斎子(いみご)/緋村剣心、緋村抜刀斎 待人/神谷薫、相楽左之助、明神弥彦

 剣心が居なくなってから一週間ちょっと。

 左之 助はまだ納得いかないと言うような表情を浮かべてはいたが、それでも薫から「修行に行った」と言う話を聞いて、「今更何を得るってんだ、十分にあいつは強 えぇじゃねえか」と言いながら剣心の帰りを待っていた。弥彦の方は相変わらず、数週間前の薫と剣心からのキツイ一言の元、稽古もつけてもらえず、基礎の基 礎の修行を自分なりに昇華するようにしていた。


 そん な状態だけに、突然剣心が神谷道場に戻ったとき、いの一番に剣心の元に駆けつけたのは左之助だった。そして、何も言わさずにまず強烈な一発を喰らわした。 白マントを小脇に抱えた剣心はしかし、左之助のモーションを読むと、自然とそれをマントで往なしたりして、左之助の怒りをさらに買ったりしていた部分も あった。

「てめぇ剣心!!好き勝手してくれるじゃねえか」

 そう悪態をついた左之助だったが、剣心自身が帰ってきたことにはうれしさを隠せないと言った様子で、神谷道場に再び駆け込んで行った。


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 神谷道場に戻った剣心を、薫、左之助、弥彦が出迎える。

「おかえりなさい、剣心。奥義の方は成ったの?」

「…心配かけたでござる。一応、奥義自体は伝授され・・・」

 そこまで言うと、小脇に抱えた白いマントを見せる。

「…十四代目の比古清十郎を襲名するに至ったでござる。あくまで異端の剣客に与えられた飛天御剣流。この先の歴史の中に必要だとは思っていないでござるがな」

 剣心はそう言い、うつむきがちにしてわずかな笑みを浮かべる。

「…これで、拙者の中でわずかな部分が『斎子(いみご)』として消化できたでござるが、まだまだこの程度ですべての罪が清算できるほど、明治の世は甘くない…師匠にもそう言われたでござるよ」

「斎子・・・?」

 剣心がぽつりと呟いた言葉の中にめったに聞くことのない単語があり、三人とも不思議そうに剣心に聞き返す。

「…斎 む、とは身の回りの汚れを取り、身を清め慎むことでござる。拙者自身は相当に汚れた過去を持っているでござる。それこそ、維新志士として、緋村抜刀斎とし て、あらゆる者を斬ってきた。それを今更、斎むことなどできるものではないと思っているでござるが、この逆刃刀で守れる範囲の者を守る、そのことで少しず つでも斎むことが出来ればと思っているでござる」

 剣心自身、複雑な表情を士ながら三人に告げる。

「…だがよぉ、何でまた、左頬の傷を背負ってまで女の剣心が人斬り抜刀斎とまで呼ばれるようになるんだ?確かに剣心の技の速さや的確さ、なにより剣気や覇気に至ってはそう出会えるものとは比較になんねぇが…」

 何となく苦虫を潰すような、しゃべっていて自分も何を言っているのかわからなくなってくる、と言いたそうな表情をしながら、左之助は剣心に告げる。

「一番 初めは…飛天御剣流の『理』で事を動かすことが出来ないかと思ったのが初めでござる。そもそも飛天の剣は市井に暮らす人々をその時々で苦しみの中から救い 出すために振るう剣、どの権力にも与せず、と言うのが飛天の理でござる。…が、その理の解釈の仕方がまだまだ子供だったと言うことでござろうな。たとえ理 に背いても苦しんでいる人々が市井にいる、であればその苦しんでいる人たちを救うのが飛天の理ではないか?…師匠にはそう怒鳴りつけたこともあったでござ る。…その、解釈違いがこの全身にある細かな傷と、左頬の十字傷でござろうな」

 剣心はそこまで言うと、ふぅっと息を吐き、何をどこから、どのように話していこうかと言うのを考えるような仕草を見せる。

「拙者 が『斎子』としての本当の緋村剣心になるにはまだまだ、人々を救い続けるため、飛天の剣を振るい続ける必要があると感じているでござる。…それは、多分一 生、この逆刃刀とともに、薫殿、左之、弥彦を市井の苦痛から守り、同時にその成長を見守る、と言うことに繋がっていくのでござろう」

 剣心も本当のところはよくわからない、そう言いたそうなしゃべり口調でうつむきながらポツリポツリと話を続ける。

「正 直、拙者が自分で、もしくは師匠、もしくは神谷道場の面々、あらゆる場所から維新が完全になって皆が苦しむことが無くなる、それが確信されるまでは、拙者 自身に『斎子』の言葉は宛てられぬでござろう。師匠にも言われたが、師匠と喧嘩別れをしてから二十年近くを遠回りして、ようやく飛天の理を会得したようだ と言われもした。そのくらいには、斎子と認めるには長い月日が必要ではあると感じているでござる」

 剣心のテンションの低い、言い換えれば懺悔ともとれるようなしゃべり口調に巳その場に居るみんなが口を閉ざす。

 それからしばらく。

 ふと剣心は立ち上がると、逆刃刀を抜刀して、その剣をじっくりと眺める。

「緋村抜刀斎は抜き身の刀であらゆる暗殺稼業と、自らの正体隠しのために人々を斬り殺した。それを考えると、今こうして、斎子となすための自分に枷られたものはそう軽いものではないな。死してなお、斎子と呼ぶことは許されることはないかも知れぬでござる」

 剣心はそう言いながら、逆刃刀を再び納刀する。



少し時間の経つ緋村剣心/


 剣心が神谷道場に戻り数日。


 剣心宛てに文が投げ込まれる。

 ここ数日、剣心はいくつもの仕合(死合)を こなしていて、ある医者から「剣心の身体はすでに飛天御剣流に耐えることが徐々に苦しくなっている」と宣告されていた。それは剣心自身、何が原因でそこま で自分が追い込まれているかは自分が一番よく知っていると言う。だが、それでも自分が斎子としてあらゆる人斬り、十字傷の罪から許されるまで、逆刃刀は振 り続ける、そうその医者には告げていた。


 薫を初め、弥彦や左之助がその「剣心がわかる自分の異変」について聞こうとするがそれだけは口を閉ざし教えようとはしなかった。

 だが、それは逆を返せばその予兆があったのではないか…薫はそんなことを考えたりしていた。


そんなときに、緋村剣心に対して、文が投げ込まれる。

そこには「影明斬鬼(えいめいざんき)」と名が記されていた。



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