なにが「聖」で、なにが「悪」か
  第四話/心の中の、明るい闇

山の稜線に沈む夕日を見つめている堕天使。
その場所は宙空。

「天使は人間を悪い行いから遠ざけるのが仕事。間違った考え方をした人間が居たら、そっとアドバイスして、その道から遠ざけてあげること」

堕天使はふと、そんなことを呟いた。


今まで、堕天使がしてきたのは…確かにアドバイスらしいものをしていたかも知れない。だが…決して「正しい道に戻す」ことはしていなかった。


それは・・・堕天使の羽がまだ、真っ白だった頃。

 
ある人間の強い「念」にひきつけられ、まだ未熟だった天使はその場所に降り立った。
その「念」は、恐ろしいほどに邪悪な「念」でもあった。だが、その「邪悪」な方向を正さねばならない、と判断し、そして引きつけられたのだった。


だが・・・。
天使が本来、人間があるべき方向に道を指し示しているにも関わらず、その「念」を発する人間は、一向にその行為を止めようとはしない。
そして、挙句の果てに「…天使ならば、神に伝えて。この狂おしいまでの願いを叶えるように、と。」とまで言われたのだった。
このとき、天使は果たして無理やりにでも、この人間を正しい道に戻すべきなのか?戻した所で、この先間違いを犯さないのか、疑問を持っていた。
天使にとっての「神」とは仕えるべき存在であり、時に指令を下す、上司でもある。
その「神」からは、当然こんな邪な考えをもつ者の願いなど叶えられない、と言うものだった。これについては天使も納得していた。
だが・・・。

「あまりの邪な「念」は、悪影響を及ぼしすぎる。もし、浄化できるのならばすぐに浄化せよ。ただし、浄化が出来ず、正しい道に進ませる事が出来なけれ ば、その人間のことは放っておけ」

それが神の指示だった。

「放っておいては、この人間は邪悪な念に取り込まれて、場合によっては不幸ばかりを招きます!」

天使はそう抗議したが、仮にそうなったとしても、それはその人間が望んだ事で、その人間が不幸を他人にまで及ぼすようになったら、排除するだけだと、神 は言ってのけたのだ。


「排除・・・?それは…地上から消し去るって事では?
この人間は、今は道を誤っているかも知れない、だけど、例え邪悪な念に取り込まれたとしても、この人間の歩む道は決まっていて、その道を示す事が、我々の 役目では・・・?」


天使はこんな疑問を持つ。
神の言う「排除」とは、天災もしくは不幸の招く事故などにより、その存在を消し去ることだった。
消された(排除された)人間は、例え誤った道でも、それをまっとうする事も出来ないし、それまでの存在そのものをあっさりと消し去られる。


「…それでは、何のために、人間としての生を受け、何のためにこれだけの強い憎しみさえも持ったのか、分からなくなってしまうじゃないか」


そう思った天使は、次の瞬間、一思いにその人間を殺してしまったのだ。
だが、ただ殺しただけではない。
天使として、「夢」を見せることは出来る。
強い念が働いている場合、それの作用によっては、「夢」を叶えることが出来るかも知れないし、その人間には、叶った「夢」を見せる事が出来るかも知れない と思ったのだ。


だが、当然「殺人」は天使にとってはあまりに重い枷となり、のしかかる。
ある天使は、その過ちを犯し、狂気して自らの存在を消し去ったとか。
しかしこの天使は、殺人さえ「過ち」でも「重罪」でもないと考えた。


「あくまで、天使として出来る事をしたまで。神よ、あなたの思いにそむくならば、私は一人でも自分の思った道を進もう。指図を受けるのではなく、自分の 想ったことを自分の想うままに、表現しようではないか」


その瞬間、真っ白だった羽は、漆黒の羽と化した。
神からは当然、天使としての役を解かれ、ただ一人、天界から見放され、人間にもなれず、かと言って悪魔のような存在にもなれない、堕天使…堕ちた、ただそ れだけの天使となったのだった。


「…いま、私のしていることは間違っているのか?この虚しさは…いったいなんだ?
だけど、ただ道を正せばいいってモノではないし、間違った道を歩んでも、立ち直る者も居るだろうし、その先で悪事であっても、昇華するだけの能力を持った 人間もいるはず。
…手助けしすぎてもダメだし、かと言って、ただ邪魔者を、間違った者を消し去れば良いわけでもないだろう。
だけど、曲がっている者が居れば、そのときはこの私が、私にしか見せる事の出来ない真実、そして「夢」を見せてやろう。
別に、それが幸でも不幸でも、知った事ではない。
求める者がいれば、それを叶えるだけ。
やり方が悪どいかも知れない。けど、真実は…そうでもしなければ見つからないんじゃないのかな・・・?それが…そんな曲がった者の求めている真実なんじゃ ないのかな?」


そう呟きつつ、自分のしている事に対し、少なからず罪悪感を持っている自分に驚いてもいた。


「だけど、もう私の道を歩みだしてしまったんだ。排除されずに、私は道を歩みつづける事しか出来なくなった。
ならば、間違ったやり方でも、私のやりたいようにやるしかない。助けてくれるような存在は無いし、いまの私が頼れるのは、私だけ。
頼る事が出来たとしても…私はいまの私を貫き通すに違いないし。自分の信念、自分の求める道はココしかないんだから。ソレを実行するしか方法はないだろ う・・・。
そして、それがいつか…何かの形になるだろう」


堕天使は夕日を見つめて、そう呟いた。


第四話 −End−

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