をソニアルーフィンに渡す。しばらく見つめ、手の中に包み込んで振ったりじっとその場で目をつむっていたりしたが、落胆 ともいえるような溜息をつくと、フィルリュージュにその鉱石を返す。
「わ かりません。なにかの混合物のようには感じるのですが、それがなんであるかまでは…」
ソニアルーフィンがそう答える。それを見て、フィルリュージュはマスターの方を向くと、少し首を傾げたマスターはその鉱物をフィルリュージュの手から取り上げ る。
「実 は俺も何が原料だかはわかってねぇんだ。だが、ある電波をこの功績に当てると、数百倍の強度の電波になって帰ってくる、と言うところまで突き止めたんだ。俺と しては、入ってくる客が星々の連中かどうかがわかればいいから、入口にその電波の壁を作ってあるのさ」
マスターはそう言ってその鉱物をフィルリュージュに返す。「そっか」とフィルリュージュは少し残念そうに答えるが、取り敢えずはそれで満足と言いたそうな表情 に変わると、マスターに飲み物を注文する。
話がひと段落ついたと分かった周りの旅人たちは、そろってフィルリュージュとソニアルーフィンの周りを取り囲んだ。
まず誰もが注目したのが、フィルリュージュが持つ咢だった。刀の類はアクアクリスには存在しない。なので、刀型の武器を見るのはどの旅人も初めてだった。フィ ルリュージュは咢を抜いて見せ、その刃などを披露して見せた。刃に浮かぶ綺麗な波紋に誰もが見入る。そして同時に、アーティフィカラーのような金属物まで切っ てしまうその咢の刃を不思議そうに見入っていた。
フィルリュージュは「金属を斬るのはコツです。誰でもできるものではありません、残念ながら。…これだけ旅人がそろっているなら、両刃の剣でも金属物を斬って しまう人もいらっしゃるんじゃないですか?」と質問するように咢で切って見せたことについて説明した。
同時に、小柄なボディを持つソニアルーフィンの方にも旅人たちは集まっていた。誰もがガーディアンタイプのアーティフィカラーだと言うことは確認したが、やは り、金属物を斬った、右手に具現する剣のことを不思議そうに話していた。
二人の剣技については、この酒場内では右に出る者がいない、と言う話だった。それを話したうえでマスターはフィルリュージュとソニアルーフィンに言う。
「二 人とも、自分が絶対に強いなんて事を考えちゃいけねぇぜ?剣士っつーのはいつなんどきでも、それが実戦でも修行には変わりねぇ。技術を貪欲に求めていくこと だ。それがどんどん剣技を上達させる」
マスターのこの言葉に、ある程度は承知している二人だったが、改めてうなずき元気よく返事した。
それからしばらく、酒場の人々と星々の旅団のことと、シュバイツァーと言う人間のことを訊いた。
星々の旅団については、とにかくなにか人々を驚かすものを作り、それで実効支配しようとしているようだと言うことと、フィルリュージュやソニアルーフィン程度 の戦闘センスでは相手にならなないくらい、色々な意味で強固なアーティフィカラーを作っていると言う情報しか得られなかった。また、シュバイツァーについて は、星々の旅団にそんな名前の人間がいると言う話をいくつか聞くが、それがてんでバラバラな場所の話と言うことで、それのうちのどれがオリジナル化と言う議論 にもなったが、結局は実際にそう名乗る相手に会ってみないとわからないと言う結論に達した。
そんな情報交換などをして、フィルリュージュとソニアルーフィンはこの先どうするかと言う話をしていたが、今できる一番の優先事項は、この街の星々の旅団に行 くことだった。それを聞いたマスターは、十分に用心するようにと言ってくれた。
暫く酒場で話をしたり、情報収集をしてから外に出た。
街の端の方に二人は行くと、先ほど酒場のマスターから受け取った鉱物を取り出す。
「ソ ル。これが何かの解析は別にしなくていい。だけど、マスターの口ぶりでは星々の旅団の人間は比較的多い人数の人間がこれを持っているらしい。…私たちに接触す る相手がこれを持っているか確認して、接触時に星々の旅団の人間かどうか教えてほしい」
フィルリュージュはそう言って、地面に六芒星の鉱物を置く。ゆっくりとだが透き通っていき、最終的にその鉱物はなくなった。サテラが自分の内部に取り込んだの だろうと言うことが確認できた。
「う む、明らかに星々の旅団の人間ではないような相手の時で構わないか?」
「あ あ、そうだね。これから行くような、星々の旅団の内部でいちいち言うのも、ソルも疲れるだろうしね。んじゃ、よろしく」
ソルが確認したと言うような発言を聞いて、フィルリュージュはOKを出した。
それから二人は街の中で一番大きい、宮殿のような建物の門に来ていた。
「こ れが星々の旅団の支部…大きすぎますね」
ソニアルーフィンが半ば溜息のようなものをつきながら、その宮殿らしいものを見ていた。
門兵はいる。だが、門の前にいるだけでは特別害はないと判断しているのか、動くことはなかった。それをみやってフィルリュージュは門の格子に手を掛けると、門 の両端にいた門兵が槍をクロスしてフィルリュージュを止める。
「な んだ、ただ立っているだけなのかと思いましたよ」
フィルリュージュがそれまで微動だにしなかった門兵に対して言う。だが、フィルリュージュの言った言葉がわかっているのかどうかさえ怪しいような状態で、た だ、門を封鎖していた。
「・・・ シルフィオスが来た。と伝えてもらえないでしょうか?多分、門を上げろと言う話になると思うので」
フィルリュージュはそれまで格子を持っていた手を離し、門兵に一言言う。不思議そうに門兵の一人が内部に繋がっているような、電話のようなもので要件を伝えて いる。そして、5分と経たないうちに、門兵が守っていた門はフィルリュージュとソニアルーフィンを招くようにと開かれた。
とくに門兵が付いてくるわけでもなく、二人はただ闇雲に…取り敢えず、入口であろう、大きなドアのある場所に歩いて行く。そして、そのドアの前に着くと勝手に ドアは開いた。なにかアヤシイ。二人は直感的にそう悟っていたが、招き入れられるのならばと言う感じで特に遠慮もせずに中に入る。
中はすぐに、右と左に分かれる廊下で、左側には『立ち入り禁止』のプレートがあり、鎖で通行禁止にされていた。誘導されて、星々の旅団の求める人物の場所に行 けるものだと、二人は右側の廊下を進んで行った。それからいくつかの分かれ道があったが、確実に片方は立ち入り禁止になっていたので、ただ、順路に従うように その宮殿の中を歩く。
そうして出たところは、円の形にかたどられた、土の床、そして周りには2メートルくらいの高さで客席があった。
フィルリュージュたちが出てきた場所とは反対の、フィルリュージュたちの正面のドアからは、先ほど酒場で襲ってきたアーティフィカラーの数倍はある、巨大な アーティフィカラーが四体出てくる。一段低くなってしまっていることで、上の客席で何かの放送をしているようだったが、それはワォンワォンと響いてしまって、 言葉を聞き取ることが出来なかった。
「… 賭けか、何かの対象なんでしょうね、この様子だと」
ソニアルーフィンが言う。確かに相手四人と闘うことを余儀なくされそうな感じだった。そして、しばらくした後に、下の競技場然とした場所に聞こえるように放送 が入る。
「よ うこそ、シルフィオスさん、ソニアルーフィンさん。警戒しているわけではないと言ったらウソになりますが、あなた方の実力を見せていただきたいと思いまして ね。正面の四体のアーティフィカラーの相手、していただけないでしょうか?ああ、無礼は承知しています。終わったらきちんと謝罪はさせてもらいますから」
若い声だった。そして、あまり礼儀などについては気にしないような感じの様子。
その若い声を聴いたのが合図だったのか、四体のアーティフィカラーがフィルリュージュとソニアルーフィンの方に突進してくる。それを見て、何となくやる気のな いフィルリュージュは「はぁ」とため息をつくと、スッと左手を出して、少し後ろにいたソニアルーフィンを制す。
「こ こは私がやる。なに、実力なんぞ出さなくても、あれだけ獲物がデカけりゃすぐに片付く。ソニアルーフィンは見ているだけでいい」
フィルリュージュは言うと、突進してくる四体のアーティフィカラーを見て、珍しく背負っている咢の鞘を左手で握る。徐々に近くなる相手に対して、咢の鯉口をき ると、スッと一歩目を踏み出したと同時に四体のアーティフィカラーに向って走り出す。一体目とすれ違う瞬間に抜刀すると同時に自分の右に来た一体目の腰の部分 を斬りつけ、傷を作る。それで一体目の腰ではショートが始まり、足が動かなくなったのか、その場で前のめりに倒れて行く。フィルリュージュは返す刀で左側の一 体を、少しだけ軸をずらし自分の正面に来るように整えると、地を踏み切り、空中で一回転すると同時に二体目の脳天から中心線を一気に切り落とす。しゃがむよう に着地すると、正面には三体目のアーティフィカラー。強引にアーティフィカラーは咢の刃を握り、フィルリュージュが自由に咢を振るえなくするが、今度はフィル リュージュは咢を離すと、ローキックを相手の左ひざに入れる。カクンとよろめくアーティフィカラーは何とか耐えようと右足を出すが、ローキックを放った後の フィルリュージュの右足は地に着かず、そのまま前のめりになってくるアーティフィカラーの顔面に右のハイキックがヒットする。それで上体を起こされたアーティ フィカラーは何が起きたかわからないと言うような表情をしていたが、フィルリュージュは遠慮なく、両掌に光の球体を創りだすと、頭の左右から挟み込むようにた たきつける。そのアーティフィカラーは闇雲に攻撃しようと右手に咢を持ったまま腕を振り上げるが、フィルリュージュはその隙に咢を奪い返すと、まず振り上げた 右腕を肘の辺りで切り落とし、相手の右肩から袈裟斬りで、上半身の起動を止める。
ここまで、一分と経たない時間だった。それを見ていた、最後の一体のアーティフィカラーはかなわないと見たのか、しきりに自分の後ろの客席の方をみたり、フィ ルリュージュを見たりしていた。残念そうなフィルリュージュのため息とともに、丁寧に上段に咢を構えると、軽く飛び上がり、お互いが顔を見せるくらいの高さ で、咢を脳天から振り下ろす。それで、四体のアーティフィカラーはすべて、行動を停止した。
『キン』と太刀独特の音がして、フィルリュージュの刀が納刀されたのを確認できた。ソニアルーフィンでさえ、このフィルリュージュの瞬間的な片づけ方は呆気に とられるものだった。なので、その会場にいたギャラリーは誰も何も発することなく、ただ四体の無残なアーティフィカラーを見つめるだけだった。
「お、 お疲れ様です、マスター」
ソニアルーフィンが慌てて迎え入れる。それを『まだ余裕はある』と言いたそうな、得意げな笑みを浮かべてフィルリュージュは答えた。フィルリュージュたちから 直接は見えないが、上にあるであろう観客席にいる客たちは圧倒的なフィルリュージュの闘い方にあまり満足していないようだった。しばらくザワザワとした状態が 続く。
「こ れで満足したんじゃないでしょうか?それとも・・・」
フィルリュージュが上に向って声をかける。そして、変な感触を覚え、先ほどアーティフィカラーが出てきた方を見ると、再び扉が開く。そこからやはり四体の身体 の大きいアーティフィカラーが姿を現す。
「… いい加減にしないと怒りますよ、正直。私たちは別に掛けの対象になるためにここに来たわけではないですから」
フィルリュージュが言うが、特別それに関して返答はない。気が重いと言ったような溜息をついて、再び向き直る。だが、そんなフィルリュージュの肩にソニアルー フィンが手を置いて、歩み出ようとするのを制止する。
「今 度はボクがやります。実は少し前からサテラとソルとツヴァイの協力を得て、ちょっと面白いことをしようとしていたのですが、先ほどソルから準備が出来たと言う 話がありまして。それを試してみます」
ソニアルーフィンはそう言って四体のアーティフィカラーの前に歩み出る。ソニアルーフィンは比較的小さなボディに機能を詰め込んでいる。そのため、今はソニア ルーフィンが異常に小さく、相手のアーティフィカラーは以上に大きく見えた。
「さ て、誰から出てくるのかな?」
ソニアルーフィンがそう言うとまとまってアーティフィカラーたちは攻撃をしてくる。寸でのところで攻撃を避けながら、ソニアルーフィンは余裕な顔つきでそれを よける。そして、形勢不利な状態になったところでスッと右手を前に出す。
「… ロングランス!!」
ソニアルーフィンがそう言って言葉を掛けると、前にした右手から突然、ロングランスの先端がにゅっと出てきた。それは出てきた瞬間こそゆっくりだったが、姿が 現れるにしたがって、スピードを増し、三分の一程度、ランスの姿が見えたら、勢いをつけて、正面にいたアーティフィカラーに突き刺さる。
「よ し、ボクのイメージ通りだ。…あとは、みんなに止まってもらうだけ」
ソニアルーフィンはそう言うと前に出していた右手を今度は上に向けた。
「雷 (いかずち)と踊れ!!」
ソニアルーフィンが言った瞬間、突然稲妻がソニアルーフィンの正面でバリバリと音を立てて落ち始める。それはひときわ大きなアーティフィカラーたちに真っ先に 落ちて行き、残った三体のアーティフィカラーも感電し回路のショートを誘発して、動きを止めた。
フィルリュージュも始めてみる技、それに驚きはしたが、アーティフィカラーのソニアルーフィンと恐らくはバックにソルかサテラがいると考えれば、何かを使って 具現化、現実化することも可能かと感じた。ソニアルーフィンがアーティフィカラーを倒してもなお、姿を現さない星々の旅団の責任者に業を煮やしたフィルリュー ジュは、そそり立つ壁から少し離れる。それをみたソニアルーフィンも同時に離れる。そして、二人合わせて壁に向かって走り出す。地面を力強く蹴ると、垂直の壁 をつま先だけの力で登っていく。四歩程度で壁を登り切り、二人は壁の淵に手を掛けると勢いで身体を引き上げ、客がいるであろうその場所に降り立つ。
案の定、そこには人間もアーティフィカラーも、高級そうな服を身に着けた観客が居て、フィルリュージュとソニアルーフィンの戦いぶりを見ていたと思われる。 ちょうど、二人が着地したところに、他とは違い豪華に飾られた椅子が二脚用意されていて、いかにも権力者然とした、太った男が二人座っていた。フィルリュー ジュとソニアルーフィンが来ても特に驚いた様子もなく…むしろ、想像の範疇と言いたそうな表情で、周りの観客たちが逃げる中、落ち着いて座っていた。
「… あなた方がここの旅団の責任者ですね?」
フィルリュージュは努めていつもの平静さを取り戻そうと丁寧な言葉で正面の二人の男に話しかける。
「あ あ、そうだ。しかし、良い戦闘能力を持っている。どうだ、我々と一緒に働かないか?」
太った男性の片方が、フィルリュージュの質問に答えるのと同時に、突然勧誘してきた。
「… お誘いはありがたいのですが、星々の旅団には因縁がありまして。はいそうですかと仲間になれるほど、こちらも人間出来ておりません」
フィルリュージュは徐々に怒りがこみあげてくるのをなんとか抑えながら言葉を続けた。
フィルリュージュはさすがにこの規模があるとすると、シュバイツァーのアーティフィカラー化のことについても聞けるのではないかと感じ、相手の機嫌を損ねない ように話していた。
「で は、話は終わりだ。帰ってくれたまえ」
突然、もう一人の男性が話し合いの場を終了させた。これにはフィルリュージュも唖然として、怒ることもできなかったが、その役はソニアルーフィンが代わって引 き受けていた。
「そ うも行かないんだ。色々と話を聞かせてもらわないとならない。それとも、ボクたちにこの屋敷内を縦横無尽に引っ掻き回されたい?」
ソニアルーフィンはそう言って、いつの間にか具現化していた右手の甲にそってできた剣を突きつけて言った。
「… 引っ掻き回されるのはごめんだな。だが、あなた方が欲しいと思われるものはおそらく、ここにはない」
剣を突きつけられながらも平穏な口調と声で、その男は言う。ソニアルーフィンはそれを聞いても剣を下ろそうとはしない。
「… 話をしようと思いましたが、勝手に歩かせてもらう方が都合がよさそうです。…せっかく話に応じてくれようとしたところ申し訳ありませんが・・・」
「い や、そこまで言うなら、話をしながら個々の施設を見せて回ろう。どちらにしても、物証的なものも求めているんだろう?」
フィルリュージュが話し始めるのをもう一人の男が割って入り、中を案内すると言い出した。ソニアルーフィンが功を奏した、と言うわけではないようだったが、結 果オーライだと言いたそうなフィルリュージュの表情に、ソニアルーフィンはようやく剣を下ろす。
二人の男が先導しながら、まずは客が逃げ込んだドアの方へと誘導する。
しばらく薄暗い廊下を歩き、鉄製で頑丈に作られた扉の前まで来る。
「星々 の旅団が何を作っているのかは知らないことはないのでしょう?」
案内を買って出た男性がドアの前で立ち止まり、フィルリュージュたちに「一応…」と言う表情を見せながら質問をしてくる。
「アー ティフィカラーの製造ですね。…しかし、通常のアーティフィカラーではありません。強いて言えばこのソニアルーフィンのような特別な…強固なアーティフィカ ラーです。…戦争用にでもするんですか?」
フィルリュージュは丁寧にその男性に言う。こちらもついでと言わんばかりに、質問を付け加える。だが、男性はそれには答えずにドアを開け放つ。明るいしかし、 無機質な部屋の中にいくつもの体の部分がぶら下がった光景の、少々不気味な部屋だった。
「戦 争用とは言いませんよ。ですが、街ひとつを確実に守れるような…昔、『ガーディアンタイプ』と呼ばれていたようなアーティフィカラーを創ろうとしています。で すが、今の金属は軽く、容易に加工が可能なものばかりで、なかなか強固、と言うわけにはいかない。そこが…少なくとも、この街の星々の旅団の研究点です」
そう言いながら、アーティフィカラーの、まだ配線などが露わになってぶら下がっている状態の中を歩いて進む。しばらく行くと、そこにはボディとすでに出来上 がっている頭部がいくつもあり、接合している区域に入ってきた。
「… あなた方と闘ったアーティフィカラーも一応は研究用として大型のものをと作らせたものなのですが、やはり、いくら機械の力が介在しているとは言え、大型のボ ディは動きが鈍くなる。そうなると、人間に限りなく近い状態のアーティフィカラーの製造を余儀なくされます。その方が体重が軽いんですから」
説明をしながら、まだ途中のアーティフィカラーを少し嫌味でもあるかのように睨みつけて、そう言う男性。もう一人の男性はこの分野での研究が専門ではないの か、特別説明をするようなことはない。
「失 礼だが、ソニアルーフィンさん、あなたはどこで作られたアーティフィカラーでしょう?」
説明していた男性が、ソニアルーフィンに興味を持たないはずはない。フィルリュージュ共々思っていたことだった。
「ボ クの出生はデリートされていてわかりません。ですが、機械化戦争以前に創られた、超旧型のアーティフィカラーをベースに作られています。なので、今の技術の装 甲では重さなどと言うものは特に感じませんし、たとえ重い装甲だったとしても、ボク自身が動くことに支障はありません」
丁寧にソニアルーフィンは答える。まさにそうだった。ソニアルーフィンは自重と言うものをあまり認識していなかった。そのため、行動するときに身体が重たいか らと言って、ある一定以上のことができない、と言うことはなかった。むしろ、必要に応じて出力を変えられるように設計されているため、必要以上のジャンプ力な どが必要な場合でも、自重を感じ取る回路でほぼ零の値をとり、その上で飛び上がると言うことをしていた。足の速さなどにしても同じことで、足の運び方をスピー ディーにするよう回路が適正化させて、自重をコントロールする部分も含めて走るスピードを適正化させていた。
ソニアルーフィンはそう言ったことを丁寧に、今案内を買って出ている男性に説明した。
「… 今とは身体の事に対する考え方が違うんですねぇ・・・。しかし、そう言った処理は『回路』とは言いましたが…」
「最 終的にはボクの脳に当たるCPUとAIに集合させられて、適正な数値をはじき出します。それは『瞬間』と言う言葉が正しいくらいの短時間で演算します」
ソニアルーフィンはそう言ってみせた。話を聞いていた男性は「なるほど・・・」と小さくうなずきながら、ソニアルーフィンの話を聞いていた。そして、もう一人 の男性がようやく口を開く。
「… 演算、と言うが、どう言ったアーキテクチャで動作しているんだい?」
簡潔に、聞きたいことだけを訊ねるもう一人の男。ソニアルーフィンはそれにも適切に答える。
「機 械化戦争前の部品で作られているので、ボク自身もわからないところだらけです。…メンテナンスはマスターがしてくれますが、マスターも・・・」
「私 もすべての構造がわかっているわけではありませんから、そのあたりはお答えしかねます」
ソニアルーフィンの言葉に続けてフィルリュージュが言う。
二人の男性はそれを聞き、機械化戦争前のアーティフィカラーを用意する必要があると判断したようで、どの部分について、どのように収集するかなどを話し始め た。そして、お互いの確認が終わると、機械側のことを後から質問してきた男性は慌てた様子でどこかへと行ってしまった。
「機 械化戦争前のアーティフィカラーなど、手に入るものなんでしょうか?」
疑心暗鬼と言う様子を隠すことなく、案内役の男性が訊く。フィルリュージュはそれに対して軽く笑みをこぼすとその男性に告げる。
「あ なた方のお仲間、どこかの処理場などに行けば、もしかしたらまだ、強制労働者として稼働している旧型アーティフィカラーを見つけ出すことが可能かも知れません よ」
フィルリュージュがそう言うと、案内役の男性は驚きの表情を見せる。
「そ んなことをしている旅団があるんですか!?」
この男性は『強制労働』の部分が引っかかったようで、もう少しで怒りが爆発するかのようだった。
ソニアルーフィンはフィルリュージュの表情を確認すると、言葉を続ける。
「ボ クも強制労働させられていたアーティフィカラーですよ」
ソニアルーフィンの言葉に、男性の氷上が凍り付く。少なくとも、この施設ではそんな強制労働させているような場所が存在すると言うことは知られていなかったら しい。男性はただ呆気にとられた様子で一人、考え込んでしまった。
「あ の・・・」
ソニアルーフィンは男性に声をかけると、「ああ、失礼」と一言言って、表情を戻していく。
「そ んな場所があったとは…。今度の旅団の集まりで規制でもするように指示しないといけませんね。…ああ、次はこちらです」
男性は一言、これからしなければいけないことを口にして、フィルリュージュたちを別の部屋に促す。そこはひときわ厳重で、部屋に到達するまでに何重ものドアを 通過しなければならなかった。そうして入った場所は、何とも言えない独特の不快なにおいのする場所だった。
「… 知らないことはありませんよね、敢えて星々の旅団に来たのでしょうから」
「… 人間のアーティフィカラー化の、まさにここがその作業場」
男性が当然と言うような表情で言うと、フィルリュージュは少し気に入らないと言った様子の顔をして、よく見ると辺りが血と人間の体液らしいぬめりのある液体で 濡れている床や作業台を見て言った。
「そ の通りです。アーティフィカラー化できれば、半永久的に生きることができるようになりますからね。そして、身体が老いてしまったら、動きの良いボディを提供す るだけですから」
その男性はさも当然と言うように答えて見せた。だが、フィルリュージュはあまりそう言った考えは良しとしていなかった。自分もアーティフィカルメカニズマーへ と転身したが、それは現状を維持するためであり、特別寿命を延ばしたいとか、死にたくないとかと言う理由ではなかった。むしろ、本来は生身の人間でいて、老い て死ぬのがフィルリュージュとしての本望だった。ただ、どうしてもアクアクリスでやらなければならないことがあり、それは悠久ともいえる時間が必要かも知れな いため、敢えて禁忌を破っただけの事だった。
色々と考えがぐるぐる回りだしてしまったフィルリュージュはすこしよろめくとソニアルーフィンにもたれかかる。
「マ スター、大丈夫ですか?」
ソニアルーフィンはそう言って、フィルリュージュを支える。
「こ の部屋は異常ですからね、思考から秩序から、なにからなにまで」
案内の男性はそう言うと、フィルリュージュとソニアルーフィンを近くの扉から廊下に出した。ひんやりした空気がフィルリュージュを包んで、何となくグルグルし ていた部分が少しずつ軽くなっていく。
5分程度でフィルリュージュは普通に立てるようになる。そして、思考ももどったようで、次の質問を口にした。
「こ こでは兵器などは作製していないのですか?」
フィルリュージュの言葉に、男性は少し動揺した姿を見せる。それはソニアルーフィンも感じていて、なにかしらここの場所でしていることがあると感じていた。男 性は黙ったままだった。フィルリュージュとソニアルーフィンはお互い目配せをする。それに気づいた男性は慌てて二人を制止する。
「お、 お待ちください。…兵器、ですね。作製はしています。たとえばこんな…」
途中まではどこか後ろめたいことがあるように小声で話していたが、右手に持ったそれを見せた時は自信でもあるかのようだった。
「見 たことが無い、とは言わせませんよ。こんなものはごろごろしているんですから、特に我々旅団の中では…」
男性が言うが、話が終わらないうちにフィルリュージュは少しばかりの距離を歩いて詰めると、その男性が持っていたものの中心部にある、回転すると思われる部位 を片手で抑え込んだ。
「な、 なにをする気だ!?う、撃つぞ!?」
「ど うぞ、撃てるものならば撃ってみてください」
男性が、あまりにフィルリュージュが平静さをもって近づいてきたので、戸惑いが隠せなくなる。そして、その手の中の兵器をフィルリュージュの腹部に感覚が無い よう突きつけた。その間もフィルリュージュはそんなに力を入れずにある場所を持ったままだった。
ぐっと男性が力を入れるが、どういう事かそれは動作しなかった。何回も力を入れてみるが、全く反応しない。戸惑っている男性を見て、フィルリュージュは淡々と 話し始めた。
「こ れはリボルバーと言うタイプの銃。私が持っているところが弾倉になっている。そうですね?」
フィルリュージュの質問に、慌てながら男性は思わずうなずいていた。
「… 回転式拳銃とも呼ばれるこのタイプは、先に撃鉄をひかないと弾丸は発射しません。撃鉄が引かれていない状態であれば、弾倉である回転部を抑えるだけで、動作を 封じることができるんですよ。…もっとも、元々アクアクリスにあった武器ではないでしょうから、そんなことを言っても理解できないのかも知れませんが」
フィルリュージュはそう言い、銃ごと左に男性の腕をひねる。痛みに耐えかね、男性はその拳銃を離す。
そして、カチリと撃鉄を引いた状態にして、今度はフィルリュージュが男性を狙う。それを見て男性は慌てて逃げ出そうとする。『バァン』と破裂音がする、男性は その場にしゃがみ込んだが、フィルリュージュが拳銃を撃ったのは天井に向けてだった。つかつかとフィルリュージュは男性に近づくとその拳銃を丁寧なしぐさで返 す。
「こ こに、シュバイツァーと言う人間、もしくはアーティフィカラーはいませんか?」
フィルリュージュたちが星々の旅団を渡り歩く理由、シュバイツァーの居所について、その男性に訊ねる。するとその男性は小さくなったままで首を振る。「そ う…」とそっけなくフィルリュージュが言うと、何かを思い出したようにその男性は立ち上がる。
「… シュバイツァーと言えば、脳の処理について別の人間でしたがここに加工や有線化などの技術を聞きに来たことがあります」
男性の言葉にフィルリュージュははじかれたように顔を上げて、その男性を見る。今まで持っていた拳銃が落ちたが男性はそれさえ気にしない感じだったが、ソニア ルーフィンは瞬間的にその拳銃を踏み潰していた。
「何 をするためか、とか言う話はききましたか?」
「い え、残念ながら教えてくれませんでした。どこの部署に所属しているかも。なので、どこにいるかはわかりませんが…シュバイツァーと言う人物が脳の加工を行った 可能性と言うのは十二分にあります。それがアーティフィカラー化なのか、別の方法なのかはわかりませんが」
男性の言葉にフィルリュージュが明るい笑顔を見せる。
「で すが今、当のシュバイツァーは数多くのアーティフィカラーに記憶などをインプットして、アクアクリス上を闊歩しています。それはどう判断されますか?」
フィルリュージュは真剣な顔に戻ると、その男性に詰め寄るようにして現状、アーティフィカラーのシュバイツァーがうろうろしていることを伝える。
「… そうですね。オリジナル、生身の人間の彼自身はたぶん仮死状態にあるでしょう。そして、ここでもしていることですが…アーティフィカラー化の一歩手前、神経系 などをワイヤー化してコンピュータに接続し、そこから電子データとして記憶など、オリジナルのすべてのことを抜き取り、アーティフィカラーにコピーをしてい る。と考えるのが一番スマートですね」
その男性は、そう説明したが自分でも本当にそんなことが行われているのかと、半信半疑ではあった。仮死状態であれば、筋力の李衰えなどはあっても、年齢的な部 分はある程度止める事は出来る。そう言う観点から話したことだった。だが、仮死状態から目覚めた時に、オリジナルはオリジナルではなくなっている可能性も大い に含んでいた。
「… なるほど。その説が実行されているとして、それができる場所は限られていますか?」
「い え、残念ながら、旅団の人間以外でも、アーティフィカラー化と言うのを希望する人と言うのは存在します。なのである程度の間隔で研究所が置かれて、アーティ フィカラー化の実行と研究が合わせて行われています」
フィルリュージュが訊ねるが、男性は一か所でまとまってアーティフィカラーを作っていると言う話は聞かないと言う。「やっぱり、一か所ずつ回るしかないのか」 フィルリュージュは口元に手を当てて、考え込むようなしぐさでそう呟く。
「あ の、オリジナルを仮死状態に出来る研究所、と言うのは絞れるのではないでしょうか?」
ソニアルーフィンが言うが、それに対しても男性は首を振った。
「俗 に研究所と呼ばれる場所は、現在のアクアクリスの最先端の手術器具やマシン系のハードウェア・ソフトウェアをそろえてあります。ここも例外ではありません。な ので特別この研究所が優れていると言う場所はないです。それこそ、突飛した研究員でも居ない限りは…」
男性はそこまで行って、言葉をいったん飲み込む。だが、そこまで言ってしまったのならば変わることでもないと言いたげに言葉を続けた。
「突 飛した研究者がいたとしても、そう言う人たちは自分で別の研究所をもって、星々の旅団からは離れて行ってしまうんですよ。結局、旅団でやっていることの大半は ルーティンワークなわけですから」
すべての毒を吐くように、その男性は言えることのすべてを言い尽くしたと言わんばかりの様子で話しをしていたようだった。
「機 械化戦争前のアーティフィカラー、と言うのがあるものなのですね」
暫く沈黙が流れ、ソニアルーフィンをみてその男性は言った。
「ボ クの場合は…記憶の部分だけは機械戦争前のものです。身体や内部コンピュータについては最新のものと入れ替わっています」
ソニアルーフィンがそう言って、フィルリュージュに感謝するような瞳で見つめる。
「あ なた方、ここで働く気はありませんか!?」
『なっ・・・!?』
突然の男性の提案に、二人は一瞬固まった。だが、それも瞬間なだけであって、すぐにフィルリュージュは言う。
「い え、無理です。仇敵が星々の旅団には居ますし、私もソニアルーフィンも一か所にとどまって何かをするようなタイプではありませんから」
フィルリュージュがそう言うと、男性は残念とばかりにうなだれた。
「… マスター、ココはこのくらいで大丈夫ではないでしょうか?」
「そ うだね、シュバイツァーもいないことが確認できたからね」
フィルリュージュとソニアルーフィンはそう言うと、その男性に出口に連れて行くようにとお願いをする。しかしその男性はいつの間にか拾い上げた拳銃を、フィル リュージュの左胸−心臓に突きつけると間髪置かずに引き金を引く。『バァン』と言う発射音が廊下に響く。
「く く・・・くははは、お前たち二人のことは、星々の旅団全体で要注意人物に指定されている。そして、生死を問わずに確保すれば、賞金まで出る。…マスターを殺さ れては、アーティフィカラーの方も勝手に旅を続けられまい」
「あ・・・」
男性はすぐに二人から離れると、愉快げに笑い始め、二人が星々の旅団で注目されていることを伝える。一方のフィルリュージュは心臓を完全に撃ち抜かれ、血がど んどんあふれてくる。ガクガクと震えるようにして、フィルリュージュは膝をガクンと落とす。
「マ スター!?」
さすがのソニアルーフィンもその様子に異常を感じて終えを上げる。だが、それもむなしくフィルリュージュは前に倒れて行く。ドサッと言う音とともにフィル リュージュはその体を廊下に投げ出した。
「く くく・・・これで邪魔者はいなくなるんだ」
さらに念を押してなのだろう、その男性はフィルリュージュに近づき、背中から再び心臓を打ち抜く。弾が貫通した瞬間にフィルリュージュの身体が最後の反応をす るようにビクンと飛び上がり、再び廊下の床に静かになった。ソニアルーフィンはとっさのことで何が何だかわからないと言いたそうな表情で、横たわるフィル リュージュをただ見つめるだけだった。
その男性がフィルリュージュの死を確認しようと、身体に手を掛けた。
その時、突然男性の手首を握られる。男性は何事かと驚き、「ひぃっ」と言う悲鳴を上げて、その場にしりもちをつく。
「… なんだ、人を殺したことがあるわけじゃないのか」
ずるずるとしりもち状態のままで下がっていくが、握られた手首はさなされていないため、フィルリュージュの腕の長さ分だけ下がるとそれ以上は下がれなくなる。
フィルリュージュは頭だけをあげてその男性の方を向く。特に変わった様子もなく、ただ倒れた勢いで髪が乱れていると言っただけだった。
「な、 なんだ、なんで、動けるんだ!?イいや、なんで生きているんだ!?人間じゃなかったのか!?し、 心臓を打ち抜いたんだぞ、それも二回!!」
フィルリュージュはそのまま這いつくばって、男性の手首から肘、肩へと、手を伸ばしていく。
「や、 やめろ、そんな…血まで再現したアーティフィカラーなど・・・!!」
「私 はアーティフィカラーじゃないよ」
男性が錯乱するのを楽しむように、フィルリュージュは肩まで持って行った手で、がっちりと男性の姿勢を正面に向けた。
「・・・ アーティフィカラーではないはずが・・・っ!!」
その瞬間、男性は何かに気付いたようだった。顔は青ざめて、目は見開かれ、息を飲んだまま息が止まってしまっているかのようだった。
「馬 鹿な、アーティフィカルメカニズマーだと言うんじゃ・・・!!」
男性がそこまで言うと、フィルリュージュはおもむろに立ち上がり、乱れた髪を直して、男性の方を向いた。撃ち抜かれたはずの心臓の部分は、服こそ破けていた が、すでに血はとまり、傷らしい傷も見当たらなかった。
「自 己治癒するだと!?お前は一体・・・!?」
「一 応、大帝ソルに属する地上ユニット。とでも言っておこうか?」
フィルリュージュはそう言って、ソニアルーフィンの方を向く。
「… でも、一応独立していますけど?」
ソニアルーフィンが言うと、フィルリュージュは少し困った顔をする。そんなやり取りを男性はただ硬直した状態で見ているしかなかった。ソニアルーフィンに「独 立」していると指摘されると、どうにも逃げられないフィルリュージュは、男性に向き直ると、素直に話す。
「あ んたが思っている通りだよ、私はアーティフィカルメカニズマーだよ。生命維持、思考回路の電子化などの最小限の転身とそれまでの人間の身体で構成される、禁忌 の創造物」
腰に手を当てて、唇の端をくいっと上げて、笑って見せるフィルリュージュは普段でも使わないような砕けた口調で話した。男性はその姿を見て、口をぽかんと開け たまま、フィルリュージュを指さし、「あ、…あ」とただ驚くだけしかできなかった。
「… 知ってしまったからには、死んでもらうしかないけど…?」
フィルリュージュがそう言うと、男性の氷上が固まり、血の気が引く音が聞こえるような感じがした。わたわたとただフィルリュージュに縋り付くしかできず、 『死』と言う言葉を聞き、パニックになってしまっているようだった。
「た、 たた・・・頼む、こ、殺さないでくれ・・・!!」
縋り付いた男性はそう言って、ただ懇願するしかできなかった。フィルリュージュはそんな姿を見て、何とも切ないと言うか、みすぼらしいと言うか、そんな複雑な 心境だった。
「… 誰にも言うなよ?そうすれば私を殺しかけたことも合わせて、免除してやる」
フィルリュージュが言うと、男性はダラダラと脂汗が滝のように流れた顔を上げて、見下ろすフィルリュージュを見上げ、ただただ「ありがとうございます」とだけ 言っていた。